自殺サイト『ゲートキーパー』
作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw

No.7
「調べ終わりましたよー」
口を尖らせたまま、上弓が言った。
「うん、偉い偉い。で?」
軽く誉めたあと、漆はチラリと上弓を見る。
「黒樹小枝、十四歳、中学三年生。弟が一人。両親は…死亡。現在、祖母と弟と、三人で暮らしています」
上弓はパソコンに映し出された情報をたんたんと読み上げた。
それを聴いた漆は考えるように腕組みをした。
「…両親はいないのか。自殺する動機は何だ?」
最後の問いは、誰に向けられたものでもない。
「取り敢えず、もっと探りが必要だな」
漆は「うん、そうだ」と一人で頷き、そして上弓を見て、言った。
「玄、ちょっと行ってこい」
その上弓はというと、漆を見てポカンと口を開けたが、すぐに反論をした。
「何でオレなんすか!? こういうのは黎の仕事でしょ!!」
「煩い、黙れ。お前がデート行ったせいで情報少なかったんだ。だからお前が行ってこい」
漆は早口にそう言うと、しっしっと手を払った。
「………漆さんも、酷いなぁ」
不満げな表情をしながら、上弓は部屋を出た。
「…あ、情報掴めるまで帰ってこなくて良いから」
「………はーい」
漆の付けたしに、上弓は実に不満ありげな声で返事をした。
ガチャリ、とドアの閉まる音がして、上弓の足音が聞こえたが、それも遠ざかって軈て聞こえなくなった。
部屋にセミの音だけが響きわたる。
「――黎」
暫くの沈黙を漆が破った。
「何ですか?」
黎はぼんやりと目の前にある机を見詰めたまま訊いた。
「……まだ、引きずってんのか?」
漆の静かな問いに、黎は僅かに目を見張り、そして目を伏せた。
「漆さん。おれじゃなくて上弓さんを行かせた理由は、それですか?」
自分の問いに答えなかった黎を横目でチラリと見て、それから漆は小さく笑った。
「上弓がデート行ったから、罰だよ」
「そうですか」
セミが鳴いている。
黎は「じゃ、帰ります」と言うとその場に立ち上がり、ドアの前まで行った。
ドアを開けたところで、黎は不意に動きを止めた。
「さっきの質問の答えですけど――」
顔だけを漆の方へ向けた。
「おれはもう、あのことは引きずってませんよ」
それだけ言うと、黎は部屋を出ていった。
「…―――」
漆は上半身をソファの背もたれに預けた。
「……嘘だ」
お前はまだ、あのことを引きずっている。
No.8
大通りから少し離れた公園は、車のエンジン音も一切聞こえない。
聞こえる音は、風が木を、葉を、揺らす音。その木に止まったセミの大合唱。
そして、澄んだ鈴の音。
「…鈴?」
木が木を遮り、影になっていたブランコに腰掛けていた少女は、違和感を覚えて呟いた。
キョロキョロと辺りを見回すと、公園の塀の上を一匹の黒猫が歩いていた。
その黒猫の首輪に付けられた鈴が、歩く度にチリンチリンと可愛らしい音を鳴らす。
「…おいで」
しばらく黒猫を見詰めていた少女は黒猫がこちらを見たので小さく声をかけた。
ニャアと答えるように小さく鳴いた黒猫は、塀から飛び降り、見事に着地し、少女の元へと駆け寄った。
「よしよし、可愛いわね」
黒猫を膝に乗せ、ゆっくりと頭を撫でてやる。すると、黒猫は気持ち良さそうに目を細めた。
「セミが、鳴いてるね」
少女は黒猫を撫でながら呟いた。
「セミがたくさん鳴いてることを蝉時雨って言うんだよ。知ってた?」
黒猫に訊くと、ニャアと鳴いた。
「…君は、賢いんだね」
ゆっくりと頭を撫でる。
「猫、好きなの?」
「ひゃあ!?」
突然の問いに、少女はびくりと肩を震わせた。
「あー、ごめん。そんなに驚かすつもりはなかった…」
苦笑いしたその声の主は、髪を明るい茶色に染めた男性だった。
その姿を認めた瞬間、少女はさっと表情を変えた。
「……誰ですか?」
低い声で訊くと、その男性はニコリと笑った。
「オレ、その猫の飼い主の知り合い」
男性はついと少女の膝に乗った黒猫を指差した。
「……あ」
少女は黒猫を見詰め、そして膝から下ろした。地面へ下ろされた黒猫はニャアと鳴き、男性の足元へ寄っていった。
男性はしゃがみこむと黒猫を撫で回し、それから少女を見た。
「…猫、好きなの?」
「…、は…い」
少女は僅かに身体を強張らせた。
「この猫ね、ムーンって名前なの。月って意味」
男性は黒猫を両手で持ち、立ち上がった。
「オレは上弓玄。君は?」
ニコリと笑って訊いてくる男性。
「――黒樹…小枝、です…」
遠慮がちに少女――黒樹小枝は言った。
「そっか、小枝ちゃん。可愛い名前だ」
上弓と名乗った男性はヘラリと笑う。
「じゃ、オレはそろそろ帰るから。またね」
ひらひらと手を振って去っていく上弓を黒樹小枝は無言で見詰めていた。
No.9
ーーー
やけに静かで。
暗い闇で。
そこに居たのは、顔を、両手を、全身を、真っ赤に染めた少年。
そして、その少年の足元に転がっていた二つの身体。
真っ赤に染まった身体。
少年はこちらを見て、呆然としていた。
その表情は何も表していなくて。
その瞳は、何も映していなくて。
ーーー
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「――誰だ?」
ぽつりと呟いて、漆はドアを開けた。
すると、そこには一人の女性が立っていた。
少しだけ茶色に染めた髪は、肩より少し上で切り揃えられている。顔は薄く化粧をしているようだ。真っ直ぐな黒色の瞳がじっとこちらを見ている。
パステルカラーのピンクの涼しげな服に、短いズボンを穿いている。スラリとした脚。赤色のパンプス。右腕にはピンクと白の丸い石で作られたブレスレット。
「……茉莉〔まり〕、どうし――」
その女性は漆の言葉を遮って言った。
「玄、来てますか!?」
慌てたような彼女に、漆は少し驚きながら「今、出掛けてるけど」と返した。
すると、女性は目を伏せて俯いた。
「…おい、茉莉、どうしたんだ?」
漆が問うと、彼女は少し考えたあとに言った。
「ちょっと、色々あって――」
取り敢えず、漆は彼女を部屋を招き入れた。

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