複雑・ファジー小説

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キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 ( No.61 )
日時: 2016/01/28 00:14
名前: 藤尾F藤子 (ID: dUTUbnu5)

静の空間が一瞬の激しさに突き破られる。

殺死丸(あやしまる)の頬に、数滴の殺目(あやめ)の返り血が飛び落ちた……
そのルビー色の玉の滴が、殺死丸の朱色(アケイロ)の唇に吸い込まれる様に流れていく。

「エェェ……あぁあやめぇぇぇ! まぁぁ可愛きこと、可愛き事よ、そう……その苦痛のまなこよ! ハァア?」

舌舐めずり、嗤う獣の眼。

普段の飄々とした澄まし顔からは、想像も出来ない程の貌を殺師丸は見せる。
其の獣眼が、自らの左肩の銃槍を見据えると、また再び其の手の力を槍へと込める。
ズソリ、と音を立てゆっくりと殺目(あやめ)の左肩に千子村正の穂先が食い込んでいく……
「ん……ギィ!」
いくら人造の絡繰り人形、殺女(さつめ)であろうとも、痛みや、苦痛は人間と変わらない。皮膚も、肉も、骨も内臓や神経だって人と構造は大差ないのだ。
いや、人間よりも永い寿命や蓄積された戦闘経験……記憶。そんなものを多く知るが為に、人間よりも多くの痛みや苦痛、その本質を知っているに違いない。

そして、この二人の少女人形もきっとソレを良く識っている。

「その首級、ご当主様への土産とするかっ!」
その時、殺目の視線がギラリと流れた!

「ご、当主……様?」
殺死丸の後ろ足(左足)が前に踏み込み、右脚が後ろに流れる。すると、更に殺目の体が突き刺されたままで間合いが開いていく。

「貴っ様ぁぁ! 機智烈斎の刺客かぁぁ!! 殺死丸!」
甲声と共に、殺目の左肩からまるで鮮血の花が咲いた様に血が散った。
「ホホホ! それが、如何なるものかぁぁぁ!」
殺目は機智烈斎と言う一言で、その痛みを忘た。しかし、その代わりに言いようもない程の堪らない気持ちが胸の中込み上げる。

それは、全ての殺女に感じる事であろう。

機智烈斎……それは、謂わば自らの創造主であり、頭目であり、師でもあり……此の世界で、唯一の親たる如きの存在なのだ。
どんな、将に付き従おうとも、どんな組織に属そうとも、どんな派閥にいようとも、それは、忘れる事の叶わぬ、殺女達の唯一無二の想いなのだ。

人間には限られた寿命があり、機智家の当主とて其れは例外はない。しかし、機智烈斎と言う称号を持つ人間は、いや機智家の血を引く当主である機智烈斎の銘を持つ人物は特別なのだ。其れは全ての殺女にとって、どんな栄光や誉れ等より尊く光り輝く存在で、代え難き存在なのだ。

最早、殺目には痛みなどはどうとでも良かった……
嘗て、西南戦争で助けられて以来、頼母(たのも)家に従ってきた殺目。
いつか、いつかは……その時代の機智烈斎と相見えよう事も覚悟はしていた。
いや、きっとこの國を敵として、乱を起こし其の為に機智烈大百科を求める頼母仁八と行を共にする以上は、きっと……その時が来ようとは思っていた。

思ってはいたが……

殺目は、自分の心の中に残る残滓の様な感情の正体に今更ながら気が付いたのかもしれない。その如何にしても向き合う事の敵わなかった屈託が、殺目の精神を侵食していく。

「機智烈斎様に……殺死丸?」
「最早ぁ!! お前のっ! 知ぬる事ではないわぁぁ」

「いやぁぁぁ! もうやめてぇ、お願い」
何だか殺目には、ものすごく遠くの方から詠子の声が聞こえてくる様だった。
”機知烈斎”という一言で、最早作戦も、詠子の存在も、今眼前にいる殺死丸の事でさえも、何もかもが霞みの掛かった存在の様な気になってしまう。

敵意、憎悪、嫉妬、怨嗟と裏腹に仰望、懼れ、欽慕……
様々な想いと嘆きが心を禍する。

機智烈斎……

「あやめちゃん!」

詠子の悲鳴と共に、ガシャリと音を立てて殺目の太刀が右手から溢れた。

Re: キチレツ大百科 ( No.62 )
日時: 2016/01/29 03:42
名前: 藤尾F藤子 (ID: 9iyuaseH)

「ん〜ん・・・・・・つまらぬぞぉ、殺目ェ……それでも、戊辰の役を官軍として長州諸隊として戦場を駆け、共に兇刃を振し朋輩かいや? ホホホホッ!! そこ迄に焦がれるか? 機智烈斎に!!」

殺目(あやめ)は、嘲り笑う殺死丸(あやしまる)の眼光に曝されながら、ただ何かに向かい無言でその嘆きを噛み殺していた。

それはその左肩に食い込んでいる、千子村正(せんじむらまさ)の槍よりも心痛を貫いた。そして、其の心中は白昼の光に落陽の逢魔時(おうまがとき)が暗がりを落とす様に、闇の帳が覆っていった。まるで春を売る少女の体に男が覆い被さるが如き様に、徐々に徐々にゆっくりと、ゆっくりと……

「ホホホ……そんなにも、お前には主が眩しいか!?」
槍を揺さぶる様にして、殺死丸は殺目を嬲り嘲る。
「もうやめてください! お願いします!!」
詠子が叫ぶ様に懇願する、しかし殺死丸は詠子に視線を送る事もなく殺目に向かっている。どうやら、最初から詠子の事など考えの中には一寸たりとも無いらしい。
しかし、それ以上に今対峙している殺目に対して、その視線を外す事が如何に危険かも承知してもいるのだろう。

「だぁあが? わたくし、お前には……いや、お前達には密かに期待もしていたのですわよ?」
「期待……だと?」
「えぇ、えぇ、そうですとも、そうですとも! だって貴女方はこの腑抜けて腐った国を業火と焼べて、灰になさるのでしょう? そして再び、攘夷の風を巻き起こし激動たる時代を起こす等、まぁ……まぁまぁ! 政府とアメリカを向こうに回して、殺して殺して殺しまくる! なんて、なんて羨ましき僥倖かな……この殺死丸でさえ、その胸の内、なんと! なんと躍りたる事よ?」
殺死丸は獣性を帯びた眼に、甘い艶を光らせながら頬を紅潮させている。三日月の様に鋭利に、その口を釣り上げながら。噎せ返るような狂喜を、その身に押し殺しているのが良く分かる。
殺目はそれを見て、自嘲的にその薄紅の唇を歪ませる。
「そんな、簡単なものかよ。そんなものじゃあない! 貴様の壮気の如きの類と見紛うか!?」
殺死丸は一瞬表情を変える。そして、数秒の間を置いて口を開いた。
「同じですわ……いつも、同じなのですわ? そして、それは結局に本質は変化する事叶わず、只々、勝者の挿げ替えに過ぎぬ事に終わりぬ事。お前も十分にわかっておろうや? 殺目……しかし、それは我が主、機智烈斎が望みし事ではありません……私にも無念の残る事ではありますが。しかしこの殺死丸は、機智烈斎直下の殺女(さつめ)。拠ってこの殺死丸、機知烈斎の名に於いて、断じて斯様な真似、看過する事まかりならん!」

「機智烈斎をその旗に頂く貴様なぞに、何が解るかぁぁ!?」
殺目の叫びは、悲哀の魄が纏わり付いて空間に残響する。 

その時、突然殺死丸の腰に目掛け詠子がしがみ付いてきた!

「な?」

「もうやめてぇぇ! もう十分です、もう……これ以上は、誰も」
「なっ!? 娘! 離れなさい、此処はお前等の立ち入る処ではありません事……!?」

千子村正の胴金に殺目の右手が掛かる。その瞳は、虚ろぎながらも何かが渦巻いている様な”迫”を帯びている。
「ホッ!? 吹っ切れたか? それとも、触れでもしたか?」
「何が……攘夷か? 何が、維新か? 乱だと……もう、そんなもの。機智烈斎……だと? そんなもの、そんなもの……最早、そんなもの……! 我が刀で、薙ぎ払ってくれるわぁ!!」

殺死丸は、その異常な殺目の状態を見ると、直様槍を手放し詠子を手に抱いて後方へと駆ける。
「娘、離れて伏せていよ! 決して状態を上げなさいますな!」
殺目は強引に、槍を自ら引き千切る様に抜くと、太刀を拾い上げ殺死丸に斬り掛かる。
「じぃぃや!」
凄まじい脚力で駆ける殺目! 殺死丸との距離が開いた分、そこに加速が付き太刀にその威力が加重される。
「ぬぅ?」
その一瞬で抜いた小太刀は、容易く両断される。火花と共に切っ先が弾丸の様に弾き飛ばされる!
殺死丸は太刀の間合いの間を、わざと埋める様に殺目に飛びかかる。
日本刀に丸腰で相手をするには、剣を振るその場所を埋めれば振り切れずに、少なくとも両断される事はないからだ。しかし、殺目はそれを見越していたのだろう。構えの前足(左足)に力を入れ後ろへと屈伸する様に上体を移動させている!
「しまっ!」
殺死丸は言い終える前に、殺目の沈ませた右足からの勢いを乗せた太刀の石火の両手直突きを腹に突き込まれていた。
「げウェ……カ、カカ……」
「えぁぁぁぁぁ!!」
そのまま殺目は、殺死丸を近くあった自販機へと押し込んでいく。
「……!! 何て事」
詠子はその凄まじき様に両手で口を覆い、崩れるように足を突く。

鈍い金属音。
「ぇぇえがへあ!」
殺死丸が勢い良く吐血する。その返り血は殺目の顔に容赦なく浴びせかかった。

ベキベキともメリメリとも聞こえる金属の潰し切られる音……その後に、太刀を貫き刺された自販機から、中の飲料品だろうか? 弾ける音が聞こえて来る。

最早、殺目の太刀は刀身が完全に歪み、柄の上部の目くぎも折れていた。
殺死丸は、一瞬で自販機に太刀にて刺し貫かれ、磔の様な状態にされた。

殺目の駆けた跡が、廊下にビッシリとヒビ割れを残す。最初に踏み抜いた場所は完全に砕けていた……

「あ……ゲェフ。ガパぁ! べへっ、殺、目ぇ……」
「嘘……信じられない! まだ、生きて? 嘘……」
太刀で自販機に串刺しにされながらも殺死丸は僅かに動いている……
「い、イヤァァァ!」
詠子はその恐ろしき様に床に顔を伏せる。
殺死丸はワイン色の粘液質な血反吐を吐いている。

「ホホ……ゲパぁ! ゆ、油断しましてよ? ほ、ホホホ。さぁ、首を、跳ねや?」
ガクガクと痙攣しながら、殺死丸は殺目に向かい謂う。

割れた床、破壊された自販機、串刺しの殺死丸、奇妙な曲がり方でその役目を終えた太刀……血の匂いが、一斉に歌い出すかの様に辺りから漂ってきた。 

Re: キチレツ大百科 ( No.63 )
日時: 2016/01/31 06:06
名前: 藤尾F藤子 (ID: vXdzFy6z)

溜池山王パークタワーの、中央監視センターへの通路に数人のスーツ姿の男達が列をなしていた。
「殺死丸(あやしまる)! 殺死丸? 状況を教えろ! おい、殺死丸! くっ」
白いリボンラインのポーラーハットを被っている黒尽くめの男が、無線に向かい応答を呼びかけている。
その黒いジャケットよりも、黒く艶めく長い髪が周囲のスーツ姿の男達に混じり一際異彩を放っている。細身で白い肌、薄墨で線を構成した様な怜悧な顔に細いフレームの眼鏡を掛けている。何処となく妖しげで、耽美な印象を持つが為か年の頃より若く見える節がある男だった。

「クソ、あいつジャケットに無線機を仕込んでいるのを忘れて交戦しているのか?」
その時、監視室から声がした。

「防犯カメラのレコーダーを、今モニターさせます。うわ……なんだこれは!?」

監視室は四菱地所管理の人間数人と公安と内閣調査室の職員がいる。
様々な位置からの防犯カメラの記録データーが、複数の画面にモニタリングされていく。

「あ〜あ〜、言わんこっちゃない……酷い有様じゃないか? 機智所長、これは後々やっかいな問題になりますね」
内調の職員がモニタを見ながら、溜息まじりに呟いた。
「だめだ、銃隊の装備じゃあ話にならない、あ! 其処の10階からのモニターの画像お願いします」
公安の職員がそう言いながら、ゴソゴソと上着からタバコを弄る。
「あっ、すいません。ここ禁煙なんで……」
「そこだ! そこの位置からを頼む!」
黒尽くめの男、機智烈斎、機智英一(きちえいいち)が言った。しかし既にその口には煙草が咥えられている。
「だから、禁煙だって!」
「やはり、形式TYPE-Mの殺目(あやめ)と見て間違いない! 教導団だ」
内調の職員達が慌ただしく動き出した、一斉に携帯電話を使い何処かしらへと連絡をしている。
「機智所長? 殺死丸さん、やられちゃいましたね。次の手を……考えなければいけませんな」
公安職員が流石に青ざめた顔を引き攣らせている。
「角度が悪いな……リアルタイムの画像にして別の処からズームできないか? 音声は、流石に記録はできていないかな」
機智英一は、飄々として煙草咥えながらそう言った。
「いや、そもそも監視カメラじゃありませんし、だから此処禁煙だってっ」
「そこ……」
機智英一は、勝手に監視室のフェーダーを使いモニターの映像を操作している。
「勝手に! って、話聞いてくださいよ!」
公安と内調の職員達が、一斉に映像を食い入る様に注視しだした。
「所長!? これ、まだ交戦状態ではないのですか? なにか……この二人が喋っている様に見えるのですが……くそ、警備部の連中が明かりを落としたのが仇になったな・……よく見えない」
公安の職員が時計をチラリと見ながら続ける。
「まずいですね、このまま状況に動きがなければ下の警備部が大規模突入に移行します。この巨大施設に、特殊部隊のエントリーD(Dynamic entry)だとかなりの死傷者が出ますよ? ただ、所長? 今の状況ならば畳み掛ければ目標を叩く事は可能では?」
そこに、内閣調査室の職員が意見する。
「そうも事態は簡単じゃないんだ、このビルにはバンカメ(BOA,バンク・オブ・アメリカ)とスタンダードチャータード銀行、しかも軍需のデュポンがオフィスを構えている。
米国大使館が首を突っ込んでくる。少なくともSATが本格的に出動となると、かなり面倒な手続きが必要になる。どちらにしても、厄介だ。きっと、もうすぐ米国大使館が日本政府へ電話で怒鳴り込んでくるに違いない」
「それはコワイね……何事にもまず根回しってね。ところで当の首相官邸の方は?」
機智英一は、他人事を決め込むように不敵に笑う。
「完全に手を拱いている、官邸側では本音としては一斉制圧したい気持ちでいるが」
機智英一は内調の職員の目を見据えて言った。
「ならば……いっその事、陸上自衛隊、第一空挺団に上空からの突入でも頼んでみたらどうだい? フフ」
「そっ! そんな事をすれば、現政権は終りだ! いや、この国自体がとんでもない危機的状況に陥るぞ! 正気か!?」
機智英一は、静かにモニターに視線を向けつつ呟いた……
「そう……連中は、そういった事を誘っているんだよ? SAT、自衛隊、そういったこの国の防衛を引っ張り出したいんだろう? そうする事によって起こりうるこの国の状況を望んでいるのだろうね……彼らは、足利尊氏にでも成りたいのだろうかな?」
公安、内調の職員も、その最悪のケースが手に取るように解る。
「連中は最終的に円の信用価値を落とし、それによって日本が抱える大量のアメリカ国債の大暴落を意図しているのだろうね……しかし、それだけではない。だが、此処は容易に奴らの思惑に乗りたくはないね? そうだろう、キミ達……」

機智烈斎はモニタに手を伸ばし、そこに映っている殺目にまるで愛でるかの様に優しく囁いた。

「はじめまして……殺目? さぁ、此れからお前は、どうする?」

Re: キチレツ大百科 ( No.64 )
日時: 2016/02/01 22:52
名前: 藤尾F藤子 (ID: mJXKqi.i)

「ゲへェ……あ、殺……目ェ、カ……カカ!」

殺死丸(あやしまる)の吐き出す血は、最早その色をドス黒く変色して床に撒き散らされている。痙攣しながらも尚、太刀により磔にされている自販機を背に静かにもがきながら……
殺死丸には、既に最初に見せていた何処かしら雅で飄々とした面影はない。
目を剥いて、その炯炯とした獣の眼を向かい合う殺目(あやめ)へと向けている。口の周りには粘液質な血反吐で覆われながらも、其処には凶暴な笑みが咲いている。

殺目は、虚ろが禍している眼をしたまま静かに何事か支度を始めだした。
何故か、不細工なカバのアップリケがこれまた不器用に刺繍されているヒップバッグ。それを開くと、其処から二本のタクティカルナイフを取り出した。
バチン、と音をさせてナイフのホルダのロックを解く。其処から現れたのは鋭利に尖らせたGERBER社の黒いカスタムブレードだ。刃渡が二十センチ以上ある特殊なもので、一般では手に入らない物である事が伺える。
黒い防刃手袋を手に嵌めると、その手をギュッと握りこんで感触を確かめる様にまた握りこみ、それを繰り返す……

殺目は、殺死丸にその虚ろいだ瞳を向けると僅かに笑んだ。

その場に膝をつき竦む詠子は、その様子に戦慄しながら殺目に震える口で問いかけるように呟いた。
「ねぇ、あやめちゃん!? それ……これからどうするの? もう……やめてよ。お願いよ……もう、やだよ? やめて」
哀願の言葉が、無情の空間を揺らいで落ちる。
その言葉に、殺目はなんの反応も見せる事はない。ただ、虚ろに禍を巻く瞳だけが殺死丸に向いている。
殺死丸は、凶暴な笑みを絶やす事なくそれを受けているが、ヒュー、ヒューと鼻で息をするのが目立ってきた。
「苦しいか……? 殺死丸、血が凝固して喉に絡んだな?」
自棄(やけ)に静かな聲で殺目は云った。
「ガカ……、ヒ、ヒ、べへっ! どう……したぁ? 今更……臆した、訳でも無かろう、に! ゲヘぁ」
ベッ1 と頻りに血反吐を吐き捨てながらも、殺死丸の獣眼の光は消えていない。
「流石に、しぶといな? 姉者」
「たわけ……ブフッ、べへ! ぐく」
殺死丸は、逆流した胃液と血反吐を押し込む様に飲み込んだ。

「フフ……苦しいかい? 殺死丸……」

ゆらりと、音も無く殺目は殺死丸に近づく。
視線を合わせる……詰まる距離、近づく顔と顔。獣眼と虚ろが交差する。
左手には黒い手袋、艶の無いタクティカルナイフ。

吐息があたる位の零の距離……
その時、素早く殺目は右手で殺死丸の髪を掴み、捻り上げる!
「!?」
殺死丸の唇に、仄かに暖かい感触が奔る。重ねられる唇。

口に手を当てながら、詠子は突然展開されるその光景に絶句している。
ズズズ、ズズズ、と身の毛がよだつ程の音が響く。
「え……? 何? え」
詠子はその予想だにしない眼前に、慄きながらも思わず赤面する。

ズズズ、と響く音の後殺目は、殺死丸から唇を離すと地面に向けその口に含んだ血反吐を吐き捨てる。
「がはぁ! 殺目ェ、どういう、つもりか? くっ……べっ!」

「べっ! お前には……戊辰の役にて殺華(さつか)を助けられた。西南の役でもだ。だから、今はその首は預ける……」
「はぁぁ? この期に及んで何を!」
「それに、姉者? そんな履物で私と斬り合う等は、とても本気だとは思えますまいよ? こうまでに嘗められては、少し傷つくよ……姉者?」
キッと殺目を睨みつける殺死丸。
「まぁ! 生意気な!? しかもこの殺死丸、まさか趣味にまでケチを付けられるとは! なんたる侮辱、まぁ、ま……ぶへぇ! ぐぅ」
殺目は、チラリと視線を一瞬詠子に向ける。
「侮辱ついでに、姉者? 頼まれて欲しき事、一つ」
「くっ! この、お調子に乗りますまいな! 殺目!!」
吠える殺死丸を無視する形で続ける殺目。
「彼処にいる二人を頼みたい……警察と政府側に渡したくない。お前が保護し、戦域外へと逃して貰いたい」

「へ? 二人?」
その言葉に驚いたのは詠子である。

「かぁぁ! 何故に、此の私が気絶した親父とへたり込んでいる娘を態々保護する必要があるか!?」
「お前……機智烈斎の直下だと言ったであろう? なら、簡単に警察も政府をお前には引き渡しを強要できない。此れ位、聞いて呉れても良いだろう? 姉者……」
「ゲ……ヘ! ま、ぁまぁ! 都合の良い時だけ、妹ぶって! 御断りですわ」
殺目は、手に持つナイフの柄で殺死丸の肩の銃創をえぐる。
「ぎぇぇ! きっさま、ぐぅぅ、ゲフ、ゴホ……」
「フフ、それに……私が口を重ねたのは、姉者が初めてだ。それで手を打てよ? 姉者」
「はぁ?」
これには殺死丸も思わず吹き出した。
「お前……そんな戯れをこの殺死丸に!? くっ、ははは! ホホホホ! どうした? やはり、気でも触れたか? 壊れたのだな、笑止を禁じえんぞ、ホホホホ」
「そうだな? 少し、人の娘のふりをしてみたかっただけよ? 戯れさ、しかしあの二人は頼みたい……姉者?」

殺死丸は大きく舌打ちをすると、真顔になって殺目をゆるりと見張る。
「どうした? お前らしくもない事を云う。まさか、本当に人の子にでも成りたくなったか!? 馬鹿げた事を! そんな事、努努(ゆめゆめ)想いまするなよ!?」

殺目はひどく乾いた笑みでそれに応える……
其れを見つめながら、何故だかとても奇妙な光景だと詠子は思っていた。さっきまで、ギリギリな迄の殺し合いを繰り広げていたこの二人が、今は何処か姉妹喧嘩を思わせる様な口ぶりで言い合っている。しかし、二人とも血塗れで……片方の腹には中心を外れてはいるが、太刀が突き刺さっているのだ。

詠子は、斬り殺されたと思い目を向けられずにいた父親に駆け寄った。
詠子の父は、ネクタイとその上着の延長線が、鮮やかに切り裂かれているだけで生きていた。しかし、其の凄まじい刃迅に晒された為であろう、あまりの事に絶句したまま動けないでいる様だった。今自分は、生きているのか、死んでいるのか理解できない様な状態なのだろう。それ程に衝撃を与える出来事である事は想像に難くない。
「お父さん! しっかりして、ねぇ! 大丈夫よ、お父さん」

詠子の涙交じりの声で、父親はやっと正気に返った様だ。二人は今、生の実感を思う存分噛み締めている……

其の様子を尻目に、殺目は薄闇の更に奥の闇へと向かい足を向ける。
「頼んだよ、姉者?」

「お前は……何故に態々、艱難な路を選ぶのか? 其処には辛苦以外に何もお前を待ってはいないぞ? 何がお前を揺り動かす? 其処へ何を引き連れたるのか……お前は、悲歎な妹よな? 殺目……」

「嗤えよ? 姉者、でもこの次は……斬い捨つっ!」

栗色の長い髪が舞い、僅かに紅い雫を落としながら、殺目の背中が闇に溶けていく……

Re: キチレツ大百科 ( No.65 )
日時: 2016/02/04 03:04
名前: 藤尾F藤子 (ID: chZuMjzt)

「アンタ、もっとあるんでしょ!? それとも態々そんな下ら無い話を採算も無いのに大仰にぶっただけ? 仁八、私だって別に暇って訳じゃねーんだゾ!」

頼母仁八(たのもじんぱち)の首を持って前後に激しく揺する篁国友(たかむらくにとも)は、褐色の顔を真っ赤にしながら激怒している。
「くくく、ににともももも、おおお、落ちちち、着け、ややや、いい、いい……」

「あわわわ、どうしよぅ巳白君。このままでは、頼母君の首がもも、もげてしまうぞ!」
殺華(さつか)は巳白の背中から僅かに顔を出しながら頼母達の様子を見ている。
しかし、三条巳白(さんじょうみしろ)はその漫才の様な有様を見ながら、妙な事に気が付いた。
「巳白君! もう僕達だけでも、この場を去るゾ。この後の展開は容易に想像できる、きっとこの僕に矛先が向くんだよ。篁君は何時もそうだ! 絶対、僕はイジメられるに決まっているんだよ! 逃げるゾ、巳白君」
「バカ、殺華。このままで話が終わる訳無いだろ……でも、篁、元教官がなんだか少し食いついてきている。いや、頼母さんがそう仕向ける様に話しているんだ……」
殺華は、唇に人差し指を当てながら恐る恐る其の様子を眺めてはいるが、最早そんな事等はどうでよくなっている。恐らく、この後に予想される篁の八つ当たりに頭が一杯になっているのだろう。
「む、むぅぅ……では、僕はイジメられないで済むという事かい?」
「そりゃわかんないな?」
「じゃあ僕は一人で兵舎に帰るぞぅ! こうしてはいられるものかね!」
巳白は、嫌がる殺華のパーカーのフードを引っ掴んだままで頼母達を観察するかの様に見つめていた……
頼母仁八は、篁を原隊復帰させるが為にこの場に殺華を連れて来た様なものだ。そして、
態々遠回しな話し方で情報を小出しにしながら、ある意味で篁を翻弄させる様に転がしている。巳白は、頼母の得体の知れない一端を間近に見ている気がしていた。

「まったく……お前サぁらは俺いが本当に只何もなくこげな話をしちうと思っとうのか?」
「あぁぁ? てめー仁八、まどろっこしい真似してんじゃねーぞ! 馬鹿にしてんのか?」
頼母は、篁に向け手で制す様に左手を出す。
「しかしな? それを口に出すこつは幾ら何でも此処でんでけんじゃろ。辻村君? 悪いのだが、その机に置いてある大きめの灰皿をかしてくれんごっか?」
愛粋会(あいすいかい)での、篁の弟分である辻村(つじむら)が、少し怪訝な顔をしながらクリスタルの灰皿を頼母の居る応接テーブルに静かに置いた。
すると、頼母は懐から厳重に封印を施された懐紙を取り出した……
「そいを見てみんさい?」
「何よそれ? そんな御大層な封筒つくっ……て」
篁はその折り畳まれた紙を開いた時、俄に顔付きを変えた。そして、確かめる様にその懐紙を凝視し始めた。

「これは……マジなんでしょうね? いえ、お前どうしてこんな物を持っている!? これは、此処に存在(ある)事自体がとんでもなくヤバい代物よ? アンタどういうつもり?」

その紙は所謂、血判状であった。

現職の防衛大臣補佐官、元幕僚長、防衛の古い長老株の人間。元、内閣官房副長官、元外務官僚の大物、その他、与野党問わず現役政治家、その中のメンバーは日本の民間任意の保守系団体のメンバーだ。その団体は各都道府県の元・軍閥士族の子孫達が中心になって財界や保守系宗教団体も加盟している。そしてどちらかと言えば関東より、関西、九州地方の財界関係者が目立っていた……
皆、氏名と血判が確かに押してある。
篁は、其処に奇妙な字体を見つける。
「キリル文字!?」

「あぁ……そいはロシアのCIS(独立国家共同体)の有力者と、オリガルヒ(ロシア新興財閥)の一部じゃな……それにKGBの第一総局のメンバーもおる」

「何故、ロシアの財閥と諜報関係が!?」
「まぁ……俺いの遠縁筋というこつが分かりやすいじゃろな? なぁ、殺華?」
殺華はそれを聞くと頷いた。
「うん、僕も三代前の頼母君とラシア(魯西亜)に渡ったからね」
それを聞くと篁が、合点を得た様な趣で頷いた。
「そうか、頼母家と殺女衆の一部は西南戦争の後にロシアに落ち延びたと言う事か」
頼母は嫋やかな素振りで頷いた。 


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