自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.25



「草汰、夕飯よ」
「…うん」

 老人は、一人の名前しか呼ばない。
 黒樹草汰は椅子に座り、じっと祖母を見詰めた。そのあとに、横に座っている姉を。

「いただきます」

 夕飯を食べ始める。

「草汰、今日も遊びに行ってたね。今日も公園に?」
「そうだよ」
 黒樹草汰は問うてきた老人の顔を見ずに答えた。

「宿題はちゃんとやってる?」
「だいたい終わったよ」
「そう。流石、草汰ね」

 やはり、老人は黒樹草汰にしか話しかけない。それは、あの時からずっと同じだ。

 黒樹草汰は目を閉じた。

 黒樹草汰の両親は、彼が幼い頃に離婚してしまい、父親のことは覚えていない。それに、母親もその後すぐに死んでしまい、同じく覚えていない。
 つまり、両親との思い出が無いのだ。
 だから、せめて祖母と姉と、仲良く暮らしたいと思っている。なのに、祖母は姉を嫌っている。
 もう、普通の家族のように暮らせないのだろうか。

 その時、インターフォンの音が聞こえた。

「……あら、誰かしら?」

 老人が立ち上がり、玄関へと向かう。

 黒樹草汰は隣にいる黒樹小枝を見た。しかし、黒樹小枝は目を合わせようとしない。

「姉ちゃん――」
 小さく呟いた。

 ――本当に、自殺をしようとしているの?
   なんで?

 その時、物音が聞こえた。
 はっとそちらを見ると、祖母が真っ青な顔をして立っていて、その祖母の頭に拳銃を突き付けている人物がいた。

「……何を――」
 掠れた声しか出なかった。

 拳銃を持った人物は、黒いキャップを目深に被っていて、しかもサングラスをかけているから、顔は見えない。しかし、腰まで届く長い髪と体つきで女性だということが分かる。

「黒樹、小枝――」
 発された声は、やはり女性のものだった。
 拳銃の先を、黒樹小枝へと向ける。

 黒樹草汰は、黒樹小枝を見た。彼女は目を見開いていた。

「お前を殺しに来た」
 その女性が、僅かに口端を吊り上げた。




No.26



「……漆さん、大丈夫ですかねぇ…」
 漆の車の後部座席に座った黎が、黒樹小枝の家を見ながら呟いた。

「大丈夫だよ。漆さんだしね」
 同じく漆の車の助手席に座った上弓がパソコンを触りながら答えた。

「……上弓さんは、何をやってるんですか?」
 黎が体を乗り出し、パソコンの画面を覗く。
 そこには、黒樹小枝が映っていた。画面の端には黒樹草汰の姿も映っている。テーブルに美味しそうな食べ物が置いてあるところから見ると、夕食中だったのかもしれない。

「漆さんのサングラスに小型カメラを付けといた」
 ニッと笑って、得意げに上弓が言った。

「へーぇ…」
 よく見ると、拳銃を黒樹小枝に突き付けているのが分かった。

「それにしても」
 上弓が両手を上に上げ、伸びをした。しかし、この車は車高が低めなので、後ろに仰け反るような形になる。
「漆さんが行ってくれて良かったねー」 
「そうですね。てか、漆さんじゃないと、おれと上弓さんじゃ顔バレてますもんね」
「だのに『私は嫌だ』とか言って、なかなか行こうとしなかったから困ったね」
「そうですね」

 車の中は、パソコンの画面の中の緊迫した空気とは全く違う、呑気な雰囲気が流れていった。




No.27



「……何で、姉ちゃんを――」
 黒樹草汰は小さく訊いた。
 しかし、漆はそれを無視して、黒樹小枝に近付くと、彼女の腕を掴んだ。

「来い」
 黒樹小枝は大人しく漆のあとに付いていく。

「姉ちゃん、お前――」
 黒樹草汰が後ろで叫んだ。

 漆は振り返ると、黒樹小枝に銃を向けたまま言った。
「警察には言うなよ。言えば、こいつを殺す」
「な――っ…」
 黒樹草汰が愕然と目を見張る。
 それを見た漆は、しかしそのまま黒樹小枝を連れて、家を出た。
 そして、家の前に停まっている車の後部座席に黒樹小枝を乗せた。

「……あ――」
 黒樹小枝は、助手席に座っている人物を見て、小さく声をあげた。

「やっほー」
 一度だけ公園で黒樹小枝と話したことがある上弓は、親し気に笑いかけた。
 しかし、黒樹小枝は軽く上弓を睨んだだけだった。

 運転席に座った漆は、エンジンをかけ、車を走らせた。

 沈黙が流れる。

「……あの」
 数分続いた沈黙を破ったのは黒樹小枝だった。

「何?」
 上弓が振り向いて、黒樹小枝を見ながら訊いた。

「あなたたち、ゲートキーパー…ですよね?」
「そうだよ」
「…どこに行くんですか?」

 少しの間。

「――君が、最期に行きたい場所。どこに行きたい?」
 上弓が冷たい笑みを浮かべて訊くと、黒樹小枝は逡巡したのちに答えた。

「自殺出来る場所なら、どこでも」