複雑・ファジー小説

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キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 ( No.81 )
日時: 2016/03/30 23:46
名前: 藤尾F藤子 (ID: OWe0NuL4)

「巳白? そいは確かんごっか?」
「はい、殺目からの暗号文では、確かに政府側に立った殺女(さつめ)に接触してそれを退けたと……」
頼母は静かに嗤う……
「とうとう出てきよったぞ……それは其処に必ず機智烈斎がおっがこつを意味しとうじゃがや。フフフ、ではおいは、殺目を迎えに行くっぞ」
「溜池山王パークタワーなら、ここから六本木通り入って外堀(通り)入った所よね、ぶっ飛ばせば10分かからないわ。車は?」
「おいのベンツを持ってきちうる」
「おいおい、Nシステムに引っかかるじゃねーか、しかも、重てーし使えねーよ!」

*Nシステム(自動車ナンバー読み取り装置、都内各所に設置されている。NECと警察で共同開発された犯罪使用車の使用、通行などを記録する装置)

「そいじゃっどん丈夫じゃっぞ、あん車は。そいに、ナンバーも車体も廃棄届けを出しているお化けの登録じゃい。そして現作戦を持って焼却してしまえばよい」
「恐れ入るわ、悪党」
篁国友(たかむらくにとも)はそう言うと徐に着ていたロングドレスを脱ぎ出した。
「おおぉ……え、エロい下着だ。あの面積で下着の意味があるのかね? す、透けているぞ。何の為に着るのだアレは、巳白くん」
それを見ながら、殺華は少し頬を染め三条巳白(さんじょうみしろ)に言う。しかし、巳白は横を向きながら気まずそうに手で目を覆う。
「おーい、辻村! 私のdior ommeのスーツあったろ? アレ何処いった? なけりゃリヴゴーシュでいいんだけどなぁ!」
篁は、構う事無く面積の薄い下着とガーターベルトでクローゼットを漁る。
「兄貴! もうちっと人様の目を気にしてくださいよ。奥のガーメントに入ってます」
「馬鹿野郎、減るもんじゃねーし今はそれどころじゃねんだよ! おう、仁八! まだツラが割れるのはマズイからよ、バラクラダとかねーのか?
頼母仁八は煙草を吸いながらOKサインを指で作る。
「じゃっどん、国友よお前さぁは腕が鈍っているんじゃなかか?」
「あぁ、抜かしてんじゃねーぞ。あっ! 胸が収まんねーな。ただぁよ? 私はセイガク(学生)時から、ボクシングや日拳(日本拳法)でナラしてっからよ。今でもデコの小僧なんざめじゃないわね」
「射撃はどうじゃ?」
「用意している武器は?」
「M16A4(コルト・パテェント・フィヤアームズ社製)二挺、殺目が持っていかなかったAKM(カラシニコフ)一挺。マガジンは各二十倉、M203アンダーバレルグレネードは榴弾五、発煙四てところじゃい。後は幾つかレモンが入っとうやい」
「お前それどっから調達したよ?」
「バラバラの部品でロシア系米国人兵士に在日露人宛で在日米軍基地に送ってもらってごあんでよ」
「このテロリストが……ただグレネード付きてのは都合が良いわね? まるでこうなる事を予見していたみたい……ねぇ」
「うむ、おいはきっとこうなる事を分かっちょったでごわんぞ! こうなってくれるとな」
「やっぱり貴方、食えない野郎ね……」
篁は髪を短く纏めながら言った。
「殺華……お前さは車から、先行して規制線を速やかに排除。巳白、お前さぁは此処で待機、追って連絡すっがぞ」
「うぉぉぉ! チェースト!!」
殺華は、嬉しそうに納刀された刀を振る。そうすると、パーカーの前を開きカットソーにグルグル巻きにされている帯を解き出す。その長い白の帯を器用に刀の鞘と腰に巻きつける。
これは兵児帯(へこおび)と言う薩摩藩士が好んで着物に巻いていた帯である。通常より拳一つ分刀の鞘を前に位置する形で殺華は刀を腰に帯びる。
「え……俺は待機、なんですか?」
「そっじゃ、これは予定外の行動につきお前さぁはこんでよかぞ」
「お、俺も行きます! 行かせて下さい、殺華も行くんでしょ! なら俺も帯同します」
「お前さぁはダメじゃ……巳白、俺いはお前さを、直接戦闘行為のある作戦に想定しておらんでよ」
「そんな! 俺だって、教導団に入ったんですから……」
篁が、胸の収まらないシャツのボタンを嵌めながら巳白を見る。そして一言だけ言った……

「二等兵、お前……デコ殺れるのか?」

「……あ、いや……その」
「はい、迷った。ダメよ……そう言う奴はね、引き金躊躇って死ぬのよ?」
「でも、俺だって……!」
「巳白、お前さぁが人を殺す役割ではないだけじゃ。気にしううない」
頼母は微笑んで巳白の肩を軽く叩く。
「嫌です!! 俺だって教導団の一員です! 此処で俺が行かないなんてなんの為に此処に居るんですか! 俺は、俺は……殺華を此処に連れて来る為に使われたんですか!? 篁さんに殺華を会わせ、殺目の単独作戦を告げれば、篁さんも心変わりするからでしょう? いや、そんなことはどうだっていいんです! せめて、せめて、俺を利用するならば、最後まで利用してくださいよ! 最後まで……」
篁は、巳白の頭をクシャクシャと撫でる。
「二等兵よ……此処から行く場所はな? 殺す事も、殺される事も承知の上の場所だ……其処に慣れねぇお前を連れて行くって事はリスクでもある。別にお前をハブろうて事じゃないわ。聞き分けなさい、ね」
「俺も実弾訓練はやってきましたし、覚悟だってできてます。お願いします!」
縋る巳白の瞳が篁を刺す。
篁は、普段は暴力的で粗暴な部分があるが、その分下の者の面倒は過剰な程に見てしまう。殺女(さつめ)に対してもそうだ。普段悪さをする殺華や、その被害に怒った殺目の喧嘩を、死をも厭わず体でぶつかり殴り倒す。しかし、その後泣き出す殺華をあやし、いじける殺目を宥める。ただ、情が深い分最後は甘くなってしまう。そんな部分を、篁も自覚しているものだから、この巳白の真っ直ぐな視線はやりづらかった。

その時、殺華が微笑みながら言う。
「よぅし、巳白君を連れて行くゾ!」
頼母が殺華を見やる。
「そん理由は?」
「恐らくだねぇ、現場では機動隊員が総動員してくるよ? 一人でも多く銃火器の支援が必要だょ〜僕は一人で遊撃するから後ろで支援を頼みたんだ! 多分、殺目ちゃんは車両や人員が最も集結する施設の玄関口や道路上で一斉包囲されるからね。僕らは道路上の車両、部隊を掃射しつつ玄関口で殺目ちゃんを迎えよう」
「殺華、お前さは巳白を連れて行っても良いと判断しちううでごわはんな?」
「うん、そうさ!」
頼母は腕を組み、しばし思案する。 
殺華は、巳白の顔に両手で触れコツンとおでこを合わせる……
「でもね、巳白君? 捕まってしまった場合は、覚悟を決めなきゃいけないよ……? 包囲されて如何にも行かなくなった時は、わかるね? だから弾は常に残弾数を数えておきたまえ。最後は自分で決めるんだよ……それが、できる?」

「できる……いや、やるよ。だから……どうか俺も連れて行ってください!」
「男らしく生きて、男らしく死にたまえ……三条巳白」
殺華はそう呟くと、頼母の顔を見る。
頼母は少し仕様がな気に頷いた。

「チェースト……」

殺華は、静かにそう言うと背筋を伸ばして刀の柄を握り直す。

Re: キチレツ大百科 ( No.82 )
日時: 2016/04/02 09:58
名前: 藤尾F藤子 (ID: 8I/v6BBu)

黒のS600が、六本木通りを溜池方面に走行している。
車内では、篁国友(たかむらくにとも)が米国のアサルトライフルM16A4のストックを調整していた。
「おい、二等兵。分かってると思うがよ、A4はよ? 撃ち続けてっと偶にダストカバーが開きっぱになるから、必ず閉めるんだぞ! それと、三点バーストは使うな。改良されてもやっぱり精度が信用ならねぇし、弾だって限度があるんだぞ。フルオートなんざ使ったらブッ飛ばすわよ?」
「はい了解です」
助手席の三条巳白が銃のサイトを調整しながら返事する。二人はジャケットのポケットにアンダーバレル用のグレネード弾を詰める。自銃には、それぞれ発煙用のグレネードが装填されている。
「おい、殺華! お前はAKぶら下げていけ」
殺華は後部座席で足をプラプラさせて外を見ている。普段は来る事ができない六本木の街の夜景に興味津々だ。
「僕、突撃銃は要らないよ」
「一応持ってけよバカ」
「バカじゃないよ。僕はね、抜刀突撃で先陣を跳ねるから余計な荷物は体の動きをじゃまするの。それに、僕が遊撃として、車を離れちゃうとどうしたって篁くん達の方が弾が多くいるだろう? だから要らないよ」
ニコニコしながら殺華は言う。
「生意気言ってんじゃないわよ、このガキャ!」
篁が殺華の頭をグリグリと撫で繰り回す。殺華の頭は左右にグルグル回される。
「あぁ〜止めてくれたまえよ! 僕の髪が乱れるよぉ〜! 篁君の様な野蛮人にはわからんだろうけどね、僕のこの両おさげはバランスと位置がズレると台無しなんだよ!!」
篁が意地悪く笑う。
「あぁ? 知ってるわよ、ツインテて奴でしょ? 大体、そういう髪型する女は現実が見えていないか、ド低脳の男の視線を欲しがる下衆い女ばっかよ?」
「き、君は本当に口の悪い男だなぁ……言葉も暴力団だ」
「てめぇ糞餓鬼、私はもう戸籍上も女だっつってんだろうが! てめぇなんざよりよっぽど女らしいわ」
「なんだとぅ! 僕だって女らしいやい」
「ハッハ! おい、二等兵。こいつ女らしい気でいるらしいぜ? 臍で茶が湧いちゃうわよね」
「はは……」
「なんだなんだ!! これからゆっさ(戦)だと言うのに、僕のテンションを下げ様と言うのかね! 巳白君も、僕が如何に女らしく愛くるしいか言ってやれ!」
「え、あ、あぁ……」
ハンドルを握る頼母仁八(たのもじんぱち)が声を掛ける。
「緊張しちううか? 巳白」
「だ、大丈夫です」
「怖かか……ん?」
巳白は頼母の顔を見る。頼母は何時もと変わらぬ悠然で、ハンドルを握り視線を前へと向けている……
「すいません、上手くやれるかどうか、それを考えすぎてしまいます」
篁が後部座席から身を乗りだし、頼母に言う。
「仁八、やっぱりこの子は此処で降ろしてあげましょう?」
「巳白……怖くてよかっぞ?」
「え?」
「ゆっさ(戦)は怖くて良い。怖がらん蛮勇は簡単に死によっぞ……強か者は怖さを知っとう。それはやっせ(臆病)とは違かっぞ? しかしな、そん肩ん力は抜きんさいやぃ!」
そう言うと、頼母は巳白の肩をバシリと叩いて大きく笑う。
「戦いと言うもんは、ある意味で矛盾との葛藤じゃ。死んでん良かと言う思いでひっ飛べば不思議と体が動く。じゃどん、恐れ慄きすぎて体が硬直すっと全身の神経から動きが鈍りよる。そいがなうと、的になり易くないもそ。要は、広か心と視野で相手を見据える強か、いっ魂で向かいやんせち言うこっじゃ。巳白……」
篁が巳白に視線を投げる。
「ビビらず、調子コかず、浮つかずよ。赤地に銀鳩左右に桜花、テメーは工科出てんだろ!? なら、もちっとデカく構えてりゃいいのよ」
*工科(自衛隊高等工科学校:校旗は赤地に銀色の月桂樹を冠せた鳩と左右に桜花が並ぶ)
「はい」
「しょうがないわね……殺華? ちょっと腰上げなさい? 二等兵?」
「え、何だい? 篁君」
すると、篁は殺華のスカート思いっきり捲り上げる。
「あっ! あ、のわぁぁぁぁぁぁ! 篁君何をしてっ!!」
篁はゲラゲラ笑いだす。巳白もそれを見て思わず吹き出した。
「うえぇぇぇぇぇん!! タノモクン、タカムラクンガ〜っ!!」
殺華が泣き出した。
「お前さぁらは何をしちょるんじゃ……」
「ギャハハハハハ! 女らしいパンツよ二等兵? もうこれで死んでもいいでしょ? ゲラゲラ!」
「うわぁぁぁん! 何で僕がスカート捲られるんだよ! ビィィぃぃぃぃ」
巳白が見かねて殺華に声を掛ける。
「殺華、殺華! 女らしかった、な? だ、大丈夫! はは」
「本当……? 篁君のエロい下着より?」
何か、論点のズレの様なものを感じざる得ないが、巳白はウンウンと頷いた。
「グス、グス……酷いよ、篁君はいつもこうやって僕をイヂメるんだ……」
「あら、女らしい女はね? 誰にでもパンツを見せるのよ」
「え!? 本当かい?」
「そうよ」
シレッとしたものだ。篁は煙草を吹かしながら嘯く。
「お、おぉぉぉ、し、知らなかったよ……後で殺目(あやめ)ちゃんにも教えてあげよう」
「ええ、そうしなさい」

巳白はそれを聞かなかった事にした。

頼母が車の流れを見ながら言った。
「殺華、この先の外堀通りの交差点で検問がある。此処より先攻して、之を排除。目的地迄車を先導し、掃射、霍乱」

その指示に殺華の顔が締まる。何時もの無邪気さが消え失せる。
まるで、殺華の周りだけ空気が変わったようにシンとする……

「チェースト……行くよ?」

そう言うと、殺華は車のサンルーフに出る。
「おい、殺華! 危ないっ」
巳白が慌てる。しかし、既に殺華は走行中の車外に上がり、ふわりと宙へ身を投げ出した。
「殺華!」

殺華は向かい風に車の後方へと吹き飛ばされる!

風と音と重力が、殺華をアスファルトへと誘う……
夜気に躍る金色の髪、はためく黒いフーデットパーカー。後方からの車が、慌ててクラクションを鳴らす。しかし、殺華は掴みかかる重力の手を振り解くが如く右足で地面を蹴る。そして続いて左足で地面を踏み付ける。
後方からの車が急ブレーキでスピンするが、そこに殺華は居ない。

凄まじい踏み込みを繰り返し、更に殺華はスピードを上げる。いつの間にか頼母達より先行している。
颯を纏う、金色の髪の少女がアスファルトを蹴り上げ駆ける。

「チェェェェェイ!!」

殺華は頭のてっぺんから出した様な高音の叫び声を上げる。これは殺華の修めた薩摩の撃剣流派、薬丸自顕流(やくまるじげんりゅう)の”猿叫”(えんきょう)と言われる甲声である。女の悲鳴や、怪鳥の鳴く声の如きと記され、この独自の掛け声で練習する様を見た薩摩二十七代藩主、島津斉興は、キチガイ剣法の如しと残した程の激烈さだった。

殺華の瞳に映っては消えるネオンとテールランプ、鳴り響くクラクション。
夜空に舞う、血膿の紅月が揺れる……
やがて、その右目に捉える無数のパトライト。紺色の隊服、背中に”警視庁”の文字が白く染め上げられている。

殺華は想う……あぁ、嘗て西南の役にて自らが所属せし警視隊……まさか、此の時代に自分が其れに剣を向けよう事などと、嘗ての自分に想像できたであろうか。

できやしまい、もはや自分は官軍ではなく、正しく”賊軍”なのだから……

「仮令、己が賊に身を堕とそうとも……仮令、此の身が霊(たま)と散ろうとも……一心と徹る!!」

揺蕩う紅月背に受けて、少女が腰から刀を抜いた……
「チェェェェェィ! キィェァァァァァ!!」

「おい! 何だ其れ、お前……!?」
機動隊員が叫ぶ。笛が鳴る。

「!?」
ゾスン、と言う大木でも切ったかの様な音が鳴り響く。
「へ?」
隣に居た機動隊員は、一瞬の出来事に其れが何なのか理解できない。
さっきまで隣にいた同僚が居なくなった……いや、居るには居るのだ。
腰から下だけが。
そして、次の瞬間にはその隊員の視界は空を映していた。
「あれ、あ……」
夜空、月、星、尾を引く金色の髪の毛。其れが最期の光景だった。痛みすらも無く意識が途切れる。
殺華は、まず一人目の隊員を右肩から腰まで斬り下げた。そして太刀先を返すと、そのまま隣の隊員を下からの捻り上げで斬り上げる形で首を飛ばした。
「うわぁぁぁぁ!!」
信じられない光景に、思わず隊員達から悲鳴が上がる。
腰のホルスターから銃を抜こうとするが、上手くいかずに慌てる若い隊員。
「あ、あ、くそ!」
殺華は勢い良く叫ぶ。
「抜かば、斬い棄っぞ!! 退けい」
しかし、その後方より射撃が始まる。

「ならば、良し……覚悟!」

Re: キチレツ大百科 ( No.83 )
日時: 2016/04/12 20:41
名前: 藤尾F藤子 (ID: PxM9hGKP)

機動隊の射撃と共に、殺華(さつか)は独特の体勢に太刀を取り、チェーイと甲高い猿叫を上げながら駆け出す。
太刀の柄を、右耳まで上げ腰を落とし走る。この刀の持ち方は蜻蛉(トンボ)の型と云う。
殺華の流派、薬丸自顕流(やくまるじげんりゅう)又は野太刀自顕流は一撃必殺を旨とする。故に本来は蜻蛉の構えであるのだが、”構え”と云うのは”防御”という理念も含む為に自顕流では使わない。つまり、殺華の剣には己の太刀で相手の刀を、受ける、避ける、防ぐという技は無く、ひたすら袈裟懸けの斬撃を繰り出す為の剣技であると言える。

蜻蛉の型は、殺華の右頬に丁度太刀の柄があり、右手を柄の目釘上に強く握り、左手は柄頭を軽く添えるように持つ。しかし、振り下ろしの際は左手の薬指と小指に力を入れ一気に自らの臍下迄手元が行く形で斬り下げる。これは、通常の剣術ではかなり変則的な技法であり、この型から実際に人を斬るのは困難を極める。刀を高い位置から狭い姿勢を以って素早く斬り下ろすと刃筋が乱れるのだ。太刀の刃が相手の体に真っ直ぐ当たらなければ物体を切断することはできず、潰し切る形になる。これでは、一撃で相手を絶命せしめる事が出来ないのだ。
だが、この変則的な蜻蛉で人を斬る事ができれば、他の撃剣流派の構えよりも相手に早く刀を当てる事ができる。即ち相手の剣より早く斬れるのならば、防御は必要無く、相手の攻撃よりも更に迅速に剣を撃ち込む事こそが勝利に繋がり、其れがこそが戦場で生き残る事という薬丸自顕流の思想からきている事による教えなのだ。
そして、殺華の独特の腰を落とす走り方は”打ち廻り”と云う薬丸自顕流の技でもある。
走りながら、猿叫を上げ相手に突撃する。ここまでは、別段変わりは無いのだが一人目を斬り伏せた後にその真価が表れる。

「チェェェェェェェ!! チェイェィェィィ」

一番前の隊員を肩から鳩尾まで斬り下げると、そのまま次の相手まで斬撃を繰り返しながら走る殺華。
分かり易く例えるならば、剣道の場合、青眼(正眼、五行の構え)から摺り足で、打ち込みが開始されると同時に踏み込み、打ち終わりると直様その足をまた同じ位置と構えに戻す。しかし、この”打ち廻り”は斬撃と共に足を踏み替え、走りながら斬り進んで行くのだ。右足で踏み込み斬り下ろし、次に左足を前に踏み込み斬り下ろす。これを走りながら延々繰り返す。
これは遠目から見ると、ただ刀を振って走っているだけに見えなくもないが、かなり高難度な技法と言えよう。薬丸自顕流の独自の鍛錬を積んだ者でなければ成し得ない戦場闘法である。
鮮血吹き上がる度に一人また一人……疎らな銃声が虚しく響く。
鬼神の如き様で、殺華は斬り進む。太刀を体に食い込ませ、其れを直様弾き飛ばす様に駆ける少女。声にならない叫びを挙げ絶命していく肉の塊が倒れていく。
「チェェェェェェェ!」
「ひぁぁ!」
少女の峻烈なるその姿に数人が後退していった。
しかし、殺華はそれを見ると手を止める。追えば背中から斬る事も可能だったろう。だが、殺華はそれを見送った。
「そうだよ……無駄に死ぬ事はないのサ」
太刀を血振りすると、納刀する殺華。そして、道路に張られている白い折りたたみ式の金属製バリケードをたたみ、鉄製の黒い車止めを足で蹴り飛ばす。

「あや……? おぉ! 良い事思い付いたぞぅ!」
殺華の前に三菱ふそう社製の警察の常駐警備車がある。これは通称”カマボコ”と言われる大型警備車である。装甲板を張り合わせて、文字通り蒲鉾の様な形をしている。
早速、車に乗り込む殺華。
「あっ!? 良かったぁ、ATだ。これなら僕だって運転できるゾォ」
昨今は、警察車両も市場に合わせAT車両が多い。そして、検問などの警備車両は基本エンジンキーが刺したままで待機されている。
殺華はブレーキを踏んで、イグニッションを回しシフトレバーをドライブに入れた。エンジンに火が点き、アイドリングが開始される。殺華には少し広いドラビングポジションなので、足がペダルに届き辛い。しかし、そんな事にはお構いなしで殺華はステアリングをご機嫌で握る。
「右よし、左よし、発進だぁ!」
ブレーキを放し、アクセルを踏み込む殺華。
「……あや? あやや、おかしいな? 中々発進しない……」
エンジンの回転数は上がるが、車が発進しないのだ。
「なんだよ、あれ? エイ!」
殺華は、思い切りアクセルを踏むとなんとかタイヤが動き出す。
「壊れているのかなぁ……?」
しかし、ゆっくりとだが車両は動いている。だが、目一杯殺華はアクセルペダル踏んでいる為に、やたらと音が大きい。その癖にペダルを緩めるとガコンガコンとエンジンブレーキが効いいて車体が前後に大きく揺れる。
「うわぁぁ、なんだよ、この車壊れているんじゃないのか!」
ノッキングしながらデカいエンジン音を立て警備車がガコガコと不細工に進路を進める。
やがて、殺華はある事に気づく、臭いだ。何かが焼き付いた様な焦げ臭さが漂う。
「あれ〜、なんかおかしいよ。しかも臭いなぁ……やたら遅いし、どうしたんだろ? 変な車だなぁ」
何やらタイヤ辺りから煙が出てくる。ホイルディスクが焼き付き出しているらしい。
「変だなぁ、殺目(あやめ)ちゃんはもっと上手く走らせていたんだけどなぁ……本当は何処かに隠れたギアか何かがあるのかなぁ?」
シフト回りを調べる殺華。そして、ステアリングに付くレバーを手当たり次第に弄る。しかし、方向指示器やワイパーが作動するのみでスピードは変わらない……ワイパーから洗浄液がフロントガラスに射出される。
「うわぁわわっわ、大変だ。ん? あっ!?」

殺華は、やっと動作の異変の理由に気付いた。
「サイドレバーだ……」
殺華はサイドレバーが上がりっぱなしのまま、ひたすらアクセルを踏んでいたのだ。
「はぁ……危ない危ない、兵舎の車輛だったら怒られているところだった。あっ!? イカンイカン、これも国民の血税だ。ゴメンよ、警備車くん」

殺華は、ポンポンとダッシュボードを撫でて声をかけた。
「よぉーし! 気を取り直して出発だょ〜! 頼むぞ警備車クンんん!!」
殺華は、サイドブレーキを引いてアクセルを踏み込んだ。

Re: キチレツ大百科 ( No.84 )
日時: 2016/04/17 00:28
名前: 藤尾F藤子 (ID: ZqHgmXF/)

「おい! 部隊からの連絡が遅い、捕捉に手間取っているのか?」
山王パークタワー1階のホールで怒声が響く。

「此方、進攻中のB隊、現在先攻のA隊が、上階で目標と接触、交戦中の模様。どうぞ」
「了解、制圧次第、連絡を願う」

捜査一課の刑事が無線を切った。
「相手は単独の筈だぞ! 何故こうも手間取るんだ」
理解し難い現状に、戸惑いと焦燥がホールに募る。

それを尻目に、狐を思わせる様な面(おもて)の女が何事がぶつくさ呟いている。
「フン! 主め、若い娘なぞにうつつを抜かして……面白くありませぬ」
殺死丸(あやしまる)は、不貞腐れて機智烈斎と読田親子に背を向けてる。
「どうしたか? 殺死丸」
それに気がつくと、機智烈斎が声を掛けた。
「なんだ? 仏頂面をして。手洗いなら彼方にあるぞ」
殺死丸は、薄眼を吊り上げて機智烈斎に向かう。
「違います! この殺死丸めは気に入らのう御座います!」
機智烈斎は怪訝な顔をする。
「何を言っているのだ、お前は。大体、お前が今迄物事に何か気に入った事があるのか、俺には理解ができん」
殺死丸はそれを聞くと顔を真っ赤にする。
「まぁ! まぁまぁ! これだからご当主は嫌で御座いまする!」
「おい、いい加減にしないか。空気を読め、この場の警察官はタダでさえピリピリしているのだ。そんな中でお前がギャアギャアと喚けば火に油を注ぐ事となろうが」
「キィィィ、面白くありませぬ、面白くありませぬぅ」
「面倒臭い奴だな……お前と言う奴は」
「まっ、主! 今なんと申されました!? この殺死丸を面倒臭いと? もう私耐えられますぬ! 荷物を纏めさせて頂きまする、親元に帰らせて頂く所存であります!!」
機智烈斎は、それを聞くと口に手を当て殺死丸から顔を背ける。どうやら笑っている様だ。
「くくっ、お前……こんな時に。お前が親元とは、何の冗談だ? ふはは」
「んんんんん……!!」
「ふはは、お前、一体どうしたというのだ? 今は巫山戯ている場合ではないだろう? 場所を考えてくれ。く、くくっ!」
「何の冗談も言っておりませぬ!! 言っておりませぬ! 私……私、主を見損のう御座いまする。この私をぞんざいにして、あんな若い娘にいい顔をして! 何です、『お前の事は、俺が一生守るよ』等と戯言をほざいてっ!」
「そんな事は言っていない」
「いいえ、申されました! いやらしい、世間では其の様な振る舞いを致す者をロリコンと仰ります! ご当主は、年端のいかない娘を拐かしたので御座いまする!!」
「人聞きの悪い事をデカい声で喚くな、お前の目は一体どんなフィルターが掛かっているのだ!? 訳の分からん事を言うな」
機智烈斎は、呆れながら帽子に手を当てる。すると、殺死丸は突然真顔になり黙りこくる。それは、まるで能面の様な目を瞑っているのか、開いているのか分からない顔で固まっている。
「わたくし、一人で帰りまする」
「はぁ?」
それを黙って見ていた、内閣情報調査室の職員は堪らず機智烈斎を引っ張り小声で言う。
「所長! まずいぞ、殺死丸が完全に臍を曲げ出したじゃないか! 一体どうなっているのだ。何を内輪揉めしているのだ」
機智烈斎は辟易しながら首を振る。
「私にもわからない、アレは時々訳の分からん事でいじけたり喚き立てる。何時もの事さ……」
「何時もこうじゃ困るんだよ、殺死丸には目標の殺女(さつめ)をこの場から上手く退かせる為に居て貰わなくては困る! 上からはもうそういう指示が来ている」
「私は鹵獲を試みたいのだが……」
「ダメだ、此処まで大事になった現時点で政府は後々の対応を非常に苦慮している。公(おおやけ)に殺女等と言う存在、自衛隊の秘匿部隊の説明を求められる事は非常に厄介だ。今回は撤退を促す、そう上は決めたんだ」
「ふむ……それは了承しよう、しかしアレがどういう訳かゴネだしてしまった。しち面倒臭い事になったな……」
「あの……」
其の時、読子が機智烈斎に声を掛ける。
「ん? あぁ、済まない。此方の事だ、気にしないでくれ給え」
読子は少し遠慮がちに機智烈斎に言った。
「あの……多分、あやしまるさんは、所長さんに、その、褒めて頂きたのではないでしょうか?」
「? 褒める? 何故だ、あいつはヘマをやらかした。しかも増長甚だしい様でだ。そんな事で褒めて欲しい等とどの口がホザいているのか……読子クン? 君に迄気を遣わせてしまってすまないね」
「あ、でもその……が、頑張っていました。だから、その……」
殺死丸は機智烈斎に背を向け黙っている。機智烈斎は、堪え兼ねその背をどやしつける。
「殺死丸!! 貴様いい加減にしろ、好い気になるなよ。俺を虚仮にするのも大概にしろ、主従の関係を見間違うなよ! そんなに言う事を聞きたがらないのなら分かった、何処へなりとでも行くがいい。俺はもう知らん、勝手にしろ」
「……相分かりぬ、殺死丸御暇を頂きまする」
「おい! 其処でギャーギャー何を騒いでいるんだ!? 邪魔だからもう帰れ、現場をこれ以上荒らし回るな」
機智烈斎に刑事が迫る。
「お前一体なんなんだ? 何がしたいんだ! あの変な女は何だ!? いい加減にしてくれないか?」
「すまない、だが我々の意見も聞いて貰いたい」
「警察でもない一般市民のお前の言う事を何故聞かなくてはならない? 何様だ」
それを抑えるよに公安と内調の職員が割って入る。
「おい、気持ちもわかるが少し落ち着け」

すると、遠くから微かな乾いた音……矢庭に場が緊張を募らせた。
銃声、怒号と、悲鳴。
警備部の刑事が力無く呟いた。
「おい、この短時間で突破したのか? 単独で? そんな馬鹿な事……」
「何やっている! 無線は!?」
別の私服刑事が無線機で応答を呼びかけるが反応はない。
「どうして気づかなかった!」
「応答が、ありません!」
機智烈斎は声を上げる。
「そのまま行かせろ、手を出すなぁ!」
しかし、その声は喧騒へと吹き飛ばされる様に掻き消されていった。 

Re: キチレツ大百科 ( No.85 )
日時: 2016/04/23 00:34
名前: 藤尾F藤子 (ID: l78GGQ1X)

「貴様ぁぁ! 何を言っている!? 捜査妨がへ……」
そう機智烈斎へと言いかけた刑事が、弾き飛ばされる様に前のめりに倒れる。
血の飛沫が、機智烈斎の頬へと飛んだ。頭部を撃ち抜いたからであろう、赤い粘液質な血に混じり白い脳漿が混じっている。
しかし、機智烈斎はそれに眉一つ動かさず前を見据えている。続けて銃声が鳴り、幾人かが倒れる。
「ご当主!!」
殺死丸が飛び込み、機智烈斎を抱き抱える様に地面へと倒れ込む。被っていた帽子が転がる。続け様、ひゅんと空気を切り裂いて弾丸が飛翔する。果実を砕く様な音と共に、血の花が咲いた。先程まで動いていた人間が、あっという間に、まるで糸を切った操り人形の様に倒れていく。紺色の隊服の列が、銃声の鳴った方向へと一斉に動き出す。
「いやぁああ!!」
倒れた人間から、徐々に広がる赤い染み。床の大理石の繋ぎ目に沿って走る血の線。その様子に、読子が叫び声を上げた。
「あ、あぁ!」
「娘! 端に寄せて伏せなさい! 早く」
殺死丸が、読子に向け大声で言った。機智烈斎は、その光景に別段驚いた様子もなく殺死丸の下になっている。
「どうした? 一人で帰るのではなかったか、殺死丸よ」
機智烈斎の顔を見つめたまま、眉目を顰める殺死丸。
「……意地悪!」
殺死丸の長めの前髪が、機智列斎の顔にさらりと掛かる。

辺りは、怒声と忙しなく打ち響く靴音。
機智列斎は、倒れたままの格好で言った。
「殺死丸よ……人に何かを望むのならば、自らも人に望まれなくてはならないよ? でなければ、誰もお前の望む様な言葉を掛けてはくれまいさ」
機智烈斎は、そう言って立ち上がり、何事もなかった様に飛んでいった帽子を拾いあげた。その怜悧な瞳は、もう殺死丸ではなく、騒ぎのあった方向へと向いている。
少し、寂し気な顔をしてそれを見つめる殺死丸。
「馬鹿」
静かにそう言いうと、殺死丸は立て掛けてあった警察の防弾盾を持って、読子逹の元へ行く。後方では、銃撃戦が始まり無数の銃声が鳴り響いている。
「娘、これを」
「人が! 人が撃たれて……血が、血が!!」
殺死丸は其れを見て、読子の父に盾を渡す。
「親父、良いですか? この盾は完全な防弾はできません」
其れを聞き驚く読子の父。
「え!? 防弾盾ではないのですか?」
「ええ、しかしこの盾を銃弾が飛んでくる方向に対して、斜めと立て掛ければ銃弾の軌道を反らせる事が可能です」
「斜め……」
「欧米などでは、屋内の銃の防犯対策として、これを木の机や椅子などで行います。ですからこの盾でも出来ますでしょ? それと、出来るだけ身を小さくしていれば流れ弾なら当たりませぬ」
「わ、わかりました」
殺死丸は、一つ溜息を吐く。
そして、ゆっくりと読子の父の目を見据える。
「アチラへと、離れておいでなされ。そして、此れからのち、何があっても……此方を見ては成りませぬ、聞いても成りませぬ。勿論の事、娘なぞの目に触れては成り申さぬ。解りましたか? この、殺死丸との約束で御座ります……」
読子の父は、その殺死丸の只ならぬ気配に息を呑む。
「あの、一体何が……!?」
女の薄目に開いた瞳が鋭利さを増す。
「それは、知っても成りませぬ」

殺死丸は、読田親子をギリギリで目の届く安全な位置へと誘導すると、また機智列斎の元へ戻ってきた。
「もう娘達は遠ざけました。さぁ、血生臭い話を致しましょう? 現時点での、対処案を伺いまする……」
内調の職員は、殺目の撤退を促す案の一点張りだ。機智列斎は、現実的にこの場面でどうやって銃撃戦を繰り広げている警察勢力と殺目の分散を考えていた。
「警察の目前で、殺目を撤退させるのは幾ら殺死丸といえども困難だ。だが、殺目は依然進攻を続けている」
機智列斎は顎に手を当て思案している。
殺死丸は、前方で展開している銃撃戦を見ながら内調職員に呟いた。
「最早、政府の見解と警察勢力の此の場の対策との乖離は明らかであります。そこで一つ、政府は……此の場の警察官を切り捨てる覚悟はおありかと問いまするが……如何か?」
それを聞くと、内調の職員は明晰に、その意図を理解して言った。
「勿論だ」
「では、再度確認致します。此の殺死丸めが口を封じても宜しいと?」
「構いません。しかし、殺死丸? 貴女の指揮権は所長だろう?」
殺死丸は素早く内調職員の眼前に立つ。
「いいえ!! 此の場に於いての、私の行動には政府と、その媒体である貴方の了承でする事でありまする! 後から責任を我が主へと擦りつけられては適い申さぬ! 貴様の承認であり、後の責任逃れは絶対に罷り通らぬぞ! 如何か!!」
其の、殺死丸の気魄に気圧される内調職員。
「わっ分かっている。そんな事をしてお前に殺されるのは敵わない」
機智列斎は、少し遠い目をして前方の光景を眺めている。
「ご当主? お気に召しませぬか……」
「いいや、気持ちの良いものではないが……仕方ないと思ってしまっている。結局は、俺はこうなんだろうな? 所詮、自分の研究や思いしか見ていないのだ。そして、俺の研究は、人間の為ではないのだからな……」

殺死丸は嗤う。

「ホホ! 本当は、ご当主は人間を、人の気持ちを、そして女の気持ちすら解りはしないのです。いいえ、理解しようともなさらないのです……冷たい方、貴方は。しかし、それでこそ……機智列斎で御座います」

それを聞くと、機智列斎は冷たい瞳で殺死丸を一瞥した。

また、銃声と悲鳴が鳴り響た。


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