コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
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COSMOS【無期限更新停止・親記事にてお知らせ有】
日時: 2018/12/27 00:44
名前: Garnet (ID: lQjP23yG)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10581


 こんにちは、Garnetです。クリック・閲覧、ありがとうございます。

□このスレッドは未完結作品であり、今後の更新は無期限で見合わせていること
□最低限以上の物語の構成力を求める方にはおすすめできないこと

 をご理解ください。
 それでも読みたい、と言ってくださる方は、ありがとうございます。もくじから閲覧、またはスレッドから直接どうぞ。



まえがき 兼 お知らせ

 カキコにたどり着いてから、もう何年が経ったのでしょうか。記憶力があやしいもので……。
 おそらく、このスレッドは初めてGarnetとして立てたものです。衝動的にプロローグ(真っ暗で、何も ~ 見つけ出します のやつです)をダダダダッと書いたのは覚えています。とりあえず短いのを一本書いてみるか、というノリでした。
 当時、自分なりの癒しのひとつを探した仮の結果が『COSMOS』の執筆という形になったのでしょう。しかし、今読み返すとひどいものです。まず物語の構成がなっていない。「あなたは何を書きたかったの?」と、過去の自分に問いただしたいくらいに。この物語のために、貴重な時間を割いて読んでくださった方には、とてもとても申し訳なくてたまらないです。登場人物への愛情も、薄いものでした。
 昔の自分に言いたいこと。やめてほしかったこと、逆に、してほしかったこと。山ほどありますが、書き出したところでどうにかなるわけではありません。
 黒歴史、と言いきり、管理人さんに削除依頼を出せば、少なくともわたし自身はすっきりします。でも、それはどうしても躊躇われました。もし自分が、この作品を好きだと言ってくれる読者の立場だったら。応援してくれていた方の立場であったら。そう考えたとき、何もなかったことにはできないなと思ったのです。Garnetという存在の、原点でもありますし。
 書く側にとっても読む側にとってもベストなのは、きっと、きちんと作品が書き上がり、物語が終わりを迎えることです。それがここではできなくなってしまった。ならばできることは何かと考えて、ひとまずスレッドにはロックを掛けず、そのままにしておく、という選択に至りました。
 もしかしたら、気が変わって、ある日突然削除しているかもしれませんし、執筆を再開して、完結させているかもしれません。
 この考えをだれかに押し付ける気はありません。あくまでも、ひとつの、わたしのやり方として受け取っていただけたらいいなと思います。
 本作の番外編やスピンオフ作品の扱いについては、追々、ゆっくりと決めていく予定です。

 
 これまで、この作品をすこしでも読んでくださった方、アドバイスやコメントをくださった方、応援してくださったり、大会のとき、投票してくださった方々に感謝を込めて。
 改めて、ありがとうございました。







真っ暗で、何も見えない。
何も聴こえない。

自分が何者かも、わからない。

でも、
貴方のことは
ちゃんと憶えている…

碧い瞳

真白な肌

琥珀みたいな髪

長い睫

細い指

クリスタルみたいに、透きとおった声。


すべてが
自分を包み込む。

でも、空しく その記憶さえも風化していく…

名前…
なんだったっけ?


次に目を覚ましたときも

必ず貴方を

見つけ出します―――――――






(2017/8/14)新板へのスレ移動が完了しました。

(2015/4/6)URL欄に プロフィールのURLを貼り付けました。
一部を除き、各スレッドのURLを整理してあります。


【もくじ(新)】>>163

【もくじ(旧)】>>160


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念のため、養護施設や乳児院、児童とその保護者についての法律関連のことや実例などは調べさせていただいたりしましたが、すべて正確にこの世界に写しとることは不可能と判断したため、本作ではこのような設定や物語の形をとらせていただきました。
違和感、不快感などありましたら申し訳ございません。
 
 
 

Re: COSMOS ( No.367 )
日時: 2016/01/11 23:38
名前: Garnet (ID: 0LPJk3K6)




知美ちゃんは、金曜日からまた"お泊まり"に行っている。
文化祭の小学校版みたいな行事の代休が、金曜日に当てられたからだ。

今日は土曜日。
昨日に引き続き、よく、晴れている。

壁に掛けられた時計は10時過ぎを指し、秒針が心地好い音で鳴っていた。

殆どの子供たちが出ていってしまった為、時々 赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる位で、とても静か。
ダニエルは、オーディオのある部屋で、保管してあるCDやMDを片っ端から流していた。
だから、10本に1本くらいの割合で 童謡やおかしな曲が流れ出してきて、私も笑いそうになってしまう。

そんな感じでくすくすと肩を震わせながら、私は 彼の居る部屋の隣の部屋……一応リビング的な部屋で、日向の温かさを味わっていた。
ふわふわなソファの上に寝転がって丸まり、目蓋を閉じてみる。

赤と緑の残像がスローで流れて、とても心が安らいだ。

「お…ねえ……ちゃん。」

無意識に手が伸びて、口をつく言葉。
あれ、今って"どっち"?

視界のど真中から、白い輝きが放たれる。
眩しさに、ぎゅっと目を瞑った。

「……っ!」



風が窓を揺らす音がして、光の色が薄くなり始めた。
微かな甘い匂いが喉まで通り抜けてくる。

「…え?」

誰ともない声がして、ぼやけていた世界が 鮮やかに色づいた。
太陽の光に照らされて、庭の奥で 桜の花弁が踊っているのが見えた。

目の前の見開かれた大きな瞳が、ゆっくり元に戻って、お姉ちゃんは、長い髪を耳に掛けながら口を開いた。


―――さくら、絵、描くんだね

―――ん?描くよ?
   前に見せなかった?学校内の大会で、金賞とったって!


水色の眩しい空に、ひらひらと、何処からか 桜の花弁が舞ってくる。

私の名前の由来。
お母さんは、枝垂れ桜が大好き。
桜と言ったら、ソメイヨシノが 殆どの人の心には一番に浮かぶだろうけど、彼女は、日本古来のしだれ桜が好きだ。
特に、仙台枝垂れ。
しだれ桜の花言葉は『優美』。私にも、この花言葉の通り 品のある、淑やかで美しい女性になって欲しいからと、桜子と名付けたらしい。
"櫻"と"桜"でも迷ったのだけど、お母さんのイメージ的に"桜"のほうが 私には合っていると、思ったんだとか。


―――……ごめん、それ、今初めて知ったかも

―――え…っ?
   凄いねって、言ってくれたじゃない。覚えてない?


其処まで言ったところで、思い出した。
あの日は確か、何故なのかは解らないけど、お姉ちゃんが ピアノを弾けなくなるかもしれないと、お父さんから聞いた日。
去年の…冬。師走の月。
戦争が―――私たちの生活を脅かすかもしれない。お父さんは、そう言っていた。
お母さんには絶対に、このことは言うなと、強く強く釘を刺して。

7歳の冬。
丁度朝ごはんを食べ終えた午前7時。ラジオから聞こえてきた、暗号みたいな言葉が、お姉ちゃんを、お父さんを、お母さんを、苦しめていた。

相当落ち込んでいた彼女を元気付けようと思って、学校から持って帰ってきた絵と賞状を見せたんだ。
お姉ちゃんは 嬉しそうに笑う私を見て「凄いね、さくら」そう言って微笑んでくれたのに。
妹の私には、幼い私には、お姉ちゃんを元気付けてあげられなかったんだ。


―――ごめんね、さくら。
   わたし、姉なんかでいちゃ駄目だったかも。

―――お姉ちゃん…


ふわりと、引き寄せられる。
懐かしい、甘い匂い。
おかっぱ頭の私が目指すには、軽く一年半は掛かりそうな 背中まで伸びた艶のある黒髪。

何もかもが、遠い。


―――お姉ちゃんは、何も悪くないよ

Re: COSMOS ( No.368 )
日時: 2016/01/20 20:57
名前: Garnet (ID: 5AipYU/y)




埃と、紙と木と、思い出の匂い。
窓枠で4つに切り取られた金色の光が、古い棚や箪笥がぎゅうぎゅうと立ち並ぶ薄暗い物置の中に 居座っている。

……ダニエルが、歌っていた場所だ。
如何して、此所で。
如何して、あの歌を。
どんな想いで、あの歌を。

縁に逆立った棘をぴりりと剥がして、紙や本の詰まった 一番上の引き出しを奥へ押し込む。
部屋に眠っているのは、此処に住んでいた先輩達の足跡だ。

「ふう」

台代わりにしているパイプ椅子が 軋む音を立てる。

特にすることもないし、あの日のことが頭に過ったから、興味本位で此の部屋に来てみた。

あの日、部屋に入って直ぐ隣の棚の上に置かれた紙の束がずれていて 埃の跡が薄らとラインになっていたのだ。
もしかしてダニエルが?と思ったんだけど、彼が此所を漁ったところで何の得も無いし、気の所為だと思っていた。
……でも。
彼の行動、言動、そして"後見人"の存在。
然り気無く私のうしろに立って護っているような気配に、珍しく好奇心のようなものを感じた。

もしかして、日本に来たのは、此処に来たのは、此処に何かがあるから?

そう思ったら最後。
動くしかないと思った。

昨日のおやつのチョコレートパフェで 恐らく1年分の甘味を口にし、若干落ち着かないからというのもある。
そして万歳、大人は此処には来ません。

背伸びを少し緩めて、二段目の引き出しに指を掛ける。
随分軽いなあと思ったら 中身は古い文房具だけだ。
鉛筆が20ダース弱程、そして、表紙に時間の経過を感じる 小学生用の学習帳や大学ノートだけが無造作に放り込まれていた。
念の為、ノートをパラパラと捲ってみるけど、機械的で何の変わりもない 緑色の罫線やマス目が続くだけ。
此の調子じゃあ、部屋中の捜索に余裕で年を明かしてしまいそうだ。

「やっぱり馬鹿だよねえぇぇぇっ、こんなこと」

椅子から飛び降りて、冷たいフローリングに横たわる。
"あの日"の縁側は、こんなに固くなかった。こんなに冷たくなかった。こんなに埃臭くなかった。
温かくて、柔らかくて、おひさまの匂いがして…………。

背中に太陽を感じながら、首周りに纏わり付く髪の毛を 指で弄ってみる。
最近はそうでもないけど 癖があって、赤くて薄くて、太くて少ない髪。
桜子だったときとは正反対。
何だか、此の身体は 自分であって自分でないみたいに感じる。

前世とか来世とか、科学的には何の根拠もない。
そういう話を苦手に思う人も居る。
其れでも現に、そんな不思議な現象に葛藤している人間が居るんだから お互い何も言えるもんじゃない。

烏が陽の中を横切って、一瞬だけ背に冷感を覚えた。
重たい胴体をひっくり返して、仰向けになる。

―――ただ、60年以上前と何も変わらないのは。

「相変わらず私、眩しがりだなあ。」

明るさを求める心とは裏腹に、直ぐ目を細めてしまう私自身。
今陽菜ちゃんが居ないことを、初めて、良かった、なんて思ってしまった。

Re: COSMOS【良い子の周りには、良い子しか集まらないんだよ】 ( No.369 )
日時: 2016/01/21 22:34
名前: Garnet (ID: emG/erS8)

自分で自分が嫌になることは、もう慣れっこだ。
綺麗事をミルフィーユみたいに積み上げるのもひとつの手だけど、たまには とことん自分を嫌うことも悪くないと思う。

眩しさに目を背けて、重い頭を右に転がしてみた。
棚と床の隙間に 黒い埃が溜まっている。

……と、埃の陰に、黒っぽい何かの角を見つけた。
壁との隙間は其れほどないから、考えられるのは、紙か本か…。

もう一度身体をひっくり返し、其方へ這って 顔を近付けようとした、その時。

「何してんの」

低いのに、幼い。
私みたいな声がした。

ハッとして、慌てて起き上がる。

半開きにしていた筈の襖は音もなく開け放たれ、大きく空いた空間に、ダニエルを見つけた。
丁度日陰の場所に居る所為で、彼の表情は、何時もに増して暗く見える。
バレたら、まずい。

「……前に此所で絵を描いたときに、鉛筆なくしちゃってさ。
 探しても無かったから、何処かに入り込んじゃったのかなって思って。」
「あ、そ。」

興味無さそうに目を細められる。
芸術系が好きな者同士、仲良くやれればハッピーなのに、向こうにはそんな考えが微塵も無いんだから こういうときの対応にとても困らせられる。
具体的に何が困るかって訊かれても"困っちゃう"んだけど。

「で。見付かったのか。」
「あ、ううん。まだ。」

口角を微かに上げて、ゆっくりと首を振る。

ダニエルは、様子を伺うように そっと瞬きしながら部屋を見回した。
私の斜め後ろにあるパイプ椅子で視線を留められたけど、また無表情の儘、もう一度瞬きして 青い瞳で私を見詰めた。

……鏡みたいだ。
私もこうして、外の世界では冷たい目をしているのかもしれない。

「寝言。」

ふ、と、何か思い出したように 彼は薄い唇を開く。

「え?」
「10時くらいに、お前、ソファで寝てただろ。
 その時、何か色々言ってたから。何度も"お姉ちゃん"って…。
 何処か別のところにきょうだいが居るのか?」
「あ……」

聞かれてた。
聞かれちゃってた。

暫く、何も言えないでいた。
此の儘、全て話してしまおうか。
知美ちゃんさえ知らないことまで、全部ぜんぶ、話してしまおうか。
ダニエルなら、何でも受け止めてくれるような気がした。

……でも、

「きっと夢だよ。
 もしきょうだいが居たのなら…家族が居るのなら…お母さんは、私をひとりにさせる訳がないもん。」

また、彼女たちを、閉じ込めてしまった。

「お母さん、ねえ……」

彼は半ば呆れたように溜め息を溢して、腕を組む。
その態度に、私も何か思うものがある。

「ねえ、ダニエル。
 貴方、私のお母さんのこと、何か知ってるんでしょう?」

感情に任せて鎌を掛けるのは、得意だ。

「知らないよ。」
「じゃあ如何して、お母さんの名前を知ってたの?」
「恵理から聞いたんだ。」
「嘘」
「嘘じゃない」
「嘘つき!」
「嘘じゃないって!」

穏やかだった周りの空気が 急に熱くなる。

ブレーキが壊れた。
急傾斜を真っ逆さまに落ちていく。

「じゃあ何で日本なんかに来たの!」
「そんなの僕の勝手じゃんか」
「理由を言ってよ!絶対何か隠してる!!」
「何だよ、ダブリンに帰れって言うのか?!」
「……っ、嘘つき、サイテー、卑怯者!!」

こんなに怒鳴ったのは、こんなに叫んだのは、生まれて初めてだった。
私の言葉に、ダニエルが大きく目を見開く。
その瞬間に、やっと自分の失態に気付いてしまった。

でも、遅かった。
沸点に達しそうになっていた怒りが冷めた頃には、彼が物凄い勢いで駆け寄ってきて、左手で 私のパーカーごと、強い力で胸ぐらを掴んでいたから。

「いっ…ぐあっ、離してっ!」
「やっぱりお前はルビーの娘だ、お前なんか、直ぐに母親のところへ連れていってやるさ!!」
「いだ…ぃ……」

きりきりと、服の繊維が伸びる音がする。
同時に、ダニエルの 怒りに満ちた顔が目の前に迫ってくる。
細い銀髪が、小さく波打った。

「おかぁ、さん…は……何処に居る…のっ?」

答えは返ってこない。
ああ、どうしよう。これじゃあ、私……。

視界が暗くなり始めたところで、どたばたと、人の走ってくる大きな音がした。
恵理さんが、何か叫んで、ダニエルを私から引き剥がしてる。
小さな手が離れて、私は、其の儘力無く 崩れ落ちていく。
いつの間にか、背中が汗でぐっしょりと濡れていた。

なんて情けない。

桑野さんに肩を揺さぶられ、無色になり掛けた世界が 色を取り戻していく。
同時に、聴覚も蘇ってくる。
ガシャン。椅子の倒れる音がした。

恵理さんに羽交い締めにされても、まだ抵抗し続ける彼。
澱みの無い瞳の奥には、目を逸らしたくなるほどのサツイが混混と湧き出ていた。
耳が痛くなる叫び声が止んで、苦しそうに息を乱す音が 心を混線させる。

ふざけるな、ふざけんな。
アイツハアノヒトヲコロシタンダ。
離せ、馬鹿野郎。

黒江さんもやって来て、恵理さんと一緒に、細い身体を思いきり抑え込んだ。
また何か、英語やよくわからない言葉を混じらせて叫んでる。

何も理解できないのに、涙が溢れてきちゃうよ。
何でそんなに、何で……。

「お前の母さんは…っ!ルビーはっ!!とっくに死んだんだよお!!!!」

Re: COSMOS ( No.370 )
日時: 2016/01/22 23:11
名前: Garnet (ID: 6k7YX5tj)

「え」

喉の奥が、一気に冷たくなったような気がした。

そん、な。
そんな筈ない、お母さんが死ぬ訳がないじゃない。
うそ、うそだ。
嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそうそっ、ウソだ。

辺りがしん、と静まる。
ねえ、ウソだと言ってよ。
如何して皆、そんな顔をするの。

恵理さんが、信じられないというように ダニエルを凝視している。

変わることのないものは、何も知らない太陽の光だけ。

ぜえぜえ呼吸を荒げる彼も、すとんと抵抗を止めて、俯いた。
左腕が垂れて、端の割れた親指の爪が 眩しく光を跳ね返す。

「なになに!何があったの?!」

蘭ちゃんと拓にーちゃん達が、この騒ぎに飛んできた。
裸足が床に擦れて、彼女の短い栗毛が揺れる。
行き場を失った視線が、私のとぶつかった。

「な…なえ、ちゃん?」

掠れた声に、隣に居た拓にーちゃんが、そっと彼女を引き寄せ、視界から外してくれる。

「ダニエルか、ダニエルがやったのか。」

今迄に聞いたこともない位の低い声がした。
怒りの滲み出る声。

「たくっ、に―――」
「お前、奈苗に何をした?!!」
「拓!貴方は此所から離れなさい!」

恵理さんと黒江さんを振りほどき、ダニエルに掴み掛かろうとする拓にーちゃんを、黒江さんが制する。
ダニエルの左半身が拘束から解かれ、音もなく崩れ落ちた。

「嫌だね!誰がお前なんかの言うことを聞くかよ!
 おいダニエル!お前が飛び降りたとき、コイツが何れ程取り乱したか、何にも知らねえだろ!!
 それでまたか!!またお前はそうやって―――」
「やめい拓っ!」

蘭ちゃんも後ろから 力一杯彼の腕を引いていた。
得体の知れない恨みが黒い感情を呼んで、周りもどんどん真っ黒になって…………。
こんなのは、もう。

「もう、いやだ……」

涙も出なかった。
私には、涙なんて綺麗なものを流す資格は無いんだ、きっと。

ふらつく身体に鞭を打って、立ち上がる。

「おい、奈苗。」

桑野さんの指が背に触れたけど、構わずに足を踏み出し、数歩前に出て止まった。
反対側に集まっていた黒い塊が、一気に私のほうへ流れ出す。一瞬、恵理さんと目が合ったけれど、気まずそうに逸らされてしまった。

「私は……生きていても、誰も笑顔に出来ない。
 知らないうちに誰かを傷付けて、その悲しみはドミノ倒しになって、ずっと終わらない。
 …ダニエルは、悪くないの。
 お母さんが貴方に何をしたかはわからない。でも、お母さんが貴方を傷付けたのなら、娘である私が、その罪を一生抱え続けるから。」

そう、私が全部背負えば良い。
生きている意味が無いんなら、誰も笑顔に出来ないんなら、静かに、ひとの悲しみや苦しみを、ぜんぶ、私が引き受ける。
前の人生で、流すだけ涙は流してきたから。

銀髪を垂らし、袖口から真っ白な手を覗かせるダニエルを捉えて、目蓋を下ろす。

お姉ちゃん、お母さん、お父さん。ノアくん。
Rubyという名のお母さん。名も知らぬお父さん。
……ごめんなさい。
貴方たちを汚すような人間で。

「奈苗ちゃんっ、お姉ちゃんはね……」
「ひとりにさせて…」
「奈苗ちゃん…。」

隙間を縫って、部屋を出ていく。

複雑な表情で見てくる彼等を横目に、自分の部屋へ戻る為、階段のほうへ廊下を進んでいった。

階段を上っていく途中に、壁に寄りかかる俊也お兄さんが居た。
腕を組んで、伸ばした前髪の奥に見える 鈍く光る目。

「罪を被ることが如何いうことか、お前はまだ解ってない。」

冷たい空気に溶かし込んだその言葉を、私は冷めた目で聞いていた。

「でも、俊也お兄さんは、人を亡くす哀しみを知らないでしょう。
 大好きな人が居なくなった世界で、何を信じて生きていけばいいの。
 思い出す度に心を抉られる嫌なおまけまで、神様に持たせられちゃうしさ。」
「その、おまけってやつは…俺には教えてくれないの。」
「ごめん、何時か話すから。」
「……そうか」

小さな段を軋ませて、彼の横を通りすぎる。
細められた薄い色の目は、ダニエルと同じ目をしていた。

やっぱり私って、最低だよね。
純粋で明るかった桜子は、もう此処にはいないみたい。

Re: COSMOS ( No.371 )
日時: 2016/01/25 22:36
名前: Garnet (ID: RZ8p8W3p)




とても寒い日暮れ後だった。

微かに痛みが走る首筋を擦り、風呂上がりの温い身体を冷やしに 一階の物置へ急ぐ。
人と関わりたくなかったし、さっき見つけた黒い角の正体を知りたかったから。
食堂のほうから 何時もの蘭ちゃんの笑い声が聞こえてくる。


―――お前の母さんは…っ!ルビーはっ!!とっくに死んだんだよお!!!!


「あんな言葉…信じない。」

涙を浮かべて怒りの塊を塗りたくった、あの顔。
思い出したくもない。

影も落ちぬ 暗闇の中の床を踏み締め、白く浮かび上がる襖の前で立ち止まった。

誰も信じない代わりに、私は、私の目で真実を見つける。
この目を、信じる。

襖に手を掛け、ざあっ、とあの世界を開いた。
今日は、夜が青くない。
目に映る全てが、眠りこけていた。
埃も見えない。
シミも見えない。

電気を点けると誰かに見つかりそうだったから、私は其の儘、黒い夜に足を浸してみた。
その感触は 思ったより心地よくて、堪らず全身で飛び込んだ。冷たい。柔らかい。
心に等しい浸透圧。
思うよりも早く、手は後ろに伸びて、部屋の中に夜を閉じ込めた。

パジャマのポケットに放り込んできた懐中電灯を取り出し、スイッチを入れた。
部屋の豆電球と同じ色の光が床に刺さって、細かな塵が白く反射した。

大きさの割りに重い懐中電灯をふらふら動かして、周りの様子をうかがってみる。
派手な音を立てて倒れたパイプ椅子は 折り畳まれて壁に立て掛けられていた。
他に何かした痕跡は見当たらず、取敢えずひと安心。
一番奥にある例の棚の前にやって来て 身体を横たえ、下の隙間へ絞った光を這わせた。

……あった。

光は埃を押し退け、黒い物体の角を明るく照らし出している。壁に薄っぺらく、影も作っていた。
それを見たら、自然と口角が吊り上がった気がした。今 私の全てを支配している感情の正体は、一体何なのだろう。
絞りを緩め、適当に床に置き、辺りに薄く光を行き渡らせた。

ここからは少しだけ力仕事だけど、何とか頑張ろう。

「…ふう。」

息を吐き、棚の角へ 手のひらを密着させる。
足を踏ん張らせて、力の限り此方側へ引き寄せた。
低く細く、棚が床と摩れる音が響いて、ゆっくり、ゆっくり、それは動いた。
15センチ程動いたところで手を離し、窓際の隙間から左半身を突っ込み、一杯に腕を伸ばして届くところまで探る。
全神経を指先に集中させる。
誰も来ないように、この気配を外に漏らさないように祈りながら。
すると、鬱陶しく絡まってくる髪を掻き上げたところで、薬指に何かが触れた。
追って、残りの4本も それを掴む。
感触で、それは 薄めのアルバムなのだと判った。表紙がざらざらしていて固い。
指が攣りそうになるのを堪えながら、アルバムを引っ張り出した。



念のため、動かした棚を元の位置に直して、懐中電灯の光も絞り直した。
無地の表紙にこびりつく埃を手で払い、床にそっと置く。

この表紙を開いた先に、何かがあるのだろうか。
そう思うと、開きたくてうずうずすると同時に、あっさりと手に届いてしまった空しさが背中合わせになった。
それに、もしかしたらこれは、見るべきものじゃないのかもしれない。
だったら、今見てしまっていいのだろうか。
沈黙を呑み込んで、無意識に呼吸を止めてしまう。

それでも手は伸びていって。
時をたっぷり吸い込んだ 重い表紙を、そっと、持ち上げてしまった。


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