複雑・ファジー小説
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- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.91 )
- 日時: 2016/05/18 23:44
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: /005aVGb)
「機知烈斎である……」
妖しい黒尽くめの男の唇から、零れた音は殺華(さつか)にとっては此の世で最も哀しい音色。其れは永遠と隔絶された、彼方の慕情。
もう、今更に振り返れない、引き返せない。心の中の、その奥底にある喪失。
機知烈斎が、殺華を見下ろし謂った。
「名乗れ」
殺華は、迷う。名乗る事、いや、口を聞く事を。
殺華は元々、殺女(さつめ)では下士の身分であり、当然の事ながら殿上(てんじょう:城の中)に挙がる事は許されない、馬にも乗る事を許されていない。
人間で言えば、足軽以下の軽輩である。機知家は、徳川幕府政権下で特別な寵愛を受けた上士袼の家禄であり、機知烈斎は上士だ。それは、世襲で受け継がれる特別な称号で、配下の殺女であろうとも、高位の者以外は口を聞く事はおろか、顔を見る事さえ許されないのだ。特別に口を聞く事を許された下位の身分の者は、一定の所作の元、決まった言葉以外を口にする事は許されず、直接に声を聞く事、交わす事は出来ない。
殺華は、機知烈斎に目通りを許された事は無い。
だから、その所作も、口の利き方すらも分からない……
殺華は、自分達が徹底された封建社会の奴隷であった事を久方ぶりに思い出した。
それは、『名乗れ』と言う事を拒否する”資格”も”権利”等もないと言う事。
殺華は縦膝をつく、本来殿上にあれば『草・行・真』の内の『真』の作法であるが、此処は戦場である事、今や自分は出奔した身である事を考慮して、縦膝で名乗ろうと思ったのだ。
殺華は、微かに震える声を振り絞りる。
「畏れ多くも大御所様、ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます。上意により、相名乗らせて頂きまする……」
これは、口上である。この後、主家の者が『うむ』と言って初めて自分の名が口にできるのだ。
しかし、機知烈斎からは声が掛からない。殺華は顔を伏しているので、機知烈斎がどういう顔でいるのかわからない。声が掛かる迄は、動く事はおろか、呼吸すら儘ならない。
ただ、ただ、怖ろしい。殺華は今、頼母家から教えられた薩摩士族の精神学は雲の彼方に吹き飛ばされてしまっている。
もし、今此処で機知烈斎に一喝されてしまったならば、自分はそれだけで胸が張り裂けて死んでしまうかもしれない……
殺華は、その身に惑う様々な感情と想いに揺れる。
逃げ出してしまいたい……でも、それすら許されない。
すると、突然殺華の体が上に引き上げられ宙に浮いた。
「あっ? えっ!?」
機知烈斎が、殺華を持ち上げたのだ。
「あにゃっ! あややややっ!! 機知烈斎様っ?」
思わず殺華は声を上げる。
「ふむ、随分と珍妙な恰好をしているものだな? 金色の髪、何やら最近の若い娘の服飾などは分からないが、流行っているのだろうか。渋谷や原宿等を屯ろしていそうな子達の服だね?」
「えっ? えっ? あの、あのっっ?」
「お前達、殺女というものは皆服飾や、化粧などに拘る趣きある様に感じる。やはり、同じ母胎の胚から産出された為に、個体差を意識しているのだろうか……だとしたら面白いね?」
困惑する殺華を他所に、機知烈斎は誰に言うでもなく謂った。
「俺はね、この時代に生まれたんだよ? だから、お前がそんな礼を取る必要なんてないのサ……さぁ、”今”のお前の言葉で、俺にその名を名乗っておくれ」
「僕、殺華て言うよ。初めまして、機知烈斎様……」
「機知英一だ、この俺が……きっと最期の機知烈斎だ。憶えておきなさい」
「最期? 機知烈斎様、あの、あのあの……僕の事、怒ってないの?」
機知烈斎は首を傾げる。
「何故?」
遠慮がちに殺華は言葉を選ぶ。
「だって、だって……僕は、僕は機知烈斎様の敵になっちゃったよ?」
「其れが、何か問題なのか?」
「え……」
機知烈斎は、抱え上げていた殺華を地面に下ろす。
「それは、お前が決めた事だろう? なら、俺がとやかく言えるものではなかろうよ。お前達が、歴史の中を流るる中で行き着いた先を、何故俺が咎められようか。そうだろう?」
殺華は、もじもじしながら機知烈斎を見つめている。
「いいの? 怒らない?」
「いいさ、お前の好きにするがいい」
何か、殺華はその意外な言葉を受けて、不思議な安心感をその身に感じる。しかし、同時に何か少し寂しさの様な複雑なものも同時に湧き上がるのだ。だから、どう対応していいものか、どう接すればいいものか分からない。
「でも、それは結果的に人を一杯殺す事になるかもしれない……でも、でも、僕は、薩摩隼人なんだ! だから”弱モノ、虐メルナカレ”なんだ! でも、人は一杯死んじゃうね……」
「面白いな殺華、お前は。殺女には余り無い考え方をする……ん? お前、其の目はどうした!?」
機知烈斎は、殺華の左目の義眼を見ると、殺華の顔を掴み左目の瞼を指で大きく開く。
「あぁぁぁっ、うわぁぁあん。き、機知烈斎様ぁぁ!!」
機知烈斎はまじまじと殺華の義眼を見ている。
「き、機知烈斎様、あにょ、あにょあにょ……顔が近いょ」
殺華は顔を真っ赤にしながら戸惑う。
「何故、義眼に?」
「西南の役で銃弾が当たったの……ちょうど、弾の速度が落ちてきたところで僕に直撃しちゃって、眼窩の中に弾が残ったから弾けた眼球共々抜いちゃった」
機知烈斎は眉をしかめる。
「馬鹿な事を……お前達は身体の一部が欠損しても、其の細胞が残っていれば歳月は掛かるが再生を始める。流石に大規模な身体の破損は無理だが、眼球程度なら少しでも残っていれば再生を始めたろうに」
「そうなんだ……知らなかったよ〜! やっぱり機知烈斎様は何でも知っているんだね」
「ふふ、何でもは知らないさ。さて……お前は殺目を助けに行くんだろう?」
殺華はコクリと頷いた。
「なら、急いだ方がいいな。今頃は、我が配下の殺死丸(あやしまる)と死連(しづれ)が向かっている頃だろう」
「殺死丸の姉者と、死連の姉者!? 大変だよ!! そんなの絶対に勝てるわけないっ。ど、どうしよう……早く行かなきゃ」
「お前にあの二人が倒せる?」
「無理だょ……あの二人に勝つのは」
「でも、機知家に剣を向けるとは、そういう事だよ?」
「うん……だけど、だけど行かなきゃ……僕」
嗤う機知烈斎……
その顔に、殺華の全身が泡立つ。
「俺はね? 結局、人が幾ら死のうが知りはしないんだよ。此処でお前達が何人殺そうが、何処かで罪もない人を何人殺そうがね? だけどね、お前達殺女が、これ以上人間の勝手きままな都合によって非業の死を遂げるのは、見るに忍びないと思っている」
「ふぇ……ひごうのし?」
「そう……そして、一番に許し難い事は、未だに殺女を利用し、自らの我欲や宿望へと利用しようという人間さ。それが一番許せない。お前達にしてみれば、滑稽極まりないね? この俺、機知烈斎と、代々の機知家の者共がその元凶であるのにね。笑えよ、この俺の愚昧を……」
殺華は、急に節目がちになる。
「左様であります……人は皆、弱く……愚劣極まりなき也。すべからく、救いよう無き存在であります」
「あぁ、その通りだ」
金色の髪の少女は、目に泪を沢山浮かばせながら、震えでえずく聲で呟いた。
「機知烈斎様……我は、傀儡の操り人形であるから、其れが良く解るので御座います。然ども、其処が……其処が堪らなく愛おしくもあるのであります。どうしようもない程に、救いようのない程に」
人形(ひとかた)の少女の泪が、地面一つ、零れて落ちた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.92 )
- 日時: 2016/05/20 01:06
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: bdnyFill)
泪を流す、少女の傀儡。其れを見つめる傀儡師の末裔。
人の世を憐れむ、少女の人形が血刀を片手に握り哭いている……
それは、可笑しな……とても奇怪な光景であろう。その哀れな少女は、とても人形には見えない。だが、傀儡の少女は想うのだ。何故に自分達を、ただの木偶(デク)として此の世に産み落としてくれなかったのかと。
空(から)の心の木偶ならば、哀しき思いもせずに済む。
形(かた)の躰の木偶ならば、愛しき想いもせずに済む。
無限と思しき、時を刻めば刻むほど、生ある人が妬ましく、死ある人がいじらしい……
機智烈斎は、殺華(さつか)の言葉の意味が良く分かる。これは、殺華の、いや……殺女(さつめ)の歎きであり、此の少女人形の精一杯の怨言だ。
そして、その全ての悲哀は、機智家に起因する業なのだ。
それは、機智烈斎に、まるで母を求める乳飲み子の如く縋(すがり)ついてくる。
傀儡の泣き声が延々と延々と……”何処にも届かない”と哭くのだ。
此処にいる殺華も、今まさに殺伐の渦中に居る殺目(あやめ)も……
「殺華……俺には、もうお前に何かをしてやる事も、そんな権利も無いだろう。しかし、せめて、何かくれてやれるものは無いかと考えた」
殺華は、寂しげな目で首を横に振る。
「ううん……僕、今迄、機智烈斎様とお逢いした事無かったから……これだけで十分です」
機智烈斎は、殺華の頭に手を当てた。
「ふぇ?」
「家令、機智家当主より言い渡す。出奔を正式に許し、機智の名を検めて預ける」
「え……」
殺華は、最初その意味が正しく理解できなかった。
出奔を許される、そして、改めて氏(氏族の証)を与えられる。
これは、現代の感覚からでは全く理解し難い事である。
しかし、殺華の生まれた時代では、それは至上の喜びに等しいものなのだ。
苗字は、その血族の証。それは、名乗る事を『許されて』初めて名乗れる事だ。
勝手に氏姓(うじ・かばね)を名乗る事は許されない。日本は、明治政府がつくられ、初めて、天皇の名の下に四民平等となり、全てに戸籍が発足された。
それ以前は、平等などと言う言葉も概念も無く、堅牢なる封建制度”士農工商”が全てに横たわっていた。しかし、その下にもさらなる階級があった。
埒外(らちがい)の階級である。それは”非人”や”穢多”という階級秩序(ヒエラルキー)であり、絶対制度である。
殺女は、機智家の造り上げた人造の傀儡である。機智家の配下ではあるが、正しくは血族、子孫ではない。そして厳密に言えば”士”ですらないのだ……
ヒエラルキーの中でさえない。そして、外でさえもない。何処でもない、存在を認められる事も、許される事もない。
しかし、殺女には意志があり、感情がある。それは、とても薄弱として、片端の如く不完全なものであろうとも。
それは、命であるのかすら不鮮明で、不出来な存在だ。
だから、尚の事、その機智烈斎の言葉は少女にとって、代え難いものなのである。
「ほん、と……に?」
殺華の右の眼(まなこ)が、まるで一筋の光明を見出したかの様に輝いた。
「あぁ、之を赦す」
「でもっ! でも……!!」
「お前は言っただろう? 機智家に剣を向けると……そうであってもだ。構わない、機智の名を持って行け。仮令(たとい)お前が敵であろうとも、お前が大罪を犯せしめても、構わない。機智の名を名乗られよ」
「か……家令っ! ……謹んでっ、謹んで承りさうらうっ!!」
殺華は再び片膝をつき、今度は刀を左に置いて頭を伏した……しかし、堪えられず両の掌で顔を覆う。そこから嗚咽が漏れる。
「さぁ、もうお行き、こがね色の髪の少女。殺目のもとへ、そして生きてお帰り……殺目と供に」
「また……遭える?」
「あぁ、お前が望むなら。その時は、俺の……機智烈斎の本当の”真意”を教えよう。行きなさい」
機智烈斎は、そう謂うと急に殺華に背を向けた。
何故なら、機智烈斎は殺華に今の貌を見られたくなかったからだ……
此の男は、此処に来て、今初めてその貌に激しい感情の色を見せている。其れは”憎悪”だ。機智烈斎は、峻烈なる憎悪をその顔に浮かばせている。それは激しくも冷たく、氷の刃の如く鋭利なものだ。
その憎悪の先に、一人の男が立っている……
黒いトレンチコートを羽織った、浅黒い肌の壮漢が其処に居た。
その男の顔には、清々しささえ匂わす様な微笑。
この惨憺たる場所にいてさえも、爽快が吹きすさぶ様な風を持つ男……
氷の憎悪の男が言った。
「よくも……よくもやってくれたな!? 貴様がっ!?」
爽快の風の男が言った。
「お初にお目に掛かります……機智烈斎殿とお見受け致します」
二人の男の、視線が交差し、相見えた。
相反する感情がぶつかって、火花を散らして其処を灼く。
- Re: キチレツ大百科 ( No.93 )
- 日時: 2016/05/25 23:18
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: HWi2eFEJ)
殺華は駆ける。
発煙弾の煙の中を……
充満する霧の中には、催涙弾の煙も含まれていた。殺華(さつか)は、この催涙弾の耐性訓練を受けていない為に、涙と酷い臭気に悩まされる。しかし、殺華はそれを推してひたすら走る。
途中、制服警官や政府の関係者などを目にした。自分の前を塞ぐなら、斬り捨てる腹積もりであったが、抵抗する様子がない為先を急いだ。
特に、政府筋の者であるのならば、尚更に自分達、特別教導団に手を出す事はないのも、殺華は良く分かっている。それに、下手に内閣官房の諜報員等を殺してしまうと、折角築き上げた今の教導団の特殊な立ち位置が揺らぐ原因になりかねない。
国家政府が、武力によっての制圧戦を仕掛けてくれば、数の少ない教導団は紙屑のように消し飛んでしまうだろう。だからこそ、頼母仁八(たのもじんぱち)は各所に根回しをしている。
しかし、この国がそれを仕掛けてくるのは、非常に難しい事も教導団は分かっている。
自衛隊、在日米軍の治安維持の為の出動である。
それを、巧みに利用しながら、教導団は現在も自衛隊の秘匿部隊として存在している。
要は、此の国の政府、法律(憲法)との狭間と是らに介在する矛盾、それを抱える少数の人間達との共犯行為とも言うべき存在が、陸上自衛隊特殊作戦群内、特別教導団と言う組織なのだ。
殺華の足が速まる。
殺死丸(あやしまる)、死連(しづれ)という二人の姉を相手にしている殺目(あやめ)が気掛かりだ。
殺死丸と死連は、高位の殺女である。江戸後期に、殺死丸は長州、死連は薩摩へ送られた殺女の頭領株だ。機智家は幕府にありながら、徳川家の衰退を早くから予期し、外様の雄藩へと自らの配下を送っていた。そして、非常に鋭角で怜悧なるこの家は、謂わば関ヶ原の負け組である、毛利家(長州:山口県)に特に目をつけ、熱心に殺女を送り込んだのだ。長州は後に尊王攘夷を唱え、倒幕活動の戦端を開いた藩である。
だが、鋭角で冷然なる感覚を持った機智烈斎は、その長州の政敵である佐幕派の代表的雄藩、会津藩(福島県)松平家(旧。保科家)にも殺女を送り込んでいた。
薩摩(鹿児島県)は、島津家が治める独特の保守的藩風を持つ外様大名の最も有力な藩である。しかし、独自の暗号的言語と閉鎖的地形により外部の人の流れを徹底的に遮断した体制を取っていた。
しかし、機智烈斎は、薩摩の攘夷活動組織である精忠組に死連を初めとした配下を送る。精忠組の過激攘夷派は脱藩し、藩外の諸国の活動家達と倒幕工作を旺んに行っていた。これに機智烈斎は着目したのである。
精忠組は、西郷吉之助(隆盛)大久保正助(利通)、桜田門外の変で井伊直弼を暗殺した有村次左衛門などが所属した組織だ。
この三つの藩は、幕末期に互いに衝突した。しかし、最終的に歴史のある通り薩摩長州は同盟を組み、大政奉還を成し遂げ、王政復古の大号令の下に官軍(新政府軍)となった。
佐幕強硬派を抑えられなかった、第十五代征夷大将軍、徳川慶喜はあっさりと身を躱し、裏切られた形となった会津藩は、徹底交戦を主張する第九代藩主、松平容保の下、会津戦争に突入して行った……
殺死丸と死連は、多くの過激攘夷活動や朝廷工作などに携わった。京都での暗殺や人斬り、江戸市中での人身撹乱、破壊工作……
特に、殺死丸は幕末の騒乱期に一際その凶刃を振るった。
殺華は、自分の知りうる限りで一番の強者(きょうじゃ)が殺死丸である。剣は殺目と同じ神道無念流、しかし、早くから皆伝を受けた殺目より、その腕前は上なのである。槍は宝蔵院流を使う、この殺女は単に強いだけではなく、知恵が回る。集団戦の指揮、銃砲弾薬の戦術的使用方法。そして、何より怖いのだ。
其処には、得体の知れない怖さがある。殺死丸は、機智家に仇なす者を許さない。それは敵であっても味方であってもだ。逆らう者は徹底的に叩く。しかし、一番に恐ろしいのはそれを配下の者達に見せしめとして晒すのだ。逆らえば、こうなると強く下の者達に知らしめる為だ。
機智家の配下で、殺死丸に逆らう者はいなかった。居れば直ぐ様殺されてしまうからだ。
殺華と殺目は、産まれて直ぐに長州へとやられた。
二人は、殺女の最終産出児である。この二人は、機智家としては久方ぶりにできた殺女であった。正確に言えば、他にも殺女は造られてはいた。しかし、殆どの個体は知能が著しく遅れていたり、精神の均衡を失ったような役立たずが多かった。
その中で、最低限腕が立つ者は最下級の兵として使う。言葉もまともに喋れない様な個体は名前すら与えられないし、それすら理解できないのだ。
そういったものの中で、殺華と殺目は機智家にとってほぼ規定に沿った満足いく出来であった。言葉を理解し、それを使う。字や書を読む事が出来る。身体能力、反応速度、反射神経、全てをクリアした個体として認められた。
その証として”殺”の字を銘(名)に与えられたのだ。しかし、格や位、身分はその後の働きによって決定されていく。だが、その格や身分も機智家に限った事であって、人間の武士の様に振る舞う事は幕府の政権下では一部の特例を除き許されない。
その一部の特例とは、幼き頃の殺死丸や死連の様な者達である。
殺目は、器用に何でもこなし、人間でいう士格(騎士、武士)を機智家より許され、馬に乗り最終的に殺女の兵を指揮する迄になった。殺華は、不器用で当時は剣も上手く使えず、その他の与えられた指示も熟す事が出来なかった。殺華は、機智家の期待に反して人間で言う、卒(足軽)以下の身分であった。
殺死丸は、殺目を闘争の場に於いて非常に重要視し重用た。だが、全く役に立たない殺華を、何故か殺死丸は厳しく咎める事なく、之を愛した(この場合は可愛がるという意味)
殺華は何処かに期待を残している。
もしかしたら、殺死丸は自分達に理解を示してくれるかもしれないと。
凶悪な面が目立つ、殺死丸だが長州志士に多く見られた身内贔屓のようなものがあるのではないか? この時代の機智烈斎、機智英一に直々に出奔を許された自分が、間を取りなせば、案外殺死丸は受け入れてくれるのではないか?
死連は、理知的で何処かに淑やかで瀟洒な印象の姉であった。
殺華は、仄かで一抹の期待を握りしめ走っている……
殺華は、見憶えのある藍色の髪の後ろ姿を見た。
赤く染まった破れたシャツ、黒いタイトスカートから伸びる長い足に纏わり付く破れたストッキング。手槍を携えている。
しかし、その足元にはボロ雑巾のようになった殺目が倒れていた……
- Re: キチレツ大百科 ( No.94 )
- 日時: 2016/05/30 22:52
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: PtJSydhi)
「機智烈斎殿とお見受け致します……」
頼母仁八(たのもじんぱち)は言った。
それを受ける、機智烈斎の顔が憎悪で歪む。
「貴様……よくも、おめおめとっ」
頼母は、その反応に微笑で応える。
「私、陸上自衛隊、特殊作戦群”特別教導団”を率いております、頼母仁八と申します」
悠々と、ただ悠々とその言葉が流れる。
「はっ! 名乗るか!? ふん……何故、俺に用がある?」
「其れは……私は、貴方に逢いたかったので御座います」
「だから、何故!? 要領を得ん、態々姿を現したのだ、ハッキリ言え! でなければ、殺目と殺華を連れてサッサと撤退しろ。そして、二度とその姿を現わすな」
「ふふ、逢いたかっただけでは、ご不満ですか?」
機智烈斎は、帽子を深く被り直す様に手で押さえた。
その下から鋭く冷たい瞳が光る……
「不満さ……」
「先ず、先程の貴方の殺華へのお言葉……私からも、御礼申し上げたい」
「……」
頼母は続ける。
「アレのあの喜び様……あんな殺華を見たのは初めてです。貴方は、あのたった数分間で、あの娘の心を解放し、慰撫せしめた。私などには到底できぬ真似であります」
「黙れ、白々しい! 貴様が殺女(さつめ)をいい様に利用しようというのは了然だ! 貴様は何の宿望を以って殺女を使い、俺に近づいた!? 答えろ!」
「ふむ、そうですな……しかし、それは私が、というのは些か違っております。そう、私がと云うよりも……それは、世が……という事の方が近いと存じます」
「世、だと……?」
「そう、もっといえば……それは”天”であると。天運、機運、天啓とも」
機智烈斎は、それを聞くと、その顔の憎悪が消え失せた……そして、それは軽蔑へと姿を変える。
「そうか、そうきたか? 頼母仁八とやら? お前は、ただの世直し気取りの馬鹿という事か? くっ、ははははっ! ふふふ……虫酸が奔る程軽薄で、稚技的な妄言だ! もういい! お前は、嘗て歴史の中幾度も現れては虚しく消えていった、軽挙的暴発の提言者達となんら変わらん! あの、革命家気取りや英雄気取りの連中と変わらん」
頼母が言った”天”と言う言葉は、天空と云う意味ではない。
それは”天然自然”という意味合いだ、それは所謂、森羅万象という言葉が近いかもしれない……
つまり此の男は、国家や、人の世界を超えた、宇宙と言う流れの中にある『時勢』と云うものの中で、起こるべくして事が起きた、と云っているのだ。
それは最早、国家や政治、民族と云うものの枠組みを遥かに超えた考えであると……
此れは、個人の野望などではなく、森羅の理(ことわり)や因果の定めであり、その末の禍福を望むと言っているのだ。
「革命? そんな事には興味がありません。しかし、私の為す事の過程に於いて、其の様に見え得る事があるやもしれません。しかし、それは断じて革命等と言う様な、極限られた者達の利益追求を孕んだ虚言的扇動や、資本主義の御用聞き達の、上っ面のクーデターではありません」
頼母の顔が、此の時だけは笑顔を忘れ、何か訴えかける様な表情へと変わる。
「下らない、実に下らない! 仮にも国家の防衛の内側の人間が言う事か!? なんという曖昧茫乎だ。貴様は、そんな世迷言を俺に言いに来たのか」
「如何にも、甚だ世迷言で御座います。しかし、その世迷の言葉を実行せし機運が来たと言う事であります。そして、それは今此の場所にいる貴方にも、当て嵌まる事なのです」
「俺が? 笑わせる」
「三国内伝機智家典拠集”機智烈斎大百科”を……是が非にも我が手中としたいのであります。機智烈斎殿……そして、貴方にも、この頼母仁八と共に来て戴きたいのです。我が、特別教導団へと」
機智烈斎は、其の言葉を聞き、頭の芯を打ち据えられた様な衝撃を覚えた。
「何故……お前が”機智烈大百科”を、識っているのだ!?」
「私の家も、西南戦争以来、殺女を独自に研究しております。しかし、機智家に及ぶ筈はありません。ですから、どうでしょう……機智烈斎殿、私と共に参りませんか?」
頼母仁八は、何の屈託もなく言い放った。
- Re: キチレツ大百科 ( No.95 )
- 日時: 2016/05/31 20:29
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: naBKxD7x)
「Hey! 殺死丸、You顔ガ真っ青ジャネーカ。Are U Ok?」
殺死丸(あやしまる)は足から夥しい程の出血をしていた。
それは、殺目(あやめ)から受けた腹の疵から流れ出ているものだった。
「お構い無用で御座います……しかし、全力の撃ち込みとあれば、精々、後二回が限度と言ったところ」
「All Right! Good enough 十分ダ! 先攻はオマエ、後攻はワタシOk? Alright make it loud!」
死連(しづれ)と殺死丸がそう言って始まったのだった……
第一撃は、殺死丸だった。
殺死丸が、全力で踏み込み手に持つ、村正の槍を突き上げた。
凄まじい突風と共に、槍での突き込みが殺目を襲う。
「!?」
殺目の頬に、僅かに空気の膜が触れる。
咄嗟に殺目は、その方向へと持っていた二枚重ねのポリカーボネイトの盾を向けるが、余りの打突力に後方へと弾き飛ばされる。
「かぁっ!?」
転がりながら体勢を立て直そうとする殺目。
軍事用のアラミド繊維で括り付けた、二重の盾が空高く浮いて、床に落ちて転がった。
「Yeahaaa! Fuck'n roll! ヘェァァッ!!」
直ぐ様、其処に襲いかかる死連!
右足を踏み込んで、右手の軍刀拵えの刀を振るう。
一撃、二撃、三撃。その剣筋は上下左右に自由に軌道を変える。
これは、通常の撃剣術はかなり異なる構え、太刀先である。
「っっ! がっ」
「Yo What up? 殺目! HAHA!」
死連が片目でウィンクする、殺目はその顔を擬視する。
「まさか、死連の姉者か!?」
「Ya! Bingo.ソレジャ……死にな」
ヒュンと剣風が鳴ると、殺目に横薙ぎの閃光が走る。
しかし、それは殺目の首を払う事にならず、殺目の右肩の骨に食い込んでいる。
殺目が、瞬間にその剣筋を見極め、向かってくる刀の刃の進行方向に躰を倒したのだ。
「Fuck for you! (流石だね)フフン、Ei YO!」
死連が笑いながら、後ろにステップインする。殺目は、その意味を理解すると体勢を変えようと躰を捻る。
しかし、素早く殺目の後ろに走り込んでいた殺死丸の槍が、殺目の左脇腹側から斬り払った!
「エ……げェェッ!」
殺目は、弾かれたように床に転がり倒された。
しかし、二人の姉の連撃は止まらない。
怒涛の波状攻撃が、倒れた殺目に更にと襲いかかる。
殺目は倒れ転がりながらも、体勢を保とうと必死に回避を試すが、其の度に斬り裂かれ、床に叩き付けられる。
刃の風が、まるで竜巻の様に殺目を襲う。
それは、ともすれば、一種の狩りのさまを感じさせる……
だが、その狩りは人間が行う兎狩りの様な生易しいものではない。
何故なら、その両者は双方が闇の隨(まにま)に住まう餓狼の如き剣獣である。
血にギラついた、三つの獣の眼が光る。
しかし、一匹の獣の光は、徐々に、徐々にとその眼光を暗くしていった。
床を血に染めて、その中でのたうつ殺目。
床に殺目の手形が、付いては消える。其処をさらなる赤に染めあげるからだ。
「ぁぁぁあ!! ……!」
「Learn to behave. 諦メナ……オトナしく膝間ヅイテ首ヲ下げナ? 介錯シテやる。ソノ方が楽ダロ……モウ十分サ、オマエも残す事はナイハズダ。ソウダロ?」
「!!」
殺目は左手で右腰に下げられた、タクティカルナイフを抜いた。
「ぜぁぁぁ!!」
ガツッと音がして、床に何かがボトリと落ちた……
それは、殺目の左腕だった。
それは芸術的なまでに美しい切断面……
ましろの骨が確認でき、周りには筋肉の束の組織が一切潰される事なくその断面を晒している。まるで、何かの瑞々しい果実の様な、鮮烈な色彩のコントラストを思わせる。
殺死丸は、これを刀ではなく、手槍で行ったのである。
槍といものは、突く事を目的とされた武具である、殺死丸の修めている宝蔵院流の槍術は穂先で切る技術もあるにはあるが、それは飽く迄『切る』事を念頭に置かれたものだ。それは物体を斬る、つまり断ち割るという事までは考慮しているものではない。何故なら、槍は人間を広い射程から効率よく突き殺す為の武器だからだ。
態々、槍で人を寸断する必要性がなく、効率も悪い。そしてそれは非常に困難であるからだ。
「っっ、あぁぁ!! ぎぎぃっ!! がぁ」
殺目が、地面に倒れ伏し、その血溜まりの中に顔を沈めた。
自らの流した血が、こんなにも暖かかったのかと、殺目は朧の中で思った。
「ああ、もう十分だな? ああ、十分だ」
殺目はそう言った。誰に言うでもなく、そう呟いた。
いい加減、もう寝てしまいたかった。この生暖かい、自分の血溜まりのなか。
なんだか、生まれる前にこれと似た温もりに包まれていた様な気がする……
其処は、暗くて、でも暖かく優しい……
その中に居さえすれば、誰にも傷つけられずに済む。
其処は……自分の全てを肯定してくれる場所だ。
その情景を思い出そうとするのだが、殺目にはどうしても、それが思い出せない。
どうしても、どうしても、其処には届かない。
この闇を、幾ら掻き分けても、掻き分けても、また闇がその口を開けているだけ。
また、闇が殺目を静かにその身と抱いた。
苦痛、焦躁、寂しさ。
そして、ゆっくりと殺目の躰を嬲る様にその闇が侵食し犯していくのだ。
モルヒネの効力が、ゆっくりと消えていき、代わりに傷みがやってきた……
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