ダーク・ファンタジー小説
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- 叛逆の燈火
- 日時: 2023/03/06 20:05
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。
ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。
アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。
ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。
「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」
果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?
余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞
2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止
目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.108 )
- 日時: 2022/11/19 14:53
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
ばあさんの首筋に多量の血が吹き出す。雨で薄汚れていたしろい服が、赤に染まっていき、雨で地面を流れていく。最初の内は目を開けていたが、どんどん閉じていき、触れていた肌の温度がどんどん冷めていく。傍に落ちていたのは、アストリアの短剣。奴が投げたんだ。
それを理解した瞬間、俺は身体の底から憎悪の黒い炎が燃え上がるように、熱がこみあげてくるのを感じた。その熱にはじかれるように、こうなった原因である奴に飛び掛かった。
「アストリア、てめえ……!」
俺は叫びながら、血と泥が顔にべっとりと塗られたアストリアの胸ぐらをつかみ、奴をブンブンと揺らす。奴は力なく笑い、武器を地面に全て落としていた。まだ意識はあるのか、とても小さな反応はある。
「は、はは……わた、し……をにくめ……アレン……!」
奴の瞳が俺を捉えた。力は無くったって、尚も見下すように。余裕が無く怒り狂う俺を嘲笑うように。
……ああ、そうかよ。お前はやっぱりここで殺さないと。こんな奴、生きてる価値なんかない。
「そうかよ、死ね……!」
こいつは腐ってる。だから、こいつの傍にいる奴はどんどん腐っていく。腐った果実が、他の果実を腐らせていくように、こいつは……悪影響を周りに及ぼしていく。病原菌だ。こいつは生きてちゃダメな奴だ。
俺は明確な殺意を以て、奴の首に力を入れる。顔はボコボコに歪んでいても尚、俺を見下すような瞳で俺を見据えていた。……気に入らない! 力が入るたびに「かひゅ」という空気の音が、奴の喉から出てくる。息の根を止めるっていうのは、こういう事か? さっさとこいつの首を潰せばいいのに、俺はまだ躊躇しているのか……奴の首を握っている手が震え始める。怖いのかもしれない。
俺が、俺自身が。俺自身の手で、他人を殺すのが。
――俺が躊躇している間に、俺の身体に衝撃が走った。……岩の拳が俺を殴打したんだ。俺は自分の一回りも大きいその拳に吹き飛ばされ、岩盤に叩きつけられる。
「があっ……!」
悲鳴が思ったよりも声にならなかった。俺はすぐに顔を上げると、大きな三角帽子を被った、青い髪の女が、腕を組んで俺を見下ろしていた。……魔女だ。
「あんな重症を負ったのに、死んでいなかったのね。ま、あそこで死ぬ程度の人間が、陛下を瀕死まで追い詰めるわけないか」
魔女は俺を見下ろしながら一瞥し、鼻で笑いながらそう言い放った。そして、近くに転がっているアストリアのマントをつかみ、顔を覗き込む。
「いい眺めね、アストリア。一応上司に当たるわけだから、助けに来てあげたわ」
「……ゴーテル、か」
「ええ。まあ、陛下があなたを死なせるなと仰せだったから、個人的にはあなたを見殺しにしたいところだけど。……命令だから、助けに来てあげたわ。良かったわね」
「……」
魔女がそう言うと、もう一度俺の方へ向き直り、見下ろす。
「それじゃあね、アレン。また会いましょう。ああ、"パメラ"の事は安心なさい。応急処置程度はしてあげたから。……次は仲良く話でもしたいわね。個人的に、だけど」
その言葉を残して、魔女とアストリア……そしてエレノアとルゥは光に包まれて消えてしまった。
あとに残されたのは、俺とばあさんのみ。俺は身体を引き摺りながらも、慌ててばあさんに近づくと、首筋の傷が塞がっていた。応急処置程度だったが、眠っているように仰向けに倒れている。……誰かがばあさんを手当てしてくれたようだった。
「アレン」
隣から声が聞こえる。エルが元の姿に戻って、俺の名前を呼んでくれたようだ。
「山を下りよう。任務は完遂した。……城の方の怒号も消えている。帝国軍は撤退したようだぞ」
「……あ、ああ。わかった。急いで降りるよ」
エルの言葉に頷く。確かに、雨はまだ止みそうにない。……むしろ、まだまだ荒れそうだ。
ばあさんを背負う。意外と軽い。いや、それはどうでもいい。ばあさんの体温が低い。急いで戻らないと。ばあさんを背負いながら、麓の城まで駆け出した。
「アレン……チサトをどうする?」
アレンは走っている俺を呼び止めように、突然声を出した。……ああ、そうだ。ひと段落したら連れ帰ろうと思っていたんだ。俺は、姫さんのいる洞穴までそのまま走り続けた。洞穴に誰かが侵入した形跡はなく、俺の上着を被った姫さんが眠っていた。その事に安心感を覚える。
……さて、どうするか。俺一人じゃ、二人を抱えて下山なんかできない。
「どうしよう。俺一人じゃ、二人を抱えられない……」
弱気な発言に、エルは首を傾げる。
「可能だぞ」
「は? マジで!?」
エルのあっさりとした回答に、俺は思わずエルを見る。
「お前の力なら、影を実体化させる事も可能だ」
エルがそう言うと、「影に意識を集中させろ」と言うので、俺は自分の足元に意識を集中させる。「もう一人の自分」をイメージしながら。
すると、しゅるしゅると音を立てながら、俺の目の前に、俺と瓜二つの姿がそこに現れた。無表情で瞳は赤く。俺の中で見ていたクラテルの姿そのものだった。
もう一人の俺は、俺の言葉を待たずに姫さんを腕に抱える。
「お、おい。勝手に動くんだけど?」
「お前の意思に従っているだけだ。それより、早く戻らなければ、この影も、お前が空を飛ぶ時と同様に体力を消費して具現しているぞ」
「……それ、最初に言えよ」
「聞かれなかった」
相変わらずの返事に、俺は急いで戻る事にした。ぬかるんだ地面を滑りながらも、山肌を下りていく。なるべくこけないように注意を払いながら。城が見えてきた! 俺はそう思いながら、最後まで気を抜かずに走っていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.109 )
- 日時: 2022/11/19 15:44
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺はベッドで横になっているばあさんを椅子に腰かけて見つめている。医者が言うには、失血はひどいが、治療が間に合って何とか無事だ。とのことで、俺は安心して気が抜けたのか、身体に突然力が入らなくなり、意識はあるのに床に崩れ落ちてしまった。
「君も相当無茶をしている。今は休みなさい」
医者がそうは言うんだけど、俺はどうしてもばあさんの傍にいたい。と言ったら、椅子だけ用意してくれた。何かあったらすぐに呼びなさいと、言い残して。
姫さんの方は、外傷だけで特に問題なく、じきに目を覚ますだろう。と言っていたので、俺が付きっきらなくても大丈夫だろうさ。
ばあさんが眠るその部屋では、ばあさんと俺のみ。エルは姫さんの方を見てくると言い残して出て行ったんだ。予想通り、外の雨はどんどん荒れて来ていて、窓ガラスに大量の雨粒が降り注いで、流れ続けている。外は真っ暗だ。稲妻が走って、一瞬周囲が光ったかと思うと、ゴロゴロと雷鳴が鳴る。それ以外の音は、部屋の中にある時計の針が時間を刻んでいるくらいか。
そういや、時計ってフォートレス王国のナントカっていう人が開発した、今の時間を教えてくれる優れものなんだってさ。普及したのは50年以上前だって聞いたけど。……でも、時計なんて傭兵団じゃ、団長かモーゼス兄ちゃんくらいしか持ってないし、宿屋でたまに飾ってあるのを見るくらいだな。時間なんて今は気にしてられないし、日が昇ったら起きて、日が沈んだら早めに用事を済ませて寝る。それくらいだよなぁ。
って一人で考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「時間にズボラなのは良くないね」
一瞬、ラケルかと思ったけど、振り向いたらデコイさんだった。……あれ、デコイさん。今までどこに行ってたんだ?
「デコイさん、お前、今までどこにいたんだ?」
「ん。そこの人パ……あ、違う。シビルさんの帽子の中にね」
デコイさんが「何かまずい事言っちゃった」という風に言葉を濁している。
「なんで、ばあさんと一緒なんだよ、お前」
「……ま、ボク自身は初対面なんだけど、ラケルの方がね……」
「ラケルが?」
なんだか煮え切らない様子のデコイさん。なんでこんなに言いづらそうにしてんだか。
「うん……ラケルとメラムプースさんが友人だったことは知ってる?」
「まあ、なんとなく」
「じゃあ、メラムプースさんとシビルさんが師弟関係だったことは?」
「知ってる」
そりゃ、クラテルがそう言ってたし。
「……もちろん、ラケルとシビルさんは友人関係だった。もちろん、君の父であるレア陛下とも、君の母であるアシュレイ皇后とも。あと、アルテアも。それから、君達が魔女って呼んでるバーバラ……いや、ゴーテル卿ともね」
「……ああ、そうか。だから魔女の奴、ばあさんに応急処置を。それに、ばあさんは俺達に手を貸してくれたのか」
デコイさんは頷く。
「君が疑ってかかるのは、まあわかるさ。実際胡散臭いし。アルテアは、説明できない状態だしね。ボクはシビルさんから口止めされてたし」
「なんで?」
俺がそう聞くと、デコイさんは目を閉じて肩をすくめた。
「昔っからそうなんだよ。嘘は言わないけど本当の事も言わないし、何か悪い事が起きたら全部自分一人で背負うような人なんだ。しかも、素直になれない意地っ張りな人でね。……こんな人に友達がいた事にも驚き桃の木山椒の木ってカンジ」
言葉を重ねる毎に、少しずつ声が沈んで行って、最後には涙声になるデコイさん。しょんぼりした顔で、ばあさんのベッドまで飛んで、ばあさんの枕元まで近寄る。
「この人は、言葉巧みだけど、言葉足らずで。天邪鬼でさ。悪い人じゃないんだよ。それだけはわかってあげて、アレン」
デコイさんが俺の方を見た。デコイさんが擁護する程に、ばあさんは信用に足る人なんだろう。
悪い人じゃない……ってのはわかる。悪い人だったら、俺に近づいて命がけで説教しようなんて思いもしないし、実際逃げずに向き合ってくれた。本気で叱ってくれたのも、俺を想っての事だ。きっと。
「……でも、今はまだ信用できない」
「そ、そうか。君が――」
俺の言葉にデコイさんは、声が落ち込んでいる。
「だけど」
俺はそれを遮った。
「それはまだばあさんとゆっくり話してないからだ。ばあさんと出会ってまだ数日しか経ってない。それで信じろってのは難しいって」
「……ふふ、それもそうだね」
デコイさんはそう言いながら、笑う。
まだ雨が降り続き、外で稲妻が走るたびに一瞬眩く光る。ばあさんはまだ目を覚ます気配がない。俺はばあさんが目を覚ますまで待っている。
……俺は、ばあさんの眠っているベッドを見ていたはずだけど、いつの間にか見覚えのある部屋に来ていた。
赤と黒を基調とした部屋と家具。ソファに座る3人の人物。……見覚えがあると思ったらここ。
そうか、また来ちまったのか。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.110 )
- 日時: 2022/11/21 00:56
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: k67I83SS)
またこの部屋に来てしまった。
テーブルの前に座る、ラケルと母さん、そして別の人がいる。黒い靄がかかっていて、よく見えない。その場だけ黒く切り抜かれたみたいになってら。俺がその黒い人を認識しようと、じぃっと見ていると、ラケルがこちらを読んで手招きをしていた。
「いつまでぼーっとしてんの。座りなよ」
ラケルも母さんも、黒い人なんかお構いなしにカップの中身を口にしてる。黒い人も同様に、出されたカップを口にしていた。
俺は招かれるままに、促されたソファに座る。
「……お前はアレンというのか」
低くてずしっと腹に来るような、恐ろしい声。聞き覚えがある。
「誰だよ、お前」
俺は目の前に置いてあったカップを口にした後、できるだけ冷静に、そう尋ねた。正直、黒い人に知り合いなんかいない。聞き覚えはあっても、多分知り合いでも何でもないんだろう。そう考えていると、黒い人が「フン」と鼻を鳴らした。
「私を忘れたとは言わせぬ。貴様に食われたせいで、私はこのような部屋に閉じ込められる羽目になったのだからな」
……あ、もしかして。
奴の言葉を聞いて、俺はやっと気が付いた。こいつは、ヤマタノオロチだ。
「じゃあ良かったじゃん。お前自身は消えてないんだからさ」
俺はニヤニヤ笑いながらそう煽ると、黒い人――基、ヤマタノオロチは思いっきりテーブルを拳で叩きつけた。ダァンと音がその部屋を鳴り響き、奴は声を荒げている。
「良かった? 良かっただと!? 貴様はこの部屋にいないからわからぬのだ!」
なんでこいつこんなに怒ってるんだよ。と、思っていたら、奴は聞かれてもいないのに、答えを次々と口にした。
「この部屋は狂っている……24時間365日年中無休で「てぃいぱあてぃい」なるものを開催し、休憩抜きで茶を振舞われて、おかしな遊戯に付き合わされ、毎日毎日毎日毎日毎日……もう付き合わされてる私が狂いそうだった……!」
奴が頭を抱えて項垂れて、泣き声を上げているので、なんとなく察した。クラテルがここにいない事を考えると、相当な毎日を過ごしていたんだなぁと。
「ひっどーい。だってそれくらいしかやる事ないよ? お茶飲んで、トランプやったり、すごろくとか人生ゲームとか、リドルとか、ルドードンジャラリバーシチェス将棋。思いつく遊びで君を歓迎してあげたのになんたる言い草だよ! どうせ君はこの部屋でこれから永遠に過ごさないとなんだから、早くなれちゃってよ!」
「私はそのような事を頼んだ覚えはない! 貴様と馴れあうなど、まっぴらごめんだ!」
「はあああぁぁぁぁ!? 言ったな? 君なんか、僕がこうしてつなぎとめてないと、すーぐ消えちゃうんだからね! いい? 後悔しても遅いんだからね! ぷーんっだっ!!」
「誰もたのんでおらぬだろうがッ!」
「いいから僕に感謝しろこの野郎!!」
ラケルが酔ったように大声を上げて、カップをぶんぶんと振り回して、訳の分からない事を喚き散らしている。母さんは「また始まった」と肩をすくめ、俺に耳打ちしてくれた。
「まあ、この部屋は時間が永遠に止まってるから、お茶飲みながら何かして遊ぶ以外、何もする事ないのよね」
「……恐るべし、ラケルーム」
俺は何と反応すればいいのかわからず、ぎゃあぎゃあ喚き散らす二人を見るしかなかった。
「で、俺……なんでここにいるわけ?」
俺はそうラケルに聞くと、ラケルが「おっと」と口にすると、自分の飲んでいたカップにお茶を注ぎつつ、俺の方を見た。
「まあ、君を呼んだのは他でもない。この子に名前を付けてあげてよ」
「……そういうの、ラケルの仕事じゃねえの?」
「いや、誰が決めたのそんな事」
ラケルが何か不味い物を口にしたというように、げんなりとしながら、俺を見ていた。
「ヤマタノオロチじゃダメなのかよ?」
「それはその子自身の名前じゃなくて、種族の名前みたいなもんだから。グラディウスもそうだったでしょ」
「そうだったでしょ……って。いや、知らねえし」
俺が首を振ると、ラケルがバンバンと両手でテーブルを叩き始めた。
「つべこべ言わずに名前を付けろつってんだよオラァン!」
「……か、母さん。この人、なんか変なもんでも……」
「通常運行よ、気にしないで」
母さんはもう、慣れているからか。それとも、呆れ果ててもう何も言えないせいか。なんとなく素っ気ない態度で肩をすくめる。
「名前を付けろ、だと? 私はそんなものを了承しておらぬ」
「でも、実際。名前って大事だよ。存在を確立するためのね。僕らは名前があるからここにいられる。名前っていうのは、一種の鎖みたいなものさ。君達魔物には不要の物だとしても、この部屋の制約ではそうなってます。だから、名前を受け入れなさい。君、消えかかってるんだから、その姿になってんだよ?」
「……チッ」
ヤマタノオロチが舌打ちをすると、俺の方を見る。
「貴様、アレンと言ったな。良い名はあるか?」
「え、そう急に言われても……」
「さっさと申せ。私の気に入る名を」
「なんで上から目線なんだよ」
鼻につく上から目線で腹が立つけど、ま、まあ。考えてやるか。と思って、脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「タイガーフェスティバル」
「却下に決まっているだろう!」
「ブフォオ」
俺が高らかに叫んだと同時にヤマタノオロチは立ち上がって怒り出すし、ラケルは飲んでいたものを吹き出して、大きく咳込んでいる。
「なんでダメなんだよ!?」
「それはダメよ、名前を呼ぶ度にラケルがこの部屋をお茶まみれにしちゃうから……!」
母さんも腹を抱えて笑うのを必死にこらえている。
……そういや昔、この名前を犬につけようとしたら、エレノアもルゥも同じように笑い始めて、シスターも同じ事言ってた気がする。いい名前だと思ったんだけど。
「えー、じゃあ……「ブラック」とか?」
「そのままではないか」
ヤマタノオロチはやっぱり怒って反論してきやがる。そのまんまだから覚えやすいと思ったのに。俺は次々と名前を出すも、その度に拒否されて、ラケルも母さんもだんだん渋い顔でこっちを見てくるようになった。
「……ラケル」
「あ、うん……」
母さんが痺れを切らしたのか、ラケルを見ると、ラケルもため息交じりに頷いた。
「じゃあ、「エイト」。これ以上反論したら怒るからね」
ラケルがそう宣言すると、ヤマタノオロチ――いや、「エイト」は黒い靄が消え始め、人の姿を現す。
漆黒の長く整った髪と金色の鋭い爬虫類のような瞳。中性的な容姿の人物。俺より背が高く、顔は赤い包帯のような布を巻き付けていた。……顔はどことなく、姫さんによく似ているような。服装は髪と同じく真っ黒だけど。
「わかった、その名で妥協しよう。長くなりそうだしな」
うんざりしたように、エイトはそう言った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.111 )
- 日時: 2022/11/22 19:15
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
エイトの名前が決まったところで、俺は立ち上がる。
「じゃ、名前が決まったし、これで終わり――」
「待て待てマテイ!」
ラケルは慌てて俺の黒衣の裾をがしりと掴む。俺は引っ張られてバランスを崩し、座っていたソファにどかりと再び腰を落とした。俺は「なんだよ?」とラケルを見ていると、ラケルが裾を掴んでいた手を離す。
「いや、まだ話は終わってないんだよ。とりあえず、スコーンを用意してるから、ジャムを付けてどうぞ。ジャムは何が好き? マーマレードにイチゴ、ブルーベリーとかスカイベリーとかもあるね。ああ、あとアップルとか、レモンとかラ・リーベもあるし――」
「ジャムの種類多すぎるだろ! ……いや、ジャムなんてどうでもいいから、さっさと本題をだなあ!」
ペラペラジャムの種類を数えながら、どんどんテーブルの上に並べるラケルに横やり入れて、俺は早く本題に入るよう急かした。そうでもしないと、ハイテンションのラケルの話はマジで長い。
「むっ。ジャムの種類はまだあるのに。ま、いいか。じゃあお望み通り本題に移ろうか」
ラケルはアップルジャムの瓶を手に取ると、ふたを開け、スプーンを突っ込む。
「単刀直入に言わせてもらうけど。君、エイトの力が上手く使いこなせないみたいだね」
「……えっ」
俺は鳩が豆鉄砲を食ったように、口を開けてラケルを見る。……そんなつもりはなかった。むしろ、使いこなせてるもんだと思ってたけれど。
という考えを汲み取ったように、エイトは腕を組んで鼻を鳴らして、俺を嘲る。
「阿呆か。あの程度が私の全てだと思うな。私はこれでも、かつて東方地域を支配していた邪竜だぞ? あの程度は使えて当然。やはり、人間風情が身の丈に合わぬ力を有しても、たかが知れている。調子に乗るなよ、童よ」
くっ……! 反論できねえ。
俺は歯を食いしばり、エイトを睨むしかできない。
「その問題を解決する方法は、エイトと仲良くなる事くらいかしらね」
母さんが目の前のレモンジャムにスプーンを突っ込み、お茶の中に入れながらそうつぶやくように口にする。
仲良く……ああ、クラテルとそうしたようにこいつの事を認めるって事か。……こいつが素直に認めあうような性格かって聞かれると、それは――
「地を這うムシ程度の存在と、私が仲良くだと? ふざけるのもいい加減にせよ。私は人間風情と仲良くなる気など、毛頭ない」
こいつも上から目線でムカつくぜ……。ほんっと、魔物連中はなんでこんな傲慢で人を見下すような鼻につく態度の奴ばっかなんだよ! 俺はそう思い、エイトに指さす。
「お前、俺に負けたくせに調子に乗るなよ!」
「お前ではない。お前が持つ、エルという武器に負けたのだ」
「屁理屈ばっかこねやがって。小さい奴」
「何ッ!?」
流石に「小さい奴」と言えば、奴は挑発に乗ってくれた。怒りで思わずすくっと立ち上がる。
「私のどこが小さいというのだ!?」
「器」
「貴様……食ってやる!」
エイトが飛び掛かりそうになったところを、ラケルが一睨みした。
「テーブルひっくり返したら、"怒るよ"?」
ドスのきいた低い声のラケルの言葉に何も言えず、素直にその場に座り込むエイト。俺もぞわりと背筋が凍って、調子に乗って煽るのはやめようと直感で思う。
ラケルは、エイトの様子に満足したように「うんうん」と頷いた。
「まあ、仲良くなってほしいのは本音だけど、無理そうだね。でもさぁ、せめて、手を組んでほしいな。アレンが死んだら、僕ら、この部屋ごと消滅するんだから」
ラケルが俺達を横目に、ジャムをお茶の中に入れて掻き混ぜている。さらっと言っていたが、エイトは流石に聞き逃さなかったみたいだ。
「聞いておらぬぞ!?」
「いや、察しが悪いな。当たり前じゃん、この部屋はアレンの精神空間の中に存在してるんだから。アレンが死んだら、僕も君も、アシュレイもクラテルだって消滅。終わり。君さあ、無念無念とか言ってたけど、無念なら猶更アレンと手を組めよ。って話さ。OK?」
ラケルがカップの中に突っ込んでいたスプーンで、びしりとエイトを指し示す。エイトは言い返そうにも何も思いつかないようで、黙って歯を食いしばっていた。
「……しかし、私は人間などに手を貸したりするのは……」
「うーわ、しょっぼいプライド」
俺は思わず声に出ていたようで、エイトは再び俺をキッと殺意を込めて睨む。
「でも実際そうね。敗北したのはあなたなんだから、安いプライドなんか捨てて、生き残るためになりふり構わず、アレンに協力すべきじゃない?」
「……チッ」
エイトは母さんの言葉を聞いて舌打ちをする。だけど、やっぱり納得してないみたいで、腕を組んで無言で悩むように俯き始めた。いや、何かを考えているみたいだ。静寂の時間がしばらく流れ、エイトが声を出すまで俺達は、奴の言葉を待っている。
やがて。
「アレンに協力する事が、とても重要な事は理解した。……理解はしたが」
エイトがしばらく考え込んでやっと、放り出した言葉がこれ。奴は続ける。
「今はこの部屋で考えさせてくれ。私は……人間が嫌いなのだ。人間は、私を利用した挙句、私が提示した条件を飲まずに、私を悪と決めつけ、私を討伐してしまおうと、私が作った武器をよもや私に向けたのだ。アレン……お前がかつて私を陥れたその人間達と違うと判断した時に、私は遺恨なくお前に力を貸すことを約束しよう」
エイトが今までとは違う、泣きそうな声でそうつぶやくと、顔を見せないように伏せていた。
……過去にこいつがどんな目に遭ったかは知らねえけど、まあ碌なもんじゃない事はわかった。「邪竜」なんて呼ばれてたけど、本当は違うかもしれねえし。こいつが嘘をついているかもしれない。……まあ、嘘をついてるようには見えねえけどな。でないと、あの時、「無念だ」なんて言葉を口にするはずがない。
「お前に何があったか知らない。……さっきはあんな風に煽って悪かった。ごめん」
俺は、素直にさっきの事を頭を下げて謝罪する。
俺、やっぱり言われっぱなしが嫌だし、なんとなく嫌いとかいう子供みたいな理由で、こいつの事を見てたかもしれない。……もしかしたら、こいつの演技かもしれない。けど、この部屋に来てまで、俺達を騙しても意味がない。こいつはもう、ここに永遠に留まるしかないんだから。
俺の謝罪に怪訝そうな声で、エイトは俺に尋ねてくる。
「その言葉も、上辺だけではあるまいな?」
「上辺だけじゃない事を、これから証明する。だから、この部屋で俺を見てろ。判断はお前に任せる」
俺は返事を聞かずに、ソファに腰を落ろした後、カップを手に取って一気にお茶を飲み干す。ゴクゴクと喉を通る、熱を持った液体が俺の腹の中まで到達し、身体が少し熱くなった。カップの中身を飲み干すと、勢いよくテーブルに置いて。
「ごちそうさまでした!」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.112 )
- 日時: 2022/11/22 19:46
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
眠っていたようだ。俺が目を開けると、エルが目の前にいて俺を見下ろしている。俺の下半身にはブラウンの毛布が掛けられていて、とても温かかった。エルは俺の顔を覗き込んで、いつものしわがれた声を出した。
「五度目になるのか?」
「……今回はノーカンだよ」
「む。なら今回はナシだな」
意外に素直に頷いて、エルは外を指し示す。外は朝日が昇っているのか、陽の光が差し込んでいた。昨日の雨で霧が立っていて、その眼下に立ち込める朝霧を、陽の光が照らしている。
「俺、いつの間にか寝てたのか」
「ああ。よく、椅子で寝られるものだ。器用なのだな」
「……てっ!」
関節がギシギシと音を鳴らす。寝違えたのか、肩や首が痛い。……椅子で寝るのは良くないな。そう思いながら立ち上がる。背伸びをして、少しでも固くなっている身体を解そうと、軽く体を捻ったりした。
すると、眠っていたはずのばあさんと目が合う。彼女の灰色の瞳がこちらを捉えていた。
「おはよ、ばあさん」
「私は、生きているのか?」
「生きてるよ」
「……死にぞこなったか」
ばあさんがそう言ってそっぽを向く。
「喜べよおばあちゃん」
「お姉ちゃんと呼べ」
ばあさんはまた振り向いて、心なしか笑みを浮かべていた。そして、「私、生きているのか」とつぶやいた後、「生きている」と連呼しながら自分が生きていると理解し始め、瞳がうるんで、一筋の涙を流す。
「……そうか。私は……私……っ」
ついには声を出して泣きだした。
そんなばあさんの様子を、俺は静かに見守る。生きている事を喜んでいるのか。それとも、悲しんでいるのか。どっちかはわからない。……でも、生きててよかった。俺はそう思う。俺は無意識に声を出した。
「生きててくれてありがとう、ばあさん」
俺はばあさんに近づいて、頭をそっと撫でてやる。
あんなに嫌いだ嫌いだなんて思ってたけど、デコイさんの話と、あの部屋でエイトが言っていた事を聞いてから、ばあさんの事を少し信じようと思った。俺は、他人を理解しようとせず、自分から拒絶してばっかだ。解ろうともせず、他人を責めてばっかりだった。
――そんなの、子供のやる事だよ。まずは受け入れる事も覚えないといけない。受け入れてもらうために、俺自身が行動しないといけない。
俺の行動に、ばあさんは驚いていたが、すぐに恥ずかしそうに一言。
「すまない」
ばあさんがそれだけ呟くと、シーツの中に顔を隠した。
「すまないって何もしてねえだろ。そこはありがとうだ」
俺がそう指摘すると、とても小さい声で
「……ありがとう」
と放り出していた。
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