ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.193 )
日時: 2023/02/14 22:50
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 奴が目の前まで肉薄してくる。俺は短剣で奴の突撃を受け止めるが、そのまま壁まで奴諸共吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。そのまま圧し潰そうと、シラベは力を強める。

「ユキ……その女を殺せ。君を、「人形」などと呼んだ報いを受けさせろ!」

 さっきまでの冷静さが完全になくなって、余裕もない。文字通り烈火の如く怒り狂っているんだ。短剣がミシリと音を立てて、ヒビが深くなっていく。師匠、ごめん。あんたの短剣は、ここで役目を終えそうだ。と俺は先に天にいるだろう師匠に謝罪する。熱気と奴の力が強くなっていき、俺は壁にめり込んでいった。
 そろそろ身体が痛くなってきた。まださっきまでの戦いの疲労も、傷も癒えてねえってのに。まったく、今日は厄日じゃないかなぁ。と、思いつつ、短剣がついに音を立てて砕けた。奴の剣が俺の喉元まで迫る。


「――エル!」

 俺は叫ぶと、エルが俺の影から現れ、瞬時に剣となって奴の剣を受け止めた。ガキンと鋭い金属音が響き、俺は右手を変形させ、奴に向かって力強い握り拳を一発くれてやった。
 ドゴォと鈍い音が鳴り、シラベは吹っ飛んで地面を転がった。
 今が好機! そう考え、俺は背中に意識を集中させて、翼を広げ、奴に迫った。

「シラベ!」

 横からユキの声がするが、その直後にガキンと音が鳴り響く。

「アレン、さっさとやれ!」

 俺は目の前に集中し、シラベに迫るスピードと勢いのまま、奴に向かって剣を振り下ろした。でも、やはり、奴も戦いに慣れている。俺の剣をすぐに手に持っている剣で弾き、俺は軌道が逸れた。俺は構わず、その場に着地し、地面を蹴り飛ばして、再び奴に向かって剣を振った。

「でぇい!」
「ふっ!」

 シラベは剣を滑らせ、俺の斬撃をやり過ごすと、俺の眼前に人差し指を突き出した。

「貫け」

 その一言と共に、指先から炎の一閃が放たれた。まるで、一本の黄色の線。まずい、これを受けたら――俺は土壇場で剣でそれを防ぎ、右手を伸ばして奴の突き出された腕をつかんだ。閃光は剣が受け止め、吸収していき、俺のつかんだ奴の腕は、じゅうっと音を立て始めた。

「あっガアアああああぁぁっ!!」

 奴は悲鳴を上げ、右手から白い煙みたいなのが上がる。奴の腕を溶かしてるんだ! シラベは涙を両目に浮かべながら、俺に向かって剣を振った。右手を戻し、咄嗟に俺はシラベから離れる。奴の左腕は赤い肉がむき出しになり、ただれていた。まるで、酸で溶かしたような。

「くっ、き、君は……っ!」
「恨むなよ、シラベ。戦争は何やっても許される。だからお前らは……消耗した俺達に襲い掛かったんだろ? だったら、その傷も「名誉」だよ。俺達を殺せば、その傷も「よく受けた」って褒め讃えられんじゃねえか?」

 俺はわざと皮肉っぽく吐き捨てるように言うと、シラベの周囲から肌が焼けるような熱気を感じた。目の前が真っ赤になってるんじゃないかってくらい、俺に怒り……それを通り越して殺意になってるんじゃないかってくらい、憎悪の感情と表情で俺を睨んでいた。

「だったら君を殺す。君達を殺し、君達の首はこの要塞の門の上に飾って、君達の死を晒し上げてやる!」

 シラベはそう言い放つと、肉がむき出しになった左手を強く握りしめる。その腕には火炎が纏わりつき、俺に向かって突き出した。その瞬間、一本の太い熱線が俺に向かって放たれ、俺の後ろの壁を吹き飛ばした。熱線の通った後は、炎が残り、チラチラと燃えている。

「君のような強いドライブでなくとも、似たような事はできるんだ!」
「……そうかよ!」

 俺は二発目の熱線を避け、影の刃と手に持っている剣を振り、まるでハサミで断ち切るように奴に向かって剣を振った。だけど、シラベはそれをひらりと飛び上がって避ける。俺の剣の上に乗り、俺に向かって人差し指を突き出した。さっきと同じだ!
 俺は顔を逸らして、迫ってくる熱線を避け、素早くしゃがみ、影に手を当てた。影の顎が俺達に喰らいつこうと口を開く。シラベはそれを見て逃げようとするが、想定内。俺は影を触手のように伸ばし、奴を拘束した。

「逃さねえぞ!」

 影の顎はバクンと俺達を食らう。その後は光が無く、真っ暗な空間に閉じ込められた。

「これで逃げられねえ、覚悟しろよ!」

 シラベは慌てる事も無く、炎をぼうっと浮かべた。それで、周囲の様子がすこしばかりは見える。俺がどこにいるかも、奴が今どこにいるかも。

「これで勝てるつもりなの?」
「勝てるなんて思ってねえよ。だが……俺に有利なのは――」
「本当にそうかな?」

 シラベはにやりと笑う。ぼうっと浮かぶ光に照らされて映る、奴の笑みは、一層不気味に感じて、俺は背筋が凍った。

「なに?」
「まあ、こういうのも持ってんだよね。中身は……」

 奴の手には、一本のボトル。

「ガス」

 それだけ言うと、シラベはボトルに火を近づけた。俺ははっとして、影を戻そうとしたが、遅かった。熱されたボトルは勢いよく弾けると共に、影諸共吹き飛ばす程の爆炎で俺達を巻き込んだ。

Re: 叛逆の燈火 ( No.194 )
日時: 2023/02/15 22:03
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 何が起きたかわからねえけど、体中が痛い。焼けるように痛い……。だけど、体中が痛くてたまらないのに、頭は冷え切ってるように妙に冷静だ。
 ……火傷だ。体中が痛いのは、さっきシラベが影の中で、可燃性ガスの入ったボトルを燃やして、狭い空間の中でそれを爆発させたんだ。俺は痛みに耐えながら、上体を起こす。火傷だらけなのは、シラベも同じだった。捨て身の自爆でも、俺を殺せなかった事を心底悔しがっている。そんな目で見ていた。

『アレン、無事か?』
「ああ、こちとらこの程度の爆発以上に、たくさん苦汁をなめさせられたんだ。こんな火傷程度で、止まれるかよ……!」

 俺はそう言いつつも、ふらふらと立ち上がる。火傷だらけだけど、見た目ほどひどい物じゃない。咄嗟に影を自分に纏わせて正解だったな。
 シラベも立ち上がる。奴も服も体中も焦げていてボロボロだ。だけど、まだこの殺し合いは終わってねえ。奴もそれを理解しているのだろう、剣を握って俺の方に向かって駆け出した。俺もそれに合わせて、奴に迫る。互いに剣を振り合い、キィンと音を鳴らしながら剣同士がぶつかり合う。

「しぶといな、君も! 早く……早く死ねよ!」
「生憎、俺は止まる気はねえよ。お前らの大将をぶっ潰さねえ限り、俺は何度でも立ち上がってやる!」

 奴の身体の動きが鈍い。多分、オーラが切れかかってるんだろう。それは俺も一緒だ。だから、オーラ切れになって動けなくなる前に……こいつをやる!

「切り払え!」

 俺は奴の剣を弾き飛ばし、影に手を当てた。影から三本の爪が飛び出し、シラベを切り裂こうと襲い掛かった。もちろん、奴もその爪を剣で切り裂いていき、俺の足元に指をびしっと指した。

「炎の棺……!」

 その瞬間、俺の足元から炎の柱が立ち上ってきた。熱気と身を焦がすような痛み、肌が焼ける臭い。それらを一斉に身に受ける。だけど、この程度の炎だったら……! 
 俺は右腕を変形させて、自分の足元に拳を叩きつけた。右腕で炎を握りつぶして、炎を消す。ジュウと音が鳴り、炎が消えるとシラベは流石に驚いて後退ったようだ。だが、俺はそれを逃さなかった。俺は奴に素早く迫り、頭を右腕で握って奴を壁に叩きつけた。やられたお返しだ!
 べしゃりと、潰れるような音と共に、シラベは悲鳴を上げる。シラベは壁からずれ落ちると、血に塗れた顔を上げて、俺を睨んでいた。

<今だ、アレン!>

 クラテルの絶叫が脳内に響く。俺もそれに頷いて、右腕を戻し、剣を両手で握った。

「おりゃあぁぁぁーっ!!」

 奴にトドメを刺す一撃。ここでやらなきゃ、きっと……こいつは副長も、他の皆も殺す。だったら、ここでこいつを止めないと。でなきゃ……こいつは止まらない。俺は絶叫と共に奴に向かって握られた剣を突き刺した。


 だけど、その一撃は……。
 さっきまで副長と戦っていたはずのユキが、シラベの前に両手を広げ、立ちふさがっていた。突然目の前に現れたもんだから、俺も対応なんかできるはずもない。勢いよく突き出された剣は、ユキの胸に深く突き刺さった。
 ユキは顔を覆っていた布が焼かれて、半分以上顔が露になっていた。瞳は光を映す、まるで青い宝石のような色と輝き。その瞳が俺を真っ直ぐ見据えて、俺の剣が彼女の胸を貫いていた。

「ゆ、き……!?」

 シラベは、突然の事に理解が追い付かないようだ。……俺も、驚いて固まっていた。時が止まったような静寂が流れる。その静寂の中で、ユキは崩れ落ちる。赤い水たまりを作りながら、目だけをシラベに向けて、微笑んでいた。

「……しら、べ……しら……べ……」

 彼女はシラベに向かって手を伸ばし、奴が生きている事に安心したのか、安堵の表情で静かに瞼を閉じた。眠りにつくように。

Re: 叛逆の燈火 ( No.195 )
日時: 2023/02/15 22:14
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 シラベは涙を流しながらユキに近づいて、彼女を抱き寄せて、必死に肩を揺らしている。でも、誰が見てももう、彼女は生きていない。……元々、魂と体の結びつきが弱かったんだ。致命傷を受ければ、すぐに魂が抜けちまうような、脆い存在だったんだ。

「……そいつの魂はもうない。お前だって理解してるんだろ?」

 俺が彼女を突き刺した剣を奴に向ける。

「死を受け入れなかったから、お前はこうして二度も死を悲しむことになる」

 俺がそうだったように。
 そう、無感情に言い放った。いや、装ってたんだ。


「……黙れ。君に何が解るんだ。俺は……俺は、全部失って。ユキだけでも取り戻したいと思って、あの女に魂を売ったんだ。今更引き下がれない。やり直せない。取り戻せない……すべて失ってしまった。俺は、もう何もかも失ってしまったんだよ!」

 シラベは目に涙を浮かべ、感情的に声を出す度に、溢れていた涙がボロボロと、止めどなく瞳を閉じたユキに落ちて滴っていった。
 ……全てを失った、か。俺も、支えてくれる仲間がいなかったら、自暴自棄になってクラテルに身体を明け渡して、世界を敵に回していたのかもしれない。こいつと俺は似ているのかも。……だからって、同情はしないし、容赦もしない。何もかも失ったからって、他人から奪っていいはずがない。
 俺は拳を握りしめた。強く、強く。

「だから、世界を壊すって? それは「やけになる」って言うんだよ、馬鹿!」
「何が悪い!? もう俺には、何も残されていない……やけを起こして、一体何が悪いって言うんだッ!?」
「自分が悲しいから、同じ思いを他人にさせようって魂胆が腐ってんだよ。だったら、同じ思いをさせないように、せめて動こうと思えないのか!?」
「ああ、思わないね。他人なんか知ったこっちゃない。ユキが死んでいるのに、いつも通り笑ってる奴らが憎い。いつも通り、日常。平和ボケして生きている連中なんか、皆死んじゃえばいいのさ!」

 憎悪に満ちた表情と、奴から放たれる、肌を焼くような熱気。そして火の粉。怒りの感情がオーラに影響している証拠だ。

「みんな、みんな死んじゃえばいい! お前も、お前達も……! 遺跡諸共ッ!!」

 シラベの天井まで突き抜ける、喉が張り裂けんばかりの絶叫と共に、奴は炎を放った。それは、今までのものとは比べ物にならない……劫火のようだ。それが暴発して、俺に襲い掛かる。
 突如、俺は背中から引っ張られ、俺は引き摺られた。副長が、俺の服を引っ張ったかと思うと、俺を担いで、足元に炎を吹き出して、猛スピードで遺跡の出口まで吹っ飛んだ。……文字通り、炎の噴射を利用して、飛んでいるかのようだったんだ。遺跡全体が揺れる。さっきの爆炎で遺跡が崩れているんだ!

「……ぐっ!」

 遺跡の出口を目指す途中で、副長が突如炎の出が悪くなり、俺を担いだまま前のめりに倒れ込んだ。劫火が迫ってくる中、副長の顔色が悪くなっている。多分、オーラ切れとアルコール切れ。所謂ガス欠だ。俺はそれを瞬時に把握して、副長を急いで担いで、背中に意識を集中させた。

「はああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!」

 気合を入れる為の叫び。俺の残っているオーラを全部込めて、俺達は助走をつけて駆け出す。スピードが出始め、俺はその瞬間に、文字通り全力投球で遺跡の出口に向かって飛んだ。弾丸のような速さで駆け抜けて、目の前に光が見えてきた。外の光だ!

 俺は副長を担いだまま、出口から飛び出して勢いよく飛び出して、地面を転がる。と、同時に、遺跡の入り口から劫火が噴き出して、その後、遺跡が轟音を立てながら崩れていった。俺は息を切らし、そのまま空を仰いで倒れる。

「か、間一髪ぅ……」
「さ、さけ……」

 俺と副長は弱弱しく声を出し、空を見上げる。まだ、朝日が昇って間もない。すぐに行動しないといけねえが、俺も副長もオーラ切れで動けない。……というか、遺跡が崩れた今、遺跡側の通り道も塞がれたって事じゃ。って考えると、「あー、どっすかな」と声を出して倒れたまま空を見上げるしかなかった。


 いや、寝ている暇はないって!
 俺は全身の力を込めて、重い体を起こして立ち上がる。気だるさとか疲労感とか、今感じて寝ていたら、俺達は何も成せないまま負ける! 俺はオーラが切れて重苦しい感覚がする身体を、自分の意志だけで突き動かして、副長を背負う。副長からは重力とオーラ切れによる脱力で、全体重が俺にのしかかってきた。俺自身もオーラが切れて、立てない。
 背後にエルがついてきているが、エルも表情は変わらないものの、肩で息をしているのが分かる。俺達は限界を感じていた。

「副長、酒なら何でもいいのか!?」
「な……なんでもはダメだ……。度数が60を超えてないと……」
「そんな強い酒……」

 俺は副長を引き摺りながら考えた。度数の高い酒……ああ、ちょっと心当たりがある。いや、憶測だし、希望的観測って奴なんだけど。俺はエルに顔を向けた。

「なあ、エル。お前……要塞の中から度数の高い酒を探してきてくれないか?」
「……構わぬ。しかし、お前は?」
「俺は、副長を引き摺って、なんとか間に合わせる。ついでに、団長が追い付いたら、事情を話してくれ。頼んだぞ」

 エルは頷いて、俺の影に潜んで行ってしまった。
 あとはエルを信じるしかない。頼んだぞ、エル。

Re: 叛逆の燈火 ( No.196 )
日時: 2023/02/15 22:56
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)


 我はアレンに頼まれ、影に潜んでアルテア達の下へ移動した。アルテアの影から顔を出して周りを見ると、まだ要塞の目の前の森の中のようだ。ちょうど、これから隠し通路の方へ突入するらしい。アルテアが我に気が付くと、驚愕の表情で我を凝視した。

「エル? アレン達は!?」
「無事だ、だが作戦に支障が生じた。遺跡が崩れ、作戦変更を余儀なくされるだろう。だが、アレンは、お前達には引き続きこのまま隠し通路に突入してほしいと、その旨を伝えろ。と。それだけだ。我は他に用事があるので、しばらくは戻ってはこれぬ」
「……わかった。ありがとう、エル」

 我はその言葉を聞いたと同時に、影に潜み、要塞の中へと侵入した。その瞬間から、髪の先から足の爪の先まで嘗め回すように「視られている」感覚。それを感じ取り、寒気がして仕方がない。……だが、フィリドラの様子からして、すぐに戻って酒を飲ませてやらねば、フィリドラは回復できずに体内の生命力を消費し始め、燃焼するだろう。そうなれば、フィリドラは死ぬ。奴の「魂を炎に変換する」というのは、即ち、魂を燃料代わりに燃焼させているという事だ。我は、要塞内を影に潜みながら移動し、「度数の高い酒」とやらを探した。
 こういうのは、アレン流に言わせてもらえば、酒樽の貯蔵庫にあるのが「鉄板」だろう。我は、酒樽のありそうな部屋を探し回った。途中で、鋼鉄の踏む足音が耳に入るので、その度に影に潜んでやり過ごした。我一人であれば、こんな隠密行動、フィリドラ流に言えば、「朝飯前」だな。我には感情が無いはずだが、胸に何か熱いものを感じる。きっと、我は誰かの役に立てることを「嬉しく」思い、この隠密行動が「楽しく」感じているのだろう。不思議だ。
 ……思えば、こうして一人で行動するのは初めてだ。しかも、自らの意志でアレンから離れ、誰かの為に何かを探す。という事を、武器モノである我がやるとは……。こうして、モノを考える事すら、本来あり得るはずのない事象だというのに。アレン……あの男や、アルテアや傭兵団の面々、そして彼らが救ってきた者達に触れて、我は……「意志」を持ち始めたのだろう。「誰かを救いたい」「誰かと一緒に笑いたい」そういった感情を。
 あの夜にアレンから、「相棒」と呼ばれて、非常に「嬉しい」と感じた。だから、アレンに対して、「嬉しい」を返したい。とも思った。
 ……我ながら、このような考え事をしながら、行動しているとは。本当にあり得ない。
 我はふと周りを見て回ると、地下への階段を見つけた。周囲を確認する。誰もいない。ならば、階段を下りてみるか。と、我は階段を下りた。階段を降りる度に暗く、冷たくなっていく。酒樽というのは、地下にあるものだ。地下は気温が上がらない。真夏の炎天下だろうと、地下の気温は変わらないもの。この階段の先にあるかどうかは定かではないが、他に地下の階段は見当たらなかったし、まずはここから探索するのもありだろう。我はそう思いながら地下の階段を下り切った。
 ひやりとした冷たく湿った空気。石造りの無機質な通路。我はそのまま進む。進み続けると、何かを感じ取った。一つは、アルコールの入った樽。もう一つは、弱弱しく息をする子供の呼吸。我は、子供の方が気になったが、まずはアルコールだと思い、アルコールの方へ足を進めた。
 個室を見つけたので、入ってみるとそこには酒樽が並んだ空間だ。我は、左腕で部屋の隅にあった酒瓶を見る。我の目には、それが度数が60以上の強い酒の入った瓶だと映り、それを拾い上げて服の中にしまった。さて、次は子供の方を見よう。我はそう思い、子供のいるであろう部屋を目指して歩いた。
 ……子供はいた。弱弱しく呼吸をし、うつ伏せになって、体力を温存する為に縮こまっている。名前とその者の情報が目に映る。
 「ルーク・リジア」。年齢は、15歳。だが、15歳の男児にしては小さいが……ああ、レベッカの弟か。このような不衛生な場所で、恐らく少ないながらも食事を与えられてたが、それも次第になくなっていき、この地下牢の天井から滴る水を飲んで生きながらえていた、というところか。

「お前、「ルーク・リジア」か」
「……」

 ルークが我の声に気が付いて、顔を上げる。我の顔を見ると、声を放り出すように、口から音を出した。

「……だ、れ……だ……」
「お前、レベッカの弟か。「レベッカ・リジア」の」

 我がレベッカの名を出すと、それまで虚ろだったルークの瞳に、光が宿る。

「姉ちゃん、の……しり、あい、か!?」
「ああ」
「ね、えちゃんは!?」

 我にしがみつく勢いで、体力も残っていないはずの身体を起こし、我につかみかかろうと迫る。我は頷いた。

「……真実だけを言うぞ、ルーク。レベッカは、お前の事を守りたい一心で、アレン達に一人挑んだが、アレンを殺す事ができず、身を投げて濁流にのみ込まれた。恐らく、生きてはいないだろう」
「……そ、そうか。ねえちゃんが……」
「アレンが憎くないのか?」

 我は何故かルークが安堵したような顔をするので、無意識にそう尋ねたが、ルークは力なく笑った。

「全然……むしろ、姉ちゃんを止めてくれてよかった……よ……」

 糸の切れた人形のように、ルークはその場に崩れ落ちて動かなくなった。いや、死んだのか。我は気絶するように逝ったルークに、アレンがしたように、手を合わせる。合わせる手はないが、形だけでも、彼が安らかに逝けるよう……見たこともない「神」に祈った。

Re: 叛逆の燈火 ( No.197 )
日時: 2023/02/16 23:57
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)


 彼を見送った後、我は風の音を耳にする。そこに近づくと、岩と術式で塞がれた道を発見した。それに触れると、バチっと稲妻が走る。痛みはないが、すぐに把握した。この岩が、件の抜け道を塞ぐものであると。我は、すぐさまアレンに連絡した。

<アレン>
<……うおっ!? エル……なんだよ?>
<岩で塞がれた抜け道を発見した。地下牢に続いているようだ>
<マジか! お前のいる場所は……結構近い。エル、その場でしばらく待っていてくれないか?>
<……承知した。我はできるだけ敵の目を惹きつけていよう>
<え? どういう――>

 アレンと会話しているというのに、無粋な奴が邪魔に来たものだ。我の背後には、黒髪の女……「サリア・エルメルス」が、我の首元に鎌の刃を突きつけている。漆黒の刃を少し動かしただけで、我の首は飛ぶだろう。……まあ、我は人間ではないから、首が飛ぼうが死ぬ事はないのだが。

「アレン・ミーティアの武器。「エル」。ここで何をしているのです?」
「……先ほどまで我の事を視ていたのだろう。答える必要性を感じない」
「答えなさい」
「……」

 全く、我が答えずとも、我の目的を理解している癖に。そして、泳がせていた癖に、なぜこうも聞きたがるものか。我が押し黙っていると、鎌の刃が首に触れる。……仕方がない、奴に合わせてやるとしよう。

「酒を探していた。強い酒だ」
「ほお。その酒が無ければ、仲間が死ぬから。ですよね?」
「そうだ」

 こいつに嘘は通用しない。こいつは、全てが見えている。我の今考えている事も、恐らく把握しているはずだ。

「それで、我に何を要求する?」
「アレン達を誘導しなさい」
「誘導」

 我はサリアの言葉を繰り返した。

「そう。「この道は危険だから、別の場所を」とでも言って、私の指定する場所に誘導すればいい。そうすれば――」
「断る」

 我はサリアの要求を拒否した。

「なぜ?」
「我は、アレンの相棒であって、お前の手の者ではない」
「……」

 ふむ。人形の様な者だと思っていたが、年頃の娘だな。我が拒否すれば拒否する程、顔色が変わっていく。

「首と胴体が離れますよ。いいんですか?」
「構わぬ。我は人間ではない。首と胴体が離れようと、何とでもなる」
「私は、あなたの行動や思想が読めるのです! あなたがこれからやろうとする事も、視えているんですよ!?」
「だからなんだ。それ程度の障害、我にとっては造作もない」

 ついには、顔を真っ赤にさせて声を荒げた。

「ならば神の名の下、裁きを受けなさい、罪人っ!」

 サリアが鎌を大きく振りかぶった。


 ガキンと金属同士がぶつかり合う鋭い音が地下全体に鳴り響く。火花が散った。
 我は迫る鎌の刃を、黒い竜の腕に変形させた左腕で受け止める。咄嗟の判断ではあったが、我は神竜そのもの。これくらいの事はできるだろうとは思っていた。

「っ!? 何ですか? そんなもの、報告になかった!」

 サリアは珍しく目を剥いて、想定外の事に驚愕を隠せずにいるようだ。まあ、我も今日初めて出したのだから、我自身も驚いているよ。

「我とて、神竜。お前一人をどうにかする程度、造作もない」
「……馬鹿にして!」

 サリアは鎌を振り回した。刃が四方八方から襲い掛かるが、我はそれを全て左腕で受け止めて、最期の一振りの刃を握る。鎌が固定され、サリアは悔し気に顔を歪めていた。

「な、なぜ……! 私は、今まで父上や母上の言う事をちゃんと聞いて、陛下の命令も滞りなく遂行して、自分の意志を封じてまで陛下の御為に従順になって、父上や母上の言う「立派な法官」になったはずなのに! こうして、要塞を任されるまでに出世もしたのに!」

 サリアは突如叫び始め、でたらめに鎌を振り回している。……今までに挫折を味わった事がないからだろうか。それとも、初めて想定外の事が起きて、混乱しているのだろうか。彼女の中で信じていた信念が崩れ始めていた。その影響で、サリアは泣きわめきながら、当たり散らすように武器を大きく振り回している。

「なんでこんなところで、お前なんかに! 人間でもない、お前みたいな魔物なんかに、私が――」
「お前は、シャオが言うところの「いい子ちゃんタイプ」か」
「――!?」

 サリアが目を見開いて硬直する。我の目の前に刃が迫るが、我は構わず続けた。

「ただ命令だけを聞いて、歯車になって、従うだけの自分を持たない人形。あるいは、無意識に嫌われたくないと思い込んで、両親やソフィアの言う事を守る、「いい子ちゃん」。お前の動きは読みやすい。なぜなら、自我を持たない「機械的な」動きだからな。だから、我程度でも、お前に勝つことができる」

 図星を突かれたからか、さらに怒り狂うサリア。

「……調子に乗って!」
「ならば」

 我は目の前に迫っていた鎌の刃を握った。バキリと音が鳴り、ヒビが入る。

「この脆い鎌で、どのようにして我に勝つというのだ?」

 そう言い放った瞬間、鎌が砕けて床にバラバラと破片が落ちていく。

「自我のないお前は、機械のように武器を振り回して、機械のように誰かの言う事だけを聞いて生きていく。それは……人間と言えるのか?」

 我がそう言った瞬間、サリアはその場に崩れ落ちて、両手をついて床に伏せた。

「……私は、ただ。陛下の意思は帝国の意思で、陛下の言う事は絶対って、教わったから。それに従う事は正しい事だって……」
「それがお前の正義か」

 我がそう言った後、サリアがよろよろと立ち上がる。

「……そう。私の正義だった。でも、今は、よくわからない。あなたの言葉一つで、武器が壊された程度で、こんなにもよくわからなくなってしまうなんて。私は今まで、誰かの指示に従う事で、自我を保っていたんだと思う」
「……これからどうするのだ?」
「……」

 サリアはついに押し黙って、項垂れていた。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43