複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.36 )
- 日時: 2015/12/12 02:19
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: blFCHlg4)
殺目(あやめ)はトイレに隠されていた包みを開ける。
タクティクスナイフが二本、黒い防刃手袋、そして手榴弾が三つ。
M26手榴弾……通称『レモン』、殺傷範囲は15メートル程度の物だ。これは破裂した際に金属片をあたりに撒き散らし敵を殺傷する範囲である。よくTV等で車輌や建物が爆発炎上し吹っ飛んでいる画があるが、あれは誤解である。ちなみにゲリラやテロリストは敵の戦車内にこれを入れて逃げる。すると戦車の中にある弾薬などの誘爆により爆発を起こす。こういったゲリラ戦にも応用される、投擲用殺傷兵器である。
この手榴弾は、自衛隊でも採用されていた物だ。今回の作戦を起こすにあたり、頼母達は自衛隊の武器庫に侵入し大量の武器弾薬を奪っていた。自衛隊では、余りにも嘗て無い程の大胆な武器弾薬の喪失を未だ世間には発表できないでいた。
それは本来自衛隊の武器庫を襲う、侵入するなどは絶対に不可能な事だからだ。非公開の場所、厳重な警備、厳密な在庫管理や、書類上の管理、もちろん完全にスタンドアロン化したコンピュータでの管理もしている。それでも武器弾薬の喪失がある場合は身内のミスか、または……
其の為に、今回の武器喪失事件は明るみにはなっていない。市ヶ谷や自衛隊内では全力の捜査が行われていた。しかし未だ其れ等の使用した形跡等の事件は無かった。
殺目はタクティカルナイフを使い、エレベーターの扉の隙間に差し込みテコの原理で指の隙間の入る範囲をこじ開ける。そして手動でその扉をゆっくりと開ける。
関節式油圧ジャッキのエレベーターだ。殺目はまず人の乗るカゴを一番上の階に上げる。
すると殺目の眺める下には真っ暗な空間ができる。そこは地上に繋がっている……吹き抜ける風が殺目の頬を撫でる。キャスケットが、一瞬飛んでいきそうになる位の突風が下から上へと吹き上げる。殺目の栗色の髪がふわりと踊る様に舞い上がる……
「ふん……まぁ、脅しとしては十分かな?」
殺目は手榴弾のピンを抜くと、それを足元に広がる闇へと落とした。
4・5秒後……
バスン! という振動が鳴る、丁度軽車両の衝突事故位の衝撃だろうか。
しかしその振動はエレベーターのカゴが通る空間で反響し凄まじい音が後から残響する。
殺目はニタリと笑う。
これで、もう相手勢力はエレベーターを使うと言う部隊の運用手段は考えない。ビル内にエレベーターは数あれど、一基だけでいい。一基に何かトラップを疑えさえすれば、もう、エレベーターという手段は避けるのが基本であろう。
殺目は非常階段で下へと降りる。
「さぁ、そろそろ気づけよ? これは戦争さ」
階段を下りる最中、殺目の耳に聞こえて来る音……
「!?」
反応! 反射的に音の方角に、先程屠り去った部隊から奪ったMP5を向ける!
銃口の先にいたのは学校の制服だろうか、殺目の余り見慣れない服を着た少女が踞り泣いている。
昔の海軍のような服……あれ等は現代では女学生辺りに支給されると聞くな。
チッ……まだこのビル内にウロウロしている一般人がいるのか……
よく見れば、やはり子供だ。TV等で見る、女子……高生? と呼ばれるガキだな。
どうする……恐らく此処には敵勢力の制圧が来るだろう。
今階下では集まった機動隊等が防弾盾で身を屈ませながらエレベータ前方に標準を合わせている。まぁいい、放っておくか敵ではあるまい。
「……おい、お前」
何故、殺目は放っておこうと思った少女に声を掛けたのか解らなかった。しかし、何故か態々声を掛けてしまった……
「あの、あの……わた、私しし、お父さんと、あ、あああ……」
少女は、一時時的なショック状態に陥っている。恐らく先程の上の階での銃撃と今さっきの爆発音がその原因である。
「あ、あ……あ、あああの、すい、すい、ません。わ、わたわた、しし、あれ? おか、おかしいなな」
チィッ! 殺目は心の中で舌打ちをする。パニックアタックによる一時的な発作が起きている。これはPTSD迄いってはいないが、放っておけば症状が悪くなる兆候だ。
「くそ、面倒臭い!」
「ああ、あああすいすいごごめんんな」
「しゃべるな! 舌を噛む」
殺目は直ぐにその少女をおぶさり、ビル10階のフロアに入り自販機横のベンチに少女を横にする。
不細工なカバのアップリケのヒップバッグ。そこから小さなメタルケースを取り出す殺目。軽度の精神安定剤、自販機で水を買い少女へと其れを嚥下させる。
「いいか? 返事はしなくていい。舌を口の中の下顎へと付けろ、鼻で息を吸い、口で静かに吐くんだ。いいな? 肩で息をするなよ? ゆっくりだ……そう、ゆっくり」
少女は言われた通りに、ゆっくりと息を鼻で吸い、口で吐く。
「あ、あの」
「いいから! 喋るんじゃない。息を吸い、吐く! 集中しろ」
少女は頷きながら、殺目の言われた通りにする。
私は何をしているのだ……今は作戦中だぞ、いやこの少女は人質にでも使うか? いや、却って足手まといだ。私は……先程の交戦でどこか壊れたのか?
殺目は確認する、太ももに裂傷、肩口に擦過傷が少々と言う所か……全て軽い銃創だ。
殺女(さつめ、コロ・スケ)は度重なる戦闘経験により、火器への対処を心得ている。
銃とは、バレル内の炸裂の運動エネルギーにより、弾丸を目標へと飛翔させ人体に損傷を与える武器だ。しかし銃は構えてから、標準を定め、トリガを引く、バレル内の爆発により弾が発射される。しかもこの際にマズルジャンプ(反動)があり銃口が跳ね上げられるのだ。そして銃弾は螺旋を描いて飛んでいく、その際、大気との摩擦、そして重力がこの弾に作用するのだ。であるからして、必ずしも真っ直ぐには進まない。
殺女は、驚異的な脚を使い常に動き、銃口を見据え、感覚で感じながら駆け戦闘行為を行う。特に先程の組織戦では、敢えて相手側に突っ込んでいった。それは相手の銃口や火線の目標上に味方がいる、というシチュエーションを作り銃による一斉掃射を防ぐ為なのだ。
普通の人間は、そうはいかない。銃口への驚異、銃声や飛び荒む火線への恐怖、防衛本能……其れ等が働く、邪魔をするのだ。
銃弾飛び交う中で動き回る等、自殺行為だ。
しかし、殺女は心得ている。動かない事、それが一番の標的となる行為だと……
(もちろん、戦場の範囲や規模、相手の装備、人数によって此れ等は即時応対する)
「頭部への損傷はない……な」
殺目は、モシャモシャと頭をさするとまたキャスケットを目深に被った。
「え!? あ、あ……貴女、こ、コロちゃん!?」
「!?」
殺目は思わず少女をその鋭い眼光と共に捉える!
「貴様……今、何と言った!?」
- Re: キチレツ大百科 ( No.37 )
- 日時: 2015/12/12 11:58
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: nhNwt9Dt)
「お前は……私に似ている人物に、心当たりがあるのだな?」
殺目(あやめ)の眼光は、鋭利なナイフの如く光を放つ。ゴキリと首が鳴り、顔が斜めに向いた。突然の殺目が見せた、鬼気迫る暗がりに動揺する少女。
暗く深い、それは、とても冷い”何か”だ。少女は、其れを正しくは認識できなかった。それは、幸いだったのかもしれない……
少女には、恐らく何か言っては不味い事があったのか疑う程度であったろう。勿論、少女はこの上で何が起こっていたかなど、具体的には知る由も無い。
「え!? あ……ああ、あの」
少女の怯えた瞳に殺目が映る。それが鏡のように殺目へと反射する。
クッ!? 何をやっている! こんな真似をすれば、またガキは怯え出すに決まっている。しかし、どうすればいいか……こんな時に下っ端の巳白や、妹にあたる殺華が居ればな。しかし、今はこのガキから知りたい情報を聞き出すのは無理か……
「いや! な、何でもない、すまん。そ、そうだ私は厠いや、手洗いに行きたかったのだ! そ、そうだ此処で待っていろ、行ってくる。あ、案ずるな! すぐ戻って来るから」
「え……は、はいい、ああの……の」
「ん? どうした、どこか痛むか? え?」
「あああり……がと」
痙攣する唇で必死に振り絞ったであろう言葉。余りにも無防備で、余りにも素直な言葉。
殺目は、その一瞬だけが切り取られて脳裏に直接響き、届く様な妙な感覚を覚えた。
「いい、少し横になっていろ……」
少女は、その言葉に幽かな笑顔を向けて応えた。何故か殺目は、思わずその場から逃げ出したくなる衝動に駆られ急いで階段の踊り場へと駆ける。
殺目は、非常階段に置いてきた太刀を回収する。
あの娘……恐らく殺女(さつめ)を知っている! 教導団隷下以外の、生き残った殺女だろう。何と言う偶然か、これは人間で言うところの因果というものなのか? あのガキは生きたまま連れて行こう! しかし、この血染めの太刀は余りにもだな。敵の動きも気になる。予想外に骨を折る作戦になってしまったが、面白い! 人の因果、定め、生死が交差するこの感覚は悪くない! ガキは邪魔になれば、盾にするか始末すればいい。殺目は太刀の血を拭いながら考えた。
パークタワー1階では、公安と内閣情報調査室、日本戦略発生学機関と言うシンクタンクの人間達が集まっていた。警備部、刑事部は本庁からの緊急指示で捜査協力を受けざる得ない形となった。内閣情報調査室の次長は、警察の元トップやそれに近い人間が席を占めるポストだ。恐らく其処からの超法規的な指示があったのだろう。
しかし、警備部、刑事部は納得が行く訳がない。
日本戦略発生学機関の所長、機智英一(きち えいいち)が手元の資料を眺めている。
黒尽くめ、見るからに怪しい風貌だ……色が白く、痩せ型の男。背丈は低くない。しかし男にしては長い髪をしている。カラスの羽の様な色艶を持った髪が肩迄垂らされている。そこに山高帽を被り、インテリチックな眼鏡をかけている……年の頃は幾つであろうか? 恐らく三十代ではあろうが、若く見えるだろう事が分かる。怜悧な顔だ、まるで薄墨で線を構成した様な冷淡で鋭い印象の男だった。
「目標は殺・女(コロ・スケ)型式はTYPE:Mの殺目(あやめ)だな……”例の部隊”の所属と見て間違いないよ。やはり警察のこの装備だとキツイな……」
内調の職員が説明を求める。
「型式とは、どういう分類なのですか?」
機智英一はふむ、と言い説明を始める。現場の捜査員達の忌々しげな視線など御構い無しだ。
「TYPE:S(14〜15歳)TYPE:M(16〜19歳)TYPE:L(20~25歳)で彼女達の外見基準だ、年齢の高い殺女は、比較的精神状態が落ち着いた者が多い。従って過去の戦争での戦闘投入回数が多い。つまり殆どが破壊され、生き残りは極めて少ない。TYPE:S、TYPE:Mもほぼ残存数は無いとは思うが、はっきりとした数は不明だ。私の情報では、明治政府からの引き継ぎ、旧日本軍に所属した部隊。その名残から、自衛隊の秘匿部隊に少なくとも五体は居る。恐らくほぼTYPE:Mであろう、その一つが殺目だ。そして……」
機智英一は、周りにいる者達にだけ聞こえる声で静かに言う。
「諸君らの目の前にいる、彼女が殺・女(コロ・スケ)型式TYPE:Lの殺死丸(あやしまる)だ。恐れなくていい、私の指揮下にある」
その場の人間達は、思わず息を飲む! 話にだけ聞いていた、歴史の影で暗躍した暗殺人形。傀儡、絡繰の隠者(隠密)である殺・女(さつめ、コロ・スケ)。
「し、失礼ですが。と、とてもじゃないが、にわかに信じられる話では……」
何人かは、やはり懐疑的な表情を隠しきれない。
「ホホホホ、昨日今日、インテリジェンスコミュニティー(情報機関)に属した小僧に解る訳ありますまいわ? そうでしょう、機知烈斎様!? 此れこそ、そう……この現(うつつ)は奇妙奇天烈と言う事でございましょうに……ねぇ」
その時、エレベータから凄まじい衝撃音が鳴り響いた!
辺りは騒然となる。
それを歯牙にもかけず、嘲笑う殺死丸。
機知英一は、忌々しげな顔で眼鏡のフレームをクイと上げる。
マズイな……このままでは警備部と刑事部のメンツが立たない。殉職者を出した直後に他所者の介入だ、気が立たない訳が無い。捜査の協力という介入は認められたが、最終的な作戦の判断権は飽くまで警備部部長であるだろう。やはり、このままでは鉾を収める気は無いか。
「どう致しましたの? 所長!? ホホホ、ささっ、早いところ命令をば! 不肖の妹の討伐にはピッタリのエモノを持ってきてましてよ?」
殺死丸は軽く左肩に担いだ黒い布に包まれた棒状の物を見遣る。
「穂先は伊勢桑名の千子村正(せんじむらまさ)を召していますわ! ホホホホ」
機知英一は溜息をつく……
「また物騒な武器の選択だな? アヤよ」
「んまぁ! 機知烈斎ともあろうお方が、未だにあんな馬鹿らしい妖刀話をお信じで!?
大体、機知家は家康公、御自ら褒美として村正を頂いておりますのよ? 家康公の怪我や徳川家の斬首に偶々村正がなっただけ、後は後世の作り話でしてよ? 伊勢の村正は当時は”強い”、”斬れる”、”安い”の三拍子でしたのよ! 道具としてこれだけ信頼に足る物はなくてですわ! オホホホホ」
爛々と殺死丸の眼が光る、ヌラヌラとそれは潤んでいるかの様に光を放つ。
「くそ、此の場で殺女同士の戦いと同時に警察の特殊部隊の三つ巴は最悪の展開だ……確実に、戦域は広がる。しかし、何かが引っかかる! ”例の部隊”は、まさかこれを狙っているのか……しかし、悪戯に戦域拡大して何になると言うのだ」
「まぁまぁ、例の部隊なんて……男ははっきり物事を云うべきではありません事?? ホホホホホ!」
「馬鹿! 此の場でデカイ声で部隊の正式名称でも言ってみろ? 俺は一週間以内に死体でどっかに揚がっているだろうよ?」
機知英一は、帽子に着いた埃を軽くはたき自虐的に笑う。
「まぁ!まあまあ……ふふふ、いけません。そんな事、此の私がさせません事よ? ご当主さま?」
「フン、最悪の事態は避けたい。ビル上階にいる殺目、任せられるか? アヤ」
赤い口紅、ギラリと刃物の笑みで応える殺死丸。
「……仰ノ儘、仕リ候」
- Re: キチレツ大百科 ( No.38 )
- 日時: 2015/12/29 03:03
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: p.mkGea5)
ピンヒールの足音と歌が残響する……
非常階段を昇るその黒い影は、唇を吊り上げながら嗤い、歌っていた。
「汨羅(べきら)の〜渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の〜雲は乱れ飛ぶ!
混濁(こんだく)の世に我れ〜立てば〜
義憤に、燃えて〜、血潮湧く〜」
昭和維新の歌……
嘗て、このビルの跡地に建っていた、山王ホテルは二・二六事件のクーデターの司令部として接収された。その時、若い将校達も士気の高揚の為に歌ったいたとされる歌だ。(※著作権消滅)
黒い影は、鼻歌交じりに買い物にでも行くような軽い足取りだ。
特徴的なデザインのラペルを持つピンストライプのスーツ。深いスリットのタイトスカートから伸びる脚は、ヒールを通じ硬質な階段をカツンカツンと鳴らしている。その音を伴奏に歌は弾み、影の持ち主の心も同様に沸き立っている様だ。
するとその影は一瞬、すんと鼻を鳴らす。長いストレートの黒髪が僅か揺れる。
その仕草は、大人びた服装と相反する様な少女じみた可憐が見える。思えばその姿はどこか奇異な印象が付きまとう。正確な年の頃は判らないが、まるで若い娘が無理をした様な華やかな化粧と洋服を纏っている。しかし、その全身から沸き立つる雰囲気、眼光はとても少女が持てる様なものではない。
「ホホ……血の、匂い」
影の持ち主、殺死丸(あやしまる)はそう言うと、いつの間にか足音が無音と溶けた。そしてその気配は、空間に満たされた大気へと流れる様に移動を再開した。
もう歌も、足音すらも聞こえない。
「ねぇ……貴女、名前は?」
「……チッ! そんな事はどうでもいい。黙って休んでいろ」
殺目(あやめ)は、自販機横のベンチの少女に向け言い放つ。
「ご、ごめんなさい。親切にされたからせめて名前を聞きたかったの」
親切だと……何を言っているんだ、このガキは。殺目は、心の中で何故かこの少女の扱いに困り果てていた。この少女は殺女(さつめ、コロ・スケ)を知っている。殺目は脅し上げて、その内訳を喋らせる事も出来たであろうが、そんな気には到底なれずにいた。それが自分でも腹立たしいやら、情けないやら、何やら蟠りとなって心の臓を揺さぶるのだ。嘆かわしい! そんな思いが過るのだが、そんなものに感けてもいられない。
最早、此処は自分が望んでいたであろう戦場なのだ。
しかし、何故かそれに十分に集中できない自分がいる。それが殺目にはどうにも理解できないし口惜しくもあるのだ。
「私の名前はね、読田詠子(よみだ よみこ)て言うの……変な名前よね? コンプレックスなの。どうしてこんな適当な名前を付けたんだろうって」
殺目には、大して興味のない話だった。しかし、この読田と言う苗字は頭の中に記憶した。
「確かに、珍奇な名だな。しかし”詠”と言う字には人の心をみる、つまり思いやると言う意味合いもある。お前の親はそういった意味で付けた名だろう」
詠子はキョトンとした顔で殺目を見ている。
「そんな事を言われたのは初めてよ。貴女、そんなに歳も離れていないのになんだか私とはぜんぜん違うのね! 大人っぽいていうか……なんだか素敵よ」
詠子は、その年代特有の少女らしさを持った瞳で殺目を見ている。それは真っ直ぐすぎる位に殺目に向けられている。しかし殺目にしてみれば、その瞳の輝きみたいな生々しい無邪気は、少々残酷であり辛いものがあった。
「うるさい! そんな事……どうでもいい」
「どうしたの?」
「別に、なんでもないわ」
殺目は、詠子と名乗る少女から目を逸らした。
しかし、詠子は殺目に興味が湧いたのだろう、その視線の無邪気はブレる事なく真っ直ぐに殺目を捉えたまま離さない。
「ねぇ? 良かったらお名前教えて?」
よく喋るガキだ……キャスケットを目深に被り直しながら殺目は思った。
そう言えば妹の殺華(さっか)もよく喋るな……この詠子はあいつ程はけたたましさは感じないが。そう思うと殺目にも何やら妙な可笑しみが心の隅から湧き上がってきた。
「フフフ、キッキッキ! 私の名は……あやめ、だ詠子よ」
「あやめちゃん? いい名前ね?」
「ちゃん!? ……別に、いいが」
妹以外に自分をちゃん付けで呼ぶ者等は居ないので、どうも収まりの悪いような気恥ずかしさを殺目は覚える。
「ところで、何故お前はこのビルに居るんだ?」
すると、詠子は思い出したかのように声を強張らせた。
「そうだ! 私お父さんと下の階で待ち合わせをしていたの! 夕飯を外で食べるからって。そしたら上で大騒ぎがあったから心配になって上に来たの! でもお父さんのオフィスが何処に在るか分からなくって、日本ミラージュって会社なの……」
殺目は心の中で自分を笑う。
笑止! 何が人の因果よ……己が自身もその禍のなかであろうがや!
殺目は無機質な視線で、詠子の姿を捉えていた……
- Re: キチレツ大百科 ( No.39 )
- 日時: 2015/12/30 15:59
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: ngeMfYox)
「そうか……お前の親はミラージュの社員か」
「え? お父さんの会社を知っているの? ていっても前は違う会社だったの。今はそこを辞めて新しい会社に移ったの」
「へぇ……じゃあ、お前の父は貿易会社、洋行の元社員だな?」
「ええ、確か貿易会社っていってたわ。でも……なんでそんな事知っているの?」
殺目(あやめ)は、目深に被る帽子のツバから詠子(よみこ)を薄目で睨める。
「その会社が主に取り扱っている物はATACMS(アーミー・タクティカル・ミサイル・システム)と言う。それは多連装ロケットシステムから打ち出されるミサイル防衛の要さ」
「ミサイル……?」
「そう、国の防衛の要だ。MLRS(マルチプル・ラウンチ・ロケット・システム)から撃ち出される。長距離阻止砲撃用兵器だ。それを扱う貿易の商社がお前の父の嘗ての勤め先だ」
「ミサイル、防衛?」
「そう、それは”國の威”だよ? それをミラージュの連中は玩具にした」
「意味が、わからないわ」
「君の父やその他の連中はね? 一斉に会社の機密とともに企業を離脱した。そして、國の威たる事をまるで只の経済商品の如く扱い、競合企業との秘密結託などを画策した、と言えば分かりやすいかな……いや、そんな簡単な事でもないし、それだけの事ではない。でもね……”我々”は、それを決して赦さない」
殺目は静かに言葉を紡ぐ。しかし、僅かに胸の奥が疼く感覚が煩わしい。そんな事は初めてだった。だが、躊躇いや悔悟の念は微塵もなかった。
「なに……どうしたの? 何が言いたいの!? 何でお父さんの会社を知っているの? どうして? なんで……わからないわ」
殺目は、また詠子から視線を外した。
「お前の親父はもういない……諦めろ」
「え……! え、なんで、突然そんな事を言うの!?」
「それは、私が先ほど殺したからだ。お前の父の会社の社員を、全員さ……」
殺目は、自販機横に詠子から見えない位置に置いていた、太刀と銃を引き寄せる。
「はっ……!? それは? 何? それ……え! そんな、変な冗談止めて! 貴女は……あやめちゃんは……!」
「私が……殺したんだよ。お前の父も、その同僚も皆んなね?」
「嘘よ……だって、だって貴女は……貴女は私に親切にしてくれて……だって!」
詠子の手に持っている殺目に貰ったペットボトルのミネラルウォーターが揺れた。
「弁解する気もないし、お前に言ったところで理解もできまい。仇(あだ)を討つのは構わんが、その場合は詠子、お前は自らを賭す事となる……」
「何を言っているの!! 理解できない! どうしたの? そんな冗談止めてよ!」
「あぁ、お前には理解できない。お前には解らない」
「理解が出来なければ、殺されなきゃ……いけないの?」
殺目は太刀を握る。詠子の目にその刀身の反射する光が映る。
「いいや……そうじゃない。莫迦な奴は、死ぬしかない。だから……」
「本当に、本当に……殺したの?」
殺目は詠子を見ない。
「あやめちゃん……」
「お前の父は、私が殺したよ?」
「嘘……! どうして……!?」
その瞬間、吹き荒ぶ突風! 突然に黒い布が二人を襲う!
瞬く間に、殺目と詠子はお互いを見失う。
「きぃぃぃぇやぁぁぁぁ!!」
黒い布が二人を隔絶したと思いきや、そこに向け鈍く光る槍の穂先が急襲する。
「くぅっ!!」
視界を一瞬覆われる殺目! 必死に布を払い太刀を横薙ぎに振るう!
風を纏いながら突き出される手槍、瞬間の殺氣が空間を支配する。
「お前は! 殺死丸!?」
「ホッ!? 躱した? 面白い!!」
来たのか? この場に、生き残った自分達とは違う勢力の殺女(さつめ)が!? その思考が殺目の脳裏を過る間も無く、槍は無数の風と共に空間を打突するかのように突き上げられる!!
「久方ぶりだ!! 姉者(あねじゃ)しかし、まぁ……お互い随分と成り格好が変わったものよ」
殺死丸の唇がつり上がる。
「お死によ……妹」
「じぃぃぃぃえい!」
踏み込む殺目! 嗤いながらその刃の風を迎える殺死丸。鳴り響く足音と金属音。
「なに……これ?」
詠子の瞳には、二匹の鬼がまるで踊るように切り結ぶ様が映し出されていた……
- Re: キチレツ大百科 ( No.40 )
- 日時: 2015/12/31 21:17
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: 8QhW0LqO)
「じぃやっ!」
カシィィンという音が廊下へと響く!
最初の一合は、素早くサイドに回る殺目の太刀を槍の銅金で受ける形で始まった。
振り下ろされる太刀に合わせ、殺死丸(あやしまる)が力を横へと逃がすように槍で受け流したのだ。下手に此の様な受け方をすれば、容易く槍は両断される。しかし、殺死丸は敢えて向かってくる力を力で合わせ且つ横へと流しせしめたのだ。
「きぇやぁぁぁぁぁ!!」
太刀を弾かれた形となる殺目(あやめ)に目掛け、殺死丸は鬼気迫る甲声を上げながら、伊勢の村正を佩用した手製の槍を突き出す。しかし、殺目は素早くバックステップでそれを躱す。殺目の着ているモヘアニットの脇の生地が切り裂かれる! 僅かに血が舞う。
だが、波の匂い口が特徴的な平三角の穂先の槍が休む事なく次々に殺目に襲いかかる。
手製の槍は、通常の槍と比べれば随分と短くカッティングされた物だ。だがやはり、殺目の太刀とではレンジの差がありその間合いには踏み込めない!
二人の距離が開く。
脚をやや沈め、構えを八双へと取り直す殺目。
「ホッ? ヤケクソで突っ込む、お気になりましたか? 殺目!」
殺死丸は、恐らく小太刀を脇に佩している。ジャケットの膨らみで殺目はそれを悟った。そして厄介なのは左手に黒い布……槍を運用する為に巻いていた大判の布で生地も厚い物、それを左手に握りながら槍を持っている。右手は石突と言われる槍の柄に近い部分の方を握っている。しかし、あの黒い布を投げ付けられた上に、槍の強襲されるのだけは避けたい……殺目は攻めあぐねていた。
コイツの実力は折り紙つきだ!
戊辰の以前から常に戦場を駆け回っていた隠者(公儀隠密)だ、弱い訳がない! 武器を選ばず、どんな物でも人を殺せる実力を持っている本物の猛者だ。正面からは攻められん。殺目は相手の実力と、自分の置かれる状況を頭の中で整理する作業に入る。しかし、そこに実力に対しての嘆きは一切介さない。
それを一寸でも感じてしまえば、その時点で形勢をひっくり返す事は非常に困難になる事を知っているからだ。
これはプロのスポーツ選手にも施されるメンタルトレーニングにも合い通じるところがある。ネガティヴを考える暇は生き死にを賭する勝負には存在しない。
ならば、と殺目は自ら小手先を試みる。
「姉者、流石に年の功かな……? 小癪な戯事をよくも考え付くものさ? 人間は歳を重ねると、老獪になるが……姉者も老いたという事だな! 化粧の下からシワが見える様だぞ? キッキッキ」
ギラリと煌く殺死丸の眼。
殺死丸のニヤついた表情に影が縫う、それに合わせ殺氣の度合いが俄然に増した。
「まぁっ! まぁまぁ! この殺死丸を年寄り扱いとは無礼千万の妹ですこと……ホホホ! ホ……ホホ。殺目? ……貴様覚悟しろ」
乗ったか!? 次のモーションの寸前にて仕掛ける覚悟を決める殺目。
殺死丸が不意に踏み込むを開始するその間際!
殺目は飛び退り、自販機横の詠子の近くへと転がる様に飛び込んだ。
「はぁ? ホホ……!? くっ、この!」
構え、標準、引き金に指を置く。
殺死丸が気付いた時には、既に殺目はMP5のトリガを引いていた。
「きゃぁぁぁぁ!」
詠子の悲鳴、銃声、殺死丸の肩口に風穴が開く。
「ハァあっ! アハハ、武器に拘らないのは姉者だけではないのですよ? キキキっ!」
「チィィィ!! この馬鹿妹、馬鹿馬鹿!」
殺死丸は悪態をつきながらも、素早くその場から姿を消した。
「行くぞ? 詠子!!」
最早形振り構ってはいられない! 殺目は強引に詠子の腕を取る。詠子の目に映る恐怖を見ないふりをしながら……
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34