ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.53 )
日時: 2022/09/24 15:37
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺達は宿屋へと戻ると、宿屋の前で俺は立ち止った。心の準備ができてない。

「……師匠、やっぱ俺外で寝るから」
「もう、大丈夫よ。あの二人は些細な事で怒るような人じゃないって、知ってるでしょ? あなたもいつも通りにしていれば、誰も何も言わないって」
「そ、そうなんだけど……」

 やっぱり足が止まって動かない。別に怒ってるとか思ってるわけじゃねえけど……さ。でも、やっぱり苦手なんだよ。苦手な人を好きになれとか、結構難しい事なんだぜ。
 喧嘩した後って本当に気まずい。仲直りとか絶対に無理だぜ。

「まあ、苦手な人を好きになるのは、私もできないけどね。できない事をやれとは言わないし、言うつもりもないけれど。でも、これから円滑な関係になる為には、自分から折れるのもいいんじゃないかなって思うわ」

 師匠が俺の頭をぽんぽんと軽く叩きながら、微笑む。
 昔、俺が意地を張って修道院に戻れずにうじうじしていると、シスターもこうやって頭を叩いて、微笑んでいた。シスターもその時に……

 ――仲直りしなくてもいいけれど、元の関係に戻る為には、自分から折れるのもいいんじゃないかな。

 と、そんな事を言ってたと思う。俺はその時にはこう返事をした。

「……わかった。とりあえず、やれることはやってみる」

 師匠は俺の言葉を聞いて満足げに頷いた。

「おっけ。ま、砕けたらその時は私がフォローするわ」


 俺はその言葉を聞いて宿屋の前の扉を開く。中に入ると、ジェニー姉ちゃん、それにディルク兄ちゃん。あと、モーゼス兄ちゃんもいた。二人の顔を見ると、俺は顔をしかめたかもしれない。ちょっと気まずそうな空気が流れる中、モーゼス兄ちゃんが間に割って入って、俺に声をかけてくれた。

「あら、おかえりアレン君」
「た、ただいま」

 俺がそれだけ言うと、俺はジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんに頭を下げた。もう勢いだ、どうにでもなれ!

「ごめん、ディルク兄ちゃん、それにジェニー姉ちゃん。俺、イライラしてたからって、二人にあたり散らすような真似して。俺、どうかしてた。本当にごめん」

 俺の行動に驚いたのか、戸惑うような声が聞こえる。きっと、怒るだろうな。怒られて殴られたりするかもしれない。だって、それだけの事をやらかしたんだからな。俺は、そう考えながら、気を張った。
 だけど、帰ってくる反応は俺の予想していたものではなかった。

「……いや、俺も大分偉そうに説教しちまってごめんよ。お前が怒って当然だと思う」
「私も、気が立ってたからって、あんたを傷つけたわ」

 俺が頭を上げると、二人とも、申し訳なさそうな顔で俺を見下ろしている。俺は予想外の反応に驚いて、何を言えばいいかわからず、その場で固まってしまった。
 別に謝ってほしかったわけでも、そういう反応を求めていたわけでもなかったから。……どうしよう。気まずい。
 しばしの時間が流れ、間にいたモーゼス兄ちゃんが顎を撫でた後、「よし」と声を出して――

「そうね。今日は喧嘩両成敗って事で」

 と言って、俺達3人の頭に拳骨を食らわせた。ゴンッと小気味のいい音が鳴り響き、衝撃と激痛に俺達はその場に崩れ落ちる。

「いってえ、何しやがる!」

 ディルク兄ちゃんが当然の反応でモーゼス兄ちゃんを睨むが、兄ちゃんは涼しい顔で微笑んでいた。

「俺、喧嘩する人は基本的にどっちも悪いと思ってるからね。これでチャラって事で。いいでしょ?」

 兄ちゃんの満面の笑みに、俺達は反論とか言う事できなかった。笑顔の威圧って奴かもしれねえ。
 でもその後、ジェニー姉ちゃんが吹き出し、それに釣られて、俺もディルク兄ちゃんも心の底から大笑いした。笑い声が反響して、伝染して、いつの間にかモーゼス兄ちゃんも師匠も笑っていた。エルはまあ相変わらずの無表情だったけど。心なしか、口元が緩んでいたかもしれない。

「そうだ。ディルク兄ちゃん、ジェニー姉ちゃん。俺さ……あんたらの事は苦手だ。多分、これからもずっと」

 俺の発言に二人とも顔色を全く変えない。面と向かって「苦手だ」なんて言ったら誰でも嫌がるはずなのに、二人とも顔を見合わせながら笑い続けていた。

「そりゃ残念だわ。私は嫌いじゃないけどね。ああ、でもすぐ突っかかってはっきりと意見するところは確かに苦手かも」

 ジェニー姉ちゃんは俺の頭をポンポン叩きながらそう笑い飛ばしている。

「俺も、大人の言う事を聞かないマセガキ程度に思ってて苦手さ。あ、でも嫌いじゃない。そういう子供もいていい。ヒトの思考というのは自由フリーダムなんだからさ」

 ディルク兄ちゃんがそう言った後、「なんで俺達の事が苦手なんだ?」と俺に聞いてくる。俺はもちろん、今までの考えていたことを、拙いなりに二人にぶつける。なんだか今なら、自分の思いを包み隠さず言える気がした。「大人」だの「子供」だの、見た目や年齢だけで判断して、決めつけるのが嫌で仕方ないってところ。でも、それは子供の俺を思って言ってることはわかっている事。それはわかっているとは理解してる。でも、子供おれの意見も聞いてほしい。という事を、二人の顔……いや、目を見て。そうはっきりと伝えた。

 ジェニー姉ちゃんは俯いて、「ごめん」と一言。ディルク兄ちゃんはと言うと、

「それは本当にすまないと思ってる。だが、お前達子供だって、俺達おとなに守られる立場だってことは理解してほしい。……いや、こういう考えは今日からやめにしようか。大人子供は関係なく、お前を一人の男として扱う事にするよ。それで、今までのいざこざをなんとか、無かった事にはできなくとも、新しく一歩を踏み出せないか?」

 と俺に頭を下げてくれた。……俺は「ごめん、ありがとう」と言おうとしたが、うまく言葉にできないので、俺も同じく頭を下げた。――が、思いっきりディルク兄ちゃんの頭にぶつけてしまい、ゴインという鈍い音と共に痛みで二人とも頭を抱えて悶えた。
 その様子に、またもやみんなの笑い声が宿屋を包む。……痛いし恥ずかしい。
 ――でも、悪くない。


「ああ、そうだ。アレン」

 ジェニー姉ちゃんがひとしきり笑った後、口を開いた。

「あんたんとこの団長と話し込んだけど、同行の件は残念だけどお断りするわ」
「ああ、残念だけど。俺もね」

 ディルク兄ちゃんは頭を抱えつつも、俺を見て姉ちゃんに同意してた。
 二人ともやっぱり傭兵団に同行してくれないのか。とそこは俺の予想通りの返しに、俺は首を振った。

「別にいいよ。二人ともぼっちそうだし」
孤狼ロンリーウルフと言え」
「でもぼっちだろ?」

 ディルク兄ちゃんの訂正に俺が突っ込むと、なんかしょぼくれたように顔を伏せる。でも、俺も似たようなもんだなそういや。
 だけど以外にもジェニー姉ちゃんは腕を組んでうんうん頷いていた。

「まあ、それもあるけど」

 あるのかよ。

「この男と顔を合わせるのが嫌ってのもあるわね」
「なんで?」

 俺が尋ねると、ジェニー姉ちゃんが肩をすくめる。

「理由は……まあ、アレンが私とこいつが苦手な理由と同じかしらね」
「……じゃあいいか」

 俺は納得して頷いた。



 まあ、結果として言ってしまうと。
 ジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんはその日の内に俺たちと別れた。二人とも普段どこで何をしているかは知らねえけど、元気でやってくれていたらそれでいいと思う。
 まあ、二人の関係は今まで通りでいいと団長も言ってたし、それでいいか。
 で、その団長が夕食後に召集をかけ、宿の一室に団員全員が集まる。イルミナル領主「ラケル・イルミナル」は同盟を結んでくれると同意したが、条件があった。その条件が、俺とエルの話を聞いて、「一目会ってみたい」と言っていたらしい。つまりはそれが条件なんだと。

「なんで?」

 俺は当然聞いた。
 団長は腕を組んで顎を撫でている。難しい顔してるな。

「わからん。だが、お前達の話を聞いた瞬間に顔色を変えてな……」
「俺、有名なつもりないんだけど。一般人だぞ?」
「……お前の姉は、魔王その人だろ? 悪い意味でもいい意味でも有名人だろうが」

 それはそうだ。だけど、俺の存在は闇に葬られたって話だろ。だったら、俺の事を知っている人間なんか――

「まあ、話だけでも聞きに行くぞ。明朝にな」
「……そいつ、何を知ってるんだ?」

 俺がそう尋ねると、団長は首を振る。

「俺からは何とも言えん。だが、明日とりあえず会ってみろ。そしたら、わかるはずだ」
「面倒だなぁ」
「団長命令だ、それなら文句ないだろ」
「……」

 ま、いいか。会ってみればわかるって言ってるし。
 だけど、どんな人なんだろう……そんな期待と不安が渦巻いていた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.54 )
日時: 2022/09/25 16:12
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 翌日の朝、師匠とエルと一緒に「ラケル・イルミナル」の邸宅へと向かった。その途中で、師匠と少しだけ話をしていた。昨日の事とか、俺の最近考えてる事とか。とは言っても、昨日もちょっとだけそれは話してたから、昨日……どころか前々から話してなかった、7年前から記憶が曖昧だって事も、少しだけ話した。

「そうか。……お前自身が誰も傷つけたくないって考えてる事は、普段の言動でわかるが。やはり、その腕と目は危険だな。だからと言って、俺達にはどうしようもないんだが」
「だよな……」
「だが、どうしようもないが、お前自身が怒りに身を任せず、常に冷静でいる事が唯一の対処法なんだろう? だったら簡単だ。お前がお前自身を支配すればいい」
「いや、だからそれが難しいってのに」

 俺はそうぼやくと、団長はため息をついた。

「難しいのは重々わかってる。でも、お前自身を制御できるのはお前だけだぞ。俺達はいざという時にお前の動きを止めることくらいしかできねえ」
「確かに」

 俺はそれだけ言うと、また腕を組んで考え始める。俺だって中にいる「俺じゃない俺」を何とかしねえと、本気でまずい事は知ってる。自我っていうものがどんどん無くなっていけば、俺は誰かを殺すだけじゃない。怪物ケモノになって、敵だろうが味方だろうが、目に入った人間の命を片っ端から奪っていくだろう。見境なく。そうなったら、きっと……俺も魔王あいつと同じ穴の狢だろうな。団長が昔俺に言っていたような気がする。そんな事にならない為に、気を強くしっかり持たねえと。
 俺は自分の両頬を平手で叩いた。パンっと心地いい音が鳴り響き、鈍い痛みが手と頬に広がってくる。

「頑張らねえとな」

 俺は一言、それだけ口に出した。別に誰かに聞いてもらいたいわけじゃないけど、声に出す事で、俺自身に激励するようなもんだ。




 しばらくして、俺も見た事のない立派な邸宅にたどり着く。昔見たクルーガー公の居城や、エスティア公の邸宅に比べるとまあ、ちょっと小さいかなと記憶を手繰り寄せながら眺めていると、団長が正門の見張りの騎士に向かって歩み寄る。
 正門には男女の騎士。
 女性騎士が、「昨日の。お待ちしておりました」と一言言ってから、キビキビとした動きで会釈。師匠くらいのお姉さんかな。きっちりした印象だなぁなんて思いながら見てると、団長が軽く会釈を返した。

「イルミナル公にお会いしたい。通して頂けないだろうか」

 と団長が言うと、女性騎士が男性騎士に「しばしここを離れます」と言い、俺達に入るように促した。男性騎士の方を見ると、顔は若い。でも頬に竜の鱗みたいな線がある。竜人かな。と思っていると、エルが「置いて行かれるぞ」と言うんで、慌てて俺は団長を追った。
 中は……いたってシンプルなもんだ。壁は単色だし、廊下も最低限の厚みの絨毯。無機質なもので、バルコニーや壁などには何もない。照明は明かりがついておらず、外の光だけが中に入って集まっている。天井はシャンデリアではなく、飾り気のない簡素な照明。それでも、一般の家庭では取り扱わないような大きな照明なんだけど。それに、ところどころ天井に穴が開いていて、ガラスが張ってある。これで明るいんだなぁと感心しながら見ていた。
 だけど、イルミナル公は、何かを飾ったりしないのかな? 金持ちとか貴族サマ連中ってなんか、そういう美術品? 芸術品? そういったものを飾ってる印象が強かったから、そういうもんだと思ってたけど。それとも、イルミナル公が特別ケチなのか。なんて大分失礼な事を考えていると、奥の部屋まで案内してもらった。

「失礼します、閣下。エクエス殿と、部下2人が――」
「あぁっと、そんな時間なの!? ごめん、まだ準備してなかったよ!」

 中からは、俺と同い年くらいの声が響く。……あれ、子供の声? なんで?
 と首を傾げていると、団長が俺の肩を掴む。

「まあ、会えばわかる」

 と一言添えて。

「と、とりあえず入ってもらって! あと、執事の「フラクタ」とメイドの「フリジア」にお茶を4人分出してって伝えておいて!」

 中から慌てた様子の声と、ガチャガチャとバタバタという、なんとも騒がしくて慌ただしい音が喧しく響き渡っている。……大丈夫なんか? その声を聴いた騎士が、敬礼をした後に団長に向かって訳を話した後、慌ただしくその場を去る。

 しばらくした後、扉が少し開いて、手だけがひらひらと手招きしてくる。団長は、扉を開け、俺達にも入るように言った。
 中に入ると、俺と同い年くらいの、薄桃色の短髪の子供が俺達を出迎えた。青い真ん丸な瞳をこちらに向けて、俺とエルを、髪の先から足の先まで嘗め回す様にじっくりと見回している。子供っぽいのは顔だけで、服装はシャツにネクタイをしっかり巻き、ケープを羽織る、しっかりとした印象だった。

「ごめんね~。約束の時間は覚えてたんだけど。僕ってばすっごいそそっかしいからさ」

 と、ニコニコしながら頭を掻きまわして笑う彼。

「じゃ、まず。君達ははじめましてだよね。じゃあ、はじめまして! 僕は「ラケル・イルミナル」。君たちの考えてる事を当ててあげよっか。「子供みたい」「若い」そんな声が聞こえるね」
「……!?」

 俺は驚いて思わず立ち上がった。

「な、なんで!?」
「僕、エスパーだし」

 と真顔で言うもんだから、俺が魚みたいにぱくぱくと口を動かしていると、その顔のマヌケさが面白かったのか、ラケルは吹き出していた。

「なーんちゃって。あははは、おっかし~……冗談だよ。僕の姿を見た人って皆総じてそう思うだけだから、気にしないでね」

 とラケルが腹を抱えて笑うもんだから、俺も釣られて口が綻びる。不思議だ……。
 俺はそこで座り、冷静になって考えた。「魔人」。身体が年頃になると成長が止まる不思議な種族だ。見た目は子供でも、中身は大人であり、体の成長が止まるせいか身体も弱く、それに短命。60歳以上の魔人の生存記録はまだない……って聞いたことがある。身体は小さくとも、ドライブの扱いは一級で、他種族よりも扱いに長けてる。って、シスターが持ってた本に書いてあった気がする。弟のルゥが確か魔人だった気がするし、傭兵団員で言えば、ヘクトがそれだ。ヘクトの場合、まだ成長が止まってないから、身長はまだ伸びてるし、彼自身も毎日走ったり、牛乳飲んだりして大きくなろうと必死だ。
 そんなことを思い出してると、ラケルと目が合う。

「で、君は? 君と君」

 彼は俺とエルを示している。ああ、名前か。

「俺は「アレン・ミーティア」。それから、こっちは「エル」」

 俺に紹介されて、エルは軽く頭を下げる。
 ラケルはと言うと、俺とエルを眺めながら、少し渋い顔をしながら団長の方を見た。

「……この子が、「アシュレイ」の子供か。ソフィアと確かにそっくりだね」

 ラケルが腕を組みながら俺に顔を近づけていく。

「君、自分の出生の秘密とか、アルテアから何か聞いてる?」
「え?」

 俺は間抜けた声を出して、目を丸くしてラケルを見ていると思う。
 ……出生の秘密って、なんだ? 魔王ソフィアの双子の弟だって事、俺は死んだことになってる事、あとは――
 って考えていると、ラケルは口を開く。

「君は――」

 そう言いかけた瞬間、空気を呼んでか読まないのかわからんが、部屋の扉が開く。紺色の髪をした執事とメイドが入ってきたからだ。白く綺麗な茶器とポット。それとちょっとした茶菓子を乗せたワゴンを押しながら、俺達が囲うテーブルの目の前までやってくる。

「お、お待たせいたしましたぁ!」

 執事の方がそう言うと、メイドの方が冷静にポットを持って、これまた綺麗にカップに赤色の茶を注ぐ。……うん、師匠や副長に比べてすごく清楚で綺麗だ。彼女が淹れ終わると、カップを俺達の前に出す。

「どうぞ」

 メイドが一言。
 執事もメイドも顔が似ていて、双子なのだろうか。それに俺くらいの年齢っぽい。執事の方はそそっかしそうで、ぽわーんっとして気が抜けてそうだけど、メイドの方はとても冷静で、動きもシャキッとしててなんというか、とても仕事ができそうな印象。二人は目の色が違うだけで、それ以外は身長も顔も容姿もそっくりだっていうのに、見た目の印象が全然違う。まあ、双子だからって全部同じじゃあないってことは、俺自身がよく知ってるんだけどな。

「ありがとね、フラクタ、フリジア。そこで控えてて」
「か、かしこまりましたぁ!」
「承知しました」

 二人がそれぞれ返事すると、部屋の隅に言われた通り控える。
 ラケルが咳ばらいをすると、「まあ、とりあえず飲んでから」と俺達にお茶を勧めてくる。赤色の、ほんのり甘い香り。……絶対副長の雑味たっぷりの茶モドキよりうまい。そう思いながら、俺はそれを口にする。
 ……やっぱりうまい。雑味だらけの茶っぽい液体よりうまい。あとで淹れ方を習っておこうかなとか考えていると、ラケルがカップをテーブルに置いた。

「アレン。それにエル。君達の事を言っておかないとね」

 ラケルがそう言うと、顔つきが突如変わった。少年の顔じゃない。目つきは真剣そのものだった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.55 )
日時: 2022/09/26 22:27
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 物々しい雰囲気に圧されているが、それは俺だけのようだ。団長とエルは別になんてことなく、いつも通りの表情だ。俺はごくりと喉を鳴らし、ラケルの言葉を待つ。

「とはいえ、どこから話せばいいものか。君達の出生の秘密……とはいえ、君達姉弟が引き裂かれた原因は、僕達宰相一派にあるんだよ」

 宰相一派? ラケルも宰相一派だったのか? 俺が首を傾げていると、ラケルは再びカップの中身を口にする。

「まずどこから話したらいいかな。……「宰相一派」とは呼ばれてはいるけど、元々そんな名前じゃなかった。元々、元老院「ナインズヴァルプルギス」。帝国を支えていた9人の統制機関っていうのかな。僕はその一人だったワケ。序列含めての名前は「ラケル=ザ・スリイ・イルミナル」っていう名前だったかな。第3位で、その組織じゃ3番目に偉かったんだよ。すごいでしょ」

 ドヤァという声が聞こえてきそうなくらいの顔でこっちを見るけど、こっちからすりゃ「?」マークが頭に浮かぶくらい、わけわからん話でイマイチピンとこない。

「なんだそりゃ。それと俺とエルが何の関係があるんだよ」

 げんろーいん、ナインズヴァルプルギス、とーせーきかん。よくわかんねえ言葉が並んでて意味わかんねえや。

「まあちょっと前提が長くなるけど。最後まで聞いてほしいかな」

 と、ラケルは笑いながら、「お茶のおかわりはいくらでもあるから付き合ってよ」と言い、その旨を控えている二人に伝えるた後、またカップの中身を飲み干す。まるで、副長が長話をつまみに酒を飲んでいるような、そんな感じだ。
 ……まあ、最後まで聞くか。まだ太陽も昇り始めて間もないし。

「「ナインズヴァルプルギス」は、皇帝の掲げる「平等主義」に賛同する「民主派」と、それに反対して国民を支配して、皇帝と元老院、宰相、その他権限を持つ貴族が権力を持つ「独裁主義」を掲げた「支配派」に分かれててね。僕は民主派だったよ。皇帝陛下の思想に賛同してたからさ」

 確かに、そんな感じする。自分の部下の扱い方とか、俺達の出迎え方からして、貴族にしては全然高圧的じゃないしな。

「その争いは数十年前に遡るかな。多分30年くらいかも。その頃に先代皇帝が即位されてね。先代の「平等主義」に賛同する人、反対する人。その派閥で荒れに荒れたものだよ。その頃、僕も若造ながら、家督を継いで領主となったばかりだったんだけど。ああ、それは関係ないかな」

 ラケルは大笑いしながら手を叩く。なんか酔ってきてないか? 

「話が見えてこないよ、領主様」

 俺は思わず声に出してしまう。ラケルもそれを聞いてうんうんと頷き始めた。

「まだ前提の話なんだって。あともうちょっと話あるから、最後まで聞いてチョコレート。なーんちゃって」
「このお茶。酒入ってないよな?」

 俺がメイドのフリジアに顔を向けてそう聞くと、フリジアは首を振った。

「いえ、閣下はお茶を飲むたびにこのようになります。お気になさらず」

 隣にいるフラクタも頷くばかりだ。
 これが領主だったら、毎日騒がしくしてるんだろうなぁと思いながら、彼を見る。

「派閥争いは激化していってさ、支配派は恐ろしいものを作ったんだ。確か、ナインズヴァルプルギスの第2位「カティーア=ザ・トウ・ラミアス」が、第1位の「ザ・ワン」の研究成果を盗んで改造して、「グラディ・アニムス」という2本の剣を生み出したんだよ。一つは「影毒のアニムス」、もう一つは「光念のアニムス」。どちらもこの世界の地下深くにいたという「神竜グラディウス」の血液と皮、骨や角、翼や組織遺伝子に至るまで竜の存在そのものを、剣に作り替えたと言っても過言じゃない。そんな代物を作ったんだ」

 そんなすげえものを作る人がいるなんて……。俺は驚きが隠せず、ぽかーんと口を開けていたかもしれない。エルも少々驚いているという感じで、目を見開いた後、何事もなく出されたお茶を口にしている。

「その2本の剣を手にした「支配派」は本格的に動き出した。……そうだな。僕達「民主派」を襲い、「命が惜しければこの城を出ろ」って脅されて……いや、見せしめに。ああ、「マリアフィールド・フォン・エスティア」って名前、聞いたことある? 彼女の祖母がね殺されたわけだよ」

 エスティア公。あの人のばあちゃんが殺されたのか。……俺達に協力してくれたのは、この事もあるんだろうか。

「当時のエスティア公が死亡した事で、「民主派」は解散、「ナインズヴァルプルギス」も同時に解体された。もう機能してないから、自然とね。で、「支配派」はどんどん力をつけて、身勝手で狡猾になっていった。でも同時に事件が起きちゃって。その数年後に「グラディ・アニムス」が忽然と消えたらしくって。行方知れずになっちゃったんだよね。それ、どこにあると思う?」

 ラケルは俺に向かってあからさまに、わざとらしく首を傾げて俺を見る。
 俺は察しがついたが、黙っていた。

「ま、それはさておき。16年前。君達が生まれた時にも事件が起きたんだ。まあ、それはアルテアから聞いてるよね。宰相一派が君を連れ去った話。その話はちょっと重要だから最後まで聞いてほしいな」

 ラケルはカップに注がれたお茶を飲み干して、テーブルに置くと、フリジアがすかさず注いでいく。ラケルの表情も少し重たく、さっきまで大笑いしていた態度とは打って変わっていた。



「アレン君。君は宰相一派に殺されそうになったって話はもう聞いたよね? 実はね、君だけじゃないんだ。君だけが殺されそうになったわけじゃなかったんだ。……君達姉弟が、殺されそうになったんだよ」

 ……は? 俺だけじゃなくて、アイツも?
 どういう事かと続きを聞きだそうと思っていたが、ラケルが何か勿体ぶって視線を逸らしたり、頬をかいたりと、なんだか言いづらそうにしているので、俺もちょっと苛立って思わず声を上げてしまった。

「な、なんだよ。はっきり言えよ」
「う、うん……君はね」

 


 彼は覚悟を決めたように頷いた後、静かに口を開いた。

「君達姉弟はね、人体実験の被検体だったんだ。君も知ってるでしょ……「合成魔物キマイラ」。あれの第1被検体が、君達姉弟だってこと」

Re: 叛逆の燈火 ( No.56 )
日時: 2022/09/27 18:54
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 ……?
 ラケルの言葉の意味がわからないというか。聞き間違いか? 俺は言われた言葉の意味を理解できなかった。というより、俺自身が拒否していたのかもしれない。理解することを……。
 だけど、時間が経つにつれ、身体が震えだしてきて、得体のしれない恐怖と悪寒が全身を揺るがす様に、身体がさーっと冷えて行くのを感じた。感覚すらなくなっていくみたいだ。

「……俺が、あんな……「バケモノ」と、同じだって言うのか? それの、第一被検体!?」

 言葉にしていく毎にようやく理解が追い付き、冷えていた身体が突然熱を持ったみたいに火照ってきて、最終的に爆発する。俺はテーブルを力の限り蹴り上げた。吹っ飛ぶテーブルを避け、真顔で俺を見続けるラケル。そんなこいつに腹が立って仕方なかった。メイドと執事が隠し持っていた武器を取り出し、俺に向かって襲い掛かろうとするが、それをラケルが制止する。
 涼しい顔をしてやがる。……俺は、頭に浮かんだ言葉をそのまま奴にぶつけた。

「ふざけんな! 俺は人間ヒトだ。あんな化け物共と一緒にすんじゃねえ!」
「もちろん。君は人間ヒトだよ。半分はね」
「違う……俺は、怪物あんなのじゃない……俺は、シスターの子供で、エレノアとルゥの兄ちゃんで! 違う……俺は……!」

 言葉に詰まる。鼓動が早まる。目の前が黒く染まり始める。顔に手を当てる。感触はある。だけど、目の前がどんどん黒くなっていく気がする。胸が痛い。右目も右腕も痛い。声が聞こえる。痛い。なんなんだよこれ……!?
 ドクンドクンって音が耳の中でループして止まらない!

 俺は人間ヒトだ。俺は……

「落ち着いて、アレン」

 ラケルが何か言ってる。ダメだ、何か言ってるけど、認識できない。

「……アルテア、武器をしまって。フラクタ、フリジアも。ここでの流血沙汰はご法度だよ。手出しはしないように」




―――



 やはり、少し早かったか。彼の半身が黒く染まっていき、右腕は赤い稲妻が走ったような紋様が脈打ちながら蠢く異形のモノ。黒い翼と尻尾のような影が背中に見える。これが、ロンドが言っていた、7年前に見たアレンの姿。話は聞いていたけど、実際に目にすると、身震いが止まらないや。
 だけど、遅かれ早かれ、彼は知らなくてはいけない。知る事で人間ヒトは選択肢を得られる。彼はきっと、僕を恨むだろう。だけどそれでもいい。知らないままだったら、彼は大切なものをすべて失って、本当に化け物に身を堕としてしまうだろうから。
 彼は、いや……ソフィアとアレンはあの時。生後間もなくカティーアに拉致され、「呪われた聖魔の双剣」を扱うための兵器として、「神竜グラディウス」の魂とつなぎ合わされたんだ。まるで継ぎ接ぎの人形のように。それでも、彼らの姿がヒトのままでいられたのは、カティーアが天才だからだろう。……いや、それとも。双子の母であり、皇后でもある「アシュレイ」……君の身体を半分使ったおかげか。
 母の身体を分割して双子の身体につなぎ合わせ、それを器にして魂を入れる。これで、「グラディ・アニムス」を扱うための人体兵器の完成だ。あとは子供達を自分たちの良い様に洗脳すればいい。
 ここまでの恐ろしい計画を皇帝に知られないように。ましてや、情報が漏れないように奴らは僕達を追いやった。しかも、口外できないように情報も操作して。
 その末路がこれか。
 奴らは、自分の育てていた飼い犬に手を噛まれるどころか食い殺され、飼い犬がそのまま狂犬となり、世界をも喰らおうとしている。
 彼も……。

「アレン。君は知らなくてはいけなかった。知らないままでは進めないからね」

 聞こえてはいないだろう。
 まあいい。今は聞こえてなくても、認識できてなくても。

「恨んでくれていい。その為に僕は今日ここに、「君達」を呼んだんだから」

 僕は空間に裂け目を作り、その中から「純白の聖剣」を取り出す。光り輝く剣は光を纏い、僕に力を与えてくれる。
 黒く染まったアレンは僕を敵と認識し、僕に向かって獣のような唸り声をあげた。これじゃあ本当に怪物じゃないか。アレン。君は人間ヒトなんだろう?

 アレンは俊敏な動きで僕を捉える。右手に身体を掴まれ、壁に叩きつけ、壁にめり込む。なんて速さだ……めり込んだ壁にどんどん圧し潰されて、僕の全身の骨が悲鳴を上げている。暴走状態で、しかも理性が無いはずなのに、僕を殺そうとする意志。強い殺意は感じる。

「……アレン、僕を殺したところで、事実は変わらないぞ」

 意外に声が普通に出て良かった。

「うるせえよ、スカした顔しやがって、ムカつくんだよてめえはッ!」

 獣の咆哮に似た怒号。アルテアから「憎悪に呑まれてる」と聞いたけど、確かにそうだ。これはきっと、グラディウスの魂が浸食して、アレンにそうさせているんだ。

「ムカつくなら殺せ。君ならそれができる」
「言われなくても、今すぐぶっ殺して――」

 さらに力が加わる。息も苦しくなってくる。胸が、全身が、骨が、悲鳴を上げて赤く滴ってきた。本当に死んじゃうかもね、僕。死ぬなら死ぬでいいけれど。「この身体」ももういつ壊れるか……。
 だけど――

「悪いけど……「君」には僕を殺す事は出来ない」

 僕が静かにつぶやき、握り締めていた剣を彼の心臓に突き刺す。
 一瞬。一瞬だったけど、アレンの右手の力が緩んだ。まだ完全に呑まれてはいない。だから、アレンが憎悪に一瞬だけ打ち勝つことができたんだ。その隙間を狙えばこの通り。

 聖剣が彼の心臓に突き刺さると、彼は突如動きを止め、その場に倒れる。背後から崩れ落ち、気を失ったようだ。彼を取り巻いていた憎悪が完全に消え去った。
 あー、死ぬかと思ったよ、意外と早く片が付いてよかった。

「アルテア、それにフラクタにフリジア。手出しせず、静観してくれてありがとう」

 僕は聖剣を彼から抜き、空間の裂け目にそれをしまう。
 アルテアが僕に近づいてくる。

「……真実を知れば、アレンが取り乱すことは想像に難くない。なぜ――」
「知らなければ、訳も分からないまま暴走するだけだよ」

 僕はエルの方を見る。エルはしゃがみこんでアレンの様子を伺っていた。
 アレンが暴走している時は、なぜか動きを止め、何も言わなくなる。多分、彼女……いや、彼か? まあ、エル……違うな。「影毒のアニムス」は、グラディウスの魂が何らかの形で具現化して意思を持った、「精霊」。
 詳細は不明だが、アレンに対して助言をしたり、暴走しないように事前に止めていたり。という話を聞いていた。彼の存在も詳しく解明したいが……いや。今のアレンにはエルの力が必要だ。解明なんて野暮なことはせず、ここは静観していた方がいい。何かあれば、またこうやって鎮めてあげればいい。まだ、彼らの繋がりは完全じゃないんだから。

「フラクタ、フリジア。アレンを客室に寝かせてあげて」

 僕は笑顔で二人にそう伝えると、僕の姿を見たフラクタが心配そうにあわあわと言っていた。

「あ、あのあの。大丈夫ですか、閣下……お身体は……」
「ああ、平気平気。ツバでもつけておくよ。それより、はやく。閣下の命令ですよ」
「は、はひぃ!」

 フラクタが慌てて叫ぶと、フリジアと共にアレンを連れて部屋を出て行った。


「ゴホッ」

 二人が出て行ったと同時に、僕は口から赤い血を吐きだす。やっぱ、そろそろガタがきちゃってるな、「この身体」も。

「ラケル、お前の身体は、もう――」
「アルテア、心配しないで。もうそろそろ「時間」がくるだけの話。だけど……それまで、やる事は山積み。できる事はしないとね」

 僕は口を袖で拭う。フリジアが見たらいつまではしたない事をしているんだ。……なんて言われそうだな。まあいいか。

「着替えてくる。アルテアはアレンところへ行ったらいいさ」
「あ、ああ……」

 アルテアが渋い顔をしながら部屋を出る。僕も部屋を出ようとしたけど、身体が動かない。結構ダメージが大きくてびっくりだ。
 だけど、僕は周りに恵まれてるな。嬉しいよ、アルテア。君のような友達がいて、僕は本当に、嬉しい。
 僕はその場に崩れ落ちて、床に腰を掛け、天井を見ながらため息をつく。
 ああ、アレンが起きたら話の続きをしなきゃね。いつ起きるかはわからないけど。

Re: 叛逆の燈火 ( No.57 )
日時: 2022/09/27 19:52
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 目を覚ますと、天井。
 木製の天井だ。
 暖炉の火がパチパチと音を鳴らしながら、燃えている。見るだけで安心する、そんな赤色だ。あれ、俺……どうしたんだっけ。起き上がろうとするが、痛みが走って動けなかった。だけど、ベッドのシーツがこすれる音がする。
 ……ベッドの上。俺、怪我したっけ。なんて考えていると、誰かが俺に話しかけてくる。

「あら、アレン。起きたの?」

 黒い服とベールに身を包み、ベールから緑色の前髪が覗くお姉さん。……ああ、シスターだ。なんか久しぶりに見るなぁ。

「おれ……」
「待って。今、リンゴの皮を剥いていたの。もう少しで終わるからね」
「ああ、そうか。思い出した」

 記憶が朧げに蘇ってくる。……確か、魔物に襲われてたエレノアを守る為に、俺が前に出て、そこから痛みが全身を覆って、どんどん身体が冷たくなっていく感覚になったんだ。
 そこからの記憶はないけど、確か、温かい光に包まれた気がする。気がするだけだけど。

「エレノアは? 無事か?」

 俺はシスターの方を見て、弱弱しく尋ねる。自分の声がこんなにも弱弱しい事に、かなり驚いた。でも、今は大きな声は出せねえや。
 シスターはふふっと微笑み、俺の頭を優しく撫でてくれる。

「安心して。エレノアは無事よ、あなたのおかげでね」

 よかった。……エレノアが死んじまってたら、俺……。

「あなたも無事でよかった。もう、無茶して」

 シスターが口をとがらせ、普段は悪戯しなきゃ温厚な彼女が、語気を強めて俺の額に、人差し指を押し付ける。……シスターは怒ると、いつも額に人差し指を当ててくる。
 「心配かけてごめん」とつぶやくと、シスターは満足げに頷き、再びナイフを手に取ってリンゴの皮をめくる。シスターは料理上手で、手先も器用なんだよな。俺はベッドの脇の大きな窓の外を見る。雪が降ってる。昼は寒かったけど積もってなかったけどな。

「雪、積もるかな」

 俺がつぶやく。

「積もったら、雪だるまを作りましょう。ああ、でも、薪を半年分くらい作らないとね」
「半年分!?」

 俺が驚いてシスターの方を見る。リンゴの皮がむけたのか、皿に盛りつけてこちらに持ってきていた。リンゴの皮がウサギの耳みたいに切れてるな。

「ええ。雪が積もったら森に行けなくなっちゃうからね。まだこれくらいなら森に行っても大丈夫よ。だから、手伝って頂戴ね」

 シスターが悪戯っぽく笑ってる。……やだなぁ。

「もう、露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。大丈夫よ、木を伐るのは私だし、皆は木を修道院に運ぶだけでいいからね」
「べ、別に嫌じゃねえよ。そんなん。俺だってできらぁ!」

 俺はぷいっとそっぽを向く。木なんか俺でも伐れるっつーの。
 シスターはそんな俺を見てまた笑っていた。なんだか、俺も釣られて笑ってしまう。シスターの笑い声って、なんだかその場が明るくなる魔法なのかな。俺達は笑いあっていた。
 その笑い声を聞いてか、部屋に二つの影が入ってくる。エレノアとルゥだ。ピンクの髪を揺らしながら、エレノアは俺に抱き着くために突撃してきた。俺にしがみつくと、エレノアは泣き始めた。

「うえぇぇえええ! にーちゃ、にーちゃよかったああぁぁぁ!」

 玉のような大粒の涙を流し、俺の着ている服に顔を押し付ける。ルゥもとてとてと歩み寄ってきて、俺に抱き着いた。

「兄さん、よかった。無事で……ふえぇぇぇん」

 ルゥまで泣き出す。
 しょうがねえ奴らだなぁ。俺はそう口に出しながら、二人の頭を撫でる。シスターがやってくれたみたいに。

「ごめんな、心配かけて。俺――」


 その瞬間、目の前が音を立てながら崩れ落ちていく光景が目に入った。
 エレノアとルゥがガラスのように砕け散っていき、そこに立っていたシスターの首が斬れて地面に落ちる。俺は周りを見る。燃え盛る修道院、俺の腕と右目に痛みが走り、俺はその場に蹲って地に伏せる。激痛に苦しみながら、顔を上げると、赤い髪のあの男が目の前にいた。赤い三日月のように口を歪めて笑いながら、俺を見下ろしている。
 突然の出来事、急展開に理解が追い付かない。

「な、なんだよこれ……一体どうなってんだよ!?」

 俺はそう叫ぶしかなかった。


<お前の大切なものを奪った奴らを滅ぼせ>

 俺の頭の中に低く、ずんと体中を駆け巡るような重い声が響き渡る。……聞き覚えがある。7年前からずっと、俺の中で叫んでいる声だ。恐怖で身体が震えてくる。怖い……!

<憎め、殺せ、滅ぼせ>

 絶え間なく俺の頭の中で響き続けて止まらない。

「……いやだ、俺……そんなことしたくない……!」

 耳を塞いだ。聞こえないように。
 顔を伏せた。何も見えないように、瞼も強く閉じて。
 だけど、声は止まない。重い声が、響いて止まらない。

「やめてくれ……俺、誰かを傷つけたいわけじゃないんだよ、取り戻したいだけなんだ!」

 苦しい。息ができない。瞼を閉じているのに、熱いものがこぼれる。
 暗くて冷たい。聞きたくない声が響いて止まらない。
 ……誰か。



 俺が無我夢中で手を伸ばすと、誰かが俺の手を握りしめた気がした。
 温かい。その握られた手を見ると、光があふれていた。眩しくないのに、強く感じる。光が俺を包んで、俺を抱きしめてくれた。温かくて、懐かしい香りがして……。



「あったかい……」

 俺はそう声がこぼれた。


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