コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

COSMOS【無期限更新停止・親記事にてお知らせ有】
日時: 2018/12/27 00:44
名前: Garnet (ID: lQjP23yG)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10581


 こんにちは、Garnetです。クリック・閲覧、ありがとうございます。

□このスレッドは未完結作品であり、今後の更新は無期限で見合わせていること
□最低限以上の物語の構成力を求める方にはおすすめできないこと

 をご理解ください。
 それでも読みたい、と言ってくださる方は、ありがとうございます。もくじから閲覧、またはスレッドから直接どうぞ。



まえがき 兼 お知らせ

 カキコにたどり着いてから、もう何年が経ったのでしょうか。記憶力があやしいもので……。
 おそらく、このスレッドは初めてGarnetとして立てたものです。衝動的にプロローグ(真っ暗で、何も ~ 見つけ出します のやつです)をダダダダッと書いたのは覚えています。とりあえず短いのを一本書いてみるか、というノリでした。
 当時、自分なりの癒しのひとつを探した仮の結果が『COSMOS』の執筆という形になったのでしょう。しかし、今読み返すとひどいものです。まず物語の構成がなっていない。「あなたは何を書きたかったの?」と、過去の自分に問いただしたいくらいに。この物語のために、貴重な時間を割いて読んでくださった方には、とてもとても申し訳なくてたまらないです。登場人物への愛情も、薄いものでした。
 昔の自分に言いたいこと。やめてほしかったこと、逆に、してほしかったこと。山ほどありますが、書き出したところでどうにかなるわけではありません。
 黒歴史、と言いきり、管理人さんに削除依頼を出せば、少なくともわたし自身はすっきりします。でも、それはどうしても躊躇われました。もし自分が、この作品を好きだと言ってくれる読者の立場だったら。応援してくれていた方の立場であったら。そう考えたとき、何もなかったことにはできないなと思ったのです。Garnetという存在の、原点でもありますし。
 書く側にとっても読む側にとってもベストなのは、きっと、きちんと作品が書き上がり、物語が終わりを迎えることです。それがここではできなくなってしまった。ならばできることは何かと考えて、ひとまずスレッドにはロックを掛けず、そのままにしておく、という選択に至りました。
 もしかしたら、気が変わって、ある日突然削除しているかもしれませんし、執筆を再開して、完結させているかもしれません。
 この考えをだれかに押し付ける気はありません。あくまでも、ひとつの、わたしのやり方として受け取っていただけたらいいなと思います。
 本作の番外編やスピンオフ作品の扱いについては、追々、ゆっくりと決めていく予定です。

 
 これまで、この作品をすこしでも読んでくださった方、アドバイスやコメントをくださった方、応援してくださったり、大会のとき、投票してくださった方々に感謝を込めて。
 改めて、ありがとうございました。







真っ暗で、何も見えない。
何も聴こえない。

自分が何者かも、わからない。

でも、
貴方のことは
ちゃんと憶えている…

碧い瞳

真白な肌

琥珀みたいな髪

長い睫

細い指

クリスタルみたいに、透きとおった声。


すべてが
自分を包み込む。

でも、空しく その記憶さえも風化していく…

名前…
なんだったっけ?


次に目を覚ましたときも

必ず貴方を

見つけ出します―――――――






(2017/8/14)新板へのスレ移動が完了しました。

(2015/4/6)URL欄に プロフィールのURLを貼り付けました。
一部を除き、各スレッドのURLを整理してあります。


【もくじ(新)】>>163

【もくじ(旧)】>>160


Special thanks(`ー´ゞ-☆

【Guests】>>302 ☆いつもありがとう☆
【Anniversary】>>131(記録停止)


【Information】>>383

【Twitter】
@cosmosNHTR(こちらは「Garnet」の名前で。更新のお知らせなど、創作関連メインで動かしています)
@garnetynhtr(こちらは今のところ「がーねっと」の名前で)





念のため、養護施設や乳児院、児童とその保護者についての法律関連のことや実例などは調べさせていただいたりしましたが、すべて正確にこの世界に写しとることは不可能と判断したため、本作ではこのような設定や物語の形をとらせていただきました。
違和感、不快感などありましたら申し訳ございません。
 
 
 

Re: COSMOS ( No.347 )
日時: 2015/12/25 21:27
名前: Garnet (ID: z5Z4HjE0)

背中に置かれた手が、ぴくりと動いたように感じた。

「どうしたの?エマ?」

横目で夏村さんを見ている彼女をちらりと見上げてみたけれど、何時ものように、その表情から 感情は読み取れない。

「……何でもないよ。」

僅かに唇を震わせながら、エマが言う。
彼女は前を向き直し、自分の番になったからと、この時間の 最後の台上前転をやってみせた。

そのまま、私も続けてやったけど、跳び箱の段数が一つ増えていたことに気付くのは、もう少し先の話だ。



夏村さんの家は、母子家庭なのだと、聞いたことがある。
トイレで女の子たちが噂していた。
でも私は、その横を、何も聞いていない振りをして通り過ぎる。
噂話に乗るのは夏村さんに失礼だと思うし、何よりも、両親とも居ない私にとっては 片親が居るだけでも充分じゃないかというのが正直なところ。
……この考えは甘ったれていると、後々気づくことにはなるのだけど。

彼女とは、今年初めて、同じクラスになった。席が近くなったことは 今まで一度もない。
意外と伸びるのが早いその髪は、2ヶ月に一・二度切り揃えていて、何時も遠目に見ている私は、その度に声を掛けようか迷っていた。
でも、いざ休み時間になると、一番前の窓際の席で 表紙が薄汚れた学級文庫を片っ端から読んでいる後ろ姿を、もどかしい思いで見詰めることしか出来なくて。
時々 美知ちゃんが夏村さんに話し掛けに行くけど、彼女はその度にさっさと退かしていた。
そうして彼女は、周囲に透明なカーテンを引き、文字を追う瞳を輝かせながら、白く細い指で
日焼けした紙を捲っていく。
カーテンが風にはためいて、短く軽そうな髪が陽に透ける、その姿はモデルさんみたい。
教室のなかで、彼女が居る陽だまり色の世界だけが、何だかとても幸せそうな場所に見える。そんな光景は、いつの間にか日常に溶け込んでいった。
皆も、慣れてしまったのか 他人のことなど眼中にないのか、夏村さんのことを何も言わなくなってきた。
4月には散々な言われようだったのを覚えている。
友達居ないんじゃねーの?とか、ガリ勉、とか。
そんな幼い棘を当たり前のようにはね除けた彼女を、私は今でも尊敬し続けている。

それなりに 抱えている秘密は多いのだろうけど、そんなこと、知ることが出来なくても構わない。
仲良くなりたい。ただそれだけを、密かに思い続けてきた。

けれど、1つだけ、知りたいことがある。
あんなにも読書好きな夏村さんが、図書室から本を借りても 決して家に持って帰ろうとしないのは何故なのか。
何時も机の脇に掛けた絵本袋に入れているから、何となく気になっていた。


……と、何だかんだと言い訳を並べて、今日はずっとエマと一緒だった。
学校の近くの公園で遊んでいる 今の瞬間も含めて。
2時に学校が終わるという早帰りの放課後を満喫しようってことで、太陽が低くなり始めた3時頃、少し遠くにある川へ行くことにした。
勿論徒歩で。

因みに、この川は 千葉県や東京都の川へも繋がっているらしい。
清流の向こうで、彼等はどんな風に生きているんだろう。
冷房の効いたオフィスで パソコンと睨めっこしてるかもしれないし、水撒きしたアスファルトの上を、セーラー服姿のお姉さんが駆けているかもしれない。
私達と同い年の子は、私達と同じように笑って、同じように勉強してるのかな。
何時か、行ってみたいなあ。

遠くに聞こえる蝉の鳴き声に想いを馳せ、近くで足音を立てる秋に、手を振ってみる。
もうすぐ其方に行くからね、と声がする。

「行こう!トモ!」
「うん!」

縄跳びの縄を纏めて、熱い空気を吸い込んだ。

夏休みに買い換えてもらった水色の靴で、地面を蹴り上げて。
柔らかい髪を揺らす後ろ姿についていく。

ふたりで、大好きな川原へ行こう。

Re: COSMOS ( No.348 )
日時: 2015/12/27 11:43
名前: Garnet (ID: C6aJsCIT)



「んーーーっ。綺麗、気持ちいい。」

エマが岩の上に立って、ぐーっと伸びをした。
私はその隣に体育座りする。
時々思うんだけどさ、エマって 脚、長いよね〜。

きらきら。
流れが輝いて、所々に上がる白く不透明な水飛沫。
水の底に見える、流れに逆らう黒っぽいものは、魚。何て名前だかは知らない。
此処の空気だけ、包み込むようにひんやりとしていて、川の匂いがする。
予定よりも可也上流に来てしまった。

「私、日本の川、結構好きだな。」
「日本とアメリカの川って、違うの?」
「うん。アメリカは国土が大きいから、流れが緩やかなの。
 だから、この川を初めて見たときは、滝なのかと思っちゃった。
 日本って山だらけね。」

群馬に来たばかりの頃を思い出しているのか、エマは懐かしそうに笑みを零した。
そして、すとんと腰を下ろし、脚をぱたぱたさせる。

整った横顔を見ると、思い出したくもないことを思い出してしまう。


――わからなくていいの


そう言って、大きな瞳に涙をいっぱい溜めた、彼女の表情を。
恋って、愛って、時が経ってしまうと あんなにも哀しいものになってしまうのかな。

私には、奈苗ちゃんが何を思って生きているのか、正直解らない。
如何して 前世の記憶を捨てられなかったのか。
如何して "此処"の人間になったのか。
彼女の言う通り、知らないほうが良いのかもしれない。

川の流れは、今も止まない。
奈苗ちゃんが前の人生を歩んでいたときも、きっと、同じように この川は綺麗だった。
…………時の流れには、逆らえない。

「ねえ、ずっと気になってたんだけどさあ……」

だから、彼女が背負っている重たいものを、少しでも無くせたらいいのになって、思って。

「エマは、奈苗ちゃんのこと、ずっと前から知ってるの?」

初めて二人が出会った、あの日。
絡み付けて離さなかった視線も。
まだエマがアパートに住んでいた、あの日。
話してくれた、過去も。
私の誕生日パーティを開いてくれた、あの日。
招待状に、盗聴器なんか付けたのも。
お父さんが 奈苗ちゃんと対面してしまったのも。

全部、全部―――


"彼等"と同じ、長い睫毛を伏せて。
エマは、もう無理だと観念したのか、尖った目元を引き締めて、此方を向いた。

太陽が、金色の光を帯び始める。

「知ってるよ。」

風が私達の髪を撫でて、この場所だけ、別世界にする。
近くに掛かる橋を渡る 子供たちの声が、遠退いていく。

「奈苗ちゃんが、彼女のお母さんのお腹のなかに、居るときから。」

胸に引っ掛かっていた物が、少しずつ溶けて、何処かへ流れていく。

「奈苗ちゃんのお母さんは……私のお父さんの、よく、知っている人なの。」

Re: COSMOS ( No.349 )
日時: 2015/12/29 10:10
名前: Garnet (ID: I.inwBVK)




縄跳びさん縄跳びさんここにいますかー。

学校から帰って家に戻ってから、一昨日来た川原へ再び足を向けて 心の中で我が友へ問い掛けてみる。
いやー、2日も君のこと忘れてごめんよぉ、謝るからさあ、ねえねえ。

なんて馬鹿な茶番は此処迄にしておく。
浮気がバレて家を出ていってしまった、同棲したての彼女を探しに来たみたいで気持ち悪い。
こういうこと話してると嫌な人のことを思い出すから、というのもある。昨日、そんな 泥まみれの汚ない記憶を引っ張り出してしまったばかりなのに。

「…………あ。」

前にエマと座っていた大きな岩。
その直ぐ隣の地面にぶっ刺さる古臭い木の棒に、それは丁寧に引っ掛けられていた。
棒の直径は、手のひらを乗せると 丁度掌紋が録れそうな位。多分、船を留めるやつを、態々此所に持ってきたんだと思う。

「よかったあ。」

ひょいと棒から外して、纏めて結んである縄を手首に掛ける。
百均のでも、やっぱり見つかると嬉しいものだよね。

持ち手が透明なプラスチックの、ピンクの縄跳び。持ち手の中でからから音を立てる細い紙には 大人の字で"ともみ"とだけ書いてある。
偶然なのか何なのか、私を除くと 小学校には6年生に1人だけしか"ともみ"が居ないからだ。
もしあっちの"ともみ"の物だと勘違いされてしまっても、彼女は こんなに短い縄で体育の授業45分間を耐えられる筈がない。
1回会ったことがあるけど、それなりに身長はあったし。

……さて。
目的を遂行した今、私は何処までも暇になってしまった。
9月も終盤に向かおうとしている水曜日の午後3時半。
いい感じに太陽が傾いて、川面をキラキラと光らせている。
温いかなあと思って、流れの方へ行って片手で水を掬ってみたけど、予想以上に冷たい。
近いうちに、本格的に夏が失踪してしまいそうだ。

しゃがんで水面に近付けた顔が、ぐちゃぐちゃに揺れながら 影のように映る。

ああ、何しよう。
川の匂いが蒸発していく手をハンカチで拭いて、立ち上がる。

今日は散々な日だったような気が、しなくもない。
朝からサラダにパプリカが入ってるし、通学路で翔くんに会えなかったし、エマは用事があって遊べないし、何だか知らないけど 学校内では美知ちゃんに付け回されるし、いつものことだけど夏村さんには話しかけられないし。
書き出したらキリが無い。
給食に大好きなわかめご飯が出て、発狂せずにいられたのが唯一の救いだ。

今日の嫌な出来事を頭の中で書き出して、くしゃっと丸めてポイ捨てする。
その辺に捨てるのはやっぱり気が引けたから、拾い直してごみ箱へ 全力で腕を振って投げる。
私にとっての 思い出のごみ箱は、空の向こう。早くも薄い金色に輝き始める、低い空の、向こう側。
今日も無事に、手のひらサイズの原稿用紙は、太陽の熱で燃えて消えていった。
 

Re: COSMOS ( No.350 )
日時: 2015/12/29 22:34
名前: Garnet (ID: MRwb6zkQ)


「知美ちゃんは 両親の育児放棄によって此処に来たと聞いていますが……桑野さん。」

「そっかー、清水さんが此方で働くようになったのって、知美が来てからだもんね。
 あのときの話とか、あんまり聞いたことが無いでしょう?」

「あのときの、話……?」

「どうやって此処のことを知ったか、とか、泣き喚く知美を如何に落ち着かせたとか、さ。」

「……何か、知美ちゃんには問題があるのですか?」

「ああ、そういう意味じゃないよ。
 勿論、来たばかりのときはそれなりに大変だったけど、病気とかなわけじゃないから。心のほうも含めてね。」

「はあ…………」


不用心にもほどがあると思う。戸をちゃんと閉めないなんて。
以前……此処に来てから2・3年経ったときにも、私の目の前で私の過去を話したりなんかして、泣き出した私を ぶっ壊れた玩具を見る子供のような視線で見てきたのに。

5センチくらい開いている隙間に近いて中を見てみれば、桑野さんと清水さんが 私の話をしながら温かそうな紅茶を飲んでいるじゃないか。
戸と壁と床から、冷たさが伝わってくる。


「何か、恵理ちゃんが関わっちゃってるらしいんだよねー。」

「鈴木さんが?」

「いやあ、ほんとにひっくり返っちゃったんだから。
 相手が子供だから真偽は怪しいところだけど、恵理ちゃんが、知美に上手く訊いてくれたみたいでね。
 恵理ちゃんのお陰で、書類の空欄が減ったようなものだし。」

「彼女、子供の心を開くのが上手いですからね……。
 私には無理です。」

「まあまあ。君もそのうち、出来るようになるって。」


随分と失礼なことを言われてる気がする。
ていうか、なんで桑野さん、恵理ちゃんって呼んでるの?あの2人って仲良かったっけ。

二人は、テーブルクロスの上に厚いビニールを被せた、長方形の机を挟んで向かい合っていた。
部屋の中にある小さな電子レンジが音を立てる。
清水さんは椅子から立ち上がり、フローリングに足を引き摺らせながら、温まった何かを取りに行った。

この部屋は、食堂にあるキッチンとは別の、台所。
多分、大人たちが 来客の為に使った食器を洗ったり、軽い夜食をとるのに使ってるところだ。
何時だったか、鈴木さんがスープを作ってるところをみたことがあって、結構お邪魔している。
皆の夕食に出してみたいからと、先ずは3人分、試しに作っていたらしい。
具が沢山入っていて、ぽってりとしていた。
家族から教わった、スコッチブロスっていう、スコットランドの料理なんだって。
スコットランドって何処ー、って訊いたら、あーごめんね、イギリスのことよ〜、って、お玉で鍋をかき回しながら教えてくれた。
「イギリスに住んでたことがあるの?」と訊いたら「何回も引っ越しちゃって、ずっとはいなかったけど、合わせれば6年以上にはなるんじゃないかしら。あ、生まれは日本よ。」と、どことなく複雑な顔をして言われた。
もっと色々知りたかったけど、その顔を見て、やっぱりやめておこうと思った。
後日、休日の夕ご飯に出てきたスコッチブロスは、少ししょっぱかったけど美味しかった。

Re: COSMOS ( No.351 )
日時: 2015/12/30 08:14
名前: Garnet (ID: C6aJsCIT)

……うん、桑野さんのことへと話を戻そう。子供だからって失礼極まりないと思うんだけど、桑野さんの言ってることに間違いは無いとも思ってる。
矛盾してるとかそんなこと考えない。人間なんて矛盾の塊だし。あはは。

確かに鈴木さんの話術については、3年生になった今振り返ると、普通じゃないものだ。
自分からオープンになって、近付き過ぎず、離れすぎず、同じ目線になるようにしてくれた。
辛くなる前に気付いてくれて、優しく背中をさすってくれた。
肝心の此処に来た理由も、頷きながら、何も否定しないで聞いてくれた。

清水さんが、睫毛を伏せ、摺り足で 白い皿に何かを乗せて机に戻ってくる。
音もなく視界に再出現されるものだから、驚いて物音を立ててしまいそうになる。


「すみません、お話の続き、どうぞ。」

「ああ、うん。」


あまーい匂いが 此方まで流れてくる。
これは、クッキーかな。レンジで温めると 粒々のチョコが溶けて美味しいやつ。
桑野さんの大きな手が皿へと伸びて、クッキーを掴む。甘いものが好きなのか、ほろりと口で解けるクッキーを味わい、うまい、と頬を緩ませた。
大人ってどうしてこう、何でもかんでもあったかくするのかなあ。コーヒーも紅茶もお酒も。
まあお酒はどうでもいいとして、コーヒーとお茶は、熱いと飲めたものじゃない。
ふーふーしてたら酸欠になりそう。

さあ何を言ってくれるのかと、戸の開いた隙間から、気配を消して成り行きを伺う。
何となく、桑野さんが話し出した言葉が、小さく、聞こえ……て…………?


「恵理ちゃんが関わってる、って言うのはさ……実は、此処のことを教えたのが、恵理ちゃんのお母さんらしいんだよー。」


……………………は?


「はい?」

「そのー、彼女の巧みな話術でね、訊いてくれたんだよ。誰が此処を教えたのか。
 顔の特徴や話し方、年齢と服装と、最後には 髪の色と目の色まで、少しずつ訊ねていって。
 恵理ちゃんも、まさかとは思ってたんだってよ?」


いやいやいやいや、ちょっとまって。
それって何、鈴木さんのお母さんは、あの怖いお婆さんなわけ?
彼女から見た長女は 奈苗ちゃんのお母さんにあたるんでしょう?
じゃああのお婆さんは、さあ―――


「言っちゃうと……、奈苗のお祖母ちゃんにあたる人が、知美に会ってたことになるんだ。」


―――ああ、やっぱり。そういうことだったんだ。
だからここ数年、デジャヴに悩まされてたのか。あの少し怖い目元が、固めた表情が、私も気付かないほど、違和感無く似ていたから。
奈苗ちゃんのお母さんには会ってないけど、きっと彼女も、2人にそっくりな筈だ。

そうか……そっか、そーか。

戸から離れて、廊下を歩き始める。
まだ桑野さんが何か言ってた気がするけど、私のお母さんのことだとわかったから、聞かないことにした。
あの人のことを頭で理解しようとすると、身体中を引っ掻き回されているように気持ち悪くなって、それでも帰りを望んで泣き出す自分が信じられないから。
どうせなら忘れてしまえばいいんだけど、それが出来れば苦労しないんだよね。

山の中からは、すっかりセミの声は聞こえなくなっていた。
代わりに、足下に纏わりつくのは ちめてー冷気。
この感覚、今年は今日が初めてかも。

うーん、でも、なんで。
あんなに歩き回れる元気なお祖母ちゃんが居るのなら、お母さんが難しくても 彼女に奈苗ちゃんを育てられないことは、ないのにね。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。