複雑・ファジー小説
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- キチレツ大百科
- 日時: 2016/01/06 12:05
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)
「起キル……」
「起キル……」
あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。
「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ?
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。
「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」
Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」
くっ……頭が痛ぇ。
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。
わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……
「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。
- Re: キチレツ大百科 ( No.41 )
- 日時: 2016/01/03 14:40
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: iHavjeWu)
「あ〜、もしもしもしもし! 機知列斎様!? 由々しき事態が発生しましてよ! チィイ! クッソがぁっ! くっ忌々しぃ……ギギギ!」
壁にもたれながら、殺死丸(あやしまる)が無線を右肩と顎に挟んでいる。脱ぎ捨てたジャケットの下の、純白のブラウスは肩口の銃創からの鮮血で滲んでいた。殺死丸は怒りで歪む顔で、化粧の落ちるのも気にせずにギリギリと歯軋りをしながらがなり立てる
無線からはやや冷たい口調の男の声が聞こえる。
「状況を。手短にだ……」
「ぬぎぎぎぎ、くっ、ちょっと……お待ちに、なって……下さいまし!」
ブラウス袖を肩口から引きちぎり傷口に巻く殺死丸。
「状況、目標は女子の未成年者を人質に取っておりますわ。それと、ビル館内には逃げ遅れた人間多数有り。警察のクソ無能ぶりの現れですわね? オホホ。それより……チックショウ、畜生……糞がぁあ!!」
「おい! 落ち着け」
無線の声の主は、嫌けのさす思いで向こう側を想像した。
「私ここ何十年、銃での被弾は久しぶりですわ! しかも、しかもクソがぁあ!! よりによってですわ? お気に入りのスーツとシャツに風穴が空いていますのよ!? もう人質などどうでもいいですわ。生きている人間で邪魔する物は金鹿(みなころし)にございます!!」
又でたか、と無線の相手の機智家現当主、機智烈斎。機智英一(きち えいいち)は怜悧に整う顔を甚だしく歪める。
「ダメだ! 許さん、人質被害者や一般人の殺害は断じて認められん! 言語道断だ、いいな? 殺死丸!」
「まぁぁ! だってだって!!」
チィ! 機智英一は舌打ちをすると、無線機の口を手で覆いながら周囲に聞こえないように小声で呟く。
「分かった、ではこうしよう、クリスマスにお前の好きなブランドで服を買ってやる。だから、決して無差別な殺戮はするな。な? これで手を打て、その代わり約束を破ったらお前にはクリスマスも正月も無しだ! 解ったな殺死丸!?」
「まぁ……まぁまぁ!」
殺死丸の顔が一瞬パッと輝いた。
「り、了解ですわ。ですが殺目の捕獲は、実際問題戦況を鑑みて難しいですわ。あの子も多少考えて戦を組立てる様になってきたみたい。まぁ、最善は尽くしますが……」
「わかった……頼んだぞ」
再び残酷な笑みを浮かべる殺死丸。
「オホホホ! 私、ヘルメス(HERMES)が欲しいですわ……昨今流行りのChristian Louboutinの靴も欲しいで……すわね、くぅ! イダダっ」
止血用に裂いた袖をきつく締める殺死丸。止血はできるが、この方法は時間が経てば腕全体に血が回らず壊死する可能性もある。
「フフン、事に臨み猶予狐疑して果断の出来ざるは之小人也。決、即、動たるは大、丈夫の心意気也ざりや……」
早期の決着の覚悟を決める殺死丸。
左肩への貫通創……鎖骨の粉砕骨折、出血は奇跡的に割と少なくて済んでいる。
もし、殺死丸が普通の人間で、銃弾が下にずれ上腕二頭筋に被弾していたら危険だった……
しかし、引っ掛かる! 何故あの殺目(あやめ)たろう者が態々女子などを人質に?
あのような小娘が、敵勢力の軍事的な重要人物たる可能性があるのか……いや! 何かしらあるのだろう。嘗ては共に戦場を駆けし仲間であり、殺女(さつめ)だ。それは、殺死丸のこの世いる限られた姉妹であるということだ。決して侮れるような存在ではない事は自分が一番良く知っている。
殺死丸は、応急手当てを手短に済ませ再び無音に溶ける様に進軍を開始する。
- Re: キチレツ大百科 ( No.42 )
- 日時: 2016/01/04 14:17
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: 7hV223vQ)
「痛い! あやめちゃん! ちょっと……待って!」
「……! 急ぎ離脱しなければ、命が幾つあっても足りんぞ」
詠子は走りながら、疲労と困惑の入り混じった顔で息を絶え絶え悶えている。
「そんなに危険な人なの?」
「チィ、現(うつつ)の時代をのうのうと過ごすお前達には分らんだろうが、今さっき私達の前に居た奴は只者じゃあ無い暗殺者だぞ! ヤクザ等が差し向ける中国人や韓国人の留学生風情のヒットマンなんぞ話になら無いレベルだ。奴は人を殺す全てに長けているし、その為だけの存在でもある」
その時ふと、殺目(あやめ)は詠子の目に奔る哀切を見た……
「じゃあ……貴女も、そうなの?」
殺目にはまるでこのビルの中、此処だけが時間が停まった様な錯覚を覚える一言だった……
詠子の目の哀切がまた奔る。やめてくれ、殺目はそう思いながら薄い唇を開く。
何故だろう、殺目は詠子には妙に素直になれる自分が不思議だった。
「そうさ、私達は人に造られし、暗殺人形だよ? フフフ信じられはすまいよ、無理もない。ただ、歴史の内側で蠢く物事は確かに存在し、其れ等は決して衆に知らされはしないと言う事さ」
「信じられない。だって今私の目の前にいる貴女は……私達と何もかわらないもの! でもさっきの貴女は、まるで違ったわ……普通の人はあんな恐ろしい事を平然とできやしないわ。物凄い声を上げながら、目にも止まらない速さで、その刀を振って……」
僅かに笑む殺目。
「信じられなくていい。ただ……お前の父を無下に殺しせしめた私には、それを言う責があると思っただけだ」
詠子は先程短いながらも、殺目と殺死丸の壮絶な斬り合いを見た。それは、恐るべき暴力の拮抗であり、刀剣を用いての壮絶たる戦いだった。
それは時代劇やアニメに見る、約束事の末の殺陣(たて)と言う演出ではない。
”本物の殺し合い”
「おまえは……ほんとうに、やりにくい」
また……また殺目は、詠子から視線を外そうとする。
「ちゃんとこっちを見て!」
突然詠子が声を上げる。不意の出来事に、何故か殺目はその勢いに圧っされる形になった。
「な! なんだ……突然。どうした」
詠子は其の目に涙を浮かべていた。
「貴女は……私の父を殺したと言ったり、突然その刀や銃を使って怖い事をするし……でも! でも私には優しくしてくれたり……私には、本当の貴女が分からないわ。でも、でも貴女は此処で沢山の人を、殺して……! そんなの、ってよ……」
殺目は、何も答えずに静かに詠子の慟哭聞いている。
「あやめちゃんは勝手よ! こんなの勝手すぎるじゃ、ない……」
「勝手か? キッキ! 言い得て妙だよ、そんな事……初めて、言われたな」
殺目は軽く周囲を確認すると、その場に腰を下ろしてまるで小学生の体育座りの様な格好を取る。即時の対応に備えている為であろうが、それは幼げというか、妙な少女らしさが匂う。
「私の目的はね、日本ミラージュで兵器売買の談合に関わっている者達全ての粛清と、其れに拠っての警察の対テロル用特殊部隊、市ヶ谷、自衛隊本隊の出方を見る事にある」
「そんな事をする意味がわからないわ」
「ふふふ、言わば……真の目的は、この国自体の”練度”を見る事だが……お前と言う存在が予想だにせず、私の目の前に現れた事は非常に嬉しい誤算だった」
「私が嬉しい誤算?」
「お前、殺女(さつめ・コロ・スケ)を知っている……そいつは私達と同じタイプの暗殺人形さ。だってお前、私の顔を見て誰かと錯覚しただろう? その記憶の中”誰か”
を思い浮かべたはずだ。そうだろう?」
「それを言ったら……貴女はまた、殺すのね」
「それは……相手次第さ」
殺目は、詠子の質問に最小限答える形を取りながら、その会話のやり取りの中から自分の欲しい情報を吸い取ろうとしている。
これは諜報員や他国の外交官が良く取る方法だ。(嘆かわしい事に、現日本の外交官は極一部しかこのような方法を取らない。いや知らないようである)
詠子は殺目をキッと睨む。
「ダメ、貴女には何も教えられないわ。だって友達が危ない目に遭うかもしれないわ! そんな事、わたし耐えられない……だって」
「いいさ……そう、そうだな。お前は正しいのだろう」
この娘は以外と鋭いのかもしれないな、殺目はそう思うと、最早余計な事で詠子の知ろう事を聞き出すの止めた。私も子供相手に賢しい(さかしい)ものよ……そんな思いが殺目に小さな痼りを植え付ける。
「おい詠子、それより水を飲め」
「? 別に喉は渇いてはいないけど……」
「水分は喉が乾く前に取るんだ。お前は安定剤を服用している、もし痙攣や発熱があったら直ぐに言え? お前は何とか戦域外へ離脱させる。これは約束しよう」
「私には……どっちの貴女が、本当の貴女かわからないわ? さっきの怖いあやめちゃん、今の私を気遣うあやめちゃん……」
無音が揺蕩う空間……この無音は優しい。だってそれは”敵”がいないと言う事だから……
殺目は詠子を見据えて謂った。
「きっと、本当の私は……”怖い”わたしサ」
- Re: キチレツ大百科 ( No.43 )
- 日時: 2016/01/04 17:48
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: 7hV223vQ)
「俺いの部隊に復帰しんさいやい? 国友ぉ……」
六本木club 真←空(エアリアル)のOwnerRoomでは、爽気を放つ瞳とギラついた野獣の様な眼光が交差していた……
「テんメェ、仁八ぃ……! 下らねぇ事ぉホザき倒してんじゃねぇぞ、あぁ!? 俺ぁあんな糞ったれた組織にぁウンザリしてんだよ! それは……そいつは、お前が一番良く識っている事だろうがぁ!! ああ?」
篁国友(たかむら くにとも)は最早完全な女性の姿にも係わらず、その凄まじい迫(はく)はそんじょそこらの現役組員に勝るとも劣らない。しかし、其れを如何ともせずに豪気なる様で頼母仁八(たのも じんぱち)は微笑み、向かい合っている。
「応! そいは十分承知しうるぞ。そいじゃっどん、お前さぁが必要なんじゃいやぃ」
「馬鹿野郎! 俺はもう四課※にしっかり暴力団登録されてんだぞ!? おかげで俺ぁな? 銀行口座も凍結されて、テメェの名前じゃあ賃貸登録すらマトモにできやしねぇ有様だぞ、墨だって入っちまってる。でもな? それは俺が好きでそうしてんだよ!? それを今更、国家公務員なんざぁクソ論外だ。戻る気なんざさらさら無ぇ! 俺はな、この道ぃ、選んで入ってんだよ!? ホイホイ風見鶏みてぇなハンパする気ぁ無ぇんだよ! そうだろうがぁぁぁ!? あぁ!? 辻村ぁあ!!」
「はい」
篁の四分六の弟分である辻村が、肩幅に体制をとり後ろ手でしっかりと会釈する。
(※四課、警察の捜査四課、通称マル暴。現在は、組織犯罪対策課。通称、組対『そたい』である)
「仁八ぃ! テメエのガキ臭ェ夢物語のクーデターごっこなんざ死んでもお断りだ! そうだろう? 絶対にソイツは成功しねぇんだぞ。それを、それをよ、お前! お前……バッカヤロウ……目ぇ、覚ましな……さいよ! 仁八ぃ」
頼母の部下である、三条巳白(さんじょう みしろ)はこの時に気付いた。
篁国友の、この恫喝の様な怒声の底に沈んでいるモノ。
この人の言葉の奥底からは、どのようにも表せない優しさみたいなモノがある……
あぁ、篁元教官は侠気(きょうき)を持ちながらも、心根の部分にはとても女性的な……いや、母性に似た感覚を持ち合わせているんだ。巳白にフロアでの篁との邂逅が思い浮かぶ。
篁の、鬼の形相と言動。そこに隠された意……それは他者を思い遣ると同時に、次世代……つまり子の世代、若い者達への慈しみの様な感覚がみて取れるからだと巳白は思った。
乱暴で粗雑な言葉使いではあるが、それは少し形を変えれば自分の母親の”小言”や”心配”にも似たような感覚を巳白は持った。
「だから、あの何かが”欠けた”暗殺人形の殺女(さつめ)である殺目(あやめ)や殺華(さつか)がこの篁国友に魅かれ、靡いているんだ……」
「国友ぉ……? 一先ず、ゆっくい俺いの話を聞きぃちくやい? 国友、賜ンせ(たもんせ:お願い)」
「今の、お前の話を……どう聞いたらいいのよ。どっちにしても最終的には結論は同じじゃないのよ……」
頼母は静かに茶を啜る。
「それでも……それでもお前サァには、話さずに居られんこつじゃ……」
「仁八、貴方はズルいわ。すぐそうやって、人を誑かす。私は貴方の事はよく知っているわ? そうでしょ、貴方は本当に”ズルイ”わ」
「フフ……」
目を細める頼母、何かを見ている様にも何も見ていない様にも見える顔つき。
其れは、何かしら現実から遊離した様な瞳と笑みを讃えている。
ある種の悟りの様な非現実的境地に至る者……そう、仏像の貌に浮かぶ其に似ている。
仏陀、如来とは正確には『神』ではない。元々は『人』なのだ。
真理に目覚めた者……其が本来の仏教、ガウタマ・シッダールタ(釈迦)の教えの本質と言う……
「頼母一佐?」
思わず巳白は、止めろと言われた階級で呼んでしまった。其れ位に巳白には今の頼母が何時もの頼母とは違って見えた。
「あぁ、そうじゃ。俺いはズルイ、酷い男じゃ。そして、此れから俺いは、こん国にもっと酷いこつをするじゃろ。多くの血が流れ、人が死に、築き上げた物が瓦解と化すじゃろ……しかし、俺いは、俺いの信じう天道を歩くつもいじゃ」
この部屋の中、殺華だけがその様を冷淡に見ている……
ギュッと燈色の刀袋を握ったまま。
- Re: キチレツ大百科 ( No.44 )
- 日時: 2016/01/05 23:55
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: /005aVGb)
室内は、まるで触れれば手が切れそうな程に鋭利な空気だ。
黒とシックなパープルが挿し色になっている其の部屋。
恐らくは、オーナーである篁の趣味なのであろう。
owner roomに備え付けられた応接家具や机は、エグゼクティブと言うよりはラグジュアリな家具類で占められている。
ゆったりとした三人掛けのソファーに、やや軽く腰を落としている頼母。その手は軽く前で結ばれ、少し前傾を取り篁を見つめている。
「酷い事……?」
「そうじゃな……のう、篁よ? お前サァはさっき自衛隊という組織にウンザリしたと言うちよったな?」
「えぇ……それはそうよ。特に貴方や私、多くの汚れ役を買って出た隊員達は皆んな、多かれ少なかれそう言う思いに苛まれている筈でしょ? 仁八、貴方が……恐らくは一番それをよく識って、苦しんでいるのも知っている! でも、其れは言い訳にはならないの! しては、いけないのよ」
「ん……」
軽く頷きながらも、その嫋やかな表情を崩さない。
「俺いはな? 最早其れは、自衛隊という組織の問題では無いち言うこつん思いに至ったんじゃ……いや、これは予測されたる事態でんあったんこつじゃ。戦後から現代に掛け、多くの論壇や学者、知識人、作家……思想家達もそれは当然んこつ事と思っとたんじゃいな」
チィ! と舌打ちをし、乱暴に煙草を灰皿に押し付ける篁。
「その人達は多くは何もできず、何も報われずに、不当な扱いでレッテル付けられた歴史の事実が、現実を証明しているじゃない!? もう沢山よ! この話はお終いよ、帰って……もう二度と、私の前に現れないで。貴方は自分の職務を続ければいいのよ! 余計な夢物語は討論番組や馬鹿どもにに任せて、貴方は堅実に人生を終えなさい! 貴方、ヤクザにこんな事言われたらいい面の皮よ!?」
殺華がケラケラと腹を抱えて笑っている。
「アッヒャッヒャヒャ! やっぱり篁くんには敵わないね!」
すると、突然に頼母はパンと膝を打って何時もの爽気を顔に浮かべる。
「ハハハハっ! よし殺華、丁度いっ、昔話んしてやうぞ」
「え? 本当かい!? やったぁぁ」
殺華の表情が途端に輝く。
「だから、帰れって言ってんだろ! 人の話聞けよお前!」
「兄貴、自分は席を外しましょうか?」
辻村が篁に問うた。
「いんや辻村君、できれば君にも聞いて欲しい」
頼母ははしゃぐ殺華の横から首を出し言った。
「はぁ……私も、ですか? 兄貴?」
「チィ! 勝手な野郎だな。人の弟分に指図してんなよ。まったく……おい、辻村ぁ良いお前も居ろ」
辻村は、自分のデスクの上にそのまま腰を下ろしている篁の横に静かに付いた。
部屋の空気が、また変わった。しかし、それをコントロールしているのは頼母である。だが、そんな事は御構い無しで殺華は満面の笑みに相好を崩しながら頼母に請う。
「で、で? 一体どんな話なんだい頼母君!?」
ぽんぽん、と殺華の頭を優しく撫でる頼母。
「おう、そりゃあな? そう……昔々の話じゃい。とても昔じゃ、どれ位と言うとな? 大体、紀元前四年、西暦ではマイナス三年と言う処かな……」
「何ぞ! と、とんでもない、昔ということだね!? 頼母くぅぅん!」
殺女(さつめ)は永く生きているが為に、昔の話なんて興味が無い様に巳白は思っていた……でも、殺華はまるで幼児の如く胸を弾ませながら頼母の話に耳を傾けている。
巳白は、殺女のこういったアンバランスな幼児性を、どうしても良しと思えなかった。これは、殺女の本質的な”怖さ”の一つでは無いだろうか? そう思えてならない……
「ふふ、殺華に分かりやすく言うと、日本では垂仁天皇の頃じゃな」
殺華は目を点にして驚愕の声を上げる。
「な、なんと神祖神武帝より数えて十一代の頃と言う訳だね!? それは、それはすっごい昔だな! 頼母君!!」
殺華は分かっているのか、分かっていないのかはともかく鼻息を荒く刀袋をブンブン振り回している。その度に、少しウェーブの掛かった金色のツインテールの髪が揺れる。
そういえば、なぜ殺華は態々髪をあんなにも脱色して染髪すると言う行為をしているのだろう? 殺華は比較的、社交性があり殺女にしては”凶氣”の類が少なく、明るい性格だ。それも影響しているのだろうか? やたらと服飾品にも凝っている、服等は言うに及ばないが、刀の拵えや、刀袋等には独特の拘りがある。刀剣に関しては、殺目よりも殺華の方が強い拘りを見せる。
「わかったから、落ち着けって」
巳白は、忙しなく両手を振る殺華を嗜める。
「こ、これが……落ち着いていられるかね!」
「わかったわかった! まず、椅子に座れ、な? お前が暴れると話が止まってしまうぜ?」
「ん! うん、それは困るな……座る」
其れを見やりながら、篁が「ホォ?」と呟く。そして、頼母に向かい顎を少し上げ、話を続ける様に促した。細い煙管にはを詰めると、辻村がそれに静かに火を灯す。
「あぁ、まぁざっくり言うとだな。中東のガリラヤ地方の、ナザレの街に生まれた、ある賢人のお話じゃい。その頃は英語はまだ今の形ではなかったな。だからその男の名前は古ラテン語で呼ぶのが正しいな。その男の名は、”イィースス・ナザリウス”うち名前じゃい」
「何だが気取った名前だね、しかも言い難い名前だな」
「ふむ、英語ではJesus"ジーザス”日本語では”イエス”と言う名と言った……」
「む! ボクはそのおっさんを知っているぞ!! そのおっさんはイエス・キリストだよ〜! そうだろう頼母君!?」
「ん? そうだな……”正解”、ではあるが。”正確”で、はないな?」
「?」
「まず、此処に人間の、原罪が見え隠れするんじゃ。そして、最終的に俺いが此れから起す事の切っ掛けにと言う事になっているのかもしれんな」
篁は燻らせる紫煙の向こう側にいる、頼母へと静かに視線を向ける。
- Re: キチレツ大百科 ( No.45 )
- 日時: 2016/01/31 06:53
- 名前: 藤尾F藤子 (ID: vXdzFy6z)
「でも、其奴はイエスのキリストさんて名前のおっさんだった筈だよぅ、頼母君?」
殺華(さっか)は目をパチクリさせている。彼女の左目は、嘗ての戦で前線での進軍中に敵方からのスナイドル銃の狙撃による一撃によって義眼になってしまった。
それ以来ずっと包帯や眼帯で過ごしていた殺華は、ある日漫画だかアニメを見て影響を受け、態々黄色の白目に星の黒目の入った義眼を入れている。
それは彼女の好む、ゴスパンと言う女子の服飾文化と相性が良いらしい。殺華もお気に入りなのだが、少々ブッ飛んだ感性を持っているのだろう。
しかし、頼母は天真爛漫な彼女の意思を尊重している向きがある。
恐らく、何かしらの意図があろう事は想像に難くない。
「ふむ、イィースス・ナザリウスと言うラテン語の意はな? ナザレのイエス、つまりナザレ村のイエスという意味じゃな。このガリラヤ地方、現在のイスラエルのパレスチナじゃが、そいじゃっどん、ナザリウスち言うんは苗字では無い。そして当時はイエスという名前は珍しい名前ではない。日本でも嘗てそうであったが、苗字(氏:うじ)や称号(カバネ)という物は限られた立場や血族の物で有ったわけだ」
「ウンウン、僕も苗字帯刀を許された立場だ!」
殺華はオレンジ色の刀袋を自慢気に掲げる。
「もう帯刀は許されてねぇんだよ!」
空かさず篁と巳白の声が上がる。
「このイィーススち言うう男はな? 当時としては、とんでもない偉業を成したお人だった。
それは、多くの人々の思考の限界を超えて物事を理解し、指摘したというこつじゃい。
考えてみんさい? この当時は車も、鉄道も、そして新聞、ましてやTVなど無い。
携帯やネットなんぞ、当時から言わせれば奇跡、魔術んごたるこつじゃぞ?」
殺華は首を傾げながら唇に人差し指を当てる。
「んん……シコウ、ノ、ゲンカイ? わかんないよ。でも馬小屋で爆誕して以来、湖を渡ったり、口から魚をいっぱい出したり、コークをペプシに変えたり、凄い奇跡を起こしたらしいじゃないか。それと愚連隊みたいなのを作った事は知ってるよ。ヤバイおっさんだよ! 確か連中が書いた、週刊少年バイブルは世界の発行部数が第一位だよ」
「お前、やめろっ。敬虔な信者から怒られるぞ! 適当なイッチョ噛みで憶えるな! まぁ、でも……十二使徒が愚連隊ってのは言い得て妙だわね」
篁が言った。
「あぁ殺華よ、お前の言うた”奇跡”は後世の作り話じゃ。弟子達や、その子孫達がイィーススの死後に、自分らの教団集派の民衆への影響力を保つ為に喧伝した事や著作物、当時の手稿が元になってる。其の後、当時のユダヤ属人区の主である、ローマ帝国の国教としての制定された時の政治的なプロパガンダじゃい。新約聖書ちうモンは其の時の『政治としての宗教』として都合の良い手稿等を編纂した書物じゃい。それら後世に伝わっていって、歴史として形成されていった。中世の血と殺戮の歴史を含み、異教徒との戦いを形を細かく変えながらな……」
「仁八? 貴方、そんなカビ臭い歴史の話なんてしたい訳じゃあないわよね……? 私は貴方が何故、殺女衆を使い、機知烈大百科を求めるのかを知りたいのだけど」
「焦んないや……此れは、まだ昔話じゃ。ではイィーススが実際はどんな賢人たる話をしうるぞ」
「でもおっさんは奇跡を起こしていないのだろう? 頼母君。それじゃ、キミは中東の只の昔のおっさんの話をするつもりかい? 僕はもっと途轍も無い奇想天外な冒険譚が聞きたいのに……」
「わっはははは! 此れは途轍も無い冒険譚の始まりの話じゃぞぃ。そう……本当に途轍も無い、冒険と壮氣溢れる馬鹿話……」
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