自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.1



 なんでこの世に生きていなくてはならないの?
 嫌いな人間がいる世界で、何でアタシが生きてなきゃいけないの?

 嫌いな人間、人間、人間。
 顔を見るのも嫌。

 しかし、この世に生きている以上、必ず人間と生きていかなくてはならない。
 嫌いな、人間と。

 そんなのは、嫌だ。
 嫌なら。



「あった…」
 静かな部屋に、少女の声が響く。

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 少女は静かにenterをクリックした。



 嫌ならば、方法はただ一つ。

 ――自分が、死ねば良い。




No.2



「…暑い。そして暇」
 ぼんやりと呟いたそれは、アブラゼミの声に掻き消されてしまう。

「暑い暑い暑い」

 八月に入ったばかりの日。
 太陽の日射しはまだまだ暑く、それを直接受けていると、何もしなくても汗が出てくる。

「…つーか、何でこんなところにいるんだ」
 渋面を作って呟き、辺りを見回す。
 滑り台やジャングルジムなどの遊具と、砂場。そして、幼い子供とその母親と思われる人が何人かいる。
 そんなに広くも狭くもない、どこにでもありそうな公園。

 その公園の中にあるブランコに腰掛けた中高生だと思われる少年は、そのまま後ろへ下がった。
 両手で取り付けられている錆びた鉄の鎖をしっかりと掴み、両足をパッと地面から離す。グン、と身体が前に押し出される。
 耳元が風が唸る。
 後ろへ引かれ、足を伸ばすと、先程よりも身体は上へと上がった。
 それを何回か繰り返すと、青空がだいぶ近付いた。

「…気持ち良い――」
 目を閉じて小さく呟いた瞬間、ケータイの着信音が鳴った。

「………何だよ」
 ブランコを足で無理矢理止めて、ズボンのポケットからケータイを取り出す。
 ストラップやカバーなどを着けていない、質素な黒色のスマートフォン。

「…もしもし?」
 少々不機嫌気味に言うと、しかし電話の相手は気にしていない様子だ。
『おーう、黎。今、どこだぁ?』
「公園です」
『そ。仕事が来たから、帰っておいで』

 黎は「はい」と答えたあと、通話を終了し、小さく溜め息をついた。

 またこの世界で、誰かが大切な命を捨てようとしている。




No.3



「帰ってきましたよー、漆さん」
 顔に浮かんだ汗を拭いながら黎が言うと、漆は彼をチラリと見て、「おかえりー」と返事をした。

「…まぁた、だらしない格好して―――」
 半眼で呟く黎の目の前にいるのは。
 あまり手入れのされていないと思われる長い黒髪を無造作にポニーテールに結び、半袖半ズボンの上下ジャージ姿で机の上に堂々と足を組み、事務椅子の背もたれに身体を完全に預け、アイスを食べている女性――漆。

「良いだろー? 私はこの暑さでどうにかなってしまいそうなんだ」

 目にかかる前髪を鬱陶しそうに掻き上げた漆はじとっと黎を睨んだ。

「…だったら、クーラーつけてくださいよ」
 渋面を作って言った黎に、漆も渋面を作って言う。
「だから、壊れてるんだって」
「…じゃ、扇風機」
「八月になったらな」
「もう八月ですよ!」

 半ば呆れながら言うと、漆は「じゃ、つけよう」と早速置いてあった扇風機のスイッチを入れた。

「………って、漆さんしか風当たってないじゃないですかっ!」
 暑さで少々苛立ちながら言うと、漆は少し驚いたように目を見張ったあと「ごめんごめん」と扇風機の首を振った。

「…で、仕事は何ですか?」
 扇風機の風に靡く前髪をうざったそうに睨んだ黎が訊いた。

「…うん、まぁ、これ」
 漆は机の上に置いてあったノートパソコンを黎に見せる。

「……『生きていた証拠が残らないように、存在ごと消してほしい』――?」
 ノートパソコンの画面に映し出されているメールの一文を声に出した黎は軽く目を見張った。

「そんなの無理ですね」
 さらりと言う黎を漆は半眼で睨む。
「そんな簡単に言いやがって…」
「だって、本当じゃないですか」

 それから漆を見詰める。

「…で、何すれば良いですか?」
 黎の問いに、漆は机の引き出しから一枚の紙を取り出しながら答えた。
「取り敢えず、この子の家、この聖音市だから探りを入れる」

 差し出された紙には、聖音市の地図が白黒でプリントされていて、赤丸が一つ付けられている。

「…と言うわけで、今から行ってきて」