自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.18



 新築ばかりが建っているような住宅街を歩いていた黎は、やがて一軒の家の前で足を止めた。

 他の家と同じように、建ってからまだ何十年も経っていないと思われる、真新しい家。
 表札には、欅の文字。

「ここか…。――てか、コーポ・テオティワカンと全然違うし…」

 「はは…」と一人虚しく笑って、それからどうしようかと考える。

 欅潤は横を同じような家に挟まれている。
 見ると、欅潤の家には横にベランダがある。その丁度正面には隣の家の窓がある。

「…なら、あの家からなら入れるな」

 小さく呟いて、それからその、隣の家の表札を見た。
 月影、と書かれている。

「……………ん?」

 黎はもう一度表札を確認した。
 月影、と。
 黒色の大理石に間違いなくそう彫られている。

 月影、と聞いて思い浮かぶのは一人しかいない。
 あの、月影冬夜だ。

「…すいません。何か用ですか?」
 その言葉にはっとして、声の主を見る。

「……………あ。月影…冬夜、くん――」

 そこには、怪訝に眉をひそめる月影冬夜が立っていた。




No.19



「――で、何で家に来たの?」

 何故だか月影冬夜の家に入った黎は、彼の部屋でそんなことを訊かれた。

「…えーと――」

 もちろん、「自殺サイト『ゲートキーパー』っていう仕事でお隣の欅潤を調べてて――」 なんて言えるはずもなく。

「ちょっと、散歩を………」

 苦笑いをしてそう嘘をつくと、月影冬夜は少し首を傾げて笑っただけだった。

 月影冬夜って、良い子だなぁ。
 心からそう思って、彼に感謝する黎である。




No.20



「じゃ、何か、お菓子でも持ってくるよ」
 そう言って、月影冬夜は階下へと降りていった。

 月影冬夜の部屋に残された黎は、部屋の中を見回した。

 部屋に置かれているのは、勉強机と本棚、ベッドにタンス、それに小さなテーブルという、極普通のばかりだ。
 部屋には一つの窓があり、今はカーテンが閉まっている。

 黎は立ち上がり、そのカーテンから外を覗いた。
 すると、丁度、隣の家の欅潤のベランダが真ん前にあった。
 さほど離れていないので、頑張ればベランダに入れるな、と考え、部屋の様子を探る。

 そこは明かりも点いていなく、暗い部屋だった。
 しかし、一つの場所から光が発している。パソコンの電源が入っているのだ。
 そして、その前に一人の少年が座っていた。

「あいつが…、欅潤」

 離れているし、暗いので、はっきりとは見えないが、彼で間違いないだろう。

 そのとき、ドアの開く音がして、月影冬夜が手にお盆を持って現れた。
 お盆の上には、紅茶が入ったコップとイチゴの乗ったショートケーキが二つ目ずつ乗っている。

「潤がどうかしたの?」

 テーブルにお盆を置いた月影冬夜は首を傾げて黎に訊いた。

「…え、と。いや、あの…」

 さっきから、おれ、絶対怪しい奴だよ。
 そう思いながら、笑って誤魔化す。

 シャッとカーテンを閉めて、黎はテーブルの前に座る。

「美味しそうなケーキだなー」

 挙動不審の黎を月影冬夜は不思議そうに見ていたが、何も訊くことはなかった。

「潤って言うんだね。あの子」

 ケーキを一口食べてから黎が訊くと、月影冬夜は頷いた。

「うん。そうだけど…?」
「仲良いの?」

 そう訊くと、月影冬夜は哀しげに笑った。

「昔は仲良かったけど、高校が離れてからは……」

 聞けば、家が隣同士と言うこともあり、幼い頃は二人でずっと遊んでいたそうだ。
しかし、高校受験で月影冬夜が隣街の聖音高校に、欅潤は鳳音高校に行ったため、それからは話もまったくしていないと言う。

「けど、冬夜君は何で聖音高校に入ったの?」

 聖音高校は隣街で、欅潤が通っている鳳音高校の方が家から近いはずだ。
 そう思って聴くと、月影冬夜は苦笑いした。

「僕、ばかだから、鳳音高校は受からないって言われて………」

 それを聞いて、黎は「あぁ」と納得した。
 欅潤が通う鳳音高校は県内でも有数のトップ高校だ。それに比べ、黎や月影冬夜が通う聖音高校は、あまりレベルが高くない。むしろ、低い方だ。

「…だから、潤も勉強大変みたい」

 月影冬夜の言葉に、黎は引っ掛かりを覚えた。

「勉強大変って、何で知ってるの?」

 高校に入ってからは、話もしていないはすだ。
 そう訊くと、月影冬夜は「あぁ」と言って、教えてくれた。

「親同士が、仲良くてさ、よく話してるみたい」
「…ふぅん」

 なるほど、そういうことか。
 ちらりと欅潤の家の方を見たが、カーテンが閉まっているので見ることは出来ない。

 そのとき、月影冬夜は小さく呟いた。

「家が隣なのに、挨拶もしなくなったなんて…、悲しいよね」