ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.153 )
日時: 2023/01/03 23:26
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 イバラはきっと、アレンが他人を拒絶しているから出てきたんだろうけど。こんなにもあっさりと斬れたってことは……もしかしたら、アレンも助けてほしいと、そう望んでいるのかもしれない。それとも、別の理由があるのかもしれない。
 何にせよ、今は考えるのはやめて、アレンを探そう。

 私は闇の中を歩く。さっきまで平和な平原を歩いていたのに、打って変わって真っ暗で寒い場所に変わっていた。前に進んでるのか、どこに向かって歩いているのか。歩いていると思い込んでいるだけなのか……。よくわからない。
 無言で歩いていると、突如光が見えた。それに向かって歩いてみると、光の中に映っていた何かの幻が目に入る。
 中にはさっきの小さいアレンの姿があった。黒髪の少年を抱えて涙を流している。少年はアレンより少し大きい年齢で、目を見開いて恐怖におびえ切った表情で事切れていた。アレンの周囲には、黒い鎧……多分帝国軍の連中だろう。彼らが血を流して倒れている。
 ――幻から音が聞こえた。アレンの声だ。

<俺……弱いんだ。弱いから、シスターもバロンも皆も守れなかった。誰一人救えやしない。もう、いやだ……>

 そこで光が消え去る。
 だけど、別の場所で光がぼうっと現れた。私は急いでそこに近づく。さっきと同じように幻が見えた。
 今度は、魔王――いえ、ソフィアを踏みつけて、身体の半分を黒く染めたアレンが、天を仰いで高笑いを上げている。ソフィアは動いていない。さっきみたいに、アレンの声がする。

<この力さえあれば、シスターも、エレノアもルゥも、バロンも! 師匠も! 取り戻せる! 貴様を殺せばあああああっ!!>

 私と会う前のアレンは、こんなにも苦しそうな声を上げていたのか。……私は、なんとも言えず呆然と、アレンがソフィアを嬲っているのを黙って見ていた。
 光が消え去り、また別の場所に光が現れる。そこに近づくと、やっぱり幻が見えた。
 そこには、バラバラになった肉塊を傍らに、アレンが頭を抱えて地面に突っ伏している姿がある。悲痛な声で泣き叫んでいた。

<俺……誰も殺したくない。誰も傷つけたくない! なんで、俺……戦わないといけねえんだよ!? あの日まで、平和だったじゃんかっ!>

 やっぱり、アレンは優しい人だ。この戦いが無ければ、普通の男の子として過ごしていた事だろう。……だけど、彼がこうなってしまったのは、一体――
 私の疑問に答えるように、光が消え去り、また別の場所に光がぼうっと現れる。
 近づいて覗いてみると、アレンの右腕が赤い髪の男に斬り落とされた瞬間の幻だった。血が飛び散り、アレンは恐怖に染まった表情で悲鳴を上げた。
 傍らには、黒い服の女性――レナさんの変わり果てた姿が。首が転がっていて、胴体から離れている。……レナさんはやっぱり、殺されて。いや、修道院が襲われたのをきっかけに、アレンの人生は狂ってしまったんだろう。
 無気力なアレンの声が聞こえてくる。

<もう、疲れた。シスターの為に頑張ったんだよ、俺。……頑張ったんだよ、何もかも取り戻す為に>

 光が消え去って。だけど、また別の場所に光が現れた。
 その光を覗き込むと幻が見える。
 桃色の髪の少年が、眩い光を放って、アレンや団長さん達を残して全てを消滅させる、そんな幻だ。桃色の髪の少年……あれ、どこかで見た事があると思ったら。デコイさんにそっくりだ。
 すぐに理解した。彼がデコイさんを作った「ラケル」さんって人。ラケルさんは、アレンに弱弱しく声をかける。

<……君は人形ヒトではないけど、君は間違いなく心を持った人間ヒトだよ。それを忘れないように。いいね?>

 ……どういう意味なんだろう? 私は首を傾げる。

「そのまんまの意味だよ」

 その疑問に答えるように、背後から声が聞こえた。驚いて振り返ると、さっきまで幻で見えていた、ラケルさんその人が立っていたのだ。
 桃色の髪、青い真ん丸な瞳。白い羽織を着こんだ、私より背の小さな少年だった。……彼が、アレンが何度も口にしていた子か。でも、なんで? アレンやみんなからは、ラケルさんは自分の領地ごと、光と消えたって聞いていたけど。
 ……心を読むように、彼は口を開いた。

「君の考えている事を当ててあげるよ。「なぜ、僕がここにいるのか?」でしょ。僕は最後のアレでアレンに入り込んで、彼の中にいるだけさ」

 彼はニコニコしながら、胸に手を当てる。

「はじめまして、チサトちゃん。僕は「ラケル」。「ラケル・イルミナル」。元イルミナル領主だよ。ヨロシクね♪」

 ラケルさんはぺこりと頭を下げると、すぐに頭を上げて私の手を取って、ぶんぶん振った。

「は、はあ。よろしくおねがいします……」
「エイト、道案内ご苦労様」

 ラケルさんはニコニコ笑いながら、私の腰に下げているエイトにそう言う。

『大した事はしておらぬぞ』
「いーの、ここに来てもらう事に意味があったんだから」

 ラケルさんがそう言って、私の方を見る。

「ねえ、チサトちゃん。アレンは今、この「闇の森」の中……もっともっと奥深くにいるんだけど。そこはね、もう、アレンの心の深淵みたいなとこだからさ……すごく危ない場所なんだ」
「危ない場所?」

 ……大体は予想はつく、けど。でも、一応聞いておかないと。
 ラケルさんは頷く。

「アレンは今、自分の心の中に誰かが入ってくる事を強く拒絶している。その深淵には、元々心の中にいた僕やエイト、それに「クラテル」や「アシュレイ」ですら入る事もできないんだ。心の闇が作り出した影が襲い掛かってきて、侵入者を殺してでも拒絶してくる。そんな危険な場所になってる。容赦も慈悲もないよ」

 ラケルさんの言いたい事はわかる。「それでも行くのか?」って聞きたいんでしょう。
 もう、ここまで来て今更怖気づいて逃げ出すなんて、できるわけもないし、できたとしてもやるわけない。行くしかないわ。何より、アレンの為だもの。私は迷わず、答えた。

「そんな話を聞いたところで、私の考えも答えも決まってる。行きますよ、深淵に」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ラケルさんはにこりと笑みを浮かべた。

「だよね。期待通りだよ、君は。ふふっ、じゃあ案内してあげるよ。ついておいで」

 ラケルさんがそう言った後、踵を返して歩き出すので、私もそれについていく。闇の中を歩いていると、少しづつなのだけど……なんだか寒くなっていくのを感じた。指先から心臓に近づくように凍てついてくる。それでも、私達は進み続けた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.154 )
日時: 2023/01/04 22:48
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 闇の中を進んでいると、徐々に闇が晴れてきた。闇が晴れてきて、黒い氷柱が侵入者を拒むように鋭く剥き出しになっている、同じく黒い氷に覆われた洞窟の壁や床が見えてきた。そこまでくると、流石に身体の芯まで凍り付くぐらいの寒さを感じて、身体が固くなってしまうんじゃないかってくらい。こんなにも凍てついているというのに、ラケルさんはなぜか涼しい顔でこっちを手招きしていた。

「君はまだ生きているからね。寒いのも無理はないさ」
「……ん? どういうことですか?」

 私の疑問に、ラケルさんは頷いて答えてくれた。

「僕らは生身の身体が無いから、寒さを感じることはできない。でもね……君はまだ生きている。この辺が冷えるって事は、死に近づいている証拠なんだ」
「……え?」

 ますますよくわからない。つまりは、どういう事なんだろう?

「生きている人の魂が、長時間身体から離れると、時間をかける分だけ死に近づく。魂っていうのはね、生まれ持った身体でしか留まる事ができないんだよ。それこそ、そういうドライブか、魔法を使わない限りね」

 ……じゃあ。

「じゃあ、なんでラケルさんや、エイト、それに一緒にいるというクラテルさんやアシュレイさんは留まっていられるんですか?」
「そりゃあ、僕は死んでるし。アシュレイもね。クラテルは、アレンの半身だし、エイトも死んでるようなものだから」
『……それに、私は自分で言うのも何だが、力を持った魔物。身体が滅びようとも、魂は不滅だ』
「便利だよねぇ、魔物ってさ」

 ラケルさんはクスクスと鈴のように笑う。

 私達はそのまま前へと進み続けた。……分かれ道。左右の大穴が目の前にある。だけど、ラケルさんは「こっち」と指をさして案内してくれた。進んでいく毎に、鋭く突出している氷柱が増えている。これも、拒絶反応なのか。進み続けるしかないけど。

「チサトちゃんって、アレンの事、好き?」

 ラケルさんが「うーん」と唸りながら、そう聞いてくる。
 ……ん。私はどう答えればいいんだろう。

「まだ苦手ですよ。魔王に顔が似ていますから……」
「ん。まあ、同じような理由でアレンも君のことが苦手だよ。まあ、アレンがお姫様が苦手な理由が、エイリス姫にあるらしいけど。僕は直接見た事ないから、何とも言えないや」

 ラケルさんはそう言って、肩をすくめる。

「……でも、さ。正直アレンを見捨てないでくれてありがとう、チサトちゃん。アレンは、ね。必要だったんだよ、支えてくれる人がさ」
「……ラケルさんは、随分アレンに肩を持つんですね。どういった関係なんですか?」

 私はそう気になった事を訪ねる。

「ん。まあ、甥っ子かな。僕の兄上の子だし」
「……ここは、飛び上がって驚いた方がいいでしょうか……」
「ははっ、いいよ別に。まあ、そう言う事だから。結構心配性なウサギちゃんなんだよ、ボク。なんせ、アレンの中に入り込んで色々手助けしちゃう程、過保護なんだよねえ」

 ケラケラ笑いながらそう言うと、寂しそうな顔を見せる。

「本当はね、もっと生きてたかったよ。生きて、友人みんなと一緒にティーパーティーしたかった。僕についてきてくれた従者たちと一緒に、毎日宴会でもして無礼講とかしたかった。アレンと一緒に背中を合わせて戦いたかった……あ、これ、内緒オフレコね」

 口元に人差し指を立てて、片目をかわいく瞑るラケルさん。その話を聞いて、エイトが深くため息をついた。

『お前はとんだ道化だな』
「……それが僕だよ。周りが落ち着いてるから、僕は心置きなくはしゃいでいられるんだ」

 ラケルさんがそう言った後、前方を見て立ち止まった。
 目の前の道は、氷柱が四方八方から、道を塞ぐように突出している。これじゃ前に進めない……と、思ったけど、ラケルさんはにこりと笑って、通路の脇に後退った。

「……チサトちゃん、僕の案内はここまでだ。ここからは深淵。一人で行けるかな?」
『……お前は来ないのか?』


 ラケルさんが真顔になる。

「僕が行っても意味はない。チサトちゃんじゃないと」
「私……?」
「うん。僕は所詮死人。アシュレイも死人。クラテルだって、アレンを救う事は出来ない。でも、チサトちゃんは、第三者でもあり、今唯一彼を救う事の出来る"人間"は、チサトちゃんだけだよ……」

 ラケルさんがそこまで言うと、私に向かって頭を下げた。

「どうか、お願いします。アレンを救ってあげて……」

 そう言った瞬間、ラケルさんが光の粒になって消え去った。私が驚いて声を上げると、エイトが私に向かって言い放つ。

『案ずるな、奴は「あの部屋」に戻ったのだ。それより、時間が無い。お前もそろそろ戻らねば、二度と自分の身体に戻る事も叶わぬぞ』
「……いろいろ疑問もあるけど、わかった。行きましょう」

 私は、長刀を握り、横に振る。黒い一閃が氷を砕き、道を開いた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.155 )
日時: 2023/01/05 22:01
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 奥へと進む毎に、氷柱の数がどんどん増えていく。それを薙ぎながら確実に奥へと進むと、地面壁天井から、黒い影が這い出てきた。影の形は靄がかかっているようにはっきりしない。そのくせ、鋭く赤い二つの目がギラリと光っているのははっきり見える。影たちは私を認識すると、即座に襲い掛かってきた。自身の影を変形させて、私を確実に仕留めようと両手を広げてみたり、爪を伸ばしたり、影を伸ばしたり。影たちは何か呻き声のような音を出している。口はないけど。
 長刀を鞘から抜き、私は影たちを薙ぎ払うように、横へ斬る。

「……深淵に、アレンがいるのは確実ね」

 影たちを斬り、私は前へと進む。
 最初は何の音かわからなかった。だけど、斬っていくうちに影たちが放っている"声"。それがやっと聞き取る事が出来た。

「来るな」「こっちに来るな」「あっちいけ」

 そう言っているんだ。

「アレン、一緒に帰りましょう」

 私はそう口にする。口にしないと伝わらないから。だから、口にするんだ。
 前へと進む。影がどんな形をとろうと、私が傷つこうとも、私は倒れない。怯みもしない。……アレンが苦しんでいるとわかっているから、私は前へ進んで、彼の手を取るんだ。

「だから、アレン」

 アレンが目の前にいる。彼の姿は私が見てきた彼そのものであり、小さくなって、黒い氷の檻の中で俯いていた。だけど、私の存在に気が付くと、顔を上げる。瞳は虚空を見つめているように、焦点が合わない。光すらも映さない。そんなアレンの瞳を見据える。……ちょっと前までの私みたいだ。怯えて、縮こまった私。そんな私を、あなたは救ってくれたじゃない。だから私は――
 そんな彼に向かって、私は手を差し伸べた。

「帰りましょう。私達の世界に」



 アレンは、掠れた声を口から放り出す。

「……俺、さ」

 彼の言葉を聞く。

「もう、無理だよ。もう、取り戻すものもいない。俺が殺したから。……もう、疲れた。いっぱい頑張ったんだ。皆を守るとか、助けたいとか。そう思ってたけど……そんなのおこがましいし、思い上がりだった。俺には、何も救えやしなかった。俺は……皆に持ち上げられて調子に乗ってただけの、ただの――」
「でも、私を救ってくれたでしょ。二度も」

 私がそう言うと、アレンは驚いた表情で顔を上げる。
 そして、私は氷を長刀で切り裂く。氷が砕け、破片が散らばり、私は氷の檻を開放したと同時に、アレンをぎゅっと抱きしめた。

「アレン、何度でも言うわ。私とお友達になってください。そのために、私はここまで来たの」

 抱きしめたまま、ずっと言い続けている言葉。それを口にする。まだ返事ももらってないんだから、返事をもらえるまで何度だって言い続ける。

 アレンが私の身体に手を触れ、泣き声を上げた。

「お、れ……俺……。俺さ……弱虫で、何も守れないちっぽけな奴で、頭も悪いし、甲斐性なしだけど……さ。こんな……っ、こんな俺でも、友達になってくれんのか……?」

 肩に涙が触れるのを感じる。私は、アレンを強く抱きしめて

「当たり前じゃない。アレン……」

 そう答えた。

「わかっ、た……ありがとう。"チサト"」

 アレンが一層声を大きく上げて、涙を流しながら泣いていた。私はアレンの背中を摩る。冷たくない。ちゃんと彼の体温を感じる。そして、もっと嬉しい事に気が付いて、私は口に出した。


「やっと、名前で呼んでくれた」

Re: 叛逆の燈火 ( No.156 )
日時: 2023/01/06 01:01
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 目を覚ますと、天井。
 木製の天井だ。
 暖炉の火がパチパチと音を鳴らしながら、燃えている。見るだけで安心する、そんな赤色だ。あれ、俺……どうしたんだっけ。起き上がろうとするが、痛みが走って動けなかった。だけど、ベッドのシーツがこすれる音がする。
 ……ベッドの上。俺、怪我したっけ。

「……俺、この光景を見た事がある」

 俺がそうつぶやくと、誰かが俺に話しかけてくる。

「あら、アレン。起きたの?」

 黒い服とベールに身を包み、ベールから緑色の前髪が覗くお姉さん。……ああ、シスターだ。何度でも見たはずだ、夢の中で。つい最近も。

「しす、た……」
「待って。今、リンゴの皮を剥いていたの。もう少しで終わるからね」
「ああ、そうか。思い出した」

 記憶が朧げに蘇ってくる。……確か、魔物に襲われてたエレノアを守る為に、俺が前に出て、そこから痛みが全身を覆って、どんどん身体が冷たくなっていく感覚になったんだ。
 そこからの記憶はないけど、確か、温かい光に包まれた気がする。気がするだけだけど。
 ……いや、待て。俺、やっぱりこの光景を見た事がある。どこで? 俺は包帯でぐるぐるに巻かれた腕で頭を抱え、次に言うべき事を思い出す。

「エレノアは? 無事か?」

 俺はシスターの方を見て、弱弱しく尋ねる。自分の声がこんなにも弱弱しい事に、かなり驚いた。でも、今は大きな声は出せねえや。
 シスターはふふっと微笑み、俺の頭を優しく撫でてくれる。

「安心して。エレノアは無事よ、あなたのおかげでね」

 やっぱり……やっぱり見覚えがある。

「あなたも無事でよかった。もう、無茶して」

 シスターが口をとがらせ、普段は悪戯しなきゃ温厚な彼女が、語気を強めて俺の額に、人差し指を押し付ける。……シスターは怒ると、いつも額に人差し指を当ててくる。
 「心配かけてごめん」とつぶやくと、シスターは満足げに頷き、再びナイフを手に取ってリンゴの皮をめくる。シスターは料理上手で、手先も器用なんだよな。俺はベッドの脇の大きな窓の外を見る。雪が降ってる。昼は寒かったけど積もってなかった。
 雪、か。

「雪、積もるかな」

 俺がつぶやく。

「積もったら、雪だるまを作りましょう。ああ、でも、薪を半年分くらい作らないとね」
「半年分!?」

 俺が驚いてシスターの方を見る。リンゴの皮がむけたのか、皿に盛りつけてこちらに持ってきていた。リンゴの皮がウサギの耳みたいに切れてるな。

「ええ。雪が積もったら森に行けなくなっちゃうからね。まだこれくらいなら森に行っても大丈夫よ。だから、手伝って頂戴ね」

 シスターが悪戯っぽく笑ってる。……やだなぁ。

「もう、露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。大丈夫よ、木を伐るのは私だし、皆は木を修道院に運ぶだけでいいからね」
「べ、別に嫌じゃねえよ。そんなん。俺だってできらぁ!」

 俺はぷいっとそっぽを向く。木なんか俺でも伐れるっつーの。
 シスターはそんな俺を見てまた笑っていた。なんだか、俺も釣られて笑ってしまう。シスターの笑い声って、なんだかその場が明るくなる魔法なのかな。俺達は笑いあっていた。
 その笑い声を聞いてか、部屋に二つの影が入ってくる。エレノアとルゥだ。ピンクの髪を揺らしながら、エレノアは俺に抱き着くために突撃してきた。俺にしがみつくと、エレノアは泣き始めた。

「うえぇぇえええ! にーちゃ、にーちゃよかったああぁぁぁ!」

 玉のような大粒の涙を流し、俺の着ている服に顔を押し付ける。ルゥもとてとてと歩み寄ってきて、俺に抱き着いた。

「兄さん、よかった。無事で……ふえぇぇぇん」

 ルゥまで泣き出す。
 しょうがねえ奴らだなぁ。俺はそう口に出しながら、二人の頭を撫でる。シスターがやってくれたみたいに。

「ごめんな、心配かけて。俺――」


 その瞬間、目の前が音を立てながら崩れ落ちていく光景が目に入った。
 エレノアとルゥがガラスのように砕け散っていき、突如二人が混ざり合った怪物の姿へと変わり、姫さんの腕を掴んで吊るし上げて。何度も、何度でも叩きつけている光景。そして、トドメを刺そうと、二人は拳を強く、強く握りしめ、ボコボコになった姫さんに拳を入れようと振り上げた。


「あ、あ……あ……!!」

 その瞬間思い出した。
 取り戻すと決めていた二人は、俺が無我夢中で突進して、心臓に向かって剣を深く突き刺したんだ。早く終わるように、苦しまずに済むようにって。
 返り血を浴びて、俺の名を呼びながら崩れ落ちる二人を見ながら、俺は考えた。

 俺は、あの頃を取り戻したかったのに。


 叫び声をあげた。悲鳴を上げた。もう、喉が張り裂けてもいい。何もかも投げ出した。闇の中に一人でずっと、幸せな幻想を見ながら朽ち果てたかった。苦しいだけで救いなんかない。バロンも犠牲になった子供達もラケルもクルーガー公も師匠も……守る事ができなかったんだ。俺。
 なあ、こんな苦しくてしんどい世界に生きていて、意味なんてあるのか……? もう、俺が生きている理由なんか――


<帰りましょう。私達の世界に>

 俺の身体に温かいものが覆いかぶさる。
 温かい。その覆いかぶさった何かを見ると、光があふれていた。眩しくないのに、強く感じる。光が俺を包んで、俺を抱きしめてくれた。温かくて、懐かしい香りがして……。自然と涙が溢れて止まらなかった。

「もう、無理だよ。もう、取り戻すものもいない。俺が殺したから。……もう、疲れた。いっぱい頑張ったんだ。皆を守るとか、助けたいとか。そう思ってたけど……そんなのおこがましいし、思い上がりだった。俺には、何も救えやしなかった。俺は……皆に持ち上げられて調子に乗ってただけの、ただの――」

 そこまで言うと、その光は姿を徐々に現す。
 ……チサトだ。何度も拒絶したってのに、何度でも追ってくる。何度もかっこ悪いところを見せたのに、笑いもしないで、俺の手を握ってくれたり。
 何度でも俺の傍に来てくれる、俺の大切な人だ。

「でも、私を救ってくれたでしょ。二度も」

 俺の言葉を遮るように、そう言ってくれる彼女に触れる。ずっと欲しかった温もり。寒く、凍てついた身体を温めてくれるようだった。

「お、れ……俺……。俺さ……弱虫で、何も守れないちっぽけな奴で、頭も悪いし、甲斐性なしだけど……さ。こんな……っ、こんな俺でも、友達になってくれんのか……?」

 そう声をしゃくり上げながら放り出す。
 彼女は、ちゃんと俺の事を受け止めてくれた。

「当たり前じゃない。アレン……」

 友達。……友達。初めての……。心まで温かく感じる。

「わかっ、た……ありがとう。"チサト"」

 そう答えるしか、今はできなかった。だけど、心からそう思ったんだ。

Re: 叛逆の燈火 ( No.157 )
日時: 2023/01/06 23:58
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 目を開ける。すると、そこは修道院でもなくて、ましてやあの闇の中でもない。……そこは、見覚えがある。メリューヌ領の居城の一室。俺は視線だけを動かす。周りには俺が起きた事に驚いて、覗き込んでくる皆の顔があった。

「アレン!」

 団長が俺の名を呼んだ事を皮切りに、皆が口々に俺の名を呼ぶ。

「……聞こえてるよ」

 俺がそう言うと、エルと目が合う。

「今度こそ、五度目だな」
「なあ、もういいだろそれ……」

 もう何度目かになるやり取り。律儀な奴だ、こんな細かい事をちゃんと覚えてるなんてさ。
 ふと、俺の腕に誰かがしがみついているので、視線をそこにやる。……チサトだ。動いていない。

「ああ、チサトは今は疲れて眠っている」

 エルがそう言うと、チサトの足元にデコイさんが転がっているのも目に入った。……でも、ピクリとも動かないな。そう思っていると、副長が近づいてきた。相変わらず酒臭いにおいを漂わせて。

「そいつ、自分の力を使い果たして、ただの人形になったのさ。お前の中に、姫サンを送る為にな」
「……そうか」

 デコイさんは役目を完全に終わらせてしまったんだ。なんだか寂しいな。

「アレンさん」

 ヘクトが近づいてくる。

「心配しました。もう二度と目を覚まさないんじゃないかと思って」
「そッスよ! 俺も、皆も。ここにいる皆、アレン君が帰ってくるのを待ってたッス!」

 ヘクトに便乗して、スカイ兄ちゃんが慌てた様子で矢継ぎ早にまくし立てた。

「俺、一人っ子ッスから、きょうだいがどんなもんかは知らねッスけど! でも、アレン君は……アレン君は、チサトちゃんを守ったッス。失った数だけ、守った数も等しいッス! ……違うッスね、ああ。どういえば伝わるッスかねぇ?」

 スカイ兄ちゃんは頭を掻きまわしながら、天井を仰いで唸る。

「うまく言おうとしなくていいわよ。こうして、アレン君は絶望から立ち直ったんだから……でしょ?」

 モーゼス兄ちゃんはにこりと笑いかけて、俺の頭を撫でる。

「あなたは強い子よ。「レナ」も、そう思ってる」

 レナ……シスターの事だな。
 ……うん。そうだな。失った数も守れた数も等しい。失ったものしか見えてなかったんだ、俺。それじゃダメだ……それじゃ前に進めない。進むためには。後ろを振り向いたままじゃ、いつまで経っても弱っちいままだ。

「団長、俺さ」
「……どうした?」

 団長は柔らかい表情を見せる。なんとなく、お父さんって感じの、優しい表情だ。

「俺、もう大丈夫だ。団長も副長も、モーゼス兄ちゃんも、スカイ兄ちゃんもヘクトも、チサトだっているし。それに、俺達に協力してくれる人や、俺達を信じてついてきてくれる人もいる。その人たちがいれば、絶対負ける気がしない。……案外、簡単な答えだった。希望って、俺のすぐそばに。すぐ近くに。俺の中にあったんだなって……そう思うと、なんだか確実に前に進めるって思えた。だから、もう大丈夫だ、もう心配かけない」

 俺がふっと息を吐くと、団長がにこりと笑った。

「……最初はマセガキかと思ったが、人は成長するもんだな。本当に、立派な男になったな」

 そう言いながら、俺の頭を掻きまわした。前まで、子ども扱いっぽくて嫌だったけど、今はなんだかこれがすごく安心する。やっと、皆と一緒の場所に立てた気がした。


「ん……ぅ……アレン?」

 騒いでいたからか、チサトが顔を上げる。寝ぼけ眼で俺達を見回しながら、目をこすった。

「……あ、う……」

 寝ぼけているようだ。

「チサト、ベッドで寝ろよ」

 俺はそう言いながらベッドから降りると、チサトの肩に触れる。……と、同時に俺はある事に気が付いた。チサトの腰に、漆黒の長剣があった。チサトの身長より高いんじゃないかってくらいの長い剣。それが鞘に納まったもの。

「……エイト?」

 俺は思わずそうつぶやくと、エルが代わりに答えてくれた。

「前に、ヤマタノオロチから出てきた剣があっただろう」
「え?」

 俺は思わずエルを見る。

「あの剣が黒く光ったものだから、チサトに近づけたら消えてなくなった。で、お前が目を覚ました瞬間に、チサトの中から再び姿を現した。……ヤマタノオロチの魂が入ったその剣がな」
「……道理で」

 俺は納得する。俺の中からエイトの気配が消えていたからだ。……っていうより、俺の中のエイトの力がかき消えている。エイトの尻尾を斬った時に出てきたあの剣に、エイトが入り込んで、チサトに力を貸していたんだ。
 と、一人で頷くと、剣からあの恐ろしい声が響く。

『ああ、やっと外に出られた』
「……ヤマタノオロチ。久しぶりだな」

 副長がそう手に持っているボトルを口にしながら言う。

『あの炎の女か。久しいな。……いや、皆私を滅ぼそうとした者達か。見覚えがある』
「物覚えいいんスね。賢いッス」

 スカイ兄ちゃんは感心しながらにこりと笑った。
 団長も口を開く。

「外に出られたという事は、何かまた悪さをするつもりか?」
『今の私には、守るべきものがいる』

 エイトがそこまで言うと、黒く光り輝き、人の姿に変えた。黒髪、赤い鋭い蛇目。黒を纏った中性的な青年の姿に。

「今の私に、人間ヒトを滅ぼす力は無い。だが、チサトや、チサトが大好きな人間ヒトを守る力を、彼女に貸すくらいはできる」

 エイトがそこまで言ったあと、再び眠りに入ったチサトを抱き上げて、部屋を出ようと扉まで歩み寄った。
 そこで、ヘクトが声をかける。

「どこへ?」
「チサトを寝かせる為に、静かな場所へ行く」
「案内しますよ」

 ヘクトがそう言うと、エイトの前に出て扉を開けた。

「……感謝する」

 エイトは、そう頭を下げる。……あいつ、本当に丸くなったな。俺は感心した。


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