複雑・ファジー小説
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- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.146 )
- 日時: 2017/02/19 18:55
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: IuyC40GS)
「背んかぁが冷たか……」
頼母壮八が、殺華をおぶさりながらそう言い笑う
「グスグス……」
壮八は時々背を揺すりながら、殺華の方を向いて笑った。今宵の頼りない月の光では、それははっきりと確認できはしないが、殺華は壮八の背をギュッと掴んだ。
「ないじゃ? まだ機嫌は直らんとか?」
「違う……ぶぶ、グス」
不意に壮八が天を見上げて云った。
「お前さぁは偉かとよ」
「え?」
「お前さは姉想いっじゃ。そいじゃっどん、あん時ば勝負を挑んだ。そいじゃろい?」
殺華は、口を尖らせたまま壮八の背に顔を埋める。
「お前さの方が、あんときゃ、姉の様じゃったぞ。あん喧嘩でん見事なもんでもした」
「本当……?」
殺華が呟く。
「誠じゃ……偉かったぞ殺華」
「喧嘩に負けたよ」
壮八は豪快に笑った。
「喧嘩なんぞいつでんでくっが、またやりやんせ! そいで何時か勝てばよか。勝負からにぐっ(逃げる)こつが一番ダメじゃ。そいじゃっどん、お前さ何時も逃げんとよ。だから殺華は薩摩隼人に必ずなりやんせ」
「うん……僕、僕……必ず強くなりたいんだよ! 必ず……」
「そうか……なりやい」
「うん……」
壮八は敢えて殺華のその理由を聞かなかった。
自分から喋る気になれば其れで良しと思っているからである。薩摩人特有の優しさである。薩人は多くを語るより、その心情を察すると言う事に長けている。だからこそ薩摩人は余計な会話をせず言葉少なで語るのである。
「明日から……肝付邸で世話になるよ僕」
「そうか、気張りいやい。おい達は半月余りで此処を発ちもす。殺華? お前さど……」
「僕も行くよ!」
間髪入れず殺華は言った。
「でも殺目ちゃんは……どうしたいんだろ」
「あんおじょごは、何やら抱えてっもんがあっじゃ。そいは自分で踏ん切りば付けんといかん」
殺華は黙りこくる。
「良し、明日の準備ばあっじゃろい。寺に帰りもんそ」
そのまま壮八は殺華をおぶって闇の林を歩いて行った。
「いつまで……付いて来るんだ」
殺目は後方にいる指宿に言った。
「殺目さぁが泣きやんまで」
「泣いてなんかいない!」
殺目は木陰で木を背にして蹲る。
指宿も近くに腰を下ろす。
「なんなんだ! お前は私の事なぞ捨て置いて帰れ」
指宿は座り込んだ後、じっと目を閉じている。
「……」
殺目は、提灯も無いまま駆け出してきたので此処は明かり一つ無い。
「どうした?」
指宿が静かに一言言った。それは闇の中に跳ねるように殺目に響く。
「……痛い所を突かれてムキになってしまった、いやそれだけじゃない。私は、自分に嫌気がさしている」
「迷っているか……自分に」
「わからない」
「では、好きなだけ迷うといい」
「なにを言うかと思えば……」
「いいや、好きなだけ迷うのが人生というもの。そして好きなだけ迷えばいいと感じれば、逆に気は楽になり、行く手の恐れがなくなりましょう」
殺目は下をうつむいたまま動かない。
「恐れ?」
「そう、先に対する恐れであります。貴女は戦では恐れを消せるが戦場(いくさば)以外では本当に臆病な童子の如くでございます」
指宿は遠慮もなく言った。
「私が、臆病……?」
「ええ、貴女は臆病で、弱く、不器用な少女であります」
殺目は自嘲的に笑う。
「そこまで、はっきりと言われたのは初めてだ。少し、傷付いたよ」
「でも、それが貴女でしょう? そうではないと否定したとしても、どう仕様もありませぬ。それに迷わぬ人間などはありません、皆、迷い、傷付き、泣くのです。それを見せぬだけです」
「お前は、私を励まそうとしているのか?」
「いいえ、叱りに参りました」
それを聞くと殺目は思わず笑い出した。
「くっうふふふ。あはは」
「?」
訝しそうな顔をする指宿。
「くははっ、すまん。叱られる事なんぞ、あまり経験がないんだ。姉者に幼い頃に叱られたのが最後かもしれん」
「子供は、叱られて経験を積みまする。叱られ、殴られ、痛みを、他者への憐れみを知りまする」
「そうか、知らなかったよ。でも、私は子供じゃあない。お前よりも歳は年長だ」
指宿はそれ聞くと一笑に付した。
「おいから言わせりゃ、殺目さぁはまだ子供みたいなもんじゃ。お前さは少し辛抱が足りん」
「うるさい……」
「では帰りもんそ、殺目さぁ」
「うん……」
殺目は、膨れっ面をしたうえに、はにかんだ様な複雑な表情をしていた。しかし、闇の中なので、その表情は指宿には分からなかったし、分かったからといって、指宿は其れを揶揄うつもりもなかった。
指宿には、そういう古来の薩摩武士の優しさがある。
その頃、帝都東京では、陸軍卿の山縣有朋と海軍少将の西郷従道(西郷隆盛の弟)が深夜に市ヶ谷の本営にて秘密会談が行われていた。
「まこて(誠)、困りもしたなぁ……」
西郷従道は羅紗の軍令服を豪儀に着こなし椅子にどっかりと座っている。対して、山縣は痩身で背が高く暗い顔をして何も言わない。
「狂助君、軍を動かす訳にはいかんでごわそうか?」
狂助というのは山縣の志士名である。吉田松陰の教え”狂の字一つ”と言う所からきているのだろう。他に長州には長の四狂(よんきょう)と言われる官軍で出世した高級将校がいる。しかし、山縣は松下村塾の塾生ではなく高杉晋作の弟分の一人である。(もう一人は伊藤博文、高杉のせいでロクな目にあわなかった)山縣は長州の頭目になる為に、この時期は死んだ吉田松陰や高杉晋作の名をよく上げて周囲を引き付けていた。そして、西郷にも良く可愛がられていた。西郷を最もよくしる長州人が山縣である。しかし西南戦争では西郷の弟である目の前の従道や、大久保利通側になった。西郷の死体を最後に確認し、遺族に戻したのも山縣である。
山縣は最も慕う西郷と敵になった。この西郷の弟、従道も愛する兄を敵として討った仲である。なぜならこの二人は共に海外に留学し、清とその背後にいる英国、欧州には未だ日本は全てが追い付いていない事を痛感し悲嘆にくれて帰ってきたのである。生来、楽天的従道と違い、山縣などは暗い顔をさらに暗くし、眩暈で倒れかけたほどである。
それほど欧州の文明というものは凄まじいものだったのである。
山縣は、現在では日本陸軍の創設者として、軍国主義者のように語られる事もあるが、山縣の一貫した主義は非戦である。平和主義ではない、これは戦争をして他国を責めるなどは自国の自壊を招くものだという事を外遊を以て痛感しているに他ならない。
そんな時にである。殺女が脱走し叛乱の恐れがあるなどと、山縣にしてみれば迷惑の一言であるのである。
「軍は出せない。薩摩系の殺女でなんとかして貰いたい。薩摩をこれ以上刺激するのもダメだ。長州系の兵も薩摩には入れたくはない」
従道は兄譲りの巨眼を見開いていった。
「そいでん、死連さぁから手紙ば届きもんした。脱走中の殺女、殺目を捕まえるにゃ、兵の練度も特に銃弾薬だ足りなかごわんで。こいじゃ前線が可哀想なもんで」
「慎吾くん(従道の志士名)! 大規模に戦火を広げればまた、叛乱者が増える、それでは軍の創設にまた時間と費用がかかる! そんな金は、この国の何処にもないんだ。石油石炭、それが問題だ」
「やはり最後は、油でごわすな……こん国ぃは自国の生産力というものが余りに少なかごわんでな。こいばっかりはどうにも出来もんそ」
「君! そんな悠長に! わが長州は殺死丸という爆弾も抱えているのだ。今回だけはヤツが介入すれば大事だ! ヤツに呼応するように陸軍の長州系軍人が叛乱でも起こせばどうなる!? 川路君の薩摩系警察だけでは対処できんぞ? いや、またぞろ全国を巻き込む戦争にでもなればこの国は終りだ! 今度こそ欧米が積極的に両者に援助をし、最終的に勝った方を拠り所に日本は植民地化されてしまう!」
「うむ」
「しかも魯西亜の南下の動きも今また過酷になってきている。そんな時に殺死丸なんぞが暴れれば……」
従道はあっけらかんという。
「では殺死丸殿を陸軍に正式に編入すればよか」
「……!?」
山縣は黙り込む。何故なら、山縣は実務家としては当時この国の三本の指に入る実力者である。しかし戦時司令官としては勇猛さに欠けるのである。むしろ臆病とも言われかねない存在であった。今山縣が渾身で作っている長州閥は山縣の面倒見の良さで成り立った私軍といってもいいような段階である。此処に殺死丸などが加われば勢力図が変わってしまうのである。
「むぅぅ、本日はもう遅い。これまでだ」
「よかごわす」
従道はゆっくりと礼をし退席していった。
山縣は、独り席にもたれかかり、歯噛みする。
(あの女を政治に加えれば大変なことになる。それこそこの国は亡国である)
山縣は、そう思うと居ても立ってもいられずに、急いで執務室に戻った……
- Re: キチレツ大百科 ( No.147 )
- 日時: 2017/02/21 20:56
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: zTJIAtHn)
闇夜を少しずつだが、日の光が切り裂いていく……
黒い中天が蒼に開闢する合図である。
廃寺の前で、殺目と殺華、壮八と指宿が並んでいる。
「行ってくる……」
殺華が小さくそういった。
「うん……」
殺目は殺華を見つめながら言った。
「これを持っていけ」
殺目が帰ってきてから、殺華が寝ている間に急いで用意した着替えの着物と弁当である。風呂敷に包んである。
「ありがとっ……」
殺華は殺目と目を合わせない。
「まだ怒っているのか?」
「別に!」
殺華は視線を合わせず行った。
「すまなかった、やりすぎた……お前に八つ当たりしたんだ私は……許せ」
「……痛かった」
殺目は殺華の頭を胸に抱いて、もう一度詫びた。
日が昇ってくる。来光である……それは、黄金色で、誰が見ても僥倖をそこへ見出すであろう風景である。
「行ってくるよ」
殺華が壮八と指宿を見ていった。壮八は日の光を浴び珂々(かっか)と笑った。
「気張りィ!」
一言である。
「行きなさい、ひたぶるに」
指宿はそう言って殺華を励ました。
「うぉぉぉおぉぉ!! チェースト!」
「うるさい」
殺目は耳を抑える。
「じゃあ、行く!」
そう言うと、殺華は急に後ろを向き全速力で走って行った。これ以上の言葉はいらないと思ったのである。殺華も段々と薩人の気持ちが分かってきた。
多くを語るのは無粋なのである。気持ちが通ずればそれで良し、それ以上は無いのであった。
殺華は日の光を浴びながら、まるで山の斜面を落ちるようにカッ飛んでいく。
殺華にはこの山の全てが分かる。毎日この傾斜を上り下りしながら山岳歩行していたのである。その脚の置き場、飛び退るタイミング、全てが殺華には分かっているのだ。
側から見ればそれは転げ落ちている様に見えるだろうが、ギリギリのタイミングでスピードと体をコントロールしているのだ。
落ちるスピードが上がるにつれて景色が上空に消し飛んでいく。その代わりに殺華には重力がかかり、落下点に向け無数の手が伸びる様に速度を上げていくのである。
「うぉぉおぉぉぉおおおお! チェェェェェェェ!!」
殺華は落下点の木の枝をへし折るように蹴り上げると体は上空に跳ね上がる。
「チェエエエストォォォォ!」
重力の鎖から解き放たれた、殺華の体は風の中を飛ぶ様にスッ飛んで行った。
しかし、重力が再びその脚を絡め取る。落下していく殺華。
「なんの〜!!」
次は木の中に突っ込み枝をむしり毟り取る様にスピードを落としていく。
殺華は、そのまま山の傾斜に滑り落ちると、そのまま全力でまた駆けていった。
帝都東京、御茶ノ水にある機智家邸宅。
そっと白いカーテンを開ける音。ドレープのたっぷりとしたフリルのものだ。恐らく横浜辺りで仕入れた英国製だろう。
この機智家の邸宅は、御一新で追い出された幕府旗本の屋敷を改築した物である。こういった旧江戸幕府の土地は東京奠都に従って移住してきた薩長の軍人、官民などにタダ同然に払い下げられた。手入れをする金が政府に無かったと言うのもあるが、出仕するのに都合が良いためでもある。徳川家の旗本は多くが都外に出、徳川慶喜に付き従った物は少なからず駿府に転封された。
「ご当主……具合は如何で御座いまするか?」
その声の主は、背の高い女である。狐の様な飄とした涼しい顔をしていた。黒い丸襟のヴィクトリアンラインのドレスを着ている。
言われた主は洋風のベッドに上で横たわっている。この男は、老衰の中にあろうとも、その身は壮年期とまるで変わらない姿である。世間ではこの屋敷には化け物が住んでいると評判であるが、その噂はそう間違ってもいないだろう……
「うん、悪くはないね……」
「それはようございまする。今、朝餉を用意させまする……機智烈斎様」
「あぁ、出来れば、殺死丸? お前が作ってくれないか?」
殺死丸は、キョトンとした顔をする。
「何を申されますっ! この前『こんな物、死んでも食えん』と言ったばかりでしょうに
!」
機智烈斎は、天井を見上げながら言った。
「あぁ、わかるんだ……もうすぐおれは死ぬ」
「んまぁ……呆れた。であるから殺死丸の料理をご所望いたすと申されますの? くやしーキィィィ!」
今の殺死丸は、ついこの間まで『尊王攘夷』を掲げ、刀や銃砲を撃ち放していた志士上がりの軍人であった。家庭料理など出来よう筈も無いのである。
「あれだ……”すくらんぶるえっぐ”と言う卵料理が良いな。あれを作っておくれ……あのベークン(ベーコン)と呼ばれる豚の薫製肉を使ってな」
「あぁ、あの異人共がパンと共に食らっている物でありますわね。この殺死丸に任せて頼もらん。お任せあれで御座る」
殺死丸は早々と部屋を後にしていった……
数分が経ち、下が何やら騒がしい。
どうやら、殺死丸が騒いでいるのである。それに給仕の者達や、他の殺女達もあーでもないこーでも無いと喚いているらしい。
機智烈斎は、それをベッドの上に横たわりながら笑うのである。どちらかというと、朝餉よりもこの騒ぎが今の機智烈斎には楽しいのである。
もう、余り自由に体も動かない。そろそろ自分の命も限界であるのだ……
しかし、機智烈斎には、まだ気掛かり事が山の様にある。その一つが、跡目問題である。まだ、機智家の子供達には、機智烈斎に相応しい研究者は出ていない。
(近い内に政府の者達とも話さねばならぬだろう……今現存している殺女達の身の振り方も指示せねばなるまい)
機智烈斎は思うのである、近い内に必ず欧米列強との戦になる。その時にこの国はまた必ず殺女を必要とする筈である。しかし、殺女に頼りすぎてもこの国は駄目になる。その間を上手く取り持つのが自分の役目であると……
(今暫く、この身に鞭を打つか……!?)
「ご当主!! 朝餉の準備が整いました。さぁさ、死に体のその身を起こされよ」
殺死丸がそう言って銀のカートに乗せて来た皿の上の黒焦げを見て、また機智烈斎は、微笑んだ。
「ありがとう、殺死丸。でもこれを食えばおれは直ぐに死んでしまうよ?」
屋敷に、殺死丸の怒声が響き渡った……
兵部省に、陸軍中将三浦梧楼が出仕してきた。襟付きのオーダーメイドの縄目紐の黒い軍服を着た、長州武士らしい眉めの苦い怜悧な顔立ちの男である。何処か品の良さが滲み出ている。この点が薩摩武士と長州武士の違いである。
三浦は元・長州奇兵隊で、萩の乱を鎮定し、西南戦争では第三旅団団長として、鹿児島を陥落させた長州系の軍人である。
三浦は、長州萩出身者で高杉晋作と同じ、明倫館でエリート教育を受けながらも、戦場の前線を駆け抜けてきた猛者でもある。その三浦を、同じ長州奇兵隊の軍鑑を務めた陸軍卿、山縣有朋が兵部省に呼びつけたのである。
「山縣め、俺を呼びつけるとはどういうことだ」
三浦と山縣は仲が悪い。
三浦は萩の上士であるのに対し、山縣は足軽である。山縣は長州で維新と共にかなり上手くスピード出世した。山縣は実戦では大した功績は挙げていないが、実務は得意で政治好きであった。そして山縣の上司である長州の大村益次郎は暗殺、木戸孝允(桂小五郎)は西南戦争中に病死したとあってトントン拍子で陸軍卿になったのである。
しかし、だからと言って奇兵隊上がりの壮士志士気取りの軍人が、今の山縣の役目が務まるかといえば務まらなかったであろう。時代は野戦攻防の志士兵隊ではなく実利に長ける官僚を必要としていた。しかも、山縣はこの職に就てからは、一日たりとも休んでいないのである。
三浦は、山縣の待つ部屋に入ると、挨拶もせずに切り出した。
「何の用でありますか?」
三浦は、山縣より年下である。だが、長州ではあまり先輩後輩というものに拘りがない。年上であろうとも嘗められれば捲られるのである。薩摩や会津では年上には絶対に敬意を表さねばならず、この点は長州独自の考え方である。縛られないのだある。だからこそ、長州は藩民一致で倒幕に向けまるでキチガイの様に突き進んでいけたのである。
「むぅっ……!」
山縣もこの三浦が嫌いである。何度か街中で殴り合いの喧嘩をした程である。
生意気で、太々しく、しかも出身が山縣よりも上である事も山縣には気に入らなかった。山縣は上士に対しては特別な劣等感を持っていた。それが、彼に執拗な権力欲を与えたと言っていい。
「殺死丸の事である……」
苦虫を噛み潰したように山縣は言った。
「……」
三浦は、その”殺死丸”という名に思わず次の言葉をどうするか躊躇った。
- Re: キチレツ大百科 ( No.148 )
- 日時: 2017/02/22 22:23
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: Ov8Bp1xS)
「貴様っ! ”殺死丸”だと!? 陸軍卿だかなんだか知らんが図にのるな!」
「何だと! キシャあこそ、上官に向かってなんぞ!」
山縣有朋と三浦梧楼が喧嘩を始めた。もういい大人がこれである……
こういった気分が、この時代の軍人の気質なのである。海外の軍隊でこんな喧嘩など言語道断である。志士気分が未だ抜けきっていない証である。この国の初めての国軍はこういったものであった。
「貴様、殺死丸殿の前でそんないけしゃあしゃあと呼び捨てる事なんぞ出来んくせに! 偉くなったものだな? 大体貴様は気に食わん! 戦場では大した功績も挙げず逃げ回っていたくせに殺死丸殿に諸隊がどれだけ……!」
「それは御一新の前の話である!! 今はもう其々立場が違うのだ! わかられよ、君もいい加減にしたまえ!」
「何だ! 居丈高になりやがって、もうこんな軍隊なぞ辞めてやる!」
来たか、と、山縣は呆れかえる。長州武士の口癖である……
長州軍人は何か気に食わぬ事があると、軍を辞め国(長州)に帰って坊主になるか神職に就くか、塾を開くと言いだすのである。
これは、全部、高杉晋作と吉田松陰の受け売りである。実は山縣も木戸孝允の前で同じ事言った事がある。
「仏門に入るか塾を開くのか!? 皆同じ事を言う、それでは国の塾童もたまったものではない。そんなに皆が軍を辞職し故郷に塾を開き始めたら、何処の塾に入っていいかわからんではないか!」
山縣は、木戸に言われたそのままを三浦に言った。
「いいや、俺は軍をやめるが、まだ故郷に帰ると入っていない」
「なんだと!?」
三浦は長州系軍人で奇兵隊の武闘派であり、高杉晋作に師事した明倫館のエリートでもある。そこまで愚かではない。
「おれはそうだな……そうだ、殺死丸殿の機智烈斎様にでも仕えるとするかな……!?」
山縣は思わず三浦の襟を掴む。
「貴様! 余計な真似をしてくれるなよ! 時代を履き違えるな、そんな前時代的な考え方なぞ通用せんぞ!」
その手を振り解く三浦。
「このぉ!」
三浦の鉄拳が山縣の頬を打つ。
「きしゃん(貴様)!!」
山縣も三浦を打つ。
近代軍隊ではあり得ない光景である。
陸軍卿と陸軍中将が、執務室で殴り合いをしている。
滑稽を通り越し、身の毛もよだつ馬鹿馬鹿しさである。しかし、そもそも卿や中将といった階級付けすら、この時代は薩長の中で適当に、戊辰戦争で活躍した者への褒美の様なものであった。三浦は後に憲法の番人たる枢密顧問官になり、宮中顧問官を歴任し、やがて政界のフィクサーになっていくが、此の頃はまだ血気盛んな志士上がりだったのである。三浦は、晩年は号を観樹と名乗り、観樹将軍と呼ばれ此の時代の人に愛された。道理に合わねば怒って職を辞めようとしたり、硬骨で、ある種、頓狂な所がある人物である。志士的な正義好きの此の時代の人間には、こう言った人物がよく愛されたのである。
対照的に山縣は此の時代の人間には好かれなかった。代わりに同輩の伊藤博文はよく愛された。伊藤は、女好きではあったが、身辺が身綺麗で、金に汚くなく民衆の人気は高かった。しかし、山縣は、一度面倒を見ると決めた人間は、死ぬまで面倒を見た。だから山縣は陸軍を握り、長州閥を作り上げれたのである。
二人は数分そのまま殴り合っていた……もう部屋は滅茶苦茶である。書類は散乱し、山縣のお気に入りの壺も割れてしまった。
「ところで! お前は何が言いたかったんだ!」
三浦も三浦でこれである。最初から聞けば良いものを、この二人は生来気質というものが合わないらしい。
「むぅぅぅ! 殺死丸と……殺死丸殿と話を付けて欲しい」
「何ぃぃ? どういうことだ」
二人は、お互い濡れ手ぬぐいで顔を冷やしながら、滅茶苦茶になった執務室で改めて席に着いた……
殺華は肝付邸に着くと、そのまま、横木に向かい棒を打ち下ろしていた。
「キェエエエ、チェスト死ね死ねー!!」
肝付十字郎は、それを見ながら自らも横木を打っている。殺華は時々十字郎を見ながら、自らもそれに負けじとガンガンと長棒を振っている。
「なんだか、殺華どんが鬼気迫る勢いじゃっど」
「よかよか、倒れるまで打ち込むんが良かぞ」
薩摩兵児達も、殺華が来てからというもの練習に気合が入る。それだけではない、兵児達はこの奇妙な客がまた来るのを待っていたのである。まるで、新しい弟分でも出来た様に肝付邸は賑やいでいた。
もう昼過ぎである。
「飯ゅう食うぞ……」
十字郎がそういうと、皆が棒を下ろす。
しかし、殺華は目を血走らせながら、まだ棒を振っている。
「チェェェェ!! キャーー」
様子が少しおかしい。
「どうしたと?」
「殺華どんはキチガイになってしもうたがか?」
十字郎も流石に殺華に声をかける。
「どうしちやい?」
「僕はね! 一分一秒でも薬丸流の免許皆伝をしたいんだょ!! やるしかないんだよ」
「……当流に免許皆伝は無か」
「え!?」
十字郎は青空の様に爽やかに笑う。
「薬丸自顕流にゃ免許皆伝はなかとよ、あるとすりゃ……人間を袈裟で二つに斬ったときっじゃ」
風が吹いて、殺華の首元を抜けていった……
此の撃剣術の最大の特徴である。
蜻蛉のからの袈裟の一閃で仕留めるのである。
「それなら尚の事だよ! 休んでなんかいられないんだから!」
「殺華、おいは無我夢中とお前さに説いたが、焦れとは言うちおらんがぞ……」
十字郎が殺華の肩を抱く。
「何があうたが知らんが、邪念ががおじゃっすど。ないでんかいでん言わず、めしゅうば食いやい」
十字郎は、何とも言えぬ爽快と優しさを以てそう言っている。これを断り練習を続けるのは、無礼無作法であり殺華には憚られた。しかし、十字郎のそういった人となりがもう殺華には堪らない位に嬉しいのである。
「うん」
兵児達が邸から何やら赤い塊を持ってくる。
(犬だったらやだなぁ)
流石に、殺華も犬のはらをかっさばいて作る、エノコロ飯は食べたくはないのである。
薩摩兵児達が。板に載せてきたその赤い塊は近くで見るとまるで薄桃色であった。
「これはなんだい?」
「こいは琉球豚じゃい!」
殺華は飛び上がる。
「な、なんだって〜!!」
此の時代まだ、琉球からの豚と言う物は一般には流通しておらず、主に琉球と薩摩藩でのみ食されていた高級品である。
「やったぁぁ!!」
殺華がまた一段と高く飛び跳ね喜んだ。
しかし、殺華はその時、ある事を思い出した。
郷士の少年の事である。
あの少年は、飢えて死んだのである……そして、薩摩は今、いや、この国全土が貧しいのである。そんな時にこの薩摩の上士だけは未だこうやって飯にも事欠かず、酒まで毎日飲んでいるのである。
「あのさ……僕見たんだょ。郷士の村で皆んな飢饉で死んでたよ」
しかし、薩摩兵児達はあっけらかんとしたものである。
「殺華どん、そや仕方なかこつじゃ」
一人が言う。
「郷士は郷士じゃ、おい達がどうすっこつもできんがぞ。ここの皆もそれないに貧か……こいだけはどうしようも無かこちじゃ」
「ふーん……そっか。じゃあ此処はなんで?」
「そや肝付のお屋敷じゃっからじゃ。此処の近所んもんは皆肝付家に従えておっ」
十字郎は何も言わなかった。
「なんだか寂しいね……ふん」
殺華は鉄鍋を火にかけながら言った。
その頃、薩摩市中、大黒町にて安死喩(あんじゅ)と大徳寺政直が居た。城下に怪しい者が出入りしていないかを聞き込むためである。
「何で、お前なんかと一緒に……!!」
安死喩は額に血管が浮き出るほどに怒り狂っている。
本日、今朝付けで、死連(しづれ)から直接命令されたのである。
”本日ヲ以テ大徳寺ヲ共二城下ヲ集中シ聞キ込ミニ当ルベシ”
此れには安死喩も逆らえないのである。
「おい! この公家上がりがっとっとと其処らを犬の様に廻って来い! この間抜けが」
大徳寺は、黙ってそれに従う。
「はい! 安死喩様っ! この大徳寺にお任せ下さい。安死喩様のお手など煩わせませぬ。この大徳寺、安死喩様の指揮下に入り光栄の至りでありまする!」
「ふ……ふ〜ん。お前中々見所があるかもな? よし行け!」
これでいい。大徳寺は、まず馬鹿な振りをしながらも、安死喩に気に入られようと考えていた。そして隙を作り安死喩の動向を探るのである。
大徳寺は馬車馬の様にそこいらの薩摩の家、邸宅を駆けずり回った。
「おい、大徳寺! 貴様先ほどの言葉を忘れるなよ。この辺りはお前に任す私は隣の方切りにでも行ってくる。サボるなよ」
大徳寺のケツを蹴り上げる安死喩。
「はい! 安死喩様」
まだだ、まだ安死喩はおかしな所は見せていない。だが、大徳寺にもまだ、安死喩がどうおかしいのか見当もついていない。
間者か? ならば誰に? 敵であるとするならば、西郷私学校党軍であるはず。しかし、安死喩は官軍である。これは、考え難い。であるとするならば誰に?
大徳寺は、聞き込みをする振りをして安死喩の後を追った……
- Re: キチレツ大百科 ( No.149 )
- 日時: 2017/02/26 19:14
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: 7IaXH6Nh)
安死喩は、大黒町の隣の方切りにて、通行人へ横柄な態度を以って聞き込みをしていた。
「おい! そこのババァ。聞け、いいか? この近くで怪しい女や童女を見ていないか? もしかしたら複数連れ立っているかもしれんが……」
桶を担いだ老女は、安死喩を一瞥すると一言だけ行った。
「知いもはん」
そして、安死喩を特に気にかける様子もなく行ってしまった。
「糞が! 薩摩人はこれだからやりにくい!」
薩人は、他藩人には極めて秘密主義で、身内(同藩)の話などは決してしないものなのである。しかも、安死喩は馬上で軍服姿である。
「ちっ……苛つく連中だ。片っ端から銃剣で刺して聞き出してやろうかな」
安死喩に、何時もの暗い感情が湧く。
「おいババァ!」
そのまま、馬を走らせ老婆の背に蹴りを入れる安死喩。そのまま老婆は突き飛ばされて倒れてしまった。
「はははっ良いザマだ。いいか、知り合い近所に良く言い伝えておくんだぞ! それからぁ!! 貴様の態度は気に食わんな……」
しかし、老婆は動かない。
「ちっ! くたばったか?」
下馬して老婆の様子を見る安死喩。生きている……しかし立とうとしない。
「気にいんなけりゃあチェ(殺す)っすばよか……チェっしろ!!」
「ほぉう……ババァ居直ったな?」
安死喩はニタリと笑う。
(そのまま頚動脈を、跳ねてやろう……)
安死喩は、血液を上空に吹き上げながら、踊り狂ったように転がる死に様が見たくなった。実際頚動脈を派手に千切るように掻き切ればそうなる。
それが、安死喩には生意気な態度への代償であるのだ。
「どういたしました!?」
すると、大徳寺が汗だくになりながら駆け寄ってきた。
本当に、走り回って聞き込みをしていたらしい。
安死喩は構えた銃剣をクンッ、と上に跳ね上げた……其の眼はまだ昏い淀みを溜めたまま。
「チッ……良い所なのに……なんでもない、ババァが勝手にすっ転んだんだ。捨て置け」
「御母堂! 如何なされた? 大丈夫ですか?」
大徳寺はそのまま老婆に駆け寄る。
「ささ、私の背に。お怪我は? 近くの診療所にまでお送り致しましょう」
「何を勝手な……」
「安死喩様! 私、近くまでこの御母堂を運んで参りまする。すぐ追いつきますのでお気遣いなく! それでは」
大徳寺はそのまま老婆を背に担ぎ、荷物を小脇に抱えて走って行った。
「何だ、彼奴……!?」
変なやつだ、そう思いながら安死喩は騎乗し、隣の方切りに向かった。
時を同じくして、帝都東京、機智家、御茶ノ水邸宅ではちょっとした騒動が起こっていたのである。
殺死丸が、最近急に料理を作り出すと言い始めたのである。これは機智家の給仕や料理人、手伝いの家人も気を揉んで見ていられないのであった。何しろ、殺死丸は人斬り包丁を振る事はできるが、料理の包丁など握った事もなく、つい最近までは、厨房などには顔を出した事すらなかったのである。この時代は、本当に厨房には脚すら踏み入れないなどと言う事は然程珍しい事ではない。
よく、現代で定年退職した親父などが土日などに突然そば打ちや、手打ちうどんなどを作ろうとする。これは、周りの者達にとっては実に迷惑極まりない行為である。大体こういった行動をする者は料理の基本などは疎かだが、格好だけはつけたいという心理なのである。だから道具には拘るが分量や、後始末は適当だったり、結果、美味いものなどは作れず終わり、三日坊主で終わることが多い。こういった、日常生活の食事から逸脱した料理に、いっちょ噛みで拘る向きのある人間はロクなものが作れないのが常なのである。
大人しくカレールーを使えば良い所をスパイスから調合するなど宣う輩からは、結局ただの香辛料くさい液体を飯に掛けた不味い物を食べさせられるのである……
手打ちそば、手打ちうどん、自家製手打ちラーメン、カレー、中でもBBQやキャンプ料理は素人が手を出しやすいが、失敗に陥りやすい定番である。これらを最近凝っているなどと言い出す人間には注意が必要だろう。面倒臭い事になるのは確実である。
だが、殺死丸はどういうわけだかそう行った徒とは少し様子が違ったようである。
「ふむ、では築地に仏蘭西料理の店があるのですね? ではそこの料理人を招きませう……」
「しかし、御姫様(おひいさま:武士家の長姉の呼び方)いきなり洋食というのは無理がありますぞ。しかもフランス料理などとは」
機智家の料理長がいった。
それはそうである、この前まで軍人であった、殺死丸が突然フランス料理などフランス料理人に一笑に付される行為である。
「いいえ、料理長殿! この殺死丸は維新を叩き上げた官軍でありましょうに? そして。最早時代は”文明開化”で御座います! この殺死丸がそういった新しい料理文化を学ばずして、どうでありましょうに!? まさか、今時に芋の煮付けなどを学んでもどうもなりませぬっ! 新しい西洋の料理を、この殺死丸、一兵卒から学ぶ覚悟でありまする!! どうか、あ、どうか!」
そう言うと、殺死丸は料理長の両手を掴みじっと顔を見つめる。
その瞳は、長い睫毛が覆い、相変わらず起きているのか寝ているの判別できかねる半目ではあるが、瞳の奥は潤んで輝いているのがわかる。
なんと、殺死丸は今更洋食文化を学ぼうというのである。料理長は一体どういう風の吹き回しなのか理解できないが、そもそも殺死丸がこういった配下の、しかも料理人などに手を取ってお願いする事などは今まででは考えられなかった事である。
料理長はまず、萎縮し恐怖を感じたが、どうやら殺死丸は本気らしい……
両手を握る手に、力が込められている。些か頬も上気している。
「わかりました、築地ホテルは私も下働きをしておりました故、お話を通しておきましょう……しかし、御姫様には料理人の世界は厳しゅうかと思いまする。その辺は大丈夫でございますか……何分生易しい世界ではございません」
「この殺死丸、含垢忍辱の覚悟あり、共に私に料理の手解きを授けたもらん! お願い致しまするぞ! 料理長殿!! 平に平にで御座い賜ん」
殺死丸は喜んで両手を顔の前に合わせ微笑んだ。
実は殺女にとって”食”という物は重要な”軍事行動”の一つでもあった。
殺死丸は、子供の頃より、獣肉食(主に馬)や鶏、魚等を食す事を徹底していた。これは殺女が比較的当時の人間より平均身長が高いのに寄与している。殺死丸は部下にもこれを徹底し、食を疎かにする事なく、送られた先の長州藩では藩主毛利家から許可をもらい、壮園などの活動経営を営んでいた。そこでは、養鶏、馬の繁殖、野菜などの栽培も執り行っていた。
しかし、殺死丸自体が料理をする事などはなかった。
殺死丸は、ほくそ笑みながら屋敷の庭で空を見ている……
「ふふん、ご当主め。くたばる前に、この殺死丸が精々上手い物を食わせてやる……ほほほほ! ふはははは!!」
「……おひいさま」
給仕の一人が、それを隅で呆然と見ていた。
血影がベッドから身を起こした……
薬でいつの間にか眠っていたらしい。しかし、眠りながら泣いていたのであろうか? 頬の間に痕が残っている。少し目の当たりも厚ぼったい。
「嫌になるわね……」
血影が、寝巻きから着替えようと立ち上がると、其処にはクラシックな赤色のトランクケースが置いてあった……
「カルル先生の……」
”Mein lieber血影”
「私に?」
トランクケースを開けると、其処には、黒いドレスの様なワンピースが入っていた。
フリルの裏には、赤い血色の裏地がみえる凝った物である。
「先生!!」
血影は、まだ不自由な脚を引きずって病院を走った。途中何度も転びながら。
「先生!」
カルルは他の患者を見ていた……
血影は、その姿にある人物を重ねてしまった。
「おぁ血影か、おはよう。君へのプレゼントは気に入ってくれた様だね」
血影は、診療をしているカルルに機智烈斎のもう一つの側面を見たのである。
それは”父親”である。
「先生……お仕事中、ね……ごめんなさい」
カルルは横顔で云った。
「ここは病室である。静かにおし。私は患者を見ているのだよ?」
「ええ、ごめんなさい……先生」
まるで、父親に窘められる様な格好となった血影は、それでも、カルルに飛びついて感謝を告げたい気持ちで一杯であった。
もし、許されるのなら……自分が人間の少女であったのなら、此の人を”父”と呼びたかった……
切望にも似た想いで、血影はその瞬間を眺めていた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.150 )
- 日時: 2017/03/03 01:29
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: hfyy9HQn)
帝都、兵部省では長州系高級軍人達が軍議の真っ最中であった。
議題は、殺死丸の事である。
まだ、今回の西南戦争で、官軍警視隊に編入された、殺女の大隊で脱走者がいるという情報は漏れていない。もし、この情報が殺死丸に先に伝わりでもすれば、何をするか見当もつかない。そう言った危険が絶えず政府は抱えていた。
長州系の殺女の部隊、旧御親兵の近衛隊は間違いなく殺死丸に付く事が予想される。
大阪に配備された殺女の部隊は、薩長とも死連の指揮下にある。大阪は、瀬戸内海に面している為に、九州地方に有事があった際は拠点とするよう、暗殺された官軍総指揮の大村益次郎の案で大阪練兵所が作られた。その為、兵器、兵員らが多く配備されている。殺女の兵団は近衛を帝都に残し、それ以外は現在大阪に駐屯しているのだ。しかし、そもそも、殺女達が何を考えているかなど、政府の太政官達には分からないのである。であるからして、こうして山縣が長州系の軍人達を非常召集させている。
だが、長州系の軍人達の過激派などは、元々殺死丸と共に戦場を共にした者達である。旧長州諸隊の遊撃隊、御楯隊、奇兵隊の一部もそうである。それぞれ、吉田松陰の”狂”の教えに従った狂痴・戇狂・空狂・某狂・と呼ばれた山田顕義や馬屋原二郎、寺島秋介、田村甚之丞の”御楯の四狂”と言われた軍人達もそうであった。
この席についている、寺島と山田は殺死丸と同じく下関戦争と禁門の変で行動を共にしている。
山縣有朋にとって、この軍議は生半なものではなかった。長州系軍人は、殺死丸ともしもの時に叛乱行動を共にする気まではいかないが、奇兵隊の実務屋であった山縣を快くないと思っている者も多いのである。つまり山縣はガチガチの志士あがりの軍人達とは決して同志とは思われていないのだ。
「山縣卿! 最早、殺死丸殿は軍籍にあらずですぞ! その殺死丸を何故にそうも畏れられる? 我々にどうしろというのだ」
山縣は青白い顔で呟いた。
「では、君は……殺死丸を”畏ろ”しくないと言えるのかね……?」
一座が静まり返る。
山縣は、澱んだ暗い眼付きで続ける。
「殺死丸は、未だ殺女の近衛隊の実権を影で握り続けているのは事実である。長州系の殺女の大隊は吾輩の指令よりも土壇場では殺死丸の命を聞く事は明白也。では! 今の整備途中の陸軍鎮台でまた内乱が起こればどうなるか? 諸君らはそれを真面目に考える気はないのか!!」
山縣は、途中咳き込みけながら厳しい表情で言った。ここ数日この事で頭が一杯であったのであろう。この男は西郷のような途轍もない器の持ち主ではなく、飽くまで怜悧な実務家なのである。大将、野戦司令官の様な存在とは程遠い人物なのである。しかし、政治や、国家的危機と言うものには恐ろしく慎重であり敏感なのである。この点では死んだ桂小五郎と似ていなくもない。しかし、桂にはそれを自分で対処しようという気概や精神の格調の高さがあった。この部分では山縣は桂とは比べようがない程小粒である。現に軍議では周りの者達に、此の厄介事の始末を上手くつけさせようとしているのである。
其れを此の咳にいる多くの者達は既に気づいている……
「では、殺死丸殿を拘束すると言う事か!?」
「それとも、殺死丸殿が乱を起こされる前に討伐しようとでもいうのか?」
「馬鹿を言うな!!」
三浦梧楼がその声で一喝した。
「道理に合わんではないか! 殺死丸殿は今や屋敷に籠り、陸軍の諜報隊に身辺を常に調査されているはずだ! 山縣、お前の差し金でである。貴様らは臆病者の恩知らずか! 我々長州藩がどれだけ殺女殿らに世話になったか!? 政府が出来たら怖くなったで討伐だと? 俺はそんな事許さんぞ、馬鹿馬鹿しい」
「落ち着け三浦! 討伐など一言も言っておらん! 勘違いはするな、そんな事をやらかせば政府は……軍が、今以上に疲弊し、例え数で押し切ったとしても、そこを欧米列強に体良く突かれるに決まっている。そう言う事を言っているのではないのである!」
山縣は”討伐”という言葉に焦って机を叩く。
「黙れ! もういい、此の三浦が殺死丸殿と会い直接その意を確認する」
「待て早まるな! 殺女の脱走など気付かれでもしたらどうなる! 殺死丸殿は察しが恐ろしく良いのだぞ!」
山田顕義が、立ち上がる三浦を制止する。
誰かが言った……
「現在の殺女の近衛大隊長の殺音(ころね)様に話を通して見るのはどうでありましょうか?」
「何!? むぅ、近衛大隊長……火中の栗を拾うのか? 危険すぎる、しかし……いや、思い切ってまだ軍の麾下にある近衛大隊長に探りを入れるのも手か……」
山縣は言った。しかし、それは山縣の選択肢にはなかった答えでもあった。
「山縣! 貴様、近衛は陸軍の所属ではないか! 此の場に召集を掛けその意を確認すれば良いだろう」
「うむ、現状仕方あるまいか。たれか、芝浦の近衛兵舎まで馬車をやってくれ……」
山縣は陰鬱な顔を更に険しくしながら言った。
殺華は相も変わらず横木を打ち続けていた……
飽きもせず、只管にである。殺華は元々、頼母壮八に示現流の立ち木打ちと蜻蛉からの撃ちを習っていた。なので、既に手の内の締まった独特の構えをすんなりと会得していたのが幸いし、ユスの横木を打ち響かせるまでになっていた。
「殺華、そろそろ”打ち周り”をやいもそ」
不意に十字郎が言った。
「ふぇ? 何それ……」
まぁ見ちょれと言い、庭に棒が縦に十本近く立てかけられた。兵児たちはその上に陣笠を被せる……そうすると、案山子のような木偶が出来上がった。
「こいを蜻蛉のまま、走りながら打つとじゃ。休みなく、永遠と」
「何だか楽しそうだぞ」
殺華は持っているユスの棒を振り上げる。しかし、殺華はこの門弟では一番下なので肝付家の高弟からこれを始める。
「どうやるんだろ……?」
最初の兵児が裂帛の気合と共に蜻蛉に高く位置した木剣を以って軍鶏の様に駆け回りながら木偶の案山子を打ち倒していく。
「チェェェェェシネェェェェ!! キャッアァ!」
殺華は、その眼前の出来事に唖然とする。
(まるでキチガイが、いよいよおかしくなって棒を振り回している様だ……)
しかし、瞬間、殺華はある事に気づく。
「あっ!? 足が左右に出る毎に連撃しているぞ!」
十字郎は、嬉しそうに顎をさする。
「お前さも当流の見方が漸く少し見えてきたとか?」
「冗談じゃ無いんだよ、あんなの足が絡まっちゃうよ。でも、早いぞ。あれなら戦場で駆けながら何度も何度も振り切る事が出来るじゃないか?」
「そいじゃ……お前さもあれをやりやい。自分で見て覚えるがよか。きゅ(今日)はこれが出来るまで飯はでんぞ」
「えぇええええ!!」
一歩踏み出し斬る、また一歩踏み出し斬るのである……
これは、脚がまず出来ていなくてはできない。そして、腕は左腕に一切と力を入れず、右手で剣を支えるのである。これは慣れない者がやれば脚も手も縺れて撃つどころではなくなってしまう高度な技術なのである。
「今日はご飯は食べられないかもなぁ……」
殺華は呟いた……
「安死喩(あんじゅ)さま〜! お待ちを〜」
大徳寺政直が安死喩の後を追いかけてきた。
安死喩は、舌打ちして苦り切った顔をする。
「くっ、アイツ死ねばイイノ二」
大徳寺は書生風の袴にメリヤスのシャツを汗で濡らしながら駆けてくる。
そういえば、この公家育ちの男は最初は色白の瓜実顔であったが、最近妙に行動的になり些かその上品な顔立ちに精悍さが灯ってきた節がある。
この時代の男子は、三日見ねば刮目して見よ、と言えば聞こえは良いが、単に最近は死連などにドサ仕事を頼まれている為に現場慣れしてきたのであろう……
「次は吉野郷にでも行きますか?」
地図を見ながら大徳寺は言った。
「バカ言うんじゃナイ! 面倒臭いだロウ! フザケルナ」
「しかし、死連様には郷士やその他の部落も聞き込めと」
「煩いな、お前は、私の指示に従ってさえいればイイ! 余計な事くっちゃべるなナ!」
安死喩は馬上から大徳寺を睨む。
「ソレニ……上下近くの方が都合がイイ」
「都合? ですか?」
安死喩は肩に下げた銃剣の銃床で大徳寺の頭を小突く。
「煩いんだよ! このバカ」
「くっ〜……わかり申した」
大徳寺は話題を変える。
「そういえば、安死喩様は好きな食べ物などはあるのですか?」
素っ頓狂な質問である。
「……」
「……」
安死喩はしばし間をおき口を開いた。
「いいか? 次喋ったら首が転がるぞ?」
「ひ、ひぃぃぃ」
安死喩はうんざりした顔をしながら馬を進める。
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