ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.173 )
日時: 2023/01/23 23:26
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 最初に仕掛けたのは俺だ。奴の懐目掛け、剣を突き出す。ガンッと音が鳴り響き、奴の持っていた盾で防がれた。俺は咄嗟に剣を持ち直し、横に振る。それも盾で防がれる。
 スペルビアは俺の隙をついて、盾を構えたまま突進してきた。思わず俺は「うわっ」と声を出して、仰け反る。何とか足を踏ん張って立っていられたけど、そこからはスペルビアのペースに持っていかれた。仰け反った俺に向かって剣を突き出し、俺の動きに合わせて確実に剣が動く。避けても避けても、剣が追いかけてくるようだった。

「くそっ!」

 俺は自分のドライブが封じられている感覚が、すごく気持ち悪くて、腹が立ってきた。いつも使えるモノが使えない。もどかしくて苛立ってくる。

<アレン>

 クラテルの声が聞こえる。完全にペースを持っていかれて、反撃もままならず、身体が傷だらけになっていくのに、クラテルも苛立っているんだろう。……でも、これは俺の戦いだ。

「クラテル、悪い、俺の戦いだ。今回は見守っててくれ」
<……チッ、マジイラつくぜ>
「――独り言を喋る暇があるのか!?」

 スペルビアがそう叫びながら、盾で俺を突き飛ばす。すごい衝撃だ。俺は綺麗に吹っ飛び、宙を飛ぶ。だが、俺は身体を翻して回転し、そのまま着地する。と、同時に、スペルビアがこちらに向かって突進してきた。

≪――剣だけが武器じゃないわ、アレン≫

 ふと、師匠の声が脳内に響く。俺の妄想か、空耳か? そんなことはどうだっていい。俺は地面を咄嗟に握り締め、手に握られた砂や土を、突進してくるスペルビアの顔に向かって投げつけた。砂や土の塊は顔にクリーンヒット。爆発するように飛び散り、スペルビアの動きが止まった。目に砂が入ったり、口に土が入ったり。まあ理由はどうであれ、もがき苦しんでいるようだ。
 俺は剣を握り、スペルビアに向かって駆け出し、懐に入って剣を振った。
 迸る血液。スペルビアの身体を裂いた。いや、でも浅い! 奴が機転を利かせて、致命傷を受けないように剣を使って弾いたんだ。

「くっ……まさか、砂を使って目くらましとは……!」

 目元をこすり、やっと目が見えるようになったようで、スペルビアは剣を構え直す。こいつは手強いな……!

『アレン、思い出せ。レベッカとの訓練を……奴はドライブに頼らぬ戦い方を教えてくれただろう』
「……ああ、まだ全然、未熟なんだけどな」

 ただ、オーラがないせいで身体が若干重い。まるで、錘を何十個も付けて戦っているみたいだ。さっきから思ったような動きができない。……言い訳なんだけどさ!

「はぁっ!」

 奴は盾を構えたまま、今度は顔を隠しながら突進してくる。俺は足元を斬ろうと剣を振った。だが、それを読まれて盾で弾かれる。俺の右肩に奴の剣が深く突き刺さった。痛みはない。ないけど……動かねえ!

「次は左だ!」

 スペルビアがそう宣言し、剣を抜く。
 俺は後ろに倒れるが、とっさに左手を地面に突き出して、身体を支える。そして、足を振り上げて、スペルビアの顔目掛けて蹴りを入れてやった。綺麗に入り、スペルビアを蹴飛ばす。俺はそのままくるりと宙返りし、着地。と、同時に、スペルビアに向かって突進しながら剣を振った。
 またガンッと音が鳴り、攻撃が防がれる。盾で防がれたんだ!

「今の動きは良かった。……だが」

 スペルビアは剣を構え、足を踏みしめて。俺の首を目掛けて剣を突き出す。俺は思わず首を引っ込た。だけど、俺の動きを読むように、奴は肘を思いっきり俺の胸に打ち付けてきた。痛みと同時に「ご、ぇ……!」という声、そして腹の中のモノが口にこみあげて、口から吐き出された。

「ゲホッ、ゲホッ!」

 俺は盛大に咳き込むも、意識をはっきりさせ、奴を睨みながら剣を強く握りしめる。

「まだ未熟だな。私程度に苦戦しているようでは」

 奴はそう言いながら、また斬りかかってきた。

「私の背後にはまだ、狂犬も死霊術師ネクロマンサーも、そしてまだ私よりも強者。さらには魔女も控えている。今のお前では、奴らに勝つことすらできぬぞ! アレン・ミーティア!」

 奴が俺に斬りかかりながらそう叫ぶ。……心なしか、奴が俺の事を気にしているようにも聞こえる。

「私を倒せ、でなければ……ここで死ぬがいい!」

 ……ああ、そのつもりだよ。お前だけじゃない。帝国の連中は全員俺が殺す。そうでもなきゃ、お前らは止まらないんだろ。



≪アレン、意思を見なさい。意思の、奥の奥。心を≫

 師匠の声がまた聞こえる。

≪剣の奥に宿る意思。剣は振るだけじゃダメ。あなたの剣は、敵の意思を斬る剣。……意思を見なさい!≫

 ……意味わかんないし、今でもよくわからん。だけど……!

「奥の奥を見ろ……意思を斬る……」

 俺はそうつぶやきながら、剣を握り直して構えた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.174 )
日時: 2023/01/25 00:10
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 その刹那――。
 周囲の空気が変わった。風の音が消え、奴が真っ直ぐ迫ってくるのが、すごくゆっくりに感じる。俺を確実に殺すという意思で、俺に向かって突進してくる!
 俺は、スペルビアの動きが手に取るようにわかり、振り上げられた剣を身体を翻して避ける。突然俺の動きが変わった事に、奴は驚いているようだった。

「奥の奥、意志を貫く……!」

 強く握りしめた剣を振って、俺は風を切るような速さで駆け抜ける。突如動きが変わり、奴は目を見開いた。奴は盾を構え、俺の剣を受けようとしている。俺は構わず、左腕に握りしめた剣を突き出し、スペルビアの腹部を貫いた。奴の盾ごと!


 その一瞬を貫くように、奴との距離を詰め、俺は力の限り、握り締めるままに突き刺さった剣。赤く染まっていく。
 盾が砕け散り、鎧を貫く。それと同時に赤い液体がどぼりと吹き出して零れ落ちて行った。誰が見ても致命傷。スペルビアは立つ事もままならず、その場に崩れ落ちた。

「ご、っば……っ」

 呻き声と喉に引っかかる血液で、濁ったような音が奴の口から放り出る。それと同時に、俺の身体が軽くなった。多分、奴のドライブの効果が消えたんだ。俺は奴を見下ろしながらも、身体の力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
 奴に向かって、自然に声が出る。

「……なんか、言い残した事あるか?」
「……」

 スペルビアは俺の方を見ている。ゼイゼイと音が口から出ていた。

「アレン殿……敵であるあなたに、このような事を頼むのはお門違いだろうが……頼む。私の部下を匿ってほしい……」

 奴は、必死に俺に手を伸ばし、自分の血で真っ赤に染まった手で、俺を握り締めて、強い意志を感じる瞳で見据え、懇願してきた。

「私は、もう……あの方を救えない……皇帝陛下は、もう……自分を見失い、あの方ではないあの方に身を委ねて、この世界から逃げ込んでしまったのだ……!」

 一瞬何のことかと思ったが、すぐに分かった。奴の中の神竜が目を覚まして、ソフィアの身体を乗っ取ったんだ。俺みたいに抵抗もせず、奴を受け入れたんだと、理解できた。俺も、経験があるから。
 いや、それよりも、こいつ……目に見えてヤバい! これ以上喋ったら死んじまうよ! そう思ったら自然と口が開いた。

「あんた、もう喋るな! 死んじまうぞ!」

 俺は血の混じった咳をするスペルビアに向かって、無意識に叫ぶ。我ながら、お人好しだ……。でも、今ならまだ助けられる。そう思ったら、俺は何とか止血しようと、影を伸ばし、スペルビアの腹を覆う。応急処置程度だが、止血はできた。……あとは、どうすれば。俺はそう考えながら、周りを見る。当然、森のど真ん中にそんな便利な物はない。どんどん顔色が悪くなり、苦悶の表情が濃くなっていく。時間がねえ……!

 だったら――

 俺はスペルビアの身体を背負った。

「……お人好しめ!」
<お人好しが!>

 エルとクラテルが同時に言うもんだから、俺は「うるせえ!」と叫び、皆がいる場所まで駆け出す。いや、我ながら本当にお人好しだと思ったよ! でも、目の前で「部下を頼む」とか言われたり、こいつの本心を聞いたら、なんか……見殺しにはできなくなったんだよ! それで十分だろうが!

Re: 叛逆の燈火 ( No.175 )
日時: 2023/01/26 21:46
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺が戻ってきたころには、周囲は真っ暗になっていた。負傷したスペルビアを見たシャオ兄ちゃんは顔色を変え、「どこで拾ってきたん、その男!?」と、大層驚いていた。で、すぐさま治療する為に自分の張った天幕に彼を連れていく。ヘクトもスカイ兄ちゃんも驚いた様子でこっちに走ってくる。

「またアレンさんがケガして戻ってきた……」
「い、いつもの事とはいえ、慣れないもんッス。もう、ホント、その癖早く治してほしいもんッスね」

 ヘクトは相変わらずの無表情で呆れて肩をすくめているし、スカイ兄ちゃんもため息をついていた。そこに、体中傷だらけの俺を見た副長は近づいてきて、ボトルに入っていた酒を、俺の脳天からぶっかける。おかげでびしょびしょだ。あと、傷口に沁みて痛い。

「消毒だ、ったく。お前はなんでいつもそう、傷だらけで戻ってくるんだ?」
「……ごめん」
「ごめんで済むなら衛兵もエターナル神もいらねえんだ。心配かけんなよ、あんまり」

 副長はそれだけ言うと、「酒が切れた」と言いながら、食糧がある天幕へと行ってしまった。そこにモーゼス兄ちゃんが近づいてきて、俺に白い布を被せた。

「お疲れ様。アレン……あの子、帝国のスペルビアでしょう?」
「……知ってるのか?」
「新人だった頃に指南してただけ。あっちはもう覚えてないかもね」

 モーゼス兄ちゃんがそう言うと、ある天幕を指さす。

「彼の部下達という騎士さんなら、そこで寝ているわよ。かなりの負傷をしていたから、シャオちゃんとチサトちゃんが治療してくれてたけど。今はチサトちゃんが看病してるわね」
「……なんで――」

 俺がなぜスペルビアの話を知っているのかと聞こうとしたところ、チサトが「おかえり」と声をかけてきてくれた。顔は落ち着いているようで、冷静そのものの表情だ。

「エイトが教えてくれたのよ。負傷した騎士複数名が、近くに倒れているって。見つけた時は皆、傷が深いわ、膿んでるわで危険な状態だったから、かなり焦ったわ」
「恐らく、脱走兵だろう。皆武器が折れている。えーっと、お前達のとこでいう、「おーら」も切れて、かなり消耗している。もう手遅れの者もいた」

 エイトが腕を組み、そう教えてくれた。
 ……だから、スペルビアは一人でここまで来たのだろうか。俺達は帝国の連中と戦っていて、敵だから。自分一人の命を引き換えに、自分の部下を救ってもらおうとしたのかもしれない。
 でも、真意は奴が目覚めた時に聞こう。今はそう思う事にした。
 で、その後俺は一人で勝手に敵に突っ込んで負傷した事を、団長にこっぴどく叱られ、脳天に拳骨されて、生きて戻った事に涙しながら感謝された。

「アレンはいつになったら一人で突っ走る癖が治るんだ?」
「そんなん……」
「死ぬまで直りませんよ」
「ッス」

 俺の気持ちが解っているように、ヘクトもスカイ兄ちゃんも頷き合っている。それを聞いた団長は、もう呆れて声も出なかった。
 ……心配かけたのは悪いとは思ってるけど、でも……。と、喉に出かかったけど、なんとなく俺は無言でその場を後にした。「ごめん、まだやることある」と言い残して。なんか、よくわからない気持ちが、頭の中でぐるぐる回っているような気分で、これ以上喋りたくなかったのもある。


 その日の夜は眠れなかった。真っ暗な中で目が冴えて、暗闇に慣れた目が天幕を映している。なんだか……いろいろありすぎて、身体は疲れているのに、睡魔が寄ってこない。
 俺は上体を起こして周りを見る。隣には寝息を立てるヘクトとスカイ兄ちゃん。ぐっすり眠っていた。

「……」

 俺は起き上がって天幕の外を出る。ギッギッギッと虫が歌を奏でていた。俺は空を仰ぎ、雲一つない夜空を眺める。
 星。点々と光が脈打つように瞬き、自分の存在を主張している。様々な色の星。俺はそれを見上げながら、近くにある切り株に座り込んだ。
 静かだ。やがて無音になり、俺は何も聞こえなくなった。

 こうして自分一人で暗闇にいる事自体、初めてに感じる。今まで、一人でいたことはなかったからかもな。……いや、一人だった時もあったけど、一人でこうして星を眺める時間なんてほとんどなかった。
 ……今まで、星を見る暇なんかなかったからだろうな。

 俺はそう思いながら、星を見続ける。星は変わらず瞬き続けていた。

 そうしていると、エルが歩み寄ってくる。

「一人の時間は堪能できたか?」

 相変わらずの無表情。俺はため息交じりにエルを見た。

「お前が来るまでは堪能できたよ」
「それは良かったな」
「……はあ」

 俺は露骨にため息をつくと、エルは首を傾げた。

「何が不満なのだ?」
「いや、別に」

 俺は肩をすくめると、大あくびが口から出て、固まった身体を解すように、身体を広げて伸ばす。

「星ってさ」
「?」

 俺は唐突に口から言葉が出た。

「星って、なんであんなにたくさんあるんだろうな」
「それは、誰にも答えられぬ。星は、死者の数だとも、生者の数だとも言われているが。その真相を知る者はこの世に一人とていないだろう」
「じゃあ、あんなに数え切れない程の人間が死んだり、生きてるってのか?」
「知らぬよ。星の数ほど人もいるということだろう」
「ああ、もう。そういう事を聞きたいわけじゃないんだけど」
「では何が言いたいのだ?」

 俺はそう聞かれて「うっ」と声が出てしまう。

「いや、素朴な疑問だったんだよ。何も考えてなかった」
「……そうか。眠いのだろう、寝ろ。明日はまた出発するぞ」
「はあ、そうする。眠いだけかもしれん」

 俺がそれだけ言うと、自分の寝床へとよろよろ近づいて、天幕を開ける。

「そっちは違うぞ」

 エルにそう言われて、よく見てみると、シャオ兄ちゃんがカズマサの顔を踏んずけている姿が目に入り、俺はそっと閉じた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.176 )
日時: 2023/01/26 23:10
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 翌日、天幕を片付けている最中に、スペルビアが目覚めたと聞いて、俺はすぐさま奴の寝ていた天幕に入る。包帯でグルグル巻きになっている彼の姿。俺の姿を目にすると、目を剥いていた。だけど、何かを察したように項垂れて顔を伏せる。

「私は……生かされたのか」
「喜べよ、生きてたんだから」

 俺はそう言いながら、近くにあったボトルを手に取って、カップに水を注ぐ。そして、彼の目の前に差し出した。

「気分はどうだ?」

 俺の差し出したカップを受け取ると、スペルビアは俯いたまま弱弱しい声を出す。

「……最悪だ。死に場所を探して、貴殿に討たれて死ぬつもりが。こうもしぶとく生きていて……本当に、惨めに感じる」

 騎士って生き物は皆口を揃えて堅い事ばっかり言いやがる。死に場所が戦場だとか、主の為に死ぬとか。人間なんだから、忠誠を誓った相手より、生き残る事を第一に考えれば、楽に生きられんのになぁ。生きづらくねえのかなぁ。
 俺がそう考えていると。無意識に口に出ていたのか、スペルビアが怒りと悲しみを混ぜたような、複雑な感情を顔に移している。

「……一理ある。私は元々貴族の出でなく、農民だった。平民出身の騎士は、貴族から蔑まれるし、見下され、手柄を横取りされるし、冤罪もあった。だから、成果を出す事で実力を示して、彼らを黙らせる事しかできなかった。その時からか……そうやって自らを縛り付けて生きていたのは」
「……貴族か。俺の会った貴族はそんなんなかったんだけどなぁ」

 俺は今までに会った貴族たちを思い浮かべる。クルーガー公やエスティア公。それにラケルとか、最近じゃ王様達とか、その部下の騎士さん達。

「そうか。……私は帝国の騎士に志願した事自体が、間違いだったのかもしれぬな」
「確かに」

 俺はそう言うと、彼はため息交じりに力なく笑う。

「だが、皇帝陛下は今のようになられる前は、本当に可憐な少女だったのだ。慈悲深く、宰相一派を信じて、未来を良くすると考える御父上のような御方だった。私は一介の騎士という立場だったというのに、彼女は分け隔てなく接してくれていた。が……」

 そこでスペルビアが首を振る。

「なぜあのように変わられてしまったのかは、わからない。だが、傍若無人に振舞うあの方の憎悪を目の当たりにして、私は恐ろしくて、ひたすらに従っていたのだ」
「なんで?」
「それこそ、「殺される恐怖」がいつの間にか「陛下への忠誠」にすり替わっていたのかもしれない。殺されないように従い、従えば周りが「よくやった」と囃し立てる。それが「善」であると。「善」い事を行えば陛下の為になる。「善」い事を行い、陛下への「忠誠」を示す。とな」

 それって、恐怖で頭がおかしくなってんじゃねえか。俺はそう思い、なぜ帝国軍の連中が皇帝ソフィアに従っているのかがやっと理解できた。
 恐怖で縛り付け、「死は「悪」、殺戮は「善」」であると洗脳し、真面目な騎士程、それに従う。だから、帝国軍は躊躇なく罪のない人々を殺していくんだ。それに何の疑問も抱かないでさ。
 狂ってる。

「お前も、そう思ってたのか?」

 俺はスペルビアを睨むと、彼は「いや」と否定した。

「だんだん、彼女のやり方に疑問を持ち始めた。だが、行動を起こすのが遅すぎた。私が躊躇している間に、私の部下が今までの不満を爆発させた。謀反を起こし、返り討ちに遭ったのだ。当然だ、戦力差がありすぎる。……私は、負傷した彼らを、「裏切り者は粛清する」と適当に理由を付けて連れ出し、貴殿らに頼ろうと思ったのだ。私の命を引き換えにな……」
「はあ……不器用な奴。そう言う事なら直接頼めばいいだろうが」

 俺の考えがほぼ当たっていたことに驚いたけど、こいつもこいつの部下も考えなしに動きすぎだ。戦力差のある戦いは、もっと考えを練るべきなんだ。

「そうは言うが、帝国軍である我らの言葉を聞いたのか?」
「聞かない。帝国軍は皇帝あいつに育てられた殺戮人形だと思ってたし」
「だろう」

 妙に納得しちまう。確かに、帝国側だからといって、皆が血が通ってない殺戮人形なわけないよな。……ラケルも元は帝国の人間だし、団長も副長も、それに今まで会って来た領主の皆も、元々帝国を支えていた。皆が皆、皇帝に洗脳された人形ってわけじゃないよな。

「悪かった。俺、帝国側ってだけで色眼鏡で見てたかも」
「いや、そうだな。私も穏便に済む方法でこちらに来ればよかった……申し訳ない」

 スペルビアが深々と頭を下げ、俺は頭を掻き回しながらため息をついた。

「ああ、もういいよ。顔上げてくれ」
「……お、おう」

 顔を上げてくれ。とは言ったものの、次になんと声を掛ければいいのか。ああ、わかんなくなってきたな。その後はなんだかお互い気まずい空気が流れ、無言の時間が流れ始める。

Re: 叛逆の燈火 ( No.177 )
日時: 2023/01/27 22:26
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 俺達が黙っていると、天幕の外で様子を聞いていたエルとモーゼス兄ちゃんが顔を出してきた。

「終わったのか?」
「終わってない」
「終わらせないのか」
「あ~、うん」

 俺は曖昧に答えると、モーゼス兄ちゃんが口を開こうとする。が、それを遮ったのは、兄ちゃんを見たスペルビアだった。

「クレイセント先輩!?」
「ん」
「あら」

 俺と兄ちゃんが声を出すのを気にも留めず、慌てて頭を下げ始める。

「ご部沙汰しております! あなたがこの傭兵団にいたとは……またお会いできて嬉しい限りです、先輩!」
「……覚えててくれたのね」

 頭を下げるスペルビアに対して、モーゼス兄ちゃんはすごく嬉しいのか、声に高揚感を感じた。その声を聞いた彼は頭を上げ、兄ちゃんの顔を見てまた嬉しそうに笑う。

「当たり前です。新人で右も左もわからぬオレに、いろいろご教授してくださったあなたを、どうして忘れましょうか!」
「あらあら、本当? 照れくさいわねぇホント」

 俺とエルは二人が再会を喜び合っているのを静かに見守っていたが、次のスペルビアの言葉に、モーゼス兄ちゃんが凍り付いた。

「ですが、"あの事件"後に我々を裏切って、妹のレナさんと共に亡くなったとお聞きしていたのですが。生きてらして、本当に良かった」
「……」
「先輩?」
「……そうか、妹と共に死んだ事になっているのか」

 モーゼス兄ちゃんはぼそりと、低い声でつぶやく。

「兄ちゃん、それ」
「あ……うん。そうだな。俺の事を知ってもらういい機会だな。聞いてくれるかな?」

 口調も声もいつもの高い声から一変、兄ちゃんは真剣そのもので、人が変わったっていう表現をすればいいのだろうか。とにかく、兄ちゃんの顔つきが鋭くなった。

「……ああ。俺も、シスターの事とか、兄ちゃんの事。全然知らねえ」

 俺がそう言うと、兄ちゃんは俺の隣迄来る。

「ラケルからいろいろ聞いただろ? 俺とレナの事。概ねはその通りだ」
「しかし、俺も詳しい事は……俺が聞いたのは、ブラッドスパイクがレナさんのいる修道院から帰ってきて……ゴーテル卿からはその。妹と先輩が共に亡くなったなどとお聞きしました」

 いろいろ情報を操作されて伝わってんだな。

「兄ちゃん、ちょくちょく修道院の方に来てくれてたよな。よく覚えてねえけど」
「そうだな。俺は16年前に連れ出したお前と妹の事が心配で、度々様子を見に来ていた。7年前までは、ラケルの采配で、団長と共に行動していたんだ。……その事も、あの人にはお見通しみたいだったけど」

 なんだか、複雑な関係なんだな、あの辺の人たち。

「で、まあ……こんなとこだけど。それにしても、スペルビア。たった数か月程度しか剣を教えてないのに、よく俺の事を覚えていたな」
「いえ……少年兵の、しかも平民の自分に、優しくも厳しく指南してくださったあなたを忘れることはできませんよ。あの時あなたがいなかったら、今のオレはいませんでした」

 スペルビアはまた頭を下げる。

「照れちゃうわね~」

 と、またいつものモーゼス兄ちゃんに戻り、頬に手を当てて嬉しそうに笑っていた。

「……アレン、先輩って――」
「概ね、いつもこんな感じだぞ」

 困惑するスペルビアに、俺は冷静に答える。確かに、最初見た時のギャップはすごいし、吃驚するよな。




 さて、その後も少し話をした。モーゼス兄ちゃんの今までの事、傭兵団の目的、俺は皇帝を討つという強い意志を持っている事。その他。それらを聞いてもらった上で、兄ちゃんは先ほどの、強く鋭い目つきに変わって、スペルビアに尋ねた。

「騎士、ストルティーティア。これらを聞いた上で尋ねる。貴殿はどうされる? 聞いた上で、俺達の首をとり、忠誠を誓った「皇帝」に捧げるか? それとも、別の道を征くか?」

 兄ちゃんがそう聞きながら、腰に下げているペンデュラムのワイヤーを握った。かつての教え子だからって、兄ちゃんは容赦しない様子だ。帝国側につくならそれでよし、不穏分子を摘み取るまで。俺と違って、覚悟と責任感を持っている。
 俺はスペルビアを見ると、彼は首を振った。

「どちらも違います。オレは……あなた達と共に皇帝ソフィアを討ちましょう。……アレン殿には、命を救われましたからね」
「……別に――」
「あらぁそうなの? うふふ、スペルビアちゃんったらアレンに惚れちゃった感じなのね~?」

 モーゼス兄ちゃんが俺を遮って黄色い声を上げて、くねくねと体を揺らす。……別に、救ったつもりはねえんだけど。って言おうとするも、エルにも遮られてしまった。

「お前が仲間になってくれるのは心強い。我々は今、戦力不足に苦しんでいるからな」

 はあ、まあいいか。どうせ、何を言ってもついてきそうだし。
 俺がそう思っていると、スペルビアは嬉しそうに顔を上げて笑っていた。

「……元より、いずれはこの大陸の為に、自分が行動を起こさねばならぬと決めていた。何も成さず、皇帝の人形として死ぬのは、オレの今まで生きてきた人生そのものを、否定するからな。オレは、同じ「死ぬ」でも、何も成さずに死んでいくのは、虚しいだけだ。だから、最期まで抗うよ。女神エターナルの定めた運命だろうがなんだろうが、オレは、最期までオレの意思を貫くとするよ! 感謝する、アレン殿」

 唐突に礼を言われて、俺は困惑した。

「なんで!?」
「オレにきっかけをくれたんだ。昨日までの従うだけの人形だったオレから、希望の光を与えてくれた。貴殿に、オレは最後まで従うよ」
「……気持ちは嬉しいけど、俺に従わないで、自分が何をやるべきかちゃんと考えろよ」

 俺は戸惑いつつもそう言うと、彼はにこりと笑って俺の手を無理やり握った。……うぅん。ちょっと暑苦しいな、嫌いじゃないけど。


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