ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 叛逆の燈火
- 日時: 2023/03/06 20:05
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。
ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。
アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。
ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。
「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」
果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?
余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞
2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止
目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.118 )
- 日時: 2022/11/29 22:15
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「そういや、姫さんってなんて名前だっけ」
俺は姫さんの顔を見ずに尋ねると、姫さんは答えてくれた。
「渕舞千智です。チサトと呼んでください」
姫さんはそう言ったけど、俺は何も答えなかった。……俺、姫が好きじゃないから。
……ああ、またムカつく事思い出しちまった。あのエイリスって奴の事。俺は無意識に、苛立って頭を掻きまわしていたようで、チサトは戸惑ったような声で俺に尋ねてくる。
「アレン……さんは、私の事が嫌いなのですか?」
「え? い、なんでだよ?」
俺はかなり動揺しているようだ。多分、考えている事を当てられたから。
「初対面の時も、無意識にあなたから嫌悪感のようなものを感じました。……今も」
「いや、嫌いってわけじゃないけどさ」
俺は言葉を濁し、その後はしばし無言。無言でいると、チサトは質問を変えてくる。
「では、何が気に入らないのでしょうか?」
「……あんたには関係ないじゃん」
俺はそれだけ口にすると、椅子から立ち上がって、再び姫さんの顔が見える方へと座り直す。そして、今考えている事を姫さんにぶつけた。……無性にイライラして八つ当たりしているような。そんな感じ。ホントダセエと思うけど、なんかわからないけど、止まらなかった。
「単純に、王女とか姫様ってのが好きじゃないだけだ。世間知らずで温室育ちで、自分の視野の外の事を全く知ろうともしない、マヌケが上から目線でぎゃあぎゃあ喚く。その上キイキイ叫んで耳障りで。ホントムカつくんだよ」
俺は多分顔色や目つきがどんどん変わっていっていたんだろう。姫さんの目が、恐ろしい物を見るような表情へと変わっていく。
「……私も、そうだと?」
「そうだと思ってる。ボンボンの子供って大体同じように、マヌケで世間知らずで、理想だけはとことんたけえ。平民をとことん見下して、自分さえ良ければいい――」
「違いますッ!」
俺がまくし立ててお姫様の悪口を言ってると、一際大きな声でぴしゃりと言い放つ。俺も思わず驚いて口を噤んだ。
「私は……私は、全ての人間が平等であれば。全ての人間が安心して暮らせる世の中にしたいと、そう思って、これまで理想を目指して動いてたの! 上に立つ立場だからこそ、民や国を、全部守らないといけなかった! あなただって、守りたいものがあるから。救いたいものがあるから、今こうして魔王と戦っているのでしょう!? どうしてわかってくれないの!?」
姫さんも俺に喋らせないようにまくし立ててきた。……俺は王になった事はないし、そういう立場にはなった事はないけど……俺は口を開いた。
「姫さんって、責任とれるの?」
「えっ?」
姫さんがぽかんとした表情で俺を見据える。
「いや、だから……何事にも責任が伴う事はわかってるのかって聞いてるんだって」
「……」
姫さんは、黙って俯いた。
「俺だって、自分のやってる事に責任がある事は知ってるし、自分で始末がつけれる範囲で何でもかんでも行動してる。姫さんを助ける時だって、もし、あんたを殺してしまった時は、俺一人で背負う覚悟はあった。……まあ、アストリアの事はみすみす見逃しちまったけど」
俺は腕を組んで、姫さんを見る。彼女は、思うところがあるのか、俯いたままだった。
「姫さん、あんた全部守らないとなんていうけど、全部守った後、守った人のその後を世話してやれるのか? ……これ、副長とモーゼス兄ちゃんの受け売りだけどさ」
「守った、後?」
「そう。守った数が多いだけ、生活に必要な食糧も、必要な物資も、姫さんが全部用意できるのか? って話」
副長も兄ちゃんも、手に抱えられる以外は守る事ができなかった。時には見殺しにする事もあった。俺はその時、どうしようもなく子供だったから、二人……いや、傭兵団の皆に反発した。
「なんでみんなを守らないんだよ! あの人たち、まだ――」
「無理だ……。俺はそこまで責任を負えない」
モーゼス兄ちゃんは、悔し気に首を振る。それがわからなくて、その後も兄ちゃんを責めていたんだ。兄ちゃんは無言で、俺の罵声を受け止めていたが……そこで副長に頬を殴られ、盛大に吹っ飛ぶ。
「……全部救って、その後は? あいつらの世話でもできるのか? できないだろ。俺達は慈善団体じゃねえ。全部を救うなんて、英雄にでも無理なんだよ」
その事を理解したのは、もうしばらく後だったけど。副長や兄ちゃんの判断は正しかったのかは、今でもわからない。犠牲のない世界が理想だけど、そんなのは無理だ。誰かが踏み台になるしかない。今は、そういう世の中だ。
俺は、姫さんに副長が言ってくれた言葉を、そのまま聞かせてやると……
「極論だわ」
そう言い返された。
「……全部守らなきゃいけないってのも、極論だと思うけどな」
さらに俺は言い返す。
「本当に、父と同じことを言う……責任? だから何だって言うの!? 生きてさえいれば、必ず光は差す。だから、見殺しにして助けない選択肢より、助けて生かす選択肢を選ぶわ、私は!」
「生きていれば必ず光は差す……言う事だけはご立派だな」
生きていればいい事ある……それは、恵まれてる奴の台詞なんだよ。恵まれてない奴が生かされてもそれは――
「"生き地獄"なんだよ」
俺はため息をついて、立ち上がった。
「お前も結局"あのお姫様"と同じで、鳥籠の小鳥じゃねえか。お前は違うと思ってたのに、がっかりだ」
そう言いながら立ち上がって、部屋を出ようと歩き出す。
「ま、待って! 話はまだ――」
「話す事はもうないよ、"お姫様"。おやすみなさいませ」
俺はそう言い残して、静かに部屋を出た。イライラして仕方ない。本当にイライラする……!
- Re: 叛逆の燈火 ( No.119 )
- 日時: 2022/11/30 22:27
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺は姫さんを置いて隣の部屋――ばあさんが寝ているはずの部屋に戻ってきていた。ばあさんはもう身体を起こせるのか、ベッドから上体を起こして、俺が近づいてくるのを見ていた。
「主はアホじゃな」
俺が近づいて開口一番はそう言って肩をすくめていた。
……このばあさんのドライブは疑似魔法っていう、いわば魔法っぽいけど魔法じゃない何かを操作するって、エルが言ってた。ただ、魔法程利便性はないし、年齢のせいか消耗が激しく燃費が悪い。全力を出す前に体力が持たないだろう……らしい。まあ、モーゼス兄ちゃんが教えてくれたけど、ドライブっていうのは、年齢と共に衰えていく。魂が劣化するとも、魂が消えかかっているとも、いろんなことを言われてるんだけど、結局はまだ解明できてないらしい。
というか、ばあさんはそういう理由もあって助からないと思ってた。ばあさんがどんなに超人でも、衰えと魂の劣化には勝てない。だというのに……
「盗聴できるくらいには元気になったんだ」
俺は皮肉を言ってやる。
ばあさんの力は、間もなく消える。そう、エルが言ってたはずなんだが……うん。この通りピンピンだ。本当にしぶとい奴だなぁ。と思う反面、助かって良かったと心底安心している自分もいる。
「盗聴じゃないですぅ~、立ち聞きですな。はっはっは」
「お前寝てただろ」
ばあさんはおでこに拳を当て、舌をペロッと出した。かわいく見せているが、年齢を知ってると全然かわいいと思えないのでスルーした。
そこに、さっきまでの話を聞いていたであろうエルが近づいてくる。
「アレン、お前はアストリアを殺す覚悟はなかっただろう。嘘をつくな」
「……うるせえよ」
エルがありがたいお小言を言い放ってきた。……言い返せないので、とりあえずうるせえとしか言えない。確かにあの時は、アストリアの奴を殺したいほど憎んでたはず。なのに……手が震えて力が入らなかったんだ。それは言い訳しない。まだ、俺が弱いんだ。
ばあさんはそんな俺を見て、「やれやれだぜ」と言いながら肩をすくめた。
「はてさて、主は魔王を殺せるのじゃろうか~?」
「わかんねえよ、そんなの」
「優柔不断男めが」
「……」
優柔不断っていうのは、間違ってない。何かを決める事は早いけど、俺の中では覚悟が固まっていなくて。俺の中の弱さが、誰かを殺める事を躊躇させる。はっきりやりたい事は言えるんだけど……言えるけど、やってる事はふわふわしてて、情けない。ホント俺は、エルもクラテルもラケルも母さんもいないと、本当に弱くてちっぽけな子供なんだなって思うよ。
「はい、それはそれとしてとりあえず、じゃな」
と、ばあさんが腕を組みながら、俺を見てきた。
「姫さんと仲良くなってもらわねば、今後は共闘していくんじゃし。いざって時、仲良くないと互いに足を引っ張るハメになるぞい?」
「……けどよぉ」
「ああ、エイリス姫の事かえ?」
ばあさんはお見通しだというように、俺に人差し指を突きつける。
なんでわかるんだか。ばあさん、獣人族の血でも入っているのか? そのくらいなんでもズバズバ言い当てる。……姫さんとあの王女様は違う。違うはずなんだけど、どうしても重なって見えてしまうんだ。
「……っ」
「あの王女さんは儂も好かん。しかも、儂の勘が囁くには、近いうちに問題を起こすじゃろて」
意外だ、ばあさん……あいつに会ったのか。
「会ったのか?」
「会ったさ。主らが東郷武国に行っとる間に。儂、これでも顔は広い。師匠のお零れを頂戴してるだけじゃがな」
「……問題って言うのは?」
「まあ、魔王への謁見じゃな。しかも、自分に賛同する配下や民を引き連れての。もはやこれは謀反に近い。その未来は、謂わずとも分かるじゃろて」
その言葉を聞いて、俺は思わずばあさんの肩を掴んだ。小さい肩を鷲掴みにし、唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
「おい、どういう事だよ!? あいつそんな変な事考えてんのかよッ!? そんなことしても、無意味に死ぬだけだ!」
「全くもってその通りですなぁ。ああ、さらに儂の勘はこうも囁く。それをきっかけに、スティライア王国は滅びるじゃろうな」
……くそっ、だから姫様ってのは嫌いだ。問題起こして尻拭いを俺達にさせやがる。いっそのこと大人しく震えて、助けてくれる白馬の王子様ってのを待ってりゃいいんだよ!
俺は苛立ちで足をダンダンと何度も叩きつけて、歯ぎしりをし始めた。今は本当に腸煮えくり返りそうだ。そのくらい怒りが身体を熱しているような気分。
「落ち着け、アレン」
「落ち着けるかよ――」
「いーや、れれれ冷静になれアレン」
「なんで噛むんだよそこで!」
ばあさんが「まあ落ち着け」と言いながら、ベッドの脇に置いてあった水をグラスいっぱい入れて、俺に差し出した。
「今はまだ何も起こっておらん。それが起こるのは、アルテアが全快し、傭兵団の皆が帰ってきて、儂らがぐうたら過ごして快復を待った後しばらくして、じゃ。まだ余裕はある。その間に姫さんを説得するとか、誘拐して幽閉するとか。いろいろ諸々方法はあるぞい」
「誘拐幽閉はしねーよ!」
そんな未来の先なのに、よく見えるもんだな。と、俺はグラスを受け取る。
「まあ、どちらにせよ。慌てるのはまだ早い。傭兵団の皆が帰ってくるまでゆっくり……茶でも飲んでりゃいいのじゃ」
「でも、これは水じゃん」
「水でも頭を冷やすにはピッタリじゃろ。ステイクール、じゃぞ」
ばあさんは今朝まで弱気だったのに、今はもう別の人が入ってるんじゃないかってくらい、テンション高くて……正直鬱陶しさも感じる。俺はため息をつくと、ばあさんがニヤニヤ笑いながら、姫さんがいる隣の部屋の方を指さした。
「ま、どっちの姫さんとも仲良くなっておけ。さすれば、未来は明るいぞ。……タブンネ」
「……考えておくよ」
俺は、そう言いつつ、グラスの中の水を一気に飲み干す。水……ぬるいな。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.120 )
- 日時: 2022/12/01 22:29
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
――全く。腕が一本持ってかれてしまった。
右腕からは絶え間なく血が流れ出ている。だというのに、こんなにも冷静なのは……恐らく、俺より取り乱している奴を肩に抱えている御蔭だろう。
……クーゴの奴が俺達を逃がしてくれたはいいが……。奴を相手にしているのは、魔王。ソフィア陛下なのだ。彼の強さは俺も知っている。俺より腕は立つはずだ。だが、それ以上に陛下も力を付けている。7年前にも彼女と対峙した事はあったが……怪物というモノが存在するなら、きっと陛下の事だろう。しかも、陛下は敵も味方も関係なく、邪魔する者に容赦がない。私も、一度殺されかけたからわかる。あれは……ヒトの領域を超えている。って、いやそもそも半分は神竜の身体が組み込まれていたか。
いや、それよりも。私はクーゴの部下を数名連れて、この国から逃れようと必死に足を動かしていた。俺は腕を一本。隣の奴は足を持っていかれた。そのせいか、かなり取り乱しており、今もまだガタガタと震えて、目も焦点が合わず常に何かに怯えている状態だ。
「落ち着け、もうすぐ国境だ。落ち着くんだ」
「あ、あぁ……バケモノだ……! 俺達は狩られて殺されるんだぁ……!!」
「大丈夫だ、国境を越えれば絶対助かる。だから歩け。大丈夫だ。絶対」
隣の青年はうわ言の様に「バケモノ」「殺される」を連呼していて、こっちも気が狂いそうになる。
まさか、ル・フェアリオ王国の謁見の間で、魔王が待ち構えていて、不意打ちを食らった挙句、王国の人間はほぼ魔王に寝返って俺達を襲ってくるとはな……。
ああ、言い方を間違えた。あの帝国の死霊術師によって、生きる屍へと変貌し、俺達を襲ってきた。しかも、俺達の動きも奴らに筒抜けだったようで。唯一生きていたル・オーエン王も奴らに従っていた。彼があちら側と言う事は……もう、この国は終わりだろう。いずれ滅びる事になる。
……本当に、この戦いに勝てるのだろうか? 自由を取り戻すことができるのだろうか? そう不安に感じてくる。くそっ、ラケル……こういう時、お前はどう行動する?
俺はもういない者に対して、思いを馳せながら、前を向いて歩き続けるしかなかった。
「クルーガー公」
俺の背後を歩いていた、医者見習いの少年が俺に近づいて声をかける。
「少しだけ休憩させてください。2名程倒れそうなんです」
「……しかし、隠れる場所が――」
「私の力は、感情を鎮め、周囲の気配を消すものです。少しの時間だけでしたら、休めるはずですよ」
彼がそう言うから、とりあえず頼むことにした。
正直、俺も皆も休みたいと考えているところだったからな。無理に歩いて体力を消耗するよりはいい。少年は瞳を閉じて、手を合わせる。瞑想のようなものを始めた。すると、不思議な事に、乱れていた息が整い、周囲の皆も騒ぐ事をやめて静かになる。
「皆、少しだけ休憩しよう。止血が必要な者は、手早く済ませてくれ」
俺はそう指示をして、隣の青年の足の包帯を変え始める。
「クルーガー公……すまねえ。俺なんかに肩を貸してくれて……」
「俺も腕を持っていかれたからな。お前が腕代わりになってくれればいいさ。俺が足になってやる」
「すまねえ……」
青年は泣き出してしまった。
全く、いい年した男が泣くんじゃない。と、俺は笑いかけたが、青年は泣き続けたままだ。……さっきまでの絶望的な状況から一変、少しの間だけとはいえ、心が休まって緊張の糸が切れたのだろうか。涙が止めどなく零れて地面に落ちて行く。
「泣くな、男だろ」
俺は包帯を巻きながらそう言うしかない。実際、俺も泣いてしまいたい状況だ。
「クルーガー公……!」
包帯を強く縛って止めた瞬間に、別の青年から声がかかる。青年が指をさすところに、壮年の男が倒れていた。
「休憩って言葉を聞いてから急に倒れてしまって……」
俺はその言葉を聞いて、慌てて男に近づく。ぴくりとも動かない。眠っているのかと思ったが、俺はそっと首筋に手を当てる。……反応がない。
ああ、そうか。緊張の糸と同時に、生命を繋ぐ糸も切れたか。
「……すまない」
俺はそう一言だけつぶやくと、青年に顔を向けた。
「眠ってしまったようだ。彼は――」
「いえ、皆迄言わないでください」
何かを悟った青年がそう言うと、倒れている男に自分の上着をかけてやっていた。
寂しそうに男を撫でている彼は、口を開く。
「公、俺達はこの後、どうなるんスかね」
……正直、今後の事はわからない。女神エターナルに聞いても、応えてくれるかも不明だ。
「……生きて国を出よう。国を出れば、必ず……」
俺は縋る思いでそうつぶやくしかできなかった。もう、自分に言い聞かせているようなものだ。生きる為には、それ以外の選択肢が無い。それほどまでに、俺達の状況は、最悪なんだ。
――その刹那、医者見習いの少年が周囲に向かって叫んだ。
「皆さん、退避してくださいッ!」
その絶叫が遅かったのか速かったのか。理解する前にその場に火柱が上がった。俺達を巻き込むほどの灼熱の火炎が、皆を焼き包む。塵すらも灰になってしまうその炎は、俺達を一瞬で焦がしていく。
魔女の炎か? ……そう思えるほどに嫌に冷静で、余裕がある。
いや、バーバラの炎はこの程度じゃない。友人だった俺が一番知っている。……では? 俺がそう思いながら周囲を見回すと、二つの人影があった。何者かはわからない。だが、きっと彼の者がこの炎の柱を放ったのだろう。理解すると同時に、肌を焼く痛みと灼熱と共に、俺は……離れ離れになったたった一人の子を想った。
アイリス、私の愛してやまない娘……もう一度会いたかった……
- Re: 叛逆の燈火 ( No.121 )
- 日時: 2022/12/02 22:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
目の前に上がる火柱。これで、最後か。また僕がやったんだ。……僕が。
僕は、身体を支える力が無くなり、膝から崩れ落ちた。地に手をついて、項垂れる。何度も経験してきたけど、一向に慣れない。……慣れたくはない。でも、彼女の為にこうする以外方法はない……!
「僕は……こんな事をする為に生き残りたかったわけじゃない」
誰に言うでもなく、僕は燃え上がる火柱に向かって声を張り上げた。目から何か零れてくる。涙だ。……誰の為の涙なんだろうか? 死にゆく彼らへの手向け? それとも、心が痛くて自然に流れているのか? だけど、そんな涙に意味はない。僕が涙を流す権利なんかない。逃げていく人たちの希望さえ奪う僕に……
ソフィア様はあの後、僕に残党処理の仕事を命じた。ユキの生命維持は、僕の仕事の成果に掛かっている。そう付け加えて。ユキの為ならと、僕は深く考えずに引き受けたわけだが……
はっきり言って、もう今すぐ誰でもいいから僕を殺してくれと、これほどまでに死を望んだ事はない。僕に任された残党処理は、至って簡単。逃げ惑う人間を一人残らず焼き殺す事。まるで処刑人のような仕事。……断るとか拒否とか。そんな選択肢はない。僕にはもう、ユキしかいないのだから。
ユキの為と割り切っても、やっぱり気持ちはついて行けない。逃げる人たちを一気に灰にしてしまおうが、一瞬で骨まで焼き尽くそうが。彼らは必ず悲痛な叫びを喉から放り出す。その声が耳に残り、僕を苦しめる。
「僕はこんな事したくない……したくない……!」
耳を塞いでも、目を閉じても、彼らの苦悶の表情は、悲痛な叫びは、僕の耳に、目に、心にさえに、深く深く貫通する程に突き刺さって離れない。
ユキはそんな俺に静かに寄り添ってくれる。顔は、生命維持の為の術式を刻んだ布を被せられ、顔が隠れてしまって表情は見えない。だけど、いつも無機質だけど、優しい声で僕の頭を撫でてくれる。
「シラベ……悲しまないで。私がずっとそばにいます」
生きていた頃の記憶はないはず。だけど、それでも、俺から離れないのは……嬉しい。ユキの為だから、こんな非道い事も平気になれる気がしてる。
故郷を……東郷武国にある村や街を片っ端から燃やし尽くすことだって、僕にできる。
知り合いもいた。お腹に子供がいる女の人だって、おじいさんだって、おばあさんだって、幼い子供や赤ちゃんだって。皆まとめて灰にした。
彼らの悲鳴、怒号、恨み節、罵声。それを聞くと胸が痛い。痛すぎて涙が出てきて、息が詰まりそうで、全てが終わった後も涙で顔がぐちゃぐちゃになってるんじゃないかってくらい……全身の涙が全部流れ出たんじゃないかってくらい、泣きじゃくった。懺悔したって、許しを乞うたって、絶対に許されない。それほどまでの罪が、のしかかってきて、圧し潰そうとして来ている。
そんな重みにも耐えられるのは……ユキがいるからだ。
「シラベ。あなたに命じます」
東郷武国が滅びて日が経ったある日、ソフィア様からの命令が下る。
……ル・フェアリオ王国に来る、「ユートピア」という名の義賊の集団を、焼き尽くせ。との事。なんでも、彼らは何千ともいえる集団を擁していて、放置していれば後々面倒になるからと、ここいらで処断しておきたい。と仰っていた。
だから、作戦通りに動いた。
城に王国の騎士の屍を、マギリエル様の巫術で予め蘇生させ、まずは数で彼らを押し切る。その後、リーダーらしき男が残るはずだから、俺とあと、アスラさんって人。あと、名前はわからないけど、狼の人と、実働部隊の隊長さんが、残党処理に動く。
僕は、もう誰が逃げる人なのかわからないから、わからない時はユキが自分から動いてくれて、一気に仕留めてくれる。わかる時は、僕が自分の巫術で焼き尽くした。……灰になった亡骸を見るだけで、僕は責められている気分になる。骨はもう灰になっているのに、そこから僕を見上げて、恨めしそうに睨んでいるような気がしてならない。
そして、最後に平原の真ん中で見つけた、クルーガー公って人が率いる、先導部隊。……いや、もう、彼らだけのはずだ。だから、持てるすべての力を込めて、僕は彼らを葬る事にした。彼らの姿が見えなくなる。……だけど、ユキが僕にそっと触れた事で、彼らの姿が見えるようになった。これはユキの巫術。見えざる者を視認できる、単純だけどとても便利な力だ。だから、彼らが休憩しているであろう場所にを狙い撃ちにできた。格好の的だったんだ。
一瞬躊躇する。怪我人が多いし、泣き叫んでいる声がこっちにも聞こえてきたから。だけど、僕は……せめて一瞬で終わらせようと、強く意識を集中させた。
「ご苦労様でした」
火柱が鎮火した時、背後から、何かを手にぶら下げたソフィア様が近づいてくる。僕は無礼だとわかっていても、立ち上がる事ができない。足に力が入らないんだ。ソフィア様はそんな僕に、とても満足げな声を出していた。本当に、心から、この殺戮を楽しんでいるかのように。
「思わぬ邪魔が入り、クーゴと数名は取り逃がしました。が、逃がした魚は、確実に仕留めればいい。今日彼と相まみえましたが、あの程度捻り潰すなど容易い。所詮、囃し立てられて調子に乗っているだけのならず者ですから、私が出向く迄も無かったかもしれませんね」
「……ソフィア様」
僕は顔も上げることができず、うなだれたまま、彼女に尋ねた。
「殺して、殺し続けた先にあるものとは、いったい何なのでしょうか……?」
ソフィア様は、僕に近づいてきたのかはわからない。だけど、耳元ではっきりと答えてくださった。
「今の旧い人間は、全て消し去るべきだと、私は思います。消し去った後は、新たな時代が幕を開ける。その時代を切り開くのは、新たな人間ですよ」
「……仰る意味が解りません」
僕が思わずソフィア様の方を見ると、陽光のせいで顔が見えなかったが、口元は笑っているように感じた。……いや、笑っているんだ。
「いずれ解りますよ」
彼女は、そう笑っていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.122 )
- 日時: 2022/12/02 23:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
ル・フェアリオ王国は、もう滅びたも同然でしょう。私達が着いた頃には、既にクーゴとその数名を残してほぼ全員が帝国軍に蹂躙されていた。生きる屍に生きたまま食われてしまった人もいたし、生きたまま焼かれた人も、首のない人も、四肢がちぎれた人も、真っ二つに切り裂かれた人も、身体に大きな穴が開いていた人も……思わず目を背けてしまいそうな、惨劇と、赤と黒と腐臭が混ざった世界が、そこに広がっていたわ。
クーゴと、彼に付き従う側近が生きていたのは安心したけど……でも、"あれ"を生きていたと言っていいのかしら。それほどまでに、彼らは虫の息だった。クーゴはまさに今、彼の前にいた白い魔王……ソフィアによってトドメを刺される。その瞬間だった。
「奴らを守れ、全員死ぬな!」
副長の怒号と共に、私達はクーゴ達に近づく。私はクーゴに肩を回し、必死に声をかけながら、謁見の間を出ようと走った。一刻も早く魔王からクーゴを離そうと、私は全身の力を込めて、出口を目指した。速く……魔王に追いつけないくらい速く! クーゴの身体を支えながら、必死に走る。
「クーゴ! ダメよ、寝ちゃダメだから!」
「……あ、ぅ……」
反応はある。私は安心した。
その瞬間、私の足に痛みが走った。バランスを崩し、床に倒れ込む。……一体何が。そう思って足を見ると、足に切り傷ができていて、そこからどくどくと血が流れていた。痛みで立ち上がれない。
「あら、あなた。昔私の邪魔をしてくれた牛さんですね」
魔王はそう言いながら私にゆっくりと歩み寄る。白い魔王は、血を浴びているせいで、髪も顔も、服でさえ、赤黒く染まっていた。そんな姿も相まって、私は恐怖を感じている。彼女の放つ威圧感。足を斬られて動けず、逃げられない恐怖。何より、彼女の姿は、私を畏怖させるには十分だった。
「……あなた、お名前は?」
突然、魔王は私にそんな質問を投げかけてくる。
……え?
私は驚いて目を見開き、彼女を見据えた。
「……名前を聞いているのですよ」
魔王はそう言いながら、私の足に剣を突き刺した。斬られた右足の膝下に白い剣が突き刺さって床に縫い付けられ、血が飛び散る。足に灼熱の鉄板を押し付けられたような痛みが広がり、やがて全身を痛みが支配する。
「アアァァァァァァーーーーーーッ!!」
私は叫ぶしかできない。
殺される! 殺される、殺される殺される殺されるッ! その言葉が脳裏を支配してそれ以外考えられない。
「あら、この程度で声を上げるなんて。次はどこを斬ろうかしら。ねえ、ネク?」
彼女は剣に向かって尋ねる。まるで、玩具をもらって無邪気に笑っている子供の様に、声が弾んでいた。
『ん~。てのゆびをいっぽんきりおとそっ!』
「いい考えだわ」
指を? 斬られる!?
私は恐怖で身動きが取れず、抵抗もできない。……さっきの痛みが、あと指の数だけ感じるの!?
余裕がなくなる。
「ごめんなさい、許してお願いしますっ!」
私は情けなくそんな声を出すしかできなかった。
助けも期待できない。……でも、私はまだ死にたくない。私が死んだら……弟が。「ルーク」が……! ルークが死んじゃう……!!
「お名前は?」
私が完全に恐怖で委縮しているのを眺めながら、魔王は私にもう一度同じ質問を投げかけてきた。
「れ、レベッカです……レベッカ・リジア」
声が完全に震えている。いや、声だけじゃない。身体がガタガタと震えているのがよくわかる。恐怖でどうにかなってしまいそう。こうしている間も、血が流れていって、死が近づいている事が、怖くて怖くて仕方ない。
「レベッカ……ね」
満足げにそう言う魔王。
「ねえ、レベッカ。私の下に来なさい」
……えっ?
私は思わず顔を上げる。魔王は、私の見下ろしていた。その顔は無表情で、赤い瞳に私の恐怖で怯えている顔が映っている。
「あなたは確か、弟がいるそうね。そして、弟の薬代の為に傭兵団にいるとか」
「な、なんでその事を!?」
私は思わず叫んだ。
弟の事も、私の事も、団長や副長、それにモーゼス、アレンにしか話したことが無い。なんで、なんで? なんでこの人は、私の事を見透かすように笑っているの!?
「どうして知っているか。簡単ですよ。優秀な魔女の魔法のおかげですから」
ああ……魔法って本当に、「理から外れた力」なんだ。なんでもお見通しって奴なのか。
「じゃあ、何? 私の事を知っているからって……一体何が――」
「弟は今、私の城にいるんですよ」
「……は?」
私は思わず腑抜けた声が出てしまい、口をあんぐりと開けていた。
「ど、どういう事? 弟がなんで帝国にいるの!?」
「いえ、ちょうどたまたま破壊した場所にあなたの弟が倒れていたので、保護しただけです。こんな偶然もあるものですね」
魔王は楽し気に声を弾ませていた。……弟が、魔王の手中に……!?
私は八方塞がりになったような、そんな絶望感を感じた。
「まあ、判断はあなたに任せます。弟を見捨てるのであれば、傭兵団に戻ればよろしい。ですが、もし救いたいというのなら……」
「……」
私は、床に手をついた。どうすれば……どうしたらいいの?
たった一人の家族はもちろん大切。だけど、傭兵団の皆を裏切る事はできない。……どうしたらいい? 誰か教えて……。誰か……!
「レベッカ!」
その時、魔王の背後からモーゼスの声が響き、魔王の身体はワイヤーに縛られた。
「スカイ君、お願い!」
「ッス!」
スカイは弓銃を構え、魔王に向けて矢を放った。だけど、魔王は素早くワイヤーを振りほどいて、私の足から剣を抜いて素早く宙に身を投げる。ひらりと飛び上がって、弓銃の矢を斬り落としていた。
「レベッカさん、僕につかまって。逃げますよ!」
いつの間にか隣にヘクトがいて、私を抱き上げる。重そうに苦悶の表情を浮かべていたので、私は思わず、声を出した。
「ヘクト、無理よ! あなたじゃ――」
「うるさい、気が散る!」
ヘクトはひときわ大きな声を出して、城の外まで走った。ヘクトの背後を見ると、魔王の放った閃光を、モーゼスがワイヤーを振って切り裂いて掻き消す。スカイは、モーゼスの援護をして魔王に向かって弓銃から矢を放ちながら、倒れているクーゴに肩を貸して、こちらに向かって全力で走ってきた。
「副長は?」
副長の姿が見えないので、私が尋ねると。
「安心してください、謁見の間を爆破して他の人を連れて逃げました。あとは僕達だけです。あと、喋らないでください。うるさいですから!」
ヘクトは余裕なく、私を抱えて走る。彼の身長と病弱な体質、そして筋力じゃ……私を抱えて逃げるだけでも全力なんだろう。私は「ごめんなさい」と素直に顔を伏せてつぶやいた。
涙がこぼれて、頬を伝う。……ううん、大泣きしてる。だって、目から出てくる熱い涙が、ポロポロと流れて止まらない。どうすればいいかわからない不安と、仲間が助けに来てくれた安心感で、緊張の糸が切れたからかしら……。
今は、泣く事以外できない。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43