複雑・ファジー小説
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- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.16 )
- 日時: 2016/01/03 16:14
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: iHavjeWu)
「早く、早く! お願いします。早く来てぇ」
狂った様に泣き叫びながら、玄関フロアで倒れるテナントの従業員の女性が110番通報を掛けている。しかし恐怖と震えによって上手く状況説明ができないらしい。
110番通報は悪戯によっての警察の急行等を避けるために同じ質問をワザと繰り返し行ったりするので得てして時間がかかる場合が多い。
太刀により、袈裟斬りにされた警備員の死体が大量の血をビルのフロアに満たす。
「お願い……なんでもいいから。早く」
フロアには一瞬で三人の死体が出来上がっていた。
キャスケットの少女はビルのフロアに飛び込むと、まず出会い頭にスーツ姿の男を撫で斬りにした。
床にバケツで水を叩きつけた様な音が響いた。
それを見て駆けつけた警備員を、逆袈裟でを抜き打ち、返す刀でもう一人を袈裟に叩き切っていった。
実際に刃物で肉と骨を切る音は凄まじい。
その残響が、フロアの壁に木霊して周囲の人間の鼓膜へと伝わった時、体の約半分を断ち割られた、さっき迄人だった”物”がその網膜へと焼きつく。
フロアは一瞬、自体を把握できなかった……
何かの撮影? 映画?
遅れてやってくる血と臓腑の臭い。逆袈裟の抜き打ちは、小腸や胃を斬りつけるので当然その内容物の激しい臭気が漂ってくる。
これは現実だ……現実で起きた斬殺であり、まごう事なき惨殺なのだ。
現代を生きる人間が、其れを即座に理解するのは難しい。
なぜなら……この国は、血と臓腑の臭いとは一番程遠い平和と繁栄で満たされている。そう、此処はこの世界で一番”安全な国”だからだ。
我先と人々は外へ逃げ出していく、悲鳴が鳴り響いていく。
エレベーターの前の人だかりは一瞬でいなくなった。
太刀という刃物は、主に鎌倉時代に打たれた日本刀の種類だ。馬上での使用と、鎧ごと叩き切る使用目的を持つ為に反りが強く、一般の日本刀(打刀)よりも長さのある物が多い。
「じぃぇぇぇぇぇぇい!!」
響く喚声、吹き荒ぶ刃迅。
14階のフロアは更に地獄の有様だった……
キャスケットの少女は、14階に着くやいなや進行方向の人間を手当たり次第に斬りつけていった。
「じぃゃっ!」
横薙ぎに太刀を振るうと、タイトスーツの女性の首はあっという間にすっ飛ばされていった。断面は芸術的なまでに鮮やかだ。
この少女は、太刀を走りながら、しかも間合いとタイミングを合わせて斬っている。
これは恐らく現代の剣道や居合術の達人でも絶対に真似できない技だ。
普通の一般的な体格の男性でも、走りながら刀を振り、相手の体を両断するのは不可能だ。どんなに切れ味のいい刀や、太刀を使っても精々が骨にかかって終わりだ。下手をすると刀身を歪めてしまう。
刃物は当てるだけでは決して斬れない。物体に刃の寝刃を合わせ引き切るのだ。しかもこれを一瞬にして。その”間”を掴むには特殊な訓練なしでは絶対にできないのだ。
実際の撃剣闘争には、現代の居合や況して剣道などは何の役にも立たない。
よく、剣道をやっているキャラクターが実剣を使い活躍する類の物語があるが、それは絶対に無理な話だとわかるだろう……
少女は、ブンと太刀を振るい血を払う。よっぽどに思い切りの良い刃筋なのだろう。骨片や肉片などは絡んでいない。
『日本ミラージュ』
ギラリと笑う太刀の少女は、そのテナントへと足を向ける。
- Re: キチレツ大百科 ( No.17 )
- 日時: 2015/11/16 22:01
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: EXFFsg9G)
桜田門の警視庁通信指令室に殺到する緊急通報。
溜池山王パークタワー、周辺施設、通行人等からの110番通報は五十件を超えていた。
急行した警察官からは、三名の鋭利な刃物で斬殺されたと思われる遺体の確認が連絡された。これを持って付近の警固車両は外堀通りを完全封鎖した。
道路上には、通常勤務の警察官と、警固の為に配備されている機動隊員で溢れている。
一般市民は、現場周辺からの速やかな退去を警察により勧告されている。
「バカな!! ここは桜田門のお膝元だぞ! こんな場所でテロなんぞ言語道断だ! 周辺の警固警邏はどうなっているんだ」
警視庁警備部第一課、警備部部長が湯呑みを強引に机に叩きつけて憤っていた。
「大体なんなんだ! 極左の連中にしては、妙に本格的な刃物の殺しをするじゃないか? 日本刀を使うなんざ戦前の社会主義右翼にでも影響されたか? それとも新しい思想的テロルとでも言うのか!?」
警備情報係の人間がファイルを漁っている。
「部長、現在公安内事一課(国内左翼)第三課(国内右翼)からも緊急の特殊テロルに関する注意情報はない模様です。全て反戦団体関連で占められています」
「しかし、非常に気なる点が一点あるな……」
その意外な声の主を見て、部長が襟を正す。
「警視監……!」
「あの場所にあった山王ホテルは、二・二六事件の起きた場所じゃあないかね……」
二・二六事件
1936年
日本の陸軍の青年将校らが1,483名の下士官兵を率いて起こした、国内の軍事クーデター事件。
「昭和維新」を掲げ、武力蜂起を試みたが叛乱分子として武力鎮圧になる手前で首謀者の一部の投降により鎮圧、関係者の将校、背後の思想家等多くは銃殺刑になっている。
「そ、それは幾ら何でも……」
警視監の目が光る。
「では、君はこれを単なる(殺人事件)だと?」
「いえ、断じてそのようには考えてはおりません……しかし今の段階での軍事的クーデターとの関連性には、私の口からはおいそれと言及はできません! それに総監、その発言は市ヶ谷(防衛省)に関わりを匂わせる懸念があります、どうか発言はご慎重に」
「そうだな……では、はっきりと言おう。あのビルには先日、川田洋行から独立した日本ミラージュがテナントを出しているのだよ」
警備部長の顔が強張る。
「軍需産業の川田から、主要幹部社員を一斉に引き抜き独立した日本ミラージュですか?」
「うん……そのミラージュの特別顧問には、元防衛事務次官と元航空幕僚長が収まっている。新しい防衛族の天下り先だね。そしてもっともやっかいなのが、ミラージュは独自に米国のミサイルメーカー、レイセオンcoと秘密会談を頻繁に行っている」
ブルブルと震えながら、警備部長が空の湯呑みを見つめる……
「では、警視監はこの事件に、いや、今現在あのパークタワーにいる刃物を所持した容疑者は自衛隊や防衛関係者だというのですか!?」
「断定はできない……だが、それに非常に近い人物の可能性が有る。ただ言えるのは……これは極左暴力集団などの素人の殺しやテロではない! 君も”もしもの時”に備えた覚悟を持っておきたまえ」
重い空気の中、警備部部長は受話器を取り公安部のコールナンバーを押した。
- Re: キチレツ大百科 ( No.18 )
- 日時: 2016/01/03 16:31
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: iHavjeWu)
血刀を肩に掛けたキャスケットの少女……
黒い帽子に、黒いモヘアのニット、裾のフレアしたメルトンのキュロットスカート。
肩掛けのヒップバッグには不細工なカバのアップリケが刺繍してある。
しかし、そのガーリーな服装には似合わないやたらミルスペックなブーツを履いている。
日本ミラージュの受付の二人の女性社員は、その異常な光景にあっけに取られている。
少女は、その受付の様子に軽い嘲笑を禁じ得なかった。
よっぽど、来客がないのだろう。その証拠に、二人の女性社員は少女に気付くまで、小言でお喋りに興じていた。手元には何やら雑誌や菓子の袋が見える。
態々、この赤坂の一等地にオフィスを構える必要があったのか? どうせ、見栄や虚栄心だ。何と、わかりやすい。日本の国防の一端が此の樣よ……
少女は嘲笑によって、その言葉を呑み込んでいた。
「あ、あの何か、御用で……しょうか? あ、あの、あの」
「守久保は、今日出社しているな? ん?」
少女は、その姿からは想像もできないほど冷たい声と眼で云った。
「あ、あの、お約束はされていますでしょうか?」
口元、笑う少女。覗く、白い歯。
「約束? できるとすれば……決してお前達は、ここから生きて帰れない。それだけよ?」
受付の二人を、たった二振りで少女は片付ける。すると奥から若い男性社員が姿を現した。
「おい! いい加減にしろよ、いくら客が来ねーからって遊んでていいってわけじゃねんだぞ! て……ん?」
「しぃっ!」
少女は若い男性の死角から、頸動脈を狙い斜め横からコソぐようにやや軽く、しかし素早く太刀を走らせる!
ザスンと鈍い音とともに、男性は前のめりにひざまづく!
「うん!」
少女はそこから、膝間づいた男性の横に回り一気に首を叩き落とす!
それを蹴り倒して背中に飛び乗る少女。
「いょっと!」
すると、男性の首の切り口からは滝の如く大量の血液が廊下側の出口へと噴出される。
「よし……」
少女は一息つくと、太刀を深く握り込み、通路の奥のオフィスのドアを蹴り開ける!
突然の来訪者にギョッとする中の社員達。
5、6、7、8人!
少女の眼球がそれらを捉える!
一番手近な社員の首にめがけ、太刀を一閃する。一斉に悲鳴が上がる!
すると出口に向け3人が駆ける!
それを無視して、少女はデスクの四人を難なく斬り伏せる。
太刀を血振るいをして、少女はゆらりと逃げた社員を追い外に行く。
案の定、先ほど作った入り口の血だまりで滑ってコケている者、その惨状に慄いて蹲る者、外線で通報をしようにも混乱して番号を打てぬ者。
刃が光る……血の匂いが離れない。
「これは@;;」・、。きdjx何かのっっb」
「jづhjdんdkmvっsん、z」
「違うんlklgkでも、俺にはdjbfjd、・。」、:f」
少女に哀願は届かない、まるで羽虫を払うように一刃が三人を薙いでいった。
少女は一番奥にある、流行りの磨りガラス風のアクリル扉を開ける。
豪奢な社長室、逃げ遅れた三人の男達。
今風の細身の型のイタリア物のスーツを着た男。ラベンダーのシャツにノーネクタイが小煩い。この手の男には如何にもな、ゴルフ焼けで真っ黒な日焼け肌だ。
残りの二人の男は、いかにもな垢抜けないクラシカルスーツだ。しかし、それに相反するような高価なジュエリーブランドの時計とラペルのバッジを光らせている。三人とも共通するのが、およそ企業人として真っ当な類の人間には見えない事だ。
「お、お前は一体どういうつもりなんだ!? なんのつもりでこんな事」
少女の眼が激しい色に変わる、今迄この少女は、ただただ淡々と殺人を繰り返していた。しかし、此処に来て初めて感情らしい物を露わにした。
「何の? 何の、つもりだと……この奸物が!」
少女は言葉を放ったゴルフ焼けの男を見ていない。
その視線は、冴えないスーツの二人に注がれている。
「君は、一体誰の命令で動いているのかね? ここ最近の個人投資家への連続殺人も君の仕業だろう?」
「何者だ! 小娘」
少女は、答えとばかりに部屋の中心に飛び込み、来客用のテーブルを蹴って日焼けの男に躍りかかる! すると少女は男を前蹴りで突き飛ばす、キックボクシングやムエタイの前蹴りは腰から畳まれた足を真っ直ぐに相手に向け体重ごと押し出すのだ。
鳩尾よりやや下を、飛び込んだ少女の全体重の乗った蹴りが突き刺さる!
「ぇぇげ!」
前のめりになった男の頭髪の天井を掴み、少女は二人の男へ向け言い放つ!
「貴様らは完全に見誤った!! お前達の老後の余生などはどうだっていい! どこに天下るなり好きにしろ、このどうしようもない土地転がしとマネーゲームにでも興じていれば良かったんだ! 誰もそんな品行方正を貴様らに求めていぬわ! だが、お前らの弄んでいる物は玩具ではない……其れは”国の威”だ! それを、よりによって貴様らが……守久保!!」
「きっさまぁぁ、俺の名を知って……所属はどこだぁ! 俺は元防衛事務次官だぞ、血迷ったのか! この気違い沙汰は」
「しぃぃ!」
「ひ……ひぁぁっぁっぁ」
日焼けの男の腹が、少女の太刀によって横一文字に断ち割られる。
「ぇぇっ……!」
血飛沫……其れに遅れて流れ落ちる、ピンク色の小腸。
真っ黒い粘液質な血を吐きながら、日焼けの男が蹲る。
「守久保、お前の裏切りが……この全ての惨状を産んだんだ……
- Re: キチレツ大百科 ( No.19 )
- 日時: 2015/11/17 17:33
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: NegwCtM0)
黒いキャスケットから覗く目がふと外へと向いた。
左手で部屋に掛けられたブラインドを引きちぎる少女。
街の夜景、ヘッドライトとテールライトが行き交う道路。今、此処から見えるそれ等は全てが警察車両だ。パトカー、サインカー、警固用護送車、装甲車。
明滅する赤い光。
鉄とコンクリートと樹脂の街。其の上で抱き合う様に、暁と黄昏(たそかれ)が交差する。それ等はいつも其の契りの証として混沌と言う胎児を産み続ける。
煌煌と闇を照らす光達は夜を焼き、喧騒の産声が止む事なく鳴り続ける。居並ぶビル群は天空を切り取って、今や鈍く濁る月にも届かんばかりだ。
少女は、其れ等をこの山王パークタワーの内側から静かに見据えている。恐ろしく、冷たく。しかし、其の眼は燃えるような激しさが舞っている。
左手をガラスにつけると、赤い手形が其処へと付いた。
「見るがいい、この有様を……? 移り変わる時代の中、我々はこんな物達の為にその中を駆けたか? この夜闇を焦がす明かりが為に、数多戦場を駆け、その中で命ぜられるままに、殺し、倒れ、その身を嬲りものにされてきたのか……!?」
守久保と言われたグレーのスーツの男が焦った素振りで言う。
「わかった! わかっている、話を聞こうじゃないか! そうだ、そう! 君はアレだろう。憂国の士なのだろう!? 分かるぞ! だが話を聞いてくれ、我々も考えるところは同じなのだよ。この世を憂いているのだ、な?」
少女はその視線を持って、その守久保の言葉に冷淡を投げる。
「度し難いほどの虚な言葉だ、憂世ときたか? 虚飾で塗り固めた、繁栄の住民たる貴様らには似合いの言葉よ。フッ、笑え! 我々はこんな物の為に今の今迄、利用されてきた。そして、ずっと……ずっと貴様らのような愚かな小僧どもを見てきた!! もう永い間……ずっとだ。わかるか? この業火で炙られるような己が痛みを!?」
蹲る日焼けの男の首を捻り上げる少女。
「いぎぃいぃいぃぃいぃ!!」
「民はいつも知らぬ! この世の中はいつも一部の愚にも付かん馬鹿共の共謀を持って成り立っている事。いや……それを悟らぬ民ですら魯鈍だ。彼らは今も吐き気のするような広告情報屋どもの喧伝に踊らされ、反戦平和がまるで王道楽土の法とでも言わんばかり謳っている! そんな安易な原論で割り切れる物であらば、誰だって……誰だってその手に本当の安寧を掴んだはずだ! そうだろう!?」
少女は、その目を憐憫に滲ませながら続ける。身を返り血に濡らしながら。
人の血液は乾くのが早い。モヘアニットの裾の毛先からは乾いた血液がまるで瘡蓋のようにポロポロと落ちている。幾度もそうして血を浴びてきたのだろう。
焦燥の吐息とともに、少女の肩が揺れる。
キャスケットに詰め込まれている、栗色の髪の毛がわずか溢れる……
「本当に血を流すのが、誰かなど考えてさえいない。吐き気がする! 宗教、政治、民族、其れ等を体よく語る輩は全て裏で繋がっているじゃないか? それ等は全て連中の資本に対する仮面に過ぎないと何故に気づかない!! 虚飾の英雄気取りが左翼をカタる! 経済主義者の隠れ蓑に右翼が成り代わる! 排他主義者の平等気取り、他国のスパイが大手を振るい国民気取りで大口を叩く! そして未だ、この星の覇権等を宣う大国の御用聞きとして、その足に縋りつく奸賊共め。貴様らの望む地は誰が為の血でできているのかを一度でも考えたことがあるか? この土地は、同胞(はらから)達の血の國土。断じて好きにはさせん。例え、全てが焦土と成り灰燼へと帰しても……」
大量の失血により、日焼けの男の顔は見事に蒼くなっている。唇などは冗談かと思う程に紫色だ。しかし、少女は容赦なく其の男の腹の傷口の中、手を入れる。
「い……!? ええぇああああああああ!!」
守久保を睨める少女。其の視線はこの部屋に入ってから、一度たりとも他の二人には向けられていない。
「古来……人の心は腹(肚)に宿ると言う。ねぇ……? なら此奴の腹には心がないよ? 守久保事務次官、人の心は何処にあるの? ねぇ、何処に……」
「お前は……お前は誰だ」
眼を瞑り、静かにその小さな唇から漏れる言葉が守久保を戦慄せしめた。
「陸上自衛隊特殊作戦群教導団、機智殺目(きち・あやめ)」
「な、馬鹿な……嘘だろう? 俺は知らんぞ! 特戦に教導団など存在するわけがない! アレは陸自の中央即応集団隷下の秘匿部隊だぞ! い、いやそれより何故、よりよって俺に」
少女の口元が鋭利につり上がる。
守久保の顔からは、夥しい汗が滴り落ちる。濃厚な死の匂いが、震えと焦りを呼びせしめる。
「わ、わかった! 中央(即応集団)の陸将に今、電話する。なら、いいだろう!? この馬鹿げた作戦の停止を要求するから……待て! な?」
嘲笑う黒いキャスケット。
「貴様なんぞに我らの部隊の秘匿性なぞわかるものかよ。我々は、特戦群の発足以前から既に存在する……旧日本軍の陸軍中野学校からの思想を受け継いだ唯一の諜報暗殺部隊よ? しかし、我々はもっと以前から、この國に”在る”のさ。部隊名なぞ初めから存在しないし、今お前が見ているこの”私”でさえ”存在”しないんだ……この意味、お前には到底理解できまいよ? 中央の司令官(中将級)など、我らの知るところではない」
「分かった、頼む。お前達の言うようにしよう……だから!」
その少女の細い身体から、およそ信じられないほどの空気……それは風とも違う。恐らく、物理上の現象は何も起きてはいない。
しかし、感じるのだ。守久保にだけは、体感できるのだ。その明確な殺氣を……
「決して共に掲げる事叶わぬ、あの大旗を担う仔ら……もの言う事も許されず、あてのない闇へ行軍する仔らの為に、我が血刀は唄うのだ。ただ、ひたぶるに、ひたぶるに」
窓越しの夜闇、揺れる紅月に合わせる様に少女は踊る……
- Re: キチレツ大百科 ( No.20 )
- 日時: 2016/02/17 21:31
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: MKBom4Aq)
「収集! 並べ」
四人の銃器対策部隊の隊員が、封鎖された外堀通り山王パークタワー前に並ぶ。
最早、付近一帯に一般人は無く、警察、機動隊、警察関係者で固められている。
警視庁は事態を重く見、徹底した報道規制を敷いている。赤坂見附付近までを完全封鎖し、最寄りの赤坂署は駅周辺にて民間人への現場周辺からの退避誘導、交通規制などに追われている。東京メトロ溜池山王駅は一時封鎖を余儀無くされる。
「我々は斥候として1チーム(ファイブ・マンセル、5人一組)で建物内に先行部隊として潜入する。なお、アプローチに関しては手元のバインダーを確認されたし」
そこへ、次々と桜田門方面から特殊車両が外堀通りに入ってくる。
車両からは、ドーベルマン犬種の警察犬を連れた捜査員たちが降りてくる。
ガコンという音を立て、警視庁の持つ特殊投光機が用意された。其れ等はパークタワー上部を照らし始める。
「なお、目標は……非常に高度な”訓練”を受けた人物が予想される! 本作戦は目標の所持している装備、爆発物や火器などの有無の確認が主要の任務であり。無理に確保に出る必要はない……が、万一、交戦状態となった場合は捕縛を優先としない。以上」
軽いブリーフィングを終え隊員たちはその歯切れの悪い、今一要領の得ない作戦内容に内心困惑していた。
明らかにおかしい。上の連中は何でこんな偵察斥候を出す!?
こういった事件の場合、大抵は殺人事件担当の捜査一課所属の特殊部隊SIT(Special Investigation Team)が出る。それを飛び越して第六、第八機動隊所属の部隊が斥候目的で目標にエントリーをかける。通常ではあまりない事例だ。
※{一般にマスコミに公開される警察の特殊部隊はほぼSITである。よく言われているSAT(Special Assault Team)は公安部の所属であり、一般の公開はされていない。公式には存在しないという名目もあり、現職の警察官でも詳しい事実は知らない。例え知っていたとしても、外部にリークしたものは逮捕拘束される警察の最重要秘密事項の一つとされる。当然、隊員の名簿自体が存在しない。ただし、SATと”思われる”とされる所属不明の部隊が自衛隊と合同演習をしている映像はある。SATの”A”はアサルト、つまり急襲を意味する。敵に、襲いかかるという意だ。
このSATと”思われる”特殊部隊の訓練は、全て”鎮圧、制圧用”の訓練のみだ。つまり逮捕を想定していない部隊である}
これは、上層部が犯人の正体を知っている……しかも、それは只の犯罪者ではないという事だ。こういう場合は、大抵が身内(警察関係)や政府関係が関わっている……しかし、違う! この事態は異常だ、おかしい。
誰もそれを口に出す事なく、準備へと取り掛かる。テロルだ……しかも活動家などのアマチュアや半端な思想犯じゃない……軍人(自衛隊)か?
この場にいる警察官は誰しもがその懸念を持っている。しかし、誰もそれを口にはしない。
それを言えば、現場の不要な混乱を招く。ほんの些細な事で其れ等は本格的な指揮系統の乱れに繋がる事を十二分にプロは知っている。
しかし、人間は感情の生き物だ。どう抑えようとしても、心の隙間に、その異形な懸念が瞬間に浮かんでしまう。しかし、それらは集団の統率の中に次第に溶けていく……それはゆっくりと、半透明に浅く。
外苑東通り、六本木5丁目交差点。
若い男、短く刈り込んだ頭髪で、黒いスーツを着ている。流行りのタイトラインで、かなりファッショナブルな印象をを受ける。国内産の安価でも、高価でもない程よい品と見えるが、この若者の金銭感覚がとても健康的だとわかる。上背は170の半ばだろう。日本人の平均よりやや上か。しかし、その細身のスーツに隠されているのは痩躯ではなく、ある程度の鍛錬が伴う躰と言えよう。そして、よくみればこの青年は、年に似合わず非常に眼力のある目を持っている。狭い額、切れ長の眉に鋭い眼光、小さく結ばれた口……中々、最近の若者にはいない凛々しい男子であろう。
その若者はしきりに腕時計を気にしている。
「ね〜頼母(たのも)君は、まだこないの〜! ねぇ〜、ねぇ〜」
若者は声の主を一瞥して頭を掻く……
「チッ、何でギロッポンの街をこんなクソガキと居なきゃいけねんだ俺は……トホホ。それにしても目立つな……きっと頼母さんに怒られるな」
「あ〜、オホンオホン! 巳白クン、今ボクの事をクソガキとかいったね。失敬な! これでもボクは君よりウンと年上なのだがね! オホン、オホン! 大体だね〜君はは……」
三条巳白(さんじょうみしろ)はその声の主の姿に毎回うんざりさせられる。
その少女は、軽いウェーブ掛かったブロンドをツインテールにしている。そして何故か、ゴスパンと言う若い女性のニッチなファッション文化がお気に入りらしい。アルゴンキンの黒いパーカー、レースとフリルの黒いタータンチェックのミニスカートにニーハイソックス、そして足元は黒いダナーだ。ただ、その少女が最も目立つ点は左目の義眼だろう……白目部分を黄色にして、黒目部分をペンタグラムの★にしている。
彼女は今、巳白に対し目上の者に対する態度を説いている。しかしその手には、あろう事か刀袋に入れられた日本刀が握られている……
「まったくウンザリするぜ……付近の警邏に職質かけられたら銃刀法で一発だ。何しろ目視で葉書以上の刃渡のエモノだ」(銃刀法での刃物は葉書一枚以上の刃渡で手錠がかかる)
「あっ! また不平不満をもらしたな! キミキミ、そんなんじゃイカンよ。出世できんよぉ〜」
「うるさいの、俺はもうとっくに出世街道から拒否られてるわ。もう国家公務員かどうかも怪しいんだから」
少女は満面の笑みで言う。
「違うよ、巳白君! ボク達は……公務の破壊者さぁ! むふふふ、格好いでしょドヤドヤ〜!!」
少女は刀袋を振り回しガードレールに飛び乗り見得を切る。
「だぁっから、バカ! 目立つんじゃないよ!」
笑いながら暴れる少女の、細い腰を両手で抱え地面へと下ろす巳白。
「たかいたか〜い! アハハハ」
「俺よりウンと年上じゃなかったのか?」
嬉しそうに夜空を仰ぐ少女。
「楽しい事に、年なんて関係ないのサ! フフフ」
「チッ! お前は連れてくる予定じゃなかったんだ。後で俺が一佐に怒られちまうよ」
「コラー、また忘れたナ! 階級は関係ないのだゾ。我々にはぁ!」
「て言ったってよぉ? 頼母さんは、本来なら俺みたいな下っ端からすれば、神に等しい階級なんだからな? お前には分かんないだろうがよ」
「なら! 頼母君よりも、更に年上で偉い僕は君にとって何なんだね!? ぞう、ぶつしぇ……だな! うん、そうだ! 僕はぞうぶつえんだぞ! 参ったか、えっへん」
「大体、言いたい事は分かるけどよ? 造物主な? the Creatorの事な……」
「そうそう、巳白君も段々わかってきたね〜」
「そいつはセムの一神教、アブラハムの宗教の唯一神のことだろ? まったく適当この上ないな、へへん。やっぱり只のガキなのかもな?」
巳白のバカにした態度を見て、少女は膨れ面になる。
「なんだ、なんだ! 僕が『神』なんて存在を理解出来る訳ないじゃないか? 君は少々デリカシーに欠けるね!」
「わかったわかった、もうすぐ頼母さんが来る頃だろう。少し行儀よくしとけ」
「だから、僕は頼母君より偉いんだよ〜……もう」
巳白はモシャモシャと少女の頭を適当に撫でる。
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