ダーク・ファンタジー小説
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- 叛逆の燈火
- 日時: 2023/03/06 20:05
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。
ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。
アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。
ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。
「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」
果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?
余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞
2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止
目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.123 )
- 日時: 2022/12/04 22:52
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
副長たちが帰ってきたのは、それから十日以上経ってからの深夜だった。皆傷だらけで、中には逃走中に息絶えた人もいる。一番傷の浅い――とはいえ、見るに堪えない生傷を負っているシャオ兄ちゃんが、その現状を俺達に伝えてくれた。
ル・フェアリオ王国は王が魔王側に付いた事。魔王に襲われて「ユートピア」は実質の解体と言う事。そして何より……クルーガー公が戦死した事。亡骸は灰と化し、連れて帰る事が出来なかった事。それらを聞かされて、数日前に目覚めた団長は、悔し気に歯を食いしばり、握りこぶしを長机に叩きつける。机が粉々に割れてしまう程、団長は怒りに震えていたんだ。
「……他に誰が死んだ?」
団長は静かに副長に尋ねる。
「「ルネット」、「ガイアス」、「ジュン」。治療の余地が無さそうなのは――」
副長が次々と死傷者の名前を挙げていった。俺も世話になった兄ちゃんや姉ちゃんの名前。……胸がチクチクと痛みだして、涙が自然と零れていた。けど、バレないように俯いて、こっそり涙を腕で拭う。この中で一番泣きたいのは、俺じゃない。
俺は涙を拭った後、顔を上げた。
「ところで、師匠は?」
俺は、師匠の姿が見当たらないもんだから、副長たちに聞く。
「レベッカは……傷は奴も相当なんだが、塞ぎ込んじまってな」
「え!?」
驚いた。師匠は、だって……こういう時率先して皆を励ましているはずなのに。そんな師匠が塞ぎ込むなんて一体何が?
「あのレベッカが塞ぎ込むとは。一体何があったのだ?」
俺の背後でずっと俯いて考え事をしていたエルが、首を傾げた。
「……いや、俺達もわからないのよ。ずっと涙を流して、歩く気力さえなくなったみたいに、ずっと上の空でね」
モーゼス兄ちゃんが頬に手を当てて、うーんっと唸る。
「師匠は、今どこに?」
俺は踵を返しながら尋ねると、モーゼス兄ちゃんは「医務室よ」と答えてくれたので。礼もそこそこに、兎に角師匠の下へ行こうと走った。医務室の場所は、確か会議室の二つ隣のはずだ。俺は医務室の扉をバンっと開き、中へ飛び込む。
医者達が驚いてこっちを見る。俺は、構う事なく目の前にいた女の人に、師匠の事を聞いた。
「あの、ししょ……レベッカ・リジアはどこに?」
「あ、ああ……リジアさんは、あの奥の方のカーテンの中ですよ」
女の人が指さす方向には、部屋の奥の方に、確かにカーテンが閉め切られている。
俺は礼を言うと、俺は居ても立っても居られず、かつ早歩きで近づいて、師匠がいるというカーテンを掴んで開いた。
中には、俯いてシーツを握り締めて小さくなっている師匠がいた。小刻みにカタカタとシーツを握る手が震えていることがよくわかる。俺は師匠に近づいて、その震える両手に触れた。
「師匠」
俺がそう呼びかけると、初めて俺の顔を見上げる師匠。その顔は涙の跡でくしゃくしゃになっていて、げっそりとしていた。いつもの美人の顔が台無しになっている。何かあったんだろうかと、俺は師匠の近くまで歩み寄った。
「どうしたんだよ、師匠。何かあったのか?」
「あ、れん……」
いつもの師匠なら「あら、アレン。私の顔に何かついてる?」くらい言って、俺を茶化すんだが……今日の師匠はそんな余裕すらない。俺の顔を見るなり、青い瞳を濡らして、大粒の涙を止めどなく流し始めた。まるで滝のように流れ出る涙。しゃくり上げ、俺に抱き着いてくる。俺は驚いて思わず「お、おい」と口に出かかったが、師匠が先に声を出していた。
「私……っ! 私、私どうしたら……! わからない。わからないの。どうしたらいいの!?」
そう泣き叫ぶように、俺に繰り返し口にして、わんわんとただただ号泣。俺はどうしたらいいのかわからず、師匠の背中をぽんぽんと優しく叩いて、さすってやる事しかできない。
いつもは俺が師匠に優しく撫でてもらい、慰めてもらい、叱咤激励をしてもらう立場なんだけど。今日は逆転していて、師匠がとても小さく見えていた。
「落ち着けよ、師匠。大丈夫。俺はいつも師匠の味方だからよ」
俺は師匠がいつも言ってくれるあのセリフ。
『落ち着いてアレン。大丈夫よ。私はいつだってあなたの味方なんだから』
それの受け売りだけど、俺は師匠をまず落ち着かせるために、そう言って慰める以外できない。妹のエレノアや弟のルゥが泣いている時も、そうやって背中をさすって、まずは落ち着かせていたことがある。……師匠もきっと、何か悲しい事や、ショックを受けてこうして取り乱しているんだ。
本当に、一体何があったんだろう。
師匠がこんなに取り乱す程の事って、想像もつかない。前に聞いた、弟の事だったりするのか? だとしても、今は教会に預けてるって言ってたような言ってなかったような。
……仮に、弟に何かあったとして、俺に何ができるんだろうか。子供の俺じゃ、師匠の悲しみを取り除くことだって難しい。どうしたらいいのかな……。
俺はそう思いながら、心がいつになくざわざわしていて、気持ち悪かった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.124 )
- 日時: 2022/12/04 23:41
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
弟の事だとはわかっていても、師匠の口からそれを聞いてみたい。そう思い、俺は師匠が落ち着いたところで、できるだけ穏やかに尋ねた。
「まず、さ。何があったか言ってくれよ。でないと、さ。わかんねえじゃん」
俺が師匠の隣で、彼女の手を握りながらそう言うと、師匠は顔を伏せてしまう。
「……」
「俺、頼りになんないかな?」
俺がそう尋ねると、師匠は首を振る。
「そうじゃない……だけど、どう言えば。わからない」
師匠の沈み切った声に、俺はどう対応すればいいかわからず、俯いて考え込む。
すると、俺を追ってきたであろうエルが、カーテンを開いてこちらに歩み寄ってきた。師匠の様子を見て、「ひどい顔だな」と一言言うと、師匠の隣に座り込む。
「今のお前はすごく不安定だ。まずは落ち着くといい。本当に辛い時ほど、そうやって抱え込めば、きっとお前は自分すらも見失う事になる」
エルは、そう言うと、師匠の顔に触れると、額に自分の額を押し当てて瞳を閉じる。師匠は驚いていたが、すぐに安らぎを得たのように同じように瞳を閉じた。師匠のさっきまでの不安定な様子から一変。エルに身を委ねている。しばらくして、呼吸も整い、深呼吸を始めた。
「……ごめんなさい。私、すごく取り乱してた」
師匠がそうぽつりとつぶやくと、エルから顔を離して、エルの頭を撫で始める。
「ありがとう、エル。アレンもね」
そう言って俺の頭も撫で始めた。恥ずかしい気持ちはあるけど、とても心が安らぐ。……よかった、いつもの師匠に戻ったみたいだ。
「まだ不安げだな。何があったのだ?」
エルが師匠の瞳を見てそう尋ねると、彼女は口を噤む。
「……えっと」
師匠は何か言いたそうにはしてるんだが、やっぱりなんだか迷っているようでもある。
「ちょっと、ここじゃ言いにくい。……どこか、誰もいない場所に行きましょう」
師匠はそう言うと、立ち上がろうとするので、俺は慌てて師匠を支えた。
「足、怪我してんだろ!? ここじゃダメなのか……?」
「……ダメ。お願い、私が今から言う場所まで……お願い」
師匠が弱弱しくもそう言うもんだから……俺は、「無理だと思ったらすぐに引き返すからな」ときつく言って、師匠の肩を支えながら、師匠の言う場所に彼女を連れていくことにした。
正直、なんでそんな場所に連れていきたがるのかわからない。だけど、師匠の願いを叶えたいってのもあるし、俺は師匠の指定した場所を目指す。そこは、アストリアと戦ったあの場所。……から少し歩いた、川が流れる崖の上。最近はずっと大雨が降っていたので、勢いよく流れる濁流が、上から覗ける、そんな場所。今日は晴れているとはいっても、地面は昨日までの雨でぬかるんでいる。空には綺麗な虹がかかっていた。背後にはエルがいて、この場には俺と師匠、そしてエルしかいない。他の皆には、師匠とでかけるとしか伝えてないけど、まあ大丈夫か。
「ありがとう、ここまで運んでくれて」
師匠がそう言うと、俺の助けなんか要らないという感じで、突然歩き出す。足の怪我なんかなかったかのように。
「師匠、歩き出しても大丈夫なのか……?」
「ええ」
師匠はそう一言言うと、崖の近くまで歩み寄り、こちらを振り向かず語り出す。誰に話しかけているかもわからないし、俺も「危ないぞ」と言うが、気にも留めてない。
「ねえ、アレン。私に弟がいる事は知ってるでしょ?」
「知ってるよ。前言ってたじゃん」
突然の質問に、俺は驚きつつも答える。
「弟の名前はね、「ルーク」って言うの。あなたと同じくらいで、すごく……意地っ張りでぶっきらぼうで。でもいつも他人の事ばかり気にして。そういう優しいところが自慢なのよ。だから、弟の病気は絶対に直してあげたいし、私も薬代を稼ぐために毎日頑張ってたの」
「……師匠はすごいよな。誰かの為にいつも必死なんだもんよ」
俺は思った事を素直に伝える。師匠はいつも自分の事は二の次で、仲間に寄り添って励ましてくれる。そんな人だ。俺は……師匠って呼んでるくらいだから、すごく尊敬してる。剣士としても、傭兵としても、人としても。
そう言った後、師匠はしばらく黙り込む。
「ねえ、アレン」
しばしの沈黙を破ったのは、師匠の言葉だ。師匠は俺の方に振り向く。
――なんだか、何かを決意したような顔つきだ。師匠がいつも、誰かを斬る時にする目。……なんでそんな顔をするんだろう? 俺の心拍数が上がっていくのが、自分でもわかる。嫌な予感。いや、予感じゃない。きっと今から起きる事は、俺にとっても、師匠にとっても、悪い事なんだ。
師匠が口を開く。
「大切な人と、大切な仲間。あなたはどっちを選ぶ?」
「……なんでそんな事聞くんだよ」
「答えなさい」
師匠が目つきを鋭くし、俺を睨む。
――その答えを聞いて、師匠は何をするつもりなんだ?
――その答えに、何の意味があるんだ?
俺は首を振る。
「その答えを聞いて、師匠は納得できんのかよ」
「ええ。少なくとも……気持ちに整理がつく。あなたの顔を見て、エルに触れて、私はやっと決心がついたわ。守るべき者の為に、剣を握らないといけない事。そしてそれが――」
師匠は突如腰に下げていた剣を素早く鞘から抜き、俺に瞬時に肉薄してきた。喉元に剣先を突き立て、先ほどまでの鋭い視線が、一気に殺意へと変わる。
「仲間であり、弟子のあなたを殺すとしても」
師匠は続ける。
「剣を握れ、アレン。私を止めたければ、私を殺しなさい」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.125 )
- 日時: 2022/12/06 22:04
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
私の言葉に驚きを隠せないって顔してる。当たり前か、私だって逆の立場なら信じられなくて、驚いて、動けなくなっちゃうでしょう。……でも。たった一人の肉親の為だったら、私は……なんだってやるわよ。やるしかないのよ。
私は、あの時――そう、魔王に足を斬られたあの時を思い出す。
『弟を見捨てるのであれば、傭兵団に戻ればよろしい。ですが、もし救いたいというのなら……』
魔王は私の耳元まで顔を近づけた。
『忌まわしい光を放つあの極星……アレンを殺しなさい』
『――ッ!?』
私は目を見開いて魔王の顔をまじまじと見つめる。
私が、アレンを!?
『判断はあなたに任せます。私はいつでもあなたを見ていますので、それだけは忘れないようにね』
魔王は口元を吊り上げて笑う。
……弟は、私の行動次第で、死んじゃうの? 私の手に、弟の命がかかってるって事!? 私は項垂れて頭を抱える。どうすればわからない。まさか、こんな事になるなんて……!
怖い。仲間を裏切る事も、弟を失う事も、こうしてアレンを本気で斬ろうとする自分も。
アレンは私を見上げたまま、未だに困惑しているようだ。……私だってわからない。きっと私は正しくない事をしようとしてる。エゴの為に仲間を、それも大切な弟子を斬ろうと剣を向けている。気分が良い訳がない。
アレンは静寂を破るように、口を開いた。
「師匠……本当にそれって師匠の意思なのか?」
アレンの言葉に、一瞬剣を持つ手に力が入らなくなった。……いえ。弟を救いたいと思うのは本心。嘘偽りはない。私は剣を握る力を強めると、同時にその質問に答えた。
「本心よ。私は元々弟の為に傭兵団にいたもの。これで満足した? 問答なんて意味のない事はしないで。さもないと――」
私は素早くアレンの首を貫こうと、意識を集中して剣を突き出す。
シャキンという鋭い音がその場で響き渡る。アレンが素早くエルを握って、私の剣の軌道を逸らしたんだ。私が教えた剣術。……まあ、それくらい、できて当然よね!
私は2連撃目を繰り出す。横に剣を振り、アレンはそれをも躱す。身体を捻ってそのまま回転して、3連撃目。流石にアレンはそれは避けきれなかったのか、右腕で剣を受け止めた。ザクリと鈍い音が鳴り、右腕から血が吹き出す。
「次は肩!」
私はそう宣言し、アレンの肩に剣を素早く突いた。宣言通りだが、私は意識を集中させ、一瞬で突き出した為か、アレンは対応できなかったみたい。右肩に私の剣が貫いて、また血を吹き出した。
「貫け……!」
アレンが静かに口を開く。吹き出した血の結晶が槍となって飛び出し、私を狙う。私は意識を集中し、それを避けた。だけど、3本の内2本が私の頬と肩を掠ったようだ。私が後退ると、アレンはそれを狙うように、剣を振りかぶってきた。
「だありゃっ!」
「声を出さない!」
私はそう叫び、アレンの剣を弾く。弾かれた拍子に、アレンは剣に振り回され、よろめいた。私はその無防備な彼の心臓目掛け、素早く刺突する。流石の彼も、この攻撃は避けられない。終わりよ。
そう思ったけれど、やはり彼には届かなかった。私の剣は寸前で変形した右腕に止められていた。私は瞬時に引き抜いて、素早く後退る。意識を集中し、再びアレンに向かって近づいた。アレンは私の姿が見えているのか、私が近づくタイミングを見計らい、私の斬撃をやり過ごす。鋭い音と共に、風を切る音も響いた。
「……っ!」
アレンは私の動きを読もうと、必死に目を動かしている。
私はアレンの背後を狙い、素早く斬り上げた。アレンは冷静に対処しようと、剣で弾く。一瞬私の手から剣が離れるけど、私はすぐに持ち直し、そのまま振り下ろした。アレンの肩から身体に切り傷ができる。血も舞い踊った。
「まだ!」
剣をくるりと回し、刃をまるでV字のように斬り上げる。アレンは悲鳴を上げ、私は無抵抗のアレンの身体を素早く蹴り飛ばした。崖近くまでぬかるんだ地面を滑り、泥をかぶりながら転がる彼。当然、まだ立ち上がろうとする。……流石私の弟子。
「まだやる? 私、まだそんなに傷を受けてないわよ?」
「やる……やるに決まってんだろ」
アレンは、泥と血が混ざり合った身体を、剣を杖代わりにしながら起こして、フラフラ立ち上がった。
「じゃ、次は容赦しない」
私はそう言って、彼の腹に拳を入れた。アレンは「ごはぁ」と声を放り出し、血を吐く。続けて、顔に足蹴りを入れて、地面に叩き伏せる。彼は泥の中に顔を突っ込み、ぼしゃんと音を立てながら泥のしぶきが跳ねあがった。
「……」
アレン、こんなに弱かったはずないわよね?
ふとそんな疑問が浮かぶ。一度反撃したきり、それ以降は反撃を全然してこない。私の攻撃をやり過ごしているだけ。……手加減しているの?
「アレン、ちゃんと反撃しなさい。これは殺し合いなのよ!?」
私はアレンに近づき、胸ぐらをつかんで泥まみれの彼に向かって声を荒げた。
「……」
アレンは無言のまま私を見つめ、その後、口を開く。
「手を抜いてるの、師匠の方じゃん」
彼がそう口にした瞬間、自分の心臓が鷲掴みにされ、握り締められるような痛みを感じた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.126 )
- 日時: 2022/12/07 22:34
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「なんですって!?」
私は逆上してさらに大きく叫ぶ。だけど、アレンは私に対して、憐れむ訳でも、蔑む訳でも、同情する訳でもなく。……ただ、私を真っ直ぐ見つめていた。様々な感情が込められた視線。そんな目を、私に向けてくる。
「師匠なら、俺を殺せるだろ。俺はまだ師匠に勝ったことが無い。師匠のスピードに、俺は追いつけない。勝てるはずないんだよ、だって……俺の師匠なんだから」
私の心を見透かすように、アレンは次々と口にする。
……心のどこかで、アレンが反撃してきて、あわよくばそれを受けて死んでしまえば、楽になれる。そう思っていた。私には、弟も傭兵団も選べない。だから、いっその事、アレンの剣で貫かれて。私は裏切り者として死んでしまえば。これ以上何も考えずに……何も抱えずに逝ける。だけど、アレンはそんな私の甘い考えを見透かしていた。私は、アレンに全てを押し付けて逃げようとしていたのか。
――私は、なんて弱いんだ。
そう考えると、私はその場で膝をがくりと落とし、項垂れる。剣が地面に落ち、泥を被った。
「私……、私は。私は、どうしたらいいのかわからないの」
私は本当に、もうどうしたらいいのかわからない。弟を救いたいけど、そんなの絶対にできない。私は、魔王に傷一つ与えるどころか、傷を受けて魔王に怯えている。かといって、魔王の命令通りに動くふりをして殺されようと思って、裏切り者を演じたけど、アレンに見透かされちゃうし。
目の前が滲んでくる。涙が目に溜まってぼたぼたと、泥に落ちて同化した。
「なんでこんな事になったの……私はただ、たった一人の弟を守りたいだけだったのに」
そう、口に出す以外に何もできない。
「……師匠」
「アレン……私を殺して。でないと、私は……弟を守れない不甲斐ないお姉ちゃんのまま、惨めに生きていくしかない」
私の言葉に驚いたのか、息を飲む音が聞こえる。
「そんな事できるわけねえだろ! 俺は、師匠には生きていてほしい。これからも――」
「生きてたって、"生き地獄"じゃないッ!」
張り裂けんばかりの声で、口に出す。
……この同盟がこの後どうやって魔王に勝つのか。そんなの私にはわからない。だけど、このまま戦いが続くのなら。きっと、戦いに巻き込まれた人間は確実に不幸になるだろう。何がいけなかったのか。時代が悪いのか。人が悪いのか。それとも、運命なのか。そんなの、誰にもわからない。
でも一つだけわかる。このままこの戦いが続けば……誰にとっても不幸な結果に行きつくだろう。いつから狂いだしたかわからない、歯車が狂ったまま回り続けて――
「最後は死しかない。それでも生き続けようというなら、それは……地獄だわ」
私の言葉を最後まで聞き終えたアレンは、しばし黙っていた。私も押し黙る。
生きる希望が見いだせなければ、地獄を生きるだけの人形だ。そう、絶望するしかない。
「ああ、そうだな」
アレンはそう答える。
「この世は生き地獄だよ。助けられる人間なんか限られている。全員生き残ろうにも、その後を生かせるかどうかもわからない。本当に、地獄みたいな世の中だ」
そう言ったアレンは、私の腕をつかんだ。そして、その腕を引っ張り上げる。私は足を地につけて、立ち上がった。
「でも、俺も師匠もこうやって、この世界を立ってるだろ。ここが地獄なら、俺達の目指す場所は、今よりいいところかもしれない。だから、希望を捨てないでくれ。無責任だけどさ」
アレンが私の目を見据え、私にそう言ってくれる。その顔は、初めて会った時の少年の顔じゃない。立派な、皆の希望になりえて、星のような煌めきすら感じる。そんな威厳に満ちた青年の顔だ。
他の人がどう思おうと、私にはそう見える。もう、私の弟子じゃない。彼は、巣立った成鳥なんだ。
……彼の青い瞳を見て、決心がついた。
私は、彼にふっと笑いかけると、後退る。
「ありがとう、アレン」
「師匠?」
私は剣を拾い、アレンに向けた。
「でも、ごめんなさい。私がどうしようが、弟は確実に死ぬ。そんな世界じゃ、もう生きていける自信が無い。ごめんなさい」
私はそう言いながら、剣を地面に突き刺した。深く、自分の持てる力を全て込めて。
「お、おい。何してんだよ、師匠!」
「アレン……」
私は背後が崖である事を目で追いながら、後退った。アレンが私のやろうとする事に気が付いて、私に向かって駆け寄ってくる。……残念だけど、アレンのスピードじゃ、私に追いつけはしない。アレンが何かを口を開いて叫んでいるみたいだけど、濁流の音で聞こえない。いや、聞こえてるけど、私が認識できてなかったのかも。
私は後ろに向かって、身を投げ出した。
「裏切り者のレベッカ・リジアは、ここで死ぬ。濁流に呑まれて」
宙に投げ出される私の身体。結構高い場所から落ちたのね。崖から、私に向かって手を伸ばすアレンの姿を最後に、私は――
「ありがとう……」
アレンに向かって、そう声を出したかもしれない。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.127 )
- 日時: 2022/12/08 22:22
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
私はバーバラから報告を受ける。あの牛さん――いえ、レベッカ・リジアは、アレンを殺す事は出来なかった。そして、様々な葛藤の末、自ら濁流に身を投げて行方不明……。まあ、生きているはずはないか。仮に生きていたとしても、もう私の敵ではない事は確実だ。
ル・フェアリオ王国に私自ら赴いて正解だったわね。忌々しく輝く目障りな極星を消し潰す事はできなくとも、傭兵団に大打撃を与えることができた。それだけでもお釣りが来る価値がある。さて、ここで追撃しておきたいのし、私自らがあいつの首を斬り落とすのもいいんだけど……。あいつら並に厄介で鬱陶しい奴――アストリアの傷は、流石にもう癒えて起きてくる頃だわ。奴を一人で城を歩かせる訳にはいかない。だから、別の人間を向かわせることにしましょう。
傭兵団は、次にどう動くか……。私がそう心なしかワクワクしながら、考え込んでいると。
「陛下、スティライア王国の王女が不穏な動きを見せておりますわ」
バーバラがそう私の前に光の玉を差し出す。覗き込んでみると、そこには映像が映っていた。見覚えのある女が似あいもしない鎧を着こんで、この城を目指してるのか、国境付近の森の街道を歩いている。ああ、あのお姫様。私に謀反を起こす気かしら。それとも説得? 説得してどうするのかしら。あの子の事だから、「戦うのはやめて―!」なんて言うんでしょうね。虫唾が走る。もうそんな段階はとうの昔に過ぎ去っているというのに、今度はどんな綺麗事を私に言ってくれるのかしら。
逆に興味が湧いてくる。
「お姫様は、こちらに向かってくるのでしょうね」
私はうんざりしたように声を出すと、バーバラは頷いた。
「いかがいたします?」
バーバラがそう尋ねると、私は腕を組む。
ま、どうせこっちに来るんだったら、私自ら「おもてなし」してあげないと。それが貴族としての礼節って奴じゃないかしら。
「丁重に迎えてあげましょう。私が出ます。……ああ、バーバラ。アストリアの監視をお願いします。随時報告し、奴が何をしようとも静観しなさい」
「……よろしいのですか?」
「ええ。奴も"大切な家臣"ですもの。彼女は私を想って行動をしている。見守りましょう」
私は心にもない事を口にした。それはバーバラも理解しているのだろう。私に頭を垂れ、踵を返して部屋を出る。
――結局、アストリアを生かして、甘い。などとバーバラに思われているかもしれないけど、奴はまだ利用価値がある。って、セイリオが教えてくれた。
そう、アストリアが帰ってきた、あの日。
私は、奴がバーバラに連れられて、私の前に現れたボロ雑巾のように敗北して、無残にも床に伏している彼女に向かって、初めて心から「ざまあみろ」と思い、心の底から大笑いしてやった。頭を踏みつけ、顔を覗き込んで、本当に心地がいい。散々私をイラつかせて、勝手に動いて勝手に敗北して。どんな心持でここに帰ってきたのかしら?
「アストリア、おめかしでもしたんですか? 随分と絶世の美女になりましたね。どうですか? どんな気持ちなんですか? 教えてくださいよ!」
高笑いを上げながら、私はアストリアの姿を嘲笑し、久々に清々しい気分になった。アストリアは、私を睨んでいたけれど……その視線すら気持ちがいい。所詮はあなたなんか私を楽しませる玩具でしかない。私を操ろうなんて身の程知らずにも程があるわ、この蛇女。それにしても声が出ないのかしら。かすれた声で何か言ってるわね。それも面白い。まるで喋る玩具が壊れたみたいに音が出てる。
「アストリア、本当は敗北したあなたを処断するつもりでしたが、気が変わりました。これから療養の期間を与えましょう。ゆっくり休みなさい」
私はそう彼女に命じて、その場を後にした。
その後はバーバラに奴の監視をさせ、アストリアをとりあえず休ませて様子見。まあ、あの程度ならすぐに復活するだろうけど。その後、どう動くのか……。
<アストリアの事、嫌いだという事は、よく伝わってくる。だけど、ああいうのは、こっちがどんなに強く言っても言う事を聞かない。だから、敢えて放牧しておくんだ。放牧したうえで、動きを把握しておいて、失敗したらいつだって処断すればいい。勝手に動いて勝手に失敗したとなれば、都合良く理由づけもできて、遺恨なく彼女を消すこともできる>
セイリオがそう教えてくれなかったら、きっと私は自分の中の苛立ちを爆発させて、暴走していたかもしれない。セイリオに感謝ね。
私が口元を緩ませて笑っていると、背後から誰かが入ってくる。
ああ、「アスラ・シュミ」。ル・フェアリオ王国に集ったコバエの駆除に一役買ってくれた女。そういえば、私に反抗してくるのが面白くて雇った傭兵だったわね。まあ、相手にするのは面倒だけど。何かと私と戦いたいなどと寝言をほざくもんだから、軽くあしらってた。
私はうんざりしたように、彼女の方へ身体を向ける。
「……何の用ですか? あなたをここへ呼んだ覚えはありませんよ」
「いや、随分楽しそうな声を出すもんだからさ。ついふらりとここに来ちまったよ」
「ああ、あなたが気にする事は何一つありません」
「そうかい」
面倒だな。……私が離れるか。私が部屋をさっさと出ようと、会議室の扉に近づく。
「そういや、"ネクちゃん"はどこに?」
「自室にいます」
「ふぅん」
殺気を感じた。こんな場所で? ああ、礼儀知らずの猿はこれだから……
私が背後を向けたからか、彼女が私の背に刃を向ける。「太刀」と言ったかしら。長く太いそれは、彼女の身長よりもあって、大振りの剣を使ってるのを覚えてる。……それを私に向けてきたのだろう。張り詰めた空気感が伝わってくる。本当に、弁えない猿。
「何のつもりですか?」
「いや、ネクちゃんが近くにいないあんたなんか、牙を持たない猪よりも簡単に倒せそうだな。そう思ってな」
「囀るな」
私は、右手を天井に掲げた。剣となったネクが光り輝きながら姿を現し、私に握られる。
「口を削ぎ落しておけば、耳障りな音を出さなくなる?」
奴を睨みながら、剣を構えた。
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