複雑・ファジー小説

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キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 Ⅱ ( No.1 )
日時: 2015/10/19 18:33
名前: 藤尾F藤子 (ID: QJG1DFOg)

ボソボソと朝飯を食う俺、出社前の親父と目が合う。
「おい、英二……発明もいいが、勉強の方はどうなんだ?」
親父がネクタイを締めながら静かに言った。この人は物静かで、滅多にこんな事は言わない人だ。
「俺、勉強は嫌いだけど成績は悪くないでしょ? そんなの親父知ってるじゃん」
「ん? あぁ……そのな、ん、殺蔵(コロスゾ)の調子というか……最近どうだ?」
「あ、あの人形? 自分で聞いた方が早くないか?」
すると、親父が血相を変えて怒鳴る。
「英二! 殺蔵の事をそんな風にいうんじゃない! いいか!? 次に言ったら許さんぞ、わかったか?」
「わかった、わかったよ。あ、時間ヤバいよ? 電車」
「ん? あぁ、じゃあ母さん、言ってくるよ?」
まただよ……クソ。
親父とお袋は、いつも殺蔵の事ばかり気にするんだ。これは親が自分に構ってくれないからジェラッてるとかではなく、普通に変というか不気味なんだ。だっておかしいだろ?
物置に隠された少女……その少女が俺によって発見された時、親父たちは何かを知っていたはずなのに、そいつを俺にひた隠しにしている! 何なんだ? あの人形に何があるんだっていうんだ?

「コロッケんまいナニ〜」
話題の人形は、さっき迄べそかいていた癖にもう満面の笑顔で飯を食っている。
「キチレツ、もう8時半ナニよ?」

ヤバい! 俺は急いで学ランを羽織り、玄関へ駆ける。
別に学校に遅刻するのが嫌な訳じゃない、クラスメートのよみちゃんと一緒に登校する機会を逃したくないんだ。
「我輩もキチレツを学校まで送るナニィ〜」

あぁ!?

「テメー、くんじゃねーよ殺蔵!」
「嫌ナニー、我輩も行くナニー!」

チィ! うぜぇ!! こいつは超目立つんだよ。

葡萄色の行灯袴を靡かせて、長い丁髷ならぬポニーテールが揺れる。
白足袋に草履の癖して、こいつはすばしっこい。
ていうか、俺は運動が苦手だ。速攻で殺蔵は俺を追い抜いて、遥か先のよみちゃんの隣を歩いている。俺は運動が超苦手だ……もう肺が爆発寸前だ。
殺蔵の奴、よみちゃんとガールズトークかよ? 俺の足と肺よ、あともう少しだ頑張れ。近ずくよみちゃんの背中と、殺蔵の背中から楽しそうな声。
だが、俺にはそのガールズトークの意味が全くわからなかった。え? それラテン語? ジャーマン? イディッシュ? 
恐らくは他愛のない服だ、スイーツだとかだと思うけど、男には興味もへったくれもない話だから、そもそも耳に入ってこない。女子に機械の話を振っても同じ感じだろ?
必ず、へぇ〜、ふ〜ん、スゴインダ〜、ヤバいね! て感じのやつ。最近はSNSとかのどうでもいい話が主流なんだろうけど、よみちゃんも殺蔵もSNSはやらないんだ。
よみちゃんがイイネボタンがどうたら、既読が何たら何て言ってたら世も末だよ。
「キチレツ君、おはよう! またギリギリに起きたのね? 夜中まで発明でしょ?」
「お、おはよう! ま、まぁね、俺はホラ、その発明家? 意識高い系? みたいな感じだからさ? やっぱコーヒーは沸かして飲んじゃうね! 缶じゃ満足しない訳よ? 違いがわかるからね、ハハ」
「キチレツは珈琲飲めないナニよ、タバコばっか吸ってるナニ」
「キチレツ君! またタバコ吸ってるの!? 貴方中学生なのよ!! 大体……!!」
その後俺は、学校の近くまで説教を食らいながら歩いた。殺蔵の奴笑ってやがる……

その時、待ち構えていたように前方からヤバい影が立ち上がる!

「おいおい! よみちゃんと仲良くご登校とは、偉くなったもんじゃねーか……キチレツぅぅぅ! あぁ!?」

180㎝近い筋骨隆々の壮漢が校門の前で俺を睨みつける。ハイウェストのボンタンに短ランと言う様式美にニグロパンチ、鬼眉というなかなかのセンスが光るその風貌!

「ゴリラブタ……」

運動が超苦手な俺は、当然ながら……喧嘩は、鬼弱い。
 

 
 
 



Re: キチレツ大百科 ( No.2 )
日時: 2015/10/19 21:21
名前: 藤尾F藤子 (ID: QJG1DFOg)

「テメェ、今日こそボコボコにシメるぜぇ? キチレツゥゥ!!」

ゴリラブタ、本名、猪田薫。その巨漢ながら運動は全般が得意。特に野球、柔道が得意。
おまけにMMA(ミクスド・マーシャルアーツ 意:総合格闘技)のジムに通っているバカ……じゃない猛者である。テメーの実家は八百屋だろ? 何になりてーんだよと突っ込みたい位の内容の豊富さだ。柔道だけでも喧嘩は最強クラスじゃないのか? 総合格闘技!? なにそれ、どこをどう考えたら、堅気の人間が現実生活で総合した格闘技が必要なんだよ!? え? 俺、死ぬの? 死ぬよな? だって俺、素人だぜ!?

「へっへ〜ん、ゴリラブタは喧嘩だけは誰にも負けないんだよ〜」

あ、あいつ誰だっけ? ゴリラブタの腰巾着のホ……

「僕は腰巾着でもホモでもないぞ! キチレツ!! 僕の名前は……」

ヤバい、つい口から言葉が漏れちゃったんだな。こいつは確か尖浩一(とがりこういち)通称ガリトンとか言ったっけな……いつもゴリラブタと一緒で、確実にホモだろって噂だ。家が原子力関係の超金持ち。電気事業なんたらとか言うロビー団体の会長の息子だとか……まぁ金と権力を併せ持つ羨ましい家だが、息子はホモでマザコンというねじ曲がった性格の憎めないカスだ。
「誰がカスだ!!!」

顔を一杯飲み屋の提灯みたいに赤くして、ガリトンがなにかほざいている。可愛いやつだ、ゴリラブタに目一杯可愛がってもらえ。

いや、いやいやいや! そんな事を思ってる場合じゃない。このままだと俺がゴリラブタに相撲部屋並みの可愛がりを食らって人生の千秋楽待った無しだ。俺はウルフ並みに体力の限界だ、ヤヴァイ! 
「テメェ、俺の話聞いてんのかぁぁぁぁ!」
ゴリラブタの左手が、俺の襟首にかかる! ヤバい、柔道仕込みなのか、”引き込み”の力がハンパない。この一合だけで俺には勝てない相手だとわかる!
「やめてぇ! ゴリラブタ君」
よみちゃんの悲鳴が聞こえるが、ゴリラブタのモーションは止まらない!
あっという間に、俺の目の前にゴリラブタの背中が映る! アレ? 何で正面から引き込もうとしていたゴリラブタの背中が見えるの……! これは、”背負い投げ”かぁ!?
そのとき、バチリと音が鳴った。

あ! 俺は地面に投げ出されて死んだんだ。なんだ、死んじまうと痛みとかないんだな……そっか、こんなあっけなく死んだか俺……クッソ! 死ぬ前に、一度でいいからよみちゃんと一発……
「どういうつもりだよ? ネギ娘」
ネギ娘ていうのは、殺蔵(コロスゾ)にゴリラブタの実家の八百屋の親父が付けたあだ名だ。て、俺生きてる!
「主君を守るのが武士の務めナニ〜」
背負い投げの途中で、ゴリラブタの右肩に手を添えて止めた殺蔵。俺が道着を着ていたらもっと容易く投げられていたろうが、学生服だったのが幸いした……が、それでもゴリラブタの背負いのモーションに手を入れるなんて事を出来るものなのか!?

我輩は武士ナニよ……殺蔵の言葉が脳裏を過り俺の中にたゆたち消えた。

「キチレツの様な雑魚を投げ飛ばして満足する様じゃ、武道の武の字は理解できていないナニね!」
「野郎、いいぜ! 女だから手加減して優しく終わらせてやるぜ? 殺蔵」

俺を地面に捨てると、ゴリラブタは殺蔵に掴みかかろうとする! 確かにこいつは手加減している! 現に俺にもこいつは打撃や関節を使っていない。しかも学校の敷地内は昨日降った雨で多少柔らかくなっている。柔道経験者にアスファルトに投げられれば、確実に死んでしまうが、これなら死にはしない。しかし……殺蔵に勝てる訳ないだろう!?
身長150㎝足らずの女の子(の見た目)だぜ? ゴリラブタはガチムチ系のマジな暴れ者だぜ? どうする! 職員室? 携帯で警察に通報か? いやそんな時間はない。
ベシャリ! と音がなる、地面に突っ伏した音だ。うわぁぁ、バカあいつ!

「嘘だろぅ……このゴリラブタが触る事もできずに、往なされるなんて……ある訳ネェェ!」
ゴリラブタの制服は泥が付き、殺蔵の羽織袴は綺麗なままだ……
「我輩は……まだ何もしていないナニよ?」
「おぉ! 遠慮せずに、何でも打ってこい! 俺に手加減は無用よ」
「フフ、いいのね? じゃなかった、いいナニね?」
瞬間、ゴリラブタの右足に自分の左足を掛ける殺蔵!
「クッ! 足払い?」
殺蔵はそのまま体をゴリラブタに預けて地面に倒れる! すると素早く倒れたゴリラブタのサイドに回る殺蔵。ゴリラブタの左手を自分の体で圧迫する様に右手側に押しつぶす!
「ん?」
すると、殺蔵は思い切り反対側に倒れこむ! 自分の足をゴリラブタの顔の前で左手側から、右手側へつま先を向ける形だ。
「腕ひしぎ逆十字だぁぁぁ」
ガリトンが叫ぶ!
「いぎっぁぁぁぁぁぁ」
メシメシと嫌な音がゴリラブタの肩口から聞こえる。極まったはずなのに離さない!
嘘だろ? 殺蔵お前”折る”気か!?
殺蔵と俺の視線が交差した!
乾いた空気と灼ける喉。俺は、ゾクりとするぐらい”怖い”目の殺蔵を見た……




 

Re: キチレツ大百科 ( No.3 )
日時: 2015/10/21 12:35
名前: 藤尾F藤子 (ID: 0zfXTYqj)

ミシミシと筋組織の軋む音が鳴る……
それは、ゴリラブタの完全に伸びた左腕の関節と二の腕付近から微かに聞こえる。
実際に周囲にデカく聞こえるような音ではない。それは微かな音なんだ……
でも、そいつは耳を塞ぎたくなるほどに不快で”怖い”音。
「ぬぅぅぅぅ、ぎぎぎぎぎぃ!」
ゴリラブタは、白目を向きながらその激痛に耐える。口を真一文字に締めて……
あの言葉を、決してその口から吐かないように。そう、『参った』と言うあの言葉。
「ぬぎぎぎぎぎぎいぎ……」
口元に、僅かに微笑を讃える殺蔵。まるで、感心したかのように言う。
「我輩がもう少し腕の角度を変えたら”折れる”ナニよ? 降参するナニ」
「ぬぎぎぎ……そ、そいつだけは、言えねぇよ……折りな! ただ、降参はしねぇ」
笑う殺蔵。
「見事……我輩も其れに応えるナニ。手加減、”無用”、ナニ……」
「!?」
気がつくと、俺は情けない顔で無様な叫び声を上げながら二人の間に飛び込んでいた。
流石に体重の軽い殺蔵の体は、簡単に後ろへ倒れゴリラブタとの距離が空いた!
殺蔵の羽織袴も、俺の学ランもまだ柔らかく水気の多い校庭の泥でビシャビシャだ。
「な、何をするナニ! これは勝負ナニよ」
俺は、泥だらけの顔を殺蔵に付き合わせると言った。
「バカ野郎! どこの世界で、学校の敷地内で骨を折る迄真剣勝負する奴がいるんだよ!
お前は一体何を考えてるんだ!!」
殺蔵は倒れた際に泥水が口に入ったのか、ベッ! と其れを吐き捨て言い放つ。
「真剣の勝負なら……こんなもので済むものかよ! ナニ……」
「は? え、あぁ? お前、何を……」
俺は思わずその殺蔵の迫(はく)に圧されてしまった。
「興が削がれたナニ……我輩、家に帰るナニぃ!」
殺蔵は全力で舌を出し、瞼を指で剥いてアッカンベェをすると肩をイカらせて帰って行った……先程まで人の骨を折ろうとしていた者の取る行動としては、余りに滑稽で俺もゴリラブタも思わず笑ってしまった。一通り笑い声が収まると、ゴリラブタがぼそりと言った。
「助けられたとは……思ってねぇぜ、キチレツ」
「俺も助けたと思ってないよ」
「へ! 口の減らねぇ奴だぜ、お前よ」
そう言うと、ゴリラブタは立ち上がり俺に手を差し伸べる……こいつは随分と無邪気に笑える奴なんだな……その手を取って立ち上がる瞬間に、俺たちの前に顔を強張らせた担任の先生とよみちゃんが立ち塞がる。
俺とゴリラブタは、よみちゃんに大変ありがたい説教を食らった。そして其れが終わり、教室に向かおうとする俺たちに、担任の先生から更に有難いお言葉が下る。

機智英二、猪田薫、両名を一週間の停学に処す。

Re: キチレツ大百科 ( No.4 )
日時: 2015/10/21 14:38
名前: 藤尾F藤子 (ID: 0zfXTYqj)

「キチレツのおばさん、本当に俺の所為でごめんよ」
ゴリラブタは顔面に青タンを作って、八百八の高級フルーツ盛りを手にウチに謝罪に現れた。お袋は、ゴリラブタの姿と謝罪の品に逆に恐縮していた。思えばゴリラブタは腕を折られかけ、停学を食らい更に自分の親父にぶん殴られた上に此処に謝罪に訪れている。
少し気の毒な気もする。俺は巻き込まれた挙句に停学を食らったが、実際大して痛くもかゆくもないのだ。まぁ殺蔵(コロスゾ)の着物が泥まみれなのは痛いが。あの手の服は洗うのが大変なのだ。帰った時、お袋にも、殺蔵にも鋭い視線を浴びせかけられた。
「殺ちゃ〜ん、猪田君が来てくれてるわよ〜。降りてらっしゃ〜い」
「おう! 殺蔵、お前柔術やってたんだな〜、感心したぜあの逆十字よぉ〜」
「フン! 我輩、武士ナニから体術くらい知っているナニよ……」

武士……
確か聞いたことがある、柔道の前身である柔術というのは、昔の侍が戦場で刀が折れた時に重い甲冑を着たまま敵を殺す体術の一つだったと。
「何にしても大したもんだぜ、ガハハ、おっと! 早く家に戻って配達の準備しねーとよ? じゃあ、行くぜ」

俺は、まだ膨れている殺蔵と一緒に、もう暗くなった通りまでゴリラブタを見送る。すると、ゴリラブタはまるで歌舞伎役者のような素振りで、すっかり暗くなった空を仰いだ。
「へっ! なんだか、気味の悪ぃ色のお月さんだぜ? こういう時は早めに仕事を終わらせて、寝ちまうのが一番よ! じゃあな」
自転車で颯爽と立ち去るゴリラブタ。
こいつは家系なのか、昔の江戸堅気というか古臭いが気っ風の良い立ち振る舞いを是としている。代々受け継いだ八百屋だからだろうか? 最近では見なくなった昔気質な家だ。

しかし、この八百八は後に俺と殺蔵をある大きなトラブルへと導く発端になる……
が、それはまた機会があれば……


ふと気づけば、殺蔵がなんとも言えない顔をして月を見ている。

俺は、生涯忘れないだろう。あの、眼差し……
俺は、生涯忘れないだろう。あの、言葉を……

悲哀の眼(まなこ)が俺に向くと、消え入りそうなとても静かな言葉で”彼女”は云った。
「アレに見えるは……血膿の紅月」

何時もの殺蔵の明るい顔は何処にもなく、巫山戯た口調も形(なり)を潜めていた。
「ちうみの、くづき?」

なんで、そんな顔をするんだ? なんでそんな声で言うんだ? お前、なんで今にも泣き出しそうな堪らない顔で……
なんで、なんでだ? ただの雲が掛かった月だろ? 大気の現象でそう見える時もあるさ! それなのに、なんで……!?
俺は、怖くて其れを口にすることができなかった。言ってしまえば、何かが変わってしまうような、どうにかなっちまうような、得体の知れない事になるような気がした。
怖かったんだ、おれは。
風が凪いで、殺蔵の髪が揺れる。夜気を纏って躍る髪が、あまりに浮世離れしていて、素直に綺麗だなと一瞬思った……
俺が人形と罵っていた、彼女の今の佇まいは哀しげで、得体の知れない畏怖を持って其処にあった。何で、そんな貌(かお)してるんだよ。
何にも言えずに、家に入った。殺蔵は暫くその場で月を見上げてから、部屋に入っていった。

親父が帰ってきて、お袋と軽い家族会議が行われたが、意外な事に大して怒られる事はなかった。殺蔵は飯を食った後、早めに床についた。何時もなら、俺が寝るまでガタガタ煩く騒いでいるのに。俺も風呂に入った後、発明品の開発など手につかずに布団に入った。

なかなか寝付けない、瞼の裏に殺蔵の哀しそうな眼が浮かぶ……イライラして寝付けない。タバコを吸おうと机をまさぐる。(中学生が煙草を吸ってはイカんナニ!)
殺蔵の声が頭に浮かぶ、クソ! 忌々しい、最近あいつの所為で俺はロクな目にあってない! 何なんだよ、クソが。俺は、癇癪と文句を道連れに再び布団をほっかむる。

夢というものは、何時も唐突に現れ消えていく。
そしていつも、細切れの記憶や、願望、心の中の強烈な感情なんかを頭の中で夢という”現象”として反映している、と起きた後暫くして思う。
でも、今日のこの夢は多少違うきがする……
夢の中で、すでにそんな事を思っている自分に笑えてしまうが、これは俺の見ている夢であろうと思う反面、何かが違うとも思われる。分からない、此処はどこなんだろう?

山の中かな? 朧な空間の輪郭が少しづつ固まっていくように思えた。
山道の中、白い霧が立ち込めている。その濃霧の中か近づいてくる音が聞こえる……
なんだ? 次第にそれは足音だと気づく! しかもそれは、大人数の足音だ! ヤバい気がする……無音の中から大多数の足音がゆっくりとこちらに向かいやってくる!
なんだこれ!? 行進しているのか? その足音は、多少のバラツキはあるが継続的なリズムを刻んでやってくる。
やがてそれは、統制を図った行進の音に感じた……
その音は霧の山中に木霊しながら、俺の居るこの道をまっすぐに進んでくる。ひたぶるとまっすぐに。 




Re: キチレツ大百科 ( No.5 )
日時: 2015/10/22 01:10
名前: 藤尾F藤子 (ID: HAs4igBW)

霧の中の足音が近づくにつれ、太鼓の音とラッパの音が聞こてくる。
その音に合わせるような、声……いや、『歌』だ! 歌が聴こえてくる!

(われは〜かんぐん、わが、てきは〜)

行進曲? いや、軍歌か……

(てん〜ち、いれざ〜る、ちょうてきぞ)

物悲しい響きで、その歌が間近に迫ってくる。
太鼓の響きと足音の先……霧の中から現れた黒い制服を着た一団が姿を表す。
それは、俺の見た事の無い不思議な集団だった。
日の丸と、金色に輝く花の家紋の旗が靡き、寂しく聴こえる伴奏の軍歌と共に行軍している。その制服を例えるのなら、そう! ナポレオンだ。あのナポレオンの軍服を地味にしたような服を纏っている。

(たまちるつるぎ、ぬきつれて〜)

次の瞬間、俺は自分の目を疑った……俺は目が悪いが、アレは一目でわかる。
思わず息を飲む、信じられない。夢であってもこんな光景はありえない!
あまりにも、馬鹿げているし、逆に笑えてくる……同時に俺は目眩と吐き気に襲われる。
先頭に歩く一団は、殺蔵(コロスゾ)とまったく同じ顔の少女たちだ……

(死ぬる、覚悟で〜すすむべし!)

その軍歌は、永遠と続くかのように行軍と共に悲しく山中に木霊している。
少女達は、羽飾りの付いた軍帽を目深にかぶり、サイズの合わない大きめの軍服を引きずるように行軍している。歩くたびに腰に吊り下げられた軍刀拵えの刀が揺れる。その後ろには通常の軍人と思わしき一団が続く。

突如、俺の背後から前方にかけてヒュンと音が駆け抜けた! そして瞬く間にまたキュンと空気を揺らして音がなる。
目の前の列の先頭の少女が、突然後ろにひっくり返った! なんだ? 何が起きた?

「敵襲!!」

声と共に太鼓と、ラッパが止む。
「抜刀! 切り込めぇぇぇ!」
その声と共に、集団が動く! 先頭の少女達が、刀を抜くとまるで狂ったような叫び声で抜刀突撃していく。あの音は銃声だ! その銃弾の中を、気狂いの様な喊声を上げ駆ける殺蔵と同じ顔の少女達。
「きぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いぁぁぁぁぁ!!」

そのあとに空気をつんざく物凄い音がする! 
大砲の音だ。それは大気を破ってすごい速度で地面に当たると炸裂した。それは爆炎と土煙を巻き上げ、其処に居たであろう人間の血液と、散り散りになった肉片を地面に浴びせかける。目の前の集団に文字通りの血と肉の雨が降り注ぐ。だが、抜刀突撃は止まらない!
悲鳴と叫び声、銃声と大砲の音……爆風で飛ばされた人間の体は、四方の木々や山肌に強力な圧力で叩き付けられる為、まるで岩や木から千切れて飛ばされた手や足が生えている様に見える。此処は地獄だ……

俺は夢の中で、地獄を見ているんだ。だが、俺にはその後更なる地獄が待ち受けていた。最初に倒れた少女が、立ち上がってくる……弾かれた軍帽の土埃を丁寧に払っているその少女。俺はその子に声をかけるが、夢の中だから通じない。
声が出ない、誰も俺の存在に気づかない。
「おい! お前怪我してるんだぞ! 早く逃げろ」
聞こえない……どんなに声を振り絞っても。
少し大きめの軍帽を、キチンと被り直した少女は急いで軍刀を抜くと駆け出したが、石に蹴つまずいてまた転んでしまう。彼女は急いで立ち上がると、周りをキョロキョロと見回して、ため息をついた。自分のこの姿を見られていないか心配だったんだろうか。
俺はこの惨状の中で、何だか可愛げのある少女の仕草に可笑しいやら心配やら様々な思いが湧き上がる。
しかし、その少女は最初の被弾で左目を撃ち抜かれていた……眼窩には弾けた眼球だろうか白い筋が垂れ下がっている。其れを構うことなく引き千切って捨てると、少女は遠慮がちに
「ぇ〜い」
と小さく叫びながら爆煙の中を駆けて行った。


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