複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- ジャンヌ・ダルクの晩餐
- 日時: 2020/09/22 17:50
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ボンジュール!マルキ・ド・サドです。
自分のことはサド侯爵、またはサドちゃんとお呼びくださいwwww
こんな私ですがどうぞよろしくお願いします!後お見知りおきを。
私はこれから名前に恥じぬようなダークな小説を書こうと思います。
コメントやアドバイスは大いに感謝です。
悪口、荒らし、嫌み、不正な工作などは絶対にやめてください。
私は小説が不器用なので全く恐くないと思いますがこの文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るを(人を不快にさせるのが一番嫌いなので)
タイトルに『ジャンヌ・ダルク』とありますが物語の舞台は近未来の日本です。
【お知らせ】
小説カキコ大会2016年夏では銀賞を受賞させていただきました!
更に2018年夏の大会では銅賞を受賞!
これも皆様の温かいエールの賜物です!本当にありがとうございました!
・・・・・・お客様・・・・・・
銀竹様
風死様
藤尾F藤子様
ふわり様
- Re: ジャンヌ・ダルクの晩餐 ( No.275 )
- 日時: 2020/10/18 18:07
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
「周に敗北を喫し、為す術さえも失った最中、偶然にもあの男にはめられたお前の存在を知り、どうしても対面したくなった。最初は期待などしていなかったが、お前の顔を初めて目にした時、味わった事もない不思議な気持ちが胸の奥底から込み上げてきた。探していた望みを見つけ出したと例えるべきか・・・・・・この少女なら、私の永遠の悩みを解決してくれるのだと・・・・・・」
「意味がよく分からないわ。つまり、何が言いたいの?」
全貌を明らかにする瞬間を前にファントムは初めて人間らしさのある面持ちを露にし
「私がお前に事件に関わったクラスメイトへの復讐を促した理由、全てはお前を周の隠れ家に導くためだったのだ。あの隠れ家は破邪の結界が張られていたが故に私は近寄れなかった。そのために結界の影響を受けないただの人間であるお前を向かわせる必要があった」
香織は納得せず、それでも尚、理解に苦しんで余った疑問について指摘する。
「それと私の復讐に関係が?」
「試したのだ。お前が私の下した試練に忠実に従い、思い通りに動いてくれるかをな。ほとんど神頼みであったが、成果は期待通りだった」
「マジか。香織の事、ずっと利用していたんだ・・・・・・」
姫川は聞こえないように子声で囁いたが、魔物の耳は誤魔化せなかった。妖々しい紫色の瞳に睨まれ、怖気づく。
「ようやく、はっきりしたわ。今までの事は全部、私を周の隠れ家に導くための計画だったのね」
香織は騙された感覚に複雑な気分にさせられたが、怒りまでは募らせず、普段の振る舞いで堂々と言った。
「本来の目的を隠していたのだ。半分は騙していたと言っても、過言ではあるまい。気を害したか?」
ファントムは反省のこもった口調で香織の反応を窺う。次々と表れる人間的な人格に対し
「ううん、怒ってないわ。例え、操り人形にされていたとしても、あなたが檻から逃がしてくれたお陰で詩織を殺した奴らに復讐できたし・・・・・・それにこんなにも心強い仲間にだって出会えた。むしろ、感謝したいくらいよ」
「どこまでも優しいのだな・・・・・・お前という人柄は・・・・・・」
細やかで柔らかい答えにファントムは良心の呵責に苛まれながらも安堵の意を示した。香織の笑顔に釣られて、魔物の男も破顔する。
「お前は幾度となく命を懸け、私達に返し切れない恩を与えてくれた。ならば、今度は私が報いを返す番・・・・・・が、その前に成すべき事がある。まずはその一件を終わらせてはもらえないだろうか?」
ファントムは香織を視野から外すと、実娘と告げた透子に切ない表情を向けた。
「会いたかったぞ。我が娘よ・・・・・・」
「あなたが・・・・・・私のお父さん・・・・・・?」
透子は父親を名乗るファントムを見上げ、聞いた。しかし、抱かれた感情は喜びとは程遠く、まるで初対面のような親しみのない空虚な反応だ。
「変ね。あの子、父親と再会できたのに全然嬉しそうじゃないわ。親の顔すら覚えていないみたい」
「もしかして、透子ちゃんには過去の記憶がないんじゃ・・・・・・」
愛利花と慎一にあってほしくない事が嫌な予感と化す。
「香織。恐縮だが、周の隠れ家で得たであろう例の物を渡してはくれないか?」
「え?え、ええ・・・・・・!」
香織は不器用に肯定し、ポケットに預けていた物をファントムに渡す。
「これが、私がお前の父親である揺るぎない証拠だ」
ファントムは隠れ家の礼拝堂に隠されていた指輪を手の平に置き、透子に差し出す。
「どうして・・・・・・」
透子の無表情に変化が起きる・・・・・・しかし
「どうして、お母さんの指輪を持っているの?あなたは一体・・・・・・」
「しつこいようだが、私がお前の父親だからだ」
「・・・・・・ごめんなさい。真実を話しているつもりかも知れないけど、私はあなたが父親だなんて認められない。ううん、認められるはずがない。だって・・・・・・初めて見る顔だし、初対面の人に急にそんな告白されても素直に"信じます"なんて言えますか?」
透子の答えは父親だけではなく、まわりの期待を裏切る失望的なものだった。母の形見を持ってしても、記憶が呼び起こされる兆しは微塵もない。どちらが正しくて、どちらが誤りなのか?そんな混乱さえも生じてくる。
「やはり、か・・・・・・」
ファントムは端から予想していたように、異変の原因を確信した。
「やはり?娘の記憶喪失に心当たりがあるのか?」
博仁がたった今の発言に食いつく。
「周め。私が透子を連れ去り、逃げる目論みを事前に予期していたのか。記憶の一部を崩壊させる呪いがかけられている。私が裏切った際の保険と言う事か・・・・・・止むを得ん。気が進まないが、"あの方法"に頼るしか道はないようだ」
「何を企んでるの?」
香織が先の展開が読めない怪しい提案に眉をしかめる。
「お前自身が"ファントムになる"のだ」
ファントムは右手に魔力を蓄積させる。集まった黒い煙は形を帯び、漆黒の短剣を生んだ。害を成す存在を認識した瞬間、全員が反射的に身構える。
「待って!彼女に何をするつもり!?」
良からぬ事態に愛利花が迅速に香織を下がらせようとした。
しかし、香織はその場に留まり、肩を引かれようともびくともしない。自身を刺すのだと分かり切っていた凶器を前に発した台詞は
「私がファントムに?」
その一言だけだった。
「そうだ。お前が私の身代わりになれば、私達は救われ全てが丸く収まるのだ」
「遠慮なくお断りさせてもらおう。大切な娘のためだか知らんが、こいつの仲間として、そんな危険極まりない儀式を受けさせるわけにはいかん」
博仁は即座に願い出を退ける。
「俺も同意見です。いくら、自分や透子ちゃんのためだとしても、他人を代償にしていいわけがない」
慎一も言い方が違えど、意味の共通した反対意見を述べた。続いて姫川も冗談混じりに威嚇する。
「この問題にはライフルを手に対応した方がよかったかもな」
「理由だけなら聞いてやろう。何故、香織とあんたの立場が入れ替わる事であんたと透子が救われるんだ?」
博仁が香織の代理になって、理由を聞き出す。
- Re: ジャンヌ・ダルクの晩餐 ( No.276 )
- 日時: 2020/11/01 20:14
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
「儀式を行えば、真実が書き換えられるからだ。私達に降りかかった過去も、化け物として穢れた人生を生かされた過去も全て無となり、最初から香織がファントムだったという事になる」
「う~ん・・・・・・悪いけど意味が分からない」
姫川は困惑するが
「具体的に言えば、あんたがファントムである史実は上書きされ、ファントムの正体は最初から香織だったという事になるわけだ」
一方で博仁は即座に内容を理解した。
「その通りだ。それがせめてもの恩返しであり、私が希望を得るための最後の願いだ。聞き届けてくれるか?」
「耳を貸してはいけません!」
それでも尚、慎一と姫川は異議を覆さない。
「やめた方がいい!こういった契約には必ず大きな代償がある!君の身にどんな後遺症が残るか分かったもんじゃない!」
絶えない反対論を浴びせられる香織。彼女の下した決断は
「別に構わないわ。どうすればファントムになれるの?」
まともな人格なら正気を疑う答えにファントム以外を除く全員の更なる反発を誘った。
「香織!」
愛利花は彼女の名を叫んで、自分達の想いを訴えようとする。
「大丈夫よ。容姿は凄く怪しいけど、この人は悪い人じゃないし、嘘もつかない。十分、信用に値するわ」
「少しは冷静になって、後先の事を想像してみろ。お前がファントムの立場になるって事は、そいつや透子の日常を奪った奴らを本格的に敵に回すって事なんだぞ?」
博仁は危険性を推測し脅しをかけるが、香織が浮かべたのは薄い苦笑だった。
「クラスメイトを葬り、周の隠れを襲撃した時点で既に私達は奴らに宣戦布告をしているのよ?今更、敵が増えたとしても、大した問題にならないわ」
香織は触れられる範囲までファントムの傍に寄り、その手に握られたナイフと切ない表情に順番に視線を送って
「さあ、私をファントムにして。あなたがいたから、今の私がいる。ありがとう・・・・・・どうか、お幸せに」
「香織さん・・・・・・」
透子は心配の意を込め、声をかけるが
「透子ちゃん。これからは人を殺す犯罪組織の人間ではなく、普通の女の子として生きるの。好きな人と離れたくなくても、あなたはここにいるべきではないわ」
「普通の女の子・・・・・・」
香織は伝えるべき事を伝え頷くと、これ以上は何も言わなかった。
「お前は私の救世主・・・・・・いや、敬愛すべき、もう1人の娘そのものだ。礼を送るはこちらの立場。例え、真実が書き換えられても、お前という存在を決して忘れない」
ファントムはナイフを両手でしっかりと握りしめ、刀身の向きを変える。刃先は香織の心臓の位置に定められた。
「儀式を果たすには、この呪印の刃でお前の心臓を貫かねばならない。痛みはあるだろうが、命が絶える事はない。安心していいぞ」
「もし、私がファントムになれば、あなたのような不思議な力を得られるの?」
「どんな影響が出るかは私にも予想できない。だが、誓って約束しよう。この力はこれからお前の前に立ち塞がる苦難の壁を打ち破るのに必ず役に立つだろう」
「それなら尚更、断る理由なんてないわね・・・・・・さあ、やって」
香織は無防備な姿勢で身を委ねる。
「さらばだ。友よ」
「・・・・・・待って!!」
刃先が香織の心臓に達する一歩手前の所で誰かの叫びが儀式を妨害する。メイフライがふらふらと僅かに距離を開けた香織とファントムの間を辿り、透子の元へ体を寄せて跪く。
「お兄ちゃん・・・・・・」
「君がどこかへ行ってしまう前に、どうしても言いたかった。俺の事、1番信頼していたのは君なのに・・・・・・俺はその思いを踏みにじった・・・・・・ごめん・・・・・・本当にごめん!」
懺悔の謝罪を述べ、メイフライは涙を零して何度も謝りながら泣いた。
透子は黙って、いつまでも見つめていた。やがて、彼女の頬を伝った一滴の涙液が滴り落ちた頃、静かに可愛く微笑んだ。
「お兄ちゃんが私に詰め寄った時、どんな事を願っていたのか、すぐに分かった。憎しみなんかじゃなくて、私が悪い人であってほしくないと必死に訴えていた。ありがとう。どんな時でも私を好きでいてくれて・・・・・・これはお兄ちゃんがずっと、強くて優しいままのお兄ちゃんでいられるためのお呪い・・・・・・」
透子は嬉し涙を流してメイフライを抱きしめ、温かい温もりをその身で感じ取る。そして、小声でお礼を囁くと、そっと頬に口づけをした。
「おお・・・・・・こ・・・・・・あん・・・・・・!い・・・・・・あな・・・・・・いえ・・・・・・!」
静流も何かを伝えようとした。透子は喉に傷がある少女に視線を移し替え、同じように明るい表情を向ける。
「静流ちゃんもありがとう。あなたとお友達になれた事はかけがえのない宝物だよ」
「うう・・・・・・ああ・・・・・・!」
別れを惜しむ静流の頭を愛利花が撫で下ろす。
「別れの会は済んだか?」
娘に結ばれた絆を目にしながらもファントムは共感に抗い、儀式の再開を促す。
「ええ、いつでもいいわ・・・・・・でも、その前に・・・・・・1つだけでいい?」
「ん?どうした?」
「あなたの本当の名を教えてくれない?実は初めて会った時から気になっていたのよね」
「私の真の名・・・・・・?ふっ、いいだろう。最後の秘密を教えてやる」
ナイフは香織の胸に浅く食い込んだ。2人の晴れやかな視線が互いに重なり合う。
「私の名は"白木 裕一郎"。邪悪に呪われしファントム・・・・・・だが、これからは平穏を赦された1人の人間だ」
香織は黙って頷く。
「さらばだ。我が救済の礎よ・・・・・・」
ファントムは今後はない別れを告げ、ナイフの先端を胸に突き刺す。肉体を抉られ、本来なら即座に死に至る致命傷の痛みに香織の表情が辛く歪んだ。刃は心臓まで達し、傷の裂け目に魔力が流れ込んで鼓動を脈打つ臓器は徐々に黒ずんでいく。
新たな生贄を選んだナイフは禍々しい魔力の渦を生み、一帯を輝かせる。光の渦に包まれる中、ファントムは"ありがとう"を込められた微笑みを送り、透子と共に蒸発ように消えた。眩い輝きが衰えた頃、刺された痛みは癒え、不思議な心地よさを味わう。
儀式を終え、第二のファントムとなった香織はその場に倒れて意識を失った。
- Re: ジャンヌ・ダルクの晩餐 ( No.277 )
- 日時: 2020/11/22 19:39
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
心臓の痛みで意識が蘇る・・・・・・肉体は浮遊感に包まれ、視界は失明したように暗い・・・・・・体が自由が利かず、鎖の束に縛られている感覚だ・・・・・・
不意に少女の無邪気な笑い声が、気配と共に正面か背後を横切った・・・・・・その声を追う、更なる男の笑い声・・・・・・やがて、男は少女を捕まえ、幸福に満ちた笑声を強めた・・・・・・自分は彼らの正体を知っている・・・・・・でも、姿や名前をどうしても思い出せない・・・・・・だけど、親しい関係を築いていた真実を不思議にも最初から理解していた・・・・・・
今度は知らない女が2人に呼びかけた・・・・・・男は肯定し、少女は"お母さん!"と叫んで女の元へ走った・・・・・・しかし、その足音は途中で止まる・・・・・・やがて、歩みを再開したゆっくりとしたリズムはこちらの方へ向かって来た・・・・・・
その時、温かい手の感触が腹部に触れた・・・・・・
『"ありがとう。ファントムのお姉ちゃん"』
少女はお礼を言って立ち去って行く・・・・・・声は奥へ吸い込まれるように次第に聞こえなくなった・・・・・・静寂の世界に残ったものは、"元気でね"と別れを告げたい想いだけ・・・・・・
常闇が晴れ、ぴくりと目蓋が動いた。瞬きを数回、繰り返した細目は妖々しい紫色の瞳を大きく開く。吐息に等しい唸りと共に上半身を起こすと、香織はベッドの上に横たわっていた事に気づいた。心臓の脈打ちが速い微かな動悸と砂を噛んだような違和感が全身を巡り、気分が悪い。
「私は・・・・・・」
自分自身を指す言葉を呟き、香織は自身の両手を広げてじーっと、眺めた。何かを覚えているつもりだったのだが、思考を張り巡らせても思い出せない。香織は考えるのをやめ、開けたカーテンの隙間から顔を覗かせる。
すると、先に起床してしたメイフライの佇む姿が。1人分、空きが空いたベッドを背に椅子に腰かけながら、頭を垂れていた。香織は沈黙を保ったまま、ベッドを降りて裸足のまま彼に近づく。メイフライは香織の接近に気づいて切ない表情を振り返らせたが、すぐさま元の姿勢を取った。
「メイフライさん・・・・・・」
相手に感情を合わせた口調で話しかける香織。メイフライはため息をつくと、静かに口を開いた。
「変な感じがするんです。ここには俺達しかいないはずなのに、もう1人小さな女の子がいた気がして・・・・・・その子は俺と親しくて、いつもお兄ちゃんお兄ちゃんって懐いていた・・・・・・このベッドにはその子が寝ていたんじゃないかって・・・・・・不思議ですよね?その子は別れを告げてどこか遠くへ行ってしまったような寂しさが心を突いて・・・・・・こんな気持ちは生まれて初めてです」
香織は数分前まで見ていた夢に似た境遇に親近感を覚えた。しかし、その夢の内容は敢えて伝えなかった。こちらの姿を視野に入れてないメイフライの肩にそっと、手を置く。
「本当はいなかったのかも知れないし、いたのかも知れない。でも、その女の子は間違いなく、メイフライさんを愛していたんだと思いますよ。私もここに女の子がいた気がするんです。小さくておっとりした顔をして誰とでも仲良くなれた。一緒に悩んで笑い合った。そんな生活を何日も送ってきたような、あるはずのない記憶が頭の中にあって・・・・・・」
「不思議ですね・・・・・・」
「ええ、不思議です・・・・・・」
メイフライが吐息と共に言って、香織が台詞を合わせる。それ以上は話の会話が見当たらず、しーんとした沈黙が続いた。
「復讐ゲームも、もうすぐ終わりですね。1年も経ってないのに、女子高生だった頃のただのしがない日々がもう何年も前のように感じます」
数分の間を開け、香織が先に新たな会話に持ち込んだ。その怠い口調は疲労に埋もれ、喜ばしさを感じさせない。
「詩織さんの殺害に関与したクラスメイトは3人。そいつらを殺して、後は周の息の根を止めるだけです。やり遂げましょう」
メイフライの意気込みに香織は未だに耐えない復讐心を燃やし
「勝つのは私達。ゲームオーバーを喫するのはあいつらよ」
「香織さんは"ファントム"だから簡単には負けませんよ。それに俺や博仁さん、姫川の戦力が加われば敵なしです」
「頼りにしています。その前にやるべき事を済ませましょう」
「やるべき事?」
メイフライは怪訝な顔を香織に向け、詳細を求めると
「周の隠れ家にいた謎の少女と話をする必要があります。彼女を味方にできるか、説得を試してみたいんです」
書き換えられた日常は新たな真実へと移り変わり、時を刻み進んでいく。創られた史実から追い出された過去は欠片もなく抹消され、影響さえも皆無に等しい。ただ、誰かが1人欠けている既視感を共通させながらも、同じような日々が重なる生活を優雅に過ごしていた。
「静流ちゃん。何してるの?」
2階のベッドで楽しそうに絵を描いている静流に対し、愛利花がひょっこりと顔を出す。喉に傷がある少女は色鉛筆を夢中で動かす手を一旦は止め、笑顔に笑顔を返した。
「あら、上手な絵ね。誰を描いたの?・・・・・・変ね。この絵の子、どこかで会った気がする・・・・・・誰だったかしら?」
「お・・・・・・おこ・・・・・・あん・・・・・・」
静流は絵に描かれた少女と親しい様子で何かを伝えたが、声帯の後遺症のせいで聞き取れなかった。
「怪奇染みていると思いませんか?ここにいる全員が影も形もない女の子の存在を予感しているんですよ?超常現象もここまで来ると、ちょっと恐ろしいですよね・・・・・・」
慎一も異変の話題を用いて横槍を入れる。気味の悪さに口調は震え、微かに発音が不自然だ。すると、扉を隔てて聞き取れる廊下を踏む音が、ちょうどこの部屋の前で止まった。
「来たわね」
誰かの訪れに、これからの行いを察した愛利花の表情が強張る。静流にその場に留まるよう手の仕草で指示を出し、寝室の入り口に黙って向かう。
扉が開くと、最初に博仁が一言もなく入室する。続いて、香織とメイフライも内側へ押し寄せる。赤目の少女に対する生身の包囲網となりながら。
「・・・・・・」
少女の美しくも禍々しい血珀の瞳に姫川は興味本位の視線を逸らしてしまう。不意を利用して先手を打つ気配もなく、心そのものが静寂な水面下に沈んでいるかのように凛としていた。しかし、人とは異なる存在が漂わせる妖気が一室の空間を飲み込み、意思を無視して人間達の警戒心を煽らせる。
「彼女が?」
愛利花の確認に博仁は"ああ"と簡単な肯定を返した。
「尋問に誘ったら、素直に承諾してくれたよ。こりゃ、話し合いも滑らかに進みそうだ。面倒事はさっさと済ませよう」
- Re: ジャンヌ・ダルクの晩餐 ( No.278 )
- 日時: 2020/12/11 20:23
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
博仁は寝室の中心に椅子を用意し、少女を座らせる。幼い静流以外、万が一のために備えて、見えない部位に武器を忍ばせながら。容易な準備が着々と整い、尋問の序章が幕を開けた。
「最初に緊張を解させておいてやる。俺達はあんたを敵としては認識していない。事実、あんたのお陰で香織はあの世行きの列車に乗り遅れたんだからな。だが、反面にあんたが周の重心である事も事実だ。例え、恩人でも危険性がある限り、丁重にもてなすわけにもいかん。これが俺達の組織のやり方なんだ。悪く思うな」
「・・・・・・」
少女は"声が出るのか?"と疑ってしまうほど、口をつぐんで前説を聞き届ける。
「人外の取り調べなんて前代未聞だな。質問に迷うが、まずは簡単な内容に答えてもらおうか?より関わりやすくなるように、まずはあんたの名前を教えてくれ」
「・・・・・・」
少女は唇を開かず、一向に喋ろうとはしない。
「どうした?俺みたいな男はタイプじゃないか?」
品のないジョークに少女は否定も肯定もしなかった。彼女はただ、無表情を保ちながら、香織の方を向き
「ファントムとしか、話す気はない・・・・・・」
とだけ、短く鋭い返事を返した。煩わしい要求に博仁は指の関節でこめかみを浅く殴打しながら
「まあ、同性の方が心を開きやすいか・・・・・・香織、スペシャルゲスト直々のご指名だ。ちゃんと、相手してやれよ?」
博仁が退き、代わりに香織が彼のいた位置につく。妖々しい色をした眼光が対面によって重なり、互いの瞬きが止まる。
「はい、これでどう?私達はあなたの要求を呑んだ。次はこっちの要求に従ってもらう番よ」
香織は威厳のある接し方で尋問を改める。
「あなたは周を裏切り、隠れ家に監禁されていたところを私達に救われた。率直に言うわ。私の復讐に手を貸してもらいたいの。だけど、そのためにはもっと、あなたの事を知る必要がある。本題に入る前に、まずはあなたの事を教えて?」
「・・・・・・仰せのままに」
すると、少女は忠義を示した返事を返し、手に胸を当てた。理由は不明だが、香織を特別視しているのか、彼女に対しては服従しているかのような人格を演じる。
「じゃあ、あなたの名前を聞かせて?私は姫川 香織。周に親友を殺され、復讐の人生に身を落としたファントムよ」
「"私はあなたの"・・・・・・いえ、雨宮 聖(あめみや のえる)と申します」
少女は最初、聞き捨てならない何かを言いかけたが、すぐに取り消して氏名を名乗る。
(のえる?日本人にしては変った名ね。ハーフかしら?)
愛利花は心の中で印象的な名前に、ふと、思った。
「聖・・・・・・いい名前ね。もう1つ教えて?あなたは何者で何故、周を裏切ったの?」
しかし、その問いは禁忌の発言と解釈されたのか、聖の無表情に曇りが表れる。トラウマを否定するように、少女は視線を目前の相手から逸らした。
「大丈夫?どうやら、理不尽な詮索をしてしまったみたいね。嫌なら無理に言わなくてもいいわよ」
「いえ、打ち明けさせて下さい・・・・・・あなたには、私の過去を知ってほしいので・・・・・・」
聖は黙秘する事なく、香織の要望を聞き入れる。
(何故、香織だけに限って、忠誠心を露にするんだ?まるで主人に付き従う執事のようだ)
不思議な方向へ向かっていく展開に博仁も胸に溜まるもやもやを晴らさずにはいられなかった。
「私は・・・・・・元々、人間でもなく、あの男の重臣でもありませんでした。本来の自分は"霊界の使者"であり、神の命で地上界に下しつかわされ、"とある少女"を導く守護者としての使命を課せられていたのです」
「霊界の守護者?」
香織は聖の不可解な台詞の一部を真似て、慎一はその意味を悟った。
「つまり、あなたは"天使"だと・・・・・・?」
聖は肯定も否定もなく、鬱陶しさのある目つきで慎一を睨んだ。そして、すぐさま香織に視線を戻すと改めて過去の告白を続ける。
「しかし、私は少女を守り切れず、死に追いやってしまった。挙句の果てに私も捕らえられ、邪悪な力によって何世紀にも渡って封印されていたのです。更に悲運な事に私にかけられた呪縛を解いたのは、皮肉にもあの男だった・・・・・・」
「周・・・・・・」
誰しも予想がついたであろう的中に聖は悲しげな表情をより一層曇らせ、静かに頷く。
「それでどうなったの?」
「その後、私の魂は自身が死に追いやった少女の体に植え付けられ、穢れた魔力を流し込まれた・・・・・・闇に堕ちた私は絶望の使徒と呼ばれる罪深い殺戮人形の群れを率いる者として、自身の手を数々の大罪で汚しました」
(まるで神話のような話だ。ファントムである香織と人生を共にしてきた今では迷信と受け取る方が難しいけど)
姫川は2人の間に介入せず、大人しく重苦しい記憶を耳にしていた。
「獲物の死に飢えた獣に成り果てても、天使としての自我までは黒く染まる事はありませんでした。罪を重ねる日々に耐えかねた私は贖罪のため、あの悪魔を討とうと決意しました。しかし、陰謀は失敗に終わり捕らえられ、処刑の日が訪れる時まであの忌まわしい牢獄に監禁されていたのです。そこに偶然にもあなた達が現れた事で粛清の歯車は狂った。これが私の辿って来た人生の全てです」
聖は一通り話し終えると、涙液を流さずとも、痛そうな泣き顔を繕う。
- Re: ジャンヌ・ダルクの晩餐 ( No.279 )
- 日時: 2020/12/19 21:33
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
「なるほど、あなたもずっとつらい経験を味わってきたのね。頑張って打ち明けてくれてありがとう」
優雅に微笑んだ香織は素直な礼を述べ
「大丈夫?少し休む?」
「いえ、構いません。次は何をお答えすればいいのでしょうか?」
「あなたがいいのなら、遠慮はしないわ。変な事を聞くようだけど、私が初めてあなたと出会った時、なぜか親しい感覚にかられたの。どこか懐かしくて、まるであなたとはずっと一緒にいたみたいな」
その唐突な発言で、聖に動揺の兆しが浮き出てきたのだ。冷静とは程遠いただならぬ様子を部屋にいる全員が察した。
(そういえば、周の隠れ家で聖と対面した香織さんは"懐かしい"感じがすると言ってたな。それにしても、さっきから妙だ。この2人は確実に親近感を通じ合わせている。接点は見当たらないが・・・・・・)
メイフライも博仁同様に奇妙な関係性に気づき始めていた。
「あなたとは、どこかで会ったかしら?」
香織が動揺につけ込んで聞くと
「・・・・・・私の事、思い出せないでしょうか?」
「いいえ、申し訳ないけど・・・・・・私はあなたを知らないわ。なら、私を知っているあなたは誰?」
「・・・・・・」
聖は無言で肝心な内容を黙秘した。気には留めたくなるも、香織は怪訝な反応をしただけで詮索までは至らなかった。
「言いたくないのね?まあ、黙秘権を与えたのは私だし、それを破ったら不公平なやり取りになっちゃうしね」
「香織」
博仁は呼び名だけで"甘やかすな"を伝えようとするが
「聖は私にしか心を許さない。私達の間に口出ししないで」
香織も厳しく言い放って、呆れて言葉を詰まらせる博仁を睨み返した。
「じゃあ、聖。今から言う事だけにはちゃんと答えを出して?最初に聞いたけど、もう一度繰り返すわ。私の復讐に協力して?一緒に周を討つの」
「私が・・・・・・あなたと・・・・・・?」
「唯一の証人である百合子が死んだ今、周の元に辿り着けるための鍵はあなたの他にいない。お願い。あの男は私のかけがえのない親友を殺し、人生そのものを狂わせた。絶対に生かしてはおけない・・・・・・!」
香織の台詞の語尾に憎悪が滲む。
「俺からも頼む。化け物をいくつも従えてる闇勢力のあいつに挑むには人間の力だけじゃ歯が立たない。目には目を、化け物には化け物にをだ。少しでも、人間の能力を卓越した人材が欲しい」
嫌悪感を抱かれる事を承知で博仁も真剣に願い出る。メイフライも敵の企みを予測し、共闘を促した。
「周はこうしてる間にも、次の悪事に手を染めようとしている頃でしょう。また、多くの犠牲者が出る前にあの男の企みを阻止すべきです」
「それ以前にあいつはお気に入りの隠れ家を荒らされ、処刑されるはずだった君という重要人物をまんまと奪われた。向こうだって、バカじゃない。こっちの陣営が脅威になっている事は、とっくに了解を得ているだろうね。この先、あいつは今まで以上に卑劣な手段を使ってくるよ。正直言って、ただの人間である僕達の戦力だけじゃ、とてもじゃないけど力不足だ。異種族である君の協力があれば、こっちとしてはかなり有利になる」
姫川も冴えた理屈を述べ、説得に加わる。
「お願い。あなたは天使の翼をもぎ取られて、たくさんの罪を犯してきたかも知れない。犯してしまった過ちは消えない。でも、罪は償いによって正す事ができる。かつての自分を取り戻してもう一度、正しい事・・・・・・ううん、やるべき使命を果たすの」
「やるべき使命・・・・・・」
「そう。そして、それを成せるのは私達しかいない。だから、戦いましょう」
聖は自身に対する真剣の眼差しを浴び、何も言わずに一旦、俯いて黙り込む。やがて、決意が固まった表情を繕い、重い唇を開いた。
「いいでしょう。贖罪のため、再び聖戦へと出向きます。ファントム・・・・・・いえ、姫川 香織。今日からあなたが私の主です」
交渉が成立し、強張った香織達の表情が緩んだ。
「決まりだな。その誓いを裏切らないでくれよ?」
博仁が歓迎の意を露にし、こうも続けた。
「さて、俺達の復讐ゲームに新たな仲間がパーティに加わったわけだ。早速、次の標的を地獄に送る計画を立てよう」
速やかに香織達は聖への尋問から、復讐の作戦会議を移る。
「俺は香織さんについて行きますよ。で、次は誰の息の根を止めますか?」
メイフライが抹殺対象について尋ねると
「"荻野 佳奈芽"。次に私の手にかかる哀れな兎よ」
「そいつを消せば、周を含めて残り3人。一気に片をつけましょう」
慎一もやる気に溢れた意気込みで周囲の士気を上げる。
「佳奈芽に関しての情報は収集済みだ。お陰で奴の行動パターンは手に取るように分かる」
博仁の仕事の早さに愛利花は"やるじゃない"と微小な関心を示した。
「ちなみに佳奈芽どんな、たちの悪いいじめっ子だったんですか?」
メイフライが最早、定番となっている質問で詳細を聞き出す。
「佳奈芽ですか?あの女は暴力を振るったりはしませんでしたが、主ないじめは無視や誹謗中傷が大半でした」
「パワハラとシカトって奴か・・・・・・いじめの中でも最も陰湿で凶悪なタイプだね」
いじめ被害の経験がある姫川も怒りでむず痒くなった歯を噛みしめる。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33