複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

キチレツ大百科
日時: 2016/01/06 12:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: .5n9hJ8s)

「起キル……」
「起キル……」

あぁ、うるせーな。俺は昨夜も”発明品”の開発でいそがしかったんだよ……眠らせてくれよ。

「起キル……」
「起キル……」
微睡みの海の底、聞こえる女の子の聲。少し擽ったい感覚が夢を揺さぶる波のよう。
ふと思うんだ、これがクラスメートで皆のアイドル、読田詠子、通称”よみちゃん”だったらいいな……て。いいさ、わかってる。どうせ夢だろ? 
夢の狭間で間の抜けた自問自答。
そいつが、嘲るみたいに眠りの終わりを通告している。

「キチレツ、起キル”ナニ”!!!!」

Goddamit!
そう、いつもそうなんだ。俺の眠りが最高潮に気持の良い時に、決まってコイツが割り込んでくる。俺がご所望なのはテメーじゃねんだよ?
「くっ!? 頭に響く、うるせーぞ、ポンコツ! テメー解体して無に帰すぞガラクタがぁ!!」
「なんだと〜、やるかぁ!」
部屋の中には、日差しが差し込み、ご丁寧にスズメの鳴き声が張り付いてやがる。うっとおしい事この上ない程真っ当な朝だ。
「最悪だぜ……」
目の前の”ソレ”を突き飛ばし、机の上のタバコを探す。
「あん? モクが無ぇぞ、昨日はまだ残ってたんだけどな……」
「中学生デ、煙草ハ駄目ナニィ! 我輩、捨テテオイタ、ナニ!」
俺は目の前の”ソレ”の髪を掴んで手元に引き寄せる。
「テメー良い加減にし無ぇと、マジでバラすぞ。人形!」
「ちょっ、痛い痛い痛い! やめてよ、キチの馬鹿! 中学生で煙草吸うキチの方が悪いんじゃ無い! い、いたぁあい、我輩のポニテから手を離すナニィ!!」
「キャラが崩れてんだよ、人形!!」
「に、人形じゃないナニ……殺蔵(コロスゾ)ナニ……」

くっ……頭が痛ぇ。
 
俺の名前は機智英二(きちえいじ)皆からはキチレツなんて呼ばれてる。
俺は江戸時代の大発明家、キチレツ斎の祖先だ。キチレツ斎は結構名の知れた人で、当時の幕府御用達の発明家て奴だったらしい。初代キチレツ斎は太田道灌の元で江戸城の築城に協力して以来、機智家は徳川家から引き立てられたという経緯と親父が言っていた。
そんな家だったら、何か凄い物があるだろうと物置を調べていた時に見つけちまった。
この少女の形をした”発明品”殺蔵を。しかも運悪くうっかり起動しちまいやがった。

わかるか? 自分の先祖がこんな、少女人形を作成してた真性のド変態だと分かった時の気持ち……夜な夜なこんな人形使って遊んでたと思うと反吐がでるぜ! その俺の気持ちを察したのか、俯いたまま殺蔵がぼそりと呟いた……
「我輩は、武士ナリよ……」
俺はイラつく。
「テメーのその見た目でどうして武士とか言えるんだよ? どうみたって弱そうだし、大体女の武士とかいねーだろ? じゃあ、なんでその見た目よ? どう考えても、いかがわしいんだよ! お前はそういう目的の為の人形だろう!?」
「違うナニィ!! わ……我輩は、武士ナニィ! 武士……ナニよ」
「チィ! うぜぇ……」
曲がりなりにも尊敬していた先祖の正体が倒錯的な変態である……
そいつは憧れてた役者やアイドルがシャブ(覚せい剤)や痴漢で捕まった時位ショックなもんだ。
涙目で抗議する少女のカラクリは、俺らの年齢と大差ない姿形だ。
キチレツ斎さんよぉ、それぁ無ェぜ……

「英二〜、ごはんよぉ。殺ちゃんも早く降りてきなさ〜い」
この部屋の重たい空気も知らずに、圧倒的に間の抜けた声でお袋の声が聞こえてきた。
だが、そいつは俺にとっては好都合の助け舟だ。最早、徹也明けの眠気などどうでもよかった。殺蔵が急いでティッシュで涙を拭っている、その横を俺は知らんぷりで通り抜けた。

Re: キチレツ大百科 ( No.26 )
日時: 2015/11/29 01:05
名前: 藤尾F藤子 (ID: RcOx8T.M)

部屋に通されるまで、殺華は辻村と名乗ったヤクザを興味深そうに観察している。
巳白はその姿にヤキモキしていた……
いつあのヤクザが怒り出すかわかったもんじゃない。
其れを他所に殺華はアレはなんだ? コレはなんだ? と辻村に聞いて回っている。
「くぃっ殺華! 篁が来ん迄そこで大人しく座っとれ。やぜらしか!」
頼母は見兼ねて殺華を叱る。
「早く篁君に会いたいよ、僕は。しかし、辻村君? この僕はね、篁君が現役の頃は随分と世話したんだぞぅ! ふはは」
辻村は静かに僅か会釈する。
完全に大人に戯れ付く子供の様で、辻村は終始に殺華の質問や下らない話に静かに応じる。其れに気を良くする殺華は、余計に調子に乗ってしまいデカイ事を言っている。
その時、不意に扉が開かれた。
「ご苦労様です」と、静かに辻村が頭を下げる。
目で其れを受け、静かに右手を上げたのは先程階段下のソファで巳白が会った不思議な女だ。後ろで纏めた、細長いドレッドが揺れる。
その長く妖蘭な褐色の足が真っ直ぐ頼母へ向いている。
この人は、篁さんの奥さんか恋人なんだろう……
夜の煌びやかと退廃を纏った女は、頼母を捉えると艶やかに笑みながらその足の上に腰を下ろした。女の手がは頼母の首へと蛇の様に纏わり付く。
「出来ればね……貴方には逢いたくなかったわ。でも、同時にね……何時かこんな日が来るんじゃないかとも思っていたわ? 変わりないのね、やっぱり貴方は」
頼母の頭に自分の額を軽く当てた女は、随分と以前からの知り合いな様な口振りで言った。何だか、その声と表情にどこか複雑な想いが見て取れた。
巳白は何だか、見てはいけない様な気がして気不味い思いで茶を飲み込んだ。
この二人は一体どういう関係なんだ? 
殺華は何時の間にかトイレにでも行ったのだろう。良かった、何と無く殺華に見せ辛い場面だ。部屋には、頼母と女、辻村と巳白の四人だ。正直このメンツで同じ空気を吸うのは、巳白には居心地の良いものではない。
それに加え、恐らくこの後部屋に来る”九分殺し”などと呼ばれた男は、元特戦の教官で、現六本木で店を構えるヤクザなのだ。まさしく兵隊ヤクザと呼べる存在になっている。
では、目の前の褐色の妖しい魅力を持つ女性は、極妻と呼ばれる人なのだろうか……
巳白のイメージする極妻は、軍艦の様なアップの髪に着物を着て「あんたら、覚悟しいや!」と言うイメージだ。しかし、時代なのだろうか……随分と巳白のイメージと違う。まぁ一般人のヤクザのイメージは映画がそのほぼ全てだろう。パンチパーマにスキンヘッドで「オウこら! ワレこら!」等と言うヤクザは、岸和田、西成、河内辺りになら居るかもしれないが、此処らではまずいないだろう。
女は頼母の頬にそっと手を当て、その目を覗く。ん? と頼母の眉が上がる。その目はまるで何処かに少年の様な無邪気と光が見える。
「まだ……貴方は囚われているの?」
「俺いは囚われてやせんぞ? じゃっどん、決して忘れられんごっ」
女はそう、と一言言うと頼母の頭を撫でた。
「だからって、貴方に何が出来るの? 下された命令に従っただけだもの、誰も貴方の事を責めないし、その事情を知る人間なんか居ないのよ?」
「そいじゃどん、なおんこつ俺いが忘れたらいかんじゃろがいや……」
頼母は優しく言った。
「意趣返し……それは、一体誰に向いているかわかっているの!? その命令の先を突き詰めていけば、とんでもない処に辿り着くのは貴方が一番良く解っているのに‼︎」
「あぁ、わかっちうぞ。そして、俺いの部隊がやったこつで、今この国はこん有り様じゃ……陸幕調査部別室、命令第177」
頼母の眼に、一瞬の焔が疾った。
「貴方一人で何が出来るの……いえ、何人いようが其れは決して変わらないの! そう云う物なの、この世界は! そうやって成っているのよ、昔からずっと……」
巳白は、ただそのやり取りを見ている他に無かった。とても、口なんて挟めないし末席の自分にはその権利がないのだ。其処はヤクザの業界と少し似ているかもしれない。
頼母は静かに……とても静かに、しかし不思議な迫を帯び呟いた。
「俺いはそん手掛かいを、とうとう掴んだんじゃ……? 其れが手に入れば、やがては出来うじゃろ。そいが手に入るんごたる時は、正しくこの世の回天たる時ぞ」
巳白は、今まで見た事のない様な頼母の姿を見た。静かな気焔を放ちながら笑う頼母。
「三国内伝機智家典拠集……通称、機智烈大百科じゃ」

Re: キチレツ大百科 ( No.27 )
日時: 2015/11/29 12:59
名前: 藤尾F藤子 (ID: Y8BZzrzX)

「嘘よ、そんな物この世に残ってる筈がないわ」
「いいや、あるんじゃいやい。今残っとる機智家は全て分家筋んごたるが、多摩ニュータウンに残っとぉ家の筋の者がおる。その家の名義人は、物産に勤めとる長男の持ちモンじゃが、その弟に当たる男ち言うんがどうやら物産系の資本で作られとるシンクタンク(研究所)の所長でな。そん男がどうやら現、機智家当主の機智烈斎らしいんじゃ」
「そんな事まで調べていたの……」
「これが怪しい男でのぉ……まず、シンクタンクの名前が日本戦略発生学機関言うち名称でな? 活動実態が一切不明なんじゃ。これは自衛隊の情報保全部が調べた結果じゃ」
女は怪訝な顔をする。
「なぜ、保全部の情報を貴方が知っていられるの?」
「俺いは顔が広いんじゃいな!」
陽気な顔をして頼母は言っているが、これは重大な事だ。自衛隊情報保全部とは市ヶ谷にに本部がある自衛隊の諜報機関で、主な任務は自衛隊内の隊員の身辺調査や海外からの情報などを受ける部署で、本来ならば隊員は特殊部隊員であろうと調査の対象であるし、その機密を教える何て事はあり得ない事だ。
「考えてみぃやい? 機智烈斎と発生学じゃぞ。クローン、ホムンクルス、キマイラ……そして、傀儡にカラクリ……お前さぁには、その答えがもうわかっとじゃろが」
女は瞬間、空を見つめた。そして、やがて観念したかの様にその言葉を紡ぐ。
「殺女(さつめ)……コロ・スケ(殺・女)」
「そうじゃ……機智家は恐らく未だその絡繰りなんぞと言った傀儡の技術を隠れ研究しとると俺いは見とる。そして……現当主、機智烈斎は恐らく、個人で稼働する殺女(さつめ)を所有・秘匿しちおるぞ!」
「それはあり得ない! だってそれは貴方が一番良く解ってるんじゃなくて?」
頼母は頷く。
「しかし、まだいたんじゃ!」
「殺女は西南戦争以降は急激に数を減らして、残った生き残りが今の教導団隷下の殺女達でしょ? 未だにそんな生き残りがいたなんて……」 
「西南戦争で西郷軍として戦った俺いの先祖達が捕虜にし、生き延びて残った者以外がまだおったのじゃな……嘗て殺女衆と呼ばれ時の幕府、そして明治政府へと従った、人造の傀儡隠密じゃ、生き残りがおってん不思議じゃなかっがよ」

巳白も、特戦、そしてその更に奥の特殊作線群”教導団”と言う秘匿部隊に配属になる際、この知らされる事なき歴史を告げられた。しかし、非公開の政府資料の中の写真や記録を見せられた時に、この忌まわしく異形な歴史的事実を受け入れざる得なかった。
其れ等の資料には、閲覧の際に専門の武官の立会いの元で行われる。場所も隊員個人には解らない様に目隠しをして入らなければならない場所だった。
重要なのは、その資料があるという事実で殺女自体は普通にしていれば只の女の子と言えなくない。しかし、巳白は皆にやはり普通の女の子では無い違和感を感じた。
皆が一様に精神状態が不安定で、見た目より若干に幼い精神性が見られる……
恐らくは、完全な人としては足りていない部分が多々あるであろう事が分かる。其の癖に、その基本となる反射神経や運動能力は非常に高く、特殊な作戦下ではその能力を効果的に発揮するであろうと思われるような部分もある。
しかし、其れは余りにも非人道的で惨たらしい様に思えた……それは、決して人が許される事なき分野ではないのか? 身勝手な人間の意志で産み出されたる、憐れな少女人形達……其れ等が武器を携えて戦場を駆ける様は、地獄の光景に他成らない。 

女は頼母を鋭くその目で見据えている……
「仁! お前、一体何を考えている!? 機智烈大百科なんて探し出してどうしようと言うんだ!」
「言ったじゃろがいや……こいは、維新回天の……始まりの狼煙なんじゃ」   

Re: キチレツ大百科 ( No.28 )
日時: 2015/11/30 19:02
名前: 藤尾F藤子 (ID: OhjxYZN.)

山王パークタワー、日本ミラージュの社長室には奇妙な音が鳴り響いていた。
ガチガチガチと言う何かが激しくぶつかっているような音だ。
それも一つではない、幾つかそういった音が聞こえている。

昆虫の幼生の様に、地面に蹲りその奇妙な音を奏でる三つ。
一人は嘗てのこの社長室の主人。そして、他の二人は元防衛省の制服組、背広組。
三人は腹を太刀で掻っ捌かれた状態で放置されている……
古来、切腹という武家社会の嗜みがこの国には存在した。
自らの過ちなど、諸々の事情を自らの命を絶った上でその責任を負うという封建社会の
”士”のみに”許された”作法だ。
作法というからには、そこに厳格なる手順や決まり事に基づいて行われる事である。
腹を切れば、その中の臓腑の匂いや消化液、胃の残った内容物の匂いがする。
それは耐え難い程の臭気を放つものだ。それを少しでも緩和するために、最後の三日間は食事を断つなどの決められた作法に則ったうえで所定の場所にた、初めて腹を切る事を許可される。
腹を切った後は、前のめりにて姿勢を崩す。後ろに倒れるのは恥であるという事と介錯を行うためにある。
腹を召したその後は、急ぎ介錯人が佩刀にて脛骨の隙間を狙い渾身の一刀を持って首を刎ねる。
何故、急ぎ首を刎ねるか? 其れは、急ぎ絶命せしめなければ地獄の苦しみを味わわなければならぬためにある。腹を切れば当然腹の中の胃酸が体内で広がる。それは筆舌にし難いほどの地獄である。其れはのたうち、転がるどころではない。
「武士の情け」という言葉があるが、この介錯の情けが所以なのであろう。
武士の最期の時、斯くも見苦しい姿を決して晒させぬ為にと言う配慮である。

しかし、この部屋に居る者達……切った側も、切られた側も武士ではない。そして此処は現代の社会である。
斬った殺目(あやめ)は何やらいそいそと準備をしている。
太刀と手首を巻きつけている真田紐を外し、医療用のラテックスの手袋を嵌める。
ヒップバッグから何かを取り出す。ビニル袋に入った医療用の採血した血液。そして手紙の様な物を出す。
倒れて蹲る三体はまだ生きているらしく、ガチガチと信じられない位の速さで歯を鳴らし、飛び上がる様に痙攣している。一様にまるで虫の幼虫、いや赤子の様に体を丸めて歯を鳴らす。
社長室の一番目立つ場所に手紙を貼る、自分で貼ったその手紙の内容が一瞬目に入ると、殺目は思わず失笑する。
「キッキッキ! 頼母もよくもまぁ、こんな馬鹿な文を思い付く! キキキッ!」

〜米帝・日帝へ告ぐ!〜

最早、政府の強硬的ファシズムにおける米帝主義は、真の東アジア共同体の友人達を殺す悪法への始まりである事は明らかである! 我々は真の平等と平和を勝ち取る為に立ち上がる事をここへ宣言する! 日本・米国の好戦的なアジアへの侵略的暴挙に立ち向かう為に我々は暴力的革命を持ってこれに立ち向かうのだ! 

我々は革命的暴力主義同盟 第三社会共闘連盟 赤労隊

その手紙の端に向かい、医療用の血液パックの血を勢いよくかける。そして何やら小汚い手帳を部屋の隅へと投げる。
「フン……こんなものかな」
すると殺目はもう用はないとばかりに、日本ミラージュのオフィスを後にした。
殺目はミラージュのある階の女子トイレに向かう。手洗い場の上の通気口の戸を開け、中の包みを取り出す。其れを手洗い場の横に置いて、水を流す。先程のオフィスの死体から
剥ぎ取ったYシャツに水を含ませて太刀を拭う。
そして、柄の目釘を確かめる。刀身の刃に歪みもない。殺目は刀に向かい独白する。
「フフ、大丈夫さ! お前の望みは解ってる……戦場(いくさば)の中で果てるが望みであろうや? 案ずるな、私は人と違いお前達、”物”の宿す靈(たま)が聞こえるのさ。大丈夫、これから起こるのはお前の望む、いや……我らの望みし戦よ」
手洗い場の水がみるみると赤く染まっていった。



Re: キチレツ大百科 ( No.29 )
日時: 2015/12/03 00:18
名前: 藤尾F藤子 (ID: SiB1Ygca)

山王パークタワー1階は、警察の突入準備に事の他手間取っていた……
いよいよ突入と言う時にストップが掛かったのだ。本庁の公安部からの捜査員が現れ突然首を突っ込んできた。所謂”自衛隊監視班”通称マル自と呼ばれる捜査員達だ。
突入に当たる銃器対策部隊と、特殊捜査班は何やらこの異常な現場に困惑を隠せない。
ビル周辺には、イヤホンを耳に当てた公安の捜査員と思しき警察関係者と共に背広を着た捜査協力者らしき人物が多く目につく。
今回は警備部の銃隊に、刑事部の特殊捜査班がついて突入する、指揮に関しては警視庁警備部部長が一任されている作戦だった。そこに、警視庁公安部の公安、その中の”マル自”が出張ってきた事が話の拗れている原因だろう。本来、警察本部では警備部に公安課がある。しかし、警視庁に於いては公安は公安部として独立している部署なのだ。公安捜査とは、諜報活動や機密情報を主に扱う部署なので自然と組織として秘匿性が高い。その為、合同捜査や情報の提供拒否などが過去にあり刑事部と公安部の関係はあまり良いとは言えない状況にある。

「良い加減にしてくれ! それじゃ、話は進まないだろうが! 納得のいく説明がないのならこのまま予定通り突入を開始するぞ」

刑事部の捜査員が、遂に我慢ができなくなって怒声をあげる。
「落ち着いて下さい、我々も今、上の者に要請してる最中なんだ。しかし、こればっかりは時間がかかるんだよ! 詳しい事は、俺個人の口からは言えないんだよ、だからこうして現場まで来ているんだ」
「ふざけるな! これから突入という時に、この部隊で対処できないから、せめてこのままで現状を維持しろ、だと? そして、その説明はできないと来たもんだ、これだから公安のエリート様は……このままだと、人質がどうなるか」
公安の捜査員はそれに対して、いともあっけなく呟いた。
「あぁ、人質なんてもういないよ。そこに関しては考えなくて良い」
「は? なんでそんな事が分かるんだ?」
「そんな事はどうでもいいいんだ、今一番の危惧すべき事態はな? このままこの部隊と装備で突入する事なんだよ。わかってよ、こっちもツライんだよ? 実際さ」
「いい加減にしろよ、貴様! 現場の連中の士気に関わるんだよ! 邪魔するなら帰れ、何か言いたいのなら、せめて分かるように説明しろ!」
公安の捜査員は首をさすりながら視線を逸らす。そこで警備部一課の捜査員が呟いた。
「市ヶ谷(自衛隊)か?」
公安の捜査員は答えない、しかし視線を合わせてその答えとした。
「提案がある……いや、そうして貰いたい。これは、非常に政治的判断を必要とする事態であり、これは……いや、国家としての超法規的な判断を持って対応して貰いたい」
「具体的には……?」
マル自の捜査員はさすがに一息吐くと、やがて覚悟したかのように告げた。
「現場の撤収を要求する」
「巫山戯るなぁぁぁぁぁぁ!」
マル自に掴み掛かる一課の刑事!
「いくら公安だからと言っても、言っていい事と悪い事があるぞぉ!!」
掴みかかられながら、マル自の捜査員はそれでも引き下がらない!
「クソっ! いいか!?  現状のこの国の法案で対処できる問題じゃないんだ!」
「そんなに強力な相手か? なら、公安の執行か、お前らの虎の子のSATでも呼ぶか!? ふざけるなよ、此処は桜田門のお膝元だぞ!? たかが個人のテロなんぞに好きにさせてたまるか! 市ヶ谷だろうが、何だろうが関係ない! それを貴様っ言うに事欠いてホシを逃せだと! これ以上グダグダぬかせば捜査妨害で逮捕するぞ貴様!」
「そんな事をすれば”奴ら”の思う壺だ! SATの要請なんて死んでもできるか! それに厳密に言えば、相手は自衛隊ではない。そういう論点でこの場で議論できない相手だからこそ軽はずみに動くなと言っているんだ」
その言葉に警備部の刑事が反応する。
「単独ではないんだな? 相手の装備や規模まで把握しているのか!?」
マル自の捜査員は冷や汗を浮かべながら訴える。
「くっ……俺はな、この現場に独断で来ている。なぜか分かるか? このままこの現場の指揮を、警察という一組織の方向からのみ考えた対処では最悪の結末になる。そして、同時にそれは相手勢力の思う壺だ。しかし、現状は警察以外にこの国には対処する方法が無い。今此処はこれからの国家の行末を計る分岐点であると同時に袋小路でもあるんだ」
刑事部や警備部の刑事たちが集まってくる。
「わかった! あんたの言いたい事はわかった。公安という部署が如何に大変なのもわかった! アンタ、一度しっかり休暇を取ったほうがいい。ここは、警備部の指揮で一括されている。マル自は、少し冷静に相手の分析を心がけるべきだ。ここは予定通りウチで仕切るからこれ以上は口を挟まんでくれ? いいな」

「避難者の証言から、目標はビル14階の日本ミラージュへ押し入ったと見て間違いない。一階での遺体の現状から凶器は日本刀と思われる。他に火器や爆発物の所持なども可能性が高いと判断する。武器や、押し入った会社の背後から思想犯である可能性と、特殊な練度を持った人物が予想される! エントリーはS、前衛二名、後衛二名、にて速やかに対処せよ」
無線で突入の許可を得た部隊が移動を開始する。
「これで。此の国の国民は知らしめられるだろう。政治家、企業家、公務員、学生、主婦に至るまでが全て。今までの自分が見ていた世界が実に人為的なバランスの元で保たれていた現実を……」
マル自の捜査員はそう言ってその場から姿を消した。 

Re: キチレツ大百科 ( No.30 )
日時: 2015/12/03 19:55
名前: 藤尾F藤子 (ID: YYcYgE9A)

殺目は静かに目を閉じる……

もうすぐ此処へ警察の突入部隊が来るだろう……
しかし、それは自分の一番望むような装備、人数、タクティクスの下で指揮運用された部隊ではないのであろうと殺目は想う。
そうであるからこそ、その事を世に知らしめるべきかとも密かに思っている。
「ふふ、私は何を考えているんだろう。躍っているのね、血が……」

殺目は自らを滑稽に思った。自分は何故こんな事を想う? 
殺女(さつめ)と言う人に造られた暗殺人形……
その時代々の権力の密かな殺傷兵器として、様々な人間に使い捨てられてきた。権力や謀略に加担し、一部の勢力者達の血統を守り、時にはその血統を断つ事すらあった。全て人による人の為の所業だった。それは構わない、自分達はそんな事の為に産み出されたのだろうから。色んな人間達がいた……皆、愚かで、惨忍で、機略に富み、自らに貪欲に見えた。そんな者達ばかりだった。しかし、皆生きる事に正直だとも言えた。だから皆、ある意味で生き急ぎ、死んでいった。人は死ぬ時は実にあっさりと死ぬと思った。
殺目には”死ぬ”と言う概念があまり理解できない。恐らく、それは他の殺女達もそうであろう。”神”と言う概念も理解し難い。それは、お前達人間が自ら考えた、言わば思考的現象の統一を図って作り出した存在だ。通貨という存在とよく似ている。
人間は実体のない物を、想像し創造する。それは私達、殺女衆にも当て嵌まる……我々はいつも実体の無い存在だ。生きてもい無いし、死んでもい無い……
ただ、ただ人間に命ぜられたる事を遂行するのみ。そんな自分達の唯一の存在の理由があるとすれば……それは”殺す”ことだ。

自らを厭わず、硝煙弾雨の下、屍山血河を駆け佩刀を振るう。其の事のみが我が定めか。

人より永くこの世に在るからこそ、殺目には解る。人間の本質は”力の原理”だと。それは言うなれば”暴力”である。これは人の本来の質だ。暴れる、力と言うのは何も弱物を虐待する事のみを指す物では無い。母の胎内から産まれ出でし時、何をする? それは、泣き叫ぶのだ。暖かい羊水の中より、排出された嘆きを持ってこの世界へと迎えられるのだ。その暴力の質を持った人間により、造り出されたる自分達こそ最も、殺しを……戦争をを人の本能を識り得たる殺女と言う存在なのだ。

殺目は、そんな事を想う自分が不思議でしょうがない。
そして、其れ等は意識の暗がりに少しずつ沈んでいった。静かき刻が流るるにつれ、殺目の体の細胞が、少しずつ確かに躍動を開始する。
もうすぐ……ここは、戦場だ。
呼吸、一つ、二つ。
殺目の躰に奔る躍動を、暴力への歓喜が塗り潰していった。 
 
日本ミラージュのオフィスは、其処に居た全ての社員の骸が四方へ散っている。
驚くべき事は、その遺体のある共通点にある。その斬り殺された遺体の顔は、皆一様に歪んでいない。ほぼ痛みを感じる間もなく一瞬で斬殺しているであろう証拠だ。この凄まじいほどの斬殺された遺体が犇めく殺害現場。戦後、いや近代でこれだけの日本刀を用いた殺人等は初めてだろう。その切り口は鮮やかな断面を見せ、鋭利で刃渡のある日本刀を用い一切の躊躇いなく確実の手法で持って振り抜かれている証拠と言えよう。
しかし、社長室にある三人の遺体は、意図的にその命が事切れるまで完全な苦しみを与える様な無残極まりない殺害方法を敢えて取っている。
これを現代の司法へと掛ければ、間違いなく死刑以外に有り得ない前代未聞の事件である。それどころか、これがまんぜんに晒され明るみになれば、日本の司法そのもの考え方すらを根底から議論せざる得ないような、戦後最大の大事件、刃物を使用した大量殺害である。
しかし殺目には、そんな事は何の感慨も無かった。今、その少女はビルの廊下に佇み静かにその刻を待つ。その廊下にも幾つかの死体が見受けられる。
血と死の匂いを背負った少女、その目深に冠るキャスケットから奔る眼光。

「……来た」

遠くのエレベーターの駆動音。その中からハンドサインを用い、全身を黒い特殊な繊維加工を施された隊服で覆った隊員達が中腰を保ったまま静かに展開していった。

運足という独特の歩行方法。踵を上げ、指の付け根をまるで大型の肉食動物の様な抜足で地面へと接地させる。この際、体重の掛かりとその反動を緩和させる様にイメージして接地させる。潜入と言う捜査方法にあっては基本中の基本であり、部隊の隊員は当然の事ながらこれをごく自然と何の音も無く移動する。
特殊部隊の突入方法、それは大まかに言えば二種類で分別される。
エントリー、S (stealth:ステルス)
潜入を主に目標へと接触を図る。

エントリー、D(dynamic:ダイナミック)
制圧を主に目標へと接触を図る。

どちらも最終的には、犯人と人質の命が最優先されるが最終判断は、現場での指揮に委ねられる。しかし犯人の殺害は後日、適切な行動だったかを照査される事となる。
バラクラダと呼ばれる目出し帽と、防刃服、タクティカルベストにバイザ付きケブラーマスクを被ったお馴染みの格好にも意味がある。
ショックエフェクトと呼ばれる、犯人への意識下へと作用される威圧効果である。そして防弾用の盾、ヘッケラーコック社のMP5と呼ばれる短機関銃を用いている。比較的反動の少ないセミオートで屋内での精密な射撃を持って犯人の制圧を目的とする考え方の元で多くの特殊部隊で採用されているサブマシンガンだ。
エレベーター周辺の状況の確認が完了し、部隊は静かに日本ミラージュのオフィスに向かう廊下を進行する。銃口が空間を睨める、其処に敵がいなければその範囲は制圧下として次へと進行を開始する。各隊員の銃口が味方のカヴァーする範囲へ入らないように配置されたポジションで隊列が音も立てずに前進していく。

無音が支配する空間の中、僅か風が疾り、無音が凪いだ。  


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34