ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.178 )
日時: 2023/01/28 23:53
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 俺達はまた出発する。流石に負傷者を連れての出発はできなかったので、傭兵団の何人かの付き添いで、一旦メリューヌ領へ戻ってもらう事にしたようだ。まあ、まだ一日程度しか歩いていない距離だ。すぐに戻れるだろう。
 スペルビアはというと、幸い早い止血と応急処置のおかげで、何とか回復して剣を握れるくらいにはなったようだ。とはいえ、負傷者には変わりないから戻れとは言っておいたんだけどな。

「何を言う、アレン殿」
「俺に敬称はいらねえぞ」
「では、アレン。オレは君達の役に立ちたい。このかすり傷程度で、おめおめと待っていられるほど、気も長くない。故に、君達に協力したいのだ」

 の一点張り。ヘクトも本を読みながら、俺を見る。

「僕達には戦力が必要です。怪我人だろうが、片手を失っていようが……戦えるのであれば渡りに船というものです」
「そうッスよ~。俺たちゃ、少しでも戦力を足しにしないとッスよ。もちろん、負ける気はしないッスけど、数がモノを言うっていうのは、マジッスから」

 スカイ兄ちゃんも肩をすくめながらそう言って、空を見上げる。

「いやあ、そういえば……もうすぐ俺の故郷ッスね」

 唐突に、何の前触れもなく、自然にそういうもんだから、俺は「うん」と言った後に、勢いよく兄ちゃんに顔を向けた。

「――って、なんだよそれ、聞いてねえぞ!?」
「あーら、言わなかったッスか? 俺の故郷は、この先の谷にある、竜人の里だったんス」
「……竜人の里、「リンダルム」。かつて存在していた、霧に包まれた町ですよ。スカイさんは、そこの出身ですか?」
「ッス」

 兄ちゃんは頷く。

「まあ、帝国に近かったのもあるんスけど、7年前のあの日の翌日に襲撃を受けたんスよね。まあ、抵抗も空しく、狩りにでかけていた俺の親友と俺を除いて、みぃーんな死んじまったッス。帰ってきた時は驚いたッスよ、町は瓦礫と血の池。家族も親友の家族も、仲良くしてたご近所さんも、みぃーんな、みぃーーんな……」

 兄ちゃんは珍しく細目だった瞳を開け、遠くを見るような目をしていた。

「死んじまった。ああ、俺の親友も。俺が必死に励ましても、精神的ショックで、追い詰められて、自ら命を絶ったッス。驚きッスよね、昨日まで隣で一緒に眠っていて、「二人で明日、街まで行こう」って話し合って、奴も力なく頷いていたッス。それが、次の日……」

 そこまで言うと、スカイ兄ちゃんが嗚咽を上げ始め、立ち止まった。

「ああ、ダメだ。俺、全然、あの時の事から変わってない……レベッカちゃんも死んでいった皆も、ただ死を見守る事しかできなかったのが、本当に悔しくて、たまらない……」

 突然大声で泣き始めたので、皆がスカイ兄ちゃんに視線を向ける。今まで見たことがない、兄ちゃんの姿は、まるで今まで我慢していたものが、突然決壊したような。俺も覚えがある。俺は慌てて、子供のように泣きじゃくる兄ちゃんの背中をさすった。

「団長、ちょっと休憩しよう」
「……そうか、この近くか。皆、休憩しよう」

 兄ちゃんを岩の上に座らせ、俺は自分の腰に下げていたボトルを差し出す。兄ちゃんは受け取って、涙を流しながらも、ボトルの中身を一気に飲み込んだ。

「すまねッス。俺……やっぱりあの時の事を忘れられねッス」
「忘れる必要はありませんよ」

 ヘクトはいつもの無表情ながら、スカイ兄ちゃんの肩を叩く。

「僕はそういった感情を表に出すことはできませんが、スカイさんは違います。泣きたい時に泣けばいいです。アレンさんなんか、チサトさんに胸を借りて大泣きしてましたから、今更です」
「ちょ――!?」
「スカイさんの過去はそうだったかもしれませんが、僕はスカイさんの過去など知らないし、理解するつもりもありません。僕の知っているスカイさんは、いつも大笑いしてやたらうるさくて、他人のプライベートにもズケズケ首を突っ込む、空気の読めない野郎です。泣き止むなとは言いません。しかし、帝国と戦う時までに今の内にたくさん泣いてスッキリしましょう。「カタルシス効果」というと、本にありました」

 ヘクトが淡々とした作業的な、しかも俺の悪口を含めた言い分に、とても腹が立ったが、ここは俺が大人になってぐっとこらえる。

「……兄ちゃん、俺も泣きたい時は泣くし、笑いたい時は笑うよ。それが俺達人間に与えられて、許されている自由だって、俺は思う。兄ちゃんも、大切な人を失って悲しいだろうけど……俺達の事も、大切な人の枠に入れてくれよ。そしたら、さ。頑張れるだろ、大切な人の為に。な?」

 俺も兄ちゃんの肩を叩いて、必死に思い浮かんだ励ましの言葉を、思いの丈を彼に伝えた。俺達の励ましを聞いて、兄ちゃんは力なく笑う。

「ははは……なんというか……ヘクト君もアレン君も、嬉しい事言ってくれるッスね。なんか、嬉しいッス。感動ッス」

 兄ちゃんがそう言いながらも、また泣き出した。

「スカイ、案ずるな。今のお前は一人ではないぞ」

 エルも静かにスカイ兄ちゃんに近づいて、そんなことを言う。ホント、こいつがこんな事を言うなんて……俺はそう思いながら、笑みを浮かべる。その後、しばらくスカイ兄ちゃんが落ち着くまで、彼の泣き声が周囲に響き渡っていた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.179 )
日時: 2023/01/29 23:32
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 スカイ兄ちゃんはその後、顔を真っ赤に腫らして、俺達に頭を下げた。

「すまねッス。俺……あの時の事は忘れられねッス。多分、これから先も、思い出す度に涙を流してしまうッス。でも、忘れたら、あの里での悲劇はもう誰も知ってる人がいなくなってしまうッス。それはヤダッス。忘れるなんて事、できねッスけど……」
「それでいいじゃないですか。何がダメですか?」
「……いや、ダメなこたないッス。胸に刻まれた痛みや衝撃も、故郷の皆も、思い出すッス」

 俺とヘクトは頷き、エルは兄ちゃんの頭を撫で始めた。

「それでいい。本来、人間は死に慣れてはいかぬ。最期まで抗って抗い続け、生にかじりつくべきだ。人間らしく生きるという事は、そういう事だ、と。我は思う」
「珍しいな、お前がそんなことを言うなんて」
「おかしいか?」

 エルがこっちを見て首を傾げるもんだから、俺は首を横に振る。

「いや。なんもおかしくない。むしろ、そういう考え方ができるなんて、って思って。すごく嬉しい」
「……いやはや、皆。ありがとッス。俺はもう大丈夫ッス、先を行くッスよ」

 スカイ兄ちゃんはエルが口を開こうとするのを遮って、立ち上がってズボンをパンパンと叩く。

「スカイさんがそういうなら、大丈夫でしょう。先に進むとしましょうか」

 ヘクトがそう言いながら、団長の下へ行き、先に進もうと促す。団長は頷いて、皆に「休憩終わりだ」と伝えた後、荷物を背負って、再び出発した。
 ――しばらく歩いて、谷が見えてくる。すごく深い谷。俺は、その谷を見てぞっとして、一歩下がった。

「どうしたの、アレン? まさか、谷が怖いの? 高所恐怖症?」

 俺が青ざめた顔でいるのを、ジェニー姉ちゃんがからかってくる。いつもなら「ちげーよ!」とでも言うんだろうけど、今の俺はそんな余裕なんかなかった。谷の底が闇のように真っ暗で、吸い込まれそうな感じがするのが、身の毛がよだつ程に恐怖を感じる。俺は、近くにいたジェニー姉ちゃんにしがみついた。

「ど、どうしたの?」
「い、いや……わかんねえ。でも、なんか……闇が怖いんだ」

 我ながら子供っぽい理由だし、カッコがつかない。でも、あの真っ暗な闇を見ると、身体の震えが止まらなくなる。なんでだろう? 

「……アレン、あれが見えるのか?」

 俺の頭をくしゃくしゃと掻き回しながら、ディルク兄ちゃんが、俺の方を見る。

「あれ?」

 あれ? ……ってなんだろう?

「見えてないのか」
「なんのことだよ?」

 俺がそう尋ねると、ジェニー姉ちゃんも首を傾げる。

「あれって、あの谷底にある腐った肉塊とかの事? 私も不気味に感じてたけど一体何なの?」
「怨念がおんねんって事かいな」

 そこにシャオ兄ちゃんが乱入するのだが、ディルク兄ちゃんは無視して話をつづけた。

「あれは子供達の墓場だよ。合成魔物キマイラの未完成を、帝国軍の連中がこの谷に廃棄してったんだ。あれは、魂を繋ぎ合わせて、この世に留めておく、命を弄んだ玩具みたいなもんだな。魂同士を繋ぎ合わせて縛り付けて。どんなに苦しいかは、俺にも把握できない。……死霊術師ネクロマンサーが、未完成や失敗作と呼称した子供達を、あの谷底に棄てていった。しかも、7年間」
「7年も……」
「で、その棄てられた子供達は、神の御許へ逝くことも許されず、ただひたすら谷の上にいる生物に、助けを求めているんだ。7年間、捨てられ続けた子供たちが、今も」

 だから、すごく恐ろしいというか、何か引っ張られるようなものを感じたのか。

「何とか、できないのでしょうか?」

 チサトが谷底を見ながら、ぎゅっと手を握る。

「何とかできるなら、誰かしら何かをやってるはず。だが、どうしようもない。あれらの魂を一つに集めて解放してやるなんて、そう言った技術があればとも思うが……」

 ディルク兄ちゃんがそう言いながら「うーんっ」と唸る。確かに、この谷底にいる大勢の子供は助けを求めて、絶えず叫んでいるようにも聞こえる。……どうにかできないかと、俺はエルの方に視線をやる。

「……我はできるかもしれぬが、やり方はわからぬ」
「そうか」

 俺はため息をついた。



 谷の脇を進む俺達。相変わらず谷底から、子供たちの声が耳に入って、鳥肌が立ちっぱなしだ。何を言ってるのか理解できないし、もしかしたら言語じゃないかもしれない。それでも、この道が帝都へ続く道だって団長が言ってたし、進む以外の選択肢はないんだよな。俺はそう言い聞かせながら、一歩を踏みしめる。
 森から岩肌へ移り変わっていき、岩山の道を進んでいく。滑りやすく、少し狭い。気を付けて進まないとな。そう思いながら、俺は徐に腰にあるボトルを口にする。……しまった、スカイ兄ちゃんに全部あげちゃったんだった。俺はそう思いながら、ボトルをしまうと、ちょっとがっくり肩を落とす。
 と、同時に、前方に何かの気配を感じた。しかも、多数。俺達より多い。俺が声を出そうとすると、団長が俺の方を見て頷く。団長も……いや、皆も気づいたようだった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.180 )
日時: 2023/01/31 22:28
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 目の前には、ちょうど話をしていた合成魔物キマイラの大軍。相変わらず見るも悍ましい姿。背筋が凍る程に。それらが道を塞ぐ。そして、魔女ゴーテルの姿も目の前にあった。隣には、小柄な少女……あれは、マギリエルだ。……マギリエルの方は肩で息をしている。具合でも悪いのか、真っ青な顔をしていた。

「そろそろ来ると思ってたわ」

 真顔の魔女の顔には、陰りがある。俺達と会ったせいか? それとも、別の理由が? ……でも、よく見れば、その顔は何かを決心したような表情。
 俺達は警戒して、武器を握り締める。

「久しぶりだな、バーバラ」
「ええ、そうね」

 団長と魔女がそう言葉を交わすと、副長が酒の入ったボトルを一気に飲み干し、魔女へ投げつける。ボトルは魔女の近くまで弧を描いて飛んでいくも、魔女の目の前で灰になった。

「バーバラ。随分と大所帯じゃないか。ええ? 一人じゃ何も出来ねえから、大勢連れてきたってか?」

 副長の挑発に、魔女はせせら笑う。

「そういうあなた達は随分少ないわね。だけど、どうやら精鋭って感じかしら。あなた達をここで倒せば、後は楽になりそうね」
「そう簡単にはやらせねえッス!」

 スカイ兄ちゃんが叫ぶと、ジェニー姉ちゃんも、「そうよそうよ!」と続ける。

「お前がどう来るか知らねえけど、俺達はお前なんかに負けねえ!」
「あら。威勢がいいわね、アレン」

 俺も強気に叫ぶも、魔女は鼻で笑う。

「弟と妹を自分の手で殺して、引き籠っていたくせに、この子達に勝つことができるのかしら?」

 そんな事か。そんな挑発に乗ってやるかよ……!

「勝てるに決まってるだろ」
「フン、いい目をするようになったじゃない」

 魔女が腕を組みながら、俺を睨んだ。そして、隣にいる真っ青な顔のマギリエルに顔を向ける。

「マギリエル、ごめんなさい。あなたを――」
「構わん。私が望んだことだ。君の為に死ねるなら……」

 二人が会話を始めたかと思うと、マギリエルは大きく咳込み始めた。そんな苦しそうだというのに、スカイ兄ちゃんの姿を見た途端、大きく笑い始めた。

「は……ハハハハッ! 貴様、あの時の生き残りか!」
「……?」

 兄ちゃんは首を傾げる。

「何のことッスか?」
「覚えが無いのか、お前の故郷「リンダルム」が滅びた事を。……ククク、あの里の被検体のおかげで私達の研究は著しく進んだぞ。まあ、竜人の割に脆く壊れやすかったのが難点だったがなぁ……!」
「……!?」

 マギリエルが腹を抱えて笑い出し、スカイ兄ちゃんは言葉を失い、どういう感情で一時的に思考停止しているようだった。

「お、お前が……皆を!? 皆をやったのか!?」
「そうだと言っているだろう。お前があの里の者達が着ていた服を着こんでいるから、もしやとは思ったが、まさか……これも女神エターナルの導きとやらかなぁ!? アッハハハハハッ!」
「貴様――っ!?」

 兄ちゃんが素早く弓銃を打ち込むが、やはり矢は魔女の目の前で燃え尽きる。

「……ふぅ、こんなに笑ったのは久しぶりだな。バーバラ、術式を。私もそろそろ自我を失いそうだ。……最期に一つ。君とで会えて良かったよ。それだけは伝えておく」

 マギリエルは盛大に咳き込み、苦しそうに息をしているが、それでも。それでも、穏やかな表情で、魔女に語り掛ける。魔女の方もそれを聞いて頷いた。

「……ごめんなさい」
「謝る事はない、君のおかげで、7年間は好き勝手に楽しめたさ。……ゴホッゲホッ」


 魔女はその言葉を聞いて、右手を天に掲げる。力の集約を感じる。黒い玉が浮かび、それが周囲の魂を集めているように、それに吸い込まれていく感覚がする。強い力に吸い込まれるようで、俺達の髪やマントなんかがなびき始める。

「アレン、それにアルテアとフィリドラ。それと傭兵団とその仲間達。なぜこんな場所で私達が待っていたか、教えてあげましょうか。ジェニーとディルクは知っているでしょう。ここが合成魔物キマイラのなりそこないの墓場だという事が。そして、いま私の手にあるこの黒い玉は、マギリエルの研究成果。それで察せないなら、知らないまま死ね。……だけど、生き残れるものなら、生き残って見せなさい。この怨念と憎悪の集合体の前で、生き残れるならね」

 魔女がそう言い放つと、黒い玉が禍々しい闇を放つ。力の奔流。俺達は何が起きているのか理解できず、呆然とそれを見るしかなかった。やがて、闇は膨張していって俺達をすっぽりと包む。闇の中で、子供たちのあの声が聞こえた。でも、理解はできない。声を出してるはずなのに、脳が理解せず音として認識しているみたいだ。

「アアア……アアアアアッ」

 悍ましい声と気配。体中を寒気が駆け巡って鳥肌が立ちっぱなしだ。

「バー……バラ。……キミノ、タメナラ……」

 唯一理解できた言葉が、それだ。
 その瞬間に、膨張した闇が収束していき、目の前の光景に俺達は皆絶句して、それを見る事しかできなかった。

 天を仰ぐ程の巨大な肉塊。よく見れば無数の顔のような、苦悶の表情で大きく口を開けた顔が張り付いていて、触手が何本も伸びている。合成魔物キマイラをさらに、粘土のように練って固めたような形だが、頭上を見ると、巨大な口が開いていて、そこからマギリエルの姿……いや、厳密には、だったモノが、糸の切れた人形のようにだらんと垂れ下がっている。でも、こっちをくりぬかれたような、真っ黒な二つの眼で、苦悶の表情で。見ている。

「アレン……ヲ、コロス。コロス、アレン……」

 その口からは絶えず、「俺を殺す」という殺意の言葉が垂れ流しになっていた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.181 )
日時: 2023/01/31 23:22
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 隣にいたエルが語気を強めながら叫ぶ。

「あの黒い玉は、この辺りの魂を集める装置のようだ。そして、その黒い玉を、あらかじめマギリエルの身体を生きたままバラバラにし、無数の魂を取り込めるようにしておく。どのような仕組みかは理解できぬが、生きたままバラバラになろうと、自分の魂を繋ぎ合わせられる程の力量があったのだろうな。だが、やはり生身の人間の奴は、無数の魂を抱え込めるほどの器ではなかった。その結果が、あの醜い姿だ!」
「説明ありがとう! さっさと武器になれ!」

 エルが剣になって俺に握られた事を皮切りに、マギリエルだったモノは無数の触手を俺達に伸ばしてくる。鞭のようにしならせ、数名が崖下に吹き飛ばされた。団長が彼らの名を呼ぼうと口を開くが、間髪入れずに触手が団長を襲う。

「……む、うっ!」

 団長がタイミングを見計らい、槍で触手を弾き飛ばした。

「懐を攻めなさい!」

 モーゼス兄ちゃんが、襲い来る触手たちを、ワイヤーを一振りし、切り裂く。一瞬の隙に、チサトが切り込んだ。俺もそれに続く。

「エイト!」
「エル、合わせろ!」

 チサトは光を纏った剣で、俺はその隣で瘴気を纏った剣で突進する。懐に入り、奴の下半身に当たる部分を狙い、スピードに任せて中心部分の大きく開いた金色の目玉に剣を突き刺した。
 ――いや、突き刺す前に、肉塊の拳骨が俺達二人を巻き込んで吹き飛ばす。崖に投げ出され、俺達は宙を舞った。

「「麒麟」!」

 チサトがすぐに宙で体を翻し、空中に足場を作る。宙を舞う岩を蹴りながら、地上まで飛んで戻っていた。俺も背中に意識を集中してなんとか空中を飛び、空からマギリエルを狙って飛び込んだ。

「だありゃあァっ!!」

 脳天から剣を振り下ろす。……でも、やはりその剣は肉塊の拳によって握られ、受け止められた。

「ギギギギ……ギアアアアアアッ!!」

 耳を劈くような叫び声をあげ、俺は地上へ叩きつけられた。穴が開き、俺は潰れたカエルのような悲鳴を上げる。頭上から2回目の拳が振り下ろされた。身体が押しつぶされて、内臓が悲鳴を上げる代わりに、口からどばっと赤いどろっとした液体が吹き出され、目の前に落ちて広がる。

『アレン!』

 エルの叫びが聞こえた瞬間、俺は目を見開き、全神経を集中させて、その大穴から飛び出した。地面を転がり、奴に向き直る。危うく3度目の拳骨を食らうところだった。……と思っていると、身体がふらりと脱力するように、その場に倒れ込む。

「くそっ……エル」
『その身体では動けぬ』

 俺は剣を杖代わりにふらふらと立ち上がる。団長や副長の怒声、団員や皆の悲鳴が混じった喚声が耳に入った。俺への攻撃をさせないために、皆が食い止めてくれたんだ。

「アレン君、応急処置!」

 そこに、シャオ兄ちゃんの声がしたかと思うと、俺の背中に手を触れてきた。触れられた手から、全身に向かって、温かい何かが身体に染み込んでいく感覚がする。

「うちの巫術は、魂を分け与えて治癒能力を促進させるんや。ちょっと待っとき、うちの魂を分けたる」
「……分け与えるって、大丈夫なのか!?」

 俺の問いに、シャオ兄ちゃんは余った手でブイサインを作る。

「へーきへーき。うちの魂は国一番の屈強さなんや。傭兵団全員みんなが死にかけとっても全快できんで、そんくらい造作もあれへんわ」

 そう笑いかけると、思いっきり俺の背中を叩いた。

「さ、第二ラウンドや。いこうで!」

 シャオ兄ちゃんは鎖鎌を構え、全快した俺は剣を構える。さっきまで死にかけてたけど、兄ちゃんのおかげで身体が軽い。問題なく動けそうだ!

『シャオ――』
「おっとエルちゃん。水を差すんやないわ。目の前の敵に集中せな」

 エルが何か言おうとするのを、シャオ兄ちゃんは遮る。少し違和感を感じたが、それに割って入るように、触手が数本、鞭のようにしなって俺達に向かってくる。兄ちゃんは鎖鎌の鎖を掴んで、鎌を振り回した。俺も背中に意識を集中させて宙を舞い、襲い来る触手を飛びまわりながら避ける。それでも俺のスピードに合わせて追いかけてくる触手を、俺は身体を翻して一回転。

「師匠直伝、回転斬り! なんてな」

 追いかけてきていた触手は斬り落とされて地上に落ちて、びちびちと蠢いていた。正直、気持ち悪いが、それは奴を倒してから考える事にしよう。

『触手は無限だ。懐のあの目玉か、頭と思われるマギリエルの本体を狙うしか、奴は倒せぬ……と、思う』
「やるしかねえか!」

 俺は再びもう突進し、流れ星のように剣を構えて突撃する。やはり触手が俺に向かって伸びてこようとしていた。だけど、その触手が俺に触れる事はない。
 ヘクトが素早く俺に向かってくる触手を斬り落としてくれたからだ。

「アレンさ――」

 ヘクトの叫びが途切れ、触手に捕まって攫われた。クソッ、ヘクトがくれたこのチャンス、逃さねえ!
 俺は勢いそのままに目玉にめがけて剣を突き刺した。

Re: 叛逆の燈火 ( No.182 )
日時: 2023/02/01 23:13
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 剣先に手応えはない。目玉の前に肉の拳が立ち塞がって、それが壁になったんだ。剣を抜いて地上に立つも、周りから鋭く尖った触手が俺を狙って伸びてくる。俺はすんでのところで身をかわし、捻るような姿勢になる。触手は俺を追いかけてくる。しつこいなあ、もう!
 俺は身体を翻しながら、触手を斬り落とす。

「イギギィ……!」

 頭上から言葉にならない音が降ってくる。斬れた断面から、触手が膿のようなドロッとした液体をまき散らすも、マギリエルの声に合わせて再生した。本体を叩く以外、奴の動きを止める方法はねえのか!? 俺は苛立って頭を掻きまわす。

『アレン、前だ!』
「チッ!」

 再び尖った触手が俺を貫こうと襲ってくる。それを斬り落としながら、俺は奴の周りを走り回った。マギリエルの奴、理性はないけど俺を認識できているらしい。真っ黒な眼で俺を見つめて離さない。俺が動くたびに、奴は首を俺の方に向けてくる。ありえない方向だってのに!

「あいつ、数年前に会っただけなのに、なんで俺を憎んでんだよ!?」
『帝国側からすれば、お前は目の上のたん瘤のようなもの。名前も姿も共有されていたのだろうな』
「一方的じゃねえか……!」

 一方的な憎悪を向けられて、それで殺されてたまるかよ。
 俺が再び奴の懐に入ろうとするのを、触手が空を切りながら襲い掛かる。だが、触手は背後からの雷の銃弾によって、全て弾け飛んで膿の様な液体をまき散らした。ジェニー姉ちゃんの銃弾だ! 背後から声もする。

「アレン、本体を叩かない限り、永遠にいたちごっこよ!」

 その声が聞こえた後、俺はフードが何者かに引っ張られ、勢いのまま前に引きずられる。隣に目をやると、俺のフードを掴んだディルク兄ちゃんが、俺を引き摺って走っていた。

「お膳立てはする、本体を叩け!」
「で、でも、あの腕をなんとかしねえと!」
「任せよ、その程度造作もない」

 反対側からカズマサが現れ、俺達の走るスピードについてくる。触手が襲い来るのを必死に避けながら、俺達はあの目玉に近づく。だけど、あの肉の拳が俺達を潰そうと、振り下ろされた。

「時間稼ぎはする、後はお前が――」

 そこまで言うと、ディルク兄ちゃんとカズマサは息を合わせ、触手たちを切り刻んだ。その斬り落とされた触手が地面にびたんびたんと跳ねて蠢いた……と、思えば、その触手が再生して二人の身体に巻き付く。――その時、ディルク兄ちゃんが俺を思いっきり蹴飛ばした。

「サービスタイムはここまでだ!」
「おい、二人とも!」
「これしきの、事……国を滅ぼされた苦痛に比べれば……ぁ!」

 俺は二人を背に、目玉に向かって走った。

「火傷すんじゃねえぞ!」

 副長が隣に走って現れ、息を切らしながらも炎を纏った剣で触手たちを焼き払う。だが、次々に触手たちがしつこく伸びてきては、俺を捕まえようと襲ってくる。副長は俺を突き飛ばして、触手に捕まった。俺は副長の名を呼ぶと、

「うるせえな、お前は!」

 と逆に怒られ、爆炎で触手を焼き払った。だが、触手の量が勝り、副長が肉塊の中に飲み込まれる。俺は目玉に向き直った。速くケリを付けねえと! そう俺の魂が叫んだ。

「アレン!」

 俺の名を呼ぶ声が背後から。すぐに槍を構えながら突進してきた団長が、隣に滑り込んでいた。

「俺の槍なら、奴の肉塊ごと貫ける。息を合わせろ、いいな」
「……初めてなんだけど、団長と息合わせるの」
「知らねえ。とにかく合わせるんだ、俺と、お前で」

 団長がそう言うと、俺の頭に手を乗せてくる。

「大丈夫、俺達は7年共に過ごしてきた仲間だ。やれない事はない」

 その間にも、俺達を襲う触手が伸びてくるが、その触手たちは弓銃の矢によって打ち落とされていく。スカイ兄ちゃんが援護してくれてる。……ありがたい! 俺は深く息を吸う。

 剣を構えて剣に意識を集中する。周りの音が聞こえなくなり、触手が俺に集中して襲い掛かってくる光景も、すごくゆっくりに見えた。団長が隣にいる。だから、いますごく、心強い。

「ウギギギ、ガガガアアアアッ!! アレン、アルテア……アアアアアアアアアアッ!!!」

 マギリエルが強く叫んで触手が俺達に集中する。確実に仕留めようと、奴が全ての神経を集中させているんだ! 触手たちが固まってまるで肉のカーテンが俺達に降ってくるような、そんな感じに見える。
 ……でも怖くない。俺には団長がいる。皆がいる。
 俺達は、奴の触手が襲ってくる、一歩手前でそれぞれの武器を、渾身の力を込めて前方へ突き出した。
 目玉は肉の壁によって塞がれた。……だけど、俺達の前にはそれは無意味だ。俺達の剣と槍がそれすらも貫いて、奴の目玉に風穴を開けた。

 奴の動きが止まる。そして、マギリエルが崩れ落ちていき、ズズズという轟音と共に崖下へ倒れ込んで真っ逆さま。巨大な奴の身体が谷底へと、大きな音と共に崩れていく。

 俺達はそれを闇の中に消えていくまで見届けた。




「終わったか……」
「……ああ」

 団長が武器を地面に突き刺し、俺は、その場にへたり込んだ。
 せっかく、シャオ兄ちゃんにもらった、魂もほとんど残ってない。オーラ切れを起こして、身体が重く感じた。
 座り込んでいた俺に、スカイ兄ちゃんやモーゼス兄ちゃんにヘクト、副長やチサトが近づいてくる。皆ボロボロで、今にも倒れそうだ。

「終わったッスね」

 スカイ兄ちゃんが谷底を見下ろしながら、口笛を吹く。

「兄ちゃん、スッキリしたか?」
「……わかんねッス。やっぱ復讐とかって、スッキリしないもんスね。しかも、俺の手で終わらせたわけじゃねッスし」

 スカイ兄ちゃんがその場に座り込んで、寂しそうに口にする。

「復讐なんて、くだらねッス。一時は気が楽になるッスが、一瞬だけ。それが過ぎたら、もう心がポッカリ穴あき状態ッスね」

 兄ちゃんの声は、なんだか悲し気でもあった。

「そうですね。僕は何も感じませんが、その気持ちはよくわかります。失ったものは戻りませんし」

 ヘクトもそう言うと、その場にへたり込んだ。

「疲れました」

 ヘクトがそう言うと、皆大きく笑った。俺も。皆も。その笑い声が谷底まで響き渡り、反響してくる。



 ――そんな時だからだろうか。俺は疲れとオーラ切れで完全に集中力がなくなっていた。周りに気を回す余裕なんかなかったんだ。
 突然、スカイ兄ちゃんが俺を突き飛ばした。


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