複雑・ファジー小説
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- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.96 )
- 日時: 2016/06/04 17:39
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: 34Ns4Wp.)
ホールに轟いた少女の悲鳴……
其れはまるで、此の世に産まれ出た胎児の初声の様。
胎児の泣き声は、きっと此の世に排出された事を呪う嘆きの唄……
此処は寒くて、痛みばかりだと。
”だすな、だすな、ここからだすな”
此処は艱難と、辛酸の世界。
何処にも届かない無限の地獄。
痛みの酸素、その代償として吐く悲哀。
夜闇の中で朧の”死”が幽かと揺らぐ。
しかし、其処を照らす血膿の紅月が、その幽かな望みを嗤うのだ。
”お前は其処には届かない”
”お前は何処にも還れない”
そう言いながら、嗤うのだ。
機智烈斎は、その一筋の痛哭の方へ目を凝らすが、此処から確認できない。
「殺目の声、ですかな……?」
頼母仁八(たのもじんぱち)は言った……
機智烈斎は、その響く嘆きの声が宙を舞い、虚しく打ち棄てられていくように錯覚させられた。
銃声と刃迅の音。硝煙と催涙の毒霧が共に其れを昇華していく。
機智烈斎には、其れを見送る事しかできなかった……
「何故、機智烈大百科を知っているのだ……? 誰が、お前に其れを?」
頼母の大きい瞳が、機智烈斎を見下ろす。
「保科の娘に、と言っておきましょう」
「? ……保科の娘? はて、どういう意味だ」
頼母は笑う。
「これは、冷酷な……ご存知な筈でしょう? 憐れな、余りにも非情酷薄な機智家の仕打ちを……その姓は”松平”の事でありまする。会津藩に嫁がされた殺女……ふふ、まるで亡くした想い人を待つ乙女が如く、未だに一途と保科を名乗っておりまする」
「!? まだ……まだ、現存していたのか? 松平に送られた殺女達。そうか……そう、そうだったか。なんと、惨き有り様か……」
機智烈斎は、胸の締め付けられる思いがした。
其れは、最も数奇な運命を持った少女人形達の姓。
「さぞ、さぞ恨んでいるだろうに……この、機智家をっ、この機智烈斎を……! 俺の血を!」
そして、譫言の様に何かを思い、呟く機智烈斎。
頼母は答えない。
歯を噛む機血烈斎、その視線が落ちる。
「機智烈斎どんな? お前さぁは何故ん、そんな顔をしちょりもすか……?」
頼母の喋り方が、何処となく愛嬌のある柔らかさに変わった。
「? ……何故そんな事が気になるのか」
僅かな間の後、頼母が口を開く。
「おいは、機智烈斎と言うお人は、もそっと冷たか男じゃっ思うちょりもした……じゃっどん、お前さは殺華を憐れみ、そして今、会津に送られた殺女を想いそんな顔をしちょりもす。お前さは、何故に此の時代に態々、機智烈斎を執りなすった?」
「お前の様な男には到底分かるまいよ……」
「聞かせて頼もらんか? 卒爾ながら、是非お願いしもんで。少なくとも、今お前さのおりもす政府んもんよか、そん言葉を理解でくっ詰りでおいもす」
「敵と、語らう趣味はない。お前に教えて何になる……!?」
「敵だから、分かっこつもありもそ……おいどまは少なくてん、そうおもぅちょるんごたるよ」
「お前がその気になれば、俺など簡単に殺せように。不思議な奴だ」
「おいは先程の通り、機智烈斎殿にお逢いしてみたかと言う事でごわんでよ。殺す、殺さぬはまた別ん話んおじゃっど」
「無間のテロメア……」
頼母が、ほうと首を傾げた。
「お前は、殺女が何故にあの様な異形の身体を持っているか解るか? あれは細胞分裂のの監視者である、テロメアの異常にある……機智家がその昔に研究していたのは遺伝子のヘイフリック限界を超越させる為の生体実験。そして其れ等に癌細胞とテロメアーゼという酵素が関わっている」
「つまり、癌細胞で無限の細胞分裂、その上でテロメアーゼをコントロールっちううという事でごわはんか?」
「そう、正常の細胞はテロメアーゼで活性化し、ガン細胞でテロメアーゼを不活性化させる。とてもざっくり言えばこうだ。これで、殺女達の永い寿命を説明できる」
「しかし、それだけでは無間増殖には至りもはんぞ。必ず、老化する細胞は出て来もす。
特に、神経細胞や脳細胞は簡単にはいきもさん。そいに何よりも体はガン化してしまうでごあんぞ?」
「細胞の末端にいるTA65(テロメア)それが細胞分裂の回数を制限している。TA65が限界点に達すれば分裂が止まり細胞はアポトシス(死ぬ)する。其処に、ある方法で精製した人工的なガン細胞を加える」
「遺伝子改造を施した、人工の躰を用いて、人工のガン細胞を与えっこつであん娘子(おじょこ)らぁが出来っこつが訳でおじゃっすか? こりゃ、まっこつ大した仕業んごわんでよ」
頼母は、感心した様に顎をさすり微笑する。
「それだけではない。ただ、大まか概要としてはその類いだ……」
「機智家は、そいを江戸ん頃から独自に?」
「いいや、かなりの確率で、其処には欧洲の秘術が関わっている。大方、長崎あたりから蘭人に紛れたシュヴィーシュ(後のスイス)ドイツ、オーストリア人の医学者、普遍医薬に精通している者達との所業であろう」
「フフ、そいでん”賢者の石”のというこっか……まっこつ面白か話んごたるな」
「機智烈大百科を求めてどうする?」
「新しく、殺女を造りとう思ちょります。何故なら、最早、世は人間等では変わりもさん。それは人以外のもの……即ち”超越者”の存在が必要なのでありもす……」
機智烈斎は、辟易した思いで頼母を見やる。
「俺は、お前と正反対に位置しているよ? 俺は、殺女を此の世の有り様から遠ざけ安らかに滅する事を望んでいる」
「ほぉう……此れは異な事。機智家の者が、そう言うか。しかし、そいもよかっじゃろ。お前さぁは、まっことおもしろかお人んナ。では、現存しうっ殺女を全て破壊すっおつもりでおじゃしますか?」
「俺は、殺女に寿命というものを与えてやりたい。人は老いさばらえ、朽ちて死ぬ。しかし、だからこそ、其処に喜びや苦悩、生きるという事への実感を思い描く事ができようもの。そして、死という帰結点を得る事で、今迄の艱難に対し安寧を見出す事もかなおうと言えないだろうか? 俺はその為だけに、此の世に生まれたと自負しているし、その研究にその生涯をすべて捧げる積りである」
機智烈斎は、頼母に向け強くそう言い放った。
冷たい瞳が奔る。しかし、其処には断固たる意志が宿っている……
「ふふふ、汝(わや)、なかなか良か二才(にせ)っじゃ……」
「?」
頼母はそう言うと、静かに歩き出す。
「何処に行くつもりだ!?」
「殺目と殺華を連れて、帰りもそ……」
「待て! 貴様っ」
頼母は静かに、機智烈斎の斜め後方へと指を刺す。
「彼処に、非戦闘員がおります。見れば、未成年者もいる様子。彼らと共に、貴方も此の場を離れられよ」
「待て、抵抗するな。殺目達のいる場所には警察も、俺の配下の殺女もいる! 今お前が其処に足を踏み入れれば確実に死ぬぞ!」
「ふふ、殺目や殺華を、闘争へと指図した俺いが端で指を咥えたまま見てるこっじゃど、笑われんでナ。そげん臆病者(やっせもん)では誰も付いて来らでよ」
「……待て、おい!」
「そいじゃ、また……お会いしもんそ。機智烈どん」
頼母仁八はコートの裾を靡かせて悠々と去っていった。
機智烈斎はこの時、自らに何の武力も無い事を呪わしく思った。
「あの男を、留め置く事もかなわぬとはな……」
機智烈斎は、何もできずに頼母の背を見つめる事しかできなかった。
- Re: キチレツ大百科 ( No.97 )
- 日時: 2016/06/06 20:34
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: SGJxjeZv)
「殺華……」
殺死丸(あやしまる)は背中越しに殺華(さつか)を見る。
「殺死丸の姉者……!?」
血溜まりの床へ転がっている殺目(あやめ)、左腕が上腕で切断されたまま倒れている。
「殺目ちゃん!!」
「Wow! 殺華? It's been yonks! What have ya been up to?」
死連は、軍刀の剣尖を殺目に向けたまま、殺華に舌を出してウィンクする。
その舌には、スプリットタン。口径のあるボディーピアスが開けられている。
「?」
黒いゴスメイク、側頭のトライバルタトゥー、左の耳にはジャラジャラとニードル式のボディーピアス。耳朶には、態々輪っかを入れて大きな穴を開けている。そして其処にも更にチャームがブラ下がっている。
黒いマントコートの襟には、紀章のバッヂが付けられている。はためくマントの裾からは、赤い裏地と白い生足が覗く。
「誰……? どちら様ですか……」
殺華は、訝しげに死連を見つめる。
「HAHAHA! 無理モネェ、私ダ、死連ダ! Long time no seeya? sucka!」
「えぇ!? 死連の姉者? 嘘だい! 死連姉はもっとお淑やかで、楚々とした殺女だよ。そんな耳にバシバシ大穴を開けたり、足をむき出しにして外を出歩かないよ!」
「HAHA! You sucka. Very cuteデFunny」
「僕、サカーじゃないょ。さつかだよ? 本当に死連の姉者……? そんな変な喋り方しなかったと思うけど」
殺華は、死連の余りの変わり様に信じられない様だった。
「バカにされているのですよ、殺華……其処にいるのは死連です。ですが、オツムをヤられて少々ノータリンになってしまい此の様であります。捨て置きなさいな……」
「殺死丸の姉者……」
「久方ぶりですね……貴女も、自衛隊のバカタレ共と行を共にしているとは情けない。この殺死丸、斯様な有様には情けなくて涙も出ますまい」
殺死丸は鬱々とした表情で言う。
「でも僕、僕、自分で決めたんだ! あのね、僕っ、剣も使える様になったよ! 難しい事は良く分かんないけど……でも、自分で……決めたんだ」
「いいえ! 違います、お前はいい様に垂らし込められているだけであります! 莫迦な真似は止めなさい! 今なら、今なら、この殺死丸、お前の処遇を思いばかってやる事是非もない」
「僕はっ! 僕は垂らし込められてなんかいないやい! 自分で決めたんだっ、初めて自分でそうしようと、付いていこうと思ったんだよっ」
「この小童が!! 小癪な事を抜かすな!」
「ひぃぃっ!」
殺死丸の大喝が、激しく殺華を打った。
震える様な気魄が舞った。
「うつけがぁぁ! 貴様、踊らされているだけと何故に分からぬ。この殺死丸、お前達が本意であれば、何処ぞで勝手気ままと世をかき乱すのも良しとしましょう。しかれば、その様な壮気は天晴れと手を叩きたい位です。しかし此度の一連の騒ぎ、とくと考え遊ばれっ。これは、単なる政治ゲームではありませんか」
「政治……ゲーム?」
殺華の顔に困惑が翳る。
「お前達が、ここ一連で起こしたであろう暗殺騒ぎ。記事になっている自殺や、行方が不明の者達の共通点は知れた事……其れ等は現政府とその官僚組織にとって都合の悪い者達であります。大方、お前達は都合の良い様な事を吹き込まれ、それらに加担しているにすぎません」
「そんなことないよ!」
「では、このビルのオフィスに押し入った理由はなんです?」
「それは、元、防衛の、制服組が、あの、自分達で……勝手に防衛の業界? のぉ……決まり事を? 破ったから……」
殺死丸は、その事を起こすに至るには余りにも粗雑で小児的な殺華の感覚に溜息を吐く。
「馬鹿者! これは単なる白色テロルなだけであります!! お前達は、為政者の走狗として良い様に使いっ走りをさせられているだけです。何故にわからぬか!? 大方、世を変えるだ、革命だ、挙げ句の果てには正義の為の変革だとか甘言に踊らされているだけでありましょうに!? この馬鹿!」
「僕達は奸族を誅殺したんだ!」
「だまれぃ!! 童が大きな口を叩くな! 誰に物言っている!? 笑わせるな、良いですか? 自衛隊特別教導団とは、殺女を監理下に置きながら、時の権力下に於いて国家の内部粛清機関の役割も担っております。お前達の襲った日本ミラージュという会社はその良い例です。あれが最も忌々しく思っている者は誰ぞ? よく考えなさい! 貴女は只々、政(まつりごと)の裏にある暗殺劇を背負わされているだけでありましょう?」
「それでも、それでも! 僕は……!」
殺死丸は、憐憫を滲ませながら続ける。
「もう良い……殺華? お前は、この殺死丸の言う事だけを聞いておりさえすれば良いのです。さぁ、もうこんな馬鹿馬鹿しい真似は辞めて、この殺死丸の元へ帰るのです。機智家に帰参するのです。よいですね?」
死連が呆れた顔をする。
「Oioi.身内贔屓モ、甚ダシイゼ? What about to become like this?」
「だまらっしゃい! それが一番ご当主が望まれる事であります。この殺死丸が、その心根を一から叩き直してやりますれば、もうこんな馬鹿げた真似はできますまい?」
「You fuck'n idiot! Not that simple madder fucka!(mother fucker)」
(テメークソ馬鹿! んな簡単にいくわけねーだろってんだよクソ間抜けが)
「殺華ぁ! 此方に来なさい!! 殺華!!」
「ごめんなさい、殺死丸の姉者、死連の姉者……やっぱり僕は、僕は……自分の信じた道を行きたいんだ。仮令、それが間違っていようとも、虚しく惨めと散ろうとも……!」
「殺華!!」
殺華の右の瞳が真っ直ぐと前に向く。左手が、腰元の鞘を掴む。
それを見て、殺死丸がハッとしたように目を見張った……
「馬鹿な仔よ、お前は……殺華」
殺死丸は、それを見て哀しげに呟く。
「うん、僕……やっぱり、頭がお馬鹿なんだょ……どうしてだろう? なんだか、嫌だな。こういうの……嫌だな。いやだよ」
殺死丸と、死連の貌付きが変わる……
その場が、殺伐と満たされていく。流れる空気がまるで、刃物の様に鋭かった。
- Re: キチレツ大百科 ( No.98 )
- 日時: 2016/06/12 15:27
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: UpMhl4tZ)
殺華(さつか)は、左手を鍔元へ右手を被せる様に刀の柄に置いた。
殺死丸(あやしまる)を相手に、右手で刀の柄を握るという事……
それが、どんな結果を招くかという事を殺華はよく知っている。
それは、即ち”死”である。
殺氣というものが、空気に舞っている。
それは、殺華の頬をチリチリと灼き、掌を汗ばませる。しかし、それは丁度良い。手が多少湿っていた方が刀を握り込めるからだ。
殺華の刀は、薩摩拵という特殊な拵を施している。一般的な日本刀の柄は、鮫皮を巻き。薬煉(くすね)という接着剤を塗った巻き紐で柄巻きを作る。しかし、殺華は平巻きに巻いてあった刀をバラし鮫皮と目貫を外した。代わりに牛革に漆を塗り、紐で隙間なく締め鉄製の縁頭(ふがしら)で留め、鍔を小さめな物へと付け替えている。
これは、振り下ろしの時、刀の物打ちにと重心をかけやすくする為である。
殺華は足閉じ踵をつけて爪先立ちになる。
「Hey check this out.殺死丸」
「フン……」
「Not kid anymore.モウ……子供ジャナイノサ。 殺華Is it decided so……」
死連(しづれ)そう呟いた。
殺死丸は、もう答えない。
ここからは、もう言葉が通用しない世界……
その動き一つが”死”への呼び水。
足先から、指先まで殺気が募る。構えからの踏み込み、その重心の移動から既にその闘靜が始まる。体一つが動からば、それが血戦の合図である。
もう、その攻防は始まっている。
殺死丸も死連も、殺華の独特な型からその流派に覚えがある。
予測するに、薩南示顕流か薬丸自顕流だ。
素早い踏み出しと共に、捨て身でその身を晒し、低空からの抜剣。そのまま斬り上げで逆袈裟を抜き打つ積りだ。
殺死丸は、平時であるなら、相手が抜刀を開始し始める最中に、拝み打ちで上段からの一刀を以て相手の頭を斬り下げる積りである。しかし、今は刀を廃用していない。したとしていても、今の状態では何時もの撃ち込みよりも、数コンマ動きに遅れがある。
殺死丸の腹からは、夥しい出血。腹に巻いてある包帯とガムテープは。血で塗れ、最早その位置をずらしている。
先程、殺目(あやめ)を追い詰める際に傷が大きく開いたのである。
(精々が一度の踏み込み、距離を稼いだ頼みで槍で刺突するか……?)
殺死丸が、殺華を激しく睨め上げながら思案する。
殺華は”瞬間”を読んでいる。
一瞬の体の動きの中、その”間”と言うものを待っている。
隙と言うのは簡単だが、其の隙の始まる更に前の”間”というものを見切る積りだ。
この感覚のレベル迄到達すると、はたから見ていれば、何をしているのか判別が困難である。ただ、殺華と殺死丸は互いに見合っている様にしか見えない。
だが、違う。両人の此れまでの戦闘経験が、相手の次の次の動きを見出そうとしているのだ。
そして、其処へ重ねて、互いが相手の心理を揺さぶり、自らの先手を掴む切っ掛けを探す。視線の動き、息遣い、殺氣凶氣を以っての精神の揺さぶり。
動かずとも、殺華と殺死丸は、最早互いに闘争しているのだ
呼吸、息を吸って吐く。其の動き一つですら、その”間”を見切らば、それが踏み込みを始める”切っ掛け”だ。
殺華は”隙”の、更に前を読む。
其れが見えれば、我が刀の鞘を相手に叩き付けるが如く突き出し、相手の足元に迄潜る積りで踏みこむ。
刀を相手の体に食い込ませる為には、相手の股座の中に自分の足先が入る迄近接しなければならない。その為、刀を濫と振り回し剣先で相手を斬っても絶命せしめる事は叶わない。時代劇や、アニメ等で日本刀で斬り合うシーンがあるが、ああいった場面での双方の位置と距離で、刃を相手に食い込ませる、況してや体を両断する等はありえない事なのだ。
殺せる距離は、殺される距離。
殺華は、二人の姉の位置を目視で測る。約2.5メートル……
普段の殺華ならば、一瞬で間を詰められる距離である。
しかし、その空間には今濃厚な死の匂いが立ち込めている。一歩踏み出せば、その”死”が体へ纏わり付いてくる。
しかし、其れらに身を晒しながら、怖気を薙ぎ払い斬り込んで行くしかない。
其処に足を踏み入れれば、一瞬の躊躇いが勝機を分ける。
しかし、相手は二人である。しかも、足元には殺目が倒れている。幸いにして、まだその首は繋がっている。しかし、此の二人の姉は強者である。戦の、剣戟の、殺しの機微を知り抜いている。
だからこそ、殺華には最早、今居る此の空間も緩み無い刃。
殺死丸は手槍、死連は軍刀らしき刀を手にしている。
しかし、此の状況、殺華にとって若干の優位がある。
殺死丸は一見して負傷甚だしい、そして何より刀を手にしていない。
此れは、一撃で斬殺される可能性が減るという事。そして、死連は北辰一刀流と、片手軍刀術を使う。此れらは小手先や、軽い太刀先の技術に長けている流派である。
殺華の”薬丸自顕流”や、殺死丸・殺目の”神道無念流”の一撃必倒に重きを置いた技術とは、また違った”剣”の体系と言えよう。少なくとも、幾らかの勝負の時間が持てるという事。
ここに、僅かながらではあるが、殺華の捨て身の一撃で斬り抜けられる可能性が幾許(いくばく)かと出来た。しかし、それは余りにも頼りなく幽かな”僅か”である。
だが、それでいい。
その一点があればいい。
それは、まるで一輪の花の蕾の様な、小さく心許ない勝機。
己の、持てる力全て、根刮ぎ其処へと打つけるしかない。そして、其れが叶わない時は、無慚に自らの屍を晒すのみなのだ。
「Let's fuck」
とても小さな声で、囁く死連。
すると、キィンと床に音が鳴った。
「!?」
張り詰めているからこそ、殺華はその僅かな金属音に、一瞬心を捕らわれる。
死連が、落ちている空の薬莢を指で弾き、殺華の横へ落ちる様に仕向けたのだ。
突然に、眼前の敵と別の方向から音がしたならば、集中している意識は容易く崩れる。
しかし、殺華は視線を外していない!
空気が、波立った。凶氣が奔る。
殺死丸は、もう其の位置にいなかった。
踏み込みが開始されている、槍は当然の事ながら刀よりも遠間から攻撃ができる。
「キィィィィヤァァァ!!」
殺死丸の甲声と共に、電撃の様に槍の穂先が殺華を襲う。
だが、殺華は何と、殺死丸が移動を開始した事を見計らい、刀の柄から手を離し飛び退いたのだ。
「くぅぅっ!!」
殺華は、殺死丸の横を抜け駆ける!
「死連! 狙いはそちらぞ!!」
死連は既に、倒れている殺目の頚椎に向け、刀を上段に構えている。
殺華は、其処に目掛けて駆ける!
死連が軍刀拵の刀を振り下ろす、颯に乗って靡く殺華の金色の髪。
刃迅が吹き荒ぶ!
「チェェェアアア!!」
青い火花が煌めいて、弾ける様に高い金属音が撃ち響く。
「?」
ヒュン、と旋風が殺死丸へと跳ぶ。
首を傾げる様に、殺死丸がそれを避ける。
其の貌に張り付いた、禍々しい微笑……
殺華が、死連の前に屈み、刀の切っ先を天上へと向けている。
死連の刀は、刃先から物打ちの上部の所で截断(せつだん)されていた。
振り下ろした死連の刀の横部に、殺華は我が刃を打ち付ける様に下から斬りつけたのだ。
刃と刃ならばこうはならなかったろう。
殺華の刀が、下から上に、絶妙のタイミングで死連の剣の側面から撥ね上げたので、死連の刀が当たり負けしたのだ。
これは、殺華が狙ったものではない。殺華自身は飽くまで、死連の剣を弾く為だった。しかし、勝負というものは、時としてこういった双方予見もできないことが起こる。
「HA! Fuck'n awesome!」
しかし! その時、倒れていた殺目が残った右手で死連の足を掴む。
「!? Damn it!」
「殺華ぁぁ!!」
殺華は、右手で斬り上げた刀の柄に、鞘の鍔元を握っていた左手を添え握り込む!
「チェェェェェイ!」
蜻蛉の型からの、捻り打ちの斬り下げが死連を襲う。
死連の左の肩へ、剣風と共に刃が食い込んだ。
「ぬぅ……ガッ!」
死連が僅かに腰を落とした。
しかし、死連は折れた刀を両手で掴み、殺華の刀を受けていた。だが、殺華の激烈な打ち込みは、死連の軍刀ごと体に食い込んでいる。それは、肩と鎖骨迄を斬り下げるに至った迄だった。
「Haha! Well well well. 殺華Would not it such a thing.マダマダ、コンナモンジャア……ナイだろ? Aiight(All lights)?」
そう、血染めの死闘は、まだ始まったばかりだ。
刀が折れようと、腕が千切れようと、躰を貫かれようとも……
闘争は続く、それは、眼前の敵が退く迄。
- Re: キチレツ大百科 ( No.99 )
- 日時: 2016/06/14 20:38
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: WPJCncTm)
「チィエイ、エーッイ!!」
殺華(さつか)は”猿叫”を上げながら、刀を一撃、二撃、三撃と振り下ろす。
死連(しづれ)の食い込んだ軍刀が、更にと鎖骨に沈む。
しかし、殺華の位置からは、死連の頚動脈に届かない。絶妙に刀の角度をずらされている為だ。
「ぬぅん」
すると、殺華は右脚を蹴って後ろにバックステップする。
次は死連の右腕毎、逆の肩、つまり死連の右肩を斬り下げる積りである。
だが、死連はその隙間に左足を飛ばす!
殺華は、反射的にその足を刀で払う。
金属音がした、殺華の刀が死連のブーツに掛かったのだ。
「HA! It took it? Busta!」
「はれ?」
死連のDr.マーティンのブーツはスティールトゥだ。其処に刀が食い込んでいる。
「あっ!」
「C’mon bitch!」
殺死丸(あやしまる)が其れを合図に槍を投擲する。
「ひぃあ!」
殺華は慌てて、刀を捻るり、其れを視点としながら前転する様に倒れ込む。
死連も、その動きに引っ張られる様に横に倒れ込んだ。
「!?」
殺華は、倒れ込むと同時に、背中を撥ね上げ、ピョコンと飛び起きる。
しかし、起きたと同時に、空気を切り裂き死連の軍刀が奔る!
「くぅあぁ!」
殺華の左手に痛みが走る。
左の上腕を横に切り裂かれた。
「チィィ! Fuck me(この場合は自分に向けての畜生、後悔の意)」
死連の刀は折れているので、致命傷には至らなかった。
「くっ、全く……使え、ない、ですわね?」
殺死丸は、腹を抑えて片膝を着く。最早動ける状態では無いらしい。
「That's what ya get for being such a fuck」
死連は、そう言うと、ニヤリと笑った。しかし、距離を取った殺華からは目を離してはいない。立ち上がりざまに、右の足首を掴んでいる、殺目(あやめ)の頭に蹴りを入れる。
「Back the fuck off!」
殺目はそのままゴロンと仰向けに倒れる。
死連は、右肩を前にせり出し半身へと構えた。すると、後ろに引いた左足を蹴って、まるで滑る様に低い姿勢で殺華へ襲いかかる。
「ヒィィィィエアア!!」
鋭い剣閃が、尾を引く様に殺華へ走る。
「チィイ! うぁっ!」
殺華に構える隙を与えず、次々と刃の風が走り抜ける。
死連の刀は、先が斬り飛ばされたとはいえ、刀身の歪み無く断ち割られた為、太刀筋に支障無くその速さを保っている。
死連のこの剣術は、片手軍刀術と言う。
フェンシングによく似た構えだ、しかし死連は手首をしなやかに廻す事によって、変幻自在に軌道を変え、更に体位置を変えながら殺華との出入りを激しくする。
つまり、撃っては下がり、間合いに入っては、自在に軌道を変えて撃つ、また間合いから下がる。これを大きく開いた脚によって行う。
殺華からは、死連が細かく微妙な距離を出入りし続ける為、間合いが取れない。
ここで、死連の軽い太刀筋の凄まじさが真価を見せる。
一撃の速さが違う。
しかし、刀を手首のスナップで扱うのは容易く無い。刃筋が乱れれば、斬り付ける事ができず、掛かるか、刀の刃を零してしまう。
死連は上下に体を沈ませ、左右に体の位置を変えながら、剃刀のような鋭い速さで斬撃を繰り出していく。
殺華の刀と刃が交差するが、火花を散らし、連檄を繰り返す。
構えを正しく取る前の、芯の無い殺華の剣は左右に弾かれる。必死と殺華はぶれた剣を立て直そうとするが、死連の鋭い太刀筋がそれを許さ無い。
「Highyeah!!」
不意に、死連が上体を上げた。
「!」
殺華は、其れを見計らい上段に刀を上げ振り下ろす!
「チィエェアア!!」
「Kick ya ass!」
死連は、殺華が上段に振り被った瞬間、素早く飛び込む。そして、殺華の足元を狙い死連の刀が上弦の月の様な曲線を描いた。
殺華の脚が、構えへと一歩前に出た所を狙い済ましたのだ。
「うああっ!」
殺華の膝がスッパリ切り裂かれた。
殺華の右側に、走り抜けた死連。次の瞬間には、殺華の背中から右の脇にかけて斬撃が奔り抜けた。
「がェぇ!」
血の棒が、殺華の身体から迸る。
「ナカナカ、TiteナGameだゼ? JiggyでFatダ!」
ヒュンと手首を返し刀を振る死連。
死連は足下を見ると、左足の甲が半分千切れていた。殺華の刀を受けた時に既に割られていたのだ。そして、その後の激しい踏み込みで、更に肉が裂けていったのだ。
「Bull shit.Oioi コノ刀ハ無銘だガ、関物ダゼ? That’s horrible.Man?」
死連はそう言うと、真っ黒い口紅を吊り上げて笑った。
- Re: キチレツ大百科 ( No.100 )
- 日時: 2016/06/15 09:47
- 名前: ひなだお! (ID: luklZ16E)
100ゲットだお!
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