宇宙の中で ―HANABI― 秋桜 ◆AxS5kEGmew /作

第二十話
「入院って、退屈でしょ」
気まずい空気が嫌だったので、私は口を開いた。
「別に」
三好さんは、窓の外を眺めながら言った。
丁度、飛行機が雲を出しながら通っていく所だった。
「手術、緊張した?」
「特には」
これでは、会話が続かない。私は小さくため息をついた。
「佐々木さん、ホンマは来たくなかったやろ」
三好さんの口元が、ふっと緩んだ。
否定も肯定もできなかった。
来たくは無かった。でも――会いたかった。
その違いがよく分からなかったから、私は黙った。
「佐々木さん、悪いけどコーヒー買うてきてくれへん。ミルクと砂糖の入ったやつ」
三好さんがお金を出した。
その様子を見ていたら、急に泣きそうになった。
――昼休みの出来事を思いだしたから。
「分かった」
私は泣き顔を見られたくなくて、三好さんの顔を見ずに病室を出ていった。
自動販売機の前で震えていた。
薄暗い廊下は、驚くほど寒かった。かじかんだ手でボタンを押す。
取り出したコーヒーを体にぴったりとくっつけ、暖を取った。
先ほど通った憩いの広場には、もう人は居なかった。
テレビはつけっぱなしで、最近流行りの芸人がトーク番組で下手なギャグを言い、失笑を買っていた。
――ああ、この人はすぐに消えるだろう。
そう思った。
そして、皆の記憶から放り出される。誰も、思い出してくれる人が居なくなる。
何故か私の姿と重なった。
「はい、これ」
三好さんの病室に入ると、暖かくて生き返るようだった。
私はお釣りと共にコーヒーを手渡す。
「ありがとう」
三好さんはコーヒーを開け、確かめるようにゆっくりと飲んだ。
「おいしい」
三好さんはふーっと息を吐き出した。
そして、私の手首に目をやった。
「どうしたん、それ」
私は思わず手首を隠した。下を向く。
「まぁ、言いたくなかったらええけど」
三好さんは、哀れむように言った。それが一層、傷を痛ませた。
「この頃さ・・・・・・変な声が聞こえるんだよね」
言うつもりではなかった事が、口から飛び出した。
「何か、クラスメイトの悪口、みたいな」
三好さんは黙って聞いていた。また、コーヒーの缶に口をつけた。
「でもね、私はそんなの全然思ってないんだよ。なのに、助けて、とか消えろ、とかさ。こういうの、幻聴って言うのかな」
私は笑って見せた。三好さんも笑ってくれることを期待して。
でも、三好さんは笑わなかった。
「それって、佐々木さんの声なんちゃうん」
息が止まった、ような気がした。
「な、何言ってんの・・・・・・私が陽子達の事をそんな風に思ってるわけ・・・・・・」
「うち、萩元さんらの事なんか言うたか」
三好さんは、私を真っ直ぐに見た。
私は目をそらした。
「認めたりぃよ。佐々木さんの心の奥を。それもあんたなんやから」
「ウソだよっ! 私は、こんなに汚れた人なの? そうじゃないでしょ」
息が苦しい。吐き気もしてきた。
「残念ながら、そうなんや。皆な」
「だって・・・・・・私がいるから、いじられ役がいるから、盛り上がるんでしょ。なのに、それが本当の私なの?」
「ほんまの自分なんか、ないで」
三好さんはコーヒーを飲み干した。
缶をゴミ箱に投げ入れる。
「こうして喋ってる佐々木さんも佐々木さんやし、うちに反論してるのも佐々木さんや。でも、他の佐々木さんもおる。その佐々木さんを、あんたは汚れていると言って、押し込めとんのやろ」
私は何も言えなかった。
反論したいのに、できなかった。
「綺麗な自分だけを見つめていこうなんて、世の中そんなに甘うないで」
三好さんは、真剣な瞳で私を見る。
その目を見返すことは、できなかった。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク