宇宙の中で ―HANABI― 秋桜 ◆AxS5kEGmew /作

第十三話
私はのろのろと駐輪場へ向かい、自転車を出した。またがって、ペダルを漕いでいると風が顔に当たって気持ちいい。
今日は、何だか物凄く疲れた。早く帰って、リビングのソファで寝転びたい。
次々と後ろに走っていく景色を眺めていると、目の前に車イスが見えた。そして、そこに乗っている女の子も。
私は自転車を降りた。何だか三好さんが気になって、付けてみる事にしたのだ。三好さんが止まって柿の木を見上げれば、私も止まった。自転車を押しながら忍び足で歩くのは、なかなか難しい。
「付けてくるって、どういう事なん」
三好さんが、不意に言った。私は一瞬口ごもった。
「あ……ゴメン」
何て情けない声だろう。私は真っ赤になって下を向いた。
「別にええけど、佐々木さん、スパイにはなれへんな」
私という事もばれているらしい。三好さんは肩をゆすりながら笑っていた。振り向かないけど、たぶんそうだ。
三好さんはまたゆっくりと車イスを進めた。私は、何故か三好さんともう少し一緒にいたくなり、呼びとめた。
「あのっ、三好さん」
「何?」
面倒くさそうな声だったけど、迷惑そうではなかった。
「三好さんの家って、どこ?」
どうしてこうも、私はアドリブに弱いんだろう。つまらない、全くつまらない事を聞いてしまう。
「あそこ」
三好さんは、沢山のビルティングの中で一層小さく見える、黄色い建物だった。あそこは確か、この街でただ一つの――施設だったはずだ。
「……」
私は自分で聞いたくせに、言葉に詰まってしまった。
「うち、小さい時に両親早く亡くして、大阪の施設に預けられてん。で、ここに引っ越してきたから」
三好さんは、その建物を見つめながら言った。丁度その空に、飛行機が飛んで雲を作った。
「あのさぁ、あの紙入れとんの、あんたらやろ」
三好さんが唐突に言った。私はまた口ごもる。
「なんなん、あれ。やるのも気にくわんけど、やり方はもっと気にくわんな。おっかなびっくりで、腫れ物に触るみたいに。アホとちゃうか。やるんやったら、ちゃんとやってくれな、見とってイライラすんねんけど」
三好さんは一息に言った。やっぱり振り向かない。その背中から、不機嫌さが漂っていた。
三好さんは車イスを動かす。今度は私も呼び止めなかった。
――もう、やめよう――
私はさっきよりも遅く自転車を漕いでいた。
――明日、言おう。陽子たちが止めなくても、私はもう嫌だ――
自信は無かったけれど、心に誓った。

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