ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.168 )
日時: 2023/01/17 23:44
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 その後は王女様を離宮へ移すという結論で会議は一旦終了。というのも、本格的な会議は役者が揃わないとできない。と、アサヒが教えてくれた。

「そうか。ありがとう、教えてくれて」
「いえいえ。とんでもござあません」

 アサヒが口元を緩ませる。しかし、王女様の入っていった部屋のドアを指さし、俺の方を見る。

「アレン殿、王女殿下をお見送りしたいのでござあましたら、あんの部屋にいらっしゃいますから、お話でもされてみてはどおござあます?」

 いや、いいよそんなの。俺は首を振った。

「え、いいよ……何を話したらいいんだよ」
「女の子と喧嘩別れしたままでよろしいんでござあますの?」

 アサヒが俺に顔を近づけて、じいっと見据える。顔が見えた。かなり幼い顔つき、金色の澄んだ瞳。幼いから性別は判断できないけど……まあ、それはいいか。とにかく、俺の顔をじいいいっと見つめてくるもんだから、背筋が凍ってドキっとした。

「いや、いいわけねえけど、さっ」
「意気地なし、小さい男、モロキュウでアボカドなピーマン野郎でござあますの?」
「はぁ!? ……すっげえムカつくッ!!」

 どういう意味かはわからないけど、煽られてる事はよぉぉっく理解できた。怒りで顔が熱くなる。
 くそっ、そこまで言われるんならわかったよ!

「わかった。わかったよ! 行ってくるよ、行けばいいんだろ!?」
「単純男……」

 そのぼそっとした呟きもきこえるっつーの。でも、あいつなりに発破をかけてくれたってなら、素直にありがたい。
 王女様とはもう二度と会えない気がするから、別れる前に仲直りでもしないとな。こんな気持ちじゃ、どうも、これからの戦に集中できる気がしねえしよ!

「あの部屋か?」
「ええ。御健闘を」

 アサヒの言葉を無視した振りして、俺は歩く。というか、目の前だから別に健闘もクソもねえっつな。
 そういうわけで、部屋のドアを開ける。

「……失礼します」
「あなた」

 部屋に入ろうとドアを開けた先にいる王女様。ふくれっ面だ。……なんか怒ってる。なんでだ?

「あなたがどのような立場かは聞かない。でもね、女子の部屋にノックなしで入ってくるなど、どのような教育を受けたの?」
「……あっ」

 俺は助けを求めるようにアサヒの方を見るが、いつの間にか逃げていて歩き去る後ろ姿が見えた。……もう遠い。ダメだ、助けは期待できない。

「いや、わざとではないんです。ちょっと、いっぱいいっぱいで」
「……はあ、まあいいわ。入って。私も話したい事があるの」

 王女様は手招きする。招かれるままに部屋に入ると、そこはなんというか、すごく豪華な客室だった。俺が寝泊まりさせてもらってる部屋より、明らかに高値の素材のシーツやカーテン。天蓋っていうの? よく絵本で見たお姫様の寝るベッドの上についてるアレ。それに、赤いじゅうたんとかも、ふわふわしてて、踏み心地が全然違う。俺は部屋に驚いて固まっていたようだ。
 王女様は怪訝そうな顔をする。

「他人の部屋を見回すなんて、趣味が悪いわよ」
「……わ、う、ごめん」
「いいわ。座って」

 近くにあるソファを指さす。テーブルを挟んだ二つのソファ。俺は「ああ、はい」と返事して、手前に座り込む。

「王女様」

 俺は彼女の顔を見る。

「王女様って、俺の事嫌いか?」

 単刀直入に聞くもんだから、彼女の動きが止まった。

「……なんで?」
「なんとなく。俺、すごくひどい事ばかり言ってたし」
「そうね、ひどい事も言われて、ひどい扱いもされて、今も敬意を払われず、王女である私に向かって敬語も使わない。そんな人が好きになれるとでも?」

 王女様は皮肉たっぷりにそういうもんなので、俺は真顔になった。

「いや、だってあんたが世間知らずすぎるからさ」

 俺が包み隠さずそう言うと、王女様はがくりと肩を落とす。

「……そう、よね」
「悪かった……とは思うけどさ。でも、あんたはいいよな。安全な鳥籠の中でずっと過ごせるんだから」
「……鳥籠」

 王女様は俯く。

「私は、その立場に甘んじていたのかもしれないわ」

 そして、彼女はぽつりぽつりと、心情を語り出した。

「……「殺さずの弱者」と蔑まれていた事は理解していた。私は、自分を狙う刺客はもちろん、民を脅かす山賊すら、許していたのだから。だけど、そのせいでその山賊達は、他の村や自分より立場の弱い者達を狙い、搾取していたそうで。その山賊達は、私ではなく、お父様が処断したの。私は当然、何も知らずにお父様を批難した。「なぜ殺したのか」と。お父様は、「守るべきものの為だ」とだけ。その時は理解できませんでしたが……。今となってはわかります。皆、何かを守る為に、誰かから奪う事を。生きる為に。私は、与えられてばかりだったから、その事に気が付かなかった。ソフィアが、私を嫌っていた理由が分かったわ。私のような鳥籠の鳥が、心底腹が立って仕方なかったんだと思う……」

 最後の方は嗚咽を混じらせて、涙をポロポロ流して、泣き出してしまう。俺は、無言で彼女の頭を撫でた。昔、ルゥが泣いていたら、よくこうして撫でながらあやしていたんだ。

「……俺は、さ。王女様なんて傲慢で世間知らずな奴だって思ってたよ。でも……あんたは、さ。自分の嫌なところに気づいて、向き合って強いなぁとも思う。俺も嫌な自分やそういう奴に向き合うのが嫌で仕方なかったんだけど、今は……向き合わないと分かり合えない事が理解できたんだ。あんたも、少しならわかるようになったんじゃね?」

 俺がそう言うと、王女様はぐすりぐすりと、しゃくり上げている。

「……少し、だけ。私……は、きっと。あなたの言うお姫様のまま、成長できてなかったんだわ」

 その後も、王女様は涙を流し続けた。
 しばらくした後、お姫様が泣き止んで、顔をごしごしと拭っているのを静観し、真っ赤に腫れた顔を見て、俺は頭を深々と下げた。その勢いでテーブルに頭をぶつけるが、俺は構わず頭を伏せた。

「ごめん、今まで。あんたにひどい事ばっかり言って、当たり散らして。俺……さ、本当にガキだったんだ」
「……あの」

 王女様は申し訳なさそうに声を出す。

「だ、大丈夫?」
「いや、それは今置いといてくれよ」

 俺はなんか恥ずかしくなって、耳まで熱くなってきやがった。あぁ、もう。なんだかなぁ……!

「でも、この謝りたいって気持ちは本物だ。俺……あんたを傷つけてばかりで、詫びようにも謝罪してこうやって頭を打ち付ける事しか出来ねえ。だから、ごめん。ごめん……!」

 俺はなりふり構わず、謝る事しかできなかった。顔も上げられない。痛みが額を襲ってくるが、構わなかった。この痛みで、少しでも自分の戒めになるなら、この痛みは絶対忘れられない。

「顔を上げて」

 王女様がため息交じりにそう言った。

「ねえ、顔上げてって」
「……」

 俺は素直に顔を上げると、王女様はぶふぅっと吹き出し、大笑いした。

「あっはははははっ! 何その顔!? あはははははっ!」

 唐突に笑うもんだから、俺は「え?」としか声が出ず、彼女が落ち着くまで待つしかなかった。で、ひとしきり笑い終えた後、王女様はかわいらしい笑みを見せる。

「……ごめん、謝るべきはこっちよ。あなたを無神経な言葉で傷つけたり、危険な目に合わせたりしてたのに」
「いや――」
「私、離宮へ行くわ。迷惑ばかりかけてごめん」
「……こっちこそ」

 俺は俯く。

「もう、笑顔で送ってほしいわ。私が素直になったんだから……」
「あ、うん……」
「アレン」

 今度は真剣そのものの眼差しで、俺を見据える。

「ん」
「名前で呼んでくれない? 私の名前」

 王女様はそう言うと、微笑んでくれた。こんな柔らかい微笑みは、多分初めてかも。この人、顔半分が火傷で覆われてるけど、綺麗な人だな。笑顔が素敵だったんだ。知らなかった。……つっても、顔をまじまじと見つめた事が無かったしな……。



「"エイリス"、元気でな」

 俺がそう言うと、微笑みを崩さないまま、エイリスは二つの青い瞳から、涙をこぼした。

「……うん、ありがとう」

 彼女はそれだけ口にする。震えた声で。

Re: 叛逆の燈火 ( No.169 )
日時: 2023/01/21 18:00
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 さらに数日後、フォートレス王国から国王陛下が城に来た。同時に、各領主達もメリューヌ領の居城に集まり、俺や傭兵団、そして各領主、フォートレス王国とスティライア王国、両国の陛下を交えての大規模な軍議が開かれた。今後の動きをどうしていくか。帝国の動きの予測など、ばあさんがある程度見える未来を皆に伝え、ばあさんの持つ水晶玉から映し出された幻影を使って、軍議を進めている。
 俺もその軍議に参加し、団長と副長、ばあさんにフォローを入れてもらいつつ、作戦を提案し、練っていく。もちろん、そこにチサトやクーゴ兄ちゃんの姿もあった。
 で、俺と傭兵団と、ジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃん。そして、チサト、カズマサ、シャオ兄ちゃんは、少人数で帝国の皇城に直接向かう手筈となったわけだ。まあ、そっちの方が助かる。俺は大人数での戦いにあんまり慣れてない。それに、大人数だと、知らない内に誰かを巻き込んでしまう事もある。人数を把握しておけば、思いっきり暴れられるしな。

「――以上で最終議会は終了でござあます。出発は明朝。アレン殿達は今夜でよろしいのですか?」
「ああ、今日は満月。視界は多少良好だ」
「……夜の奇襲は久しぶりだな」

 副長がわくわくといった様子で、声色が弾んでいる。これから始まる戦いに胸を躍らせているんだろうか。……団長は肩をすくめる。

「遠足じゃないんだぞ、お前は緊張感を持て」
「やだなァ。団長は張り詰め過ぎんだよ」

 軍議が終えて、各々去り始めている中、団長と副長が笑い合っていた。俺はその場を後にする。出発まであと数時間。何か腹に入れておかないと。そう思って、食堂へ向かう。
 だが、廊下に出たところで、エルが俺の服の裾を引っ張った。

「アレン。話がしたい」
「……珍しいな」

 エルが呼び止めて話がしたいなんて、普段はほとんどない。だから驚きつつもエルに引っ張られながら、バルコニーへと向かった。チサトと話していたあそこ。
 そこに出ると、月灯りで照らされる街が見下ろせた。今日は星が輝く月夜。雲一つない空だった。青白い光に照らされ、エルも青白く見える。

「どうしたんだよ、改まって」
「アレン……我は、お前と一緒に居られて、幸福であった」

 唐突にそういうエル。

「ほんと、どうしたんだ、今日は?」
「いや……こうしてゆっくり話せる機会など、もう来ないと思ったから、この際悔いの残らぬよう、話明かしたい。そう思ったのだ」

 エルが少し考え込んで、また口を開いた。

「アレンは……この戦いが終わった後、どうしたい?」
「ん」

 その質問に、俺は腕を組んで深く考え込んだ。

「……どうしたい、か。俺、その辺のこと考えてなかった」
「では、質問を変えよう。この戦いが終われば、世界は救われると思うか?」

 その質問にも、俺は深く考え込んで唸る。

「……世界を狂わせてる元凶を倒したからって、全てが戻ったり、うまくいくもんじゃねえってのは知ってる。でも、多少は良くなるはずだ。皆縛られる事なく、自由でいられる」
「魔王に賛同していた者は、そうは思わぬだろうな」
「そりゃあそうだろ、虎の威を借りる狐は、虎がいなけりゃ次の虎を探す。その繰り返しだ」

 ソフィアが死んだら、きっと次の魔王が現れる。その魔王も、ソフィア程世界を憎んでなくとも、確実に悪い方向へもっていくだろう。それ程の影響を及ぼしたんだ。

「それが憎悪の連鎖。結局は、繰り返すんだ」

 だが、エルは首を振る。

「ならば、お前のしてきた事は無駄だったことになる。そうではないのだろう?」
「もちろん」

 俺は頷いた。

「この戦いが終わったら……きっと俺は生きていない。生きていたらいけないからな」
「生きていたらいけない者などいない」
「俺は人間じゃない。だから、ソフィアを道連れにしてやる。そういう責任がある」

 俺はそう言うと、自分の掌を見つめる。何もないはずの掌に、何かツギハギのようなものが目に映る。……この身体も魂も、借り物だ。だから、いずれは返さないといけない。

「死が怖くないのか?」
「……怖いに決まってんだろ。だけど、終わらせるためには、怖がってちゃいけない」

 俺がそう言うと、エルに力なく笑った。

「生きろとか、そういう事言うなよ」
「言わんさ。お前が決めた事ならば、我は口出しせぬ」
「……後ろの人はどうかな」

 俺は背後に目をやる。少し扉が開いていて、人影が見えた。……多少のつながりが残ってんだから、チサトがそこにいる事くらいわかるっつの。
 俺に見つかったからか、素直に扉を開けて俺達に近づくチサト。

「……死ぬなんて、簡単に言わないでよ。悟った顔しちゃって。急に大人になるの、やめてよ」
「そんなつもりはねえよ。でも……誰かが憎悪を受け止めなきゃいけないだろ。ソフィアを彼女ソフィアらしく死なせてやるには、俺が全部受け止めないといけない……って、なんかよくわかんねえけど、俺の中でそう思っ――」

 俺がそう言い終わる前に、チサトが俺に歩み寄って抱き着いてきた。ぎゅっと力強く抱きしめられ、俺は驚く声も上げられず、目を見開く事以外できない。

「……死んじゃやだ」
「チサ――」
「死んじゃやだ!」

 一際大きな声を上げる。街まで響いて聞こえてるんじゃないかって思うくらい、大きな声で。


「生きてよ。生きて、この世界を立て直そう。アレンだって、この世界の人間ヒトなのよ? この世界に立っている人間なら、最期まで責任もって生きなさいよ! ヒトとして、責任とって、おじいちゃんになるまで生きて、生きて生きて、生きてなさいよっ!!」

 もう何を言いたいのかはわからないけど、理解はできる。俺、生きててよかったなぁって思った。こうして俺に抱き着いて、死ぬことを叱ってくれる人がいて、素晴らしい仲間たちに出会えて。
 ……シスターやエレノアとルゥと、短かったけど幸せだったあの日々を過ごせて。


「ありがとう、俺……今が一番幸せだって思えるよ。そう言ってもらえてさ」

 俺がそう言った後、チサトは小さく呟いた。

「……ばか」

Re: 叛逆の燈火 ( No.170 )
日時: 2023/01/21 17:59
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 数時間経った後、俺達は出発した。俺達は所謂遊撃隊として本隊とは違う動きをする。
 ……この戦争は、強大な力を持つ帝国への「叛逆」だ。皆、俺が要だと言ってくれた。……俺はそんな大層なもんじゃないと思ってるけど、なぜか本当に関係のないフォートレス王国の一兵士さんが、俺に声をかけてくれて、「活躍は聞いております」と言ってくれた。なんでも、数年前の帝国の襲撃の時に助けてくれたと言ってくれた。……俺は覚えてないから、何とも言えず困惑してたけど、実際、嬉しかった。多分その時の俺は周りの見えてないガキだったはずだけど、その時の行動が間違ってなかった事が、すごく……
 そんな事を思い出しながら夜道を進む。馬とか便利な移動手段はない。帝国迄の道を歩く。まあ、帝都迄歩いてざっと2週間程度だ。何事も無ければ。しかも、十数人という少人数だから、帝国の目もある程度誤魔化せる……はず。
 とにかく。俺達は、この戦いに勝たなければならない。勝つための戦いだ。勝てなければ、皆死んじまうだろう。死ななくたって、死ぬほど苦しい思いをするのは間違いない。

「アレンさん、なんて顔してるんですか」

 ヘクトが俺の顔を覗き込んで、相変わらずの真顔を向ける。

「……そりゃあ、こんな顔にもなるだろ。戦いが始まるんだからさ」
「緊張しすぎて顔が強張ってるっていってんですよ」

 ヘクトはそう言うと、スカイ兄ちゃんも俺の肩を組み、頬をつんつんとつつく。

「そうそう! 大丈夫ッス。なるようになれ、ッスよ?」
「そうは言ったって、なぁ!」

 すると、背後にいたカズマサが笑い飛ばした。

「アレン殿、"りらっくす"でござるよ。張り詰め過ぎるといつか切れてしまう。拙者はこうして――」
「あら、カズマサちゃん。心拍数が異常なくらい速いわよ~?」

 カズマサがそう指摘されて、思わず隣にいたモーゼス兄ちゃんを見る。

「なぬぅ!?」
「ウソ♪」

 モーゼス兄ちゃんがそう頬に手を当てて、にこやかな笑みを浮かべたもんだから、反論するにできないでいるカズマサ。だけど、あの様子じゃ図星を突かれたんだろう。なんか胸に手を当てている。

「カズマサも緊張しとんの? ま、いよいよ本格的な戦争をおっぱじめようってんや。緊張せん方がおかしいんやで。なぁ?」
「ん、俺は緊張してないぞ?」

 シャオ兄ちゃんが副長に向かって笑みを向けると、副長は相変わらずボトルを口にしながら、普段通りの様子でシャオ兄ちゃんを見つめ返す。

「おい、お前ら。少しは静かにできんのか?」

 先頭を歩いていた団長が、こちらを見て呆れながらそう言ってくる。

「……ふう。すまんな、チサト。喧しい奴らで」
「いえ。賑やかでいいじゃないですか」
「まあ、それならいいんだが」

 団長はそう笑った。釣られてチサトも笑う。

「いや、ホント賑やかね。いつ見ても」

 その後ろを歩くジェニー姉ちゃんが笑った。

「アレン、お前結局寝てないのか?」

 俺が欠伸をしたのを見終わって、ディルク兄ちゃんが声をかけてくる。俺は振り向いて頷くと、兄ちゃんは俺の頭をわしゃわしゃと掻きまわす。

「なんだお前、寝てないのか」
「寝れなかったんだよ……」
「おぶってやろうか?」
「いらね」

 俺がそう短く言うと、兄ちゃんは肩をすくめてため息をついた。


 しばらく歩くと、岬に出た。少し、空も明るくなる。俺達は、その岬でしばしの休憩を取った。海が見えるこの場所は、とても見晴らしがよくて、ずっと見てられる。俺は崖に近づいた。

「アレン、仮眠を取らなくていいのか?」

 エルが隣迄きて、俺を見上げてくる。

「いや、朝日でも拝もうと思って。俺、寝坊助だから、朝日を見た事ないんだ」
「そうか」

 エルがそう言うと、俺はその場に座り込む。そして、なんか歩いてきた疲れと、座り込んでたらなんだか眠くなって、欠伸をする。

「眠そうだな」

 半目だった俺に、エルはそういう。

「そりゃな。昨日結局、寝てなかったし」
「莫迦者め」
「ははっ……」

 俺は相変わらずのエルの言い分に、笑った。
 なんか、眠くなって、その場で寝込む。仰向けになり、紫色に染まる空を見上げ、流れる雲を見つめる。

「今日から忙しくなるな」

 俺は呟いた。

「ああ、とても忙しくなる。なんせ、強大な力を持つ魔王を討伐しようというのだ。しかも、この大陸全土を巻き込んだ。いわば「聖戦」。互いに譲れぬモノ、守りたいもの、全ての意思、思想が交じり合い……恐らく、後にも先にも。未来永劫に語り継がれるような戦いになりそうだ」

 エルが空を見上げながら語る。……未来永劫か、想像もつかない。そんな遠い未来の事は考えられねえよ。

「今はわからずとも、いずれは語り継ぐものがいれば。幾千、幾万、幾億の未来の先も、お前の事は語り継がれる事だろう」
「そんな未来の先なんて、わかんねえ。そういうのより、明日のご飯を考えた方が有意義だよ」
「お前らしい答えだな」

 エルはふっと笑い、口元を緩ませていた。

「アレン、今のお前なら我の言葉など不要か。これ以上は語らぬ。だが、これだけははっきり言っておくぞ」

 エルは、俺が寝ころんでいる顔に覗き込んで、俺の瞳を見据えてくる。エルの赤い瞳に、俺の瞳の色が映っていた。二つの色が混ざり合って、今の空の色みたいになってる。

「生きるにしろ、死ぬにしろ。お前は……"人間"である事を忘れるな」

 思わず俺はエルの瞳を逸らす。

「俺は人間じゃない……造り物だよ」
「いや」

 だが、エルは無理やり俺の顔をがしりと掴んで、目を合わせようと顔を固定する。

「お前は人間だよ。少なくとも、人間ヒトとしての感情を持ち、人間ヒトとして生きている。この大地に立っている。そして、人間ヒトとして、自分の意思を貫こうとしている。それは、人間にしかできない、"特別"な事なのだ」

 ……俺は何も答えず、口を開けてエルの目を見ていたのかもしれない。



「……さあ、顔を上げろ。間もなく、夜が明ける」

 エルに言われるまま、体を起こして海を見ると……
 美しい光が目に入った。海から顔を出す、太陽の光。それが俺達を照らし、これから始まる新たな幕開けを、祝福してくれているようだった。



「……最期まで足掻くよ、俺」
「我も、最期までお前に尽くそう」
「ああ、頼りにしてるよ。相棒」

Re: 叛逆の燈火 ( No.171 )
日時: 2023/01/21 23:24
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 俺達は現在、ル・フェアリオ王国の森を抜けようとしている。……クーゴ兄ちゃんや皆も言っていたけど、前にル・フェアリオ王国の王城に行った時に、城は動く屍が襲い掛かり、国王も傀儡と化していた。って。だから、もう国は滅んだも同然。この国はただの通過点だ。

「全く、レベッカの姉ちゃんがまさか、な……」

 俺の話をうんうん頷きながら聞いてくれていたディルク兄ちゃん。

「誰だって、大切な人を守る為に戦ってんだよ。兄ちゃんもそうだろ?」
「ん……どうだかな。大切な人か。……そういや、失いすぎて何が大切か忘れてるかもしれない」

 と、笑いながら言っているけど、兄ちゃんの瞳はすごく寂しそうな色をしている。エルは兄ちゃんの顔を覗き込んでいた。

「その割には何かを気にしているようだがな」
「それこそ気のせいだろ」
「私も聞きたいわね、あんたの過去って奴」
「はうあっ!?」

 兄ちゃんがはぐらかそうと手を振ると、俺の背後からジェニー姉ちゃんが顔を出す。俺は驚いて飛び上がった。

「ちょ、姉ちゃん!」
「もう、いちいち飛び上がんないでよ。で、ディルク。あんたの過去をねぇ――」
「お前には関係ないでしょうが。第一、俺に自分語りをしろって? 冗談バカも休み休み言えっての」

 兄ちゃんは肩をすくめて、足早に前に進んでいった。

「たぁっく、かっこつけしいよね」
「……ま、他人の過去なんか知ったところで、だよ」
「それもそうか」

 俺が腕を組んで頷く。

「というか、姉ちゃんと兄ちゃんって仲いいんだろ? 知らねえの?」
「いや、どこ情報よそれ。仲いいわけあるわけないわけ!」
「……あ、うん。ごめん」

 ジェニー姉ちゃんが顔を赤らめて否定しだしたんで、それ以上は聞かないように返事をすると、また姉ちゃんが怒り始めた。

「ちょ、そこは聞きなさいよね!」
「いや、だって俺、女の人の過去を聞く趣味はねーもん」
「……うっわ、マセガキ。ドライ気取りのガキンチョが増えてきて、お姉さん悲しいわ~」

 ……はあ。

「そういう発言、オバサンっぽい――」
「フンッ!」
「あぎゃあっ!」

 姉ちゃんは俺の脳天に、思いっきり拳を入れ込むもんだから、「ゴンッ」という鈍い音が響き渡った。蹲る俺に向かってヘクトがため息をついた。

「女性に向かってオバサンは無いと思います」
「ッス」

 その後ろにいたスカイ兄ちゃんも頷いていた。

「くそっ、いっつも俺ばっか……!」

 俺は脳天の痛みでしばらく動けなかった。




 しばらく歩くと、村が見えたので、俺達は一先ずそこへ寄る。そこは、既に灰と化していて、建物は崩れ落ちていた。だけど、不思議な事に亡骸は一つも見当たらない。……それを見るに、恐らく帝国のあの死霊術師ネクロマンサーが持ち去っていった可能性がある。

「団長、どうするの?」

 モーゼス兄ちゃんが村の惨状を見て団長に尋ねた。

「いくつか建物として残っている場所がある。そこに天幕を張って、しばし休息をとるぞ」

 団長が皆に向かってそう言うと、俺達は返事をした後に天幕の準備を始める。物資はまだ余裕があるし、なんなら獣を狩ればいい。……それも限界が来るけど。でも、こういう少人数で進むのは、食糧面に関しては、だいぶ大軍よりは楽できるよ。少人数だから、獣を狩るのは少しで済むし、宿も見つけられたら人数分泊まる事ができる。
 何より、人見知りの俺は大助かりだな。
 俺がそう考えながら天幕の布を、エルと一緒に広げていると。エルがよそ見を始めた。

「おい、エル?」
「……気のせいかもしれぬ」
「何が?」
「いや、足音が聞こえる。鋼鉄の」

 エルがそう言うと、そわそわし始めた。

「……どこから?」
「わからぬ」
「今は気づかないふりしようか」

 俺がそう言うと、エルは頷いてまた天幕の布を広げた。終始そわそわしながらも、天幕が完成し、俺は荷物を中に入れる。空を見上げると、茜色に染まっていた。いい時間だな。と思いつつも、エルの言葉がひっかかり、俺は何かの気配を感じ取って、歩き出した。

「あら、どこいくん?」

 木箱を重そうに運んでいるシャオ兄ちゃんが、俺に声をかけてくれた。俺は振り返り、二っと笑う。

「えーっと。アレだよ」
「ああ、そう。まあ、暗くならんうちに帰ってきいよ~」

 シャオ兄ちゃんは特に気にするでもなく、「よいしょ」と声を出して荷物を持ち直し、重そうに皆の所へ行ってしまった。俺は、そのまま森の奥へと行く。
 最近はなんだか感覚が鋭敏になってきたと思う。どんな小さい音も、どんな小さい振動も、どんな小さい変化も、なんだか気が付くようになってきた。気のせいだったらいいけど、気のせいじゃないはずだ。不意打ち喰らって仲間を失う事になんてなったら、目も当てられない。
 不穏分子は気が付いた時に排除すべきだ。

 俺がしばらく歩くと、森の少し開けた場所でそいつに出会う。黒い鎧の着た若い男の騎士。なんとも真面目そうなやつが、なぜか一人でここに来ていた。

「貴殿が、アレン殿か。驚いた、本当に陛下と顔が瓜二つなのだな」
「……誰だよ、オッサン。こんな場所まで、一人で」

 俺は奴を睨む。

「申し遅れた。私はアルゼリオン帝国騎士、「スペルビア・ストルティーティア」。訳あってここへは一人で、アレン殿に会いに来たのだ」

Re: 叛逆の燈火 ( No.172 )
日時: 2023/01/23 00:04
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 スペルビアの姿を見れば、今まで見飽きるくらい見てきた帝国の騎士だという事は、よく理解できる。……だけど、こいつ。殺気がある。ソフィアがどういうつもりか知らねえ……いや、なんとなくだけどわかる。どうせ「死ぬ気でアレンを殺せ」とでも命令したんだろう。だから目の前の騎士様は忠実に命令を守ってここまで来た。一人で。
 ……でも、なんで一人で? 死ぬ気でって言われたなら、部下を引き連れてくるだろ、普通。って、いや。こいつとは何の関係もない。別にそんな事聞いて同情なんてしたくねえし。俺は首を振った。

「あんた、どうせ「死ぬ気で殺せ」とか言われてここまでのこのこ来たんだろ? 一人で。だったら話は早えや。俺を殺してみろよ。夕飯前に片付けたい。まだやる事残ってるし」

 俺の言葉を聞いて、目を見開いて驚いてる。……まあ、理由が軽いってのは俺も理解してるけど。どうせこいつに俺は殺せない。ドライブを覗き込んでも、特に何の危険性も感じない。だからといって、油断するつもりもないし、あっちが殺す気なら俺も殺す。それだけだ。

「……私を愚弄しているのか?」
「してねえけど……ソフィアで殺せない相手を、お前が殺せるのか? そもそも、俺を本気で殺す気なら、一人で来るのがおかしい。……一人で勝てる相手でもないって解ってんだろ? お前んとこの大事な皇帝やその部下が返り討ちになって帰ってきてた事を、お前が知らないわけがないだろ」

 俺は、なるべく冷静に、やんわりと、「帰れ」と伝えているつもりだったが、やっぱ俺の言葉が悪かった。相手は確実に怒っていることがよくわかる。言葉だけで帰るような奴なら、そもそも何もかも投げ出してこの大陸から逃げてるかもな。……ただ、この大陸の外の話は未だ聞いた事ねえし、そんな場所に船で出ようなんて発想、誰もしないだろうけど。

「無論、貴殿に勝てぬ事など、百も承知だ。だが、私には陛下にこの身を捧げる事以外、忠誠の示し方を知らない。それに、私は騎士だ。貴様らの団長とやらは、騎士という身でありながら、7年前に逃げ出し、あまつさえ反逆の意思を示している。騎士は魂が消えゆく迄、王に仕える使命がある。それにもかかわらず、だ。それを放棄した臆病者が――」
「団長の悪口はそこまでにしてもらえねえかな」

 俺は今までに出したことのない低い声を出す。
 ……団長を悪く言われて腹が立った、って幼稚っぽい理由もある。いや、一番許せないのは……!

「お前だって、その仕えている皇帝を守る事もできてねえじゃねえかっ!」

 俺は喉が裂けそうな勢いで絶叫した。
 こいつがどういう奴かは知らねえけど、少なくとも、団長みたいに説得したり、仲間を集めて止めようとしたり。そういうのをしてもいねえのに……!

「お前は何をした? お前は、皇帝に対して何か止めようって努力はしたのかよ!? してもいねえのに、好き勝手言うんじゃねえよッ!」

 俺が思わず興奮して肩で息をしていると、エルが俺の肩を掴む。

「……落ち着け、アレン」
「……ちっ」

 俺は舌打ちをし、苛立ちで足を踏み鳴らした。

<バカ、落ち着けお前は。挑発だろ、今の>

 クラテルの声が聞こえる。奴は別に傭兵団に思い入れが無いからか、涼し気だ。だからこそ、俺を宥める事ができる。
 俺の様子に、スペルビアは咳ばらいをして、頭を下げた。

「……すまない。君を挑発するつもりだったが、確かに君の大切な人を貶めるような言い方はよくなかった」
「気を付けろ、お前とて、皇帝を貶められるのは好かないだろう」

 エルが珍しく怒ったように唇を尖らせる。……ように見えたが、別にそういうわけでもないようだ。スペルビアはバツが悪そうに顔をしかめていた。

「……俺、あんたがたった今嫌いになった。だから、ここで斬らせてもらう」

 俺はそう静かに言うと、エルは俺の心を汲み取ったように、剣へと変わって俺に握られた。

「あんたのドライブって、1対1で使えるんだっけ。じゃあ、この場合どうなんの?」
『確かに。我もそれはわからぬ』

 俺が首を傾げると、スペルビアは腰から下げていた剣を握り、俺達に向ける。

「それは、決闘の意思ありと見てよろしいか?」

 ……それがドライブの発動条件。奴のドライブは一対一の決闘に持ち込み、相手のドライブを封じるものだ。魂で魂を縛るっていうのがすごく特殊だが、なんだか一対一っていうとこが騎士っぽいな。こいつ、なんかカタブツっぽいし。……俺は、無言で頷く。

 ――その瞬間、身体がずしりと重くなった気がした。オーラ切れを起こしたような感覚に似てる。……これは本気の殺し合いになる。俺はそう直感した。いや、お互いそれは覚悟の上だろうな。だからこそ、もう一度聞いた。

「あんた、オーラが無い状態で刺しても刺されても、どっちかは確実に死ぬぞ」
「このドライブを持って生まれた時から、私は承知の上だ。この力を使い、何人も手にかけた。……悔いはない、私は騎士だ。この生き方以外、できない。これまでも、これからも」

 スペルビアは半ば諦めているような表情だった。

「ああ、そうかよ」

 オーラ切れの状態で剣を交える事が、どんなに危険か。例えるなら真っ裸で戦うような、そんな感じだ。だけど、こいつは十分理解してるだろう。それに、これは決着がつくまでは終わらない。決闘なんだから。
 だったら……!

「じゃあ、帝国の騎士として、最期まで戦えよ」

 俺は剣を強く握り、構えた。


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