ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.128 )
日時: 2022/12/08 23:23
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 私が振り向いた瞬間に、彼女が太刀を振った。
 長机が両断され、破片が飛び散る。この部屋は使えなくなる。……こいつへの給金を全額回しておこうか。そう考えながら、私は彼女から離れる為に後退る。だけど、それを追って距離を詰めてきた。近づいてくる彼女に向かって、私は手をかざす。空中から魔法陣が浮かび上がり、そこから光の剣がまるで銃弾のように射出された。3本目まではアスラも斬り落としたけれど、4本目、5本目は奴の顔をかすり、左足を貫いた。それによって赤い雫が迸ったけど、怯みもしない。それどころか、そんな傷大したことが無いと言わんばかりに、私に向かって真っ直ぐ突進してきた。

「面白いな、魔王!」
「……不愉快!」

 身体を斬ろうと、太刀を振る。そんな長い得物じゃ、私に勝てはしない。だからって油断はしない。

「主に刃を向けるなど、愚の骨頂ですね」

 私はしゃがみ、そこから斬り上げる。真っ直ぐ天まで剣が弧を縦に描くも、奴はそれを太刀で防ぐ。ガキンと金属と金属がぶつかる鋭い音が鳴り響き、奴はニヤリと笑った。

「――紋章クレスト

 私がそう呟くように声を出すと、剣が描いた軌道に沿うように、青い光の紋章クレストが浮かぶ。それがアスラの身体を貫き、彼女の身体は串刺しになった。この「アルトリウス」は、剣が描く軌道に合わせて、時間差で青い光の紋章クレストを射出することができる。これに気づいたのは、あの日……クーゴとの戦闘の最中だ。時には槍の様に、時にはギロチンの様に、時には矢のように射出され、クーゴは対応できずに倒れた。
 アスラも、私の追撃の紋章クレストに対応できないのか、さっきから紋章クレストに貫かれては吹っ飛んで、どんどん傷が増えていく。壁に叩きつけられ、天井に穴を開け、床に叩きつけられて。その度に赤い水たまりができていき、気が付いたらもう元会議室が真っ赤に染まってるわ。あーあ。もうこの会議室、使えないわね。そう思いながら、私は剣を振り、アスラを追い詰める。

「もう降参? 会議室が滅茶苦茶になってしまいましたよ。あなたのせいでね」
「……」

 私は床に突っ伏している彼女の髪をつかみ、顔を覗き込んで睨んでやった。

「これがあなたとの差。私は、傷一つ受けてないですよ? 理解したのなら、二度と私を斬ろうなどと考えないように」

 私がそう言って、無性にイライラしたもんだから、腹いせも込めて、アスラの頭を力いっぱい床に叩きつけた。手を離すと、アスラは小刻みに震えている。
 ……ああ、こいつ、まだ。

 アスラはこの状況だというのに、笑っていた。楽しそうに。

「は、は……ハハハハハハハッ! アハハハハハハハハッ!!」

 とりあえず、聞いてやるか。この後予定もないし。

「いいな、いいなァ、魔王様ァ! あんたは強い。粋がった子供が強い力を手に入れて調子に乗ってるってとこがなけりゃ、もっと面白くヤり合えんだろうなァ!!」

 アスラは転がって仰向けになり、穴の開いた天井を見上げた。力で捻じ伏せられ、オーラも切れて、恐らく骨も折れて、体中悶え苦しむくらいの痛みに支配されているはずなのに、べらべらとよくしゃべる。私を粋がっている子供と言っているのは、気に食わないけど……ま、言わせておくか。

「勝手に言ってなさい。無駄に血を流すのは理性のある者の行動とは言えません」

 私が腕を組んでそう言ってやると、アスラは尚も笑う。

「あんたが一番本能で動いてんじゃないのか?」


 ――私が、本能だけで行動している。
 その言葉を聞いて、私は腹の底から黒い炎が燃え上がるような、憎悪を感じた。

「だってそうだろ。あんたに理性がありゃあ。世界に喧嘩売って、人間をどんどん殺していくなんて、絶対にしないねぇ。あんたが人間じゃねえ事は魂を見りゃわかるさ。ハハハハッ、人間のフリは楽しいか? 半端者!」

 ――黙れ。
 私の中の誰かが、そう声を出す。とても低い声で、威嚇するように。

「口を閉じなさい。今ここであなたを殺す事もできる。そうしないのは――」
「じゃあ殺せばいいさ。あたしは生死に興味はない、ただ強い連中と戦う事だけが望みであり、あたしの自由さ」
「黙りなさい」
「アハハッ! 聞こえませんな、魔王陛下。そんなお声じゃあ、あたしの口は止まらないよ?」

 ――黙れ。

「……あなたなんかいつだって殺せる」
「じゃあなんで殺さない? 口だけ動かしても――」

 私は奴の頬寸前を擦切るように剣を床に突き立てた。ジャキンと剣が突き刺さる音が鳴り、私の表情を見たアスラが、表情を無くす。さっきまでの饒舌はどこへいったのかしら。

 ――なんだかおかしい。心臓が破裂しそうに鼓動を鳴らしている。それに、張り裂けそうなくらい動いてる。おかしい……わからない。こいつをズタズタに引き裂いてやらないと。内臓を引き摺り出して、頭蓋骨を砕いてこいつの脳みそが何色か、こいつ自身に確認させてやらないと。

 ……えっ? 何、今の?

「私。なんでこんな事を?」

 我に返って周りを見る。……おかしい、私。こんな……

「……アスラ、次の指示があるまで、部屋で休んでなさい。命令です」
「……」

 アスラは倒れたまま私の顔をぽかんとした表情で見ていた。
 私は頭を抱え、さっさとその場を後にする。本当に、何が起きたのか。

「私……何がしたいんだっけ?」

 そうつぶやきながら、足早に自室へ戻る。一旦、冷静にならなきゃ……。

Re: 叛逆の燈火 ( No.129 )
日時: 2022/12/09 23:31
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 自室に戻ってくると、ネクが元の姿に戻り、私の服の裾を引っ張る。

「ソフィアちゃん、だいじょうぶ? くるしい? なでたら、なおる?」

 私は椅子に座り込むと、近づいてくるネクの頭を撫でてあげた。ネクは心配そうに眉をひそめ、あわあわとしながら、どうすればいいかわからないでいるみたいだ。

「大丈夫よ、突然の事に戸惑っただけ……」

 そう言うと、ネクは「えっと、えっとね」と声を出し、なんだかせわしない様子だ。こんなネクは初めて見たかもしれない。

「どうしたの、ネク?」
「あ、のね。あのね!」

 ネクは本気で私を心配してくれている。私の両手を握り、今にも泣きだしそうな顔で私の瞳を見ていた。ネクのまんまるな光のない目が、うるんで私の顔を映している。こんなネクの表情は……今までに見た事が無い。どうしたんだというのか。

「ソフィアちゃんのなかにいる、くろいやつがね……ソフィアちゃんをたべようとしてるの。わたし、こわくて……ソフィアちゃんがいなくなっちゃいそうで……こわいの!」

 ネクがそういうと、私の胸に飛び掛かってくる。首に腕を回してしがみつき、わんわんと大粒の涙を流しながら、大泣きを始めた。

「ソフィアちゃん、もうおこらないで! もうかなしまないで! でないと、ソフィアちゃん……きえちゃうよ!」



 ネクの尋常じゃない様子に、私もかなり危機感を覚えた。
 さっきまでの私の中に、何かがいたような感覚……あれは、7年前に一度見た事がある……。アレンのあの姿。あれと全く同じモノだったから、すぐに思い出せた。あれの半分が私の中にもいる。だから、あれと同じように身体を奪われそうになった。ってわけか。

「大丈夫。私の身体は私のもの。誰にも奪わせないわ」

 ネクの頭を優しく撫でながらそう微笑むと、ネクは安心したように笑みを返してくれた。私の言葉に安心してくれたみたいね。よかった……。


 ――ああ。部屋の扉が少し開いている。私はしっかり閉める性分だから、少し開いている事なんかあり得ない。私はネクに視線を向けるふりをして、扉の外の存在を探る。

 ……アストリアの従者か。気配を隠さずコソコソと。鬱陶しい。

「あの女に何を命令されて、コソコソネズミみたいに探るなんて、本当にドブネズミみたいではありませんか」

 私は扉の向こうに向かってそう言い放ってやると、扉の外の存在はすぐに姿を消した。逃げるくらいなら、最初から来なければいいのに。本当に……本当に鬱陶しい。ま、いいか。奴はとりあえず泳がすと決めた。どう動こうと、頃合いになるまでは監視をつけるだけにしよう。
 頃合いになった時……その時に、奴の息の根を止めてやる。その瞬間が楽しみだわ。
 私が考え事をしながら、窓の外を見る。先日までの大雨が嘘のように、今日は晴れ晴れとしている。本日は快晴なりってね。アスラとあのドブネズミのせいで気分は最悪だけど……ま、いいわ。私の様子を見ていたネクが、また服の裾を引っ張ってきた。

「ソフィアちゃん、だいじょうぶだよ。わたしはソフィアちゃんのみかただから。あんしんしてね」

 そう言いながら、私に満面の笑みを見せる。
 この子は……きっと何があっても私の味方でいてくれるだろう。――逆を言えば、この子まで私を裏切るようなことがあれば、きっと私は本当にひとりぼっちになってしまう。そんな時がいつかくるかもしれない。そんな時がきたら……
 ネク……あなただけは、私の味方でいて。この先も、何があっても、例え……

「ソフィアちゃん?」
「ごめんなさい、ぼーっとしてた。さ、次の行動に移りましょうか」
「なにするの?」

 私が立ち上がりながら歩み出すと、ネクが首を傾げながら、私を顔で追う。

「もちろん、あのお姫様に会いに行くの。そして捕まえて、王子様アレンをおびき出す。魔王に捕まったお姫様を救うのも、王子様の役目でしょう?」
「んー、よくわかんない!」
「ふふっ、まあ見ていればわかるわ」

 エイリス……私の為に、奴をおびき寄せる餌となりなさい。親友からの"お願い"よ。

Re: 叛逆の燈火 ( No.130 )
日時: 2022/12/11 23:06
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 既に外は真っ暗で、帰ってきてからはもう、本当に無気力になっていた。
 皆が心配して声をかけて来てくれたけど、なんだか返事する気も起きなくて、代わりにエルが全部説明してくれたみたいだ。皆、師匠の死を理解し、悲しんだと同時に帝国への憎しみが強くなった。……でも、なんだろう。今まで「死」っていうものを何度も経験してきたはずなのに。それに直面して、涙を流して、弔って。だけど、師匠っていうとても身近で、いるのが当たり前だった人で、そういう人が死んじゃって、もう二度と会う事は出来ない。そう理解すると……何もかもがわからなくなる。シスターが死んだ時も感じてた、訳の分からない虚無感……。
 俺達のやってきた事って、誰かを救うため。大切なモノを取り戻す為。そういった理由なのに……ここ最近はもう奪われて奪われて、奪われ続けて……取り戻したものより、奪われたものの方が多すぎる。まるで、胸にぽっかりと大きな穴が開いたみたいに、何もかも感じなくなってる。これからの事を考える前に……今どうしたらいいのかがわからない。
 俺、本当に弱いままなんだ。7年前からブラッドの襲撃に遭ったあの時から、全然変わってない……。

 俺は、部屋を真っ暗にしてベッドに座って、膝を抱えて小さくなっていた。なんか、疲れた。
 夜のしんとした空気と静寂の中で、自分の呼吸の音だけが耳に入ってくる。


<……それほどまでに、大切な人だったのか>

 突如耳に入る、低い声。今じゃ恐ろしいとも思わないけど、前は本当に怖いと感じていた。エイトの声だ。

「ああ。7年前から俺に剣や大切な事をなんでも教えてくれて、尊敬する人で、大切な人でさ」

 俺がそう答えると、エイトは「そうか」と一言。

<以前の私も、お前の様に大切な人がいた>
「エイトにも?」

 突然、エイトはそんな事を言いだす。確か前に、人間に裏切られたから信じられない。そう言ってた気がするな。

<ああ。お前よりは下だが……毎日私の下に供物を持ってきて、笑顔を向けてくれる少女だった。その少女は……巫女で。巫女という職業を全うする為に、私の相手をしてくれていたのだ>

 巫女……よくわかんねえや。

「巫女って?」
「シスターという女が、それに近い職業だ」
「……へえ」

 そうなんだ。と思いながら、エイトの話を聞く。

 エイトはかつて……本当にそれも最近。30年くらい前の本当に最近まで、東郷武国で「龍脈」という、国々に土地の「龍力」というエネルギーを行き渡らせる役目を担っていたらしく、8本の首を各地に伸ばしている……神様のような存在だったらしい。それまでは本当に人間達ともうまくいっていて、関係も良好で。エイト自身も人間が大好きだった。だから、役目を全うして、人間達の役に立てるよう努めていた。
 だけど、30年前に東郷武国の首長が代わった直後に、エイトを邪神だと唱え、愚かにもそれを信じた皆がエイトを攻撃してきた。それまで、関係が良好だったはずの人間からの突然の行動に、エイトは始めこそ彼らに反撃することなく、それを静観していたんだって。だって、その時の――それも、エイトに毎日供物を届けてくれた巫女が、率先して庇ってくれて、エイトは自分達を守る神様である事を訴えたんだ。
 ……必死の訴えは、人々に届かなかった。巫女はエイトの目の前で無数の槍に貫かれて、エイトの目の前で息絶えた。最後まで、彼女はエイトの名前を呼んで、「申し訳ありません」と一言謝罪を残したんだと。
 エイトはそれをきっかけに、巫女を殺した東郷武国を憎しみ、人々を苦しめる邪竜となったんだって。そこから、十数年前までエイトは人間達を苦しめ、巫女の受けた痛みを理解させようとしたんだ。そんなことしたって、巫女は生き返らない。そう理解しつつも、人間達を許せそうになかった。
 だけど、エイトを倒そうとする巫女が現れた。……姫さんのお母さんかもしれない人らしい。その人の命を賭けた巫術……あ、ドライブか。それを受けて、呆気なく敗北した。……だけど、エイトはただでは死なぬとばかりに、彼女のお腹にいた赤ちゃん……つまりは姫さんの中に憑りついて、その子が生まれた瞬間に、身体を乗っ取って国を滅ぼそうと考えた。

 その後は、その子が生まれる前に、お母さんが姫さんに何か術式とかを施して、エイトを封じたんだろうな。……エイトの話は理解した。大切な人を失った悲しみで、人間達に憎悪を抱いていたんだ。エイトも、きっと。俺と同じように、信じていた人を失う悲しみで、心がぽっかりと穴が開いていたんだ。

<同情など不要だ、アレン。同情の為にこんな話をしているわけではないからな>

 エイトは俺の考えを読むかのように、そう言った。

「同情なんかしてねえよ。ただ……お前も人間が好きだったんだな」
<好きだ。人間には可能性がある。そして、手を取り合い、互いを支え合う心がある。私は、そういった人間の温かさが大好きなのだ>
「……今もか?」

 俺の問いに、エイトは少し黙ってから、声を響かせる。

<裏切られ、傷つけられようと……私はやはり、人間が好きなようだ。嫌い嫌いなどと言っても……人間ヒトの温かさを知っているから、心から嫌悪するなど、できはしない>

 ……エイトの答えを聞いて、俺はなんだか嬉しいと感じた。

「俺も、お前の事、嫌いじゃない」
<……>

 エイトはなぜか黙り込んでしまった。……なんかちょっと恥ずかしいじゃねえか!

Re: 叛逆の燈火 ( No.131 )
日時: 2022/12/12 22:32
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 エイトが自分からあの部屋から出てきた事に、ちょっと驚いた。

「お前、あの部屋から出てきて大丈夫なのか?」
<代わりにクラテルがあの部屋にいる。奴らの相手をしているから、ほっぽり出してきた>
「クラテル、怒りそうだな……」

 俺は文句を言いながら、ラケルと母さんの相手をしてるのクラテルを想像しながら、「ははっ」と笑う。と、同時に、雲の間から月光が漏れ出て、部屋を照らし始めた。青白い光が窓から入り込んでくる。部屋の月灯りのおかげで、部屋の中が見えるようになった。
 目の前に姫さんがいる事にもやっと気が付いた。

「どわあぁぁっ!?」
「きゃあああっ!?」

 お互い部屋から漏れ出るくらい大きな悲鳴を上げたせいだろうか、姫さんはベッドから滑り落ち、俺も同じように床に背中から落ちて背中を打ってしまった。いてえ!

「な、なんなんですか……もう!」
「い、いや! こっちの台詞だよ、なんであんた……ここにいるんだ!?」

 俺は姫さんを拒絶して、ひどい言葉まで浴びせたのに……なんでこの子は俺の近くにいるんだか……。俺の疑問に、姫さんは服をぱんぱんと叩きながら立ち上がり、俺に手を伸ばした。

「……エルさん、でしたっけ。あの子が私に、「アレンと仲良くなってくれ」と頼み込んできましたので。でも、部屋に来てみれば、あなたは落ち込んでて、どう声をかけたらいいかわからず。あなたと、ヤマタノオロチの会話を聞いていました」

 姫さんの手を取ると、彼女は俺を引っ張り上げる。細い腕は、きっと押しただけでぽきりと折れてしまいそうに細い。だけど、意外と力は強かった。
 ……聞き流してたけど、この人、エイトの声が聞こえるんだな。

「エイトの声が聞こえるのか、あんた」
「「エイト」と言うのですね。ええ、私も多少なりとも関りがありますから、これが昔父上が言っていた「魂の繋がり」というものでしょうか……それとも、あなたが特殊なのか。それはわかりません」
「……よくしゃべるなぁ」

 姫さんがマシンガンのようにまくし立てるもんだから、まともな感想が言えず、首を縦に振るしかできない。姫さんはふぅっと息を吐くと、もう一度俺の目を見つめてきた。

「アレンさん。私とお友達になってください。そしたら、仲良くなれます」
「……お前も友達作るの下手かよ」
「うるさいですよ。部下や従者はいても、友達はいませんでした。あと、あなたが先に言ったんですから、責任とって友達になってください」
「ああ、もう……面倒くせえ奴だなぁ!」
「面倒? 面倒なのはお互い様でしょう?」

 なんかエルがもう一人増えたんじゃないかってくらい、ああいえばこういう。そういう小うるさい奴だなぁ。

<娘>

 エイトが俺の中から姫さんに声をかけた。……姫さんは聞こえてるんだろう。気が付いて、「はい」と返す。

<私の事が憎いか?>
「……いいえ。あなたの話を先ほど盗み聞ぎしましたので、とくには。そういう事情があって、私の中にいたんだなぁって思ってます」
「盗み聞きをしたなんて堂々と……」

 いや、俺は黙ってるか。

<私は、お前の母を殺したも同然。それでも、か?>

 エイトが少し声を低くして、もう一度姫さんに尋ねる。……だけど、姫さんは首を振った。

「あなたが大切な人を殺されて、私達を憎んだように、私は事情も知らずあなたを一方的に憎みました。……ですが、あなたが……「人間が好き」と言ってくれた時、考えましたよ。一方的な憎しみは、何も生まない。むしろ、魔王のようになってしまう事。一人で抱え込んで自分が崩壊してしまう事……」

 「それに」と、姫さんは俺を指さす。

「アレンさんに言われた事を、もう一度考えました。責任の重さ。誰かを救う事は、その誰かの命を背負う事だって事。それに、昔父上が言っていた……国を背負う意味。無責任になんでも抱え込むという事は、他の誰かに責任を押し付ける事にもなる。感情だけで動くのは、子供のやる事だって。そう考えました」

 姫さんはそれだけ言い終えると、一呼吸終え、再び口を開く。

「つまり! 一人で抱え込むくらいなら、二人、三人。四人! 皆に頼って重みを分ければいい。それが責任だと気づきました。なので、"アレン"!」

 姫さんが真っ直ぐ俺の瞳を見据え、俺の左腕をぎゅっと握りしめた。


「私とお友達になってください。あなたの背負う重みを少しでも分けてください。そうすれば、あなたの背負う悲しみや苦しみ。それに、エイトの憎しみを少しでも軽くできる……と、思います」

 姫さんの言葉に、俺は……瞳から熱いものがこぼれ始めた。なぜかわからない。でも、俺は……仲間がいてくれるっていう当たり前の事が、とても尊いもので、とても幸福な事なんだ。……その当たり前がすごく嬉しいって思って、姫さんが、俺を追いかけてきて、手を握ってくれたことに。

 俺は、すごく嬉しいと。すごく温かい気持ちになれた。

 俺は人前だっていうのに、涙を止めることができず、声を上げて泣いた。泣き続けて、姫さんは子供をあやすように、俺の背中を摩ったり、ぽんぽんと叩いたり。俺は、それに甘えて情けなく涙を流し続けた。よくわかんねえけど……シスターの事や死んでいった皆の事。それと、師匠の事。それらが全部どーんっと、うまく言い表せない感情ものが押し寄せてきて、止めどなく涙があふれて仕方なかった。
 弱い自分が嫌だったけど、強くなったら誰かの為に涙を流す事もできなくなるなら……俺は弱くてもいい。子供のままでもいい。みっともなくたって、情けなくてもいい。涙を流す事を忘れてしまったら、それこそ、人間ヒトでなくなってしまう。

 ――だから、今……今だけは。泣いたっていいよな。

Re: 叛逆の燈火 ( No.132 )
日時: 2022/12/13 22:43
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 どれくらい泣いたんだろう……
 俺は、涙を自分の服の裾で拭い、姫さんから顔を逸らす。

「……俺、本当はこんなに弱くて、ちっぽけで、何の力もない奴なんだよ」
「いいじゃない、私も同じよ。虚勢は張ってるけど、本当に弱くて、怯えて、縮こまって、小さくなって。でも、それは悪い事じゃない。それを認めるっていうのも、人間の強さだと私は思う」

 姫さんがそう笑顔を向けてくれた。

「姫さん――」
「チサトって呼んで、私もアレンって呼ぶから」
「……姫さん」
「もう、いいわ」

 俺は何故か名前で呼ぶのが恥ずかしくて、ついいつも通りにお姫様扱いしてしまう。もういいや。あだ名みたいな感じで。
 それはさておき、俺は気になっていたことを姫さんに尋ねた。

「姫さんのお母さんは……エイトに殺されたってどういう事だ?」
「ああ」

 姫さんはそう言うと、俺の腕を引いて、再びベッドの上に座る。俺も腕を引っ張られて、無理やり座らされた。月明かりに照らされる俺達。青白く照らされた姫さんの瞳と、俺の目が合う。姫さんの表情は、真剣そのものだった。

「私の中にヤマタノオロチ……いえ、エイトが封じ込められたっていう話。あれはね、私も母上から聞いた話だけど。母上の巫術のおかげで、私の中でエイトを眠らせることができた。もっといえば……母上の巫術を私に移し替えて、私の中で封印していた。ってとこかな。その後は、母上は徐々に身体が弱って、最後は亡くなった。……こんな話、私だって信じられないし信じたくない。でも、本当につい最近知ったのよ。それに辻褄だって合う。何も知らず、のうのうと生きてた自分が、本当に憎いし悔しいし。シャオだって、話すのを躊躇ってたんだけど。私が無理を言って聞いたの」

 シャオ兄ちゃん、本当に一体何者なんだろうか。一介の騎士にしては、いろんなことを知りすぎているような。そんな気がする。いや、それはあとで問い詰めればいいか。
 ……それより、姫さんのお母さんの話を聞いて、俺は、ラケルみたいな力だなと、思っていると、脳内にラケルの声が響いた。

<……なんだか似てるね、君とも>

 確かに。俺と姫さんは少し……いや、かなり似ている。そういう話で言えば、ソフィアとも変わらないんだろう。自分の中に自分じゃない何かを封じ込められて、何も知らず生きていた。
 でも、目的は違う。姫さんのお母さんは、姫さんを守る為に自分の魂を削ってまで、彼女に生きてほしいと願ったはずだ。俺達みたいに、利用される為じゃない。だけど――
 俺は、姫さんに対して、自分に近い物を感じた。何も知らず生きてきた。彼女も同じなんだと。

<私が、生きていれば……こんな世界には>

 母さんの声も頭の中で響く。とても悲しそうで、落ち込んだような声だ。
 ……今すぐあの部屋に乗り込んで「うるせえ、俺は今を生きてんだよ!」って怒鳴り散らしたい気持ちを抑え――ようと思ったけど、その気持ちを姫さんにぶつけた。

「でも、今はもういない。もう姫さんを苦しめる奴はいない。だったらあんたは自由だ」

 そう言ってやる。
 すると、姫さんは顔を上げて、胸に手を当てながら、俺の目をまた見つめてきた。

「……そうね。だったら自由にやらせてもらう。私は……魔王を倒し、自由を取り戻す。自由を取り戻して、その後は……この大陸に新たな国を作る。「聖者ミーティア」という人物が、この世界を救ってくれた事を、未来永劫語り継がれるよう、あなたの事を私の子供に。子供の子供に。そのまた子供に伝えていく!」

 姫さんがとんでもない事を言いだした。
 ……聖者ミーティアって。すっげえ恥ずかしいし、だせえ。なんかだせえ。

「……いや、それは勘弁してくれよ。第一、俺の右腕のせいで悪魔って呼ばれてるくらいだし……」
「うっさい、じゃあ悪魔をも味方にする聖者って事でいいじゃない。あなたは、皆の星なのよ?」

 姫さんは頬を膨らませながらそう言うと……
 脳内でラケルと母さん、それにクラテルの馬鹿笑いが響いてきた。……あいつら、絶対泣かす。

「恥ずかしい事じゃないわよ。だって、あなた。今までに失ってきたものは確かに多いだろうけど、救ってきたものだってその分ある。私がそう。皆だってそう。だから、自信を持ちなさいよ。あなたはすごいのよ!」

 姫さんが俺の手を取って、そう強く、強く言い放つ。


 ――その瞬間、ドタドタと部屋の扉が開いた。
 ……傭兵団の皆や、その他カズマサやシャオ兄ちゃん。それに治療中のクーゴ兄ちゃんやばあさんや他の皆までいた。

「だ、誰だよ押したの!」
「いや、うちちゃうわよ!? カズでしょ!?」
「拙者、覗き見などという破廉恥な事はしておらんっ!」
「は、ハレンチって……何想像してんスか?」
「不潔ですね。離れてください」
「んなっ!?」
「ちょ、ちょっと黙れお前ら! アレンとチサト姫がこっち見てるだろ!」
「くそうっ、シャッターチャンス逃した! これをネタに坊やを脅せそうじゃったんに!!」

 皆口々に声を出して、わらわらとしている。

「な、何してんだよお前ら!」
「いやぁ、さっき叫び声が聞こえてねぇ」

 モーゼス兄ちゃんが「ははは」と誤魔化す様に笑い、副長も悪びれる様子もなく、がははと笑った。

「いーじゃん。若い二人がランデブーってか?」
「いや、それはない」

 俺が冷静に返すと、副長はつまらなさそうに口をとがらせる。

「しかし、「聖者ミーティア」って、何やら響きはええのう」

 ばあさんがそう言うと、俺に近づいた。

「いっそのこと、それを名乗って皆を導き、この同盟を建て直せばよいのではないか? 名付けて、「ミーティア同盟」!」

 びしりと指を差してくるばあさん。その自信たっぷりな態度と、言葉に、他の皆は口々に「いいんじゃないか」などと言いやがる始末。

「いいアイデアだと思う」

 と、団長が言い出した。

「どうせ、お前はこの同盟の要。だったらいっそのこと、お前を聖者として祭り上げて、縮こまってる連中の星になり、士気を高めりゃいい」

 ……おいおい、こんのおっさん! 無責任な事を!? 
 だけど、団長の言葉に皆同調し始めて、俺は首を振るもなんか押し切られてしまって、断れなかった。結局、その話は明日話し合う事にし、皆立ち上がってその場は解散となったわけだ。
 ――明日、もう一度断ろう。でないと、聖者ミーティアとか呼ばれる日にゃあ、恥ずかしくて死んじまう。
 そう思いながら、俺は立ち上がると……

「アレン」

 エルが俺の服の裾を引っ張った。さっきまで黙っていたけど、やっと口を開いたようだ。無表情をこっちに向ける。

「どうした、エル」
「顔がにやけてるぞ」

 ……うるさい。


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