複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.108 )
日時: 2018/09/18 20:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 時として、時間はあっという間に過ぎてしまう。そもそも、最後の戦いまでの期限が十日も無かった。もう、いくつ寝るとお正月だなんて騒ぎではない。気が付けば、年賀状も書かずしてクリスマスを終えてしまったぐらいに慌ただしい。ただ此度においては、それと比べることもできない程に陰惨としたものが近づいてきているのだが。
 王子はずっとテレビの画面を睨んでいた。朝七時、テレビを見ていると二か月前のことが思い出される。事件が初めに起こり、一か月経って初めてフェアリーテイルが検挙されたころ、報道番組では連日その武功を湛えるように、フェアリーテイル事件が取り上げられていた。
 八月には、事態も少しずつ鎮静化されていた事や、あまり人目を引くトピックと判断されなかったのか、交通事故と同じような扱いで前日の赤ずきんの犠牲者が伝えられる程度。確かに彼女の被害はあまりにも多く、都会に住む人々はいつ自分の目の前に現れるかと戦々恐々だったろうが、それでも結局確立としては交通事故に遭う方が高かっただろう。
 そんなフェアリーテイルの報道が、今になって再びマスコミに取り上げられるようになった原因は、一週間前に琴割が公表したとある情報であった。今月の十五日に、フェアリーテイル事件は必ず収束させる。今までいつ終わるとも明言されなかったこの未曽有の守護神によるテロ行為、それが期限付きで終わると宣告されたために、お茶の間は沸き立ったのだ。
 そもそも、赤ずきんが捕らえられたというだけで、充分世間を安心させるだけのニュースであった。十五日に終戦、という情報を出す以前に、赤ずきんがこれまで出した被害を振り返りながら、心底安堵した表情で検挙を述べるアナウンサーの顔つきには同意を隠し切れない。
 実際面と向かってみた時、クーニャン達以上の絶望感があった。そもそも、そのクーニャンが本気を出してなお勝てない相手という時点で、どちらを恐れるかなど明白なのだが、それでもあの時、桃太郎達によって刻まれた絶望は中々拭えない。

「本当に、ソフィアの名前は出ないんだな」

 リビングに、たった一人。それゆえ何ともなしに王子は極秘の情報を漏らした。残されたフェアリーテイルはたったの二体。そして彼女らは、指定した期日までは確実に動かないと宣言していた。今更そんな宣言をブラフにする必要も無いのだろう。これまでいくら労力を費やしても、捕え切れていないと言う事実が彼女らの自信に繋がっていた。
 そもそも、知君以外にかぐや姫に勘付いている者はおらず、その知君も赤ずきんから聞き出すまではその存在を確信できなかった。とすれば彼女らの余裕は侮っている訳では無い。正直無能と言われても仕方の無いこちらの陣営に対する、正当な評価だ。
 むしろ舐めているような態度をとってこそ、ソフィアの悲願は達成される。彼女の悲願は、当然琴割への復讐であり、その失脚だ。となれば、彼が抑止を振り切って、ジャンヌダルクの力を使わねばならぬ局面を作り出せばよい。
 全力を出さずしてなお、警察には抑えきれない。そのような状況を作り出せば、流石に琴割も出陣せざるを得ない。きっとそれは、国際連合の許可が下りるよりも先になってしまうだろう。
 そうなれば、彼は自分の定めた規則のせいで糾弾されること間違いなし。確かに失脚は心置きなく成功する。確かに開き直った彼ならば、その失脚さえも拒絶できるだろうが、琴割は完璧であること、完全であることを望む。自分が罰則を受けることなく、定めた条約が形骸化してしまうことを恐れるならばきっと、今の地位を放棄することも考えるだろう。
 だからこそ彼は、事件終息後のケアも考えて、星羅ソフィアの名を公表しなかった。ファンの数は当然億をも超える、一国の大統領よりも知名度がある可能性も否定できない歌姫。彼女がこんな事件を引き起こしたとなれば、ショックを受けるファンは多い。彼女自身の殺人は結局ゼロのままとはいえ、その契約相手のシンデレラは初日に数人の警官を屠っている。
 そもそもフェアリーテイルを率いていた事実こそが、大きな影響を与える。赤ずきんに桃太郎、水俣病以上の公害を引き起こした白雪姫など、数え切れぬほどの犠牲を出し続けた一連のテロ活動の首謀者。そこにあの歌姫があったとなっては、混乱は音楽界隈のみに留まらないだろう。
 彼女に関連する商品を展開する企業も多い。CM起用によるイメージの都合もある。経済的にもその衝撃は計り知れないのだ。だからこそ、知君と知君の周りのごく限られた人間においてのみ、この事実は伝えられた。知っている者を一から挙げるとすれば、琴割、その秘書官、第7班の三人に、王子。クーニャンはそもそも知らされていたため、伝える必要は無い。他言の心配は無い。何せ彼女が口を利く相手はそもそも、王子と知君、そして大人だと真凜と琴割に限られるせいだ。
 戦時においては奏白ともコミュニケーションは取れる。しかし他の者はと言えば、知君以上に彼女のことを受け入れきれないでいる。それも当然、中国で傭兵として雇われていた頃には仕事として暗殺までしていたのだから。王子とも、打ち解けるまではかなり時間を要した。
 そしてこれは、琴割しか知り得ない事だが、もう一つだけ理由があった。誰も尋ねようとはしないし、気づこうともしていない。けれども、琴割が知君を眺めるその視線に、自分と似た光が時折見えることに王子は気が付いた。信頼できる一人の人間として見ている中に、僅かばかりの陰りが見える。これまで彼に対して行った数々の仕打ちを、悔い恥じて何とか償わねばと義務感を覚えている。
 これはきっと、琴割なりの罪滅ぼしだ。これまで沢山の物を知君から奪ってきた琴割だ。一つぐらい捧げたいのだろう、彼が欲しいと願うものを。血で繋がった家族というものを。琴割にも事情はある。たとえ遺伝学的にあの男が少年の父であることに違いないとはいえ、少年を息子だとは認知できないのだと吐露していた。
 だからこそ、ソフィアだけは失う訳にはいかない。あの歌姫は母親さえ死ななければ、すなわち自分への憎悪が募らなければ、あんな事は決してしていなかっただろうから。きっと知君は、彼女が琴割を怨むのは琴割のせいでないと理解しており、実際そのように告げてくれることだろう。
 だがそれでも、ようやく知君のことを家族だと、弟だと認知した彼女を奪いたくなかった。勝利の余韻に浸ることなく、姉の投獄という結末を辿る弟の姿など見ていられない。病室で、姉の存在に胸打たれていた彼の事だ。またもや肉親と永劫会うことも能わなくなる姿など見たくなかったのだろう。
 幸いなことに、理由は無いのかもしれないが、まだソフィアは人を殺すまでは至っていないはずだ。シンデレラに脅迫されて無理に従わされていたことにして情報操作すれば、元々の地位も相まってむしろ同情を呼ぶ事が出来る。

「にしてもやっぱり、ソフィアとセイラって似てるよな。シンデレラとも似てるのか?」

 赤ずきんや白雪姫はそれほど似ていなかったが、どうしてだろうかと問いかける。フェアリーテイルはその性質上、絶世の美女や息を呑むほどの美少女が多い。男にしたって精悍な男前や、女に間違える程に整った顔の美青年ばかりだ。特に夏休みに浜辺で出会ったシンドバッドなどは、男である自分さえその魅力に酔いしれかねない程の好青年であった。
 多くの守護神は、かつて生きていた人間の魂が転生したもの。しかしフェアリーテイルは、人間のあこがれや夢が意志を持って守護神となったもの。幻想に憧れた人間が、文句のつけようのない綺麗な顔立ちを夢想するのは、当然の帰結である。

「確かに私とアシュリーは似ていますが、特に理由は無いように思えます。アシュリーと私が似ているのは、ですが。彼女とソフィアさんが似ているのはきっと、契約者だからでしょう。私達はどこか自分と似たような人間と契約するものですから。なので、やっぱり私とソフィアさんが似ているのは偶然ですよ」
「俺とセイラは、確かに境遇が似てたもんな」
「ええ、そうですね」

 それと同じように、アシュリーとソフィアでは容姿が似ていた。強いて言うならば、実の母を失っているところも挙げられるだろうか。しかしシンデレラはその後意地悪な継母が現れたのに対して、アシュリーの父は独身を貫いている。
 何にせよ、人魚姫とソフィアが目の色といい、顔立ちと言い、どことなく似た雰囲気を持っているのは全て、セイラが偶々シンデレラと似ていた、というだけの話だ。

「でも王子君、その話は他の人の前ではしてはいけませんよ」

 ソフィアがシンデレラと契約しているのは、この家では彼しか知らない。というのも王子自身、先日知君から直接伝えられて知ったばかりだ。別段彼から尋ねた訳では無い。むしろ知君が、王子には伝えておこうと帰る道すがら伝えてきたことだ。
 その時、衝撃的なはずの事実を伝えられた王子は、別段驚きこそしなかった。むしろ腑に落ちるところの方が大きかった。ああ、だからあの時自分が異質な存在だと彼女は気が付いたのかと、かつて河川敷でソフィアを捕まえた時のことを思い出した。あの時人魚姫と守護神アクセスしたと分かったのはきっと、彼女自身フェアリーテイルとどのように守護神アクセスをするのか知っていたからなのだろう。
 誰にも言わないでくださいねと、知君は言っていた。当然家族にもだ。セイラの存在を一か月も隠し続けた君だから、口は堅いだろうと彼は信頼していた。事実、そろそろそれを告げられて五日ほど経とうとしているが、家族の前でその事を口にした試しは無い。
 その時、玄関の方から錠前を回す音がした。誰かが帰ってきたようだと察する。父と兄とは、フェアリーテイルが現れないとはいえ、通常業務のために出払っている。洋介はもう引退が確定しているとはいえ、引継ぎは多い。母はただ買い物に行っているだけなので、帰ってきたとすれば母だろうな、そう思っていたのだが、予想に反して家の扉をくぐったのは、額に汗を浮かべて慌ただしくしている太陽だった。

「あれ、兄貴仕事は?」
「早退してきた、それどころじゃないんだよ」
「一体どうして」

 ハスイしたと、歳の離れた兄が告げた。その三文字の言葉が何を指すのか理解できず、王子は首を傾げる。その言葉とはより一層に縁が遠いセイラも、今一ピンと来ていない様子だ。
 しかし、太陽がここ最近置かれていた状況を思い返すに、ようやく王子はどのように変換するのかを察した。なるほど、それはこんなに慌てる訳だし、それほど忙しくない今日であれば早退も許された訳だ。フェアリーテイルが過激すぎる影響か、人間による犯罪は控えめになっている。しかも、下手にフェアリーテイル達が刺激したせいで、警官の精鋭が日々ピリピリしながら目を光らせている。並の犯罪者など、片手間で捉えられる程にだ。
 だからこそ最近暇な訳なのであるが、それでも王子は台風の前の凪のような現状に少々呆れてみせた。俺が生まれる時には親父は凶悪犯罪負ったままだったってのに。それでもやはり、平穏な状況で人生の一大事を迎えられるのは微笑ましい事だ。

Re: 守護神アクセス ( No.109 )
日時: 2018/09/24 18:02
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「陣痛はどうなの?」
「まだらしい。でも先に破水したんだってさ。もしかしたら生まれるのは明日かもしれないな」
「よりによって明日かよ……」
「明日生まれるってなると死亡フラグみたいだから、できたら今日の内に赤ん坊と会いたいもんだぜ」

 明日の夜には当然、シンデレラとの最後の戦いが控えている。カレンダーを見る。デジタル時計を見る。どちらを見ても、今日は十四日だと示していた。彼女が告げた、約束の刻限まで、もう後一日しかないのだ。
 俺、この戦いが終わったら、娘のことを抱っこしてやるんだ。冗談めかすためにか、太陽はそんな事を口にする。僅かに声が震えていたのは、きっと彼自身娘に出会えないかもしれない恐怖を払拭したかったのではないだろうか。そう思えば、かける声が見当たらなくなる。唇が重い。何と口を開いたものか。
 しかし、一拍遅れて太陽の妻、月子の出産が目前に迫っているとようやく理解したセイラは、不安を覚える太陽とも、喉が詰まったように押し黙った光葉とも対照的に、パッとその顔を輝かせた。

「とうとう生まれるんですね! おめでとうございます!」

 唐突に、向日葵が咲いたように。そしてそれは、不意に上がった花火のように。落ち込んだ空気を明るく照らしてみせた。守護神アクセスを解除して、不意に王子の隣に現れたかと思うと、祝辞を直接太陽に伝える。居たのかと驚きながらも太陽は、しどろもどろにありがとうと口にした。
 それまで息が詰まりそうだったのも忘れてしまう程、その声は軽やかだった。その言葉は暖かかった。闇を振り払うには笑顔が一番だと、言葉にせずとも、彼女自身意図していなくとも、雄弁に教えてくれる。

「そうだな。確かに、こんな時だからこそ喜ばないとな」
「こんな時とか関係ありませんよ、嬉しい事は嬉しいんです。お先が真っ暗だからと、幸せなことからも目を背けてはいけません」
「……うん。悪いな光葉、ちょっと心配かけちまった。とりあえず月子んとこ行ってくるよ。明日のことは明日悩むことにする」
「うじうじするのはよくないもんな。……付いて行こうか?」
「いやいいよ。お前はもっと、他に話し合うことがあんだろうがよ」

 まだ決めきれてないんだろうと人魚姫に尋ねた。太陽の問いかけに、申し訳なさそうにセイラは頷く。仕方ないと太陽は笑い飛ばした。今セイラに強いられた選択は、簡単に決めきれるものでは無い。むしろ、盲目的に、瞬時に決めている方が正気を疑ってしまう。最後の最後まで悩み抜こうとしているからこそ、人魚姫という守護神を自分たちは信用できるのだと、彼女の葛藤を肯定してみせた。

「俺からは何も言わねえよ。光葉からも無理強いさせんなって釘刺されてるからな」

 愛されてるねぇと、出産間近の朗報に顔を綻ばせている彼女を冷やかす。途端にその頬が朱に染まり、俯くと同時に前髪で表情が隠れてしまった様子にほほ笑む。

「うるさいな! 余計なこと言ってないで嫁さんのとこ行ってこい!」
「照れるな照れるな」
「照れてない! 意味わかんねー冷やかしを否定してるだけだ! ニヤニヤするな馬鹿兄貴!」
「はっはは。初めて反抗期っぽいこと言ってきたな」
「怒らしてんのはどっちだよ!」
「俺だわ」
「分かってんじゃねえか!」

 声を荒げ、肩を上下させて王子は吠える。いつしか頭に昇った血のせいで、彼まで顔が真っ赤だ。小学生並に初心な二人だなと、背を向けた後でも笑いそうになってしまう。

「でもありがとな、緊張はほぐれたわ」
「そいつはどうも。いいから早く姉さんのとこ行ってきなよ」
「そうだな、早く二人きりにしてやらんとな」
「閉め出すぞ!」

 怖い怖いと、また笑う。もうそこには、娘と会えるか会えないか、明日無事に全てを済ませられるかに悩む戦士の顔は無かった。娘の生誕を待ち焦がれる、一人の父親の姿があるだけだ。眉間に皺を寄せたまま、月子と合わせるのも忍びない。そう言った意味では、これで不安が和らいでリラックスしてくれたのなら僥倖だ。
 身支度を終えた太陽がまた家の外へ飛び出していき、またもや二人きりになる。さっき太陽に煽られたせいか、顔がまだまだ熱いままだ。セイラの顔を見てしまえば、より一層ひどい事になりそうだからと目を伏せる。
 守護神アクセスしようにも、手を繋げばより一層上気しかねない。
 結局、どうしたものかなと、母親が帰ってくるまでずっとぎこちないまま過ごし続ける二人であった。





 しかし、忘れてはならない。
 たとえ甘い時間を過ごそうとも。
 例え吉報が届こうとも。
 這い寄る魔の手はもうすぐ傍まで迫っている。
 開いた掌は、もう彼らの首筋に触れようとしている。
 それはきっと目に見えない、人によっては柳が揺れているようにしか感じない事だろう。
 しかし着実に忍び寄っている、気づける者だけが気づいている、その細く冷たい紐のような指先が、首にかかった事実を。
 願っても時は止まってくれない。
 異界の王でさえ、時間の流れは拒絶できず、断ち切れず、また、時間から速度を奪うこともできない。
 死を覆せないのと同様に、時の流れも、何人たりとも干渉できないと世界のルールが決めている。

「ねえお父さん、魔王がいるよ」
「急に何のつもりだ」
「ごめんねダディ、ちょっとシューベルトを思い出して」
「そうか。……気の利いた事も言えなくて済まないな」
「魔王討伐もそろそろ大詰めだから、ちょっと緊張を紛らわせたくて」

 魔王とは無論、琴割に他ならない。脳裏に思い浮かべたあの冷たい笑みを、幻想の業火にくべる。現実には当然あり得なくても、苦悶の表情を浮かべた彼の虚像が燃えていく。

「だが、魔王はむしろこちらだと私は思うがね」
「あら、それはどうして?」
「私の目に、灰色の古い柳は映らない。代わりに揺れているのは、灰に塗れたスカートだけだ」
「あら、気の利いたことも言ってくれるじゃない」
「当然だ、君の母を口説いたくらいなのだから」
「ねえ、灰被りの名で呼ばないでくださる?」
「失礼。貴女の逆鱗を失念していた。非礼をお許しいただきたい」
「……いいわ。貴方も味方なのだからね」

 次は無いと釘を刺す。慇懃に男は腰を折り、お辞儀を一つ。その態度に免じてそれ以上引きずるのをシンデレラも控えた。

「アシュリー、明日が『最後』よ。……力を貸してくれるわね?」
「ええ、『最期』まできちんと貸してあげる。何せ私は壊せれば何でもいいのですから。……これまで少し欲求不満だった分も、全部ぶつけてあげる」

 久しぶりに会えるかしら。
 魔法にかけられた姫君は、禍々しく煌く満月を瞼に隠し、その裏に彼女の黄金の瞳を映し出して見せた。

Re: 守護神アクセス ( No.110 )
日時: 2018/09/25 17:29
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)


 穏やかな夜だった。風も、吹いていない。太陽はいつもと変わらぬ顔して南天へ昇り、そしてまた何事も無く西の空へ消えていった。代わりに、東の空からは欠けたることも無い望月が昇る。きっとその空は、道長が栄華を歌った頃から何も変わっていない。あの日あの時、帝と見た満月と、何一つ変わらない。
 素顔を隠す面をつけ、常ならば足元に降り立っているはずの、月面を地上から見上げた。自分がここを訪れたのは、千年ぶりのことであろうか。面越しに、己の故郷をその目に収めた。爛々と、赤く侵された眼光は光を鈍く放っている。夕日のように澄んだ赤色ではない。腐りかけの血のように、黒ずんで汚れていた。
 十二単は今日も重たい。自分の抱く、彼の人への愛情を同じように。幾星霜の月日を無為に過ごそうとも、決して薄らいではくれなかった恋慕の情。遣いの者が差し出してきた薬を一舐めすると同時に、春先の雪同様に消えてしまったと思っていたものだが。どうにも、三百年ほど前から再び、思い出してやまない。
 折角彼女が託した不死の薬は、恋焦がれた男から拒絶されていた。日の本で一番天に近いところで、月に返すように、再び彼女に奉納するように、火にくべられた。皮肉にも、燃やしてしまったせいか、そもそも生者にしか効かないというだけなのか。今となっては、帝の代わりに不死の妙薬を口にしたはずの山は、死火山だなどと括られていた。
 目的も無く過ごした千年と異なり、この三か月と少々の期間はやけに濃密だった。理性が飛びかけ、破壊衝動のみに支配されそうな脳裏で、何とか思い返す。始まりは、五月のある日、いつものように月面に身をおろし、地上を眺めていたある日のことだ。不意に、呼びかける声があった。ドルフコーストと名乗った守護神が、冷静さを奪い、憎悪を冗長する毒を月へと撒いた。
 それは、神経を蝕む毒。地上では二百年、三百年ほど前に流行った阿片のようなものだなと、彼女は仮定した。千年の間、毎月毎月、彼女は満月の夜に日本の様子を眺めていた。日本という国が姿を変えていく様子を見ていた。平氏が栄え、源氏が滅ぼし、北条が実験を握る頃から、徳川の天下となり、鎖国、開国、大政奉還。そして世界で初となる、ELEVENと守護神アクセスを為し遂げた、琴割 月光。
 実在する世界の出来事のはずなのに、どこか絵空事のように思っていた。何故か等、尋ねずとも分かる。彼女にとって帝のいないこの世界は、現世と認めたくないというだけの事だ。作り物の贋作であり、自分が生きていたあの日本ではない。違う次元の、違う国の、全く知らない人間たちの物語。
 だからこそ、飽かずに見ていられた。茫然としながらも、惰眠を貪るよりもずっとましだと。
 だが、嘆いていたのだろう。苦しんでいたのだろう。帝だけではない、血の涙を流してまで、惜別を受け入れた年老いた親代わりの夫婦も、彼女の両親に打たれた楔だ。転んで泣いている少年の顔に、友人の葬式に参列する女性の顔に、ついつい両親の顔を重ねてしまう。
 あの時自分は、何も声をかけることができなかった。帰りたくないと抗う事も出来なかった。恩など、何一つ返すこともできないまま。本来生まれ落ちたフェアリーガーデンに帰るために、月の使者が迎えに来た。フェアリーガーデン原初の守護神となるため、人間らしさを後続の守護神に教えるため、彼女は平安の日本で育てられた。自分より紡がれたのが古い物語もあると言うのに、後に最古のお伽噺の称号を賜ると言う理由だけで、彼女がフェアリーガーデンで最古の守護神となった。
 物語の登場人物ではなく、作者という肩書を持ったシェヘラザードがELEVENとして存在しているのは関係ない。彼女は本来異質な存在だ。文化人として、パブロルイス率いる異世界に、アンデルセンたちと同じように組み込まれる存在。しかし作者という性質が、フェアリーガーデンを纏めると言う大役に相応しいと、世界が王に定めた。それゆえフェアリーガーデンに属する守護神として、最も敬うべきはかぐや姫であるのに対し、シェヘラザードは世界の象徴として頂点に立ち続けていた。

「今宵は童のための夜である。そうだな、女王」
「その通り。本当は出てもらう予定では無かったのだけれど」
「だから最初から進言していたのに。全員一斉派遣すれば、もっと簡単なのにと」
「それはできなかったらしいわ。うちの契約者は我儘でね」

 全員で出撃などさせようものなら、流石に琴割の能力を使う許可が下りる。赤ずきん一人だけでも、あと一歩でジャンヌダルクの能力行使が可決しかねない程の被害を生んでいるためだ。あくまでも目的が琴割の失脚である以上、『彼に許可が下りていない状態で、無理に能力を使わせる必要がある』のだ。
 ELEVENの能力の使用許可は、全会一致制でなく加盟国の三分の二以上の賛成で決まる。それゆえラックハッカー一人が反対しても意味は無い。未曽有の大惨事をフェアリーテイルが生んでしまえば、日本という一国を滅ばしかねないため、そしてその後に自国に被害が出ないようにと琴割に鎮圧させるようにするため、産生する国は多い。何せ全世界に国は二百近くあるというのに、最高戦力であるELEVENは文字通りたったの十一人、それも最後の一人は、契約者がいない扱いとなっている。イギリスやアメリカは最悪自分の国にELEVENを有しているため問題視しないだろうが、中国やロシアといった列強に位置する外の国は、ELEVENを保有していない。
 ならば琴割に全て解決させる方が丸い状況を作ってはならない。そのほかの人間の身で辛うじて鎮圧できない状況に留めて、当事者以外にはELEVENの能力行使をためらわせる、そのような状態で進めねばならなかった。
 おおよそ上手くはいっていた。特に赤ずきんは単騎で丁度いい戦闘能力を有していた。どうにかなりそうに見えて、どうにもならない。それゆえずっと、被害は広がり続ける一方だったと言うのに、つい先日討ち取られた。

「結局童とシンデレラ以外いなくなったんでしょう。許可が下りるより早く迅速に血祭りにあげればよかっただけに思えるわ」
「人を我儘呼ばわりして話を進めるな、両名。俺の目的は日本の壊滅でなくて琴割の失脚だ。はた迷惑なルールの撤廃だ。お前らにはそのための布石として暴れさせてやっているだけだ、そっちは手段であって目的ではない。履き違えるな」

 むしろ破壊衝動に囚われて、前後不覚なまま飛び出そうとしたがるお前たちの方が余程我儘だと煌びやかな着物に身を包んだかぐや姫に彼は呼びかけた。だがそれに対してもかぐや姫は反発する、それをラックハッカーが指摘するのは如何なものなのか、と。

「そもそも童たちを狂わせたのは貴方の方でしょう? 好き勝手暴れるように理性を奪っておきながら勝手をするなだなんて、どちらが失礼なのか考えなおすべきでは?」
「五月蠅い。今はそれどころじゃないだろう。漸くお前にも暴れさせてやると言っているんだ。素直に喜んだらどうだ」
「はあ……。しかし、確かにあの人のいないこの国に未練は無いし、好き勝手暴れちゃおうかしら」

 初めからそうしていればいい。ふんぞり返ったまま鼻を鳴らして、ラックハッカーは踵を返した。時間だから早く行け、という指示だろう。ホテルの一室、壁面に飾られた大きな時計の針は、九時を示そうとしていた。
 もうとっくに準備は済んでいる。彼女がほくそ笑むと同時に、夜空が揺れた。カーテンのようだった。濃紺の空が揺れて、避けたかと思えば、大軍がそこに立ち並んでいた。それは、夜空に瞬く星々のように、鮮やかな光を放っていた。身に纏う、羽衣や鎧は薄くたなびくオーラのようなものを一様に纏っていた。
 相も変わらず気色の悪い軍勢だと、ラックハッカーのその様子を見て唾棄した。彼が眉を顰めて睨むように月の軍勢を眺めていたのには訳がある。工場で量産されたように、全く同じ顔の兵隊が並んでいたからだ。マネキンのような姿だとか、そう言ったものではない。間違いなく人間と同じ質感を持っているのに、寸分たがわない顔つき、体つきをしている。それがどうにも、薄気味悪い。双子ならまだしも、何千という兵隊だ。コピーして、そのまま張り付けたものを際限なく倍々に増やしていったような光景。
 歴史上、スパルタだろうが、訓練された信長の鉄砲隊であろうが、性能のみならず外観までこれ程に瓜二つな軍勢は存在しないだろう。
 月の軍勢、かぐや姫の従者というのは、人の枠組みの中で完成されたスペックを持っている。完成された中世的な美貌は、男なのか女なのか判別できない。甲冑に覆われているせいでボディラインも分からず、性別というものはどこかに置いてきてしまったように思える。
 戦闘能力も高いのだろう。しかし、知性は無いとかぐや姫は言っていた。何でもこれはあくまで従者らしく、自我は必要無いからだと。ある目的を与えられ、それを忠実にこなす。今風に言えばAIのようなものだと。
 溢れ出るエネルギーが光となって漏れ出ているのは、まるで守護神アクセスしているかのようだ。確かに、契約した相手の能力を用いている間が、人間の最も性能が高く居られる時間だと思えば納得できる。
 彼らは人間の見掛けをしていながらも、守護神と同等の戦闘能力を有している。

「アリス風に言うならば童にもジャックの兵士が存在している。こちらの所有は五体ゆえ、一騎一騎は確かにスペードのジャックに劣ってしまうがな」

 それでも本体である自分を含む総合力でなら負けはしないと、天上の姫は自負する。原点にして頂点に立つ。後輩となるシンデレラに、確かに戦闘能力は遠い昔に抜かされてしまったとはいえ、それでも竹取物語とて、あまりに著名なお伽噺。人によっては人類最古のSFとも主張されるだけある、一人の女性の身の上話。
 作者は不詳、それゆえ伝承と虚構の狭間を曖昧に漂っているのが彼女だ。
 自分が日本で学んでいた時の習わしに則り、御簾ではなくて仮面にて素顔を隠す。この顔を晒す相手は、愛した相手だけと決めている。どうしてだか自分のその決め事を真似ているのか、白雪姫などの一部の守護神達は己の本名を大切な友人たちのみにしか伝えないようにしている。そもそも文化圏が全く違うのだから、真似する必要なんて無いのに。

「もう感傷はいいだろう、早く行ってこい」
「分かってる。……行きましょう、皆」

 ホテルの窓を透過する。人間ではない、守護神だからこそできる芸当だ。夜空の上に立って待つ、従者たちと同様に空に立つ。まるでそこに透明な足場があるように、足を進める。光輝く一団の中に迎え入れられ、用意されていた牛車の車両へと、彼女は乗り込んだ。
 それを見届け、準備ができたとばかりに月の民の大軍は歩み始めた。
 地を蹴っている訳でもなく、足音も無い。その行軍は足音一つ響かせない。しかしそれでいて、着実に地上へと進んでいく。主であるかぐや姫を引き連れて、琴割の部下たちが待ち構える地上へと。
 最後の戦い、だと言うに。それには似つかわしくない、静謐の中で幕は上げられた。



「瘴気のデータ、観測されました」
「おでましか、先に今日が終わるんちゃうかと思うくらい待ちくたびれたわ」

 地上では、至る所に捜査官が配置されていた。日程だけ告げられたのだが、具体的な時刻と場所に関しては伝えられておらず、日付が変わった零時から、この二十一時間の間、ずっと誰もが緊張したままであった。
 交互に睡眠をとることで、何とか全員体力を温存できている。それにしても残りたったの三時間。三か月も騒がせた割には、随分短期の決戦を望んでいるようだと、日頃から細い目で弧を描き、武者震い一つを体に走らせた後に、白髪の指揮官はほくそ笑んだ。
 随分と長かった。随分と多い被害が出た。だが、今日こそ終わらせて見せる。琴割は一人の男に指示を出した。開戦の狼煙は、他の誰よりもお前が相応しいと断言して。
 それと併せて、自分の傍に控えさせている少年たちにも声をかけた。

「分かっとんな? お前らはしばらくここで待機じゃ」
「はい」
「分かっています」

 王子も、知君も、迷うことなく返した。今すぐ自分たちが出る訳にいかない、出ても力になれないとは本人達が一番理解していた。
 ネロルキウスの能力は傾城に通用しない。それゆえ、必要な時が来るまでは温存しておくべきだ。どうせシンデレラとかぐや姫双方に対して、盾となる以外で活躍できそうにない。白雪姫戦でもそうだった。無理やりに瘴気を奪い取ることさえも、世界のルールに拒まれる。知君自身、とある嫌な予想が浮かんでいたため、その時が来るまでは後ろに控えておくべきだと琴割に進言していた。
 王子が後方で待機しているのも当然の話で、知君が残る二人のフェアリーテイルを処置できない以上、彼が殺される訳にはいかない。この最後の作戦において、最も大切なのが彼の存在だ。しかし彼、というよりは人魚姫の戦闘能力はお世辞にも高くない。それゆえ前に出てもこの戦いでは足を引っ張ることが多くなってしまう。
 何せ彼を落としてはならぬと、誰もが意識をそちらに向けてしまうからだ。散漫な注意が最悪の結果を招くのを避ける、そのために彼も後ろで護られる側の人間となった。この両者が同時に待機しているからこそ、王子の安否を恐れる必要は無い。想定外の襲撃があったとしても、必ず知君が守り通せるためである。

「にしても……今晩で終わりなんだな」
「短いようで、とても長かったですね」

 決して安堵などしていられない。これまでに払った犠牲を振り返れば、もう取り戻せないものがごまんと並んでいる。これ以上、何一つたりとも取りこぼすことなど無いよう、今日で必ず全てを終わらせなくてはならない。
 当然、誰一人失うことなく。王子の脳裏に兄の姿が過る。今晩、その娘が生まれようとしていた。月子の傍には今、洋介とその妻、要するに太陽の両親が寄り添っている。こんな時ぐらい、休んでも良いだろうに、とは言えなかった。むしろこんな時だからこそ、尻尾を巻いて逃げるだなんて選べない。
 お前が生まれた時、父さんは必死で仕事してたんだぞ。笑ってそんな風に、子供に自慢している方が太陽らしかった。だからこそ、彼は前線に立っている。絶対に兄とその娘とを会わせる。王子にとってその事は、何以上に強い戦う動機となった。

「それにしても先駆けって誰なんでしょうね」
「やっぱクーニャンとか? 切り込み隊長って感じだしよ」
「あほか、あいつには務まらんわ」
「でもさ、琴割さん。実力的にもあいつがベストじゃないですか」

 思い付きで口にしたことを即座に否定され、多少なりともムッとした王子は琴割に反駁した。スピードもある、力もある。その身に宿すは日本一の剣士。ならば先陣を切るにはうってつけではないかと。
 だが、それは切り込み隊長には相応しくないとばっさりと否定された。もっと相応しい男がいるのだと。

「あんな、これから味方の士気高めなあかんねんぞ。ぽっと出の、暗殺経験豊富な小娘なんざヘイト溜めるだけじゃろうが」
「あー、なるほど……」
「せやから儂ら警察の者の中で、誇りとして掲げるに相応しい奴を出さにゃならん。それならあいつで決まりや。野球もバスケもそうやろ、エースが花形って相場は決まっとるし、それに……」
「あの人は『声がよく通ります』ものね」
「知君の言う通りじゃ」
「……確かに、馬鹿っぽいクーニャンよりかはその方が付いて行きたいものですね」

 流石にそこまで言い切るのはしのびないけれども、そういう事だと琴割は認めた。そして王子も理解する、確かにあの人であれば、激を飛ばすにも勝鬨を上げるにも最適だ。そして颯爽と戦場を走り抜ける、その姿は先駆けには適任だろう。
 時を同じくして、精鋭たちは空を見上げていた。六月の頭に、琴割によって集められた関東の精鋭。暴走するお伽噺の守護神、フェアリーテイルたちを鎮圧するために招集された選りすぐりの部隊。三か月に渡り、時に甚大な被害を得ることがありながらも、苦しくとも踏ん張り続けてきた。
 夜空を歩くそれら一人一人は、まるで流星のようで。何千と規則正しく立ち並んだまま進軍する様子は、夜空を穏やかに闊歩する流星群のようであった。しかし、それらが如何に煌びやかとは言っても、綺麗なままでは終わってくれない。正確に表すなら、ただ暗い宵闇を裂いて通り過ぎる流星ではなく、地上を抉り、荒らし散らす隕石と呼ぶべきだろうか。
 捜査官達は敵影を見定め、生唾を飲み込む。緊張感のせいか、さらさらの唾液がとめどなく溢れ出る。血など流していないのに、唾液からは血の味がするようであった。
 それは、とうとう終わるという感傷だろうか。終わってしまうのだなという感慨だろうか。終わって欲しいという願望やもしれぬ。それぞれの胸中に、十人十色の想いが渦巻く。誰もが過去、あるいは未来を視ている中でたった一人、今を見据えている者がいた。

「じゃあ、いっちょ行こうかアマデウス」

Re: 守護神アクセス ( No.111 )
日時: 2018/09/26 23:37
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「じゃあ、いっちょ行こうかアマデウス」

 こんな時でも、ワックスで整えられた明るいブラウンの髪。日本人にしてはかなりの長身である彼には、戦闘服でもある黒いスーツがよく似合う。6、4、9と、三つの数字を入力する。そのまま発信ボタンを押し、洪水のように溢れ出した翡翠色のエネルギーをその身に纏ってみせた。

「守護神アクセス」

 迸るオーラが満ちた、と同時に。その姿が消えた。消えたかと思えば、足音は遅れてやって来る。空を切るように突き進み、走り抜けた背につむじ風を巻き上げて。エメラルドグリーンの残光を飛行機雲のように残して宙を走り抜けるその様子はまさに、地上から天を穿つ矢と言うに相応しい。
 行進する軍隊と正面から衝突した。地上では彼に続こうと、次から次へと己の守護神を呼びだし続ける。もうとうに上空高々と飛び立つ奏白は、その様子を一瞥した後にすぐさま照準を真正面に戻した。眼前に、天の川のように煌きながら広がっているのは、全く同じ顔をした軍隊。
 甲冑を纏っているというのに、さらにその上には、半透明の羽衣のような謎の装飾まで。天女のようだなと思い至るに、和装の敵兵だとすぐに断じられた。そもそも、シンデレラにはこのような軍隊など出てこない。敵にも、味方にも。であれば宙から現れたことも考慮するに、間違いなくかぐや姫の一団だ。

「これまで尻尾も見せなかったくせによ」

 新緑の彗星が、空中で軌道を変える。当然愚直に真正面から近寄れば、月の民がいかに無表情で感情に乏しいとは言え、『奏白に気づいていること』にも気づけた。先頭から順に、近寄って来る敵影に向けて手にした矛を構えている。まったくフェアリーテイルってのは、どいつもこいつもぞろぞろと配下を引き連れやがって。親玉に会うのも一苦労じゃねえかと、愚痴を孤独な夜空に吐き出した。
 どの程度強力なのかなど、初めから考慮してはいられない。けれども、彼は退く訳にいかなかった。同じ顔、同じ鎧。有象無象のレプリカたちを見るに、初めて正面からぶつかり合った際に辛酸を舐めさせられたあの日を思い出してしまう。アリスに従うトランプの兵隊、スペードのジャックとクラブのジャックの前に膝をついたあの時を。
 もう二度と、あんな醜態を晒さない。今度は弧を描くように夜空を切り取っていく。音速でひた走る男の動きに、かぐや姫の従える月の大攻勢とて、誰一人反応できない。人類の極致とも言うべきその従者と言えども、音の速さで駆け抜けるその男には、到底追いつけはしない。
 そう、その衝撃は音よりも遥か早く。刻一刻と眼前に迫りくるその彗星が、視界から外れた約一秒後。胡麻粒程度だった翡翠色の光の直進が、次第にビー玉ぐらいになったかと思えば、不意にその姿を消した。瞬きをした瞼の裏に、うっすらと残光の線を左側にだけ走らせて。
 消えたか、そう判断を終えたような頃だ。冷静且つ沈着なその無数のコンピュータが処理を終えると同時に、一団の中央辺りで、大気が唸りを上げた。それはまさに、嵐と共に舞い降りた龍が、雄たけびを上げるがごとく。戦場に、一つ咆哮を行き渡らせる。ぴしゃりと、兜の緒を無理に締めさせるような大号砲。
 鳴動する空間が、密集していた数十という月の民を吹き飛ばした。あまりに強い音の振動が、そのまま甲冑を打ち砕き、羽衣をびりびりに引き裂いた。まるで機械だと思ってしまうほど、精巧な軍人たちは、顔色一つ変えないまま墜ちていく。これ以上の抵抗や踏ん張りは無為と悟り、一切の抵抗を示さないまま、重力に任せて落ちていく。節電のために入らなくなった施設を切り落としたように思える程、冷淡な対応だった。それを下したのが、他ならぬ負傷した本人だというのが空恐ろしい。
 こういったフェアリーテイルが従える家来たちにはある特性がある。どれも、親機である守護神本体のエネルギーを元として生み出されている。それゆえ、力を供給しすぎていると時としてその分のオーラが無駄になってしまう。
 だからと言ってその判断はあまりに非人道的だ。しかし、それは仕方の無いもののように思える。確かに地上で育ったかぐや姫自身は両親となった翁とその妻のおかげで情緒豊かに育ったことだろう。しかし、物語の終盤、月より現れた無感情な家来たちの差し出した薬を摂取してすぐにその感情を失ってしまった。
 となればむしろ、この分体たちが自分自身さえも切り捨てる行為は当然の事だといえた。

「急にやる気出して、焦ってんのかっての」

 突如として響き渡った轟音。それが奏白由来だとは当然理解している。散々フェアリーテイル相手に能力を晒してきた奏白だ、いくらずっと隠れていたとはいえ、首領の一角でもあるかぐや姫にもその能力は知られている。
 だが、彼の強みは能力が比較的シンプルであることだ。『音にまつわる能力を有する』、ただシンプルなその一言が、でき得ることを膨大に増やしている。そしてその一つ一つが、どれも有用だ。


 例え理解していようとも、彼の歩みは止められない。全力で疾走する彼の背に追いつける者など、そう容易には存在しない。


「よく聴けお前らぁ!」

 琴割が述べていた、先陣を切るに相応しい男は、この男を置いて他に居ない。誰よりも速く駆け入り、誰よりも強く敵を打ちのめす。警察、の中でも特に守護神犯罪抑制に特化した捜査官のエース。アマデウスの能力によって、その声はよく響き渡る。誰もが彼を自分たちの誇りだと胸を張れる。
 ある時彼は言った、辛いときは俺を呼べと。ある時彼は言った、誰より早く駆け付けて、救い切ってみせると。その声が呼んでいる。

「最後だ! 今日が最後だ! 俺たちの力でそうすんだよ!」

 日がな彼は惜しげも無く、ためらいも無く、照れも容赦も無く述べている。自分こそが部隊を牽引する主砲に他ならないと。それは驕りではない、彼という象徴が落日しない限り、人はその心を強く居られる。まだあの男がいる。ならば背中を押される。あの翡翠色の閃光が駆ける時、どんな窮地からも救い出してくれる。
 確かに、知君と一対一で対面しては負けてしまうだろう。クーニャン相手にも、僅かばかりの差で負けてしまうのかもしれない。だが、彼の敗北する姿は、今となってはもう誰にも想像できない。今の彼はかつてのアリスさえ、乗り越えてしまいそうに見える。
 今度こそ、クラブさえも振り切って、スペードさえも打ち破って、ハートもダイヤも貫いて、その大本さえも叩けるだろう。
 その背に担いだのは、天才の二文字。一度の敗北を乗り越えて、また一皮むけて帰って来た男。彼を支えたのは、彼より強い誰かの声。いつまでも、格好いい貴方でいて欲しいと願った、純粋な少年の無垢な願い。
 あの日から、彼の歩みはより速く、踏みしめた足跡はより深く。信じてくれる彼に、恥じることの無い自分でい続ける。それだけ、たったそれだけを胸に秘める。

「いつまでもそんなとこで突っ立ってないで……」

 そして今や、見ているのは一人だけではない。
 知君よりもずっと昔から、尊敬の念を贈り続けてくれた妹に。
 社会人となってからずっと目にかけてくれた先輩。
 知り合ったばかりだというのに、揺るがぬ尊敬を送って来る、その先輩の弟も、格好つけたい相手として増えた。
 あの色黒のアホ女にも舐められたくは無いし。
 一人で全部背負った気になってる、白髪の老害にも見せつけてやらねばならない。
 平和を守ろうと足掻き続ける正義の使徒は、ここにもいるのだと。
 自分だけでなく、他の者もそうなのだろ。

 ずっと、ずっと見続けてくれた。もしかしたら、出る杭として奏白が打たれていた可能性とてあるだろう。けれども、そうはしなかった。奏白の内にある想いを汲んでくれた、大切な同僚たちにこそ、見せねばならない。
 自分がいるから大丈夫だと、そしてそれ以上に、そう言った者たち全員が居なければ自分はこうして居られなかったのだと。
 此処にいられるのは全て、他者の尽力があった故だ。己の才覚など、所詮は一割にも満たない。だからこそ、そう言った人々を、ここまで引っ張り上げねばなるまい。ずっと、背中を押し続けてくれたそのお礼に。
 だから吠える。ドロシーをモニターに眺め、早く出させろと琴割に噛み付いたあの日のように。天地に己の意志を轟かせる。もう二度と、これ以上失う者などあってたまるかという強い意志を、何よりも強く強く、何光年でも先であろうと聞こえるように。
 全部、今日終わらせるんだ。そうして彼は、誰より大きく口を開いて、開戦の狼煙を天が燃え尽きるほど強く高らかに焚いて見せた。

「とっとと俺について来いよ!」

 アマデウスにより、半径二キロの範囲に、その大号令が轟いた。響いたのは、満ち溢れたのはただの空気の震えなどではない。そんなちんけな物で済んでたまるか。誰もが、堪えることもできず身震いした。恐怖ではない、寒気でもない。武者震いだ。あの男が、自分が天才と崇めたあの男が、俺のところまで来て見せろと言っている。彼は、無理など決して言わないだろう。無茶な要望など押し通さないだろう。
 だからこそ信じられる。自分とてできると。そう思えば、歓喜に打ち震えずにはいられない。今すぐにでも足を踏み出したくなる。その男の声がこの鼓膜を揺らすと同時に、胸に勇気が満ちていく。駆けだしたくてたまらないほどの情熱が、衝動が、背中を押す追い風となる。
 誰かが一歩を踏み出した。俺だって、そんな事を後ろで誰かが呟いた。その後はもう、声など発する必要など無い。足音だけで充分だ。迫りくる最後の強大な脅威に、立ち向かうために進めばいい。
 火種は天才、奏白 音也の鶴の一声だ。だが、今や彼ら一同を鼓舞するは、己が足を踏み出す、重なり合った協奏だ。ずっと、我慢してきた者もいる。自分は無力じゃないかという苦々しい想いを胸の奥に燻らせたまま、苦汁をなめ続けた者もいる。
 年端もいかない少年たちが功績を上げる中、恨めし気にその横顔を睨むことしかできない者もいた。嫉妬に狂った者もいた。だが、奏白はそんな負の感情など、簡単に吹き飛ばして見せた。
 駄目押しとでも言わんがばかりに、彼は叫ぶ。敵陣の真っただ中、態勢を立て直した月の兵隊たちに取り囲まれようと、激励の声、地上に降り注ぐ勇気の雨は止みそうにも無い。

「今! 知君は休んでんぞ! 俺たちだってできるんだって、今見せねえでどうすんだよ!」

 取り囲んだ兵隊たち、その身に纏う羽衣が夜風に揺れた。まるで示し合わせたかのように、無言であるのに同時に跳びかかった。四方八方から、奏白の身体をそのまま貫こうと、いくつもの鋭い刃迫る。右を見ても、左を見ても鋭利な刃物。後ろに退いても前へ猛進しようと、矛先はぎらりと煌いている。
 アイアンメイデンという拷問器具がある。あれに囚われたらこんな風になるものだろうかと、迫りくる凶刃に臆することなく、不敵な笑みをただ浮かべてみせた。
 それはまさしく、爆弾と変わりない。熱と光を発さないだけで、その衝撃は、鼓膜を突き破りそうな大音響は、また満月の空の下で月の従者を吹き飛ばした。奏白めがけて迫っていたはずだというのに、いつしか彼らの身体は正反対の方向に向かって舞っていた。その矛先は、あまりに強すぎる音の圧に負けて、鋼も砕けて無残な姿を晒している。




「ははっ、想像以上じゃ音也のやつ」

 これほどとは思っていなかったと、中継した映像を映し出している液晶を眺めながら琴割は多いに笑っている。流石はフェアリーテイル対策課の精神的支柱じゃと愉快そうに手を打っている。
 場違いなほどに愉快そうにしているそんな様子を見るのは知君にとってあまりに新鮮で、人が変わってしまったのではないかと思う程であった。だが、一拍遅れて理解すると同時に、柔らかく彼は破顔した。
 かつてこの二人が、ある事件の裏で言葉を用いて衝突していた事実は知っている。それ以来、琴割から奏白への態度が変わったことも。その理由は今まで理解してこようともしなかったけれど、瞳の色を見れば簡単に分かった。
 見覚えがあった。あれは王子の目だ。そして何より、知君もしていた目だ。琴割さんでも無いものねだりをすることがあるんですねと、知君は彼にばれないように可笑しな思いを声にした。無理やり押し殺した声は、噎せた時みたいな呼吸を招いた。ああ、零れ落ちてしまいそうな笑みを消してしまうことも、ELEVENにできないことの一つだな、などと考える。
 これまで聞いてきた話から思うに、琴割はかつて暑苦しくて汗臭い正義感を持っていたはずだ。いつ失ったのかなどは分からない。それでも、その泥臭さを未だに持ち続けている奏白が羨ましくて仕方が無いのだろう。

「頼みましたよ、皆さん」

 在りし日ならばきっと、うずうずと、今にも飛び出しそうな態度で掌を握りしめていたものだろう。けれども、今の少年は過日と違う。リラックスした身体で、心で、仲間の奮闘をただ見つめている。
 彼らならば、任せても安心できる。そんな信頼を今は言葉にせず。けれど、いつかはちゃんと伝えようと心に決めて。

Re: 守護神アクセス ( No.112 )
日時: 2018/10/03 00:03
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 それはまさに全面戦争、総力戦だ。軍としては疲弊しきったとはいえ二大巨頭が未だ健在のフェアリーテイルに、死傷者は少ないものの誰もが困憊を抱えている捜査官。そもそも個々の力の差は歴然としており、その能力の分体である月の民との徹底抗戦だけで充分拮抗するものであった。
 しかしそれでも、ただ撃破の効率だけを考えて我が身を厭わない月の軍隊と捜査官とでは大きな違いがある。戦場に立つ捜査官には、誰もが明日を望んでいる。たとえ多少の怪我を負おうとも、この命をまた次の夜明けまで繋ごうとする意志が。例え退くことになろうとも、これ以上被害は出せない。庇い合い、守り合い、誰も失わぬように保ち続ける。
 堅守、それだけを考えればいい。前線では奏白が蹴散らしてくれている。さらには、敵の主軸は神風特攻。防御を考えていればいつしか相手の身体は勝手に朽ちている。そもそも、夜空の星々のごとく呆れるほどの大攻勢だ。そんな雑な方法でも戦力は足りると思っているのだろう。
 事実、かぐや姫の従者を数え切れぬほど処理したとはいえ、未だに湯水のごとく後続が湧き出でる。そうしてまた、正面から突っ込んできた新たな兵士を強化した重力で大地に叩きつけた太陽はというと、大きな息を吐き出した。

「くそっ、キリがねえ」

 大本を叩くしかない。そうは理解しているも、その大本が天に座したまま降りてこようとはしない。上空遥か彼方、光輝く牛に退かせた台車の中、じっと動かずに佇んでいる。その牛車の姿は地上からでもよく見えた。光放つ甲冑と羽衣を纏う月の兵隊。しかし彼らの淡い光に紛れることなく一際強い光を放つその台車は、星海に浮かぶ第二の月と呼ぶべき代物だ。
 一応、あくまでも一応だ。敵軍の数は減っては来ている。大体そろそろ半分は削れたものだろうか。奏白に付いて行くと呼応した多くの捜査官が、一人一人数多の敵兵を薙ぎ払っていた、その影響だ。上限なく能力を行使できる守護神などそうはいない。それこそ、ELEVENでもない限り存在しないと言っても過言にならない。

「ただ、どうにも気になるな」

 かぐや姫が座しているであろう位置は分かる。それは周囲よりさらに強い極光によっても察せられる事実だが、それ以上の根拠がある。
 地上に攻め立てる軍隊は、誰もが全く同じ装束、同じ背格好、容姿をしていた。武装さえも全く同じだ。しかし上空で二つ目の月を守護している四人の兵士だけが、その共通点から外れていた。フェアリーテイルにはよくある報告だ。全く同じ姿の軍隊を率いる、格の違う数体の兵士。それらの多くは主となる守護神を護っているケースが多い。
 特にケースとして相応しいものと言えば、初検挙されたフェアリーテイルであるアリスだろうか。ここぞという時まで温存されたジャックの兵士。彼らはアリスの危機に際し、呼びかけに応じるように馳せ参じた。
 今はまだ、護衛についている以上動く気配が無い。そのまま動かずいてくれればよいのだが、そう思うものの、あの四騎を下さない限り目的となるかぐや姫は出てこない事だろう。事実手をこまねいているだけの現状、かぐや姫はその姿さえみせようとしない。ただ、その好奇な身柄を御簾の向こうに隠しているのみ。
 この期に及んで作法を守っているかのような態度が気に食わない。何とかあの台車を地上まで引きずり降ろしてやりたいところだが、アイザックの能力は届きそうにも無い。届いたとして、効果があるのかも分からないが。
 上空で、またしても爆発音が轟く。否、単なる爆音だとすぐに分かった。立ち込める煙も、暴れ狂う焔の影も無い。ただ、けたたましく震える大気がこの身を揺らすのみ。奏白は、常に最前線を走り続けていた。
 バラバラと、彼に討たれた兵士たちが空から落ちていく。燃え尽きる空の塵と同じように、流れ星のように尾を引きながら、朽ち果てるように手足の先から星屑となって霧散していく。そう、所詮は自我の弱い人形に過ぎない。相対すればまるで人間を殺戮しているように錯覚するが、あくまでもこれは意志なき、命無き木偶だと再認識した。

「おい太陽、何ボサッとしてる!」

 上空を見上げたまま隙を晒す彼を叱咤する声。同じ四班に所属している男の声だった。契約した守護神はアムンセン、かつて南極点に初めて辿り着いた男。氷雪の能力を操る強力な守護神でもある。
 その男の視線の先には、矛を構えた兵士が一人。その矛先は太陽のこめかみに向いていた。彼が対応してくれなければ脳天をそのまま貫かれてたかと思うと、ぞっとしない。けれども、今だからこそ味方に頼り切り、空を見上げられたというのはあるだろう。今であれば、きっと、誰かが誰かを庇うことぐらい簡単だ。
 叱咤していたはずの男、その背後からもまた、別の兵士が刃を振りかざしていた。借りは早いところ返しておこうと、太陽は不意打ちをしかけるその兵を押し花のようにぺしゃんこにしてみせた。

「これで貸し借り無しな」
「おうとも」

 遠くの方でどよめきが上がった。何事かと思い、振り返る。被害が出てしまったかと不安になるも、振り返ると同時にそのざわめきは落ち着いた。目に見えたのは、あまりにも大きな氷山。美しい水晶のような氷に閉じ込められているのは、百をも超える月の従者。苦悶の表情一つ浮かべることなく、写真のように瞬間を切り取られた彫像のごとくその場に留まっている。
 そう言えば、氷雪系の能力者には、上がいたなと思い返した。捜査官には属していない、機動力を重視したライダースと呼ばれる部隊。そのチームでクイーンと崇められている女性が居た。幻獣界に住まう雪女をモチーフとした、トウドウインと契約する、真凜と婦警最強の座を分け合っている女性だ。

「やっぱり氷の女王様は強いもんだな」
「あれと比べられちゃアムンセンも形無しだ」

 だが、だからと言って臍を曲げる時期は過ぎた。誰より役に立つかではない、今努めるべきは、如何に己の最善を尽くせるかだ。

「そろそろ大将……とまではいかずとも、少将くらいは討ち取ってきてくれよ、奏白」

 それはまるで降り注ぐ雷のごとく。彼が天翔ける度に翡翠色の閃光が瞬いていた。雷鳴がごとき轟音が響けば、また多くの兵が動きを止めて墜ちていく。

「さてさてさーて、もうそろそろ出張ってもいいんじゃねーかな」

 今のところ消耗はさほど大きくない。雑兵は粗方蹴散らした。地上に攻め入る必要もある以上、戦力を引っ掻き回すことを目的としている奏白に割くリソースは枯れ気味であろう。そもそも、己の身を顧みず、集団としての進軍効率を重視している性質ゆえに来ている以上、じわじわと戦力が人間側に傾きつつある現状はかぐや姫側が招いているとも言えるだろう。
 となれば今、本陣に攻め入れば雑兵ではなくかぐやを真に守護する実力者と相対することになろう。桃太郎で言えば三匹の従者、アリスであればトランプのジャック。どの程度の力量なのかは分からないが、踏み込まねば何も始まらず、終わらない。
 時刻は開戦より、長針が半分ほど回ったところだ。まだ灰被りの成り上り姫は現れていない。性質的に、活動できるとすれば十二時までのはずだ。あれだけ大げさに宣言しておいて姿を見せない。その態度はやけに歪であるし、不可解だ。
 だが、その事にばかり気を取られる訳にはいかない。たった今眼前に立ち塞がっているのはシンデレラではなく、日本最古のお伽噺伝説。桃太郎が、日本という狭い範囲でのみとはいえ、強い民衆の憧れを向けられる物語ゆえに、世界的な知名度以上の実力を誇っている。
 とすれば竹取物語は、どう評したものだろうか。奏白は判断しかねる。何せ幸福な結末を迎えたとは言い難いためだ。明確な悲劇とも言えない、何せ物語の結末において、かぐや姫自身は涙を流していない。悲しんだのは帝、そして育ての親の老夫婦のみだ。
 とすれば、日本最古の物語という称号をいかに考慮したものだろうか。守護神の位階は別段知名度だけで決まるものではない。如何に残した功績が大きいか、どれだけ正の印象を残しているのかにも大きく左右される。あるいは、如何にこの世に畏怖をもたらしたか。
 原点、といった意味では十全に警戒するべき相手だ。日本のお伽噺全ての先駆け、親と読んで差し支えない。しかしそれと同時に、人々に与えるその印象が判断を鈍らせる。悲劇、喜劇、簡単な二元論で括ることはできない。だがそれでも、盲目的に幸せになれる物語では決してない。むしろその正反対、求婚を幾度となく断って、無理難題を吹っ掛けて、相手から詐欺まがいのことをされそうになる、むしろそのどこに喜びを見出せばよいというのだろうか。
 竹取の翁にしてみても、たまったものではない。愛情注いで育てた娘が、振り向きもせず、名残惜しいとも口にせず、能面のように温度の感じられないままの顔つきで月に帰っていくのだから。

「させてたまるかよ。家族ほっぽってどっかに行かせるなんてな。星羅ソフィアにゃ悪いが、あいつには知君と会ってもらわなきゃなんねえんだ。知君はきっと喜ぶだろうからな。だからあの女引きずりだす、踏み台になってもらうぜ、かぐや姫」

 南天へと辿り着く。そこには、眩い光の雨を降らす仰々しい台車が待っていた。障子とも御簾とも分からぬ神秘的な膜に囲まれて中の様子は分からないが、中のシルエットは何とか分かった。それはきっと、手弱女の姿。幾重にも衣を重ね、美しい髪を誰よりも長く蓄えた女性の姿。

「大きく出ましたね」

 そしてその台車と奏白とを隔てるように、立ち塞がる四人の従者。それらはここに向かう道すがら、存在を確認していた。そして彼らこそが天守を護り抜く、人の姿をした砦のようなものだと奏白 音也は確信した。
 彼らは、その他大勢の従者達とはその面構えこそ同じなれど、その身に纏う武装が大きく異なっていた。他の者は甲冑を纏い、その上に羽衣を羽織っているというに、その四人の側近は己の肉体の上にそのまま黄金の羽衣を巻きつけていた。
 人間であれば果たして何十年という研鑽が必要であろうか。鍛え抜かれ、磨き上げられた肉体美。鋼の剣のように堅く、それでいて鞭のようにしなやかに。その点はきっと、他の兵達と同じなのだろう。おそらくは、性質からしてこの四騎は、無作為に選ばれただけだ。同じ性能を持った従者の中からランダムに選ばれて、その官職を授けられた。故にこうして特別な自我を持っているのだろう。
 自我があると判断したのは簡単だ。その四体は感情を持っていた。ここまで辿り着く気骨ある男の登場に喜ぶ者、その事に逆に怒っている者。数多の同胞を屠られ哀しんでいる者。そして何より、そんな命のやり取りを楽しんでいる者。
 表情が豊かに見えて、皆それぞれ、自分のための感情しか持っていない。常に笑い、しかめっ面をし、泣いて、はしゃいでいる。むしろ彼らの方が歪だった。仮面の上に顔を書いたかのように表情筋が微動だにしない、雑兵たちの方が余程まともに思える程に。

「いいね、君。僕と同じ臭いがするよ」
「奇遇だな、俺もそう思ったさ」

 現状を楽しんでいる男、美しい貝殻のネックレスを身に着けた男と気が合った。何となく、煮えたぎりそうな愉悦を顔からにじませるその様子に、自分と似た何かを感じてならなかった。貝殻などでなく、まるで本物の宝石ではないかと見まがうほどに煌びやかな、絢爛な首飾り。竹取物語の概要は予習してある。あれはきっと、タカラガイ。あるいは、子安貝と呼ばれるものだ。そしてそれらがこの世らしからぬ美しさを放っているのは当然理由があるのだろう。
 あれこそは、燕の生んだ子安貝。あり得るはずの無い産物、だからこそ。だからこそ、この世のものとは思えぬほどに美しい。

「ねねね、あの人、僕にやらせてよ」
「駄目だ」
「なぁんでさあ」
「御前だぞ、お前が楽しんでいる場合か」

 止めたのは、終始眉間に皺を寄せた者だった。同じ顔つき、体つきをしているというのに、それぞれが抱く感情のせいであろうか、微妙にその声音が異なっている。楽の感情を持った個体は、からからと澄んだ声をしていた。だが、こちらの個体はどうだ。怒りが滲み、濁りに濁った濁声だ。彼も首元に、また違った装飾品を身に着けている。太陽のような、橙色の珠だ。

「へえ、お前ら要するにあれだ。かぐや姫が五人の貴族に求めた道具を持った従者って訳だ」
「ちっ、随分口数の多い野郎だな。その察しの良さも腹立たしい」
「いやいや、分かるなって方が厳しいだろうがよ」
「五月蠅い。二度も言わせるな。ここは御前だ」

 奏白に、崇める意志があるかなど関係が無い。人間よりもさらに高等な月の住人。その支配者たるかぐや姫の御前である。無礼を働くなと苛立ちに震えた声で告げる。
 ああ、そうかよ。吐き捨てる奏白に、より一層眉間に築いた山脈の谷を深くした。眉も目もつり上がり、放っておけばそのまま直角に達しそうなほどだ。

「調子に乗るなよ」

 刹那、朱(あけ)色の光が首の珠から漏れ出た。まるでその光は、煌々と天を焦がそうとする炎そのもの。そして、その炎は見る間にその怒れる従者を飲み込んでいく。羽衣を這うように、全身に。頭の先から足のつま先まで。
 全身を覆う炎の化身。それはそのまま元の怒の個体の全身を鮮やかな光で覆ったまま膨張していく。等身大であったはずのその炎は、爆発するかのように膨れ上がり、ついにはビル一つ程にもなった。
 蛹のごとく、炎を纏った状態で羽化するように変身するのだろうか。その推測は甘かった。揺らめきこぼれる火の粉の一つ一つが、全身を守る鱗となる。
 炎が消えることは無かった。弾けることは無かった。纏った炎さえ己の肉体に変換し、生まれ変わったその姿はまさに龍そのものであった。かぐや姫は物語の中において、とある貴族に対し、龍の首にあるという宝玉を求めた。きっと、それこそが先ほどこの変化を始めるに至った朱色の宝玉。龍の首の珠だろう。

「図体でかいだけじゃ俺に勝てねえぞ?」

 もはや人間らしい姿の面影など一つも残っていない。蛇のような体躯に、猛獣の鋭い爪を持つ手足が生えている。頭には角、その眼光は鬼と同じ血濡れたような赤をしている。フェアリーテイルと、同じ色だ。炎の鱗に覆われた、細長い体躯でとぐろを巻く。もうそれは、屏風などの芸術作品において書き記される様な、龍の姿だとしか表現できない。
 流麗、壮絶、さらには荘厳。気を強く持たなければそのまま意識を奪われてしまいそうな程に、神々しい化生の降臨であった。そしてなお質の悪いことに、まだ手を出してもいないよいうのに、逆鱗に触れられたかの如く激昂している。

「お前の速度は知っている。ただし」

 姿かたちは怪物と成り果てども、その口を突いて出るは人間の言葉だった。大柄な体躯を器用に翻し、尾をゆらりと天へと向ける。どこを指しているのか。そう感じた疑念は間違いだと気が付くには、あまりに遅かった。

 その龍は、思い切り振り抜くために構えただけに過ぎなかった。

 突如として、我が身を剣となすかのごとく、龍はその尾を振り抜いた。奏白に向かってではない。事実咄嗟に反応しきった奏白には掠りさえしなかった。しかし、振り抜いたその尻尾からは、鱗がばらばらと剥がれ落ちる。
 そしてその鱗は、炎でできていた。

「しまっ……」

 気が付いた時にはもう手遅れ。何せもはや追いついたとしてもかき消せはしないだろう。広範囲に、紅の雨が降り注ごうとしていた。数十、数百メートルという広い範囲に、何千という鱗が降り注いでいく。

「お前に追いつくのはもう不可能だろうよ、今すぐ背を向けて足掻いてみるか?」

 走れば追いつけるだろうか。いや、無理だと咄嗟に悟ってしまう。あの内の幾分かは確かに、音の衝撃で打ち消すことはできるだろう。しかし、音速を以てしてももはや間に合わない。あまりに広すぎる無差別な爆撃、それはもはや、放たれてから無力化することなど、到底かなわぬ願いだ。



 初めから、そうなると読み切っていない限りは。

 振り向いた先に立っていた影に、思わず奏白は目を丸くした。
 そうだな、確かにお前になら。
 その成長に思わず笑みをこぼしてしまう。ちょっと前まで守られる側の青二才だったくせに、と。
 任せてもいいよなと、胸の内に尋ねてみた。

「そう言えば、アレキサンダーの火矢の雨もこんな風だったかしら」

 炎に身を包む大蛇がとぐろを巻いているのは、まるで夜に浮かぶ太陽に他ならない。陽が沈み、満月が昇ってなおも現れたその真昼の空を、蒼い閃光が駆け抜けた。一本、二本、そんなものではない。降り注ぐ火の粉の雨粒と同じだけの数を、初めから分かっていたかのように。
 寸分違わず、宙空を滑り降りていく火の粉の芯を、一つ残らず撃ち抜いた。魔力による光線による射撃。快晴の空よりもずっと澄んだ青の矢が、龍の鱗をまとめて捕えた。

「確かに兄さんでもこれは防げない。でも残念」

 相手が悪かったわね。得意のスノーボード上に仁王立ちしながら、メルリヌスの契約者、奏白 真凜はただ敵を見据えていた。


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