複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 ( No.31 )
日時: 2015/12/06 06:48
名前: 藤尾F藤子 (ID: 9kDns1lV)

「止まれ! 警察だ!!」
「止まれィ!! おら!」
「武器を捨てろ!!」
瞬間の恫喝と、銃口を向ける……之らには犯人への正確な逮捕の為の故だ。

しかし、部隊の眼前にある存在には其れ自体が意味を成さない。

「今更に……まだ、そうするか? 最早哀れ也」
怒号と銃口が乱れる中、殺目(あやめ)は、ぽつり嘆く。
「お前達じゃ無い、此れは世に向けてだ……」

脚が踏み込む。

それは、瞬間だ。前衛の二人は、刹那の出来事に一瞬思考を奪われる。

「じぃぃぇや!」

ガツリ! と音を立てて、斜め左の袈裟懸けの要領で前衛一人の頭蓋が断ち割られる!
防弾盾から、僅かに出た頭部に振り下ろされたのだ。頭部から抜いた太刀の刃に、白い脳漿が僅かに付着している。剛性のあるヘルメットと硬い頭骨を一瞬のもとに斬り下げたのだ。

何故だ!? 何故あの距離から突然に目の前に!?
距離が突然に詰まると、人間は思考が乱れる。これは詰まり、
”在り得ない事は、在り得ない”と言う事だ。
人間の意識下は、本能で此処から囚われ動けない。これは余程の専門的な訓練に於いて、初めてその思考判断から解き放たれる。しかし一般の生活において、この思考から離れてしまうと、ある種奇異な事となり、不便になってしまう。だから故の人間の本能なのであろう。
頭を割られた隊員が、遅れて銃口を引いたのだろう、膝をつき崩れた状態でMP5のマズルフラッシュが咲く。
「シッい!!」
次に殺目は前衛のもう一人に剣尖を向け、柄頭に左手の平を合わせると渾身と共に、身体ごと突っ込む!
反りの強い太刀に合わせ、やや切っ先が下を向いている。しかし、相手の体に刃が食い込んだその時点で、左手で切っ先が上へと僅かにずらす様に仕向ける。
「ええェ……かか」
バイザーの中で血混じりの泡が見えた。
防弾防刃のタクティカルベストであろうと、極限まで不純物を取り除き、燃え盛る炎火(ほむらび)で鍛え抜かれた玉鋼。それを打ち抜き、研ぎに研ぎ澄まされた日本刀の武器としての威には敵わない。
現代の軍需の”製品”と、古来からの”武”の道具との違いだ。
前衛の後方からの制圧射撃が開始された! 火線が奔る。殺目は嗤う。
「漸く始まった……此処からだ!!」
刺殺したままの隊員の体を後衛に向け、甲声と共に銃火の中にそのまま突っ込む殺目。
全ての神経を足腰に注ぐ様な感覚で、突き上げる隊員を火線の盾にして押し込む!

全ての武道、武術、格闘技は、脚と腰を基点として、その技を発生させる。
足腰が弱い、走れない奴に強い者は居ない、断言する。現代のボクシンング、打撃格闘(キック、ムエタイ、日拳等)総合格闘技(MMA)でも其れ等は当然だ。
昨今の総合系のジム等は、やる技が多いので軽視されがちではあるが走る事、つまりランニング等は本来ジムの基本である事からわかるだろう。

殺目は其れを当然と、体に染みつかせている。言うなれば殺目の使う撃剣は全て脚で斬っていると言っても過言では無い。手は太刀を持ち、刃を相手の体に向け下ろす為の事とも言えなくも無い。当然その斬撃の瞬間の”間”に全身の力で”引き”を使うのだが、手、詰まりは刀を”手で振る”という事は決してしない。
脚が踏み込む、その体重の移動が腰に掛かる、構えから太刀を斬り下げる。そして更に刃の当たる寸前の間を見切り、引き切る。この際も脚と腰が重要だ。
此れ等を以って、初めて日本刀で人を”斬れる”のだ。
今、殺目はその基本の脚を”使った”迄だ。

人体を刺せば、斬れば、皮膚と筋肉が裂け、血が流れだろう。体の損傷によっては、体内の骨や臓腑が露わになる事もままある事だ。其れ等は信じられない様な絶叫と、まるで獣の様な呻き、酷く惨たらしい苦悶が伴なう……血や吐瀉物を吐き散らし、苦しむ様は地獄と言う形容詞すらがちゃちな表現になる。

しかし『戦う』と言う事はそう言う事だ。

殺目の眼前から放たれる銃火、比較的少ない硝煙と共に薬莢が飛び放ち地面へと転がる。突入隊の装備であるドイツのH&K社のMP5と言う銃は、種別としては短機関銃という部類の物だ。機関銃では無いので、フルオート(連射)では無い。その為反動も少ない、が威力、火力的には高くは無い。其れは部隊の特性や法律もあるが、運用思想に拠る処が大きい。
警察の突入、特殊部隊等は主に犯人へのエントリーがステルス(潜入)である事を憂慮し、速やかなる行動と、高い射撃力に重点を置いている。しかし、短機関銃であろうと、只の拳銃であろうと、火器である。其れは火薬の気体の圧を利用し、弾丸をバレル(銃身)から発射させる。火薬の炸裂が銃声を生み、初速毎秒700m程度の飛翔体が線を引く。
そんな中で体を動かすなどは尋常な人間のできる事では無い。
本来ならば、銃口を向けられただけで終了となる筈だった……
しかし相手はTV等で言われる、只の刃物男等と言うキチガイの素人では無い。
いや、厳密に言うならば、TVや日常などで見る頭のおかしい者や異常者は、キチガイとは言え無い。精神的痴呆者と言うのが正確だ。其れ等は小児性や変質性等の極下等な者達であり、語るに能わぬ類の者達だ。

本来のキチガイとは、気が違ってしまう、と言う事である。
常人の気とは違う領域にいる。ならば、今この状態は気違いであり、殺目は気狂いの領域を自らに成している。そういう本能と領域と気概の狭間がある。
それを端的に書いた有名な書に『葉隠』というものがある。そして其処にはこう書いてあるのだ。

”死に狂ひ” 
そして之を人はシグルイとも謂た。

火と鉄の飛び荒む中で、刃迅が舞う。
これは、とてもじゃ無いが真面な現場では無い!
特殊捜査班の隊員の頭にそれがよぎった時には、後衛の突入隊の隊員に殺目が突き刺したままの隊員毎突っ込んでいた! それはまるで古代のウォリヤズの使うシールドバッシュを見る様な闘法だ。
殺目は先ず、左足で隊員の体を足で押して太刀を抜き連れたるや否やもう一人の後衛に躍りかかる!
「ジィィィエイ!!」
この際、殺目は瞬間に体勢を低くする。眼前の隊員は僅かに銃口をずらさざる得無い。
しかし、その合間は無く、殺目の低い位置からの逆袈裟で銃口を跳ね上げる様なイメージを持って、隊員の右の脇から左の肩に抜ける一閃を放つ!
「!?」
短機関銃が殺目の体の斜めに火線を引いた。しかし、殺目はそのままその隊員の体に密着したままで、その主武器を奪い、倒れている二人と、やや後方にいる捜査員二人に向け引き金を引いた。

この間は僅かに数分だ。相手の隊員達には、恐らくそれがもっと永くに感じたであろう、そしてそれが最期に見た光景であったろう。
殺目はフッと一息吐き残心するが、すぐに太刀を血振るいした。
「ふむ……悪くは無い。ただ、まだ届きはしない……」
殺目は討ち漏らしの確認をする。

Re: キチレツ大百科 ( No.32 )
日時: 2016/01/10 23:25
名前: 藤尾F藤子 (ID: l1ZIjquS)

殺目は、折重なり倒れている二人の隊員に向け奪い取ったMP5を撃つ。
パスパスと乾いた銃声が廊下に僅かに響く。
すると、一番後方に位置していた特殊捜査班の隊員の一人が倒れながらも発砲してきた。
「やはり、拳銃という物は確実性に欠けていかんな……」
特捜班の隊員は、先程殺目によりMP5で撃たれてはいたが急所は外れていたらしい。
しかし、その顔は苦痛と夥しい発汗で覆われていた……
「くそっ! くっ……化物がァ!!」
「そうだよ? キッキ……!」
殺目は、思わず口に手を当てる。
その笑い方は止めろと昔から言われてた。余計な事が脳裏によぎる……

「!?」

その瞬間に殺目の体を二本の太い腕がロックする!
「行け!! 行けぇ、早く……後退しろぉぉぉぉ!」
なんと、殺目が最初の一太刀を浴びせた隊員が殺目を腕で捉えたのだ。
「くっ! 馬鹿、お前……」
特捜班の隊員は尚も殺目に当たらない標準を合わせようとする。
「いいから! いっけ……い、行けよ?」
殺目の体に掛かる腕に力が込められる。
「早く!!!」

殺目は何故か其れを静かに見送った……

なぜ、私はこの状況を放っておいている?
なぜ、私は……
よろよろと特捜班の隊員が後退していく、その輪郭がどんどん遠くなる。

「もう行ったぞ。君の仲間は……」

静寂の中、荒々しい息使いが谺す。

なぜ、自分は振りほどいて斬り殺さなかったんだろう? 此処に居る全員で掛かってこれれようが、振り解く事は容易い事だ……なのに何故?
「ぐ……ハッハはっ……」
「もういいよ? 君の仲間は後退できたよ?」 
それを聞くと、ずるりと隊員は倒れこむ。

「そうだね……倒れる時は、前のめりで在りたいものよ」

この隊員は頭部に太刀の一撃を浴び、その死の間際に正に決死で殺女たる暗殺人形の自分から仲間を後退せしめた。何故だか殺目には不思議な感覚、いや感情が滲む。
「そうか! お前、そうだな? そうだ、うん。頑張ったのだな……此の国の仔よ」
「はっはっ……は、は」
殺目は膝を折り、隊員の頭をその上と乗せメットを外す。
もう助かりはしまい、目も見えてはいないだろう。それなのに……
人の今際の際(いまわのきわ)というものには、自分にすら驚くべき力を発揮するものだと殺目は感じる。
「はっ、はっ! は! か……か」
「ん? どうした? 何か言いたいのか?」
顔を覗き込む殺目。キャスケットが落ちて、殺目の長い栗色の髪が溢れる。
「かっ、は、は、! ご、ごめんよ……母さん」
死の間際の幻覚を見たのだろう。その後二、三回の息遣いの後に隊員は事切れた。
「?」

どこかで、どこかでこんな光景を見た……
殺目は記憶の片隅の中にこんな光景を何度も見たという事を思い出す。
西南戦争もそうだ。地獄すら生ぬるい日露戦争だってそうだった。

人間は死の間際に、皆母を想うのだね……?

隊員の目を除く殺目。
母か……そんなものが私は居たのだろうか? 分からない、でも人は皆、父がいて母がいるものだね? そうして、生きて、死ぬのだね? 
人は死んで土塊に帰り、その土地の……土に還る。それは地球に帰ると言う事だろうか? そうすれば体は地虫の餌となり、その土地には草や花が咲くのだろうね。そう思うと、殺目には嘗て自分の見たであろう此の国の原風景が、頭の中に幽かに過る。
殺目は、膝の上の冷たくなり始めた隊員の頬を撫でる。

それとも、今はもうすっかり暗くなったあの暗黒の空へと帰るのだろうか? そう思いながらふとビルの外に視線を向ける殺目。そこには、返り血が僅かに着いている。窓から宵闇の中に月が覗く。殺目には、何故か何時もその月が赤く濁って見えるのだ。

「死ねば。宇宙に溶けるのだろうか? ならば、私死んだらあの忌々しく濁る血膿の紅月を引き摺り下ろしてやるんだ……私のね? 幼き頃はな……もっとあの月は白く、近かったのだよ?」
無言で冷たくなった隊員に語りかける殺目、その手で膝に抱いた男の目をそっと閉じた。
「私も、はやく死にたいものよ。だから、だから! はやく、誰か私を……連れてってくれ……」

Re: キチレツ大百科 ( No.33 )
日時: 2015/12/09 19:44
名前: 藤尾F藤子 (ID: 3TttADoD)

ビル一階では、無線を通して14階の状況が伝わっていた。
若い機動隊員達は、あまりに突然の仲間の全滅に殺気立ち我先にと突入を上司へと訴えている。僅か二分足らずだった……銃隊の装備、突入班一チームが突入作戦に際しそんな目に遭うなどは誰もが予想していなかった。
もちろん、警察と言うのは常にもしもの事を想定して動いている組織体制だ。しかし、それにしてもこの現場の出来事は異常だったと言わざる得まい。
警視庁本庁では、流石に大規模な部隊を動かし形振り構わぬ制圧作戦を開始せざる得なくなっていた……
ビル周辺に屯ろしている、公安捜査員達の動きが忙しくなってきた。
そこへ完全封鎖されている筈の道路を、ゆっくりと黒塗りのセンチュリーが走行している。

「ご当主様? きっとあのビルで暴れているのは殺目、もしくは殺華と存じますわ。ああやっていつも、ワザと戦線を拡大したりするのがあの娘達の手ですわ」
ハンドルを握る怜悧な印象の女が云った。
「まったく……お前達、殺・女(コロ・スケ)と言うのは本当に手に負えないな……おい、殺死丸(あやしまる)急げよ……?」
後部座席の白のリボンラインの山高帽を被る黒尽くめの男。ひどく冷たい目で車外の風景を見ている。
「まぁ! ご当主様? 殺死丸(あやしまる)はお止めください! 現場でこの名前で呼ばれると人が変に思いますでしょう?」
「じゃあ、お前もご当主様は止めな……」
「なら、機智烈斎様が宜しいですか……!?」
男の口が刃物のようにつり上がった。
「ふふ、馬鹿。所長で良いだろう? アヤ」
機智烈斎、機智英一(きち えいいち)は手元のバインダの資料を確認する。
「殺目(あやめ)か……下手をすると此処ら一帯の警察官が殉職しまくってしまうぞ? 早まった真似をしなければいいが、そう言う訳にも行かないのが国家、社会と言うものよな」
「まぁ、まぁまぁ! 機智烈斎とあろうお方が嘆いている様はお見苦しいことこの上ないですわ! オホホホホ」
「黙れ! そう言うお前こそ内心慄いているのではないか? ハハハ」
「まぁ! まぁ、まぁ! この殺死丸を愚弄なさるとは、幾らご当主様が雑魚であろうとも容赦いたしません事よ? 殺目なんぞ、私にくらぶればついこの前オシメが取れたようなもの。ションベン臭い小娘に遅れは取りますまいわ! ホホホホ」
機智烈斎は鋭利な笑みを含んでいる。
「まぁ! 私の宝蔵院流の槍術を嘗めておいでで! まぁ、まぁまぁ!? 何て事! かの長州奇兵隊軍監、山縣狂助も納めた槍術ですわよ!」  
車が山王パークタワーに着いた。同時に、公安の捜査員達が車の周辺に集まる。

「ご足労をお掛けしました、機智所長」
「うん、もう突入は?」
「先行した部隊が一人を除き全滅です」
機智烈斎は露骨に舌打ちをする。
「やってしまったものはしょうがない。それと……わかっているね? 恐らく奴さんの仲間は公安と警備部にも居るだろう。規模は多くない、恐らく一人二人が良い処だと思うけど、気をつけて……それと、捜査権は譲渡してもらえるのかな?」
「さすがに捜査権の譲渡は不可能です……」
「わかった、ならば内閣情報調査室としての捜査協力名義で介入をする。君達も来い」
「わかりました」
「ホホホホ、あの娘の腹ワタ掻っ捌いて所長に土産と差し上げましょう」
「できれば、生かして連れて来て欲しいんだがね?」
ズラズラとスーツの男達を引き連れて、怪しい黒尽くめと長い棒状の物を黒い布に包んだ此れ又怪しい女がパークタワー1階に我が物顔で入って行った。

Re: キチレツ大百科 ( No.34 )
日時: 2015/12/10 22:40
名前: 藤尾F藤子 (ID: giYvI9uD)

「仁! 三国内伝機智家典拠集……機智烈大百科を探し出してどうする気!?」
「そうじゃな……今こそ、維新回天をせしめる時期かもしれんな?」
頼母の眼は鋭いが、どこか優しい光を湛えている。

六本木club  真←空(エアリアル)

「維新回天!? バカ……貴方、正気なの? それは自衛官である貴方が、口にして良い言葉ではないわ! もう過去へ拘るのはお止めなさい。仁!?」
頼母は何故か、終始優しく静かに笑んでいる。視線が巳白へと動いた。
「巳白? お前さぁもよく聞きやんせ?」
巳白は何やら深刻な、頼母と女の会話に呆気にとられていた。しかし、恐らくこれからの自分の身の振り方に大きく影響する話であろう事は理解出来る。
「はい」
頷く巳白に、ようやく頼母の隣にいる妖美な女はその存在に気付いた様だった。
「あら? 貴方、さっき会ったわね? そう……仁八の所の若い子だったのね。道理で」
女は立ち上がり煙草を取り出す、すると辻村が予想したかの様にすかさずに手元で火を点す。こういう動作が日常で普通にできる人間は、確実に何かを積んできた証拠だといえる。頼母の巳白を見る目には、いつもどこか自分の子供や、弟を見やる様な素朴な優しさがある。巳白もそれを何となく肌で感じていた。だからこそ、この男についてきたと言える。頼母は虚空を見据えると、静かにその口を開いた。
「陸幕調査部別室、命令第177。そいが全ての始まりじゃった……」
頼母の眼に焔が燈る。
「俺い達はその命令を敢行すべく、ある特殊な情報工作を行ったんじゃいな。それは特定の政治家、官僚を政治の中心、キャスティングボードから追い落とす作戦じゃった」
巳白はその言葉を疑った。自衛隊は本来シビリアンコントロール(文民統制)下にあるのである! これは組織ぐるみの政治への介入だ。これは、話にならない程の重大事件である。これが公になれば政府野党などはこれを機に自衛隊の解体などを叫び、世論だって黙ってはいない。現与党だってタダでは済まない。しかもそれに関わったのは陸上自衛隊の諜報機関、実行が其の隷下にある秘匿された特殊部隊である。正に、前代未聞だ。
「俺いは、若かった。いや、子供じゃったんじゃな……”政治家は悪、官僚は奸物”そんな安く薄っぺらい正義論で思考停止しとったんじゃいや。しかし、その後その勢力を政治の中心から追い落とし、政治生命を絶った後にこの国が制定し始めた法案で俺い達は解ったんじゃ……体良く利用された事をな」
頼母が煙草を口にすると、今度は側にいる女が火を点けてやった。
「不良債権処理を優先とする、『財政再建』『特殊法人改革(民営化)』これを皮切りにした、最終的にある一部の者達の研究を元にした法案が可決され始めた……この意味、巳白? お前さぁには分かっとや?」
巳白は息を飲む。その答えを口に出すのには少々勇気がいるのだ。なぜなら下手をすると、物笑いの種になってしまう……其れ位途方のない答えだから。しかし、巳白は敢えてその答えを言う覚悟をした。 
陸幕調査部別室、自衛隊、政府与党……可決されだした、余りにも国益とは程遠い法案。その答えは一つだ。
「アメリカ合衆国政府、共和党人脈」
頼母は優しい目で巳白を眺めると、目を瞑り大きく静かに頷いた。
しかし、女は違った。
「仁!! いい加減にしなさい! 貴方……”教導団”を私物化してこうやって若い子達を巻き込んで、その目的の為に引き連れて行こうなんて……それは貴方が最も嫌っていた連中と同じじゃない! 分かってるでしょ!? こういう若い子が一番先に死ぬのよ!
教導団、殺女衆、キチレツ大百科、維新回天……貴方は、この国で軍事的クーデターを画策する気ね!」
「お前さぁには、そう見えとうがか?」
「仁八ぃ! てめぇ、目ぇ覚ましやがれぇぇ!!」
女は頼母の襟首を掴む!
「じゃっどん、お前さぁが必要なんじゃあ……国友ぉ!」

「え?」
巳白はその言葉を疑った。

Re: キチレツ大百科 ( No.35 )
日時: 2015/12/11 00:53
名前: 藤尾F藤子 (ID: giYvI9uD)

「てんめぇ、仁八ぃぃ! そりゃ俺の昔の名前だろーが!! 私はな、此処ではマダム汐音(しおね)で通ってるって言ってんだろーがぁ!あぁ? もう私はモロッコで取るモン取っ払って性別も変更済みなんだ、そこんとこよぉく理解しときなさい!」
褐色の妖美な女は、長いドレッドを揺らしながら頼母に掴みかかっている。
しかし、”彼”こそが特戦群の鬼、魔人と言われ恐れられた”九分殺し”の篁国友(たかむら くにとも)だったのだ。巳白は、その事実を受け止めるのにどうやら一週間はかかりそうだと思った。
「俺は現実が信用できない……」
そこへ殺華がひょっこり帰ってきた。
「まったく此所はトイレが遠くて敵わんよ! 迷子になってしまったゾ……むう、随分派手なお姉さんがいるな……しかし、何故だろう。とても懐かしい香りがする。ええい! 香水の匂いが邪魔をする」
殺華が刀袋をブンブン振っていると、篁が殺華に気づく。
「殺華じゃないか……! おい、仁八! お前、殺女を外に出しているのか!? 何てことを」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 篁君〜〜〜」
殺華が篁に飛びつく。
「ば、馬鹿野郎、殺華! くっつくんじゃねぇ」
「うわわわわわぁ〜、篁君が、篁さんになっている〜〜! どぼじょ〜〜」
「きたねぇ! 鼻水と唾を付けるんじゃねぇ!」
頼母が巳白にウィンクする。
「どうやら、殺華を連れてきたんは正解のようじゃな! わははは」
「は、はぁ……」
巳白は思った。頼母は最初から殺華を連れてくる、いや付いてきてしまうのを見込んでいたんじゃないか? 頼母にはそういう得体の知れない部分が時折見え隠れするのだ。巳白には頼母が裏表のある人間とは到底思えない。しかし、ある種のマキャベリズムを持ち合わせているだろう事は理解出来る。しかし、それでも……それでもこの颯爽の吹きすさぶ笑顔と豪気、そこはかとない優しさを持ち合わせる頼母仁八という男の魅力に抗えないのである。
「笑ってんじゃねぇぞ! 仁八ぃ。てめぇ、どういうつもりだ……なんでこのクソ餓鬼が六本木の街ぃ闊歩してやがんだ! てめぇこんな事してやがったら本当に消されるぞ! 死にてーのか!?」
「クソ餓鬼とは、随分じゃないかね篁君!」
「うるせぇ!! てめぇーは黙って茶でも啜ってろ!」
「きゃいん!」
殺華は縮こまってソファに正座しだした。女、いや篁はその妖美な姿とはいえ、やはり現役時代の名残がある迫力を持っている。しかも彼は、今現在はヤクザの構成員としてバリバリの現役なのである。怖くないほうが嘘である。
「仁八、てめぇアメリカ相手に自衛隊を使ってクーデターをするつもりだな!? 馬鹿な事を考えるなよ! そんな事は100%不可能なんだぞ! そもそも今の時代に叛乱蜂起の意志の統一が不可能だ! 之によって部隊、装備、車輌等の収集が不可能だし、そもそもその人数が集まる前に情報が漏れるのが見え見えだ! 集まったと仮定しても、次の日には他の部隊、在日米軍が鎮圧に出るだろう。不可能なんだ! 絶対に」
「まぁそうじゃろうな。国会の占拠、亡命阻止に空港の占拠、TV、ラジオ局の占拠、各インフラ……上げればキリがなかっじゃろな。しかし、まぁ落ち着けィや、国友。俺いは米国を敵にするとも、クーデターを起こすとも言うとらんぞ?」
「なに……」
「しかし、米国の日本に押し付ける政策はイカんのぉ……こいは何とかせんかんぞ。かつて日本は、デフレ経済下で緊急財政路線を取ったがそいで経済はますます萎縮しちう事は分かっじゃろ? では日本の景気が悪くなるんごたるは、日本にある巨額ん貯蓄が日本で使えんいうこつじゃい。そん金を体良く米国に輸送する目的に使われたんが、自由貿易、自由経済じゃ。考えてみんさい? 金融自由化んよって大銀行、証券、生保がどうなったんごたるかをな、あっと言う間に大量の外資が乗り込み、乗っ取っていたじゃろがい?」
篁の顔も曇る……そして巳白に向けて其の視線を流す。
「私達が若い頃にやった、作戦命令第177の政治家達の追い落としや、スキャンダルの工作。相手の人間は皆其れ等の法案に反対の立場の人達だったわ……だけど、私達にはそれが此れからのどういった事、意味を成すかなんて事は考えてもいなかった。愚かだったのよ? 皆んながね、政治家も国民も……そして一番私達が馬鹿だったのかしらね」
「そうじゃ! 俺い逹は馬鹿じゃったんじゃ……俺い達は本当の敵の正体を暴かん時が来ちうこつじゃいや。war economy(ウォーエコノミー:戦争経済)米国の正体をの……そして、そん先ん俺い達の真の敵がいちうぞ。そん時こそ俺い逹と殺女……機智烈大百科が必要なんじゃ! 篁 国友! お前さぁが必要じゃっ、俺いの部隊に復帰しんさいや!」


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34