ダーク・ファンタジー小説
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- 叛逆の燈火
- 日時: 2023/03/06 20:05
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。
ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。
アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。
ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。
「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」
果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?
余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞
2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止
目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.28 )
- 日時: 2022/08/29 22:53
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
……なんてことがあったのを皆に聞かせてると、モーゼス兄ちゃんが「あらあらそんなことが!?」なんて驚いてた。ったく、二度と顔を合わせねえつったのに、また王城に行くのか……。憂鬱だなぁ。俺はそう思いながらあからさまな深い溜息を吐く。
「アレン、どうするの? 行きたくないのなら、別に私が代わりに行くわよ。代わりに頼みたい事があるんだけどね」
「頼みたい事?」
師匠の言葉に俺は首を傾げた。なんだろう、頼みたい事ってのは?
「うん、まあなんてことはない、指定の場所で待ち合わせてるんだけど。ヘクト君とモーゼス君。それに他の面々と一緒にこの場所に来てほしいっていう依頼なの」
「誰からの依頼なんですか?」
ヘクトが本を閉じて脇に挟んで師匠を見上げている。師匠は頷きながら答えた。
「それがスティライアの人らしいの。結構な上玉だから、アレン君。失礼のないようにね?」
「――って、なんで俺だけだよ!」
「王女様にも手を上げかけたんだから、危ういじゃない」
「上げてねーよ!」
俺は思わず叫ぶが、ヘクトがやれやれと肩をすくめる。
「うるさい人ですね。そういう短気な人が危ういというんです」
「全くだ」
エルが同調している。……ぐうの音も出ねえ……!
「ま、お兄さんもいるし。だいじょーぶよ」
モーゼス兄ちゃんはそう言いながら俺の背中をバンバンと叩く。大笑いしながら。
ま、まあ……そういう事なら大丈夫か、な。俺は頬を指でポリポリと掻きながら納得することにした。
―――
まあ、そんなわけで、俺達は王都の外れにある鬱蒼とした森へと来ていた。俺とモーゼス兄ちゃん、それにヘクトとエル。その他数名の団員達。数名程度で、依頼の指定の場所を目指している。……不気味だ。魔物の声も聞こえるし、足元はツタやら木の根っこでギッチリ敷き詰められてて、だいぶ歩きづらい。多分この中で一番体力のないヘクトも、足元の悪いこの森を歩くのはきついらしく、息が上がっていた。
「ヘクト君、大丈夫?」
「へーき、です……」
ヘクトはそんなことを言いながらも息切れしていた。ホント世話の焼けるやつだな。
「ちょっと休憩しようぜ、俺も疲れたしよ」
「あらあら。アレン君もお休みする? じゃあ俺も~♪」
俺が休憩すると口にした瞬間、モーゼス兄ちゃんが手を叩いてにっこりと笑った。兄ちゃんの満面の笑みは、自然と安心感が出てくる。ヘクトの方を見やると、困惑しているようにこっちを見ていた。
「休憩するんですか?」
「ああ。お前もつらいだろ」
「い、いえ。まだ歩けますよ」
ヘクトは強がっているのか、首を大きく横に振って全力で否定する。……なんか、ルゥを思い出すな。あいつも休憩するつってんのに強がってたな。ま、こういう奴は大抵――
「休憩しねえと、この先ずーっと休憩しねえぞ」
「……っ!」
驚いて目を見開くヘクト。すると、無言で隣に座った。やぱ休憩したいんじゃねえか。俺は笑みを浮かべた。
「あら、アレン君が笑うなんて、久しぶりかもね」
「……そ、そうか?」
「うん。もう数年は戦いに身を投じていたせいかしらね。あんま笑ってなかったわよ」
モーゼス兄ちゃんがおもむろにバッグからコップを人数分取り出し、ボトルの中身をコップに注いで、ニコニコと笑っている。注がれた飲み物を皆に渡しながら、モーゼス兄ちゃんは続けた。
「戦い続けていたり、誰かを守る為とは言え、血を浴び続けていたら……笑うに笑えなくなるわいな。そりゃあそうさ、誰かを傷つけても笑うなんてできないわね。でもさ……笑顔を忘れてしまったら、もうそれはヒトではなく、怪物になってしまうわよ。表情あってこその人間ね」
兄ちゃんが笑いながら一人一人にコップを渡す。
笑顔を忘れてしまえばそれは怪物……あいつ、ソフィアはどうなんだろうな。俺はふと考える。
奴は大多数の人間を手にかけ、幾多の血を浴びて、殺戮の中でそれでも笑っていられるんだろうか。氷のように冷たい無表情で、一体何を考えてるんだか。……いや、俺も同じか。俺も自分の身を守る為、取り戻す為に血を浴びているんだから。
……もう戻れそうにないな。
俺は俯いた後、握り拳を作って自分の額に当てる。
「……悩むのは良い事だ。それは人間の特権だぞ」
エルが俺の隣に座る。コップを片手に。
「取り戻す為、守る為。誰かの為に戦うのは、感情を持つ人間くらいだ。誰かを憎み、誰かを慈しむ。我にはない感情だ」
「なんだよ、羨ましいのか?」
エルは俺の問いに首を傾げる。
「羨む……それも我にはないモノだな」
「ないものだらけだな」
「我はまだ生まれて7年程しか経ってない。経験も乏しい。だが……」
エルが俺の顔を見た。真っ赤な瞳が俺を見据える。
「お前と邂逅した事は、我にとっての糧ではあるな」
「素直に嬉しいっていえよ」
「……うれしい」
エルがぼそりとつぶやいた。
「うれしいか。我は、多分うれしいのだろうな。こうして話をするのも、こうして茶を飲むのも、皆と一緒にいるのも。我はうれしいと感じているのだろう」
「お前はホント他人事みたいに言うよな。7年前のあの時からさ」
よくわかんねーけど、こいつは誰かといると嬉しいようだ。ま、俺も同じだけどな。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.29 )
- 日時: 2022/08/31 18:48
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
で、休憩も終わったわけで、俺達は再び出発した。
足場は悪いが、今は進むしかない。森の奥へ行くごとに、どんどん暗くなっていく。今、本当に昼間なんだよな? ってくらい暗い。ダジャレじゃねえぞ。
俺達、こんな昼間でも日の当たらない森に入ってて大丈夫なのかね。なんて俺が何気なく呟くと、一緒についてきてた団員の空色の髪の兄ちゃんが返事をした。彼は「スカイ・ムー」。
「大丈夫ッスよ、アレン。俺の風読みのドライブが目的地から入り口まで案内してくれるから、俺がいる限り迷って骨太郎にはなったりしないッスから」
「ほ、骨太郎ってなんだよ……」
「あ、ほら、指定の場所ッスよ。意外と深いところまで来たもんスね」
スカイ兄ちゃんが目的地らしき場所を指さす。
そこは森の開けた場所で、光も届かない木々の中……だけどそこには、招かざる奴らの気配がした。木々の隙間からこちらを覗き込んでる。しかも一人や二人じゃねえ。俺達より明らかに多い。俺がモーゼス兄ちゃんに目配せすると、兄ちゃんも察したように頷く。
「アレンさんの知り合いですか?」
ヘクトがこんな状況だというのに冗談を口にする。……俺は首を振った。
「んなわけない」
「でしょうね。この依頼……それ自体が罠でしょうね」
ヘクトの言う通りだろうな。
奴らは一体何者か――という疑問は、すぐに奴ら自身が解消してくれた。
「エクエス傭兵団……いや、「アレン・ミーティア」。皇帝陛下の御為に、貴様らはここで滅ぼしてくれる」
木々の間から太い声が響き渡る。その声を合図に、足元に風を切るように何かが閃く。地面には一瞬前までにはいなかった1本の矢が地面に刺さっている。いや、1本だけじゃねえ! 木々の間から俺達を囲うように絶妙に配置された奴らが、弓、石弓を使ってこっちに矢を放ってきた。
皆なんとか避けるものの、肩にかすったり、足や顔、脇腹なんかに矢が掠って赤い線が浮かぶ。……これじゃあ格好の的じゃねえか!
「アレン君、伏せて!」
モーゼス兄ちゃんがそう叫ぶと、手に持っていたワイヤー……いや、ペンデュラムだ。それを垂らし、次の瞬間に弧を描くように振り回す。
振られたそれがビュンッと風を切り、放たれた矢が全て真っ二つとなって地面に落ちた。
……モーゼス兄ちゃんのドライブ、「クレスルナ・アーツ」。ペンデュラムを振ると、一瞬だけだが空間を切り裂く事ができる。って聞いた。一瞬だけでも矢を全部落とせたのは好機だ。
「皆、ついてこい!」
スカイ兄ちゃんが叫ぶと、俺とエルを除いた団員全員が兄ちゃんの指さす場所を目指して走り出す。俺はと言うと、皆が走るのを見届け、その場にしゃがみ込む。そして自分の影に手を当てた。
「アレンさん!?」
「ちょっと、アレン君!」
背後からヘクトと兄ちゃんの声が聞こえてくる。俺は、背後の団員達が巻き込まれないように目の前に影を伸ばした。奴ら……いや、この辺一帯を自分の影で覆いつくし、木々に隠れている全員を影で取り囲んだ。一つの箱に、あいつらと俺、そしてエルだけが収まるように。影は大蛇のように口を開けて、俺達諸共奴らを飲み込んだ。
周囲は真っ暗。光すらない空間。もちろん、俺も奴らも互いの顔すら見えないはずだ。光のない、漆黒だけが支配する空間では、目は役に立たない。エルは察したように剣となって、俺の手の中に握られる。
奴らはざわめくが、俺が一人である事に気づいたのか、すぐにそのざわめきが静かになる。奴らの一人がせせら笑った。
「まさか、貴様一人で我々をどうにかしようというのか?」
当然のことを。
「当たり前だ。お前らなんか、俺一人で十分」
「舐められたものだ」
カチャカチャと武器を手に取る音が聞こえる。視界が奪われてるっつーのに、俺の居場所がわかるみたいだな。すげーや。虫みてーだな。
「貴様は危険因子だ。去ね」
思わず吹き出しそうになるほどの三下のセリフだなぁ。……こいつら、皇帝――あの悪魔の何が良くて嬉々として従ってんだろうな。あんな悪魔に……!
俺は苛立ちを覚え、右手をぎゅっと強く握りしめる。強く、強く。
そんな殺意と同じくらいの苛立ちに反応してか、俺の右腕が変貌した。相変わらず、右腕からは声が聞こえる。だけど、エルが俺に向かって「呑まれるなよ」と一言。多分そのおかげで、右腕からの声が気にならなくなった。
「ごちゃごちゃうるせえよ、三下共が。もう二度と、お前達帝国に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」
俺がそう叫び、剣を構えた。
視界は暗闇の中のはずなのに、あちらは真っ直ぐ俺に向かって襲い掛かってくる。だけど、あいつら……忘れてるのか?
この箱の中は、いわば、俺の腹の中みたいなもんだってことをな!
―――
影が晴れると、毒に侵食されて肌が黒ずんで、しかも身体が穴だらけの黒マントの奴らが倒れていた。傭兵団の皆はもう逃げているみたいだ。良かった。
俺は彼らを見下ろす。こいつらの風貌からして、多分暗殺に特化した部隊なんだろう。だから弓とか石弓とか、今手元に落ちてるダガーとか持っていたってわけだし、闇の中でも俺の居場所がわかっていた。多分、訓練して視覚を奪われても動けるんだろうな。
エルが剣の姿から元に戻り、奴らに近づく。リーダーっぽい男が近づいてくるエルを睨んだ。
「……我々が滅びようとも、陛下は止まらぬぞ」
だろうな。
ま、こいつらは下っ端だな。多分。てことはあの悪魔の痛手になるどころか、かすり傷一つも負わせられなさそうだ。役に立たねえな。俺はこいつらをどうしてやろうか、なんて考えたが……何もしないでおこうか。そう結論付けた。
「だから?」
俺は近くの木の幹に腰かけて、興味なさそうに奴を眺める。毒は徐々に骨の髄まで浸食して、苦しんでいきながら死ぬんだろうな、奴らは。いい気味だ。
「……この、悪魔め」
「悪魔は俺じゃねえ。あのソフィアとかいう皇帝陛下様様だろうが」
俺は頬杖をついて、彼らを嘲笑いながら吐き捨てた。我ながら、性格が悪いと思う。だけど、こうでもしないと……帝国は誰かの自由を、命を、何もかも平気で奪うんだ。だから俺がこいつらの自由を奪ったっていいだろ。
「見ててやるよ。お前らが毒で苦しみながら絶命してくれる様を」
俺はそう肘をついて見下ろしていた。
「祈れよ、もしかしたら神様が助けてくれるかもな」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.30 )
- 日時: 2022/08/31 19:35
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
奴らの肉が溶けて、腐ったドブと血が混ざりあって吐きそうな臭いを発するまで、俺は見届けていた。あとは黒い布と腐肉が所々にへばりついた、赤が混じり合う白骨だけが残っている。
ホント、このドライブ能力……「バイアスヴォイド」は便利なものだ。死体の後処理が楽で仕方ない。このドライブ、最初は自分も毒に侵されて何度も死にかけたけど、この7年間でやっと使いこなすことができた。魂も浸食する猛毒……ムカつく帝国の連中をぶっ殺すにはちょうどいい。
さて、目の前の骨は魔物のエサにでもするとして……。
「あー、どうするかな」
奴らが骨になったのをじーっと眺めていたら、森の奥にいた事を忘れていた。スカイ兄ちゃんがいないと、森を抜けるのは一苦労だぞ……。って考えていたら、エルが突然歩き出す。
「おい、エル?」
「こちらだ」
エルの歩みに合わせて、俺は彼女の背中を追う。まるで道が解るかのように、一切迷う事もなく、森を抜ける事が出来た。
森の外は既に夕方。茜色の夕陽が景色を赤く染めあげている。
傭兵団の面々が俺を待っていてくれていた。団長、副長にモーゼス兄ちゃん。それにヘクトにスカイ兄ちゃん……師匠を見ようとすると、突然抱きついてくる。師匠の香りが鼻につく。安心感のある匂いだ。
「もう、無茶して……ばかっ!」
師匠が泣きそうな声で俺を抱きしめる。心配かけちまった。シスターも俺の帰りが遅いと、いっつも心配してこうして抱きしめてくれてたなぁ……なんて思い出す。
「……悪かったよ」
俺はそう答えた。今はそれだけしか答えることができなかったんだ。
そこに、団長が近づく。
「お前達を襲ったという、連中は?」
「今頃骨だけになってるよ」
俺が森の方を見ながらそう答えた。……流石に奴らを嘲笑いながら見殺しにした。なんて言えるわけがない。隣にいるエルも、空気を読んでいるのかわからんけど、ずっと黙っていた。
「……まあ、いい。同盟の件は一先ず済んだよ。皆、これから宿に戻る。明日以降の予定は朝一に知らせるから、早く寝て早く起きるんだぞ」
団長は俺の様子を見て、何かを察してくれたようだ。俺を含めた全員にそう声を張り上げて伝えた。皆頷き、王都へと歩き出す。師匠は俺から離れ、俺を見ていた。
「アレン、王女様から言伝をもらったわ。……「夜、皆が寝静まった時に門前で待っています」だそうよ」
言伝を聞いて、俺は顔をしかめた。
うげ、あの王女様にまた会うのかよ。……やだな。あいつ苦手なんだよ、俺。
「ことわ――」
「女の子の約束を無下にするのは、いい男のする事じゃないわ。行きなさいな」
師匠が俺の言葉を遮ってぴしゃりと言い放つ。……畜生、拒否権ねえじゃねえか。
「わ、かったよ……」
俺はそう答えるしかなかった。
―――
というわけで、夜。皆が寝静まり、沈黙が暗闇を支配している。俺は皆寝ている事を確認すると、宿をこっそりと抜け出した。
街は完全に寝静まっているのか、街灯の光だけが道を照らしているのみで、あとは天高くからの月光以外は、闇に包まれているわけだ。俺は王城へ向かう。俺の服は黒ずくめだから、闇の中だとあまり目立たない。こういうところは結構助かるもんだな。
王城の城門の前へ到着すると、闇の中でも目立っている、月光に照らされた白。そして金髪。ああ、王女様がもう待っていた。俺は彼女に近づく。
「お待ちしておりました」
王女様はそう言って、俺に会釈する。俺も釣られて同じ動きをした。
……俺は帰りたくて仕方ねえけどな。なんて思いながら。
「お待たせしました、王女様。こんな無礼者に一体何用でございまするか?」
俺は嫌味たっぷりに尋ねると、王女様は首を振る。
「無礼を働いたのは私の方です。申し訳ありません、アレン」
……驚いた。王女様のくせに頭を下げるんだ。絵本に載ってたお姫様とかって、大抵自分が偉いなんて思ってて、平民を見下して威張ってるもんだと思ってたぜ。
「……それより、何ですか。こんなところに呼び出しておいて」
俺は王女様の謝罪を無視する。もう二度と顔を見せるな! って言ってくれた方が楽だなぁと思って、わざと無礼な態度をとっているんだが。王女様は別になんてことはない。普通に接してきてくれる。
「正式に同盟を結び、来るべき時に進軍すると、お父様から聞き及びました」
「ああ。そうだな。同盟軍を集めて革命を起こし、帝国の悪魔を討つ。そうすればこの大陸は奴から解放されるんだ」
「……革命、ね」
王女様はふうっとため息をつく。
「革命を起こすのは大層ご立派なお話ですけど、大陸に暮らす民を巻き込むのは頂けないわ」
「……はあ」
俺は呆れて間の抜けた声が出る。「この女、やっぱり世間知らずのお姫様だな」と、そう思った。
俺の様子に気が付いているのか、気づいていないのかはわからないけど、彼女は続ける。
「この国を憎しみで戦火に巻き込むつもり? ……帝国と争ってもし、万が一に負けたらどうするの! 苦しむのは罪のない民達よ!」
「でも、行動を起こさない限り、現状は変えられませんよ」
「だから、その行動が問題なのよ。話し合いで互いに譲り合うとか、そういった方法があるでしょ!? 革命なんて無謀よ。命が悪戯に失われるだけだわ!」
王女様は俺にそう強く言い放つ。しんとした宵闇に響き渡る声で、誰かが起きないか心配だったけど、そんな心配よりも、目の前の女を、俺は冷めた表情でただ見ていた。
……やっぱりわかってねえな、このお姫様は。そう思いながら、俺は口を開く。
「で、お姫様は何をどうしたいんだ?」
「……え?」
俺が尋ねると、お姫様は目を丸くする。……否定するのはいいけどさぁ。
「革命を否定して、戦火から国民を守りたいって考えは大層ご立派だと思いますけどね」
俺は彼女の言葉をオウム返しする。俺は自分の言葉を並べているうちに、つい感情的になってしまった。止まらず彼女に本音をぶつける。
「じゃあ、それを否定するお前は何をどうしたいんだよ? 帝国に従って死ぬのか? あの悪魔に良い様に使われて、苦しみ喘ぐ大好きな国民達を生贄に、保身に入りたいってか?」
「ち、ちが――」
「違わねえよ、偽善者。中立を気取る奴は、自分の身を守る為にあーだこーだと理屈並べて、偉そうに言うけど行動はしない、結局何もしねえ。口だけは達者だな!」
「あ、う……」
俺は何も言い返さなくなったお姫様を冷たく睨んだ後、大きくため息をついた。
「話し合い、譲り合い。そんな事はお前の父さんだってもうやってきたはずだろ。でも奴には届かなかった。だから傭兵団とこの国の同盟が結ばれたんだ。しかも、秘密裏でな。……そんなこともわかってなかったのかよ? 綺麗事並べる前に、周りを見ろっての」
彼女は俯いた。彼女の頬が月灯りを反射する。涙か。泣かしちゃったな、師匠に怒られてしまう。なんてのんきな事を考えつつも、目の前のお姫様に腹が立って仕方なかった。
「話は終わりだ、お前みたいに何もしねえで、他人のフリして高みの見物を決め込んでる奴ってさぁ、心底腹が立つんだよな。口だけじゃなくて、手を動かせよ」
俺は苛立ちながら強く言い放ち、踵を返してその場を立ち去った。
クソッ。本当に腹が立つ……!
- Re: 叛逆の燈火 ( No.31 )
- 日時: 2022/08/31 22:47
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
彼が背中を向けて立ち去っていくのを、私は黙って見ていた。……引き留めても、なんて言えばいいのか。
彼と全く同じ言葉を、7年前にも言われたわ。信じていた親友に。いえ、厳密には親友"だった"。あの子の事を思い出すと、顔の傷が疼く。私は思わず顔右半分に手を当てた。
――偽善者が。自分が一番かわいいくせに
あの子の言葉が脳内に蘇る。
……私は、私の考えは。あの子やアレンの言う通り、偽善なのかしら。
「でも、悪戯に命を奪う事は……」
許されない行為だ。……それを曲げるつもりはない。
―――
7年前、声が聞こえてきた。脳内にぐわんぐわんと響くような声。恐らく、こんな事ができるのは帝国の魔女である「ゴーテル卿」しかいない。そうお父様は言っていた。
それに、この響き渡る声。聞き間違えたりしない。ソフィアだわ。
感情のない声、だけど覇気があって声を聴いた者を捻じ伏せてやるという、強い意志を感じる声だ。
数年くらい会っていないけど、なぜこんなにも変わってしまったのだろう?
"世界への叛逆"? 何を言っているの、ソフィア……昔は「父上のような優しい皇帝になる」と言っていたじゃない、私と共に理想を語り合ったじゃない!
数週間後、ソフィアがゴーテル卿と幼い女の子、そして黒い鎧を着こんだ騎士達――帝国軍を引き連れて謁見の間へと入ってきた。突如、お父様は帝国軍数名によって取り押さえられ、抵抗する間もなく地に伏せられた。
「陛下……ソフィア様! 一体、これは、どういうことですか!?」
突然の事に、お父様も兵士も、私も動けない。いや、それだけじゃない。何か身体が見えないロープのようなもので縛られている感覚が、身体に纏わりついている。動こうにも身体が硬直して動けない。
これが魔女の力? そんな事を考えていると、私もお父様のように抑えつけられる。無抵抗で地に伏せられた。
「そ、フィア! なぜこんなことをするの!? 私達、親友でしょ!?」
私が必死に彼女に向かって叫ぶと、彼女はその言葉を聞いて冷たい目……まるで汚い物を見下ろすかのような表情で、私に歩み寄ってきた。ゆっくり。ゆっくりと。
「……親友。聞こえはいいですが、私にそんな無駄なモノは持ち合わせていません」
「……は?」
私は思わず情けない程の腑抜けた声が口から漏れた。
……ねえ、ソフィア。なぜあなたはそんな顔で私を見るの? ねえ、私達、親友だと言ってくれたじゃない。ねえ、ソフィア!
「エイリス・スティライア。あなたは優しいお姫様だわ。誰も傷つけず、誰もが敬う美貌の持ち主。私もそれが誇りだった。……でも、あなたは私を助けてくれたりしなかった。知らなかった、気づかなかった。いいえ、もしかして、見てみぬふりでもしてた?」
「ちが――」
私の言葉を遮るように彼女は続ける。
「どうせあなたは自分がかわいいの。他人なんかどうでもいい、そう思っている。あなたも……見てみぬふりして無関係を装う、愚かな人民達と同列だわ。それで私を信じてる、気にかけてただなんて……笑わせないで」
彼女は表情を変えない。
ねえ、ソフィア……私をそんな目で見ないで。ごめんなさい、私……
私は思わず顔を伏せる。
「ソフィア……ごめんなさい、私、私……」
「よく見ておきなさい、ウォーレン。あなたの愛してやまないたった一人の愛娘が、傷物になる様をね」
傷物……!?
私は咄嗟に顔を上げ、ソフィアを見る。ソフィアの手には、いつからそこにあったんだろう。真っ赤に染まる、熱を発した鉄板。
私は思わず慄いた。ひっという声が出て、身を引こうとまでしてしまう。動けないというのに。
「あなたは生贄よ。この国を従わせる為の。光栄に思いなさい」
鉄板は私の右の顔に押し付けられる。一瞬、何をされたのかは理解できなかった。だけど、私の脳が、それを理解し始める。……熱い。
「ぎ、あ゛あ゛ああああああああああああアアアアアアアアアアアア……ッぁぁぁっ! 」
痛い、痛い痛い! 痛みでどうにかなりそう! 痛いぃ、痛い痛い痛いッ!!
「ウォーレン、私に従わなければ、この程度では――」
ソフィアの声がどんどん歪んでいく。私の意識が遠くなっていく。……なんで、なんで……なんでこんな事になったの? 私が、悪いの? 私が……
―――
7年前のあの日の事を思い出すだけで、私は憎しみで震えそうになる。
だけど、人を憎むのはいけない事。憎しみは憎しみしか生まない。って、亡くなったお母様が仰ってたもの。だから、お父様のやろうとしている事は、更なる憎悪を生む事になる。
――綺麗事並べる前に、周りを見ろっての
彼の言葉も浮かぶ。
だからと言って、殺し合いは……戦争は何も生まない。だからいけない事よ。
「お父様も、ソフィアも、アレンも間違ってる。誰も血を流さずに何とか平穏に済む方法があるわ、必ず!」
私は、そう信じるしかない。彼らが何を言おうと、誰かが傷ついていい理由にはならない。
そう思い、私は城内へと駆け出した。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.32 )
- 日時: 2022/09/08 23:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
スティライア王国を後にした俺達は、次なる目的地――フォートレス王国へ向かう。
7年前にも来たことはあった。俺とエレノア、それにルゥ。そしてシスターと一緒に暮らしていた修道院……跡。そこがあった場所。それに、バロン達が眠るあの墓場。
あと、思い出したくはねえけど、あの白い悪魔と初めて出会った、クルーガー公の領地の中心街――今は領地は捨てられて廃墟になってるが。
向かっている場所はそこじゃないけど、「途中で修道院跡に行きたいから寄ってくれ」と、団長に言ったら了承してくれた。この7年間、一度も戻ってないけど、きっと荒れ果ててんだろうな。なんて思いながら、俺は空を仰ぐ。本日は快晴なり。雲一つない空だ。
「アレン、どうした。置いていかれるぞ?」
「……なあ、エル」
俺は空を見上げながら彼女に問う。
「死んだ奴はどうなるんだ?」
そんな、誰に聞いても答えはてんでバラバラの質問に、エルはあからさまなため息をついた。
「我が知るわけもないだろう。そんなこの世の全知を手にする学者でも答えられぬ事を」
「だよな」
「どうした、今まで幾多の血を浴びたお前も、流石に死ぬのは怖いのか」
「怖いに決まってるだろ。7年前のあの日からずっと、死ぬのは怖いと思ってる」
「自分は殺しているのに、殺される事が怖いのか。それは些か――」
「卑怯だし、道理じゃない。わかってる。自覚してるんだよ、そんなことは。だけど、俺はあの悪魔が生きている限りは死ねないし、あいつを殺すまでは死にたくない」
俺がまた憎しみに顔を歪めている。その顔を見たであろうエルは無言だった。
「シスターがさ、「人は死んだら神の御許にいく」って言ってたんだよ」
俺はずっと同じ姿勢をしていたので、流石に疲れてきた。楽な姿勢になって、エルの方を見る。エルも、俺の方をじぃっと見つめ返してきた。
「神なんかいるはずねえよな。いたら、なんであの時、シスターが死んじまったんだろうな」
「それは、偶然という偶然が重なったせいだろう。お前の話と皆の話を照らし合わせれば、だが」
「偶然、か。それすらも神サマが示し合わせたってのか。とことんムカつくぜ」
「神の存在は、いわば宗教の商売道具。人間の妄想の産物だと我は思っている」
エルは「おいていかれるぞ」と、前を示し、歩き始める。俺もエルに歩幅を合わせて歩み進める。エルが歩きながら語り始めた。
「全ての事象は、何か因果があり、それが結果となる。例えば、お前のその足元の石。つまづくと転んでしまうだろう」
「ん、確かに」
「石を踏み越えれば転ばずに済み、怪我もしない、無傷だ。だが、それに気が付かなければ、お前は躓いて転び、何かしらの怪我をする可能性がある。もしかしたら、打ちどころが悪く、一生立てぬ事もあり得る。これが因果だ」
話が見えてこねえな……
「それがなんだよ」
「神を信仰する者は、因果を神の定めた道程だと言う。先ほど言ったように、石に躓く事も。それに、平穏を過ごしていた者が、突如死ぬ事も」
……シスターが自分が死ぬことも神の定めた道程だって言いたいのか? シスターが、自分の死すら神の示し合わせだってのか!?
ふざけんじゃねえよ、だったら――
「じゃあ俺は神なんか絶対信じねえよ。そんな話聞いたら猶更、神がシスターを殺したようなもんじゃねえか」
「それならそれでいい。神を崇めようと、拒絶しようと。お前がそう思うのならそうなのだろうな。我には関係のない話だ。」
エルはそう言いながら、歩みを早める。
「遅れるぞ」
「わかってるよ……」
俺はそう答え、少し遠く離れている団員たちの背を追う。
その間にも俺は考えていた。
エレノア、ルゥが帝国にさらわれて消息不明なのも、シスターが死んじまったのも。全部あの悪魔が悪い。あの悪魔が、俺達にあいつを嗾けてこなけりゃ、誰も傷つかずに……いや。
――あいつが生まれてきたから全部狂ったんじゃねえのか?
だとしたら、あいつはとんだ疫病神じゃん。
「エル、神はいるよ」
「……どうしたのだ、急に」
エルは相も変わらず無表情なんだが、驚いた様子だった。
「神、信じてもいいかもな。まあ、そいつは俺がぶっ殺してやるんだけど」
「ああ、そうだな。神がここにももう一人いたよ」
エルは「死神がな」と付け加える。
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