コメディ・ライト小説(新)

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COSMOS【無期限更新停止・親記事にてお知らせ有】
日時: 2018/12/27 00:44
名前: Garnet (ID: lQjP23yG)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10581


 こんにちは、Garnetです。クリック・閲覧、ありがとうございます。

□このスレッドは未完結作品であり、今後の更新は無期限で見合わせていること
□最低限以上の物語の構成力を求める方にはおすすめできないこと

 をご理解ください。
 それでも読みたい、と言ってくださる方は、ありがとうございます。もくじから閲覧、またはスレッドから直接どうぞ。



まえがき 兼 お知らせ

 カキコにたどり着いてから、もう何年が経ったのでしょうか。記憶力があやしいもので……。
 おそらく、このスレッドは初めてGarnetとして立てたものです。衝動的にプロローグ(真っ暗で、何も ~ 見つけ出します のやつです)をダダダダッと書いたのは覚えています。とりあえず短いのを一本書いてみるか、というノリでした。
 当時、自分なりの癒しのひとつを探した仮の結果が『COSMOS』の執筆という形になったのでしょう。しかし、今読み返すとひどいものです。まず物語の構成がなっていない。「あなたは何を書きたかったの?」と、過去の自分に問いただしたいくらいに。この物語のために、貴重な時間を割いて読んでくださった方には、とてもとても申し訳なくてたまらないです。登場人物への愛情も、薄いものでした。
 昔の自分に言いたいこと。やめてほしかったこと、逆に、してほしかったこと。山ほどありますが、書き出したところでどうにかなるわけではありません。
 黒歴史、と言いきり、管理人さんに削除依頼を出せば、少なくともわたし自身はすっきりします。でも、それはどうしても躊躇われました。もし自分が、この作品を好きだと言ってくれる読者の立場だったら。応援してくれていた方の立場であったら。そう考えたとき、何もなかったことにはできないなと思ったのです。Garnetという存在の、原点でもありますし。
 書く側にとっても読む側にとってもベストなのは、きっと、きちんと作品が書き上がり、物語が終わりを迎えることです。それがここではできなくなってしまった。ならばできることは何かと考えて、ひとまずスレッドにはロックを掛けず、そのままにしておく、という選択に至りました。
 もしかしたら、気が変わって、ある日突然削除しているかもしれませんし、執筆を再開して、完結させているかもしれません。
 この考えをだれかに押し付ける気はありません。あくまでも、ひとつの、わたしのやり方として受け取っていただけたらいいなと思います。
 本作の番外編やスピンオフ作品の扱いについては、追々、ゆっくりと決めていく予定です。

 
 これまで、この作品をすこしでも読んでくださった方、アドバイスやコメントをくださった方、応援してくださったり、大会のとき、投票してくださった方々に感謝を込めて。
 改めて、ありがとうございました。







真っ暗で、何も見えない。
何も聴こえない。

自分が何者かも、わからない。

でも、
貴方のことは
ちゃんと憶えている…

碧い瞳

真白な肌

琥珀みたいな髪

長い睫

細い指

クリスタルみたいに、透きとおった声。


すべてが
自分を包み込む。

でも、空しく その記憶さえも風化していく…

名前…
なんだったっけ?


次に目を覚ましたときも

必ず貴方を

見つけ出します―――――――






(2017/8/14)新板へのスレ移動が完了しました。

(2015/4/6)URL欄に プロフィールのURLを貼り付けました。
一部を除き、各スレッドのURLを整理してあります。


【もくじ(新)】>>163

【もくじ(旧)】>>160


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@cosmosNHTR(こちらは「Garnet」の名前で。更新のお知らせなど、創作関連メインで動かしています)
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念のため、養護施設や乳児院、児童とその保護者についての法律関連のことや実例などは調べさせていただいたりしましたが、すべて正確にこの世界に写しとることは不可能と判断したため、本作ではこのような設定や物語の形をとらせていただきました。
違和感、不快感などありましたら申し訳ございません。
 
 
 

Re: COSMOS ( No.397 )
日時: 2016/04/03 01:57
名前: Garnet (ID: 7kpbMYSn)

 




結局、塾は続けることにした。
中学受験するかどうかは、また後からゆっくり考えればいいと、お父さんもお母さんも言ってくれたし、何より、受験をしなくても 自分の力にはなるだろうって思ったから。

そんなこんなで、風邪もすっかり完治して、再び日常が戻ってきた頃。

「ただいま。」

11月1日、月曜日。
知美が、1週間ぶりに登校してきた。
8時前の、薄暗い教室に。

1組に誰も来ないものだから、つい、エマの居る隣の2組に行って、教室後ろのドアの近くで話していたんだけど……。
本当に、久し振りな声だった。
教室にいた誰もが、その声に、はっと目を見開いて 一斉に顔を向ける。
少しの時差を作って、彼等がぱたぱたと彼女の方に駆けていった。
大丈夫?待ってたよ、とか、皆もそれなりに声をかけているけど、知美は、無理して笑っていた。
笑顔の奥には悲しみが覗いていた。

開け放されたドアの レールを越えずに、廊下に立っていた。

「……と、と、と、トモぉ〜っ!!」

エマが大声を上げながら、廊下を猛ダッシュしていく。
そして間もなく、目を真ん丸にする知美に抱き付いた。

僕も、ゆっくり、ふたりの元へ歩いていく。

「エマごめんね、心配かけて……もう、大丈夫だから。」
「ほんとに、心配したんだよ!
 …あ、右手、どうしたの?その包帯。」
「うん……水曜日くらいだったかな、荷物運ぶの手伝ってたら、転んじゃって。
 傷は浅いんだけど。」

エマがそっと握った知美の右手には、巻き直したばかりらしい包帯が 上着の奥から覗いていた。

「あ、翔くん。」

と、此処で漸く僕の存在に気付いたらしく、前のめりになっていた通学帽を後ろに引っ張って 彼女が近付いてきた。

「知美。おかえり。」
「ただいま。」
「週末にエマから電話が掛かってきたの、吃驚しすぎて飛び上がるかと思った。」
「そんなに〜?」

おどけるように、また笑ってる。

「だって、それくらい酷かったってことだろ?」
「あ〜、うん。
 地域の人から聞いた限りだけど、家が壊れたり、液状化っていうのが起きたりしたらしくて……。
 復興は、年単位で掛かるんじゃないかって言ってた。」
「そう…。」

そのあと、また 昼休みと放課後に改めて話を聞くことになったんだけど……やっぱり、あの地震で、おじさんたちは怪我をしてしまった。
交通機関は復旧したけれど、電車に乗るには危険な道を通らなければいけないらしく、同伴してくれそうな大人も忙しさで中々見付からなかったんだとか。
それで、帰るまでの間、避難所の手伝いなんかをしていたそうだ。

「荷物は持って帰ってこれたし、松井さんの奥さんが交通費を負担してくれたの。
 でも、何か、もう……申し訳なくて…。」
「知美……」
「今回の件は、保留って形にはなってるけど、落ちついたら、断るつもりでいるの。
 私を見る度に 松井さんやお姉さん達が辛い思いをしてしまうのは、嫌だから。」

本当に、それでいいの?
そう言いかけたとき、知美の後ろから 誰かが叫びながら走ってきた。

「知美〜っ!」

ほっそりした、髪の短い女の子。
ランドセルの横にぶら下がっている給食袋には"夏村"と書いてあった。

「レイ!」
「知美、帰ってきたのか!ずっと待ってたんだぞ!」

何だか口調がボーイッシュだ。
それに、いつの間に、そんな友だちを作っていたなんて……。

「あ、右手に包帯が……」
「ああ、大したことじゃないから。」

同じことを訊かれているものだから、思わず笑いそうになってしまった。
きっと、麻衣が来たら質問攻めだ。そろそろ学校に来るはず。

普段通り、世間話に花が咲き始めたのを見ながら、それとなく3人に声をかけた。

「じゃあ、そろそろ席に着いてた方が良いだろうし、僕は1組に戻るよ。」
「うん、ありがと、翔くん。」
「昼休み、トモと麻衣とでまた話すから、2組に来てね。」
「わかった。」

夏村さんには軽くアイコンタクトを送る程度に、3人の横を通り抜けて、廊下を歩き始めた。
気づけば、さっきより人通りが随分増えている。
当たり前だけど、確実に時は流れているんだ。

まだ、辛い道のりを行く人々は多いのかもしれない。
でも、いつか、きっと……。

「翔くん。」
「ん?」

大好きな声に、歩みを止めて振り返る。

「1歩、踏み出せた?」

少し遠いその言葉には、驚いてしまったけど。

「うん。まだまだ、はじめの1歩だけどね。」

そう言って微笑んでみせれば、彼女は、そっとドアに指を掛けて"1歩"踏み出した。

まだ、蕾さえ、僕等には見えないけれど。
いつか、枝の先の小さなふくらみは、花開く時が来るんだろうか。
僕は、そう遠くない未来を、信じてみようと思う。
信じていたいと思う。

揺れる声の流れに、ちっぽけな願いを織り込んだ。




《『まだ、蕾さえ。』完》
 

Re: COSMOS ( No.398 )
日時: 2016/04/05 21:47
名前: Garnet (ID: ox6XGyyt)

〔知美 9歳秋〜冬〕『サザンカに手を伸ばせ』




「知美ちゃんっ…!」

あの地震から、長くて短い時間が流れて 金曜日になった今日。
もうお昼時だなあという頃、街の駅を出たら、いきなり 待っていた鈴木さんに抱き締められた。
ていうか飛びつかれた。
他にお迎えはいないみたい。

良かった、良かった……と、何度も言葉を漏らしながら、頭を撫でてくれた。
流石に荷物が身体に当たって痛いし 少し離れようとしたんだけど、かたく服の裾を握られて、全く動けなくて。

改札に切符を放り込んだ人達が、不思議そうな顔をして私達を見詰めて通りすぎていく。
けれど、私の格好を見て事情を察したらしく、その目は何処となく温かい気がした。

「痛い……」
「あっ、ごめんね!右手の怪我は、大丈夫?」
「平気だよ。」

そうそう、怪我のことは、松井邸の電話で話してたんだ。

そんなことより、何日もお風呂に入れていないから、臭いんじゃないかって離れたかったんだけどね。
服は幸い予備のがあったから、今日それに着替えて帰ってきた。

何となく言葉が出てこなくて、彼女の瞳をじっと見つめていたら、みるみるうちに輝きが揺らいで、狭い頬に雫が溢れた。

「ご、ごめんなさい……」
「嫌ね、謝らなくて良いのに。」
「でも…」

鈴木さんは、首を振りながら涙を拭った。

「昔のことを思い出しちゃっただけだから……謝らないで。
 無事に帰ってこられて、ほんとに良かったわ。お帰りなさい。」

こんな擦り傷よりも もっと深い傷が覗いたような気がした。
でも、そんなことは無かったことのように、幼い笑顔で もう一度髪を撫でてくれた。優しく、やさしく。

「車で奈苗ちゃんと清水さんがまってるから、行きましょ。」
「え?奈苗ちゃん来てるの?」
「ああ……ちょっと風邪気味でね。
 此方に来る前に病院に行ってたのよ。その流れでね。
 あ、荷物、持つわ。」
「うんっ。」

あんまり人と手を繋ぐのって好きじゃないし、こんな歳だから恥ずかしい、って思いもあったけど、このときだけは、無意識に 左手で宙を探っていた。
そしてまた彼女も、最初から解っていたように、触れ合ったその手を優しくとってくれた。

出会ったときからずっと、私たちは、パズルみたいに心の端と端がぴったり填まる。
でも お互いに、深いところには入り込まない。
それは決して、鈴木さんがそういう仕事をしてるからだとか、そういうことじゃなくて。

「ねえ、家に帰ったら何したい?知美ちゃん。」
「……うーん、お腹いっぱい、ご飯を食べたい!
 ねえ、晩ご飯か明日の朝ごはんでいいから、またスコッチブロス作って?」
「ふふっ、そう言うと思って、もうたっぷり作ってあるわよ。」
「ほんと?!」

まるで親子みたいに歩いたこの瞬間は、きっと、奈苗ちゃんのお祖母ちゃんが居なかったら…絶対来なかったと思う。
もし、彼女と出会わなかったとしたら、彼女の言葉を信じていなかったら。あんな不安な思いも 痛い思いもしなかった代わりに、ずっとずっと、狭い世界に閉じ込められた儘だった。

「あ、でも、その前にお風呂入りたいな。」
「そうよね。」

Re: COSMOS ( No.399 )
日時: 2016/04/09 16:57
名前: Garnet (ID: GlabL33E)




帰ってすぐ お風呂に入って、お日様の匂いがする服に着替えた。
重たかった身体はさらさらと軽くなって、開放感が気持ちいい。
洗い物を詰め込んだ洗濯機は、頑固な汚れに 大きく音を立て、忙しげに波を乱していた。

お風呂場の窓から 淡い陽の光が差し込んで、並んだタイルを照らしている。
不思議な感覚に、足がふわふわしてしまう。

「知美ちゃん、もう出たの?」

戸の向こうから突然声が聞こえてきて、はっと現実世界に帰る。

真っ昼間、皆は学校とかに行っている中で 今私に声を掛けてくるような人は、奈苗ちゃんしかいない。
湿ったバスタオルで長い髪を拭きながら、ほんとに帰ってきたんだなあって、実感した。

「思ったより汚れてなかったし、ていうか もうお腹空いちゃって。」
「あはは、そうだよね。」
「……あ、もう着替え終わったし、開けていいよ。」
「わかった〜。」

髪の毛乾かすの、めんどくさいなあ。
そう思っていたら、少し間があって、彼女が戸を開けた。

その小さな両手に、ヘアブラシを構えて。

「少し、やってみたいの。」







お母さんを思い出してしまいそうになったひとときだった。

バスタオルを畳んで、ふわふわ、髪を挟んで拭いてくれる感触とか、わさわさ、風を取り込ませる細い指とか。

「すごく、綺麗な髪をしてる。」

粗いブラシを掛けながら、風の向こうで彼女は言った。

いつだったっけ。
ずーっとずーっと、ずっと前。
まだ、お父さんもお母さんも笑っていた頃。
お父さんが、知美はお母さん似だなって、言っていた。

「私は、綺麗でも何でもないよ。
 私は、綺麗なんかじゃない。
 奈苗ちゃんの全部が、ほんとは、ほんとは……羨ましいの。」

掻き消される、小さなちいさな独り言は、彼女には届きもしなかった。
雨に冷たくなってやってきた私とは、天と地ほどの差があるほど、奈苗ちゃんは綺麗だから。

初めて出会った日のことは、子供ながらに 強烈に心の奥に焼き付いている。

静かな春の日の朝、玄関先に、新品の篭が置いてあって、ふわふわな布の隙間に、小さな寝顔が見えたこと。
その隣には、白い包みと封筒が挟まれていたこと。
近づいて、本当に赤ちゃんなのか、確かめようとしたとき……金色の光が、優しく敷き詰められた雲の間から 降り注いできた。
初めて見た、赤毛は、光を浴びて 天使のように、金に輝いて、彼女もまた、眠りながら少し笑っていたような気がした。

「……やっぱり、何でもできちゃうんだね、奈苗ちゃんは。」
「え?」

随分軽くなった髪が、鏡のなかで時折ふわりと舞い上がる。

「…ああ、これはね、お姉ちゃんにやったことがあるからなの。」
「へえ…………って、そんな昔にも ドライヤーってあったの?!」
「あるよ〜。これより、もっともっと重いけど。」

彼女はくすくす笑いながら、スイッチを冷風に切り換えて、まだ湿っている毛先を手にとって、乾かし始めた。

「まあ、やったことがあるって言っても、ドライヤーはお父さんかお母さんに持ってもらって、私はブラシを掛けたりしてるだけ。
 小さい頃からおかっぱ頭にされていた私には、あんな長い髪は、憧れ以外の何物でもなかったから。」
「そっかあ。
 あ、だから奈苗ちゃん、ずーっと伸ばしてたかと思ったら、急にバッサリ切ったりするの?」
「それもあるかもね。」

また、後ろから微笑む声が聞こえる。

まさに訊いた通り、彼女はときどき、腰まで届きそうになった髪を 蘭ちゃん位に短くしたりするんだ。
でも、言うまでもなく、奈苗ちゃんは可愛いし、何をしても似合っちゃう。私は、ショートは似合わない。絶対。

そう、思ってため息をつこうとしたとき。
はい、おしまい。という彼女の声とともに、辺りに静けさが戻ってきたから、慌てて感情を呑み込んだ。
洗濯機は、まだまだ回り続けている。

Re: COSMOS ( No.400 )
日時: 2016/04/10 21:12
名前: Garnet (ID: GlabL33E)

「じゃあ行こうか。
 ご飯、もう出来たってよ。」
「うん。」

すっかり髪も乾いたし、お風呂場をあとにして、お昼ご飯を食べることにした。
時刻は丁度13時。

ぺたぺたと裸足で歩いていって 食堂に入ると、清水さんが キッチン寄りのテーブルに座って、赤ちゃんにミルクをあげていた。
隣で鈴木さんに声を掛けてもらいながら、強張り気味の表情で。
もう首も据わってきたし、そんなに緊張しなくても良いのよ。と、彼女は言うけれど、清水さんはいつも通り 何処か危なっかしい。

「清水さん、よくここで働いてられるよね。」

思わず、思ったことをそのまま口に出してしまう。

「……でも、彼女は頑張ってるよ…頑張ってるよ。」
「奈苗ちゃん。」

そっと俯くと、茶髪が肩を越えてふわりと揺れた。
何かあったのかと思ったけど、それはたったの一瞬で、さっと顔を上げて、3人のもとへ走っていった。

「あみちゃん、もうすぐ離乳食になるんでしょ?」
「そうよ。だから、彼女にも少し位はやってみて欲しくて。
 赤ちゃんの頃から此処に居る子って、そうそういないもの。」
「へえ……」
「鈴木さんっ、そんなこと言って、余計なプレッシャー掛けないでくださいよ〜。」

あの日のように、また、窓の向こうから太陽の光が降り注いできた。
陰っていた部屋が一気に明るくなって、抱き抱えられている小さないのちのほっぺたが、柔らかく輝いている。

「あら、プレッシャーなんて掛けてるつもり無いわよ。
 ただ、黒江さんも、私も、ずっと此処にいるわけにはいかないでしょう?
 この施設の未来を背負って立つのは、あなたなのよ。」
「確かにそうですけど……って、そういうのを、プレッシャー掛けてるって言うんです!」

普段は物静かな清水さんが、顔を赤くして小さく叫んだ。

「恵理さん、大人げなーい。」
「もう、二人して何よ〜。
 酷いわよね〜?あみちゃん。」

形の良い指が、あみちゃんのちっちゃな頬に触れた。
けれど、彼女もまた、ふたりの肩をもつように笑っていた。

そんな笑顔を見て、3人は笑い始める。
まるで、天使達の静かな戯れを見ているみたい。

他人の幸せの中に、私はどうしても飛び込みにいけない。
微笑む皆を見ているだけで、充分幸せなんだもん。
すくむ脚で転んだり ぎこちなく笑っている位なら、遠くで大人しくしているほうが、傷つくこともないし……。
だから、松井さんのことだって、退こうとしている。

もう、蘭ちゃんたちみたいに、高校を出るまで此処にいようかな。
そう考えながら、止まっていた足を進め始めたら、3人が一斉に私のほうを振り向いた。
こんなときにも、一番に声をかけてくれるのは。

「知美ちゃん、ご飯、食べよっか。」

やっぱり鈴木さんだった。

Re: COSMOS ( No.401 )
日時: 2016/04/18 22:31
名前: Garnet (ID: fE.voQXi)






「……はい、…はい、分かりました。
 いいえ、まずは御体の方を……いえ、此方こそありがとうございました。
 追ってまた連絡致します。
 ……はい、失礼します。」

廊下の奥の方から、電話している声が聞こえてくる。

お昼ご飯の途中で 幼稚園組の子供達を迎えに席を立った鈴木さんが帰ってくると、他のこどもたちが帰ってくるまでの間"お泊まり"のことを話すことになった。
リビングのソファに向かい合って座り、向こうにいたときのことを話したりしていたら、電話が掛かってきた。
それは松井さんの奥さんからで、無事に私が帰ってこられたか、心配して掛けてきたらしい。

「おまたせ、知美ちゃん。」

電話の声が止んで間もなく、鈴木さんが帰ってきた。
また同じように ソファにぽふ、と腰掛ける。

色素の薄い髪がそっと浮かんで、幼い顔立ちが優しくほどけた。
大人になったりこどもになったり。すごいなあ。

「松井のおじさん、回復は順調みたいよ。
 娘さんたちと奥さんも、まちの復興に向けて動き出したって。」
「よかった……。」

会社のことは詳しく知らないんだけど、松井さんは可也偉い人みたいで、彼が勤務している会社にとっては、無くてはならない存在。
そのこともあるし、何よりも、彼には早く あの笑顔が戻ってほしかった。

小学5年生と中学1年生のお姉さんも、怪我は 少し擦りむいた程度で、今は 元気にやっているそう。

ズボンのポケットから取り出した 手のひらサイズメモ帳へ何かをさらっと記す彼女。
それを見ていたら、何も言えなくなってしまった。

「今回の件は、あちら側が落ち着くまで、保留って形になったわ。
 知美ちゃんも…色々、考えてしまうことは多いと思うけど、焦ったり、自分を責めたりはしなくていいのよ。」

俯きながら、巻き直された右手の包帯に触れてみる。

「……はい。」
「今の時点では、どう考えてる?」
「まだよくわからない。」
「そう…。」

嘘。
わかってる。

「私が知美ちゃんだったら、きっと、何も考えられずに投げ出しちゃうんだろうな……。
 ちゃんと向き合おうとしてる知美ちゃんは、偉いと思うわよ。」

その言葉に、溢れていきそうになる涙を抑えながら顔を上げると、彼女も困ったように微笑んでいた。
背を丸めて、腕を膝に乗せながら指を絡ませている。

「私……、小さい頃に、大切な人を亡くしたの。あれは多分、大きな…事故だったのね。」
「大切な、人?」
「そう。
 でも…あの頃の私には"死"がどういうことか、何も解らなかった。」

私にも解らない。
きっと、痛くて、怖くて、苦しくて、悲しいと思う。
それが すべての人に当てはまるのかはわからないし、中にはそれを承知したうえで"死にたい"と思う人もいるんじゃないかな。
私だって、このまま消えてしまいたい、と思ったことは、何度もあるから。

「彼の職場の人や友人は、どうしてアイツに限って……って、ほんとに悔しそうにしていて。
 でもね、私、何で皆悲しんでいるんだろうって、不思議だった。
 だって、あの人はちゃんと、目の前にいたんだもの。お葬式が終わってから、皆、彼の顔を見ていたもの。」

蝋燭が揺れて、お線香の蒼い煙が立ち上る、静かな場所。

「そこらじゅう、涙のにおいで一杯なのに。あの人は、優しい顔をして眠ってたのよ?
 彼はちゃんと、其処に居るのに、心は其処には無いんだと、大人たちは言うの。
 おかしいわよね。
 だからもう、意味わかんなくなっちゃって、外に飛び出してったのよ。
 きっと、あの頃の私は、いなくなった彼の心を探そうとしてたのかな。」

頭で何も考えようとしなかった。考えたくなかったの。彼女はそう言って、綺麗な両手で顔を覆った。

「……もう、何言ってるのかしら、私。」
「良いよ、鈴木さん。話したいだけ、話してほしい。」

でも、駄目よ、と言うように 彼女は首を横に振る。
姪の筈の奈苗ちゃんには似付かない、黄みの強い茶髪がさらさらと揺れた。

言ってしまいたくなった。
あなたの過去を、少しだけ覗き見したことがあるんだと。
言えるわけもなかった。
私は、雨の降り続けるその領域には、足を踏み入れる勇気がなかったから。

「初めて、知美が此処に来たとき、お姉さんは、知美の話、いっぱいいっぱい、聞いてくれたでしょう。
 今度は、知美がお姉さんの話を聞く番だよ。」

"お姉さん"
私が鈴木さんを初めて見たとき、彼女をそう呼んだ。
この思いが少しでも届いてほしくて、私はもう一度、あの日の私になった。
もう一度。

今の彼女は、こども。
心だけが正直に、幼い頃に逆戻りしている。

私は、蘭ちゃんみたいに大人なわけでもないし、陽菜ちゃんみたいに心が綺麗なわけでも、奈苗ちゃんみたいに頭がいいわけでもない。
そんな私が、せめてもの思いでできることは、これくらいしかないもの。

鈴木さんは、じっ、と見詰めてくる私を 涙を拭いながら見詰め返してきた。

「ごめんなさい……じゃあ、少しだけ、いい?」
「いいよ。」
「皆には、内緒にしてくれる?」
「うん。」


彼女には、母親と父親と、姉がいた。
並んでいれば普通の家族。
互いに想い合う、普通の家族。
彼女は、父親のことが大好きだった。
思いやりがあって、背の高い、温かい眼差しの父親が大好きだった。
でも父親は、彼女が幼い頃、何らかの理由で、亡くなってしまった。
それは突然のこと。
行ってきますと、彼女にそっくりな笑顔で家族に告げ、背を向けたきり、もう彼は。


「あんなに…あんなに優しくて、かっこよくて、大好きだったのに。
 今でも、色んなこと、後悔してるの。
 あの人達の元に、うまれてしまったことさえも。」

みんな、愛されてる。
私は、誰にも愛されずに、親の手を離れてしまった。そう思ってしまった。

太陽の眩しい光は、もう、家の中には入ってこない。
窓ガラスにくっきりと浮かび上がっていた砂埃は、殆ど見えなくなってしまった。

「話が全然纏まってなくて、ごめんね。
 つまり、何が言いたいかって、知美ちゃんは本当に、えらいなって。我慢しすぎてないかなって。」
「鈴木さん……」

我慢っていう概念が、そもそも見つからない。
我慢を我慢と思ってないかもしれない。
暗い部屋の中で、空腹や寒さに耐えていたことはあるけれど。
あんなのは、我慢なんて次元じゃない。

「だから、その、知美ちゃん。」
「……は、はいっ。」
「無理だけは、しないでね。
 時間はたっくさん、あるから、ゆっくり、ゆっくり、一緒に考えていきましょ。」
「はい。」

ほんとにごめんね、ありがとう。
彼女はそう言って、手を伸ばし、私の頭に優しく 乗せてきた。

この真っ透明な瞳の色を、私は一生、忘れられないと思う。

「私は、知美ちゃんのこと、大好きだから。」


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