自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.13



「漆さん、黒樹小枝について調べ終わりましたよー」
 そう言うなり、上弓はソファにだらりと横になる。

 事務椅子に座ってコーヒーを飲んでいた漆は、カップを事務机に置き、ソファの方へ移動した。

「どうだった?」
 漆の質問に、眠そうな表情をした上弓は答えた。

「黒樹小枝の両親がいない理由ですけど」
「ほぉ」
「黒樹小枝が幼い頃に離婚したんですって」
「…へぇ」
「で、黒樹小枝は母親に引き取られたそうです」
「ふん」
「ついでにその母親は離婚したあとにすぐ死んだっぽいです」
「『死んだっぽい』って何だ?」
 上弓の曖昧な言い方に、漆は半眼になって訊いた。

「何か、調べても出てこないんすよねー」
「…そうなのか?」
「はい、きっと何か裏がありますねー」
 そして、上弓は「そう言えば…」と付け足した。
「その母親の父親――黒樹小枝から見るとお祖父さんが警察なんすよ。怪しいですね」

 上弓は大きく欠伸をした。

「もう寝て良いですか?」
「………良いけど」

 すると、上弓はさっさと部屋から出ていき、自分の部屋へと戻っていった。

「そういや、黎はまだ起きてないのか?」
 ぽつりと呟いて時計を見る。
 今は午前九時頃。

 「まぁ、あいつは朝に弱いしなー、まだ寝てるんだろうなー」と独り言を呟き、今回の自殺をどうやって阻止すべきかを考え始めた。




No.14



「…漆さん、おはようございます」
「おはよう……………って、もう昼だぞ?」
 眠たそうな目をこすりながら現れた黎に、漆は半眼になって言った。

「……え? あ、そうなんすか?」
 黎はポカンと口を開け、首を傾げる。

「………まぁ、良いけど。今までずっと寝てたのか?」
 漆が半ば呆れ気味に訊くと、黎はこくりと頷いた。

「……それより、腹減りました。何か作ってくださいよ」
「………分かったよ」

 「ちょっと待ってろ」と言い、漆は台所へ移動した。

 黎は何が食べたいのだろう。まぁ、何でも良いか。
 と勝手に結論付け、漆はこの前スーパーで買ったメロンパンを手に取り、それを黎に渡す。

「メロンパンですかぁ」
 喜んでも嫌がってもいないような声で黎が呟く。
 そして、ビニール袋を破り、メロンパンにかじりつく。

「……旨い…」
 黎が満足げな表情で呟く。
 語尾の最後にはハートマークがついていそうな口調だった。
 そのまま黎はメロンパンを頬張る。

「……」
 漆は黙ってその様子を見ている。

 目が腫れぼったいな、と漆は黎の顔を見て思った。が、寝すぎだと思い込むことにする。

「ごちそーさまでした」
 全て食べた黎は律儀に手を合わせてそう言った。

「……黒樹小枝のことだけど」
「いきなり仕事の話ですか」
 漆がそう切り出すと、黎はいささか不満げな表情をする。

「……良いだろ」
「………良いですけど」

 微妙な空気が二人の間に流れる。

「…それでだ、黒樹小枝のことだけど」
 「ごほん」とわざとらしく咳払いをした漆が話を続ける。

「両親は黒樹小枝が幼い頃に離婚したそうだ。で、母親に引き取られた。…けど、そのあとすぐ母親は亡くなった」

 黎はそれを聴いて静かに目を閉じた。それに気が付いた漆だが、構わずに続ける。

「上弓が死亡理由を調べたが出てこなかったんだ」
「……何でですか?」

 黎が漆をチラリと見た。

「死亡した母親の父親が警察官だったらしい。だから、それが関係してる…かもしれない」
「『かもしれない』ですか」
 半眼になって黎が呟く。

「まぁ、その辺は上弓に調べさせておくから、黎、お前は黒樹小枝について調べてくれ」
「ん、解りました」

 黎はこくりと頷いた。




No.15



 黎は取り敢えず黒樹小枝の家までやって来た。
 しかし、どうするかは考えていなかった。

「あー、どうしよう…」
 思わず声に出したその時、鈴の音が聞こえた。

「……ムーン?」

 黒猫の姿を認めた黎は軽く目を見開いた。

「お前、こんなとこで何やってんだよ」

 黎の足元に寄り添った黒猫は、ニャア、と小さく鳴いた。

 そして、ゆっくりと歩き出す。一度足を止めて、黎の方を振り返った。
 まるで、付いてこい、と言うように。

「……うーん」
 低く唸った黎は、それでも黒猫のあとを追った。
 この猫は普通の猫とは少し違う、と感じているのは自分だけだろうか、と黎は思った。

 黒猫は悠々と道を歩いていく。
 どこに行くんだろうな、と思いながらぼんやりと黒猫のあとを歩いていると、黒猫は公園に入っていった。

 黒猫はその場に腰を下ろし、ニャア、と鳴いた。そして、毛繕いを始める。

「おいおい、この公園がなんだよ…」
 半眼になって呟くが、黒猫はせっせと毛を嘗めているだけだ。

 どこにでもありそうな、普通の公園。
 滑り台やジャングルジム、砂場などでは数人の子供が元気よく遊んでいる。
 そんな中、一人でブランコに座っている少年。

「…あの子――」

 黎はじっとその少年を見詰めた。
 短めの黒髪に、白い肌。大きめの目。スラリとした鼻。整った顔立ち。しかし、まだ幼さも残っている。小学校高学年か、中学一年くらいだろう。
 知っている子ではないが、黎は見覚えがあった。

「……誰だっけ?」

 あの子に似た人に会ったことがある。それもごく最近。
 そう。

 黎は、はっと見開いた。

「黒樹小枝の――」

 黒樹小枝の家から出てきた老人。あの老人にどことなく雰囲気が似ている。
 ということは、黒樹小枝の兄弟か何かだろうか。そんな情報は聞いていないが。

 話しかけようかな、と考えた矢先、黒猫は毛繕いを止め、その少年へ向かって歩き出した。

 ニャア、とその少年の足元で鳴くと、少年はびくりと肩を震わせて、黒猫を見詰め、小さく呟いた。
「……猫――」

 ムーンは何を勝手にやってんだ、と思いながら黎はその少年に近付いた。

「ごめん。それ、おれの猫」
 笑みを浮かべながら言うと、少年は黎を睨んだ。

「…―――」

 少年は立ち上がり、黎の横をさっさと歩いた。

 このまま何も情報を掴まないまま帰すことは出来ないな、と考えた黎は少年に声をかけた。
「猫、好きなの?」

 その問いに、少年は足を止めた。
 黎は肩越しに少年を見たが、背を向けているので、少年がどのような表情をしているかは分からない。

「……嫌いだよ」
 吐き捨てるように、言った。

「…何で?」
 風に揺れるブランコを見ながら黎は訊いた。

「…………どうでも良いでしょ」
 そう言って立ち去ろうとする少年のあとを黎は追った。

 少年は公園を出ると、黎が黒樹小枝の家からこの公園まで歩いてきた道と同じ名前道を逆方向に歩いていった。

 やっぱあの家に帰るのか、などと考えながら黎は少年の三メートルほど後ろを歩く。
 少年は歩きながら、そんな黎をチラチラと見てきた。

 そう言えばムーンはどこに行ったんだろう、と呑気に思ったとき、少年が立ち止まり、こちらに身体を向けた。

「何で付いてくるんだよ」
 少々苛立ったような少年の声音。

「どうでも良いでしょ?」

 黎はニコリと黒い笑みを浮かべると、少年はうざったそうな表情をした。

「…―――」

 少年は再び前を向いて歩き出す。

 黎は少年のあとを歩きながら、どうやって黒樹小枝のことを聞き出そうかと考える。
 いっそ黒樹小枝という名前を出してやろうか、と思い、それはだめだなぁ、と溜め息をついた。
 突然そんな名前を出すと、自分は怪しい人ではないか。ストーカーか何かだと思われるかもしれない。この少年に付いていっている時点で、もう思われているかもしれないが。

「君、何歳?」
 無難な質問をすることにする。

 しかし、少年は無視して歩き続ける。

「小学生かな?」
 それにも少年は答えない。

「中学生?」
 沈黙。

「ひどいなぁ…」
 大きく息を吐き出しながら言うと、少年は黎を睨んできた。

「……さっきからお前は何なんだよ」
「え、別に」
 黎がさらりと返すと、少年は一気に言った。
「話しかけてくんな、付いてくんな、ぼくに関わるな!」
「………」

 少年は顔を真っ赤にして怒鳴ったあと、再び歩き出した。

「うーん、困ったなぁ…」

 少年の後ろ姿を見ながら、ぽりぽりと頭を掻いた黎は、ズボンのポケットに入れたケータイが震えているのに気付いた。

「もしもし、漆さん、何か用ですか? 今、取り込み中なんですけど…」
 黎が口を尖らせて言うと、電話をかけてきた漆は冷たく返してくる。
『知るか。新しい情報が入ったんだ』
 その言葉に黎は「ほんとですか?」と少し興奮しながら訊いた。

『あぁ、本当だ。あのな、黒樹小枝には弟がいる。名前は黒樹草汰。小学六年生。そんだけだけど』
「わぁ、ありがとうございます。助かりましたよ」

 黎は通話を終了して、慌ててその少年――黒樹草汰を追いかけた。

「やっほ」
 後ろから声をかけると、黒樹草汰は驚いたように「うわぁ!?」と声をあげた。

「何でまた来たんだよ!」
「ちょっと話があって。――黒樹草汰君」

「話なんてねぇよ」
 そう言って立ち去ろうとした黒樹草汰だが、ふと足を止めた。

「―――って、何でぼくの名前を…?」

 黎はただニコリと笑っただけだった。