宇宙の中で ―HANABI― 秋桜 ◆AxS5kEGmew /作

第十四話
「陽子っ……」
私の声はかすれた。
「私が悪いんじゃない……こいつが、抵抗するから……!」
陽子は血の気の引いた顔で言った。ミヤちゃんと優子は、泣きそうな顔をしている。
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ! 早く……」
私の声は途切れた。陽子達の視線の先を見たからだ。そこには、薄茶色の床を染め上げる――鮮やかな血があった。出所は見なくても分かる。
「ああ……」
私は尻持ちをついた。腰が抜けてしまったのだ。足が震え、立ち上がれない。
「こら、何やってるんだ」
体育の菊田先生が、こっちに向かってきた。すると、さっきまで蒼い顔をし、立ち尽くしていた陽子が
「三好さんが倒れたんです。廊下を見たら、血が出てて……」
スラスラとそのセリフを口に出した。まるで、台本でもあるみたいだ。
その後のことは、よく覚えていない。
「ってかさー、あいつドジだよね」
陽子が自転車を漕ぎながら笑った。三好さんの事を言っているのだ。
「ほんとほんと! 逆らわなかったら良かったのに、バカだよね」
ミヤちゃんが同意する。銀色のハンドルが、ミヤちゃんの白い息で曇った。
「友里も思うでしょ?」
優子がマフラーの中からくぐもった声を出した。
「えっと……」
私は曖昧な笑みを返した。ハンドルに付属しているミラーに、何とも情けない顔が写っている。
「何いい子ちゃんぶってんの。思うでしょ?」
陽子が少し尖った声を出す。
「まぁ、そうだね……」
体の中で、何かが暴れだした。私はそれを必死で押し込める。
「ほんと、バーカ」
その声が、少しだけトーンが変ったと感じたのは、気のせいだろうか。陽子を見ると、コスモス畑を眺めて反対側を向いていたから、表情は分からなかった。
体が熱い――。
――死ね――
目の前が、鮮烈な赤に染まった。トマトの赤、大好きなイチゴの赤、ポストの赤。本当は分かっている。分かっているけど、何の赤なのか口に出せない。
――血の赤だよ。こんな血に、あいつらも染まればいいのに――
やめてくれ。お願いだ、神様――。
目の前が、不意に青くなる。何て悲しい青だろう。
――助けてください。出して、出してよ。あなたしか、私を救えない――
「はぁっはぁっ」
私はベッドから跳ね起きた。全身に汗をかいている。自分が惨めに思えて、泣けてきた。
この頃、こんな夢ばかりだ。懇願の声も聞こえるようになった。直らないのだ。親にだって言えない。
闇に私の嗚咽が響いていた。

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