自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



ー第三章ー No.5



「あれれ?」
 授業が始まって数分。三森ほのかが声を上げた。

 机に突っ伏して、眠りかけていた黎は、その声で目を覚ました。

「……どうした? 三森」
 黒板に数字を書いていた陽炎太がその手を止めて、一番後ろに座っている三森ほのかを睨んだ。
「教科書が無いんです」
「忘れは減点だ」
 陽炎太はそう言って、名簿に何かを書き込む。

「でも持ってきたはずなんですけど――」
「無いなら忘れたんだろ。隣の席の涙湖にでも見せてもらえ」
 三森ほのかの言葉を遮って、陽炎太は言い、授業を再開する。

 一番前の席の黎は振り返って、涙湖麗を虐めているグループのリーダー格の女子生徒――加賀美梨緒〔かがみりお〕を見た。
 すると、彼女は楽しそうに口端を吊り上げていた。

「こら、十六夜、前を向け」
 陽炎太の苛ついたような声が耳に入り、黎は前を向いた。
 そして、頬杖をついて小さく溜め息を吐いた。
「溜め息を吐くな」
「さーせん」
 陽炎太の言葉に適当に謝ると、彼は鋭い視線で黎を睨んだ。
「馬鹿にしてるのか?」
「…………いえ」
 それを聴いた陽炎太は、授業を再開させる。

「なぁ、明」
 授業なので小声で明に声をかける黎。
「……何だよ」
 授業中に話しかけてくるな、とでも言いたげに少し迷惑そうな表情をする明。

「――やっぱ何でもない」
 そう言うと、黎は再び机に突っ伏して目を閉じた。

 加賀美梨緒。
 大きな目で、赤い唇。スタイルも良い。
 肩の下まで伸ばされた髪は、少しだけ茶色に染められている。それを何度も担任である陽炎太に注意されていたが、本人は気にも留めていない。
 それなりに美人だと思うが、人を虐めるなんて最低な奴だ。

 それにしても、なぜ加賀美梨緒は三森ほのかを虐めているのだろう。
 前まで涙湖麗を虐めていたのに。

「うーん……?」
 ただ単に、涙湖麗に飽きてターゲットを転校生に変えただけか。

「……しっくりこない」
「寝言言ってんじゃねーよ」
 明が小声で言ってきたのに対して、「寝てねぇよ」と小さく返した。




No.6



「黎、腹減ったー! 早く昼飯食おーぜ!」
 スクールバッグから弁当を取り出して訴えてくる。
「……ん」
 黎もスクールバッグから昼ごはんであるパンを取り出す。メロンパンだ。
 黎と明は席が隣同士なので、特に移動もせずにそのまま昼ご飯を食べ始める。

 この高校では、昼ご飯はどこで食べても良いことになっているので、教室に残っている生徒は少ない。大抵の生徒は食堂か中庭へ行く。
 黎と明を含めて、十人程度しか残っていない教室は、静かだ。その教室に響く声。
「あれ? お弁当が無い」

 その声の主は、三森ほのか。
 黎はメロンパンを一口かじって彼女を見た。
 三森ほのかは、スクールバッグの中から全ての荷物を出し、机に並べていた。

「……持ってきたはずなのになぁ……」
 三森ほのかは小さく呟いて、それから思い付いたように言った。
「あ、でもここの高校は食堂があるんだっけ? そこ行こー!」
 嬉しそうににっこりと笑い、机の上に並べられていた荷物の中から財布を取り、教室から出ていった――かと思うと、戻ってきて、涙湖麗に声をかけた。
「ねぇ、るい子さん、一緒に行かない?」
「……え――?」

 涙湖麗は驚いたように小さく声を漏らしたが、力無く首を横に振った。
「……そっか」
 にこりと笑い、再び教室から出ていった。

 涙湖麗は、ただ俯いていた。
 そして、加賀美梨緒。仲の良い女子生徒たちと輪になって弁当を食べている。
 ただ、三森ほのかを見て、楽しそうに笑っていた。
 その女子グループの机の上には、四つの弁当箱。しかし、居るのは三人だけ。つまり、一つは三森ほのかの物ということか。

「……明。あいつさぁ――」
 チラリと視線を隣の席の明に向けると、彼は必死に弁当を食べていた。
「…………おい、明」
「ん、何だ?」
 顔を上げた明の口元にはご飯粒が付いていた。

「……三森ほのかだけどさ」
「あぁ、可愛いよな、あいつ。天然ってやつ?」
「……や、そうじゃなくて――」

 三森ほのかは今日一日だけで、虐められているということがよく分かった。間違いない。
 靴箱に鳩の死骸、教科書の紛失、弁当箱を盗られる。全て加賀美梨緒の仕業だろう。

「どうするんだよ、三森ほのか」
「えー、良いんじゃない? 本人、気にしてなさそうだし……」
「それで良いのか?」

 今年度の一学期の始めに転校してきた黎だが、この高校はあまり評判が良くない。
 加賀美梨緒のように髪を染めている生徒もいるし、その他風紀違反をしている生徒はざらにいる。
 虐めも普通にあるようで、生徒たちはそれを見て見ぬふりをしている。

「……困ったなぁ」
 小さく呟いて、黎は空を見上げた。

 そんなんだから、自殺志願者が多いのだ。
 つまり、自分達の仕事が増える。

「しんど……」
「何が?」
「お前には関係ない」