複雑・ファジー小説

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キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 ( No.21 )
日時: 2016/01/03 16:49
名前: 藤尾F藤子 (ID: iHavjeWu)

ネオンの光を一杯に剛性のあるボディへ浴びながら、六本木5丁目交差点へV12エンジンの音が静かに滑り込んでくる。
三城巳白は、その車に気付くと直立の体勢を取った。
オプシディアンブラックの車体のドアが開く、すると刈り込まれた短髪が見えた。
軽く右手を上げながら、静かに巳白へと目で頷くその壮漢。
巳白は、これだけで何故だか胸が一杯になる気分がする。そんな、風のような雰囲気をこの男は持っている。巳白は直立のまま、思わず右肘を上げ敬礼しようとする。
「そいは、必要なかっじゃろ……」
その見た目とは違い、どこかに可愛げと言うか愛嬌のある訛りを持って男は静かに笑う。
黒いトレンチを小脇に抱え、ビシッとした濃紺のスリーピースを着たその男。程よい浅黒さは精悍そのものだ。その佇まいと乗っている車に、威圧的な雰囲気を一瞬感じてしまうが、柔らかく爽やかな表情が、どこか父性的な優しさを持っている。
「そ、そうでした。ご、ご苦労様です」
緊張している若い巳白を気遣ってか、男は巳白の背中をバンと軽く叩く。
その様子をどこか嬉しそうに見つめている少女。
「コレコレ、頼母(たのも)君! あんまり人を待たせちゃイカンよ。まったく」
刀袋を小脇に挟みながら、腕組みをして少女が爪先立ちで偉そうにポーズをとる。
「殺華(さっか)! くんっ娘子(おじょこ)っまっことやぜらしかな。 お前さぁは留守番ち言うたろ! まったくドゲンしざっもね」
(殺嘩! この子は本当にやかましい、お前は留守番といっただろう? まったくどうしようもない)
頼母仁八(たのも じんぱち)は、これは参ったと言わんばかりに嘆いた。
「ふふふ、頼母君、何言ってるか分かんないよへへへ」
殺華と言われた少女は、呆れる頼母など歯牙にもかけん勢いで無邪気に笑う。
巳白は恐縮しながら青い顔をしてあらたまる。
「申し訳ありません、自分では言うことを聞いてもらえず車のトランクに忍び込まれてしまいました。泣き喚いた挙句、兵舎の柱を刀で切りつけ大騒ぎをした挙句疲れて眠っているとばかりに……油断しました」
困った顔をしながらも、頼母はどこか優しげな笑みをしていた。
「しおあね(仕様がない)、俺達(おいたち)じゃ、こん娘子らは制御できん。そいじゃっどん、今からそいをドゲンかできっ奴に会いにいっど」
「? はぁ、しかしどうにかするとは、どのような」
頼母は車をロックして、ハードロックカフェの方面へと足を向ける。
「巳白、お前さぁは篁国友(たかむらくにとも)ち男は知っちょおか?」
歩きながら頼母は言った。
「篁教官ですか!? 存じております! ”九分殺しの篁”と謳われた伝説の教官殿であります! ですが! 随分前に除隊されたと伺っております!」
巳白の尻を叩く頼母。
「ったく、お前さぁは……体ん力ぁ抜きんさい! 俺を上官と思わんでよかっぞ、そいんな? そげな態度でいったら身元がばれっじゃろがいや」
「す、すいません……」
「今から、篁に会いにいっぞ」
殺華の顔に一段と眩しい笑みが咲く。
「え……篁君に会えるの? 本当……本当に!?」
巳白はその殺華の口ぶりに驚く。
「殺華、お前”九分殺し”をしっているのか!?」
「知ってるよぉ! 篁君はね? とっ〜ても怖いんだよ、もうボッコボッコのズッタズッタに滅多斬りなんだから〜」
「会いたくねぇ……」
「でもね、すっごく格好いいんだよ! どんな目標でも確実にブッ殺すんだぁ。殺目(あやめ)ちゃんも一杯ボコボコにされながら色んな殺し方を学んだんだよ!」
「会いたくねぇ」
「後ね、とってもお花に詳しいんだ! それとね、動物が大好きでねっ! 僕達に一杯、どうぶつの名前、お花の名前教えてくれるんだ! 後ね、殺目ちゃんはお裁縫を教えてもらってたんだぁ」
「やっぱ色んな事を教えるんだなぁ、特戦の教導団の教官殿になると」
変に感心する巳白を他所に、頼母の足が止まる。
「此処じゃいや」

『club 真←空』 クラブ エア・リアル

「クラブ?」
怪訝な顔で巳白はそのクラブの看板を眺めた。

Re: キチレツ大百科 ( No.22 )
日時: 2015/11/19 06:03
名前: 藤尾F藤子 (ID: oRqj2RD2)

『club 真←空』
扉は固く締められている、警視庁は昨今のクラブでの麻薬や、準暴力団指定された愚連隊の頻繁の暴力事件、その経営に関して反社会勢力との関わりなどを理由に積極的なガサを入れ、風営法違反で相次いだ摘発を行った。渋谷、新宿、六本木のクラブはほぼ休業状態になった。しかし、音楽喫茶などと名称を工夫したり、隠れて違法な営業時間にドアを閉めてこっそり営業している逞しさを見せている店もある。

「IDチェックと荷物検査よろしいいですか?」
片手に金属探知機をぶら下げた男たちが、何処からかやってきた。皆、巳白よりも背が高く、その体は本格的な総合格闘でもやっている雰囲気だ。(実際クラブセキュリティーは元現役やアマやプロ、流行りの地下格闘イベントの試合に出ている者が多い)
頼母は颯爽の風が匂うような笑みで言った。
「悪ぃな、此処のオーナーの篁は俺の友達じゃ! 呼んで頼もんせ?」
「!?」
篁と言う名前を聞くと、セキュリティー達の目が変わる。
「は? すいません、そういう事はできかねますんで。ていうか……御宅さんは、警察? 何? 悪いけどウチ麻布署にはちゃんと納めるモン納めてるからね! 文句あんなら署に戻って上に確認とってから来てくれないすかね!」
坊主頭に、パンパンの筋肉の貼った体をイカらせて男が凄む。その後ろからは、色黒のスキンヘッドのセキュリティーと黒人が出てきて頼母達を取り囲む。
「お引き取り……願えます、かね?」
巳白は既に、男達の頼母への態度で熱くなっていた。
「お前、さ。誰に口聞いてんの? え……」
「はい!? え? はいぃ?」
セキュリティーの男は巳白にギリギリまで顔を付き合わせる!
巳白の目が見開いた一瞬!
「あ〜、”元気”ちゅうもんはこげな事(こつ)ん使うもんではなか!」
頼母が白い歯を見せる。巳白が控える……
「帰ってくれません?」
「お前さぁらはセキュリティ会社んroun’DA(ラウンダ)言うちやろ?」
「……いや、そう言う事は言えないんですわ」
「分かっちょうや、でもそこん面倒ば見てんのは、六本木の借りジマを仕切ってる
愛粋会(あいすいかい)じゃろっがい? あそこん会長は佐々(さっさ)さんやろ?」
「いや……本当、そういう事は自分の口から言えないんですよ」
「あん人は、日本挺身皇道隊っちゅう結社の創設者じゃいやいな、そこん世話んなっちう篁は俺の親友じゃ、入れちっくれ? な!」
ニッと笑い、セキュリティーの男の肩をまるで労うかのように軽く叩く頼母。
何故だか、一瞬なった険悪な空気が飛んでいったような気がした。
「んん〜、オーナーのお知り合いっていうなら、わかりました……おい」
黒人のセキュリティがドアを開け、黒い通路を通された。
「ちょっ、お客さん! 幾ら何でも子供は入れられませんよ、本当勘弁して下さいよ。それにその子の持ってるの何ですか!? 本当このご時世、タダでさえ世の中五月蠅いのに……」
「あぁ、そん子は20歳は超えちぅぞ」
殺華は刀袋を振り回しながら抗議する。
「おい! 君もかっ、君迄この僕を愚弄してっ。許さんぞ、そんな只のウェイトで鍛えた筋肉などはだねぇ…「トラブルだけは勘弁願いますよ」
「な、何なんだキミィ! 僕の話を途中でぶった切るとは!? 何故聞かんのだね! 君ぃぃぃ!! 待ちたまえ、君ぃぃぃィ」
セキュリティーはゲートの先迄案内して、さっさっと外へと戻っていった。
「全く、巳白くんといい、あのハゲくんといい、どうしてこうも僕をバカにしたがるのか理解に苦しむよ」
「まぁ、一つ言えるのは皆んな忙しいんだよ。ガキの相手なんかしてられないの!」
ぐぬぬぅ、と顔を歪ませる殺華。

フロアを満たす大音量のProgressive Trance(プログレッシヴトランス)
その四つ打ちのビートは150近いBPMで加速している。最早HOUSEとのクロスオーヴァーで、何を持ってプログレッシヴと呼ぶかは個人の感性にもよるが、そのキャッチーなメロディーラインとドラムロールに非常にわかりやすいブレイク(曲の盛り上がりの直前にワザと音を一瞬止める行為)は誰の耳にも比較的馴染みがよく、単純に踊る事への楽しさを見出しやすいジャンルだろう。
club 真←空は六本木としては、まぁまぁのハコのようだ。
地下、地上1階、2階、3階という作りだ。

殺華はまん丸にした右目をフロアのライトに釘付けにされている。
「す、すごいぞ! 巳白君、頼母君! 若い男と女がデカイ音に合わせて馬鹿みたいに踊っているぞ! な、なんてハッチャけた世界なんだ! こんな楽しそうな場所があることを、なぜ今まで僕に報告しなかったんだ! これは重大な義務違反だぞ、これは組織のホウレンソウをもう一度徹底しなければいけないゾ!」
その声は、フロアの音に掻き消され二人には届いていない。
完全にツインテールの少女の足取りはうわついている。生意気にキックの音に合わせて足踏みをしはじめている。

VJが映し出す、グラフィックエフェクト。ドットの粒が収束して、またゆっくりと画面上に広がっていく。赤、青、紫、それらがゆっくりとフロアのライトとともにヴァーガンディにシフトして消えていく。djが廻しているブースの周りにスモークが焚かれる。
「イェ〜! キャッホーウ!!」
殺華は何だか、手足をバタバタさせながらフロアの中に駆けていく。
「あの馬鹿!」
巳白はそれを追いかけて、フロアの中に分け入っていった。
殺華は、物珍しいのだろう。クラブのフロアをあっちへ来たりこっちへ来たりだ。
djブースのウーファーの付近で、ぴょんぴょん跳ねてたと思えばラウンジの方へと駆け戻ったりもう、やりたい放題だ。

巳白は殺華を探しながら二階フロアの階段に来た……
「どこにもいねぇな、どうする? 頼母さんともハグれちまったな」

「あら、ナンパのお相手が見つからないのかしら? この店はこれでも中の上クラスの女の子が揃っているのにね……ウフフ」
「え……」
ゾくりとするような声。
「其れとも、貴方のお眼鏡には敵わないのかしら、ネ……」
何時の間にか、階段脇のにソファへ座っている影。
「いや、さっきまで彼処にはだれも……何の気配もなく、突然現れただと!?」
「貴方、若いのにとても良い貌つきね? 良い、空気を纏ってる……とても素敵ね?」
艶かしい褐色の肌。細く、長めに編み込まれているドレッドヘア。
甘ったるい憂いを帯びた切れ長の瞳をした女性。此れでもかと言う程、その艶めいた肌を露出したロングドレスを引きずりながら、長いキセルの煙をくゆらせる。蛇のようにくねるその足に纏わり付くガーターと網タイツ。
漂う、ムスクの甘い匂い。

Re: キチレツ大百科 ( No.23 )
日時: 2015/11/19 20:03
名前: 藤尾F藤子 (ID: 7n9.prOf)

長く編み込まれたドレッドヘアを後ろへと纏めテールした髪。
それを靡かせながら、女性は巳白の直ぐ側まで歩いてくる……
腰をくねらせ歩く女性は180㎝はありそうだ。
(足なっが! て言うか……モデルか? なにこの女『ひと』……)
見白が次に驚いたのは、彼女の左手の手首からその豊満な胸にかけての刺青だ。
お洒落タトゥーではなく、日本の伝統的な手法の刺青。フミを見に宿すと言う意味で、
文身(ぶんしん)とも言われたものだ。
飾り彫りは桜の散らし。題絵は阿形吽形の二匹の昇龍。見切りは吹きすさぶ風と雲。
女性にしては珍しくガッツリ見切りが入っている。
巳白の体が強張る。無理もない、彼の若い人生経験でこういったタイプの人間と会うのは初めてなのだ。フロアのライトが一瞬、強いハイビームを放つ。それが緑の光を二人に当てる。巳白の耳には、最早掛かっている音楽のキックもビートも聞こえない。
「貴方……踊らないの?」
女性の唇。
「いや……自分、遊びに来た訳ではないので」
思えば、ついこの間までの巳白の学生時代は、こんな場所で遊ぶような機会はなかったし
若い女の子とも気軽に触れ合えるような場所もなかった。
「ふぅ、ん……クスクス! じゃ、何しに来たの?」
「いや、あの……アハハ、あぁ……」
体が触れる。
「男は……愛想笑いしない。ね……?」
巳白の腰に手が回る。
「フフ、退屈しのぎに話をしよう……? 貴方の目にはどう映る?」
「は? 何が……ですか?」
「あの、フロアさ……」
「皆んな、踊っていますね……楽しそうだ。正直、俺はこういう場所は慣れないんです。学生の時分も団体生活でした、正直羨ましいし、素直に楽しめない自分が恥ずかしくもあったりします……」
巳白は、なぜか心の内を自然と吐露していた。この怪しい魅惑を持った謎の女に。
「そう……分かるわ。その目には、高潔が宿っているから……」
「高潔!? そんな大したもんじゃなっす……俺は」
「見ろ……これは、夜の一部であり正体でもあるんだよ? 踊りという物はね? 其れそのものが、一種の呪術的要素でもある」
意外な言葉が出た。”呪術”と……
「は、はぁ」
「歌舞伎を知っているか?」
「ええ、出雲阿国(いずものおくに)でしたっけ?」
笑う唇、紫煙が溢れる。
「ALL RIGHT そう、出雲阿国。彼女は忍だった。そして歌舞伎と言うのは河原で生まれた」
「はぁ河原?」
「そう河原、でも今の河原を想像するなよ……かつての河原は此処と同じさぁ。棄てられた人々。棄民、飢民、破落戸、売り女、なんでもござれのお祭り騒ぎさ! でもね? 文化というものはね? いつも、そういう場所で産声を上げるのよ……それが夜の正体さ! ホラ、子供の頃に友達なんかと夜に会うとテンション上がったわよね? それが女の子だったりすると、その日は眠れなかったなんて経験、無い?」
「あ、うん。ありますよ! それ、あります!」
文化の話から、突然妙に身近な話になった。しかし、始めてこの人と共通の話題が持てた気になって嬉しかった。不思議な人だな……いつの間にか、巳白はこの女の話に魅入られていた。
「でも、夜はそれだけじゃない……彼処を見ろ?」
二階のVIP ROOMを顎で示す女。
「?」
クスクス……笑う女の唇。
「彼処ではテーブルいっぱいにコーク(コカイン)を広げて鼻を粉だらけにしてる。シャブ(覚醒剤)をヤッてる奴も居るだろう。ハッパ(大麻)をキめてブリブリに酩酊してる奴もいる。フロアでもバツ(エクスタシー、MDMA)をキメてる奴がいる。ウフフ、良いわね? 各々の楽しみ方があってね?
「あぁ……そ、ソウデスね」
「嫌い?」
巳白はこの喧騒の虚空を仰ぐ。
「俺には縁のない世界っす」
「ほら、純潔が奔る」
何だかバカにされたような気がした巳白は目を逸らす。
「ダメ……目を逸らすな! 見ろ、見据えろ! これも夜だ」
「……!?」
肩に掛けられた手が力を放つ。
「いいか? 朝があり、夜があるわ。夜を知らない奴は、朝を知らない。この世は陰があり、陽がある! 陰と陽があり、初めて調和と混沌が重なる。わかるか?」
「陰と陽? 陰陽の二元……」
「でも、それだけじゃない。それはほんの入り口に過ぎない! この世は二元論では語れない、その隙間を見据えることで初めて世の中が見えてくる。お前の目にもゆる高潔は、どちらも別々にしかみえてない、そしてどちらの本質をも見据えていない」
「俺には……わからない、です」
「フフフ、若くて……純真で、誇り高く、愚かで……危うい。でも決して汚れてない。そういう目を持っている子はね? 皆んな早く死んでしまうの……」
「俺は……死ぬわけにはいかないです。やらなきゃいけないことが事が山程あるから」
「そう……少し、羨ましい」
女は軽く手を振ると、喧騒の中消えていった。

Re: キチレツ大百科 ( No.24 )
日時: 2015/11/20 01:28
名前: 藤尾F藤子 (ID: Zkr5nzN7)

「君、おい! 君!」
ラウンジのスタッフがカウンターを見る。
「あれ? ……」
「ここだ! 君」
カウンターの下からツインテールがジャンプしている。
「ドリンクを、くれ……たまえ! クッ! 高すぎるだろ? このカウンターは!! ここは、氷川神社かね?」
「子供……!?」
「ナメるな! 僕は、二十歳を、とうに、超えて、いるのだぞ!! 勤労少年よ、大体そうで、なければ、此処に、入れる、訳が、無いであろうがぁ!」
「で……何に、しますか?」
大人でも少し高めのカウンターの下から伸びた手が告げる。

「オレンジジュースだ」

一階入り口付近の、赤いソファに腰を下ろす殺華(さつか)なぜか頼んだオレンジジュースに、無料でアイスを乗せてもらったのがうれしいくやしい。お代はゲートをパスした時にボーズのセキュリティから渡されたドリンクチケットだ。
「まったく、とんだサタデーナイトのフィーバーだよ! しかし、このけたたましい音楽を鳴らしているのは、彼処で皿みたいな物をなぶっている男らしいが……まったく関心させられるね。音階とかはどうなっているのだか」
客の若い女が、明らかに場違いな殺華が物珍しいらしく、笑顔で手を振る。それを上機嫌で燈色の刀袋をブンブン振って返す殺華。
「う〜む、最近の若い者達はこういった類の戯れをして騒いで踊るのだな……これが、はんぐあうと(Hang out)というものだ。うむ」

「I’m so nervous. I don’t know what to say to him.」
「Chill out!on yourself.」
「yayayaya……um」

「む? 異人か……何時聞いても連中の会話は早くて分からん……しかしあの、いんぐりっしぇと言う物が喋れればどんなに愉快な事か……たしか、イオロスプ(ヨーロッパ)の物とィエメーリカ(アメリカ)の物は随分と訛りが違うと聞く……」
殺華はオレンジジュースのストロー逆噴射でブクブク泡立てる。
どうしてもこれが止められない。
「フフ、これをやると皆んな怒るのだ。特に篁君が血相を変えて怒っていたな……初めてこのストローで牛の乳を飲んだ時の癖が忘れられぬ。あれは確か明治の頃だ。文明開化等と言って皆が騒いでいた頃か……」
フロアでdjチェンジが行われ、かかっていた音楽の曲調が変わる。基本このclubはオールジャンルなのだろう。
「言葉、音楽、飲み物、食べ物……変わっていくのだね。それなのに、それなのに僕達だけは……此の世界で変わらずに、時の中置いてけぼりにされている。時代の趨勢の中仲間外れにされているみたいだ。そういえば巳白君が”神”なんて言っていた……何処かにそんな偉い人がいるのだろうか? 逢ってみたいものよ」
フレアするライトとビートの中で、少女の独白は沈んで消えていった。 

Re: キチレツ大百科 ( No.25 )
日時: 2016/01/06 22:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: US0F22xv)

頼母は、VIP ROOMの更に奥へ設けられた部屋へと足を向けていた。
通路には、恐らく部屋でガンジャ(大麻)でもすっている者がいるのだろう。
河川敷などの雑草に、若干の甘さを加えたような匂いが鼻を擽る……
一番奥にあるオーナー室。
其処には屈強な男が何故か、部屋の前で立っている。まるで、それは守衛の様だ。
スキンヘッドにスクエアの金縁の眼鏡、そのレンズの奥には、無機質だが硬質なものを持つ眼。黒にストライプのスーツ。特徴的なラペルと型の所からGUCCIの物と推測される。手を後ろで組み直立するその男は、誰が見ても堅気ではない。
しかし、その佇まいからは恐らく事務所番等で相当にその筋の修行をしたのだろうと伺える。世間一般的に暴力団と呼ばれ、その業界では任侠団体と自らを称する、このヤクザという集団程多様な種類の人間が集まる場所はない。
底辺の人間は、鎬(シノギ、仕事)等が持てない為乞食ヤクザと言われてしまうタイプも居れば、その組織の看板を使い、色々な職種を手広く展開するヤクザもいる。
そのルーツは古来、博徒、テキ屋(椰子)、臥煙の火消し、籠屋、沖合い師等の日本の地域社会に密着した職能集団や互助団体(ギルド)が由縁にある。
しかし、戦後をへてその姿は、米国の影響もあり、積極的に政治に関係し、日本の経済に深淵に入り込む様になっていった。その経済社会への闇の勢力の影響の大きさから、国家は、これらを暴力団と正式に定め、大規模な組織には広域指定を掛け全国警察へと取り締まりを行っている。
しかし、其れはそんな簡単なものではない。何故なら、取り締まりを行う警察勢力、政治家、経済人、一部の大学、土建ゼネコン、金融業界、株式投機市場には其れ等の影響が深く根付き、綺麗事で解決する様な簡単な物ではなくなっている。
だが、所詮どんな業界でも成功し通用するのは、基本勤勉で多角的な思考を持つ人間なのだ。それはヤクザだろうが堅気であろうが変わらない。
よく、一般社会で通用しないから、と事務所に出入りしてヤクザになろうとする者がいるが一般社会で通用しない人間が成功できる世界でもないシビアな世界だ。

(国友も、一丁前に立派な筋モンの風ば吹かせちょうわい)
頼母は、嘗ての友人の事を思うと、今のこの変わり様に妙な可笑しみを感じていた。
「失礼ですが、なにか?」
金縁の眼鏡の目が頼母を捉える。その男は隙が無く、その所作は全てに於いて歯切れの良さの様なものを感じさせる。しかし、安い粗暴さは皆無だ。
頼母は、いつもの爽やかで豪気溢れる態度でなく、男の立場を鑑み、それに合わせる形で飽くまで一歩引いた礼儀をとる。
「突然で、失礼いたします。私、篁オーナーとは嘗ての同期で頼母仁八と申します。篁オーナーには良く世話になっておりました。急ぎ、話したき事あり、突然お邪魔してしまった次第です。約束もなく不躾で失礼かと存じますが、オーナーと会わせて頂きたい」
頼母は一等陸佐と呼ばれる、言わば自衛隊の大幹部でもある。
正確に言うと、彼は現在秘匿作戦に関わっている為、一時除隊となっているが。
この男と嘗ての同僚の、現在の立場の違いとその面子を考慮した。
以外にも、この男は頼母の名を聞くと相好を崩した。
「よく兄貴……いや社長から、頼母様のお名前は話に出ていましたよ……さっ、こちらへどうぞ」
「あいや、これは失礼致します……」
男は僅かに笑み、部屋の応接室へと案内する。
「やめてください、お客人。兄貴のご友人が、私等に気を使わんで下さい。しかし、只今兄貴は席を外してますんで、暫くお待ち頂けますか」
男の敬意を感じさせる空気を、逆に気遣う形で頼母は何時もの癖のある喋り方をとる。
「歳は幾つか俺いんほうが上なんじゃが、じゃっどん、篁とは気が合うモンでごわんでよ?」
爽気を纏う頼母の笑みが、男の目に映る。不思議と引き込まれる風の様な雰囲気だ。

クラブの内装とはまた異なる、豪奢だが確りとした部屋。
通された席へおしぼりと番茶が用意された。頼母は男のそつ無い所作に関心を覚える。
湯呑みの柄がしっかり客に向き、音一つ立てずに静かに来客の用意をする。恐らくこの男は、事務所見習いから始め、掃除や礼儀態度等を叩き込まれているのであろう。
何か、鋭く研ぎ澄まされた雰囲気を持つ。男はそこで屈んで名刺を取り出す。
「名乗りが遅れました、自分は辻村と申します。篁とは四分六の杯を受けております」
辻村は敢えて組の名刺ではなく、外郭団体の右翼結社の名刺を出した。
「まだヤクザは名刺なんか交換するんかいな?」
「同業や、近しい関係者の方なら組の名刺は切りますが、頼母さんでしたら此方のほうが都合がいいかと思いまして」
「気いつけなさんせ、堅気に見せたら脅迫で留置んごたるぞ」
静かに言った頼母の瞳に、辻村はどこか親しみを覚えてしまった。
「ふふ、貴方は、堅気には見えませんよ? 普通の生活を送る者には持ち得ない独特の雰囲気は隠せない物です。此処へはお一人でいらしたのですか?」
「あいや、しもた! 連れがいたのをすっかり忘れっちょった」
「では、よろしければオーナーを呼んでくるついでに私が呼んで参ります」
「こいや、すまんごたるなぁ」
頼母は巳白と殺華の特徴を告げた。
「何だか、また風変わりなお連れ様をお連れで……」
「世話を掛けてすまんのぅ、国友も随分と気の利いちょる二才どん(若者)を持っちう」
頼母は笑いながら番茶を啜る。
部屋を背にして、フロアへと静かに下る辻村。突然の兄貴分への来客等は大して珍しい物ではない。しかし、今回は何かが違う。
辻村は頼母に瞬間の好意を感じた。
しかし、辻村は知っている。それはとても怖い事などだ、と。
この業界に身を置いているからこそ良く解る……
危険なモノを心に宿す者の匂い。

殺華がソファでオレンジジュースをブクブク逆噴射していると、巳白がようやく殺華を見つけ横へと腰を下ろす。
「巳白くん、あの皿を嬲っている、フロア後方の男に頼んで迷子の呼ぶ出しをかけるぞ」
「そんな機能、ターンテーブルについてねーから! 実際やれたとしても、俺は一等陸佐殿に迷子の呼び出しなんて自殺的暴挙とか絶対嫌だから!」
「頼母くんはそんな事では怒らないよ」
「そういや、篁元教官てどんな人なんだ? 一度、写真で見た事ある位しかないや」
「篁くんは多くの伝説や渾名があったね。まず有名な渾名は”九分殺し”その由縁は、半殺し以上の殺人演習の数々で隊員達を追い込む様は最早、放送禁止のレベルだよ。それと市ヶ谷の制服組からは、その噂を聞き兵隊ヤクザと呼ばれ、特戦以外での部隊訓練に携わった時は若い隊員などは「パーフェクトエネミー」なんて揶揄されていたよ! さすがの僕も、篁君の地獄のシゴキは思い出したくないよ」
「ぶん殴られたとか川に叩き込まれたとか?」
「そんな事は基本で、生温いくらいだよ。僕は、教導団の特別行軍演習で服の裏にスルメを隠して縫いこんでいたのがバレタ時は、倒れて動けなくなるまで走り回された挙句、自分で埋まる穴を自分で掘らせられたのだよ! 信じられんよ、たかがスルメ一匹で……」
「行軍演習での食料の隠し持ちは基本だが、九分殺しの監督下でそれをやるとは……」
巳白は、殺華の無謀な勇気に呆れる。
「しかも奴は、僕を首から上を出した状態で埋めると、考えられない程の罵詈雑言と侮蔑、差別言葉を満載した説教を投げ掛けるのだ……一週間は立ち直れないよ。奴は三日間も、僕を飲まず食わずで放置した挙句、僕が埋まってるのを忘れていたなんて言うんだから、とんでもない男なのだよ」
「ははは……」
「しかし、篁くんはそんな超武闘派教官の癖して、すごいイケメンなのがムカつくんだ! 下手な役者より目鼻は整い、背丈もあり、自衛隊体育学校ではアマチュアボクシングでオリンピックの話が出ていたほどの男でもあるのだ。まったく鼻持ちならないよ」
腕を組みながら、鼻息荒く殺華はかつての教官を思い起こす。
「でも、随分と世話になったみたいだったな」
「そうさ、僕は篁君がとっても好きだったし、殺目ちゃんなんかは篁教官の弟子を自負しているよ。鬼で魔人のような男だが、篁君には悲痛な位の”気概”があるように見えた……」
「そういえば、篁教官の恐怖の伝説は聞くけど不思議と恨まれたり嫌われてはいないものな?」
「だが、僕は篁君が除隊し、ヤクザ家業に身をやつしているなんて理解に苦しんでいるのだ……おや?」
殺華の視線の先には辻村が立っていた。座っている巳白と殺華に、丁重に頭を下げ自己紹介する。
「おぉ! 僕は現役のヤクザというものを初めてみたぞ」
無邪気にとんでもない事を言ってのけた、殺華に巳白は慌てふためく。
「それにしても君、何か”使う”ねぇ……少なくても素人じゃないね。ヤクザは皆んな、そんな雰囲気を持っているのかい? ってフガフガ、モゴゴ!」
巳白が慌てて殺華の口を塞ぐ!
「バ、バカ! 失礼な事を言うんじゃないよ! すいません」
「いえ、全然構いません。私、愛粋会の現役ですので。使う? ですか……学生の時分から空手には打ち込んでいますがね」
殺華が辻村の手をとる。
「実戦派かぁ? 道理でこの拳タコだよ」
何だかさっきの女性といい、この辻村という男といい、自分とは全く違う世界の人間だ。
恐らく、一般の人間が陽の光を浴びる道を歩いていても遭遇する事は無いだろう。
こういった特殊社会で、実力を見せる人間は独自の人生観や哲学の下生きているだろうな……巳白は、この見慣れぬ世界の有り様や、その住人達に素直に感心させられた。

篁 国友……この、巳白の目の前に展開される。見慣れぬ世界を預かる男。
一体どんな男なのだろうか。


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