ダーク・ファンタジー小説
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- I live with ヴぁんぱいあ。【4/19更新】
- 日時: 2021/04/19 22:08
- 名前: はるた (ID: vQ7cfuks)
【お知らせ】
完結に向けて、一度物語の矛盾点等をなくすために書き直すことにしました。
これから読む際は、目次をつくりますので、そこからお願いします。
目次 >>198
※ 全編書き直しなので、すべて初期のものは削除しております。
残ってるのは参照記念と番外編(幕間除く)だけです。作品を読むのであれば目次から飛んでください。
■
初めましてor(知っている人がいましたら)お久しぶりです。
はるたと申します。
五作目は吸血鬼ものです。頑張ります(; ・`д・´)
【参照記念】
参照300記念小説 >>55
参照600記念小説 >>81
参照900記念小説 >>111
参照1200記念小説 >>112
参照1500記念小説 >>121
【お客様】
◇ゴマ猫様
◆ひよこ様
◇雨空様
◆朔良様
◇覇蘢様
◆占部 流句様
◇いろはうた様
◆錦歌赤兎様
◇紗悠様
◆如月 神流様
◇みるく様
◆波璃様
◇星来様
◆蒼様
◇美奈様
◆ゆーき。様
◇戒壇様
◆ことり様
◇顔無し@様
◆村雨様
◇佐渡林檎様
◆Garnet様
【目次】
※調整中
参照19000感謝です。
では、物語の世界へどうぞ。
- Re: I live with ヴぁんぱいあ。 ( No.199 )
- 日時: 2020/06/02 22:09
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: rtUefBQN)
■ 1 「 とある冬のお話 」
優しい嘘にずっと騙されていたかった。何も知らないままのうのうと生きていきたかった。初めてお前はもうすぐ死ぬんだよ、と医者から悲しい顔で言われたとき、私はほんの少し笑ってしまった。口角が上がったことを両親にも医者にもバレたくなかったから、だから私は下を向いて、わざと肩を少し震えさせた。ショックを受けていると思わせたかったから。
案の定、両親は、私の想像通りの方向に向かっていき、あっという間に不仲になった。「お前のせいでゆたかは死ぬんだ」「お前の育て方が悪かった」「あなたはいつも帰ってこずに育児も全く手伝わなかったじゃない」「ゆたかが死ぬのはあなたのせいよ」言い合いはどんどんエスカレートしていった。父親は他に愛人を作り、母親は酒におぼれた。馬鹿な人たち。私の顔を見ると罪悪感で死にたくなるんだろう。泣きわめいて私に暴力をふるうことで母は自分のストレスを発散させた。もうすぐ死ぬ人間だからいいんだろうね。本当馬鹿な人たち。
弟の悠真が壊れたのに気づいたのは結構早かった。悠真は可愛くて優しくて本当にいい子だったから、メンタルがもたなかったんだろう。火事が起こった時、さすがにやりすぎじゃない、とは思ったけれどこれで全部終わりと思ったらそれは幸せだと思った。私の不幸ばかりの人生もこれでハッピーエンドだって思った。ああ、私はこのままハッピーエンドに殺されて、幸せなまま死んでいきたいとすら思った。だけど、世間は私のこんな些細な夢も叶えてくれない。一家心中に取り残された可哀想な娘、つけられたそのレッテルはなかなか外れてくれなかった。
死にかけた弟を見て、私は何も思わなかった。だけど、目頭がじわっと熱くなってきて口からは「ごめん」と言葉が勝手に吐き出された。いいお姉ちゃんを演じてきた。それが悠真のためになると思ったから。殴られても蹴られても仕方ないって思った。だって、私が勝手に病気になったんだもん。仕方ない。だから悠真も一緒に我慢してねって、私はいつもいつも悠真の気持ちを蔑ろにしていた。救ってくれてありがとう。でも、私は悠真も見殺しにした酷い人間だ。眠った悠真の前で何度も何度も懺悔して、ベッドに涙をこぼした。だから、私は死ににいくことを決意したのだ。私が死んだら天国で、また幸せな家族で一緒に暮らそう。
踏み出した足は、いつの間にか駆け足になって、息を切らして走っていた。
きみに出会ったのはその時。私が世界に絶望していたときだった。
■ それは過去のお話。
何度も電車を乗り継いで、遠くの街に来た。どこかは知らない。行ったこともない街。
今までに貯めていたお小遣いをふんだんに使っても、結局はとなりの県に行くだけで精いっぱいだった。季節は冬だった。冷たい風が体の芯まで冷やして、凍らせる。空から舞ってきた雪は、やがて地面に積もりだした。
時間は夜の十時を回ったぐらい。私は初めて彼に出会った日のことを鮮明に覚えている。
「なにしてんの、あんた」
行き場もなく、ただずっと雪の降る中歩き続けていた私に、興味本位で聞いてきたのだろう。彼はエナメルバックを背負って多分部活帰りだろうジャージ姿で私の顔を覗いた。
「……っ」
近くに人がいる、ということは気づいていてもまさか話しかけられるなんて思ってもいなかったから、私は突然のことで言葉を失った。視点が定まらずにきょろきょろとしていると、彼はため息をついて「迷子?」と、一言。
「ここらじゃ見たことのない顔だからさ。こんな遅い時間に一人で歩いてちゃ危なくない?」
「……そう、ですね。すみません」
面倒な人に絡まれたな、というのが第一印象。私のことを小さな子供のように扱う彼に、最初少しだけイラっとした。
すぐに彼から離れようと「急いでるんで」と断って去ろうとしたけれど、彼に勢いよく腕を掴まれて足を止められた。
「うわっ、冷たっ。どんだけ、外にいたんだよ、あんた」
彼は自分がしていたマフラーをとって私の首にぐるぐると巻き付けた。「俺のだからちょっとくせえかも、でも我慢な」彼はそう言いながら自分のカバンから手袋を取り出して私に渡した。
「あー、もう迷子なんだろ。うちこい、うち」
渡された手袋をつけてみると、ぶかぶかで、彼はすぐに私の手を掴んで歩き出した。
冬の夜道、知らない街で彼に初めて出会った。第一印象通り、馬鹿そうなお人よし。
それが、加瀬雄介との出会いだった。
- Re: I live with ヴぁんぱいあ。【6/2更新】 ( No.200 )
- 日時: 2020/07/14 22:13
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: rtUefBQN)
「加瀬」という表札のかかった一軒家。彼に腕を掴まれたまま私は家の中に連れ込まれ、とある部屋に押し入れられた。ぱちんと電気がつくと、そこがお風呂場だということに気づく。びっくりして振り返ると後ろでゴソゴソしていた彼が、私にタオルと着替えを置いて扉を閉めようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「ん、なに。俺覗きの趣味とかないから」
「そうじゃなくて。っていうか、どうしてお風呂……」
「いや、寒かったじゃん。お前の手もさっきからずっと冷たいし、ちょっと先に温まってこいよ。話はそれからな。あ、浴槽は今お湯はってるから、先にシャワーでも浴びてて、風呂たまったら音楽なるから」
じゃ、と彼はさっさとお風呂場のドアを閉めて出ていく。さっき会ったばかりの赤の他人の家のお風呂を使わせてもらうだなんて正直困ったけれど、体は芯から冷え切っていて、指先はさっきから動かそうとしても微動だにしない。
着ていた服を全部脱いでお風呂に入る。床のタイルが最初冷たくて思わずびくりとしたけれど、シャワーから出てきた熱いお湯で皮膚をなぞると、自然と涙が出てきた。ふわふわと湯気がまわりを包んで、私はシャワーを浴びながら一人嗚咽を漏らしながら泣いた。
何をしているんだろう。自問自答しても無駄な、出るはずのない答えを探す。私は無意味なことをしている。だってどうしようもない。こうやって逃げてきても現状は何も変わらない。悠真が目を覚ましてくれるわけでもないし、私の病気が治るわけでもない。お父さんとお母さんが死んだことも、何も変わらないのに。
「馬鹿みたいだ、わたし」
子供の家出なんてすぐに見つかる。そんなの分かり切ったことだった。
むしろ、こんな寒い冬に一人飛び出してくる自分が酷く滑稽で、きっと彼もそれを見かねて助けてくれたんだと思った。
ピロリロリンと可愛い音楽が鳴ったかと思うと、お風呂場にある小さなパネルが「お風呂が沸きました」と電子的な声を出す。私は軽く体を洗ったあとに、そっと足を湯船の中に入れた。じんわりと暖かく、そのまま体を浴槽の中にあずけた。
「あったかい」
涙がまた流れる。視界がずっとぼやけて、私は掌で顔を覆った。つらかった、誰にも言えなくてずっと、ずっと。
自分がもうすぐ死ぬことも割り切れていた。大丈夫だよ、って自分で自分を鼓舞して、強い人間を装っていた。だって泣いたってどうしようもないんだもの。
人前で泣けない、むかしから。私はあの火事の日から、どこにも行けないでいる。感情がぐちゃぐちゃで、でも泣けなくてずっと苦しくて吐きそうだった。
「会いたいよ、悠真」
泣きすぎたのか頭が痛くなってきて、私はお湯で何度も何度も顔を洗って、お風呂を出た。目的を忘れちゃいけない。私はここに。
「死にに来たんだ」
■ 白くて、暖かくて。
- Re: I live with ヴぁんぱいあ。【7/14更新】 ( No.201 )
- 日時: 2020/08/18 22:41
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: d6rzi/Ua)
お風呂から出て用意されていた服を着る。少し大きめな無地のTシャツに、ジャージのズボン。右ポケットのあたりに加瀬と刺繍されていて、さっきの表札の名前を思い出す。お互いに名乗るタイミングを逃してここまで来てしまってたことにようやく気付いて、私は小さくため息をついた。
お風呂場から出て、さっきの彼の居場所を探した。間取りもよく分からなかったから、よろよろと壁をつたって灯りのついた部屋を探す。ちょうど奥の部屋に電気がついていて、私は恐る恐るドアを開けた。キイと小さな音が立って、ソファでテレビを見ていた彼がこちらに気づく。
「あ、出た?」
「え、ああ。はい、あの、ありがとうございました」
「いや。あ、ってかごめんな。服があんまなくて、俺の中学の時のだけどやっぱぶかぶかだな」
「……え、ああ」
彼がこちらに歩いてきて私を見てにっと歯を見せて笑った。
「あ、ってか髪もちゃんと拭けよ。冬なんだから風邪ひいちゃうだろ」
彼が私の濡れた髪に気づいて、肩にかけてあったタオルで思いっきり私の頭をわしゃわしゃした。くすぐったくて思わず笑ってしまったけれど、彼の表情が思っていたものと少し違って私は静止してしまった。
「ごめんなさい」
「……なにが」
「いや。だって」
笑ってはいる。だけど瞳の奥は冷たい何かを隠せていない。私は彼のことを知らないし、彼も私のことなんか知るはずもない。
空気が少し重くて、私は言葉を失ってしまった。彼は動揺する私を見て、わかりやすく大きなため息をついて私の頬を小さくぱちんと叩いた。
「なんていうんだろ、あれだよ。怒ってる」
「……すみません、こんなお世話になるつもりじゃ」
「そうじゃなくて、こんな夜に女の子ひとりで外にいるってことが」
彼は私をじいっと見て、ゆっくりと口を動かす。
「無事でよかった」その言葉が音になるより前に、私は口の動きで彼の優しさを知った。
名前も知らない赤の他人なのに、私は単純だからすぐにその人のことを「いい人」だと認識してしまう。私は馬鹿だから、そう何度も言い聞かせて。
「つい一か月前に俺の同級生が夜に一人で帰ってるときに男に襲われかけたみたいで、まだそいつ捕まってないんだよ。だから、この街では今は女ひとりで夜は動かないようにって」
「……すみません、何も知らなくて」
「仕方ねえよ。でも、そろそろ帰らなきゃ親御さんも心配するだろ」
私の頭を優しく撫でた彼は、甘ったるい声で聞きたくない言葉を発する。
もういないあの人たちのことを、私は一刻も早く忘れたかったのに。
「もう、いないんです」
「え?」
「両親、死んだんです。火事で」
目を閉じればすぐにあの日のことを思い出せる。じりじりとしたあの火の粉を、黒い煙を、救急車のあの音を。あの日、何があったのか、私はいまだに自分を許すことができない。
あの事件を起こしたのは、あの事件の引き金は私だった。
「お姉ちゃん、笑って」
私は弟との約束を守れないまま、逃げてしまった。
彼の行動は私にとっては裏切りだったのか、救いだったのか、分からない。
でも、ひとつわかるのは、私はもう引き返せないということだけ。
目の前の彼は、私が泣きそうなことに気づいたのか、また優しく私の頭を撫でた。
涙は出なかった。人前だから、泣けるわけなかった。私は強いお姉ちゃんだから。
悠真のお姉ちゃんだから。
■ 明日のこと。
- Re: I live with ヴぁんぱいあ。【8/18更新】 ( No.202 )
- 日時: 2020/09/13 23:28
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: d6rzi/Ua)
君が油を撒いたとき、きっと泣いていたんでしょうね。
■ 2 「 夕焼けの泣き声 」
「死ぬのは仕方のないことなんだよ」と僕に優しく語りかけたお姉ちゃんのあの声が忘れられない。そっと僕の頭を撫でて、今にも泣きそうな顔で笑うんだ。酷く残酷な光景だった。
死の意味を当時の僕はちゃんと理解できていたのだろうか。よくわからない。だけど、お姉ちゃんがいなくなることだけは、嫌だった。お姉ちゃんが大好きだったから。
異変に気付いたのは、ちょうど一年くらい前。お姉ちゃんが階段から落ちた。
僕の家の階段はちゃんと手すりもあって、僕もお姉ちゃんも滑り落ちたりしたことなんて一度もなかったのに、その日お姉ちゃんは結構な段差がある中頭から地面にぶつかった。
「ごめんね、悠真。ほら、元気だよ」
お姉ちゃんが嘘つきなのは知っていた。単なる怪我だけだよ、と笑うお姉ちゃんの顔には大きな痣があって、絆創膏や湿布がたくさん体に貼り付けられている。やっぱり僕の頭を撫でる手は優しくて、僕は何も言えなくなって俯いた。
そのとき、骨折してたことも何も僕には教えてくれなかった。
僕がお姉ちゃんの病気に気づいたのは、あの「赤」を見た日。
お姉ちゃんのベッドのシーツを洗うお母さんの顔が真っ青で、今にも吐きそうな酷い顔だった。シーツがつけられた洗剤の入った水のバケツは真っ赤に染まっていて、その赤が「血」であることは僕が小学生でもすぐに理解できた。
「お母さん、それなに?」
背後に立った僕に一瞬びくついて、お母さんはゆっくり振り返る。僕の顔を見ると、無理やり笑顔をつくって「何でもないのよ」と強張った声で言った。僕には誰も、何も教えてくれなかった。
その時期くらいから、家族がどんどんおかしくなっていった。
お父さんとお母さんの喧嘩が異常に増えた。今までそんなに喧嘩なんてしたことのなかった二人だったのに、毎日のように声を荒げるようになった。暫くして、お父さんは別に女を作ってなかなか帰ってこなくなって、お母さんはアルコールに溺れた。
暴力が始まったのもそれくらい。酷いのはお父さんが久しぶりに帰ってきた日。お母さんの激怒に逆切れをするお父さんと、それを止めようとするお姉ちゃんの姿を鮮明に覚えている。お姉ちゃんはいつも僕に部屋にいるように約束させる。僕は一階から聞こえる鈍い音にいつも怯えながら過ごしていた。
「悠真」
僕を呼ぶ声は、いつだって優しかった。お姉ちゃんは痣だらけの酷い体で僕を優しく抱きしめてくれる。お姉ちゃんはどんな時も泣かなかった。僕のせいなのかもしれないけれど、弱いところを見たことがない。
「ごめんね。ずっと一緒にいてあげられなくて」
お姉ちゃんはどこかにいってしまうのではないだろうか。
僕を捨てて、どこかにいってしまうのではないだろうか。
どうして、お父さんとお母さんが壊れたから? あの日の血が何か関係しているの?
誰も僕に教えてくれない。僕はまだ子供だから。
「お姉ちゃん」
締め切られた部屋の窓を開ける。暁の綺麗な夕焼けが目に入って、僕は少しだけうるっと涙が目に浮かんだ。お姉ちゃんを守りたい。そのときの僕の感情はただそれだけ。
僕はどんなことでもできると思った。お姉ちゃんを守るためなら、何でもできると思った。
豚さんの貯金箱をを割って、お小遣いを集めて僕は近所のスーパーに油を買いに行った。
それは、とある冬のお話。
- Re: I live with ヴぁんぱいあ。 ( No.203 )
- 日時: 2020/10/22 23:45
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: d6rzi/Ua)
独特のあの嫌な臭いが、鼻にこびりつく。部屋に油を撒いた後、キッチンの引き出しからチャッカマンを取り出した。カチッと音が鳴ると青い炎がぼうと先に灯る。力を緩めて火を消すと、僕は大きく息を吸って、力いっぱい吐き出した。
決心は固く、もう後戻りはできなかった。
お姉ちゃんには嘘をついて、友達のもとに向かってもらった。この家にはお酒を飲んで眠っているお母さんと、荷物を取りに戻ってきたお父さんと僕の三人だけ。二人とも僕がこれからする行為に気づくことなんてないんだ。
これで終わるなら、僕はどんな罪でも背負える。お姉ちゃんが、また笑ってくれるってこのときは信じていたから。
■ 消えない炎
焼き焦げた。煙が部屋中を襲うように広がっていく。じりじりとそれは僕の足下まで近づいてきて、大きく燃え上がった。怖い、という感情はもうとっくの昔に捨てたんだ。
僕の部屋の扉が勢いよく開いた。布で口元を覆ったお母さんが僕をじいと見ていた。
「どうしたの、お母さん」
目を大きく見開いて、僕をじいと見ていた。
犯人が僕だと分かっているような顔だった。けほけほと咳き込みながら、お母さんは僕にじりじりと近づいてくる。殴られるのかな、と思ったけれど、お母さんはそんな僕の予想を裏切ってぎゅっと抱きしめた。
「どうしたの、お母さん」
おんなじ言葉を、僕は繰り返し呟いていた。ひざを地面につけて、僕を力強く抱きしめるお母さんの目には涙がたまっていて、耳元で「ごめんね」と何度も謝る声がした。
今更謝っても遅いのに。僕はもう、戻れないのに。
「逃げなきゃ、」
お母さんが僕の手を取って引っ張ろうとする。だけど、僕はこの場から動かなかった。僕はここで死ぬ選択肢か選ぶことはできないのだ。
「悠真」鼓膜を破られそうになるくらい大きな声が部屋中に響く。
「悠真だけは、生きてくれなきゃ」
どうしようもない僕のお母さんは、泣きながら僕に無理難題を押し付ける。もう戻れないのに。
燃え上がる炎で息ができなくなる。煙を吸い込みすぎたのか、僕の頭はくらくらとしていた。目の前のドアが燃え尽きて、もう出口はない。
ここで三人で死ぬんだ。
何でか急に笑えてきて、そんで勝手に涙がでた。
悲しいわけじゃないのに、僕の目からは滝のように涙が零れ落ちた。
「どうしようもない親でごめんな」
僕はどこかから聞こえてきたお父さんの、その言葉とともに意識を失った。
とある冬の話。家じゅうには油が撒かれていて、キッチンの近くにチャッカマンが落ちていたことから、放火の可能性が高いと判断された。この家の子供がその日の前日に近くのスーパーで油を買っていたことから、その家の息子である悠真が放火の犯人と結論付けられた。悠真は両親に抱きしめるように守られて、命だけは無事の状態で病院に運ばれた。彼は意識不明のまま、そのまま深い眠りについている。両親は二人とも死亡。
残されたのはその家の娘である一人の少女。家が火事になっていたころ、彼女は友達の家に遊びに行っていたこともあって助かった。それは、小さな少年が犯した、一家心中のお話。
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