自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.19



「帰ってきましたよー。漆さーん」
 ドアをノックして言うと、中から「入れー」と声が聞こえてきた。

「…黒樹小枝について、何か分かったか?」
 黎が部屋に入るなり、漆が訊いてきた。

「……うーん、特には」
 そう言ってから「でも」と付け足した。
「漆さんが電話で教えてくれた弟君に会ってきましたよ」
「へぇ。それで?」
 漆は少し目を見開き、続きを促した。

「まぁ、黒樹小枝が自殺しようとしてるよ、って言ったら動揺してましたね。多分、自殺止めるのに協力してくれるかと」
「そうか」

 黎の言葉に漆は頷き、そして考えるように腕組みをした。その時。

「ただいまー!」
 勢い良くドアが開き、上弓が部屋へ入ってきた。

「元気ですね。彼女と仲直りしたんですか?」
 黎の半分呆れたような問い。

「え? まぁ、したけどね」
 そう答えて、顔を赤くした上弓を見て、黎は半眼になった。

「何ニヤニヤしてるんですか?」
「してないよ!」
「してますよ。何かしたんすか?」
「何が!」

 まぁ元気になって良かった、と思った黎はそこらへんでイジるのを止めておく。

「あ、それより、漆さん、聴いてくださいよ!」
 上弓の言葉に漆はきっぱりと言う。
「あぁ? 惚気話はお断り――」
「違いますよ!」

 「もう」と口を尖らす上弓。
 それを見た漆は、子供っぽいな、と心の中で思ったが、口に出したのは違う言葉だった。

「で、何だ?」
「あぁ、お墓で黒樹小枝見つけました」
「…墓で?」
 鸚鵡返しに言った漆に、上弓はこくりと頷いた。
「お墓です。黒樹小枝のお母さんの」
「……―――」

 ひぐらしの声が遠くで聞こえる。

「…そう。やっぱ死んでたんだな」
 本の少しの沈黙を漆が破った。
「じゃあ、玄は母親、もう一回詳しく調べてみて」
「はぁい」

 「それから」と漆は黎を見た。

「黎は、黒樹草汰のこと任せた」
「了解です」




No.20



「草汰、夕飯よ」
「……うん」

 祖母の声に答え、黒樹草汰は椅子に座る。テーブルには夕食が並んでいる。

「いただきます」
 手を合わせてそう言い、食事を始める。

 ご飯を一口食べた黒樹草汰は、左に座って無言でご飯を食べている黒樹小枝を横目で見た。

「草汰、今日はどこに言ってたの?」
 黒樹草汰の正面に座った老人が訊いてくる。

「公園」
「そう。何してたの?」
「……色々、ね」

 老人は、黒樹草汰にしか話しかけない。まるで、黒樹小枝はいないかのように。

「草汰、おかわりいる?」
 黒樹草汰の茶碗が空になったのを見て、老人が訊く。

「いらない」
 そう答え、黒樹草汰は黒樹小枝をチラリと見た。黒樹小枝の茶碗も少し前に空になっていた。しかし、老人は何も言わなかった。
 いや、見ていない。黒樹小枝はその老人の視界に入っていない。まるで、空気のような存在。

「ごちそうさま」
 黒樹草汰が再び手を合わせて言うと、老人は「お風呂、入りなさい」と言ってきた。

「…お姉ちゃんが先に入りなよ」
「――え…うん」

 黒樹小枝は少し驚いたように目を見開き、それから風呂へ向かった。

「……」

 黒樹小枝が風呂へ入ったのを確認した黒樹草汰は、二階に上がり、そして、一つの部屋に入った。勉強机とベッドが置いてあるだけの、質素な部屋。そこが黒樹小枝の部屋だった。
 その勉強机の上に置かれているスマートフォンを黒樹草汰は手にした。

 そして。

「…これは―――!」

 黒樹草汰は目を見張った。

 そこには、ゲートキーパー宛に送られたメールが映し出されていた。




No.21



 黎は、ぼんやりと空を眺めながらブランコをこいでいた。

「暑いなぁ…」

 太陽を遮る雲も無い。晴天だ。
 日焼けする、嫌だなぁ。などと、女子のようなことを考えていると、「おい」と声をかけられた。
 ブランコをとめ、そちらを見ると、黒樹草汰が立っていた。こちらを睨んでいる。

「おはよう」
 挨拶すると、黒樹草汰はそれを無視して言った。
「お前の言った通り、姉ちゃん、自殺しようとしてたよ」
「うん」

 黎はじっと黒樹草汰を見詰める。

「何でお前が知ってたんだよ。お前は…何者なんだよ」
「おれはね――」

 黎は立ち上がった。そして、ニッコリと笑った。

「君のお姉さんを助けてあげようと思って」
「……は――?」

 黒樹草汰は目を見開いた。

「だから、君のお姉さんのこと、色々と教えてよ」
 黎の言葉に、黒樹草汰は言い返した。
「何でだよ。何でお前がぼくのお姉ちゃん
を助けようとしてるんだよ」

 訝しげな表情で黎を見る黒樹草汰。それを見た黎は静かに口端を上げた。

「……別に、良いんだよ? 君のお姉さんが自殺したって、おれには関係無いから」
「……っ――」

 黒樹草汰はぎゅっと拳を握り締めた。

「だけど、君がお姉さんを助けたいと思うなら、黒樹小枝のことを教えてよ」
「………――」

 少しの間があった。

 セミが煩い。

「分かった」
 黒樹草汰が口を開いた。

「お姉ちゃんのことを、教える」
「……なら、早速――」
「ただ」
 黎の言葉を遮って、黒樹草汰はじっと黎を見詰めた。

「お姉ちゃんを絶対に助ける…って、約束してくれ」

 黎は軽く目を見開いた。
 そして、僅かに微笑んだ。

「もちろん。黒樹小枝は必ず助けるよ」