コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- COSMOS【無期限更新停止・親記事にてお知らせ有】
- 日時: 2018/12/27 00:44
- 名前: Garnet (ID: lQjP23yG)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10581
こんにちは、Garnetです。クリック・閲覧、ありがとうございます。
□このスレッドは未完結作品であり、今後の更新は無期限で見合わせていること
□最低限以上の物語の構成力を求める方にはおすすめできないこと
をご理解ください。
それでも読みたい、と言ってくださる方は、ありがとうございます。もくじから閲覧、またはスレッドから直接どうぞ。
まえがき 兼 お知らせ
カキコにたどり着いてから、もう何年が経ったのでしょうか。記憶力があやしいもので……。
おそらく、このスレッドは初めてGarnetとして立てたものです。衝動的にプロローグ(真っ暗で、何も ~ 見つけ出します のやつです)をダダダダッと書いたのは覚えています。とりあえず短いのを一本書いてみるか、というノリでした。
当時、自分なりの癒しのひとつを探した仮の結果が『COSMOS』の執筆という形になったのでしょう。しかし、今読み返すとひどいものです。まず物語の構成がなっていない。「あなたは何を書きたかったの?」と、過去の自分に問いただしたいくらいに。この物語のために、貴重な時間を割いて読んでくださった方には、とてもとても申し訳なくてたまらないです。登場人物への愛情も、薄いものでした。
昔の自分に言いたいこと。やめてほしかったこと、逆に、してほしかったこと。山ほどありますが、書き出したところでどうにかなるわけではありません。
黒歴史、と言いきり、管理人さんに削除依頼を出せば、少なくともわたし自身はすっきりします。でも、それはどうしても躊躇われました。もし自分が、この作品を好きだと言ってくれる読者の立場だったら。応援してくれていた方の立場であったら。そう考えたとき、何もなかったことにはできないなと思ったのです。Garnetという存在の、原点でもありますし。
書く側にとっても読む側にとってもベストなのは、きっと、きちんと作品が書き上がり、物語が終わりを迎えることです。それがここではできなくなってしまった。ならばできることは何かと考えて、ひとまずスレッドにはロックを掛けず、そのままにしておく、という選択に至りました。
もしかしたら、気が変わって、ある日突然削除しているかもしれませんし、執筆を再開して、完結させているかもしれません。
この考えをだれかに押し付ける気はありません。あくまでも、ひとつの、わたしのやり方として受け取っていただけたらいいなと思います。
本作の番外編やスピンオフ作品の扱いについては、追々、ゆっくりと決めていく予定です。
これまで、この作品をすこしでも読んでくださった方、アドバイスやコメントをくださった方、応援してくださったり、大会のとき、投票してくださった方々に感謝を込めて。
改めて、ありがとうございました。
☆
真っ暗で、何も見えない。
何も聴こえない。
自分が何者かも、わからない。
でも、
貴方のことは
ちゃんと憶えている…
碧い瞳
真白な肌
琥珀みたいな髪
長い睫
細い指
クリスタルみたいに、透きとおった声。
すべてが
自分を包み込む。
でも、空しく その記憶さえも風化していく…
名前…
なんだったっけ?
次に目を覚ましたときも
必ず貴方を
見つけ出します―――――――
☆
(2017/8/14)新板へのスレ移動が完了しました。
(2015/4/6)URL欄に プロフィールのURLを貼り付けました。
一部を除き、各スレッドのURLを整理してあります。
【もくじ(新)】>>163
【もくじ(旧)】>>160
Special thanks(`ー´ゞ-☆
【Guests】>>302 ☆いつもありがとう☆
【Anniversary】>>131(記録停止)
【Information】>>383
【Twitter】
@cosmosNHTR(こちらは「Garnet」の名前で。更新のお知らせなど、創作関連メインで動かしています)
@garnetynhtr(こちらは今のところ「がーねっと」の名前で)
※
念のため、養護施設や乳児院、児童とその保護者についての法律関連のことや実例などは調べさせていただいたりしましたが、すべて正確にこの世界に写しとることは不可能と判断したため、本作ではこのような設定や物語の形をとらせていただきました。
違和感、不快感などありましたら申し訳ございません。
- Re: COSMOS ( No.412 )
- 日時: 2016/05/26 00:41
- 名前: Garnet (ID: pY2UHJTN)
「あるよ。たくさん。
テレビとか、雑誌とかでね、現地の写真や映像を見るたびに思う。
シャーロック・ホームズも好き。
……恵理さんたちには気付いてないふりをしてるけどね…私、知ってるの。お母さんがイギリス人だってこと。」
すっと、鉛筆の動きが止まる。
「………えっ?」
「お父さんも、アイルランドの人なんだって。ダニエルが言ってた。」
何も言えなかった。
ずっと忘れてた、この人にも過去があるってこと。
「私、それを知るまでね、死ぬ迄家族は要らないって考えてたの。
たとえ 養父母が見つかったとしても、本当の両親を思い出して悲しくなっちゃうと思ったから。」
あ…………。
ま、思い出すほどの思い出もありゃしないけど。彼女は自身を嘲笑して、カバンの中から色鉛筆を取り出した。
もう鉛筆書きが終わったらしい。
ベージュを伸ばしながら、きれいな声でまた続ける。
「………神様って人も皮肉だよね。私は"幸せ"を知ってるんだもの。
何も覚えてなければ良かったって、何度も思った。」
「でも、忘れちゃったら―――」
「だからもどかしい」
鉛筆とは違って、色鉛筆を滑らせるその手からは 音が聞こえなかった。
切ないくらいぐんぐんと高くなる空から、神様は 私たちのこの会話までみているのかな。
ばかやろーって、叫んだら、彼には届くのかな。
「歪められた願いは、何かを犠牲にしなくちゃ叶わないんだよ。
ほら、私って穢い。」
どきりとした。
何てことない笑顔で手元を見詰めながら、そう言うんだもん。
奈苗ちゃんは目の前にいるっていうのに、手を伸ばしても触れられないような気がしてきた。
あの日見た夢のように。
綺麗なひとつの星空に包まれる私たちは、一人ひとり、違う星を見てる。
みんなで同じ星を見詰める時間とは、比べ物にならないくらい。
「……そんなきたない私には何ができるだろうって、考えてみたの。」
私はまだまだ未熟だから、奈苗ちゃんの見ている星には、視力が足りないや。
「"その時"が来るまで、ぜったい秘密にしてほしいんだけど、聞いてくれる?」
「………………うん。」
器用に陰を塗り込み終えると、身体を起こして、私に向き合ってきた。
翡翠色の瞳は、赤みがかった茶髪は、鋭くも柔らかな目元は、母親譲り。
今の見た目も勿論そうだけど……彼女の歩んできた道や、その姿を、 異世界のそれを殆どすべて、知っているからこそ、私は。
その直後に発したありえない言葉にも、動じなかったんだと思う。
「お母さんを……みんなを、助けに行くの。
死ぬほど勉強して、イングランドに行く。
それまでは、私の出生の記録や家系のことを、調べる。
少しずつ、少しずつ。恵理さんたちには気付かれないように、でも徹底的に。」
この人は、もう大人なんだ。
その小さな身体の中で、静かに着々と、心は大人になっているんだ。
「奈苗ちゃんならきっとできるよ」
私の言葉に、奈苗ちゃんは。
「ありがと。頑張るよ。」
哀しそうに、嬉しそうに。
遠くに、愛しいものを見るように。
近くにいる私に、何かを思うように。
笑った。
- Re: COSMOS ( No.413 )
- 日時: 2016/05/27 00:47
- 名前: Garnet (ID: 16oSxNwZ)
その夜、夢を見た。
お母さんと、お父さんが、笑っていた。
しあわせ、そうに、笑っていた。
私は、そんなふたりが、すき、だったんだと思う。
ある日、あたたかい毎日にヒビが入った。
お父さんが、帰ってこなくなった。
お酒嫌いだったお母さんが、お酒を飲むようになった。
声をかけても怒られるだけ。
しかたがないから、身の回りのことは、自分でするようになった。
お母さんが、キツいお化粧と、お酒と、煙草の臭いを連れて、帰ってくるようになった。
鼻につくその臭いが、私は大嫌いだ。
お仕事なんだとお母さんは言うけれど、私には、理解ができなかった。
嫌なことばかり続くけど、しょうもないくらいにお腹は空いていく。
ご飯も自分で何とかしていた。火傷なんてしょっちゅうだ。
レトルト食品、残ったお惣菜。インスタント。
食料は減っていく一方なのに、お母さんは帰ってこない。
やっと夜中に帰ってきたと思ったら、あの人は私を無理矢理に起こして、1000円札を数枚、目の前でちらつかせてきた。
これで飯を買いな。
その言葉に、目を擦りながらお金を受けとる。
朝になって、目が覚めたら、彼女の幻はあとかたもなく消え失せていた。
ただ、手のひらに、しわくちゃな1000円札が握られていた。
お金の意味や買い物の意味が解るようになるには、けっこう時間がかかった。
でも、私が思っていたよりは短時間で済んだ。
何かを怪しむスーパーのおばさんには、おつかいなんだと言えばいい。
夜のコンビニは危ないから、行かないほうがいい。
呼吸するみたいに覚えてしまった。
あの人が家を空けることが増えて、もらうお金も少しずつ増えてきた。
何とか、やっていける。
そう思い始めた頃。
家の電気が、ガスが、断たれた。
それと同時に、私の中でも何かが切れてしまった。
熱が出て、頭も痛い。苦しみから逃れようと布団を被っても、眠れないし、動けない。
長い間、何もできなかった。
「知美。」
真っ暗な部屋で、もう私は駄目なのかと思い始めたら。
久しぶりに、自分の名前を呼ばれた。低い声だ。
自分の名前なんだと気づくのに、随分かかった。
何か呼び掛けられる。
頭を、頬を撫でられる。
揺れる、霞む視界をめいっぱいに広げたとき、それが誰なのか、ようやくわかった。
「おとー、さん…?」
「そうだよ、お父さんだよ……ごめんな、ずっと、知美に寂しい思いをさせて。」
冷たいもののうえに、頭を沈められる。
温もりを、思い出した。
「あやまらなくていいよ……知美ね、お父さんが帰ってきてくれて嬉しい。」
そうか、そうか。
ぐちゃぐちゃになった布団を直しながら、お父さんは泣いていた。
何でだかはわからないけど、泣いていた。
「あのね、おとーさん。電気と火がね、付かないの。
お母さんもね、ずっと帰ってこないの。」
「大丈夫、大丈夫だからな。
すぐに何とかしてやる。お腹は空いてないか?」
「…………ん…。」
その言葉に安心して、私は眠り込んでしまった。
- Re: COSMOS ( No.414 )
- 日時: 2016/06/02 18:21
- 名前: Garnet (ID: pY2UHJTN)
どれくらい眠り続けたんだろう。
目が覚めたら、台所に明かりが見えて、鍋から湯気が上がっていた。
シンクも奇麗になっていた。
「気分はどうだ、知美?楽になったか?」
ぺたぺたと歩く足音に気付いた彼が、振り向く。
もう泣いてなかった。
「うん。」
「今、雑炊を作ってるからな。お風呂入ってなさい。」
「わかった。」
汚い話だけど、もう何日もお風呂に入っていなかった。
時間感覚が狂ってしまったから、どれほど布団に突っ伏していたのかはわからなかったけど。
それに勘付いたのか、浴槽にはたっぷりとお湯が張られていた。
シャワーの蛇口を捻る。
タンスの中から、新しい着替えを引っ張り出して、脱衣所に放った。
洗濯機も回っていた。
まだ回し始めたばかりみたいだったから、脱ぎ捨てた服も詰め込んだ。
あのときは、夏だったか、冬だったか。
でも、お湯が温かいと思ったのをおぼえている。
お風呂上がりにお父さんが「髪、伸びたな」って寂しそうに笑いかけてきた。
体感にして数日ぶりの夕飯は、心安らぐものだった。
いきなり沢山食べると危ないから、卵がゆを少し、だったけど。
「ねえお父さん、何でお家に帰ってきたの?」
れんげを口に運びながら訊ねる。
「……実は、仕事先でお母さんと会ってな。
様子が変だったから、知美のことを訊いたんだけど、もう随分長いこと家に帰ってないって聞いて。
心配になって、こっそり鍵を借りてきたんだよ。」
「ふぅん。」
食卓(といっても小さな折り畳み机)に置かれる、何のストラップも付いていない 家の鍵。
それはもはや、ただの金属にしか見えなくなっていた。
「それでな、知美。
ひとつ、考えてほしいことがある。」
だしの効いた汁を口に含んだとき、向かい合って座るお父さんが言った。彼が家を出ていったとき、一瞬だけ目の合ったあの表情に、よく似ている。
温いそれを飲み込んで、れんげを皿の中に引っかけた。
「…………お父さんと一緒に、ふたりで、暮らさないか。」
無意識に口が開いたのに気がついて、自分は何を思ったんだろう、とそれだけが気になってしまった。
驚くとか嬉しいとか、そんな安い感情じゃない。
昼夜問わずぎゃんぎゃん泣きわめく頃から、私は感情の色が貧しかった。
泣くのも ただ生理的欲求に従うのみで、喜怒哀楽も、よほど機嫌がよくないとお父さんでも見分けられなかったほどだ。
別にそれは、両親や環境が悪いわけでも何でもない。生まれ持ったもの。
数少ない単色の絵の具が干からびる 私の中にあるパレットは、今この瞬間、滅茶苦茶に乱された。
感情を表に出せるようになったのは、あのときあんなに、情動に流されて涙が止まらなかったのは、たぶん生まれて初めてだ。
自分でも意味がわからなかった。
ぼろぼろ、ぼろぼろ、歳相応に泣き始めてたんだから。
何か、もう色々どうでもいいやって思えた。
ほんとは、寂しくて哀しくてしょうがなかったんだろうな。でも、それを打ち明けられる相手もいなかったから、余計、死んだように過ごしてたんだろうな。
お金さえあれば何とか生きていけるんだと思い始めてた。
でももう限界だった。
助けて欲しかった。
ただ、昔みたいに優しく抱き留めてほしかった。
それだけを求めていたことに、今更気がついた。
「寂しい思いをさせて、本当にごめんな……」
お父さんが、とても温かい。
きっと私のことなんて忘れてしまっただろうと思っていたから、帰ってきて、面倒までみてくれて、ご飯をつくってくれて、手を引いてくれたことが、じんわりと沁みてきて……。
昔は1本も吸わなかったはずのタバコの臭いがしてきたのは、少し"カナシカッタ"けど。
そんなお父さんが姿を消したのは、それから2か月後のことだ。
- Re: COSMOS【ゆっくり更新再開】 ( No.415 )
- 日時: 2016/09/06 17:55
- 名前: Garnet (ID: lQjP23yG)
〔知美 9歳 空っ風〕『木枯らしに震える』
お父さんは、前橋のほうの、バーみたいなところで働いているんだと言っていた。私たちから離れて、静かな毎日を送っていた。
3人の空気が軋み始めたのは、なんの前触れもなく、突然のこと。
"あれ"以来、お酒やタバコに手を出すようになっていたお母さんは、お父さんのいるバーに、偶然にもふらりと顔を出したらしい。とはいえ、当の彼女はその時点で酔っていたので、目の前のスタッフがお父さんだとは気がつかなかった。
微妙な空気のまま、買う側と売る側の立場で固定される世界。
酔いがさめたとき、お母さんはどうなっちゃったんだろう。
彼女は、ふとしたきっかけで、胸の内を、長くながく語り始めた。お父さんはそれを、他人として聞くに留めようとした。
お父さんが、そのときお母さんは何て言っていたのか、教えてくれたけど、私にはよく解らなかった。
彼も、どうにか言葉を噛み砕きやすいように選んでくれていたけど、噛み方を間違えてしまっていたのか、そもそもまだ噛みきれるような歳じゃなかったのか。
おかげで、そんな大切な言葉を忘れてしまっている。
……夜も更けていき、お母さんはテーブルに突っ伏して、眠りこんでしまった。
そこから先の話は、ひとつひとつの単語が複雑に絡まり合ってしまって、余計に覚えていない。
お母さんが家に帰ってこられなくなったというのが、どうにか理解できた程度だ。
私の風邪が落ち着いてくると、お父さんが家の色々なものを 段ボールなんかに詰め始めた。ここから引っ越すのだと言う。
私も、特に思い入れも執着も無かったから、すぐ首を縦に振った。
そうしてやって来たのが、今、私が住んでいるところ。私たちの施設があるまち。
知美に寂しい思いをさせたくない、と言って、できるだけ家に近いところで働くことにしたようだ。
気にしないでいいよ、なんて嘘はきっと見抜かれるだろうと踏んで、私も素直に喜ぶことにする。喜んでいると 認識してくれていたかは別として。
また笑えるようになった。美味しいご飯を食べられるようになった。
これで、少し形は違えども、私たちなりの幸せは手にできたんだと思っていた。
……そう、思いたかった。
でも、そうはなれなかった。
お父さんが、いなくなったから。
「お母さんがここに来るかもしれないから、知美はそれまで、待っていてくれ。いい子で留守番できるよな?」
そう、言い残して。
一人ぼっちで帰ってきたら、きっとお母さんはまた怒ってしまうと思った。だから待っていたのに。来る日も、来る日も、私は一人きり。
引きこもる毎日に嫌気が差してきたから、昼間はアパートの前でぶらぶら……といっても遊んでるだけなんだけど、それが暇潰しになってきた。
縄跳びしたり、縁石の上を歩いてみたり。よく決まった時間に おじいさんが柴犬を連れて私のいるところを通るので、彼と話をしたり、犬とじゃれあったりすることもあった。
時代も時代だし、あのアパートは隣人にも無関心な人たちばかりだから、挨拶さえしていれば面倒事も起こらない。そういう環境にも、もしかしたら救われていたのかも。
そんなある日に、出会ったんだ。
奈苗ちゃんの、お祖母さんと。
前に一度、彼女のことは話したことがあるけれど、このくだりから出会ったのだということは初めて話すと思う。
最初に見たときは、後ろ姿だけだった。多分、じっと見られていたのに気がつかなかったんだと思う。
そのことを忘れかけた、3日後、彼女は再び現れた。
気配を感じなかったので、目の前にいきなり現れた彼女に 少しびっくりした。
「お婆さん、何か用?」
白髪の、外国の人みたいな。
歳としてはそこまでとっていない筈なのに、もう随分、老いを感じるものがあった。
決して穏やかとは言えぬ表情から、感情は読み取りにくい。
「お前さんにな。ちょっと話しておきたいことがあったんだよ。」
「え?」
「今すぐ、家を出て行きなさい。」
「な、何で?!
そんな事したら、ママが怒っちゃうよ!」
さっき話したとおり、一人きりで帰らせたら、あの人が何をしでかすか分かったもんじゃない。
だから嫌だと言うのに。
「なぜだ?1週間も平気で家を空けるような親を、そんなに怖がる必要はないだろう。
次に母親が、5日帰って来ないようなら、すぐに捨て去りなさい。
いいか、5日だ。」
半ば圧力的だった。
見たことのないような瞳の色をギラリと光らせ、もっと私に近づいてくると、私の手に小さな紙を握らせた。
「わかったよ…」
なにか事情があるんじゃないだろうか。そう思って、素直に彼女の言葉を呑み込んだ。
それに、今思えば……あの人は、それよりも前から私のことを見ていたに違いない。そうして、短期間で距離を詰め、恐怖にも似た信用を植え付けた。
そんな手段しか使えなかったのだとしたら。もしかしたら、あの頃"私達"の知らないところで、とんでもないことが起こっていたのかもしれない。
そうして5日後、土砂降りの夕方。
一瞬は躊躇ったけれど、約束どおりに家を出た。
風にあおられ、傘としての役割を充分に果たしきれていないそれに 大きな粒の雨が音を立てるあの空間で、私は何を思って歩き続けていたんだろう。
不思議と後悔はないし、こんな暗い場所から脱け出せるんだと勝手な希望を抱いてアパートを飛び出したけれど、何でかな、施設に着いてから、泣いていた記憶ばかり掘り起こされる。
しわくちゃになったあの紙は、今は恵理さんが 大切に預かっている。
- Re: COSMOS【ゆっくり更新再開】 ( No.416 )
- 日時: 2016/10/17 07:13
- 名前: Garnet (ID: XnbZDj7O)
透き通る朝の光が、私の目蓋の上でぴたりと静止した。
夢と現の狭間で目眩をおぼえ、朝陽に背を向ける。
ああ、私、あの頃の夢を見ていたんだ。
寝返りを打っただけなのに、新しく触れた部分のシーツはかなり冷たくなっていた。私は、この感覚があまり好きになれない。
後頭部がじわじわ温かくなって、二度寝をしたくなってくる。夢の中だけでも構わないから、幸せになりたい。醒めた時の虚しさなんて、今の私にとってはどうでもいいことだから。
…うとうと、うとうと。
現実から逃げようとする自分から逃げる。
ぐるぐるぐるぐる、何処に走っても結局は 同じところをまわるだけだ。
二度寝をしたい気持ちは山々だけど、蘭ちゃんや大人たちが 朝ご飯を作って待ってくれているから、顔をぶん殴るくらいの勢いで起き上がった。
ぱっぱと布団を畳み、押し入れの中に放り込んで、目を覚ましに洗面所へ行く。食前の歯磨きまで済ませればばっちりだ。
……こうしていつも通りにしていれば、何も考えずにいられるだろうと思った。
「おはよう、知美ちゃん!」
重たい両足を引きずって 一階の廊下を歩いていたら、後ろから軽やかな足音とともに蘭ちゃんの声がして、わさわさと頭を撫でられた。
すっかり目に馴染んだ高校の制服姿で、青春真っ盛りな笑顔が向けられている。
「おはよう……あれ、なんで制服着てるの?」
「まだ眠いんか知美ちゃん!今日は土曜日やから、わたしの学校は昼まで授業あるんだよ!」
「あ、そっか。」
自覚がないけど、私はまだ寝ぼけているみたいだ。蘭ちゃんの通う高校は 土曜日も授業があるんだということをすっかり忘れていた。
写真部は基本平日だけだし。
「知美ちゃんは今日何するん?」
「特に何もないなあ。学校で借りた本を読み切ろうと思ってるくらい」
「本いっぱい読むもんな、すごいわあ…わたしが知美ちゃんと同じ歳の頃は、漫画しか読んでへんかったし」
「えへへ……」
"すごい"の一言に、思わず照れ笑いが隠せなくなる。
でも そんなこと言ったって、私は運動神経がいいわけでも友達がたくさんいるわけでもないから、蘭ちゃんのほうがすごいと思うんだけどな。
本当に、私には取り柄がない。
蘭ちゃんと適当に話しながら食堂の部屋に入った。やけに静かだなあと思ったら、全く人がいない。ルームメイトの人達、起こしてくるべきだったかなあ。
その代わりに、朝日が差し込む奥の明るい窓際のテーブルの周りには いつものメンバーが固まっていた。
奈苗ちゃん、陽菜ちゃん、ダニエルくん、拓にいちゃん、俊也にいちゃん。みんなが眩しく見えて目を細めていたら、陽菜ちゃんが気がつき、椅子から降りて私を引っ張ってくる。
「はやくはやくっ!」
「おい陽菜、そんなに急いでも、まだみんな来てないんだし 朝飯は食えねーぞ。」
「違うもん、みんなで座りたいんだもん!!」
「ちょっと人数多すぎるぞ〜」
そんな彼女に拓にいちゃんが真っ先に声をかける。
ふたりは本当に、きょうだいみたいに見えて微笑ましい。
奈苗ちゃんも、翡翠色の瞳から優しい光を洩らして 笑っていた。
昔から、陽菜ちゃんと直接話すことは少なかったのだけど、仲が悪いというわけでもない。でも、何となくわかっていた。自分とは対局の存在だって。
彼女は本当に明るくて、素直で……。私みたいに周りを僻んだりなんて、絶対にしないもの。
そんな陽菜ちゃんに笑いかけてもらえたのが、今、とても嬉しいと思った。
「知美ちゃんは陽菜のとなり〜♪」
5歳組の3人が座る長椅子の真ん中に座って、私も笑ってみる。
左にはダニエル、右には陽菜ちゃん、その右隣には奈苗ちゃん。いつもの平穏な日常が、やっと帰ってきたって感じがする。
何気なくダニエルのほうを見ると、普段、その綺麗な顔を滅多に崩さない彼が ちょっぴり笑ってくれた。
彫りの深い顔立ちだけど、もうダニエルのことは怖くないよ。心の中でそう呟いて、そっと目を伏せた。
「ほらほら、もっと詰めろや拓!」
「蘭は何ちゃっかり入ろうとしてんだよ。」
「いーっしょ別に、減るもんでもないんやし!」
「へーへー。」
蘭ちゃんと拓にいちゃんの言い合いが始まると、それを合図にしたかのように皆が食堂に集まり始めた。
今日は早くから外出しなくてはならないらしい黒江さんが、いつものように 遅れてやってきた彼らに雷を飛ばしている。虫の居所まで悪い。
ちゃんと謝れる子、表情に反抗が浮き出る子、そして、恐らく彼女の悪口を言い合っている子たち。
黒江さんはもともと本当に嫌な性格だったから、昔から此処にいる人が彼女を嫌うのは 無理はないと思ってる。それでも最近は頑張っているみたいに見えるから、いつか黒江さんが、私達と笑顔で過ごせる日が来るといいなあって、板挟みな心境だったりもして。
因みに、私はあまり 具体的かつ個人的に怒られた記憶がない。
「幼稚園児組は、今日も家にいるのか?」
彼らを横目に、俊也おにいさんが水を飲みながら、3人に訊ねた。
「私は絵でも描いてるつもり。」
「僕は公民館の図書室に行くよ。まだまだ日本語の勉強が必要だからな。」
「えーっ、じゃあ陽菜は 奈苗ちゃんのお絵描き見てる!」
絵って、昨日描いてた男の子の続きだろうか。
ていうかダニエルはもう十分だと思う。
「そうか。じゃあダニエル、お前は 俺達高校受験組と公民館に行くぞ。」
「別に構わない」
相変わらずぶっきらぼうだ。
「そんじゃ、知美は?」
「へっ?!……あ、えっと、学校を休んじゃった分の宿題とか片付けて、本を読んで…………此処に、いる。家にいる。」
「そう。」
いきなり私にも質問が振られたから、挙動不審になってしまった。最後には思わず語気も強まって、恥ずかしい。地震が怖いというのもあるから余計だ。
「宿題頑張れよ。」
「う、うん。」
答えながら俯いたから 彼の表情は見えないけど、ここ最近で女の子に対する口調が優しくなった気がする。
―――そういえば、俊也おにいさんって、どうして此処で暮らすようになったんだっけ?私が来たときにはもういたっけ?
理由は後ででも、他の人がいないときにしよう。と、いつからいるのかだけ訊こうとして 口を開きかけたのだけど、鈴木さんたちが声を上げて朝食の配膳を始めてしまい タイミングを失って、最終的には何を訊くつもりだったのかも忘れてしまった。
こんなことばっかりだ。
忘れたいことだけ忘れられたら、覚えていたいことだけをずっと覚えていられたら。
どんなに気が楽で、前向きに生きられるだろう。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81