自殺サイト『ゲートキーパー』
作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw

No.16
『わぁ。ありがとうございます』
それのすぐ後に、プツリという、通話終了の音。
「………おい」
半眼になって耳に当てていたスマートフォンを睨んだ。
「一体何なんだよ」
漆の言葉に、その隣で胡座をかいている上弓が言った。
「それはこっちのセリフですよ。オレが寝てるっていうのに、漆さん、いきなり起こして黒樹小枝について調べろとか言ってくるから」
「………仕方無いだろ。ムーンが来て、ノートパソコンを引っ掻いてるから、調べろ、って言ってるんだろうな…って思って」
「……って、引っ掻いたんすか!?」
上弓は畳の上に置かれているノートパソコンを慌てて確認する。
「あー、大丈夫、多分。すぐ離したから」
「えー、マジっすかぁ?」
上弓は漆の言葉を信じていないらしく、くまなく傷が無いかをチェックしている。
「……と言うかなぁ、茉莉はどうした?」
漆のその言葉に、上弓は危うく手に持ったノートパソコンを落としそうになった。
「ななななな、何言ってくるんすか!!」
「………動揺しすぎ」
呆れながら漆が指摘する。
上弓はノートパソコンを畳に置き、じっと漆を睨んだ。
「だから、前も言ったように、漆さんには関係無いです!」
「だから、前も言ったように、私にも関係あるんだ」
漆は充電中の上弓のスマートフォンを彼に投げて渡した。
「何するんすか! 投げないでくださいよ!」
「煩い! とにかく、電話の一つぐらいしてやれ!」
「……はぁっ!?」
目を丸くした上弓だが、漆の言う通りに茉莉に電話をかける。
「…………」
トゥルルルル。
「…………」
トゥルルルル――プツッ。
「あ、もしも――」
『お掛けになった電話は電波の悪い所にあるか、電源が入っていないため――』
上弓はその場に倒れた。
「おいおい、しっかりしろ」
漆が半眼になって上弓を見る。
「あぁぁ、オレやっぱりもう嫌われて…!」
うつ伏せになった上弓はバンバンと畳を叩いた。
漆はそれを呆れ顔で眺める。
そして、嘆息をついて、言った。
「探してこい」
「…………………………はぁ?」
上弓はポカンと口を開けて、間抜けな病院で漆を見詰めた。
「探してこい、今すぐに! じゃないと、本当に嫌われるぞ!」
そう言うなり、漆は上弓を外へ放り出す。
「頑張れ、玄」
手を振る漆に上弓は呆れたように言った。
「どこに居るか分かりませんよ!」
「大丈夫! 愛の力で何とかなる!」
自信満々で言った漆の言葉に、上弓は顔を赤くした。
「な………っ!!」
口許を手で押さえ、クスリと笑った漆。
「とにかく、行ってこい」
「………分かりましたよぉ」
口を尖らせて、不満たっぷりといった感じで上弓は歩いていった。
No.17
「――お前、何者なんだよ」
黒樹草汰は鋭い視線で黎を睨む。
しかし、黎はニコリと笑うだけで全く動じていない。
「おれは十六夜だよ」
「…イザヨイ――?」
黒樹草汰は口にして、それから黎を再び睨んだ。
「そんなに睨まないでよ」
苦笑しながら言ったが、黒樹草汰はこちら睨んだままだ。
「まぁ、良いか。黒樹草汰君。ちょっと、話をしようよ」
「やだよ」
きっぱりと断られた黎は渋面を作った。
「何でぼくの名前を知ってるのか知らないけど、話なんかすることないし」
歩き出した黒樹草汰に、黎は小さく言った。
「――黒樹小枝」
「…――っ」
黒樹草汰は足をピタリと止めた。
黎からは背を向けていて分からないが、大きく目を見開いている。
「お姉ちゃんの名前は、黒樹小枝だよね?」
黒樹草汰の反応から見て、そんな確認は必要無いが。
「…お前、一体何なんだよ!」
「黒樹小枝は、自殺しようとしてるよ」
振り返って訊いてくる黒樹草汰の言葉を無視して言うと、彼は目を見張った。
「知ってた?」
笑みを含ませながら訊くと、黒樹草汰は何かを言いかけて、口をぱくぱくと開けたり閉じたりしたが、声にはなっていなかった。
「嘘だ! 姉ちゃんが、そんなこと…!」
黒樹草汰は手を強く握り締めた。
「…嘘だと思うなら」
黎は静かに言った。
「黒樹小枝のケータイを見てみてよ」
「ケータイ?」
鸚鵡返しに黒樹草汰は言った。
「自殺サイト『ゲートキーパー』ってところにメールを送ってるよ。自殺したい…ってね」
「――な…」
黒樹草汰は呆然と呟いた。
「良いよ。信じるか信じないかは君次第だよ――黒樹草汰君」
No.18
「はぁ…、漆さん、ひどいなぁ。どこに居るか分かんねぇし」
昼間の眩しい太陽とは違う、優しい光の太陽の陽射しを受けた雲は薄く黄色に染まっている。
「どこ行こうかなぁ」
と言っても、実は茉莉がどこに居るか、何となく予想は出来ている。恐らく、あそこに居るだろう。
上弓は、何て言おうか、などと考えながら足を進める。
数分歩き、聖音神社に着くとその横にある階段を上った。
階段の途中で墓地に出る。しかし、上弓はその横を素通りして、まだ上へ上る。
そして、木が生い茂っている中へ入る。そこは、空間があり、古くなったベンチが一つ置いてある。柵も取り付けられてあり、昔は展望台として使っていた、と聞いたことがあるような。
そこに、彼女が居た。
柵に凭れるようにして、ぼんやりと景色を眺めている彼女が。
「――茉莉」
名前を呼ぶと、彼女はふとこちらを向いた。
「……玄、何でここに――!?」
驚いたように目を丸くする茉莉。
「……茉莉を、探しに来たんだよ」
顔を赤らめながら言うと、茉莉は目を見張った。
「だからって、何でここが分かったの?」
「そんなの――」
上弓は目を伏せた。
「ここは、茉莉の大切な場所だから」
「……―――」
「昔から、何かあった時はここに来てただろ!?」
茉莉は上弓を見詰めた。その目が潤んでいる。
「……って、うえぇぇぇっ!? な、泣くなよ!」
慌てて上弓が言うと、茉莉は涙を流しながらにこりと笑った。
「うん、ごめん。何か、嬉しくて――」
そんな茉莉を見詰めた上弓は、そっと彼女を抱き締めた。
「…! 何して――」
わたわたと慌てる茉莉の言葉を遮って、上弓は静かに言った。
「ごめんな。デート行けなくて」
茉莉はキョトンとしたあと、優しく微笑んだ。
「……仕方ないよ。仕事、忙しいんでしょ?」
「……うん」
こくりと頷く上弓を見て、茉莉は言った。
「なら、良いよ。だから、自殺止めてあげて?」
「…そう…だな」
上弓は茉莉を放し、彼女の顔をじっと見詰めた。
「……何?」
照れたように顔を赤くする茉莉。
「…いや、しばらく会ってなかったから、ちゃんと顔見とこうと」
「……もう」
茉莉が嬉しそうに笑う。
チラリと空を見ると、淡い水色になっていて、雲は微かに赤く染まっていた。
「綺麗だね」
にこりと、哀しそうに笑う茉莉。
「……茉莉の方がキレイだよ」
冗談混じりでそう言うと、「玄にそんなの似合わないよ」と笑い飛ばされた。
「そっか…」
何気無く下を見た。そこには墓地がある。そこにある、一つの人影。
腰まで届く、黒髪の少女。
「……黒樹小枝」
軽く目を見開いた上弓を見て、茉莉は首を傾げて訊いてくる。
「あの子が自殺志願者?」
「……あぁ」
黒樹小枝を見詰めたまま答えると、茉莉は上弓の手を引っ張った。
「……何――」
彼女の方を向いた上弓は目を見張った。
唇に、柔らかいものが重なる。
それは、すぐに離れていった。
「頑張れる、おまじない」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに舌を出して悪戯をした子供のように茉莉。
「だから、仕事、頑張ってきて」
その言葉に、上弓は顔を赤くして照れたように微笑み、そして頷いた。

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