ダーク・ファンタジー小説

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叛逆の燈火
日時: 2023/03/06 20:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)

 傭兵の少年である「アレン・ミーティア」と傭兵団の仲間は、ある村を拠点として、人々の手助けをしていました。
 「弱きを守り、強きを挫く」……その信念に従い、戦い、守り続けていたのです。

 ですが、そこに暗雲が立ち込めてきました。
 傭兵団の存在を良しとしない帝国の者達が、傭兵団を誘い込み、殲滅しようと画策したのです。
 そして、傭兵団は帝国の罠にはまり、追い詰められてしまいます。

 アレンは傭兵団を逃がし、一人追い詰められてしまいました。
 追い詰められ、苛立ちで顔を歪めるアレン。

 ですが、アレンは右手に力を込めて握りしめます。
 黒いオーラが右手を包み、彼の右手は魔物の腕のように禍々しい物へと変わったのです。

 「もう二度と、お前達に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 果たして彼の力は、守る為のものなのでしょうか?


余談
2022.9.26 小説☆カキコ大会2022・夏 金賞

2023.3.6 仕事が終わるまで執筆休止


目次
・序章1「胎動する燈火」>>1-10
・序章2「世界への叛逆」>>11-14
・序章3「邂逅する燈火」>>15-24
・第1章「王女様と俺」>>25-31
・第2章「消えない傷」>>32-37
・第3章「神が作りし人形」>>38-40
・第4章「だれかさんの本音」>>41-47
・第5章「大人と子供とおねーさんと」>>48-53
・第6章「俺とあいつの正体」>>54-60
・第7章「まさにそれは死闘」>>61-64
・外伝 「理想と現実」>>65-68
・第8章「波乱の予感」>>69-75
・第9章「東の異国の道中記」>>76-82
・第10章「蛇と蛇」>>83-88
・第11章「魂の邂逅」>>89-94
・第12章「妖精族のおばあさん」>>95-102
・第13章「強雨の最中」>>103-112
・外伝 「あの時に会った人」>>113-116
・第14章「すでに戦いは」>>117-129
・第15章「聖者ミーティア」>>130-133
・第16章「苦手は苦手のまま」>>134-143
・第17章「囚われの姫を救うために」>>144-147
・第18章「ぬくもり」>>148-156
・第19章「準備」>>157-163
・第20章「幕開けの暁」>>164-170
・第21章「善なる行い」>>171-177
・第22章「空」>>178-184
・第23章「要塞制圧」>>185-205
・第24章「」

Re: 叛逆の燈火 ( No.63 )
日時: 2022/10/03 23:28
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 振りかぶった剣は振り下ろせなかった。
 俺は、エレノアとルゥの悲しむ顔を目の当たりにして、手が止まってしまったんだ。

 ――どうしてそんな顔するんだよ。

 そんな顔されたら、俺はお前達を斬るなんて……俺にはできない。シスターに言われたんだ。「あなたはお兄ちゃんなんだから、二人を守らなきゃ」って。お兄ちゃんの俺が……俺が、二人に剣を振り下ろすのか? 俺が躊躇っている間に、二人の反撃の拳が俺の横っ腹に入る。また俺は吹き飛ばされて床を滑った。
 ……限界だ。意識も朦朧としてきやがった。せっかくのチャンスだったのに……。
 立ち上がろうにも、四肢に力が入らず、立ち上がるなんてできっこない。情けねえ。エルに叱咤してもらっても、身体が言う事聞かなきゃ意味がない。
 ラケルと団長の呼ぶ声が聞こえる気がする……いや、空耳かも。耳もキーンって鳴り続けてて、雑音がよく聞こえない。だけど、憎くて仕方ないあいつの声だけは、なぜか鮮明に聞こえる。

「貴様は所詮その程度だ、アレン。それが貴様の限界だった。それだけの事だ」

 ……否定できない。俺の限界はここなんだろう。もう、動けない……。
 多分俺、ボロ雑巾みたいになってる。実際、傷だらけで、失血でもう頭痛どころか、全身が痛くて寒くて、さっき動けたのが本当に奇跡だったみたいだ。

「兄さん。今元に戻してあげる」

 エレノア、ルゥ……。言いたい事とか聞きたい事が山ほどありすぎる。山ほどあるけど、声も出せない。言葉にできない気持ちは目に溜まっていく。涙はこんなにも溢れているってのに、声は出せないのかよ……っ!
 俺は呆然とエレノアとルゥを見上げる。巨腕が作った握りこぶし。それを俺に振り下ろして止めを刺すつもりか。……抵抗したくてもできない。



「アレンッ!」

 少年の声が俺の耳に届く。……ラケル? 俺は目の前にラケルが割って入り、エレノアとルゥの握りこぶしを光の鎖で巻き付けて、動きを止めていた。ギリギリと音を立てながら二人は何とか腕を動かそうと抵抗するが、動けば動くほど鎖が絡みつく。その隙に、ラケルはメイドと執事がいるであろう方に顔を向ける。

「フラクタ、フリジア! アレンを安全な場所まで、早く!」

 ラケルの焦りの混じった怒号。それを聞いたメイドと執事が俺の肩に腕を入れ、担ぎ上げた。ボロボロの俺の両肩に二人が支え合っている。俺を引き摺っているので、動きは遅いが二人は必死にこの場から離れようとしていた。

「アレン様。少々お待ちください」
「あ、安全な場所まで運びます」
「……お、い」

 俺の口から出た言葉は、それがやっとだ。「俺はいいから、ラケルを助けてやってくれ」って言いたいのに、言えないし、その気持ちに反して俺はラケルから離れていく。だけど、そんなの、皇帝ヤツが許すはずもない。ソフィアが俺達の前に立ちふさがる。まるで獲物を追い詰めた猛獣。そんな構図だ。


「逃がすと思いますか?」
「ひっ……!」

 執事が思わず声を漏らし、怯えたように奴の顔を見る。だが、メイドは素早く俺達の前に出る。

「……兄さまはアレン様を――」

 メイドが武器を取ろうと前に出ようとしたが、メイドの身体は切り裂かれる。突然の出来事に、執事は動揺を隠せず、多分無意識にソフィアに向かっていったんだろう。執事は武器を手にソフィアに飛び掛かった。

「この愚兄にして愚妹あり、ね」

 だけど、呆気なく執事も剣で体を貫かれる。二人とも流れ出る血が床に広がっていく。ソフィアは倒れている執事の身体を踏みつけ、念入りにぐりぐりと足を回していた。

「ラケル。あなたが私に逆らうからこうなったんですよ。あなたが、私の意に反しなければ、こんな事にはならなかった」

 ああ、ダメだ。もう無理だ。こいつが憎くて仕方ないはずなのに、今は完全に恐怖を感じてる。
 ……こんな状況でどうやって奴に勝てるんだよ。そんな風に頭の中でグルグルと回りながら、俺は傷を受けた二人をただ眺める事しかできない。
 ソフィアは俺の前に立つ。俺を見下ろし、剣を振り上げていた。

「さようなら、永遠にね」



 奴の振り下ろされた剣は俺を切り裂くはず……いや、俺は無傷だった。
 俺の前にラケルが立ちふさがり、杖で剣を――杖ごと切り裂かれていた。だが、まだ彼に生気はあり、瞼をカッと見開いてソフィアに向かって手をかざした。

「光輪術式解放、「コード:ルーメン・ザッハィシオ」!」

 周囲が白に染まる。目を開けていられない程の光。轟音と浮き上がる身体。何が起きているんだ?    瞼を閉じていても光が目に入ってくる程の眩い光に包まれる。その中で、魔女とソフィアの声が聞こえる。それに遠く離れて行ってる。その間にも、周りはガラガラとか、バラバラとか。そういった音が耳障りに聞こえてくる。まだ光がなくならない。眩しくて多分目を開けてられない。
 やがて静かになる。俺の目の前でどさっという何かが床に倒れる音が聞こえたので、目を開けると、目の前に仰向けに倒れているラケルがいた。

「ラケルッ!」

 俺はさっきまで声も出なくなるまで弱っていたはず。だけど、不思議と身体が軽く、声も出た。俺はラケルの身体を抱えて瞳を閉じた彼に呼びかける。弱弱しく瞼を開けると、俺を見上げて微笑んでいる。

「……ああ、アレン。よかった……」

 よかった? 何が良かったってんだよ!
 俺は反射的に叫んだ。

「何が良かったんだよ――」
「お前からはもう魂をほとんど感じることはできない。何をした?」

 俺の叫びを遮ったのは、いつの間にか隣で俺と一緒にラケルを見下ろしていたエルが、俺の聞きたい事を代わりに尋ねる。ラケルがふふっと笑っていた。

「僕の身体は特殊でね。ドライブは「クレイドル・リインカーネイション」。まあ、簡単に言えば、周囲の魂を自分の中に集めて、それを行使することができるんだ。魂がある限り、僕は死なない。寿命を迎えるまではね……」
「寿命……?」

 俺が繰り返すと、背後から団長も歩み寄ってくる。剣で真っ二つに切り裂かれたメイドと執事を、両腕に抱えて。

「寿命を迎えるまでは、中にいる魂が身代わりになってくれるから、死ぬ寸前になっても死ぬことは無かった。だが今回は、その魂を解放してしまった。つまりは――」
「ラケルはじきに死ぬ」

 団長を遮ってエルがそう宣告すると、ラケルも受け入れるように頷く。

「「コード:ルーメン・ザッハィシオ」。僕の先祖から伝わる、禁忌の術式……なのかな。多分術式っぽいかも。うん術式でいいや。まあ、それはね、自分の中の魂を全部解放して、周囲一帯を焼け野原にするようなモノだったんだよ」

 周囲を焼け野原に……!?
 そんな危険なモノを使うなんて。だけど、それなら俺達も死んでるはず。なんで生きているんだ?
 俺は頭に浮かんだ疑問をラケルにぶつけた。

「じゃあ、なんで……俺達は生きてるんだよ?」
「わかんない……だけど、君達を守りたいと強く願ったから、きっと女神エターナル様が守ってくれたのかもね。ほら、僕って信心深いからさ」

 あははと力なく笑うラケル。……理由はわかんないけど、きっとラケルの言う通りかもしれない。神様は信じてないけど……それは俺が信じてないから手を貸さなかっただけの事。神を信じているっていうラケルが言うように、神様が奇跡を与えてくれたのなら、ラケルは普段から神様を崇拝していて……きっとラケルは間違いなく、神の御許へ逝けるのだろう。シスターが昔言っていたように。
 やがて、ラケルの瞳から光が無くなって、虚空を見つめるようになった。

「アレン、もう君の顔は見えないけど、最期にいいかな?」
「なんだよ?」

 俺が聞くと、ラケルは微笑みを絶やさず、子供に言い聞かせる大人のように、優しく。……だけど厳しく。うまく言えないけど、そんな風な顔で、俺に向かって。

「……君は人形ヒトではないけど、君は間違いなく心を持った人間ヒトだよ。それを忘れないように。いいね?」

 そう言い聞かせた。ラケルは手探りで俺を探す。その手を握り締め、俺は強く頷いた。

「ああ。ありがとう、ラケル……本当に」

 俺の言葉が届いたのか届いていないのか、ラケルは突然俺の顔に向かって手を伸ばした。突然の事に動揺するが、ラケルは子供のような無邪気な笑顔を見せていた。満面の笑みで、俺の顔の頬に触れる。そして優しく撫でながら、一筋の涙を流していた。


「アシュレイ? ……そうか、君はそこにいたのか。ずっと会いたかったよ。もう離れないで。寂しくて僕みたいなウサギは死んじゃうんだから、さ……」

 ラケルはそう言い残して、静かに瞼を閉じて、二度と開く事はなかった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.64 )
日時: 2022/10/05 20:54
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺はラケル、それとメイドのフリジアと執事のフラクタ達が眠る墓の前にいた。
 結論から言えば、イルミナル領は滅びた。ラケルの最期の光によって。……周囲一帯っていうから、範囲はどれくらいかと思っていたけど、イルミナル領全域を包むほどの威力だったとは。だけど、死人はどこを探してもいなかった。亡骸ごと消し飛ばしたのか、それとも、逃げているのか。いずれにしてもわからない。風がびゅうっと吹いて髪がなびく。
 陽はてっぺんまで昇って傾く最中。もうじき空は茜色に染まるだろう。眼前の墓を照らす光で溢れている……。今日はまだ半日しか経っていないはずなのに、幾日も経ったような気分だ。これは現実なんだろうか。……まだ夢の中じゃないかって思いもするけど……ああ、なんというか。俺ってこんな感傷的になるほど弱かったっけ。


「まったく、こんなお洗濯日和に辛気臭い顔して」

 幻聴かな。ラケルの声が背後から聞こえる。俺は思わず俯いた。

「ごめん」
「キミは気負いすぎるんだよ。もっとリラックスしなきゃ。ハゲるよ」

 ……ハゲるは言い過ぎだろうが。俺は苛立ったが、我慢した。……いや、我慢できねえ。ちょっと言い返そう。

「誰がハゲだ」
「誰もハゲなんて言ってないでしょうが。あ、自覚でもあるのかな!?」

 嘲笑するように「うぷぷ~」とか言い出す。……畜生、すげえムカつく!

「誰が――」

 俺は声のする方へ振り返ると……あれ、エルしかいない。エルは黙って俺を見ている。……ってか、ラケルの声がするから生き返ったのかと――

「何バカな事言ってんのさ。ここだよ、ここ!」

 声がする方を見てみる。エルの肩に何か乗っていた。桃色の髪と、ラケルの服にそっくりなものを着たぬいぐるみ。……あ、でも瞬きしてやがる。この国が蒸気機関で動いているのは知ってるけど、こんなものまで。全自動のぬいぐるみなんかも作られてんのか。すげえな。

「なんだこれ。ラケルのぬいぐるみか? エル、趣味が悪いな」
「お前にはこれがぬいぐるみに見えるのか」
「えぇ?」

 俺はぬいぐるみに顔を近づける。

「デコイさんキック!」
「ぐあぁ!?」

 突然頬を蹴り上げてくるぬいぐるみ。いや、ぬいぐるみのくせになんか、堅いもので殴られたような衝撃と痛みが走る。なんなんだこれ!?

「趣味が悪いとは失敬だぞ、アレン。ボクがわからないのか!?」

 ぬいぐるみが叫ぶ。……うん、ぬいぐるみが動いてる。

「俺……もしかしたら疲れてるのかも」
「キミ、どうしてもボクを認めたくないのかな……」




―――




 とりあえず時間は要したけど、目の前にラケルっぽいぬいぐるみが人間みたいに動いて、喋ってる。これはどういう事だろうか。つーか、術とかドライブの一種なんだろうか。しかも、さっき蹴られた時、生き物のような質量っていうか。そういうのがあった。……マジなんなんだよこれ。

「お前、ラケルか? 同じ声だし、それっぽい見た目だし」
「いや、「ラケル・イルミナル」は死んだよ。君が一番よくわかってるはずでしょ」
「……」

 じゃあ、こいつは一体何なんだ? ラケルじゃないなら、なんで同じ声と似たような挙動で、喋ったり動いたりできるんだよ。……という疑問を即座に答えてくれた。

「じゃあ、改めて自己紹介ね。ボクは「ラケル・デコイ」。「デコイさん」とでも呼んでよ」

 デコイ――

「さんをつけろよデコスケ」

 デコイさんは「えへん」と言いながら胸を叩いて、腰に手を当てる。「ドヤァ」と言いたげに鼻も鳴らしている。ラケルっぽいけど、ラケルではないのか。

「デコイさん。お前はラケルと同じ魂の色を持っているようだが、一体何なのだ?」

 エルが俺の聞きたい事を代弁してくれた。デコイさんは「ん」と一言だけ言って頷く。

「ボクはそうだな。「ラケル・イルミナル」の魂の欠片が宿ったぬいぐるみ。彼が死んだ時とかとにかくなんらかの理由で動けない時の為に、ラケルの代わりに動けるようにって、魂の一部をぬいぐるみに入れて、動いてるんだ」
「へえ……ってそんな事できんのかよ!?」
「できてるから今ここにボクがいるんでしょうが」

 デコイさんは肩をすくめ、呆れたような声を出す。挙動が自然で、ぬいぐるみがヌルヌル動いているその光景は、本当に現実感がない。まあ、これはすぐに慣れそうだ。

「「クレイドル・リインカーネイション」は、魂を貯蔵するだけでなく、自分の魂の一部を空っぽの器に入れて、分身を造る事もできる。ボクは、その"最後の分身"ってワケ」
「最後?」

 どういう事だ? 最後って……デコイさん以外にも分身はあったのか?

「バーバラに灰にされちゃったんだよ。本当は本体であるラケルが殺されない為の囮だったんだけど。ボク以外全滅しちゃった」

 デコイさんはニコニコ笑いながらそういう。

「お前はなぜここにいる? お前だけが生き残っているのだ?」

 エルの質問にデコイさんは頷いた。

「そりゃ、ちょっと一仕事してたんだよ。ボクは朝からね」
「一仕事?」
「ロンド君とマリアちゃんに協力を仰いで、イルミナル領の皆を昨日から避難させてたんだ。ラケル自身がさ」

 デコイさんが腕を組んで「大変だったよぉ」と言いながらうんうん頷いている。
 彼の話によると……昨日の昼頃に、しかも団長と会談中にパンテレグラフにとあるメッセージが来たらしい。知り合いの占星術師が、「この後、悪魔と魔王がそちらに来る」という短い文章が来て、ただ事じゃないと悟ったラケルは、一足早く領民達への避難通達。そしてクルーガー公とエスティア公、他友人の領主にイルミナル領の領民達を受け入れるよう促していた。俺とあいつが交戦を始めた頃には、皆領の外に出られていた。……団長も一枚噛んでたようで、団員の皆も手伝っていた。
 だから、俺と団長とエル以外は誰も来なかったし、なんか邸宅が殺風景だったのか。と納得する。

「正直、一晩でなんとかなるもんだね。ラケルのお友達は皆いい人で良かったよ」
「だから心置きなくあんなすごい術式を使う事が出来たのか」
「うん。だけど、本当はキミ達も領内から出てほしかったと思うよ。奇跡が起きなかったら、ボク達も消し炭になってたわけだし。不幸中の幸いだね」

 デコイさんは腕を組んで、うんうん頷いていた。

「ラケルは、どうしてそんな時に俺を呼んで……」

 俺はそうつぶやく。ラケルはそんな大変な時に、俺に真実を教えてくれた。どうしてなんだろう。……俺をほっぽって逃げればよかったのに。無関係なんだから。

「ん、そりゃあ。キミがキミの母である「アシュレイ」の子供だからだよ」
「……いや、だから、なんで母さんと俺が親子だから何の関係が――」

 俺がそう吐き捨てようとすると、デコイさんは「ん~」っと声を出して、俺を見つめた。

「アシュレイとラケルは親友だったんだ。親友の子であるアレン。キミには前に進んでほしかったんじゃないかなぁ。キミはずっと前に進めなかったって、アルテアも言ってたしね」

 前に? ……前にか。そういや、真実を知るまでは下と後ろばかり見ていた気がするな。言われてそう気づく。ラケルがいなかったら、俺……多分ずっと怯えて苦しんでるだけだったかもしれねえ。そう思うと、今日はラケルに会えて良かったかもしれないな。うん。良かった。

「ん。今日で一番最高の顔だね。ラケルもその顔が見たかったと思うよ」
「そ、そうかな? ……へへっ」

 俺は照れ隠しに鼻を指でこする。昨日はディルク兄ちゃんとジェニー姉ちゃん、それに師匠にも背中を押してもらったし、今日はラケルに手を引いてもらった。……これでいいんだ。皆が必死になって俺を助けてくれている。俺も、いつか助けてもらった分、返していかなきゃな。
 よし。



「デコイ、さんは、これからどうするんだよ?」
「ん……」

 デコイさんは周りを見ながら困ったように笑う。

「ボクの役目はもう終わったからね。デコイとしての役目を終えた今、どうすれば……どうしようかな……」

 寂しそうにそうぽつりと言うと、俺は彼に手を伸ばした。何気なく。デコイさんは俺の手を見て首を傾げた。

「……アレン?」
「行くとこがないなら俺達についてこいよ。ラケルの分身なら、ラケルの事も知ってるだろ? お前とラケルの事も知りたいし。いいだろ?」

 デコイさんは驚いたようで、おろおろとし始めた。

「い、いや。ボクは分身ってだけで、戦う力もドライブもない。足手まといになっちゃうかも」
「一人増えたところで関係ないだろ。団長もいるし、うちの傭兵団は面白おかしい連中ばっかだ。毎日退屈しねえと思うぜ」

 デコイさんはしばらく頭を抱えて悩み、周りをキョロキョロを見回した後、やっと決意したように頷いて、俺の伸ばしていた手に触れた。ぬいぐるみなのに、ヒトの肌のような質量を感じる。こいつも生きてるんだな……俺はそう思う。


「ありがとう、アレン……ありがとう」

 デコイさんは涙ぐんだような声を出し、震えていた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.65 )
日時: 2022/10/06 22:15
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 僕は「ふわ~あ」と欠伸をして、両手を挙げて肩を伸ばしていた。……ほんっと、ずーっと座りっぱなしだと、しんどいなぁ。肩がギシギシ音を立ててる。あーあ。「ロンド」も「ルチア」ちゃんも「メラム」ちゃんもその弟子で、次期宮廷占星術師の「パッさん」も……「バーバラ」も。今は会議だったっけ。僕だけなんかヒマみたいじゃん。

「あ~あ。机の前で無意義なお勉強なんか暇だよ。僕も遠征とか行きたいなぁ~。ずーっと中で勉強とか退屈だしやだなぁ。なんか面白い事起きないかなぁ~」

 僕がそうぼやいていると、背後から僕の名前を呼んだあと、コツンと衝撃が走る。

「いったー!」
「もう、ラケル! そうやってまたぼやく! そんなんじゃ次期皇帝の名が泣くわよ!」

 僕が痛みのある場所を手で押さえながら、背後を見る。
 そこには金髪のふわりとした波打つ長い髪を持つ、白いブラウスと黒いスカート、金色の刺繍が施されたフードのついたローブを羽織るスレンダーな妙齢の女性。だけど顔は少し幼さというか、童顔というか。真ん丸な青い瞳をこちらに向けて、しかめっ面をしながら頬を膨らませている彼女。
 名は「アシュレイ・ルーギウス」。ナインズヴァルプルギスの一人で、序列は第4位。「ザ・フォウ」の名前を賜ってる、僕なんかよりすごく優秀な人だ。僕の親友でもあり。なんと、序列第9位のバーバラと同じく、「魔法」っていうものが使える。だけど、「万能魔法」のバーバラとは違って、彼女は「治癒魔法」の使い手。どんな傷も、彼女に言わせれば"朝飯前"。たちどころに治ってしまうんだ。まあ皆は彼女が魔法を使えることは知らない。もちろんドライブだと思ってる。だからかな。その力を讃えられて彼女は、「エターナルの使者」とか「天使の御使い」だとか、「聖女」だとか。そんな風に呼ばれてる。……ま、性格の方は全然聖女じゃない。むしろすぐに手が出る、しかも怪力。だからこの子は妖怪暴力鬼女――

「誰が暴力鬼女よ、聖女チョーップ!」

 ドゴォという音と先ほどより重い衝撃。一瞬花畑が見えたような気がする。……この子、一応聖職者をやってるんだけど、聖職者は聖職者でも、「モンク僧」だよね。ゼッタイ。

「ラケル。そんな変な事ばっかり言ってないで、勉強は終わったの?」
「全部終わったよ~。だからこうして羽を伸ばしてるんじゃないか」

 勉強……「帝王学」の。僕は「次期皇帝」の一人だ。なんせ、僕はアルゼリオン帝国の現皇帝の第二皇子。「ラケル・イルミナル・アルゼリオン」ってのがフルネーム。ああ、「イルミナル」ってのは、母が嫁ぐ前の領地の名前。次期皇帝とはいえ、もし何らかの理由で皇帝になれなかったら、祖父が席を空けてくれてるから、家督を継ぎに戻ってこい。って言ってたんだよね。
 あと、ナインズヴァルプルギスの第3位でもあるから、そっちでは「ラケル=ザ・スリイ・イルミナル」って名前を使ってるんだけど。……まあ、僕が第二皇子って理由でナインズヴァルプルギスに選ばれたんじゃないかっていう人もいるけど。否定はできない。だからこそ、実力で物を語らないといけない。実力主義の世界なんだから。
 まあそんなこんなで、次期皇帝ではあるんだけど、ナインズヴァルプルギスの一員でもあって。結構複雑な立ち位置なんだけど、僕自身も正直自分の家系含めて複雑すぎて覚えてらんない。それに僕は別に皇帝にはなりたいと思わないんだよね。僕は「魔人」。短命で、60代を迎えるまでに死ぬ。だから、老い先短い魔人が皇帝になるよりは、人間である「レア」兄上がいい。僕は辺境の領地でひっそりと領主をやりながら、スローライフを満喫してさぁ~。年取ってのんびりお茶をすすりながら死んでいきたいかなぁ。それが僕の理想!
 っていう話をアシュレイに聞かせていたら、彼女は半目で呆れたような視線と顔でため息をつく。

「ラケルって、ホントちょっとズレてる感じよね。普通野望を叶える為とか、理想を実現する為に皇帝に俺はなる! みたいなのはないの?」
「えぇ、何それ超面倒臭い」

 僕が即答すると、さっきより大きくため息をつく。……何がいけないのかな?

「なんだよその反応! 僕はゆったりのんびりしながら商売して、領民達と一緒に畑を耕して、美味しい作物を皆さんの食卓に届けたいんだよ! 商売したいの! 皇帝になるとそれができなくなるじゃん! 正直、帝王学より商売の勉強した方が絶対将来生きていけるよ!」
「あなたねえ――」
「なるほど、君は確かに、商売を取り仕切る方が合ってるかもね、ラケル」

 ん。
 僕とアシュレイが話していると、部屋の外から僕の一回り大きな青年が入ってくる。
 整った顔立ち。灰色の短い髪と青い瞳を持ち、白衣と黒いマントを羽織る、僕に似ても似つかない……「レア」兄上がにこりと笑いながら僕達の部屋へと入ってきた。噂をすれば影が差すってヤツ? あんまり他人の悪口とか言えないね。

「あーら兄上ってば。盗み聞きなんて」
「ふふっ、ごめんね。そんなつもりは無かったんだが」

 兄上の笑みに、僕も釣られて笑ってしまう。……正直、僕は兄上の方が皇帝にふさわしい。そう思う。だって、兄上の掲げる「平等主義」からなる「民主派」の思想は、国民一人一人の意見……つまりは民意を尊重して反映していく。貧しい人間が苦しまないような政策を掲げ、誰もが平等に衣食住を手にすることができる。まさに理想の国の像。僕はそんな未来に、兄上がしてくれると信じているんだ。
 僕はさっき言ったように、商売で経済を回して、国家間の資金の流れを潤滑にしていけたらいいなって思う。僕は経済を回して、兄上は国を良い方向に動かす。これが未来の理想像!
 っていう話をしていたら、アシュレイはやっぱり呆れて首を振ってる。

「まあ、理想を語るのは、酒場に入り浸ってるオッサンだってできるんだけど?」

 ……それを言われちゃぐうの音も出ない。

「ラケルの考えは素晴らしいと思う。だけどね、君が皇帝になり、そのずる賢さがあればきっと――」
「ずる賢さって……兄上も失礼しちゃう!」
「はははっ」

 兄上が笑うと、僕もやっぱり笑い、アシュレイも笑った。
 理想を語り合うのは楽しい。それがいつか現実になる事も夢見て、信じて疑わない。信じれば、きっといつかは理想も現実になるはずさ。なーんて、我ながら青臭い事を思ってたよね。

Re: 叛逆の燈火 ( No.66 )
日時: 2022/10/08 21:52
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 僕、「ラケル・イルミナル・アルゼリオン」は現在16歳。あと2年で成人の儀で黄金の聖杯に、清水を捧げれば、僕は晴れて成人。予定ではそこで皇帝に即位できる。……って母上が言ってた。あー、でも。なんとか兄上が2年間の間に何か成果を上げて、皇帝に選ばれればいいかな。兄上は今年で18歳。つまりは皇帝になれる年齢なんだ。
 兄上も次期皇帝なんだけど、兄上と僕で宰相達が勝手に派閥争いをしていて、勝手にどっちかが皇帝になるのにふさわしいとかなんだとか。勝手に話を進めてる。ぶっちゃけ迷惑でしかない。なんで助け合うとか、協力し合うとか。そういうのができないんだろうな、あの頭のお堅い連中は。
 現皇帝……父上は厳格な方だ。古い考えを持ったまま、死ぬまで変える事はないだろう。宰相達と全く同じ考え方だ。「支配して管理し、金も物資も人も掌握できるので、皇帝が人の上に立つべきだ」ってさ。それ自体は悪くはないさ。悪くないんだけど……。
 ナインズヴァルプルギスの中にもそういった考えを持つ人はいる。第1位の「ザ・ワン」を始めとする半数が、父上と同じ考えなんだよね。彼らは兄上の考えを「ただの理想論」だって一蹴するけど……。
 まずは理想を作って、未来を理想にのっとって作っていくのが、そういうのがまつりごとって奴じゃないの? あー、ムカムカしてきた。

「なーんだ。普段大人ぶってるから、もっと落ち着いた考え方だと思ってたけど、案外子供なのね~」

 僕の愚痴を延々と聞いてくれていたアシュレイが、カップの中身を口にする。しかしすぐに「うわっ苦っ」とカップから口を離した。
 僕とアシュレイ、兄上は一緒に僕の部屋でテーブルを挟んで、休憩がてらに将来について語り合っていた。兄上も僕もアシュレイも、もちろん今の帝国の在り方じゃ、誰かの悪意が爆発したり、はたまた誰かが何かを失って、それが引き金に何か悪い事が起きるんじゃないかって。そう考えている。
 兄上が掲げる「平等」っていうのは、もちろん、貧しい人間にも選択肢が得られるようなシステムを造る事だったり、いずれ格差をなくして、ヒト一人が一人の人間として生きていられる。……っていう、まあ傍から見たら理想論も理想論なんだけど。僕も思うよ、この考え方は甘い。ってさ。
 ……この世界の始まりは女神に創られた調停者エンブリオが世界を安定させてたけど、悪意ある人間のせいで最期を迎えた。そういう話がある。悪意は善良な市民、全くの無関係な人間まで喰らい、世界を腐らせていく。
 だからこそ、父上は支配することでその悪意を管理する考えを持っているんだろうね。……だけど、支配したって悪意を完全に管理はできない。とはいえ、兄上の考え方もだいぶ甘いし、今のままだと兄上も調停者と同じ運命を辿るかも。
 支配と平等。どっちが正解かなんて答えは永遠に見つからないだろうけど……。でも、人の上に立つ以上は答えを出さなくちゃいけない。例え、間違いを選んだとしてもね。

「問題は、民主派の声より、支配派の彼らの声の方が大きい。と言う事かな」

 兄上はため息をついてそう言ってる。
 確かに。支配派であるあの野心家の「カティーア=ザ・トウ・ラミアス」は、裏から国を操ってるんじゃないかってくらい、父上の扱いが上手で。いつも会議で言い争っていると、カティーアの巧みな言葉で父上はすぐ納得する。父上は彼女をそりゃあもうすごく信頼してる。それに、宰相達を束ねてるのも彼女だ。僕ら民主派はカティーアの事を「女狐」って呼んでる。その位狡猾な女だよ。

「ま、カティーアの方が現実的だしね。陛下が同意されるのも無理ないわよ」

 アシュレイは肩をすくめる。いや、それはわかってるよ。現実的で正当性もあるから、僕らはいっつも言い負かされるんだよなぁ。
 そんなカティーアは、僕を次期皇帝に推薦してる。……まあ、だからといって僕の味方ではない。むしろ、敵だよね。

「あんなのに推薦されても嬉しくないなぁ。アシュレイが僕を推薦してくれたら、僕頑張って皇帝になるんだけどなぁ~」
「ないない」

 僕の冗談に鼻で笑いながら、手をひらひらと振る。
 ……冗談でもいいから、「期待してるわ」って言ってくれたらなぁ。
 なんて思う。

「じゃあアシュレイはどっちを応援してくれてるのかな?」

 兄上がニコニコしながらアシュレイの方を見る。すると、アシュレイは顔を真っ赤にさせて、大声で叫んだ。

「べ、別にどっちでもいいでしょうがっ! どっちが皇帝になったって、仕える人が変わるだけってだけで何も変わんないわよっ!!」

 トマトかってくらい顔が真っ赤に染まってる。……僕は兄上だっていうかと思ったけど、意外とチキンなんだなぁ。と、僕はニヤニヤしながらアシュレイを見ていた。

「何ニヤニヤしてんのよ、このバカっ!」

 八つ当たりかな。アシュレイは僕の頬をビタンっと音を立てながら、思いっきり叩いた。……意識が飛びかけた。女の子なのに力はゴリラ並だぁ……。

Re: 叛逆の燈火 ( No.67 )
日時: 2022/10/08 18:47
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 翌日、月に一度の招集があったので、僕達ナインズヴァルプルギス及び、統制機関が集う議会に参加した。城の会議室に議長、「ザ・ワン」を始めとする、「ザ・ナイン」である「バーバラ=ザ・ナイン・ゴーテル=ヤーガ」までの9人の執行役員、その他直属の側近などが数人。そして皇帝と次期皇帝である兄上を交えた重要な議会なんだ。この議会では前回の議会から昨日迄の経過報告や意見交換、明日から次回の議会までの課題などを話し合い、実行する。……最近はカティーアの声が大きく、主導権も握られてるためか、有益な会議なんてできてない。今日もどうせカティーアが会話の主導権を握って、何の進展もなく終わるんだろうなぁ。なんて僕は退屈そうに頬杖をついて、議会の流れを静観している。……と、僕の隣にいるアシュレイが脇腹を肘で小突いて来て痛みで悶えながら、話を聞き続けていた。

「――以上が昨日迄の報告となります」

 やっと昨日までの報告がカティーアの口からされて、それが終わったみたいだ。時間的には20分か。先月は40分だったから、それより半分だな。

「ふむ。報告ご苦労。……して、意見のある者は申してみよ」

 父上がこの場にいる全員を見回し、いつものようにそう言う。意見かぁ……昨日話していたことを思い出す。だけど、どうせカティーアは僕らの意見を遮って、父上を良い様に納得させるんだろうな。だったら言っても意味ない気がするなぁ~。
 と、思っていたら、第7位であるメラムちゃん――「メラムプース=ザ・セヴン・メガリ・アルクトス」が挙手をした後、許可が下りて立ち上がる。ナインズヴァルプルギスの中では最年長。年齢の事言ったら、水晶玉でドカッとやられちゃうけど。事実なんだよね。大きな三角帽子を揺らせながら立ち上がり、顔が隠れる程の長くふわりとした髪も同じように揺れる。見た目は濃い桃色の髪の魔女のおばあさんって感じだ。……顔は見た事ないけどね。彼女がしわがれた老婆のような声を出す。

「陛下。来月はレア殿下の成人の儀があります。その際、殿下を皇帝に即位させるべきかと」

 僕は驚いて思わず二度見。兄上とバーバラ、それに父上以外は全員何かしらの反応を見せていた。ざわざわと皆が口々に騒ぎ出し、カティーアもザ・ワンも目を見開いてメラムちゃんを見ている。皆予想外だったんだろう。僕もだよ。
 カティーアが慌てた様子で挙手をした後、メラムちゃんを指さしながら父上の方を見る。

「陛下……ザ・セヴンは少々寝不足の御様子。仮眠室に――」
「誰が寝不足だ女狐。ワタシはこの通り健康そのもの。他人を寝坊助扱いしないでいただきたい」

 メラムちゃんは強気な態度を崩さず、カティーアを遮る。
 ……普段は顔が隠れてるし、いっつも静かだから、議会中に寝てるんだと思ってた。ちゃんと起きてるんだ。それに、彼女の強気な態度というか、毅然とした態度でカティーアに反論するなんて。それにしても、彼女はどうして兄上を即位させた方がいいなんて突然言い出すんだろう? バーバラと兄上が静観を貫いているところを見ると、昨晩何か話していたのかな?

「ふむ……して、その理由を申せ」

 父上も未だざわついているギャラリーを余所に、メラムちゃんに尋ねる。すると、彼女は「は」と短く返事をした後、首を垂れる。

「恐れながら、ラケル殿下はまだ若く、未熟であると考えます。それともう一つ。陛下も、ワタシのドライブ、「フォルチューヌ・テラー」の事は存じ上げている事でしょう。ワタシは先の事が良く見える。当然、自分の死ぬ寸前まで」
「其方は、未来を見たのか?」
「は」

 深々と頭を垂れるから、帽子がずれ落ちそうになる。……確かにメラムちゃんのドライブのおかげで、この帝国はこの数十年で著しく成長を遂げた。僕が生まれる前の事は知らないけど、とりあえず、フォートレス王国と手を組み、技術革新。フォートレスが技術提供し、帝国への機械の導入のおかげで、帝国は高度経済成長を遂げたんだ。その事をきっかけに、外交が始まり、国家間の交流と物資の流通が行われ、この大陸はかなり豊かになったんだ。
 そんなメラムちゃんだからこそ、父上は彼女の事を信頼している。

「して、レアを皇帝に即位させた暁には、国にどのような繁栄が齎される?」

 当然の質問だ。僕も気になる。アシュレイも気になっているようだ。

「は。レア殿下もラケル殿下も国民からの人気は絶大でありますが、レア殿下が皇帝に即位された場合。帝国は少なくとも"ワタシが生きているうち"は殿下の尽力によって、さらなる成長を遂げるはずです。ワタシが死んだあとは、弟子の「パメラ」に全て任せますんで、その先は弟子に聞けばよろし。どういった成長かは、見えましたが、そこは殿下次第であります」

 言いたい事を全部言い終えたのか、ふぅっとため息をついてから着席するメラムちゃん。まあ「詳細はわかんないけど、兄上が皇帝になった方が未来は明るいぞ」みたいなことを言いたいわけか。……そうなると、僕が即位したらどうなるのか逆に気になるな。こっそり聞いてみるか。
 父上は彼女のアバウトな占いに深く頷く。
 すると突然、ザ・ワンが挙手をした後、立ち上がる。白い髪の青年。金色の瞳、黒装束。なんか吸血鬼みたいな見た目だね。さっきは目を見開いていて驚いてはいたけど、今は冷静な様子。彼は口を開いた。

「陛下、私もザ・セヴンと同意見であります。レア殿下を皇帝に即位させた方がよろしいかと」
「ほう。その理由は?」
「ラケル殿下は日頃の態度から、皇帝には向いていないと私は考えます。教養や配慮、日頃の態度などを比べれば、レア殿下が皇帝に即位されるべきですな」

 ……面と向かって言われるとカチンとくるけど、事実だよ。言い返せない。くそっ、ザ・ワン。いつかボコる。僕は唇を噛んでぶるぶる震えていたが、アシュレイが同情するように、僕の肩を叩く。同情はやめてくれ。惨めになる。
 カティーアは彼の言葉を聞いて随分慌てている様子だ。初めて見た。

「ザ・ワン、あなた――」
「あいわかった。そなたらの意見を聞き入れよう。だが、結論は明日また議会を開き、そこで出そうと考えている」

 父上がそう言い終えると、議長が「静粛に」と木槌を叩きならして、今回は解散となった。

 ……結局、どうなっちゃうんだろうな。
 メラムちゃんも、だけど。あれだけカティーアと同意見だったザ・ワンの動向も気になる。……喧嘩でもしたのかな? ああ、今日は眠れないかも。メラムちゃんに話しかけようにも、すぐいなくなっちゃうし。
 いろいろ考えはするものの、明日まで結論が出ないわけで。僕はおとなしく自室に戻る事にした。今日終わらせないといけない事務仕事があるし。それが終わったらアシュレイとバーバラも交えて話し合うか。


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