自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.9



 二年一組の教室へやってきた黎は、廊下から教室を覗いた。

 ここは、黎のクラスではなく、例の月影冬夜のクラスなのだ。

 クラスの端から端までを見て、一番後ろの窓際に座っている生徒に目を止める。

「ああ、いた」
 小さく呟くと同時に、何故だか口端が上がった。

 開け放たれた窓から上半身を教室の中へ入れる。
 廊下側の席の子が、少し驚いたように目を見張った。

「あ! 転校生だよね !?」
 嬉しそうな表情をする女子生徒。

「うん、そう」
 黎は笑顔で返した。

 実は、黎は諸事情により、今年の四月からこの学校へ転校してきたのだ。
 と言っても、もう三ヶ月が過ぎようとしているのに、まだ「転校生」と呼ぶのか。
 そんなことを思いながらも、表面上は笑顔を取り繕う。

「何か用?」
「うーん、ちょっとね」

 そんな会話をしているうちに、回りには女子生徒が集まってくる。

「あれが転校生だよ」
「うわ! イケメンじゃん」
「かっこいい!」

 そんな声が聞こえてくるが、黎は一切無視している。

「あのさ、あの子のことなんだけど――」
 そう言いながら、月影冬夜を指差す。回りにいる女子は一斉にそちらを見る。

「あの子、どんな子?」
 そう訊くと、女子は一斉に何かを話し出す。

「あの子、ずっと一人だよね」
「近寄り難いよね」
「友達いないし」
「暗いイメージだよね」
「何も話さないし」

 ――わかったから、一気に喋るな! おれは聖徳太子か !?

 心の中でそう突っ込んで、黎はにっこりと笑って、次の質問をした。

「虐められてたりする?」

 しかし、予想に反して皆、首を振った。

「そんなことないよね… 」
「うん」

 ――じゃ、こいつらが気付いてないだけか、本当に虐められてないのか、か。

 心の中で考えて、黎はにっこり笑った。

「うん、ありがとう! また来るよ!」

 そして、黎は自分の教室、二年五組へと入っていった。




No.10



 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴ると同時に、黎は教室を飛び出した。
 向かう先はただ一つ。二年一組の教室――月影冬夜のもとだ。

 教室に行くと丁度、月影冬夜が教室から出てくるところだった。

 黎は、こっそりと月影冬夜のあとを追う。

 月影冬夜は廊下を進み、階段を下る。
 それを見た黎は、少し間を置いて、同じように階段を下っていく。

 月影冬夜は一階まで行くと、中庭へと出ていった。

 中庭にはベンチがいくつか置いてあり、その内の一つに月影冬夜は腰を掛けた。
 そして、手に持っていたパンを食べ始めた。

「 …しくったな。漆さんに訊いとくべきだった」
 自分の失態に舌打ちを打って、少し離れた所から月影冬夜を見守る。

「また、明日来るか… 」
 小さく呟いて、黎は校舎へと戻っていった。




No.11



「漆さん、入りますよー?」

 古いドアをノックすると、中から「おーう」と言う声が聞こえた。

 キィィと不気味な音をたてて開く扉。

「このドアも、もうすぐ壊れるんじゃないですか?」
「失礼だな」

 イスに座って腕組みをしていた漆は半眼になった。

「このアパートはそんな簡単につぶれないよ」

 そうかなぁ、と思いながら、散らかった部屋の中へ入り、ソファに腰掛ける。

「漆さん、掃除はしないんですか?」
「年末に大掃除するよ」
「……………」

 黎は遠い目をした。

「今は、七月ですよ?」
「知ってる」

 「そうですか」と返し、黎は溜め息をつく。

 この人は、大丈夫だろうか。

 黎が本気で漆のことを案じていると、そうとは知らない彼女が訊いてきた。

「で、月影冬夜はどうだった?」

 その言葉で、黎は気持ちを切り替える。

「月影冬夜と同じクラスの生徒に訊いたところ、友達いなくていつも一人で無口で近寄りがたいそうです」
「 …それで?」
「虐められてるそうです」

 その言葉に、漆は目を見開いた。――哀しそうに。

「そうか… 。そうだ、新しい仕事が来た」
 そう言いながら、ノートパソコンを操作する。

「これだ」

 パソコンに届いている一通のメール。

「『死にたい。簡単に死ねる方法は何ですか』――かぁ」

 メールの内容を声に出して読んだ黎は、首を傾げた。

「簡単に死ねる方法って、何ですかね」

 すると、漆は静かに言った。
「 …死ぬのに簡単な方法なんて、無いよ」

 黎は漆を見た。
 哀しげな瞳をした漆。

「自殺っていうのは、したらいけないんだよ」
「 …――」

 黎は思っていた。
 漆は時折、こんな哀しそうな表情をすると。

 遠くで、セミの声が聞こえる。
 そんな沈黙を破ったのは漆だった。

「よし、玄にこのこと調べさせるか!」
 漆はそう言って、立ち上がった。

「もう少ししたら帰ってくるから、玄に言っといて」
「 …はい。――て、漆さんはどこ行くんすか?」

 扉に手を掛けている漆を見て、黎は訊いた。

「ムーンと散歩してくる」
 漆は振り返ってそれだけ言うと、出ていってしまった。

 一人残された黎は小さく呟いた。
「……………猫と散歩するんすか」