複雑・ファジー小説
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- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.126 )
- 日時: 2016/11/11 00:47
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: nFRCnKe8)
殺華は、水場で洗濯と身を清めた後、寒さに震えながら母屋に戻ってきた。濡れた髪からはサボンの匂いがする。
母屋では、囲炉裏を囲んだ、頼母壮八(たのもそうはち)と、同じく元、私学校東軍四番大隊の指宿熊吉(いぶすきくまきち)が妙に行儀よく座って、飯を待っている。他の者達はまだ帰宅していないか、今晩は戻らないのだろう……
「俺いは反対っじゃ……従二位(にい)様に迷惑は掛けられぬ。そいにおいは、海江田(かえだ)が好かんとじゃい」
「……」
従二位様というのは元、薩摩藩の実質藩主である島津久光公の事である。海江田というのは久光党の一人だ。西郷と久光の仲は険悪で、これが幕末以降に薩摩事情を複雑にしていた原因である。
指宿は物静かな男である。ある意味で、薩摩隼人の典型的な人物と言っていい。一切の無駄の無い応答や出処進退の爽やかな好漢でもある。西郷が下野した際に、自らさっぱりと御親兵を辞意し薩摩に戻った陸軍将校である。これに反応せずに近衛に残った長州系の近衛士官達の側に殺女兵がいた。
殺目などは、その騒動を冷たい目で眺めていたのだ。殺華はこの、薩摩系の御親兵が西郷が下野するに、各個人が勝手に反応し、官位、職位を顧みずさっさと辞職する様が不思議だったし、理解ができなかった。
”薩人は西郷大将をまるで『母』か何かの様に思っているんじゃないのかな?”
殺華には不思議だったのだ、しかし、今は奇妙な事にその薩人の元近衛将校達と行を共にするという滑稽な立場にもなっている……
殺華は、戊辰戦争の頃に、長州諸隊の殺女の頭領だった殺死丸が嘆いていた言葉を思い出す。
「世の中というものは、どんなに勤め、粉骨を砕身しようとも、如何ともし難くなり申しまする……」
殺死丸が江戸の無血開城、徳川慶喜の死一等を免除すると官軍征討大督府で決定した時の一言である。
殺華は、何かに粉骨砕身した訳ではなかったが、この不思議な自分の立場も以前の身からは考えれれないな、とも思っていた。
「おぉ、殺華さぁ。肥えだらけん体ァ洗ってきもしたがか? 寒かろう、囲炉裏の火に当たりやんせ」
壮八が殺華に気付きそういった。
「うん、ありがと……」
指宿はコクリと頷くと目を瞑った。先程までの話はここで終わりという意味だろう。壮八もそれ以上その話はしなかった。
「まったく、薩人の横暴無頼は目に余るんだよ! 普通に訪いにいって肥溜めに叩き落されるなんてありえないんだょ!」
「薩摩ん若い暴気者(ぼっけもの)達じゃいな」
壮八は笑いながら言った。薩摩にはそういった壮気を喜ぶ風習がある。郷中制度(ごじゅせいど)によって子供の内から植え付けられる士風の一環だからだ。
「もう嫌だなんだよ、あんな事されてまで剣なんか覚えたくもないよ」
「だから、私は、官軍の服なぞ着て行くなと言った筈だぞ」
其処に、殺目が鉄鍋を持ってきた。
「な、なんだってぇ!! 今日は沢庵と汁だけじゃない!?」
殺華が狂喜する。ここ最近は飯に汁をかけ沢庵を一切れ囓って夕餉は終わりであった。
「いいから、囲炉裏の前を開けろ、火に掛ける」
殺目は囲炉裏の自在鉤に鉄鍋をかけ、火力を上げる為に火箸で墨を足し立て付けた。
鉄鍋の中には鶏と白菜、牛蒡、人参、大根、唐芋などが入り味噌が茹だっている。鶏は骨付きである。鶏の肝と軟骨、胸肉などで作った団子も入っていた。
「こや、薩摩汁じゃなかか? 殺目さぁ」
壮八がその匂いに感心する。
「あぁ、御親兵に居た時に薩摩兵と飯を食った時に憶えた……」
指宿も、その鍋の中身に懐かしい匂いを感じまた「うむ」と無言で頷いている。
丼に飯を盛ったりするのは殺華の仕事である。元来、薩摩には男尊女卑が強く、独身の女と話をする、飯を共にする、夜に相席するという習慣がない。しかし、幕末期に、精忠組の薩摩系の殺女や、長州系の殺女を知っている志士上がりの者達は、彼女達を”女”とは必ずしも見なさない。しかし、この場合は生活力のない薩摩士族共に気を使い、殺目が炊事洗濯をしてやっているのだ。しかし、存外に殺目は飯を作ったりする事が嫌いではなく、むしろ炊事は此処にいる者達には任せたくない様だ。
「文句は味をみてからにしてくれ」
殺華が不器用に丼に飯を盛って、椀に鍋を注ぐ。各自にそれが行き届き、皆が座に着くと壮八が手を合わせ言った。
「そいじゃっ」
それを合図に殺華が椀を啜って、丼を掻き込む。
「もう少し落ち着いて食え」
殺目が横目で嗜める。
「何を言っているんだい! 久しぶりの沢庵以外の夕餉だよっ!? 落ち着いていられるかね!」
横の薩摩藩士も、二人して似た様な飯の掻き込み方である。
「……味わうという事が出来んのか」
行儀のいい長州志士気質の殺目は、呆れながらも箸を進める。
「あいがとさげもした……」
不意に壮八が、殺目に頭を深く下げた……
「ん、あぁ……」
この飯の金は、殺目が着ていた官軍のマンテル仕立ての軍服を金に換えたあからである。その事を言っているのだろう。実質もう頼母達、薩摩士族軍の生き残りは先立つ金は無く、その日の飯にも困る有様である。
「お前達、薩人には金の管理など出来んだろう。どうせ飯の支度は私がやるんだ、私に任せてもらう。文句は言わせんぞ」
壮八も指宿も無言で頷いた。もとより、そういった事とは無縁の生き方であるらしい。この集団にとって殺目は何かと便利なのである。
「こいで焼酎(ショッチュ)がありゃ、文句はなかっもんで」
「だまれ! 調子にのるなっ」
殺華がアヒャヒャと笑い、指宿も小さく笑止した。
- Re: キチレツ大百科 ( No.127 )
- 日時: 2016/12/01 20:10
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: gUuaCkKN)
飯を食い終わると、殺目と殺華が表で飯茶碗や鉄鍋を水に浸し洗う。
指宿(いぶすき)が、外を小まめに警戒している。
「んだもした(どうした)? いぶすっどん」
頼母壮八が、囲炉裏の火を見つめながら静かに言った……
「ん……追っ手は?」
指宿は、殺華を襲撃した連中の仲間等はどうしたという意味で言った。薩摩藩士というものは、こういった極端に言葉数の少ない内で物事を伝えるのを美徳としている。
おい、先程はどうしてそうなった? その後の対処はどうなっているのだ!? などと慌てふためき朋輩に聞く事などは臆病のそれであり、恥ずべく行為なのである。
壮八も、此処ぞとばかりに誇大に飾ったような言葉で説明する事も無く、なんともないと言う様な素振りで対応する。此処には、相手を必要以上に心配させる事無く、且つ美々しく多くを語らないと言う士風なのである。
今の此の壮八の対応こそが、指宿に事の総てを納得させうるのだ。
あぁ、此の男のこの表情と吹かす風であれば心配は要るまいという意味で、また指宿は「うむ」といった。
壮八は、囲炉裏の焔を見つめながら考えあぐねていた。
(やはり、肥後に行き、本州へと渡りて蝦夷地に行くのが妥当か……)
壮八には、未だにわからない事があった。何故、自分達私学校党軍は本州に抜けようとせず、熊本城など追い落とそうと思ったのか。何故、陸軍大将近衛都督である大西郷ともあろうお人が、そんな無戦略な集団自決的真似を結果してしまったのか……
わからない、わかろうはずもない。何故なら西郷自体の戦略ではないからだ。ではなぜだ!? わからない、壮八にはわかろうはずもない。
壮八の見る囲炉裏の焔で、今も仲間の決死の姿が滲む。
砲音、奇声、剣戟の音。青空に舞い散った人の粒、銃剣突撃、薩摩切り込み隊、政府軍抜刀隊。西南の空が、何も言わず見ていた。燃える鹿児島市中、鼻を掠める弾丸の飛翔音。何故、あの時、桐野少将は自分達を置いて行ってしまったんだろう? 西郷と共に……
その言葉を、今此処にいる指宿に投げつけてやりたい。しかし、そんな事をしてどうなるものでもあるまいと思うと同時に、自らの、薩摩隼人(さつまはやと)の矜恃がそれを絶対に許さない。
頼母壮八にはわからない。それこそが西郷の心の奥底の悲痛であり西南戦争の悲劇だという事など。まだ、この壮八にはわからないのだ。
その矜恃たる誇りは、時に傲慢、血気、暴虐たりえてしまう事……
西南の役には、西郷の愛した『敬天愛人』はなかった。それは万物の流転に私心無しという意味合いである。しかし、西郷が最後に愛したのは、薩摩の血気奔る若者達だけであった。それは、時を超え、西郷自身が今まで散々と戦場に送り込み死んでいった薩摩の兵児達の鎮魂歌を奏でるかような、示現流(自顕流)の”猿叫”と共に。
表で「チェェェイ」と殺華の無邪気な薬丸自顕流の真似事が始まった。
それを聞いた時、壮八がはた、と我に返った。
「頼母く〜ん、チェェェェイ、キエー!!」
土間にいる壮八が、焔から視線を移す。何故だか、無性にあの無邪気な声の主の顔が見たくなったのだ。
背中越し言う。
「いぶすっどん……いつか、俺いにもわくっ時がくいじゃろか……」
夜空に、星屑……月は無し。
指宿が小さく吐き出す。
「そゃ……そや、おいにもっわかりゃ……せんっ」
殺華が怪訝な顔をする。
「ほぇ、どしたの……? 二人共、お腹イタイの……哭いているよ……?」
「ほっとけよ……」
殺目は黙って後片付けをしている。
それは、この時代を生きる人には、容易にはわからないものなのだ。
逆に言えば、わかっていながらも抗えなかったのが、西郷であり桐野だったのかもしれない。だから、此処に集まる薩軍、政府軍……元近衛士官達が生かされたのかもしれない。でも、そんな事は此処にいる連中には分かりはしないのだ。悲痛なほどに、滑稽な位に。
鹿児島市中の古着屋に、悍馬が乗り付け、軍人がマントを翻して鮮やかと下馬した。何やら、共を四、五人連れている。みな銃剣を携えた兵隊だ。
「この店(だな)の主人はいるか!」
「へ、へぇ。ひぁ! 官軍様っ!? ウチは何もしていませんよ」
この付近の店は、日が暮れると頑強に戸締りをして容易には出てこない。
「すまないな、驚かせたようで……戸締りを良くして用心しているようだが、そんなに最近は野盗が増えたか?」
「はぁ……は!」
店の主人が次の瞬間に驚いたのは、その颯爽たる軍の士官と思しき人物が女であることだった。しかも、まるで絵画の中の人物のような美麗な出で立ちであった。
- Re: キチレツ大百科 ( No.128 )
- 日時: 2016/12/14 18:19
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: q6B8cvef)
女は、店の主人を見下ろすと微笑んだ。
「安心しろ、何かしようと言うんじゃない。本日、官服がこの店に入ったと聞いた。其れを引き取りたい……それとどんな人物が売りに来たのか状況も聞きたいのだが……?」
店の主人は、思わず閉口する。
「ん……どうかしたか?」
「い、いえ、ね……」
その女は、官軍の高級将校と言う事が一目で分かる豪奢な軍装に身を纏っている。この時代の将校は、挙ってオーダーメイドで軍服を誂えていたので上官は統一性のない出で立ちである……
カシミアの生地に金モール、縄目紐には水牛の角を加工した鈕……外套は毛織で裏地迄付いている。軍帽から伸びる、長く艶めく黒髪がこの軍人が他とは異質だと物語っている。
(一体何者なんだ)
店の者達は恐怖する。
女はその視線に気付くと、表情を俄に崩して嫋やかな微笑を作る。
「あぁ、私は例外。気になさるな、軍にもこういう変り種がいるの……女が軍服を着ているのはやはり奇異(おか)しいかしら?」
「い、いえ! 滅相もないっ」
その時、表で銃声が鳴った。
「!」
店の主人と、その女房が頭を隠す様に伏せる。
「どうしたか!」
表で銃剣を構えている軍装姿の少女が下馬する。
「死連の姉者! 隣の方斬りにて闇夜に動く集団! 十人は居る。追討カ!?」
「安死愉(あんじゅ)! 追い散らせ!!」
「了解ス」
安死愉と言われた少女が飛び出していく。
「ふう……薩摩の御城下もこの有り様か、これでは流石に涙も出んな」
「へい、天朝様の世になってからというもの、廃藩置県におまけに増税だ。各地で一揆、士族様方の蜂起で商いどころか生きていくのがやっとでさ。私も人の事は言えませんが、戦(西南の役)に乗じて薩摩に入ってくるのは山賊、野犬に野良猫、挙げ句の果てには盗賊紛いの武装商人ときます。マトモな商いの私達にゃ肩身の狭い土地です……」
「あ、あんたっ!!」
主人の女房が血相を変える。
しまった、と口を閉じる主人。
「気にするな……その通りね、私には返す言葉もないわ。士族、軍属、華族共は社稷を念(おも)う事もなし……割りを食うのはいつも無辜の民だ。すまぬ」
「いえっ、とんでもない。そうだ、官軍様の服を売りに来た娘でしたか」
店の若い者が揃えた黒のラシャの筒袖を持ってくる。
死連は、その服を確認する。
「主人? 軍装品や何かはなかったか? 対革や武器の類は?」
「いえその筒袖のだけです」
死連は懐から十分すぎる銭を出し渡してやった。
「娘が売りに来た? 対応した者は居る?」
「はい、私が……」
店の主人の息子だろうか、まだ若い男だ。死連に慄きながらもチラチラと視線を向けている。やや、頬が上気しているようだ。
「売りに来た若い娘さんは、とても軍人には見えませんでした。大方戦場跡の屍体から引き剥がした物と思っていました……凄く色の白い、というか白子の様に、日に髪と肌が透ける娘さんで、口数が少なかったもので素性はわかりませんが、薩摩のお人ではない様に思います……」
*白子:アルビノン、先天性色素欠乏症。日本での最古の記述は清寧天皇、御名が白髪の皇子(しらかみのみこ)
「白子……!? 殺目か、わかった。ありがとう、世話をかけたな。もしまた変わった少女を見かけたら連絡をくれ。私の事は死連(しづれ)といえばわかる」
凛と死連は外に出て、鮮やかに馬に乗る。
「安死愉! 賊はどうなった!?」
軍帽を深く被り、ストールを口に巻いた安死愉が銃剣を肩に担いで歩いてくる。
「三人、殺った。後は遁走しました。スマン」
「集団の野盗か……タチが悪いな」
「でも、所詮、野盗、烏合の衆。ドウスル?」
死連は、誰もいなくなった夜闇を見つめる……
「いや、いい。明日、日が昇ったら市中を探索、警邏する。人を集めておけ」
「了解、ソウスル」
死連達は軍馬の腹を蹴ると、は再び闇夜に吸い込まれて行った。
殺華が、布団で大いびきをかき呑気に寝ている。先刻まで、頼母壮八と示現流の話や薩摩隼人がどうしたと言う様な話で盛り上がっていたのだ。殺華の寝ている横で、殺目が殺華に着せる為の羽織を縫っている。灯りが乏しいので、何度か針が手に刺さった。しかし、また明日殺華が軍服を着て外に遊びに出かければ、何某かにイジメられる。また泥んこになって帰って来られても敵わない。
それに、殺目自身も殺華には薬丸自顕流を習得するのが良いと思っている……
薬丸自顕流、野太刀自顕流は、如何に効率良く戦場で大太刀を振るい、立ち回るかを単純に教える撃剣術である。殺目の神道無念流や壮八の薩南示現流等よりも単純且つ憶えやすい。しかし、その分苦行とも言えるべき反復の練習が必要ではある。だが、馬鹿な殺華にはそういった反復稽古のほうが技術論より飲み込みが早いだろうと殺目は思っている。
「むにゃむにゃ、チェースト……」
殺華は寝返りを打ち、布団を端に飛ばしてしまう。
「まったく……」
殺目はそれを直してやると再び羽織に糸を通す。
壮八達はもう寝たのだろうか? 彼らは殺目達の部屋には夜は決して近づかず、この寺の本堂で布団もかけず板間で寝るのを常としている。薩摩兵児(さつまへご)は子供の頃より畳の上で死ぬのを本望とせず、布団で寝る習慣を捨てると言う。
殺目は最初にそれを聞いた時、なんて非効率的な風習だと笑止したのだが、彼らは聞かない。しかし、時々どうしようもなく底冷えする夜は、彼らが寝ている合間にボロ布などを掛けてやる。しかし、連中はちょっとやそっとでは風邪など引かない体質らしい。
其処には、何だか滑稽な様で、他の藩には見られない独特の愛嬌がある。最近、殺目にはそれが何故だか堪らなく面白くもあり、愛すべき彼らの魅力なのだと気付き始めた。だからこそ、今此の場で殺華と共に此の寺に一緒に身を寄せているのかもしれない。
しかし、何時までもこのままと言う訳にはいかないだろう。
(どうする……? 政府から逃れて、何処に行くというのだ)
結局は、政府や機智家の麾下以外、殺女(さつめ)には何処にも行く場所などない。
しかし、近衞御親兵が実質解散し、川路利良下の警視庁に殺女が編入してというもの、政府自体が殺女兵団を危険視すること憚らない以上は後戻りはできない。
もし、殺死丸(あやしまる)や死連などの頭領株が蜂起するというなら話は別だが、それはないだろう。死連は政府、もっといえば、大久保利通内務卿と大警視川路利良の麾下である。殺死丸は軍籍に無く機智家に預けられている。しかも機智家は陸軍卿山縣有朋の情報将校達に完全に包囲されているようなものだ。
自分は一体どうしたいのだろう……頼母壮八や薩摩兵児達は自分達よりもずっと短い寿命なのである。この先一緒に行を共にしても、彼らは先に死んでいくのだ。其の後、残された自分と殺華はどうしようというのだ。
殺目は裁縫を一段落すると、顔を洗いに席を立った……
- Re: キチレツ大百科 ( No.129 )
- 日時: 2016/12/19 22:59
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: ok2.wYGL)
殺目は顔を洗う為に、寝室を出て土間に向かう。すると、母屋にまだ灯りが点いている。表の水場で音がする……
「……壮八?」
月の無い宵、闇夜の中で独り、壮八が水を浴びて身を清めている。
「ん、おぉ殺目さぁ」
「うわぁぁ、前をむくなぁ!!」
壮八が豪快に笑う。
「あぁ、こや失礼しもした」
殺目が顔を赤くして視線を逸らす。
「何か拭く物を持ってくる。まったく、まだ冬だぞ」
「寒かとっこそ、冷たか水ん方が身も清めようもんじゃ」
「馬鹿……て、冷た! 飛沫を飛ばすな! 前を向くな」
土間で殺目は壮八に茶を煎れる。
「今日、市中に行ったときに色々と買い込んできたんだ」
壮八はそれをさも有り難そうに啜る。
「あいや、まこつ(誠)甘露とはこんこっじゃ……不思議と体がわくっぞ」
「茶くらいで大げさな……」
そのまま壮八は囲炉裏に向かい黙り込む。
壮八の顔が囲炉裏の焔をうけ赤銅色に映っている……
「……」
「……」
透明な静寂、それが部屋を満たしている。その時、囲炉裏の焔が散った。
最初に、口を開いたのは、意外な事に頼母だった。
「殺目さぁ……は、家族はおじゃっとかい?」
「? ……家族? 突然だな、家族、家族……姉妹なら腐る程いるか、な」
「おとっさぁとおかっさぁは?」
静寂。
「こやすまんこって、聞いてはいけんかったか」
殺目は少し微笑を含む。
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……分からないという事さ」
「わからんとな」
「あぁ、生まれてすぐには離されるのがしきたりだ。それに……しっているんだろう? 我々が尋常な人とは違うという事……」
壮八は、黙って頷く……
「おい達ゃ”精忠組”の小姓じゃっでん。死連さぁ達んこつは知っておいもそ」
「そう……じゃあ、そいつの妹だよ私も殺華も……」
「そや、美人な姉妹じゃ、わはははっ」
壮八の笑いが土間で空転する。
「どうしてだろうな……? お前に言われても、不思議な位嬉しくない」
「わはは……」
「私達は……そう、”人”ではない。人為的に造られた”人”と言うのが正しいと姉者が言っていた」
「死連さぁが?」
「ううん、死連は薩摩側に機智家から送られた”殺女”私達は長州側さ。その長州の殺女の頭領にだ」
「ほぉう、では、またこれは美人の娘子(おじょこ)さぁと見受ける」
壮八はそう言うと呑気にまだ笑っている。
「あぁ……美しいには、美しいが……とても凶怖(こわ)い、姉さ……」
殺目の、貌が笑う。壮八はその様子に何か見る。
「その姉者は、今のお前さぁらをどう思うごたるか?」
殺目は首を振る……
「わからない、あの姉だけは、本心というか……心根の底で何を考えているのかわからない、怖いよ……? ふふ。幕末での長州の志士を大規模に挑発し、京都や江戸市中での戦略的争乱、幕府軍への故意の挑発行動。全てあの殺死丸が絡んでいる。もちろんお前達、精忠組の死連もだがな」
「わからんか……本物の豪傑というもんはギリギリまで心の内を見せもさん。であっならば、そん姉じゃんまっこて本物の剛の者じゃいな。油断はできんか」
「もし、長姉が一人、殺死丸が来た時は、わたし達を黙って引き渡せばいい、それで済む。あれにご意見手出しは無用さ」
壮八は、今一度、尚更に豪気に笑った。
「そやできもはん! お前さらぁは俺いが守っちゃる。心配入りもはん!」
「バカ! そんな生易しい相手じゃない! 死連を知っているのだろう!?」
壮八は今度は黙って目を瞑る。
「おいは、仲間を見放さん」
「お前達は私達より早く死ぬ! 第一、私の方がお前より強い!」
「俺いの方が強かと……そいに、俺いが死によってん、俺いの息子、娘、その子らそしてまたその仔らがお前さぁらん味方じゃ。どうじゃ? わかったか!」
「……そんなの、信用できんちゃ。人間は簡単に嘘吐くっいうとじゃ」
「誰ぞが?」
「……姉者」
壮八が、ぐいと腕を伸ばし殺目の頭を力強く撫で回す。
「お前さぁは、姉者のもん(所有)じゃなかっじゃろがい……」
透明の静寂の中で、囲炉裏の中またバチリと炎が舞った。
「お前は……殺女(さつめ)が、いや”殺死丸”が、わっかていないからそう言えるんだ」
「お前さぁは暗か! そげんな昏か顔でおっぞ昏か行く末に行きよっぞ!? 大きく構えて笑っておった方が可愛かっぞ」
「馬鹿にするな、無礼者!!」
壮八の手を振り解く殺目。
「心配すうな、俺いはお前さぁらを見捨てらん……」
殺目はキッと壮八を睨む。
「黙れっ! 言っておくが”殺女”を嘗めるなよ!! それはこの私も同様だ!!」
壮八は、また囲炉裏の火を眺めている。
殺目は何だか居た堪れなくなり、飛び退るように寝室に戻っていった。
囲炉裏の前で、壮八は独り言ちる。
「”殺女”と”殺死丸”か……まっこて興味ぶかっごたる……」
鹿児島市中に屯営している、官軍第一旅団の営舎に死連が戻る。
「死連様! 何故に勝手にいかれたのです」
青年がそこに駆け寄ってきた。
「おや、大徳寺クンか……こんな夜分にどうしたね?」
「どうしたね、ではありません!! 何故、進発の際は私に言ってくれなかったのですか!?」
青年は大徳寺政直と言う。帝都東京より、右大臣、岩倉具視卿より死連の業務補佐という名目で押し付けられた公卿の息子である。要は岩倉の親戚筋の息子をお目付役に押し付けられたのだろう。しかし、実質には間者(スパイ)の様な役には立っておらず、死連も放っておいている始末である。
(可愛いものさ……)
死連は、殺死丸と共に幕末動乱には公卿を煽て上げ、時には刀を首元に押し付け、王政復古の大号令を成し遂げた者達の中心である。公家などはなんとも思っていない。しかし、公家という者は此の国では有史以来、勢力、つまり武力に靡く事を最もよく理解している。
「大徳寺クンには、慎吾君(西郷従道)への手紙や政府筋の動きを見てもらっていた積りだが?」
「何をいっておりまする、争闘の様な時には私もご一緒させて頂きたい! 此の私が死連さまの一番槍を務めたる所存であり申す! 何故に私にお声を掛けて下さりなんだ」
きたか、と死連は苦笑する。この公卿の息子の志士気取りには困ったものである。本人は無邪気な者だが、岩倉の親戚のガキを傷物にしても顔が立たない。だからと言っても戦場において公卿筋の者が役に立つはずも無し。死連がこの若者を連れていく意味など何もないのだ。だからと言って無下に追い返す訳にもいかない……
「貴様、調子にのるなよ。刃傷の場においてお前など役に立たず、スッコンデイロ!!」
安死愈(あんじゅ)が厳しく嗜める。
「しかしっ!! 私もおのこ(男子)に生まれた身であります! 殺女様がたに遅れをとっては当家の恥となりましょう! どうか、どうか!」
「何が恥だ! 貴様こそ女の腐った様な奴だ。カエレ!」
「もういい、言ってやるな安死愈。大徳寺クンも分かった。何かある時は必ず声をかける。今日はもう夜も遅い。やすみなさい」
大徳寺は肩を落として帰っていく。
「安死愈? カフィ(コーヒー)を煎れてくれないか……?」
死連は、舶来の煙草に磨石で火を点けた……
さて、どうするか? 安死愈の珈琲を待ちながら死連は想う。
- Re: キチレツ大百科 ( No.130 )
- 日時: 2016/12/24 01:07
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: P0ASGH54)
殺華の朝は早い……
殺華は朝起きると嗽をし小枝を毟り、枝の皮を剥がしたものを使い、血が出るまで歯磨きをする。そして厠に行くと、稽古を始めるのだ。
身を寄せている、この廃寺の庭に生えている柿の木に向かい木刀を只管叩きつけるのだ。壮八仕込みの示現流の捻り撃ちの右袈裟、そして左袈裟の連打である。只管撃ちづつける。気狂いの様に。それを二千回やるのが今の殺華にはやっとである。
「チェェェェェイイい! キイェー!!!」
気狂いな奇声をあげてひたぶるに、柿の木へと左右の連撃を刃筋を立てて繰り返すのは至難の技である。
そしてこの撃ち方には独特のコツがいる。左手の肘から下を一寸も動かしてはならないのだ。その狭い構えで連撃を続けるのは非常に困難であり体力の消耗も激しい。
だが、殺華がこれから習おうという薬丸流の剣はこの示現流とは撃ち方がまた違ってくるのだ。しかし殺華は今知っているこの薩南示現流の剣を必死と打つのだ。
「チィェェェ!!」
「おぉ、殺華さぁ、気張っておじゃっとね!」
「頼母くん! 最近ね、足元がブれなくなった。なんで? なんでなんで? あれだけ同じ所を叩けなかったのに、今は叩く範囲を決められるんだょ〜!! チィェーイ」
壮八は表で座しながら言う、飛太刀流の指宿も関心を向けている。
「そやええこっじゃ、お前さぁ良く山岳連歩をやっとっ、そんあかしでん」
「よか……打ちっじゃな」
「山中を転げまわることが?」
壮八は強く頷く。
「そっじゃ、ないごつ(何事)も基本は強か足腰で決まりもんそ」
「へぇ〜、よーし! チィェェェ!チィェーイエーイ」
「あぁぁ、朝から気違い沙汰など堪らぬな、頭が痛い」
殺目は朝が苦手である。時々八時頃まで目を覚まさない時もある。
「殺目ちゃんはダラシないんだょ!」
「うるさい、殺華! 壮八……昨日は、その、気が早った。済まない」
壮八はそれに腹の音で答える。
「あ、こやすんもさん。俺いの腹が先に返事をしょってん」
殺華が大笑いし、指宿も苦笑いである。殺目は襷をかけると急いで土間へ向かった。
薩摩藩士どもは、また、朝飯ができるまではきちんと子供のように正座である。
殺華は水を浴びるとドタドタ朝自宅である。
「あ、あ、殺目ちゃーーん!! 大変だよ、僕の着物が、着物がぁぁぁ」
「なんだ、やかましい……くっ、頭が痛い」
「すごいや! 着替えに羽織と袴が! しかも若干縫い目が雑だけど僕の寸丈と合わせているよ!?」
「あぁ、若干雑で悪かったな、手元が暗かったんだ捨て置け。それに自分の軍服のメリヤスのシャツを着ていけば書生風の出来上がりだな。今日からそれで遊びに行け」
「うぉぉぉぉ、チェーストォオ!!」
「うるさいんだよ」
「よし! 今日も肝付邸に突貫するゾォ! 薬丸どんの剣をモノにするんんだっ!!」
「どうせまた、肥に叩き落されるぞ、洗うのはお前だからな! 壮八っ! 何かお前から手紙か名刺でも呉てやれないのか!? 毎度、泥だらけの肥だらけではかなわぬ」
殺目が釜をに息を吹きながら言った。
「そいでん、肝付どんの家に迷惑がかかっとじゃ……おい達はお尋ねもんっじゃ、そげん、島津中将(藩父、久光の事)にも話が行っとまぁ面倒っなおす」
殺目が飯桶に飯をよそる。
「島津は未だに面倒くさいな。フフフ」
少し意地の悪い顔をして殺目が飯桶と沢庵の皿を持ってくる……
西郷私学校党軍は、実質、久光とは割れている。しかし郷中という街の藩教育は士道絶対、島津円十字の奴隷である。しかし久光は西郷と仲が悪く、西郷も久光も心底軽蔑し合っている。しかし、薩摩武士たるもの表向きに久光を侮辱するなどはあり得ないのである。長州の高杉晋作はならば久光を暗殺しようと企てた程である。
だが、多くの薩摩の兵児達は西郷の為に死する事を羨望としている。だが、久光が死ねと言っても死なねばならぬのは当たり前の事でもあるのだ。
殺目はその気分が分からないし、ある種愚かだと思っていた。
「実質、力ももうなく、ただの保守的な殿様気分のジジィだろうに」
「殺目殿……勘弁してやれ」
指宿は壮八の事を思い言ったのだろう。
「そんな事だから……お前達も、死んだ西郷も悲痛を捨てられないんじゃないか」
指宿が目を閉じ、飯に向かい手を合わせる。
「では……貴女が持つ、その悲痛はどうだというのだ……貴女は、いや、言うまい。頂きもす……」
「ふん……わかりたくもないサ」
「御免」
壮八が小さくそういうと、この話は終わった。
「……殺華? 何をしている?」
殺華は飯を掻き込み、汁を飲むと、沢庵を残し、飯桶の飯をよそって自分の拳よりでかいおにぎりを作っている。
「出先で食べる弁当だょ!! 腹が減っては何とやらだからね!」
「あぁ、そうか……」
そういうと、殺目は三人を残し表に行く。庭や侵入跡がないか確認するのだ。もうすぐ夜明けだ。殺華の稽古した跡の柿の木の左右が綺麗に皮が削がれている。
まだ、冷たい夜気の残る表の空気。まるで深遠で、まるで純粋な透明なもの。それでも、京都の方が寒かった。でも長州はもっと寒かったし、この薩摩同様に何もなかった。武家屋敷と田畑、そんなものばかりだった。
まだ開けてない闇夜を、切り裂く様に殺目は歩みを進めている。女物の着物は足元が儘ならないので殺目は袴の方が好きである。筒袖のズボンも悪くないし実際便利だった。しかし長州の黒い小倉袴が一番履き慣れていた。
寺の敷地外に出た。ここからだと朝日が昇るのを少しだけ拝める。
「悲痛か……連中の、そして私の……でも、私はその悲痛さえ朧げで曖昧だよ」
一人、殺目は消え入る声で言った。朝日が昇ってくる。
あぁ、きょうは一体どうしよう? どうすればいいのだ?
また、女の様に街に買い物にい行き、炊事洗濯などするのか。しかし、そういうのもなかなか悪くないと思う自分もいる。昨夜の賊の子供の頭を、団子に串を刺す様に殺してやった時、壮八の目が寂しく、自分を見ていた。あの目が嫌いだ。
天中に上がろうとする太陽は、何があろうが同じ様に上がり同じ様沈む……
何だか殺目には、そちらの方がよっぽど酷ではないかと思える。
いつも、そうだ……
次は、何時……戦になるのだろう? それとも、このまま此処にいるのだろうか? それはない。此処は時期に追っ手に見つかるだろう。
最近分からないのだ、自分は一体何がしたいのだろう。暗殺? 戦争? 工作? 撹乱や間者(スパイ)? それとも実は女の様に誰かに尽くすのか? 飯を作り、家を手入れし、ふろをわかすか?
なにが、望みか?
「殺目ちゃ〜〜〜ん!!」
「なんだ? バカの声がするな?」
「馬鹿じゃないよ、殺華だよ? 今日も行ってくるよ」
「うん」
ふいに殺華が殺目に抱きついてきた。
「!?」
「着物ありがとう……ね。最近ね、殺目ちゃんと何時も一緒で楽しいよ?」
「そうか……」
「だって長州にいた頃や、京都の長州藩邸にいた頃は何時も忙しかったじゃないか?」
「あぁ」
「蛤御門の時、ごめんね。加呼子ちゃんの事、僕……」
そのとき、殺目の頭に浮かび上がる燃える京都の鷹司邸と長州藩邸が浮かぶ。
「しょうがないのさ、アレは……しょうがない、どうしようもなかったんだ」
「ごめんね、ごめんね! 僕が目を離したから!!」
泣きじゃくる殺華。
「僕は、剣を覚えて強くなるよ! 殺目ちゃんを守るんだょ! それと……いつか、いつか! 加呼子ちゃんを……探しに行こう! ねっ!?」
「ふふ、私の為に? そうか……もう、おいき。朝日が、上りきる前に」
「……うん、大丈夫……?」
「あぁ、いけ。飯には戻ってくるんだぞ」
「うん」
殺華が行く背がみえなくなった。
「死に子を探して……何になるの」
明確な悲痛が、殺目の胸を締め付けた……
鹿児島市中には何故か野良猫や、野犬が多くなった。
恐らく、戦場跡の屍体に寄せられ、その跡は壊れた民家の跡や田畑を荒らしているのだろう……
野犬の群れに、男が囲まれている。
「んんん、猫やエノコロ(犬)がうぜらしかな……」
そう呟いた若侍は、綺麗に髷を剃り、未だに大小の両刀を兵児帯に差している。
そして、その侍は一匹の犬を鷲掴みにして顎を外した。その後すかさず、首を捻り殺した。若侍は大喝する!
「くん、汝(わい)らぁ!! 猫でん犬でん容赦せんっど!!!」
野犬どもが追い散らされる……
「へぇぇぇぇ、君、凄いね。凄いや! 野犬をそんなに上手にシメるの初めて見たよぉぉ」
若侍が得意そうな顔をする。
「ないじゃ? エノコロなぞ薩摩の若ごぜじゃあ、こうやるっじゃ。最近の兵児たちゃやらんにゃが、度胸んたりなかっこつ」
殺華はわかった様なわからない様な顔で笑う。
「なんにせよ、大した特技だよぉ」
「お前さ他藩人か? どこぜんもんかい」
「僕? 長州だけど生まれは江戸かな。この前まで東京にいたよ」
若侍は殺華の頭から足元まで見下ろす。
「ふ〜ん、まぁ薩長のよしみでん、家においでんさい、飯を食わせてやいもそ」
「え、え、え!! 本当! 朝餉はもう済んだけど、お呼ばれなら断ることはできないよぉぉ」
殺華は体をくの字に曲げて伸びをしながら笑った。
「食い意地が張ってん和郎じゃ! がはははは」
「わはははは」
殺華はこの若侍と肩を並べて歩いて行った。
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