複雑・ファジー小説

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キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 ( No.76 )
日時: 2016/03/12 22:32
名前: 藤尾F藤子 (ID: A68kpmlz)

夜闇に踊る赤色灯、透明に凍てつく冬の空。
忙しなく動く交通規制の警官達。パトカー、サインカー、特型警備車。
夜気の中、警察官達の吐く白い息が幽かに揺らぐ。

その時、外堀通りの規制線にいる制服警察官が、近付いてくるある人影に気が付き目を向ける。夜の空気の中に翻った異形の風を纏う黒い影。

「……?」
異様なシルエット、マントの様な黒いコートを靡かせてこちらに向かってくる。
背丈は170cm位だろうか? 輪郭が鮮明になるにつれて、その対象者の異形さが警官の目に疑念を植え付けていく……
よく見れば女だ。一見、束ねられた総髪に見えるが其れは辮髪だ。側頭部には、黒いイバラや蔦を思わせる様なTribal tatooが彫り込まれている。そして、Gothicメイク。視点の合わない瞳。前を大きく開いたケープマントから伸びる白い細身の生足。
不敵な笑み……
(職質掛けるか……)

そう警察官が思った時には、もう女は目の前に立っていた。

「Hey guys! ドウシタ? What da(the) hell are U(you) doing? 良イ夜ネ……HAHA!」

完全に怪しい! 女を囲む様に群がる警察官達。
「どうしました? 今ね、交通規制してるから、何かありました?」
「貴女外国の方? 取り敢えず、身分証明書見せて貰えるかな? 日本語分かる?」
「無かったら、パスポートか外国人登録書あるでしょ? 取り敢えず車行こうか?」
捲し立てるように一斉に紺色の隊服達が女を取り囲む。

「ウェイウェイウェイ、Wait a リル(litlle)! oioi? Are U any misunderstanding? 外人ヂャネーzo! カッリラゥ!(cut it out!)ダ Air head!」
「え!? じゃあ日本の方? 普通に喋って頂けない? 身分書ある!?」
「……I dunno!(I don't know) 知ラナイ」
プイッと横を向く女。
警察官が、パトカーの無線を取る。
「こちら、緊配中(緊急配備)のMO210(パトカー識別番号)、マル対で職質中。対象者、女、一人。赤ポリ(婦人警官)お願いしたい。あと、念のためY号紹介(薬物使用紹介歴)お願いしたい……」
ノイズ。
「了解」

「免許証見せて!?」
「Well what!?」
「だから身分書だよ!? IDだよ? 見せて!」
「Yoyoyoyo guys! テメーラ、私ハテメーラのSenior(先輩)ダゾ! Don't fuck around with me! Bastard! Believe that! aaiight?(all right?)」
「ダメだ、話にならない」
首を振り呆れ返る警官。
「No use talking? ダァ? U so very funny! Cock sucker! Okay! Listen up! listen good! イイカ? ワタシ、to disturb da public pieceスル、Those guys&sisをF
uck'n strike outスル! Do you understand it? ツマリィ、Da! コレ国家ノ安寧! OK? ワタシ、警視隊。So,キミタチノォ〜Seniorダァ! オ判リ?」
「うんうん、国家の安寧ね。わかったわかった、でもさ、おまわりさん達も職務中なのね? 配備中だから、ね、このままじゃ仕事にならないよ?」
「御宅、クスリとかやってないよねぇ? 婦人警官来るからさ、一応確認だけしてもらうよ?」
「カク・ニン?」
「うん、おしっこ採ってもらって検査キットに掛けるの、一応確認だから」
「Take a piss?」
「拒否する様なら強制的にカテーテルで撮る事になるから」
「OH! Bull shit! Jesus fucking christ! There is not such a thing」

その時、女の後ろに立っていた警官がある事に気付く。
「 おい! あんた、それ何持ってんの!? その棒何!?」
現場が騒然となる。
「Get da fuck of me! サワルンジャネーヨ!」
警官の手を払いのける女。それ見たことかと、警官達が殺到する。
「(公務)執行妨害だ!! 確保!」
怒号が上がる。 
その時、正面から掛かってくる体格の良い警察官を、頭を押さえて横に去なす様に倒す女。警官はいとも容易く体をコントロールされ地面に転がされた。
「Get life,kids! フフン、well,well,well.Okay……イイダロウ、謂ウ事ォ聞カナイ〜悪ガキHAオ仕置キがnecessary ソウダロウ……?」
「おい! いい加減にしろ、取り押さえてワッパ(手錠)かけろ!」
「Ha! get it on!」
女は横の警官の帯革(腰の装備品を攣るベルト)を引っ掴むと、左足を大きく開き、重心をやや落とす様にして対格に立っていた警官へと放り投げる!
まるで、土俵の上から投げ飛ばされた力士の如く宙を舞う警察官。
「Hai,Yeaaaa!」

規制線の警官達が大勢集まる。中には刺股と言うU字状の犯人を捕まえる得物を携行している者もいる。制服以外にも、機動隊員達が駆けつけてきた。
「どうした! なんだありゃ!?」
「訳の分からん事を言って突然暴れ出した! Y号(薬物対象者)だ!」
「なんか、武器持ってるぞ!!」
しかし、女は凄まじいフットワークの脚を使い警官達の手を跳ね除け捕まらない。
まるで、踊る様に左右の脚に重心を移し、間合いを取り、手を伸ばし掴み掛かろうとする警官をすり抜ける女……
掛かる警官の体重の勢いを受け流しながら、払い、投げる。その間にも、突進してくる者には、膝や肘などを細かく打ちまた移動する。
「どけ!」
刺股を女に向ける警察官。

しかし、刺股の先端が勢い良く斬り飛ばされる!
「!?」
一瞬の煌きが、闇の中奔る。
残される、鮮やかな切り口の刺股の持ち手。
刹那の閃光は、周囲の空気を硬直させる。

「Bum it!(がっかり)ネ。Oioi? コンナモンカ? Disgusted with one self 情ケナイ……ワタシノ頃ハ”朱色帽子と銀筋なけりゃ、華のお江戸に躍り込む”ナンテ云ワレタモノ二……」
女はマントを翻す。するとサーベル拵えの軍刀が姿を現した。
鞘の形状からサーベルではなく、日本刀に護拳(手を守る装具)を付けた物と判る。
「おい! 銃刀法違反だぞ!!」

「So警視庁ノ三郎三傑、昭和の剣聖、五人の十段。皆Very,kick ass.ソシテ強カッタ……」

「武器を捨てろ!」
誰かが銃を抜いた。
女は、ゆるりと辺りを見廻すと、また不敵に笑った。
「See ya!(See you) Busta!」
すると、一番手近に居る警官の頭に手を伸ばし、それを支点として跳箱の様にして跳ね上がった!
「うぉ?」
女が重力を無視する様に宙を舞うと、警官にその重さが遅れて伸し掛かる。
ベコンと音を立てて、女はパトカーのボンネットに悠々と着地する。パトカーのフロントにDr.マーティンの足跡がクッキリとスタンプされる。そして女は、そのまま規制線の車止めを蹴り飛ばして走り去っていく。後を追う様に、夜に流れる辮髪の髪の毛とマント。

「こちら、外堀通り緊配中、武器らしき物を所持した女、規制線を越えて溜池山王方面に逃走!」
「本庁了解した」
ノイズがジッと音を立て、消えた。

Re: キチレツ大百科 ( No.77 )
日時: 2016/03/16 22:28
名前: 藤尾F藤子 (ID: QNccqTkk)

「はぁぁ……わたくしのセドリック・シャルリエのシャツ、袖も破れて血みどろですわ。お気に入りだったのにぃ、もう使えないですわね。気付けば上着も無くなっているし、本日はロクな事が御座いませんわ」
殺死丸(あやしまる)は、キャミソール姿で腹の疵の手当てをしている。
「ねぇ、それそんな手当てじゃ絶対ダメよ! 病院いかなきゃ!」
詠子(よみこ)は、救急箱から包帯を用意しながら言った。
「病院? ホホ、何を申すかと思えば……笑止、ホホホ!」
「だって、こんな傷! 下手すれば、死んじゃうわ!?」
殺死丸は、飄々とした顔で赤チンを瓶毎傷口に振りかける。
「ぎぃあああ! し、しみる!! キィィィィ!」
そして、ガーゼを当て包帯をグルグル巻きにすると、その上からガムテープを同じ様に巻きだした。
「え! そんな事……」
「腹の傷は、歩いていると小腸が飛び出して参りますわ。其の様な事では困ります、戦うどころではなくなってしまいます」
「たたかう……?」
殺死丸は、捉えどころの無い貌で微笑った。
「無論で御座います。私、貴女方親子を、此の場に於いて庇護下に置く事は了承致しましたが……! それと殺目(あやめ)を仕留める事とは別問題」
詠子は口を紡ぐ。
「言わずと知れた事……それと、殺目も自分を殺すななんぞとは一言も申しておりません」
「でも! 貴女、あやめちゃんのお姉さんなんでしょ!? どうして!」
「カァ! 小便臭い人間の娘なぞが言いそうな言葉に御座います。姉妹に、家族に、仲間に至ってお仕舞には人類愛に、自由、平等、反戦の誓いで御座いましょう?」
「その、良く分からないけど……でも」
詠子は困惑する。上手く言葉で言い表せないのだ。
「いいえ、行き着く先は、其の様な類の話……箸にも棒にも掛かかりませぬ、論を俟たぬ故これ以上は無用です。何より、今は時間が御座いませぬ。ささ、参ろうぞ。ささ」
詠子はギョっとする。
「ちょっと待って! 貴女そんな格好で彷徨くつもり!?」
深いスリットの入ったタイトスカートに、キャミソール姿の殺死丸。
「そう申されましても、シャツは血だらけで其の上血が乾いてパリッパリにて御座いましてよ? あんなの着るのは嫌ですわ」
「そんな下着姿の方が問題よ! 取り敢えず服を着て!」
「あぁ! もう大して変わりはしますまいに……」
その時、詠子の父が遠慮がちに呟いた。
「あ、あのぅ……私達はこれからどうすれば?」
「お父さんはあっち向いてて!」
「あぁ! す、すまん」
詠子は、無理やり嫌がる殺死丸にシャツを着せる。
「では、行きましょう? あっ、しばし……」
殺死丸は、ヒールのストラップを外し其れを脱ぐと、村正の槍に引っ掛けて今度はそれを肩に担ぐようにして持った。
「随分と高いハイヒールを履いていたのね。それであやめちゃんとあんな事をしていたの?」
それでも170㎝の上背がある殺死丸。詠子の父が175㎝で丁度同じ様な背丈であったので、殺死丸は5㎝近いピンヒールを履いて殺目と剣戟を繰り広げていた事になる。
「イダダ、歩くと痛いですわ。もう、キィィ!」

三人はエレベーターホールに向かう。
思い悩んだ顔の詠子の父。
殺死丸は細い顎にその長い指を這わせる。
「先ずは、伺いたき事が幾つか御座いますので、私の主……つまり上司へと目通りをして頂きたく。後の事は、我が主が処断致すこと故、この殺死丸は存知無き事にて御座候」
「社の方は、どうすれば良いのでしょうか……?」
「んん……? どうもこうも、お前は”其れ”を拝していかが思うたか?」
顫える詠子の父。
「わ、私は入り口の惨状で、それ以上は近づけませんでした。後は気が動転してしまって……どうすればいいか。警察に行って詳しく説明をした方が……」
殺死丸は視線を流すと口調を厳しくして言った。
「ならば、もうお前の会社は実質ぐぅわかい(瓦解)した様子、忘られよ」
「しかし、それでは!」
「先ず、殺目らなんぞに斯様な形で誅殺される等は、お前の会社に何らかの企み事があったと想像に難くない。お前がもし警察勢力に出頭とあらば、当然その痛い腹を突かれる事と為ろうが、此れ如何に?」
「……その、はぁ」
詠子の父は僅かに視線を泳がせた、何か思案している。殺死丸は、その一瞬の目の動きと様子を見逃さない。
彼女は、呆れた様な顔で溜息を吐き、続ける。
「……と、同時に、お前達は我々の様な外道の存在の説明を警察から求められよう……お前は警察の取調べというものに経験は?」
「いえ、今の今まで警察事など関わった事がありません」
「ふむ、お前の様な浅はか極まる男が陥れられよう典型だな?」
「お父さんは被害者じゃない、取調べなんておかしいわ」
「ホホ! 戯け、この場合は、警察は被疑者としてお前の父親を先ず”仮定”する。何故なら警察では極限られた一部の人間しか、我々殺女(さつめ)を知らん。そして現在この状況に於いて、下階で展開する部隊、その指揮の警備部、捜査一課(殺人事件担当)の人間は当然それを解さない故。お前は、其れらの取り調べに、真面目に外道が如きの話をする事となるぞ?」
「そんな……」
「それと被疑者の取り調べは生温くはない。TVドラマの如く、二人組の刑事がどやしつける役、宥め賺し共感性を促し自供に持っていく役、等と考えてはおるまいな?」
「じゃあ、どういう風にするの……?」
フン、と殺死丸が鼻を鳴らす。
「同じ質問を、淡々と何度も何度も繰り返します。そして其の繰り返しの中で、一句でも違えた箇所を見つけた時、そこをまた執拗に聞き取ります。そして……」
「そして?」
「また、最初からこれを繰り返します。相手は調書を取りながら取り調べを行い、それを後日検事へと提出いたします。そして地検で再度検事から同じ様に調書を取られます」
「あ、あの……」
「恐らく、お前の様な男は拘束一日目で根を上げます。この規模の殺人の重要参考とあらば家には帰れません事。留置場……つまりブタバコで寝起きし、拘留期限まで完全監視されながらの供述調書作成になりますわ」
「り、留置場!?」
「まぁ恐らくは独居房ですわね。ですが、独居の方が辛いですわよ? 雑居の方が他の事件の被疑者と一緒で、人間のよく言う……修学旅行? と言う行為と似ているで御座いましょ? ホホホ! 偶にはヤクザのおっさんや、殺人容疑の被疑者なんかとお喋りできて楽しいそうですわね」
「貴女そんな事笑いながら言うなんて最低よ!」
「ここ最近の連続個人投資家殺人、それと一部の防衛関係と政治家の相次いでの心不全、腎不全での死亡記事……私が鑑みるに、恐らく全て殺目の属する自衛隊の特殊作戦群、特別教導団の仕業でありましょう。突然の心不全、腎不全は暗殺によく用いられる薬物、抗ヒスタミンを酒に混ぜると言う定番の暗殺で御座います」
「特殊作戦群、特別教導団?」
「これは、そもそもが2004年3月発足の特殊作戦群以前から存在する部隊であります。当然公式に発表されてもおりませんし、現在でも市ヶ谷(防衛相)は認めてはおりません。何故なら、この部隊は戦後に四海へと散った殺女を政府で集め直轄、管理、運用する為の部隊でありました」
「では、この事態は陸上自衛隊が関与されているのですか!?」
「いいえ……何時の頃からか、この部隊は自衛隊の大綱を外れ独自の武装組織たる存在に成っております。しかし、何故その様な部隊が存在できているのか? それは、この部隊を此の国自体が都合良く利用していたが為です」
「利用?」
「例えば、政治政党の党内派閥の交代や、政治家の支配関係の変換期などでも裏で此れ等が暗躍致します。工作で御座いますわ、セックススキャンダル、汚職、名誉毀損、情報工作にて御座います、それが警告です。まぁ、大体そのレベルでの発覚は超小物のカスでありますので、命迄は取られませぬ。しかし、真なる禁忌を冒せし者は消されます。そしてそれ等は決して表沙汰にはなりもうさぬ」
「非現実的すぎる、そんな」
「馬鹿めぃ! お前の眼前が現実ぞ!! 事実と虚実を分からぬ様に混ざり合わせる事で世が出来ている事が何故にわからん! だからお前は愚図なのだ、其の様な甘い認識と半端な覚悟で諮った挙句が此のザマよ」
詠子の父は青い顔して押し黙る。
「そんな言い方ってないじゃない!」
「貴様こそ口を慎め餓鬼が! 甘言などを吐いた所で何になるかぁぁ!? お前の無智無力が何を打破できると言うのだ!! なんぞあると言うなれば、物申して見られよ!」
其の凄まじい鬼魄に詠子は思わず尻餅を着く。
「ふん……あら?」
エレベーターホールは消灯しているものの、エレベーター自体は稼働しているらしい。
殺死丸はしきりにエレベーターのタッチボタンを連打する様に叩く。押しボタン式ではないが、其れに構わずバシバシボタンを叩いている。
「お、遅いですわね……」
口をへの字にする殺死丸。
「チィィ、この! この!」
「あ、あの……ボタンは連打しても速度は変わりません」
詠子の父が階数を表示するパネルを見上げ言った。しかし、殺死丸は先程とは違う雰囲気だ。
「親父、間に合わん。扉が開いたらば、娘を抱いて端でうずくまれ。決して、頭を上げなさりますな……」
扉が開いた瞬間、黒尽くめの集団が姿勢を低く飛び出してくる!

Re: キチレツ大百科 ( No.78 )
日時: 2016/03/20 13:54
名前: 藤尾F藤子 (ID: zist1zA5)

滲み入る寂を切り裂く様にして、黒い集団が一基のエレベーターから滑り出てくる。
殺死丸(あやしまる)は、エレベーターの階数表示パネルが一斉に上階から下がってくるのを確認して詠子(よみこ)の父へ下がる様に告げたが、自らは厳乎たる隻影を見せ独り立っている。
「お父さん!」
「危ない! 下がるんだ、早く」
暗闇からの突然のエントリー。

「手をあげろ!!」
「床に伏せろ!」
「抵抗するな! 伏せろ!! 早くしろ! 早く!」
「伏せろ! 伏せろ伏せろ!」

闇の中に白い筋を引く、銃のサイトに装備されたフラッシュライト。
殺死丸は、其の様子に眉一つ動かさず顎をしゃくる……
詠子と父はその光景に只々慄然するしかない。物凄い怒声と共に、その集団は其々の分担の動きを速やかに行う。その場面は、映画の様な警察の特殊部隊のシーンとは明らかに違った。

「なにしてる! 貴様、早く手に持ってるものを捨てて床に伏せろぉ!!」
「撃つぞ! とっとと伏せろ! どうした!? 死にたいのか!」
「貴様、撃たれたいのかぁ! 床に伏せろと言っている! 早くしろ」
銃口が、殺死丸の目前にまで迫る!
怒号の波、最早其れは脅しの様相すら呈している。素早く殺死丸の左右、正面に銃口が展開する。三方の同時射撃ができる配置が殺死丸を取り囲む。
黒い集団は、警察の銃器対策部隊で編成された突入隊であるが、官や姓名、所属、個人の特定が一切できない様な出で立ちになっている。バラクラダと呼ばれる、テロリストマスクの様な物を被っているので表情一つ伺うことはできない。これは犯人を射殺した場合の後日の査問や裁判での人権弁護士等からの個人追求を避ける為である。

しかし、殺死丸は其れ等に何一つ動じない。その様は喩えるに、剛毅たるの一言。

これは全て、ショックエフェクトと言う特殊部隊の目標に対する基本アプローチだ。奇襲的に大勢で取り囲んでの威圧制圧。
人間性をできるだけ排除した色彩の装備、物音一つ立てずに接近してからの突然の強襲。
体格の良い特殊部隊員に一斉に囲まれ、銃口を向け恫喝される……
普通の人間であらば、それだけで一瞬どうして良いか分からなくなり竦んでしまうものだ。しかし、部隊の目の前にいる女はたじろぐどころか不壤を纏って向かい合っている。
「!? ……こいつ確か一階で見掛けたぞ」
隊員の一人が言った……
すると、エレベーターの残りの全ての基が此の階に停まり同じ隊服の突入隊が降りてくる。殺死丸を取り囲む隊の指揮官がハンドサインで掌を掲げる。部隊の停止だ。続けてその掌を下に押すように二回合図した。つまり、そのまま姿勢を低く待機の指示だ。
そして、顎をさする動作。人質がいる事を告げるサインである。

素早く一人の隊員が、姿勢を低く詠子達の元にやってきた。
「警察です、救助致します。しかし、もうしばらくご辛抱願います」
「あ、あの」

サイトに取り付けられたライトが照らす女は、隊員達を鋭い眼光で睨めている。若干、顔が引きつっているかの様に見える。銃を構える隊員はそこに得体の知れない不気味さを感じていた。本来ならば、此の様な状況で一歩も怯まず悠然と立っている事など不可能な筈だ。
奇襲も、恫喝も、銃口にも、何一つ怯まない……
こんな事は全例の無い事だ。銃器対策隊は対テロ、人質救出、立てこもり、鎮圧のプロである。其々に指揮官の指示を仰ぐ事無く、状況に応じた発砲も許可されている。突然に他方から銃を向けられれば、どんな犯人でも一瞬呆気にとられ抵抗をやめる。
女が口を開いた。
「どういうつもりか……?」
「?」
「どういうつもりかと聞いている!!」

殺死丸の声がホールを貫いた。
一人の隊員が指揮官に耳打ちする。
「あれは、内調と公安と共に捜査協力で介入してきた女です」
「……馬鹿にして、構わん人質を保護し、予定通り非常階段へ向け進行」
獣の眼光。
「待たれぃ!! そこな二人は日本政府内閣情報調査室の名の下に保護を致した! 触れるで無い、退け退けぃ!」
「巫山戯るな! 勝手な事を言うなよ、此方はそんな事は聞いて無い。こっちの指示に従わなければ逮捕するぞ!」
殺死丸は、それを聞くと最(いと)も容易く前に進み銃口を掴み引き下げる。
バスンッと銃声が鳴り床に銃痕が出来る! 薬莢の転がる音。
殺死丸の動作は、余りにも自然で無駄が無い。予備の動作が無いのである、隊員が気付いた時には間合いを詰められ銃を捻られていた。そして反射的に遅れて発砲してしまったのだ。場の緊張が一段と張り詰める! しかし、殺死丸は凶氣漲るその調子を更にと跳ね上げる。
「無礼者がぁぁ!! 此の殺死丸は、錦旗(きんき)の御旗頂きし官軍であるぞ! 維新も、西南の役も大東亜の戦いも全てに奉公したこの殺死丸に弓を弾くなぞ、甚だしい事この上なきぞ!? 昨日今日、官位に就いた様な小僧共が! この私に意見だと? 不届き千万許し難き、斬り捨てるぞ!」
凄まじい迫と、凶氣宿る獣眼。ホールは完全に殺死丸に飲まれる形となった……
「なんだ、この女……!?」
「再度申し渡す! そこの親子には、指一本触る事許さん。それでも、この殺死丸の進む道……阻もうと言うならば、罷り通る事も辞さぬ! さぁさ、どうした? 方々、寄れ寄れぃ!(来い来い!)」
その時、無線から交信が来る。
「急ぎ、非常階段に応援願いたい! 先発がもう持たない! 急行願いたい」
「了解した、しかしグニゴム(人質)と見られる一般人を保護したのですが、内調の関係者とみられる女が引き渡しを拒否しています。対処は本営で願えるか?」
「了解した、以降一般人は後衛に任せ目標の制圧に当たれ」

それを聞くと、殺死丸は尚も銃を向ける隊員達を突き飛ばす様に掻き分けて、詠子達を引き連れエレベーターに乗る。

「ふん……生意気な」
「あれで良かったのでしょうか? 警察を怒らせたら後で大変な事になったりするのでしょう?」
詠子の父が、殺死丸に縋る様にして言った。
「ホホホ、あんな事は戯れに過ぎませぬ。恐らく一階では警備部、内調、公安で揉めに揉めますわよ。オホホ、しかし案じなされますな? この殺死丸、無礼者共は容赦致しませぬ故……」
殺死丸は、詠子の父の肩に腕を乗せ口を覆いながら微笑んだ。
「どんどん状況が酷くなって行く気がするわ……」
詠子が嬉々とする殺死丸を見つめながら言った。
「まぁ!まぁまぁ、それでは、この殺死丸が状況を酷くしている様な言い様。とても心外ですわ、しかし殺目(あやめ)はまぁ随分と暴れてくれている様ですわね!」
「ねぇ、あやめちゃんはどうなるの?」
殺死丸は詠子の顔を見つめる。
「気になりますの? 分からないですわね、何故貴女が殺目の様な者を気に掛けるか」
「どうなるの……?」
殺死丸は、エレベータのパネルを見つめながら呟く。
「我々、殺女(さつめ)は容易く死ねぬ。それも、また辛き事よな」

ゆっくりと、闇の中でエレベーターは降下する。詠子はその中で、何処からか銃声が聞こえた様な気がした……

Re: キチレツ大百科 ( No.79 )
日時: 2016/03/27 14:01
名前: 藤尾F藤子 (ID: hoeZ6M68)

機智烈斎は、虚しさと焦燥を持ってその光景を眺めていた。
いい歳をした大の男達が、面子や体裁の為に激しく言い合う様は醜悪に堪えなかった。
しかし、組織の事情と云うものは個人の感情だけでは如何にもいかないものだ。

「これ以上の突入は無駄な犠牲を強いるだけと何故わからない!」
「こっちは部下が殉職しているんだぞ! 何としてでも此処で引っ張る!! 外野は黙っていろ!」
「此処で確保できる保証があるのか!?」
「保証がないから犯人を逃すのか!? それが公安や政府の総意と言う事か?」
「そうじゃあない! しかし……」
「そんな逃げ腰だから……」
「感情的にな……」
「部下が死んで、感情的なら……」
「落ち着……」
「…………」

眺めるその様に嫌気が差し、機智烈斎は外に目を向ける。
「結局、人が集まってしまえば何時もこうだな……」
それを聞いて、内調の職員は冷やかに言った。
「こういった言い合いには、結局のところ明確な答えは出せません。ですので、第三者等が双方の言い分のバランスを見て妥協し合う形での決着で有耶無耶にしてしまうのが妥当です」
「でも、今はそんな時間が無いだろうに?」
「ええ、ですので我々は勝手に話を進めましょう」
「どちらにしても、すんなりといかないね? 何かしようとすれば、何時も誰かに恨まれる」
内調の職員が、機智烈斎を見て笑んだ。
「くくっ、呪われた機智家の血を引く機智烈斎ともあろう方が、恨まれる事を恐れるのですか?」
「いいや……今更どうこうしたところで、其処は如何足掻いても変わらない。だが、俺は俺でやれる事をやるだけだ」
すると、エレベーターが付近が騒がしくなった。

「道を開けろ! 日本政府、内閣情報調査室である!! 小僧共、退けぃ!」

「何だ、彼奴……止まれ! そこで止まれ」
「そのまま、止まれ!」
エレベーターから出てきた殺死丸(あやしまる)は、付近の銃隊の向ける銃口を歯牙にもかけず堂々と進む。
まるで、撃てるものなら撃ってみろ、と言わんばかりに周囲を睨め回し歩みを進めている。
「あいつ……また、絶妙のタイミングの悪さで!」
機智烈斎は、バツの悪そうにポーラーハットを押さえる。

「今度は何なんだ! いい加減にしろ!!」
警備部の捜査員達が、内調の職員と機智烈斎に詰め寄る。
「あの女はそちらと同行していた筈だ! 何で、勝手な真似してくれているんだ。捜査協力は、上からの指示で承諾はした! しかし、現場を荒らす様な事をしてくれるな! 後で正式に国へ抗議するからな!! 覚悟しとけ」
内調の職員は、顔色一つ変えずに言った。
「ええ、後日『警備部』からの苦情という事で承りましょう」
機智烈斎は無言で少し頭を下げる。

こんな事をしている場合ではないんだ……機智烈斎は、現在非常階段で交戦している殺目(あやめ)の事をどうするか思案していた。

「退けぃ者共! 邪魔だぁ、道を開けぃぃ! あら、所長ーわたくし、殺死丸帰参致しましたわ!」
殺死丸は、機智烈斎を見つけると妙にニコニコして嬉しそうに側に寄る。
「やってくれたな……お前」
機智烈斎はそんな殺死丸をジロリと睨む。
「? まぁ! まぁまぁ、どうしたんですの? そんな棄てられた犬や猫の様な目をして。それより、聞いて下さいまし……」
「黙れ、貴様殺目を嘗めて掛かったな? 其れでこの体たらくか、何故お前はいつもそうなんだ! 言う事は聞かない、無線機は無くす、ポカはやらかす、言う事は聞かない! 何処までお前は勝手気ままなのだ、殺死丸」
「そこまで強調なさらなくとも……」
「お前は屋敷を出る前に、殺目ならある程度攻撃予測がつくので捕らえる事も容易き事ですわ〜ホホ、など言っていただろうに、此れはどう言う事だ。なんだその様は!」
「あ、否! 待たれよ、主。殺死丸の言い分も聞いて下さいまし」
殺死丸は、人差し指と中指を合わせ機智烈斎の唇に這わせる。
「何をしてる」
それを左手で軽く払う機智烈斎。すると、急に殺死丸が眉を潜めたまま下を向く。
「わ、わたくし……私、これでも必死とこころばりましたのに……そんな言い方はございませぬ……この殺死丸、心痛の極みですわ」
機智烈斎は、呆れた様な目で殺死丸を見下ろす。
「必死……か?」
「そうですとも、そうですとも。この殺死丸、正義と人道の名の下にアレに見えます野暮ったいガキと冴えないオヤジを殺目の凶刃から守る為に、この身をこころみる事なく必死と努めた末の顛末でございますわ! これがもう如何に大変であったか……ここは大儀であったと、この殺死丸めを褒めて下すっても良い筈! そうでありますわね? 娘、親父!」
詠子(よみこ)に向けキッと顔を向ける殺死丸。有無を言わさぬ同意を求めているらしい。しかし、詠子と父はどう言って良いか分からず、「はぁ」と言う他なかった。
それもその筈で、実際には助けられたのは殺死丸の方である様なものだ。
「何が正義と人道だ……お前は其れ等と最も対極に位置している存在だろうに……」
機智烈斎はそう独り言ちた後、何も言わずに殺死丸を押しのけて二人の前に行く。
「あっ、ちょ! 御当主! そんな無下に捨て置かれるなぞっ」

黒尽くめ、ポーラーハットに白い肌。少し隈掛かった冷たい瞳。細身ながら背は平均より高く、男の癖に肩まで掛かる長髪を靡かせている。此の一階の、広いロビーに犇めくスーツ姿の男達の中でも一際目立つ。全体的なシルエットが、既に妖しい。
機智烈斎が二人の前に立つ……
詠子は、目の前に立つある種幻妖な風貌の男を前に、僅かながら体に力が入る。少なくとも、詠子の生活圏内に此の様な類の風を吹かす者はおらず、本来ならば此の様な大人と関わる事もなかったであろう。
男は恭しく帽子を僅かに上げる、やや頭を下げながらもその冷たい瞳は二人をしっかりと見据えていた。
「まず……部下の非礼と、此の様な状況になった事をお詫び申し上げます。あなた方御二人は我々政府筋の者が責任を持ち保護させて頂きます……我々も伺いたい事がありますので。しかし、そちらにも『御事情』がおありでしょう。其れ等も最大限考慮しましょう、我々と同行していただけますね?」
「は、はい。娘の安全が保障されるのならば……お願い致します」
詠子の父はやや緊張した様子でそれに承諾した。
「結構、話が早くて助かります……キミ、辛いだろうが、もう少しの間我慢していただけるかな?」
その瞳の冷たさは変わらないが、やや柔和な表情を作り男が言った。
しかし、その表情に詠子は何所か変な錯覚を覚える。
「どうした……? お嬢さん、どこか怪我をしたのか、それとも気分が悪いかい?」
男は、詠子の顔を覗き込む様にして見つめる。
「だ、大丈夫です! 怪我はしていません……あ、有難うございます」
「娘! 何をしておる! か・お・が近いぞぉ、離れぃ、離れい!」
殺死丸が後ろで騒いでいる。
「殺死丸? まさか、これで終わりではないだろうね?」
機智烈斎は背中越しに殺死丸へ問う。
「ホホッ! まさか、まさか。殺目は恐らく、非常階段からこの一階フロアを抜ける腹積りでありましょう。しからば、此処で叩きますわ」
「階段から進攻した部隊と共同では無理か?」
口に手を当て笑む殺死丸。まるで全てを化かした様に嗤う白狐の様な貌だ……
「ホ! 恐らく、階段の部隊はもう半壊滅でありましょう? それに、警察の部隊が殺目をギリギリまで追い詰めた所で叩いた方が確実かと……」
そこで、内調の職員が話に割り込む。
「いや、無理に鹵獲するのも、処分するのも損害が出る。逃走を促す方が良い」
殺死丸はそれを聞くと、無言で機智烈斎に指示を促す。
「捕らえても面倒、損害も後々に面倒、だから消えて貰って後に皆んなで会議で考えようと言う事に聞こえてしまうね……」
内調の職員は、表情を変えずにシレッとした態度だ。
「概ねそうだ。所長は物分りが良くて助かる。教導団は非常に厄介だ……アレは政府と根深い。しかもアレらが一斉に蜂起でもされたら、それこそ対処しようがない」
殺死丸は、微笑みながら内調の職員に云う。
「ですが、連中の習志野の秘密施設と兵舎の近くには、第一空挺団やそれこそ特殊作戦群が駐屯して御座いましょうに……幾らでも対処可能では?」
「そんな事になったら、日本は亡国へと真っしぐらだ。考えたくもない」
機智烈斎は呆れた様に笑う……
「最悪の事態を常に想定していてほしいね、政府の関係者ならば。しかも内閣の諜報員なら尚更にさ」
「それは防衛畑の人間はそうだろう。でも我々は、違う立場から国家的危機を分析、判断するのが仕事だ。最悪の事態を招かない為には、ここは一旦様子を見ようと判断した」
「賢しき政治判断と言う訳でありますわね……? されども、殺目は此処を通ります故、もうじき此処も戦場と相成りまするが?」
「殺死丸さん、その状態で向かって行って、むざむざ殺されてしまうのは此方には痛いのだがね?」
「ホホ、見くびりあそばすな。この殺死丸、御当主様の為に一身投げ打って殺目を仕留めますわ! ホホホ」
其れ等を尻目に、機智烈斎は何か腑に落ちないものを胸に宿していた。

「何故に態々こんな事をしたのだろう……何を狙っているのだ敵は」

Re: キチレツ大百科 ( No.80 )
日時: 2016/03/28 21:58
名前: 藤尾F藤子 (ID: dOE8t2iG)

「ん……お嬢さん、どうかしたかな?」
機智烈斎が、詠子の様子を見て問うた。
「いえ、あの……以前に何処かでお会いした事がありますか?」
「娘! 何だ貴様、いきなり我が主に欲情したのか? いやらしい、このメス猫が!」
殺死丸(あやしまる)が機智烈斎の後ろでギャアギャアと騒いでいる。
「口を慎め、殺死丸! すまない、アレは口が悪くて手も悪い、オマケに性格も凶暴で私も困っている。まぁ、野良犬に吠えられたとでも思って気にしないでくれ給え。お嬢さん」
「は、はぁ」
この黒尽くめの男は、其の見た目通りどうも根っからの変わり者の様だと詠子は感じた。
「ふむ、しかし私は所謂JKと言う類の人間に知り合いはいないな……」
顎に手を当てて、真面目に記憶を辿る機智烈斎。
「あ、ごめんなさい。ちょっとそんな気がしただけですので、気にしないでください」
やはり、この男は変な男(ひと)だ……詠子は思う。
「何だ! 娘、下手なナンパか何かか!? これだから最近の若い娘は……痴れ者め」
「黙れ殺死丸! 無礼な事を言うな」
殺死丸は機智烈斎から顔を背け、鼻をフンと鳴らしてふてくされる。
「あのお姉さんと、その……貴方は何とお呼びすればいいんですか。私は読田詠子と言います……」
「私は、日本戦略発生学機関と言う政府の御用機関のしがない所長をしている。気軽に『所長』と呼んでくれて構わない。アレは『あやしまる』と言う。一見変な名だと思うだろうが、世の中にはヤクシマルやゴロウマル、サナダマルとか言う名もあるだろう? その様なモノさ……」
機智烈斎はシレッとした顔で言いのける。
あぁ、やっぱりつくづく変わった人だなぁと詠子は黒尽くめの男を眺めて思った……
「あ、あやめちゃんはこれからどうなるんですか!?」
「ん? キミは……!?」
機智烈斎の目が一層に冷たく光る。
「あやめちゃんは、倒れている私を介抱してくれたの。だから、その……」
「ほぉう、これは興味深いね。其方の……読田さんと仰ったか、貴方もですか?」
詠子の父に視線を移す機智烈斎。
「は、はい結果的に命を救われたと言いましょうか、あの髪の長い少女に見逃してもらいました。娘はあの少女に助けられた様子です」
「ほう、あの殺目(あやめ)が作戦行動に於いてターゲットの一人を見逃し、その娘を助けたと……予想外だね。殺死丸、お前面白い親子を連れてきたな」
「ホホ! そうでありましょう、そうでありましょうとも! この殺死丸、其れ等をうんと考慮しての、この結果なのでありますわ、それに……もう一つ、その娘は面白き事を秘めておりまする。さぁさ娘ぃ、知っている事を洗いざらい主に吐けぃ!」
機智烈斎はそれを聞くと、厳しい表情を作り云う。
「頭に乗るな、お前は少し黙っていろ! 余計な事を言わず口を閉じておけ!」
殺死丸は、僅かに目を見開くと顔を真っ赤にして唇を噛む。
「まぁ! まぁまぁ、んんんん……キィィ、グスッ! ううっ」
機智烈斎は、詠子にやや視線を合わせる様に屈む。慣れていないのだろうか、不器用ながらも優しい表情と声で詠子にまるで言い聞かせる様に声を掛ける。
「詠子さん? 後で、落ち着いた時に話してくれたら良い。しかし、今はもう暫く此処で辛抱していてくれ給え? 怖いかい……?」
「いいえ、ううん。怖いけど、大丈夫……」
機智烈斎は、詠子の頬に手を当てる。
「良い子だ……キミとお父さんは、俺が絶対に守ろう。君には、すまないと思っている」
「なんで貴方が謝るの? 所長さん」

「これは、全て我々大人の責任さ。此処にいる全ての……そして、私の責は更に重いのだ……キミの様な子供まで巻き込んでしまった。すまない」
「所長さんの所為……?」

「そう……俺と、俺の家の所為さ。だから、俺は何れその責を負う為に存在している様なものだ……ごめん、君にこんな事を話してもしょうがないな」
機智烈斎は、そう言うと詠子に背を向けた。 
やはり、詠子はこの男の面影に誰かを見た様な気がした。


非常階段の踊り場で殺目が佇んでいる……
服だけでなく、顔も髪も返り血に塗れている。血は乾燥するのが早い為、赤茶に固まり瘡蓋のようにこびり付いてやがて落ちていく。
周りには、折り重なる様に倒れている特殊部隊員。壁には血の手形がのたうった無数の跡。殺目は、少し突っ込み過ぎた事に後悔していた。混戦の中で、腰に下げたナイフを二本使ってしまった。人が集まって団子状態の中で片手だけでは足りなくなってしまったのだ。
両の手のナイフは血だけではなく、人の脂が付着してしまっている。腰や背中を刃物で刺すと脂肪が刃に絡む。そして、特殊部隊の隊員はタクティカルベストを着込んでいるのでどうしても刃こぼれを起こしてしまう。殺目は肩に掛けた短機関銃の弾倉をチェックすると、倒れている隊員からマガジンを幾つか抜き取った……
「くそ、余計な事に拘ったばかりに時間を食い過ぎた……完全に集合ポイントに間に合わないな」
床は血溜りで、歩く度に殺目のブーツのソールがビタビタと音を鳴らす。
上階から、殺目に向けて銃声が鳴るが殺目は特に気にもしない。その位置と角度からは弾が当たらないと予測したからだ。と同時に、それは殺目の居る位置からも相手に弾を当てる事ができない事を意味している……
「早く帰らなきゃ……頼母が心配する」
虚ろな瞳でそう言うと、殺目はまた下階へと駆ける。


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