複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.1 )
日時: 2018/02/01 14:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「知君(ちきみ)、今お前どこだ?」

 久々の休日を謳歌していたところ、急に奏白(かなしろ)からのメッセージが届いた。マナーモードにしておいたphone(フォン)の通知が鳴り、急ぎ開いてみると所在地を尋ねられていた。学校で友人から教えてもらった雑貨屋に向かおうとしていたところだと、最寄り駅と共に伝えると、すぐに電話がかかってきた。
 先日独り暮らしを始めたばかりのせいで、家の景色が殺風景であり、ちょっとでも飾れるものをと思って友人に勧められたお店に向かおうとしていた。高校と今の住居の間にある場所で、定期券の範囲内なので、電車賃はかからない。いいところを教えてもらえたものだと、一月ぶりの学校も勤務もない一日を使って訪れようとした、そんな矢先の連絡だった。
 嫌な予感しかしない。休日が潰されそうな虫の報せがあり、電話に応対するのが億劫に思われた。しかし、自分の疲労感や抵抗などまるで障壁でないと言わんがばかりに勝手に自分の手は動き、「はいもしもし」と応答してしまっていた。自分がこうやって休んでいる中、被害に会う人が出るやもしれぬと思うと、彼にとってその行動は仕方のないものと言えた。

「知君、今来れるか?」

 奏白の人柄を表すような、快活で爽やかな活気に満ち溢れた声が聞こえてきた。しかしその語調は普段よりもひっ迫したものであり、何かよからぬことでも起きたと察せられる。

「行きます。どこへ行けばいいですか」

 やはり出動の要請だったかと、嫌な予感が的中したことを嘆いた。自分が出動する時など、決まって良くないことが起こっているに決まっている。自分たちに仕事が回ってこないことこそが平和の証だというのに、どうしてこうも事件は起こるのだろうか。
 フェアリーテイル対策課、第7班の知君は頭を抱えた。先月新たに警察署内で結成された、出来立てほやほやの課なのだが、急に設立されただけあって中々の仕事量が回ってきていた。全部で十班あり、シフトを組んで事件に当たっているのだが、それ以上に事件の発生件数が多い。
 フェアリーテイル、その存在は昔から何件も報告されてきていた。そのため、本来はそれほど気にするようなことではなかったのだ、単なる守護神としては異質な存在、それだけだった。
 多くの人が被害に会い、怯えていると思うと、胸が痛くなる。どうして世の中は平和になってくれないのだろうかと、いつも思う。争うだけ誰かが傷つくというのに、どうしてそんなものを続けられるというのだろうか。かつて奏白に相談してみると、顔に似合って女々しい言葉だと笑われた。が、その後に確かに仕事は少ないほうが嬉しいと続け、最後にはぶっきらぼうにお前は優しいなと言ってもらえた。おそらく、胸の内に秘めている理想は同じなのだろうと知君は思う。

「今日は偶数班が勤務のはずですけど……」
「あいつらは今case1(ケース1)を追ってる。まあまた取り逃がしそうだけどな」
「やっぱり、シンデレラは別格なんですね。それで僕らの担当は何ですか?」

 厄介どころといえば赤ずきんだろうか、それとも桃太郎だろうか。桃太郎はまだ理解できるのだが、赤ずきんもなぜだか随分武闘派の厄介極まりない守護神の一人だ。統制を失い、実体を得た守護神というだけでも過去に無かった事例だというのに、その気になれば大量殺戮を行えるだけのスペック、フェアリーテイルと総称される一部の守護神は誰も彼も三桁ナンバーと同等以上の力を持っている。中でも武力に特化している先に挙げた二人は、これまで対策課も痛手を負わされてきているほどに、腕利きの指名手配犯だ。
 ただし奏白自身も腕利きの武闘派で、どうせ誰かが検挙するならいつか手合わせしたいと先日から言っていた。それならば電話越しの声音ももう少し興奮して聞こえそうなものだが、そのような様子は無かった。これはつまり、別件を担当しているのだろう。

「アンノウンだ。初感知はついさっき、特定された現在地は警察庁の半径1キロ以内だ」

 アンノウン、正体不明という意味だが要するに現れたばかりの個体という訳だ。おそらくは、シンデレラにかかずらっている、出勤中の2、4、6、8、10班の代わりに対策室で待機していた奏白が探索チームからの報告を受けてアンノウンを取り押さえようと仕事を買って出たのだろう。
 アンノウン、どういった性能の守護神なのか確かめなければ大きな災害となるかもしれないため、放置できない。場所が警察庁近辺というのが、危機感の欠如からきているのか、実力からくる自信が由来なのか分からず、手は出しにくいのだろう。
 そういう時には遠慮なく若いのに仕事を回してくるんだなと知君は目的地手前で大きなため息を一つこぼした。出る杭が打たれるのは仕方ないが、それにしても大人はもう少し自分に寛容になってくれてもいいじゃないかと抗議したい衝動に駆られる。
 しかし、現実的に考えると奏白といい、三人目といい、第7班は少数精鋭で成り立っている。人数こそ少ないが、危険な現場に駆り出される頻度が高くなってしまうのは理解できなくもない。下手に他の班員を派遣したところ、帰らぬ人となってしまったとなると、きっと自分たちも寝覚めが悪くなることだろう。
 感知されてから今まで、一応そのアンノウンは動く気配が無いとのことだった。電車で来てくれてかまわないと奏白は告げ、その間は自分と妹とで見張っておくと付け加えた。その二人が見張るというなら、どこかへ取り逃がすような事態はそうそう起こらないだろう。彼らの守護神の能力は索敵、偵察、果てには戦闘にまで応用が利く。
 買い物はまた後日にしましょうかと、もう目と鼻の先にまで迫っていた雑貨屋に踵を向けた。そのうちまた休日は貰えるだろうし、何なら学校帰りに寄るのでも構わない。人々の安全な生活が何よりも大事、そんな警察官のようなことを考える。
 いつ対象が動きを見せるか分からない。そのため、できるだけ早くこっちへ来てくれと奏白は知君に頼んで、返事を待たぬまま通話を切った。確かに通話したままだとアクセスできないためそれも仕方ない。

「まあ警官みたいというのはあながち間違ってる、って訳でもないですけどね」

 知君自身は、他の第7班の二人とは違って知君は警察官ではなく高校生である。諸事情あって先月から協力を受け入れているだけで、できれば平穏に学生生活を過ごしたいと常日頃から願い続けている。能力があったって、守護神がいたって、良いことづくめとは限らない。戦争の道具が、火薬と鉄から守護神に変わっただけだ。
 フェアリーテイルの一連の騒動は、そんな傲慢な人間に対する守護神からの鉄槌ではないか、そう提言している開設者を以前にどこかのニュースで目にしたような気がする。守護神にも意志があり、好みがあり、正義がある。それは知君自身が近代を生き抜く中で学んできた事実である。
 最寄り駅に電車が付くのはちょうど五分後、ぎりぎり間に合うだろうかと思った彼は、駆け足で今来た道を戻るのであった。



「兄さん、先に私たちだけで突撃しませんか」

 警察署の一室、仕組みを理解するのも困難な複雑な検知機器が壁一面に立ち並ぶ部屋の中、二人の捜査官は待機していた。フル稼働して熱を発するコンピューターが観測したデータを大画面のモニターで見ながら、若い女性捜査官は隣に立つ男性に話しかけた。
 二人の顔はそれほど似てはいなかったが、どことなく表情や立ち振る舞いには似ている面影があった。警察の若手において最有力のエース、それがこの二人である。肩まで伸びた髪をゴム紐で束ねた女性は新卒で今年入ってきたばかりの新米だったが、兄に似て既に検挙数は同期の中で一番だった。女性だというのに、男性よりもずっと働いていると評判である。整った容姿をしているとはいえ、かなり気が強く、少々視線が鋭いのだが、それがどことなく男性の心を煽るらしく、密かに彼女に恋焦がれる者も少なくない。

「んー」

 通話の終わったphoneを一度ポケットに収納し、呼びかけられた彼は気の無い返事を返した。飾り気のない美人の妹とは違い、茶色く染めた髪はゆるやかなパーマがかかっている。きっちり制服を着用する彼女とは対照的に彼はスーツを着崩しており、ラフにしているという言葉がよく似合った。そんな彼は妹の言葉を意に介さぬような面持ちで、じっと画面に映った大きな赤い点を凝視する。その周囲にはちらほらと青い点が囲むように映っている。

「やっぱシンデレラは強いよな」
「兄さん、今そんな話は……もういいです」

 あくまで知君が到着するまでは動かない。そう判断した奏白は、態度だけでその意志を彼女に伝えた。警察署近傍に現れたアンノウンだが、その個体の発するエネルギーのパターンを正確に特定できていないため、未だ大雑把な位置しか把握できない。case1、シンデレラはこれまで何度も捜査官がエンカウントしてきたため、データが揃っており、こちらの世界に顕現している間は所在が掴めるようになっている。
 位置が掴めるフェアリーテイルは赤い点、捜査官のphoneに埋められた発信機が青い点で標識されている。その他多数見受けられる緑色の点は一般人のphoneから発される波長を感知したものだ。こうしてみるとやはり、都心というのは人があまりにも多いなと奏白は呆れかえった。

「一ついいですか、兄さん」
「おー、どした?」

 苦い。コーヒーを飲んでもないし、良薬を舐めたわけでもない。それでも口の中が苦々しくて仕方なかった。思いを噛み潰すようにしたまま、キッと兄の顔を睨みつけて彼女は兄を問いただす。

「どうしてそんなに、彼を信頼しているんですか。ただの高校生ですよ」

 フェアリーテイル対策課設立時、最も物議を呼んだのは何よりも、一般の高校生、それもどんな分野においても無名である少年の採用であった。話を聞くところによると、警察庁を統べる男、琴割(ことわり)が急に連れてきたかと思うと、唐突に7班の班員に加えたのだ。そこからの彼の自己紹介の際には対策課員の集った会議室は阿鼻叫喚の嵐だった。
 知君 泰良(たいら)高校生で、図書委員。成績は優秀だが、せいぜい有名私立大学どまり、鳴り物入りするほど頭がいいわけではない。スポーツの経験もなく、体力テストは全国平均をどれも下回る。そんな少年が、どうして。誰もが頭を抱えたが、結局は琴割の気まぐれということで話は決着した。
 そもそも署内には奏白 音也(おとや)の検挙数に嫉妬している者は多かった。貧乏くじを掴まされたなと奏白を冷やかし、からかい、バカにする者はその後増えた。その後、フェアリーテイル対策課は今のところあまり成果を挙げられておらず、それも大体他の班の手柄だったので、日に日に奏白への妬み嫉みを裏返した自慢や、知君を罵倒する声が増える始末だ。
 彼女、奏白 真凜(まりん)へかかる声も日に日に増えていた。ただしこちらは悪意ではなく下心が由来であった。兄も美形なので女性から人気はあるが、女性の少ない職場における、美人の真凜の方がよほどそういった不要な人気を獲得していた。君は優秀なのに、頼りないお兄さんと足手まといの高校生に挟まれて大変だね。今度飲みにいかないか、愚痴ぐらい聞いてあげるよ。誰が、お前たちなんかに。笑顔で断る裏側に、ずっと怒りを隠してきた。
 セクハラ紛いの飲みの強要のお断りなど、ストレスではなかった。何より癇に障ったのは、明らかに兄より劣る、いや、兄にまだ達していない真凜自身よりも劣っているのに兄の音也をバカにする男と出会った時だ。
 どれもこれも、知君のせいだ。自分たちが馬鹿にされるのも、7班に成果が出ないのも、奏白が不当に低い評価を受けたのも、自分が不特定多数から弱みに付け込むように言い寄られるのも、全部、全部知君のせいだ。

「ただの高校生を連れてくると思うか?」

 何を言っているんだと言いたげな表情の奏白が真凜を諭すように微笑みかけた。どうして、そう零して拳を固く握る。どうしてそんなに庇うんですか、どうしてそんなに肩入れするんですか。言いたいことは山ほどあって、どれから言葉にしたものか彼女には分からない。どうして、もう一度零しても、その先の言葉は続かない。

「アクセスすらまともにしてないのに……」
「あいつ、普段はアクセスするのを許可されてないからな」
「えっ……? それは、どういう……」

 アクセスを『してはいけない』と指示されている。一か月共に捜査をさせられた真凜にとってもそれは初耳だった。周囲の者にそれを隠しているからには、きっと何か事情があるのだろうと分かる。機密、なのだろうか。

「同じ班員だし、そろそろ真凜には伝えておいていいかもな」

 その時だった、周囲で画面にかじりついていた職員たちの感嘆のどよめきが響いたのは。一旦話を区切った奏白は近くにいた一人の職員に何があったかを尋ねた。すると、とある監視カメラにアンノウンが映りこんでいたとのことだ。青を基調とした、白い布の装飾がついたワンピースに、黒いリボンを頭に付けた、金髪碧眼のまるで人形のような美少女。このイメージは間違いなく、例の作品から現れたものだろう。

「アンノウンの正体を特定しました。予測通り、新奇観測フェアリーテイル、case17アリスと認定します」
「位置と状況は?」
「成人男性が手を引いてここから数百メートルのマンションの玄関を入っていったところです」
「馬鹿だろーその男、こんだけフェアリーテイル騒ぎが起きてんのに」

 警察でさえ手を焼くフェアリーテイル騒動、それは最近よくニュースやワイドショーで取り上げられるようになった。それが原因で対策課が設立されたと言っても過言ではない。

「仕方ねーな。真凜喜べ、準備しろ。俺たち二人だけで先行するぞ」
「はいっ!」

 潔い返事を返し、真凜も奏白もphoneを手に取る。奏白は先に、近くにいた職員に現状の報告を自分に変わって知君に伝えてくれと伝える。アクセス中はphoneによる通信機能がほぼほぼ制限される。そのため他の者に連絡を頼む必要があるのだ。携帯電話を追加で一台持って連絡できるようしている捜査官も最近はいるのだが、急なアクセスの際に取り違えないように一台のみが推奨されている。
 それに奏白の場合、アクセス中に普通の携帯電話であれば壊れてしまう危険性もある。

「認証モードを起動してくれ」

 phoneに口頭で指示し、機械はそれに答えるかのように電話をかける際のダイヤルパネルのような画面を表示する。機械のガイド音声が流れ、二人はその指示に従う。

『ナンバーを入力してください』

 二人は互いに自分自身の固有番号であるナンバーを入力する。例えば奏白であれば649番、真凜であれば224番といった風にだ。この番号が表すのは、守護神の住所のような、電話番号のようなものであり、自分と自分の守護神とを結びつけるための認証コードのようなものだ。
 守護神は異世界に住まう特別な存在であり、強弱は個体により様々だが固有の特殊能力を持っている。基本的に彼らは自分の住む世界の中にしか居ないが、phoneを媒介としてアクセスし、こちらの世界に顕現することで契約者に自らの能力の行使を代行させる。守護神にとってこちらの世界は訪れることそのものが娯楽であり、それが彼らへの代価と言えた。
 この契約はかつてはcalling(コーリング)、今では守護神アクセスと呼ばれている。

『守護神へのアクセス、認証されました』
「よっしゃ来いよ、アマデウス」
「来て、メルリヌス」

 二人の、守護神が現れる。

Re: 守護神アクセス ( No.2 )
日時: 2018/02/03 01:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

『守護神へのアクセス、認証されました』
「よっしゃ来いよ、アマデウス」
「来て、メルリヌス」

 二人の、守護神が現れる。スマートフォン型の異世界接続端末の画面から光がほとばしり、オーラ状に契約者の二人の体を包み込んだ。奏白は緑色、真凜は青色のエネルギーをそれぞれまとっている。呼び出した守護神の姿は契約している本人にしか見えない。奏白の目には巻き髪でタクトを振るうアマデウスの姿が見えていれば、真凜にはローブと三角帽子で身を包み、つえを振りかざす大魔女の姿が見えている。
 迸る守護神の力がその場を包み込んだ瞬間、アクセスを完了した二人はすぐさま行動を始めた。すぐさま現地へ向かうために二人は屋外へと向かって駆け出した。二人がそれまで待機していた観測室は署の中でも最上階に位置していたため、下に行くよりも屋上に出た方が早いと判断し、階段を駆け上る。屋上への鍵は施錠されておらず、押せば簡単に開いた。
 緊急事態が起こっているというのに、随分陽気な快晴の空が顔を見せる。世間はきっと平和な休日を過ごしているのだろうと、真凜は奇しくも知君と同じようにそういった人々に嫉妬した。けれど、人々の平和を守ることこそが自分たちに与えられた使命なのだと己を鼓舞する。それに、ここでアリスを検挙することができれば、7班の評価がうなぎ上りになることも間違いなしだ。ポジティブに考え直した真凜は、気が急いたり浮かれたりしないよう一度だけ、小さく深呼吸した。
 結果で全て語って見せる。高校生が一人いなくたって自分たち兄弟の力でならフェアリーテイル一人くらい検挙できる。

「真凜、状況が状況だから俺一人で先に向かって一般男性からアリスを引きはがす。お前は後から俺が向かうところに飛んできてくれ」

 そう言うが早いか、奏白は瞬時に地面を蹴り、亜音速で宙を駆け抜けた。彼の持つ守護神アマデウスの能力の一部なのだが、相変わらずフットワークが軽いことだと、その姿に感嘆する。誰よりも早く駆け付けて、弱き者を救って見せる。それが奏白の矜持であり、これまでずっと守ってきた自身との約束だった。
 守護神アマデウス、それは死したモーツァルトの魂が異世界へ転生して守護神となったものだ。稀代の作曲家であったアマデウスは、音にまつわる能力を操る。周囲の音から聞きたい音だけを抽出したり、座標を指定してそこに声や音を届けたり、大音量の音波を解き放って広範囲に強力な衝撃波を放ったりと、その用途は多岐に渡る。さらにそれに加えて、亜音速での移動、肉弾戦を可能にする。もともとは作曲家だったとは思えないほどに暴力的な守護神ではあるが、アマデウス自身は気さくで心優しいと奏白はよく言う。
 守護神にアクセスしている際、身体能力もそれぞれの守護神の力に応じて強化される。この身体能力の強化はナンバーの序列に関係なく守護神により様々だ。
 私も早く向かわないと。真凜が宙に手をかざすと、途端に空間が歪み、真っ黒な次元の裂け目が浮かび上がった。奥の様子はまるで見えず、底知れぬ沼のように思えるが躊躇なく真凜はその中に腕を突っ込んだ。彼女にとってこの異次元へつながるワームホールは移動可能な収納スペースに過ぎない。彼女はその中から一枚の薄い楕円形の板を取り出した。スポーティーなデザインをなされているのだがそれは当然、近所のスポーツショップで購入したスノーボードであった。
 真凜がひょいとそれを空中に敷くようにしてやると、ふわりと宙に浮いたままボードは静止した。空中に浮かび上がったボードの上に真凜は両足を置き、自身の体重をボードに預けた。成人女性一人分の体重を悠々支えたまま、ボードは勢いよく空へより高く飛び上がる。

「それにしてもメルリヌス、流石に魔女なら箒じゃない?」

 いつも捜査官の制服の状態でスノーボードにまたがるミスマッチな姿にさせられる真凜は冗談交じりに愚痴をぶつけた。宙をそのまま飛ぶための魔力をボードに込めながら、彼女は自らの守護神のその主張を聞いた。

「知らん。今のわらわはこれが気に入っておる」
「はいはい、じゃあ行くわよ」

 他人が見れば独り言としか捉えられない声を残して、彼女は箒に跨る魔女さながらに宙に浮かぶスノーボードを駆使して飛び立った。奏白の速度には負けるが、それでも車よりもずっと早いスピードで、空を自由自在に移動することができる。初めて乗った時は乗り物酔いが酷かったけれども、今となってはもう慣れてしまった。メルリヌスには身体強化の補助がそれほど働いていないため、高速でただ移動すると風やごみの直撃で痛手を負ってしまう。そのため、魔力の一部を使って自分の体を守るためのバリアを、自分とボードを覆うように作り出した。
 メルリヌス、またの名をマーリンという彼女の守護神は、アーサー王伝説にも出てくる予言の魔女だ。魔法使いらしい能力として念動力と魔力による弾や光線を自在に操作して攻撃する能力、そして最後に一番の個性として『未来予知』を行う能力を持っていた。流石は予言の魔女なだけあって、強力な能力であり、身体が強化されないことも受け入れざるを得ないものだった。序列が高いだけあるなと太鼓判を押されて警察学校を首席で卒業し、今や最有力ホープに至るわけである。
 ただしこの未来予知も完ぺきではなく、遠い未来の予知をしようとすればするほど、その予知の精度は下がり、解析が自分でも困難になる。
 三分後の奏白の位置を予見してみる。すると、都内のスクランブル交差点のその中心で戦っている姿が見えた。

「どういうことじゃ? こんな人通りのありそうな街の中心で」
「今は立ち入り禁止なのよ」

 シンデレラのせいでね。事情は道中話すと告げ、まずは目的地へ向かって加速する。一秒でも早く駆け付けて、助けなければならない。
 そう、見える未来がいつだって明るいとは限らないからだ。どんな未来が見えるのか分からないため、基本的に真凜は予知の能力を極力使わないようにしている。もし五年後の自分を予知して、ほんの一瞬映った景色の中に、兄の音也の遺影があったりしたものなら、その後笑って生活できるか分からなくなるからだ。
 そして、今回見えた未来もそれほど明るい結果ではなかった。見えたそのビジョンの中で、アリスと正面から対峙した奏白は、苦戦を強いられていたのだから。




 二人が追っているアリスに関して、後に事情聴取を受けたとある一般男性Aはこのように述べたらしい。下心があった訳ではない。ただ、女の子が路地裏で空を見上げてじっとぼうっとしていたため、心配になって声をかけたのだという。名前を英語で尋ねればアリスと答え、その容姿から見るに外国人なのだろうと思ったようだ。名前を答えた以外はその後ずっと黙り込んでしまったため、それ以上の情報は彼女の口からは得られなかった。
 とりあえず迷子だと思い、お腹が空いてたりしたら辛いだろうと思って家へ上げようとした。なぜそこで交番などに届け出なかったのかと尋ねてみると、しどろもどろに適当に扱われると思ってなどと供述し始めた。誘拐や監禁、あるいは多少いかがわしいことをしでかそうと企んでいたのかもしれないと思った調査官だったが、それでも今回の事件では彼は被害者に過ぎないのでその点は見送った。
 家に着いてもアリスはとくに口をきくこともなく、じろじろと家の中を見回すだけだったという。家にあった適当なおかずを電子レンジで温めている最中に、皿を取り出そうとしてシンクの下のスペースを開け、しゃがみこんだ時の事だったらしい。首筋にアリスの冷たい手が触れた。
 びくりと驚いてアリスの顔を見上げたところで、記憶は途絶えた。アリスの目を見たその瞬間に気を失って倒れてしまったらしい。ただその際に唯一覚えていたのが、出会った時には透き通るような碧眼だったのに、その瞬間だけは不気味に濁った赤い瞳だったということだ。
 後になってアリスから得られた証言を元にすれば、奏白が駆け付けたのがその数秒の後だったという話だった。




 大都会に立つマンションの中層部に位置する一室、その部屋の主が不意に昏倒したのを目にして奏白はやむを得ず突入した。ガラスの窓に強力な音波をぶつけて叩き割り、アリスが立ち聳える住居へと押し入った。稲妻が落ちたかのような鋭い悲鳴を上げて窓ガラスは砕け散り、粉々になったガラスは陽の光を浴びてきらきらと舞いながらフローリングの上に散らばった。突然の轟音にアリスも気を取られる。
 その瞳が赤く濁っているのを目にした奏白はやはり一足遅かったかと舌打ちした。血のように朱に染まった瞳の、おとぎ話の世界から飛び出してきたかのような、決まった契約者を持たない守護神。フェアリーテイルの特徴と、完全に合致していた。

「お兄さん、だぁれ?」

 人形のような美しい顔に似合った、小鳥のさえずりのような声だった。一瞬、無邪気な子供だと勘違いして邪気を抜かれてしまいそうな心地になるが、その実態は世間を騒がし警察にも手が付けられないフェアリーテイルの一員。まずは、周囲の人々の安全を確保するべきだと奏白は判断し、それに沿うよう行動した。
 フローリングの上に散らばるガラスを踏み砕き、アリスに詰め寄る。相手が何かをする前に急がなければならない。アリスの膝の裏と肩に手をかけて抱きかかえ、再び亜音速で宙を駆ける。人がいない場所はあらかじめ観測室で確認しておいた。都内ではシンデレラ確保のための大規模作戦が行われており、一般人立ち入り禁止の区画がある。そこに中でなら誰にも被害を出すことなく戦いに集中できる。
 そうして数十秒の飛行を終えて後、人一人いない閑散としたスクランブル交差点に二人は降り立った、という訳だ。フェアリーテイルは加害者であるが、話を聞き出せれば重要参考人になる。そう上から指示されているため、無碍には扱えない。大事に抱きかかえたアリスを奏白はゆっくりと路上に立たせた後、すぐさま距離を取った。一分の油断もする訳にはいかない。
 突然抱きかかえられて知らぬ場所まで移動させられたアリスは茫然として立ち竦んでいたが、すぐさま気を取り直して奏白をじっくりと観察する。一通り眺め終えたかと思うと、アリスの頬は僅かに、先ほどよりも赤みを帯びていた。

「お姫様抱っこなんて初めてしてもらったな」
「……そりゃ俺も鼻が高いよ」
「それにお兄さん、かっこいいね」

 さっきの人よりも断然いいと、アリスは言った。まるで男を品定めし、値踏みしているようであった。あなたならば私の隣にいるだけの資格はあると、彼女は言葉にはしていないが思ってはいるようである。

「どうせなら、お兄さんを私の語り部にすればよかったな」
「契約者ってことか?」

 フェアリーテイルと言えど、他の守護神と同様に誰かと契約をしなければ能力をこちらの世界で行使することはできない。そして彼女たちは、誰かと契約を結ぶことで契約者のみならず彼女たち自身も実体を持ってこちらの世界に現れ、自分の能力を使うことができる。もともと、人間が制御しきれる能力じゃないというのが彼女らの特徴ではあったのだが、今回騒動になっているようなこの現象は明らかに暴走と呼ぶにふさわしかった。

「みんな殺しちゃえって言われてるけど、お兄さんはアリスのお兄ちゃんになれるよう、お願いしてみるね」
「それは光栄だね。でも残念、俺にはもう可愛い妹は一人いるからもう沢山だ」

 真凜が降り立ったのはその時だった。未来予知で奏白の窮地を見ていなければ、到着後に全力を出して戦えるだけの余力を残せる速度で向かったのだが、未来を見てしまったためスタミナを考えずに全速力で空を駆け抜けた。そのため、息も絶え絶えという具合だが、二人の開戦以前にたどり着くことができた。

「こいつがそうだ」

 そう言って真凜を指してアリスを挑発する。するとあからさまに、はちみつ色の髪を苛立ちでわなわなと震わせて、アリスは臨戦態勢に入る。お子様らしく冷静さを失ってくれたなと、奏白は満足する。

「兄さん、これ、どういう、状況?」
「大分バテてるな、大丈夫か? とりあえずこっからはただ戦って取り押さえる。フェアリーテイルを完全に無効化する手段は分かってないけど、まあ……あいつが来れば何とかなるだろ」
「あいつって……? いや今、それはいいです、早いところ取り押さえましょう」

 アリスはというと、怒りと嫉妬がない交ぜになったような表情でじっと真凜を睨んでいた。折角の美少女が台無しだぞと奏白は軽口を叩く。

「兄さん、冷静さを欠かせるのはいいですが、あまり追い詰めすぎない方がいいかと」
「アリスの仲間なんて原作的にチェシャ猫とか三月ウサギぐらいのものだろ、大丈夫だ」
「いえ。赤ずきんが狼を能力として使役している例から、物語全体から能力を彼女らは得ているはずです」

 だとすると、戦闘に向いた兵隊を大量に統べることもできるかもしれない。その可能性を疑い、真凜は額に嫌な汗を浮かべた。物語全体からフェアリーテイルは能力を得る。主人公を襲い、痛めつけるような者でもその者の能力となり得るのだ。

「じゃあそのお姉さんが死んじゃったらアリスを妹にしてくれるよね?」

 暴走している個体は思考も過激になる。彼女がcase17であると認めるには十分すぎる証拠は揃った。だがしかし、今までずっと足踏みし続けてきたのはここから先が原因である。単純に、フェアリーテイルは強すぎる。不思議の国のアリスのストーリーを思い起こし、真凜は最悪の予想を立てる。あの作品には、兵士が何人も出てこなかっただろうか、と。
 そして、嫌な予感は現実となる。標的としてアリスは、奏白と真凜の方を指さした。そして、彼女は自らの配下に対して高らかに命令を宣言した。原作において、『彼ら』が本当にアリスの配下であった訳ではなくともお構いなしに、40体の兵隊は突如として現れた。

「トランプの兵隊さん! あの女を、殺しちゃって!」

 わらわらと、トランプの胴体の上に、西洋の甲冑の上に鎮座するような兜が顔の代わりに乗っかったような異形の兵隊が現れる。トランプの模様はハート、スペード、クローバー、ダイヤ、それぞれが1から10の40体。それぞれが長槍に銃、剣などの思い思いの武器を掲げている。
 こうして、case17アリスと対策課第7班との交戦の火蓋が切って落とされた。


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