複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.153 )
日時: 2019/10/20 17:21
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: U7ARsfaj)


狒牙さん、こんにちは^^ 友桃です。
まだ序盤までしか読めていませんが、守護神アクセスおもしろかったです! ていうか結構のめりこんで一気読みした気でいて、キリいいとこまで読んだしコメント残そう〜今どれくらい読み進めたのかな〜と軽い気持ちで目次を見返したらまだ「File1」でびっくりしました笑 すごい読みごたえがある……!

この硬派な文章の中でシンデレラとかアリスとか可愛い敵キャラが出てくるギャップがすごく好きです。
しかも名前だけじゃなくて、ほんとにアリスが可愛くて……!!←
序盤ずっと、アリス可愛い、見た目も言動も雰囲気もなにもかも可愛い、これが敵キャラとかすごいツボすぎる……!と思いながら読んでいたら、だんだんアリスが可愛いとかいうレベルじゃなくめちゃくちゃ強いことがわかってきて後半恐怖を感じました(;´Д`)

このチートなアリスちゃんはたぶん主人公の知君くんが助けてくれるんだろうと期待していたら、期待通り助けてくれたんですけど、彼のかっこよさが期待をはるかに超えていて惚れました。普段敬語なのが戦うときに口調変わるとかすごい好き。しかもアリスちゃん倒しちゃうのかなと思ったら最後救ってくれて(?File2読まないとわからないですけど)再度惚れました。また知君くんの活躍を見に来たいと思います。

あ、あと真凜さんの「兄さん」呼びが好きです。私の頭の中ですごく素敵な声で再生されてます(意味不

また来ます〜
更新頑張ってください^^

Re: 守護神アクセス ( No.154 )
日時: 2019/10/21 16:43
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


友桃さん >>153

今日は、こちらに来て頂けるだなんて感謝感激雨霰です。
本作死ぬほど長くなってしまって、もはや自分が書いてきた中だと文字数では過去最長ものなんですよね(白目)
段々一章ごとが長くなっていきますので、疲れやすくなってしまうと思いますのでそんな時には他の方のスレッドで癒されてください←

アリスはひたすらあざとく、可愛らしくを目標に動かしたので、幼い女の子が嫌いで無いならそうなりがちですね。
調子に乗っちゃうところも奏白さんや知君を欲しがるところも悔しがってるところも全部含めて「あら可愛らしい」と思ってしまうと言いますか。

物腰柔らかい子がここぞって場面でいきなり豹変して強くなるっていうのがほんとに好きで好きで、自分の趣味をそのままぶちこんだのが知君くんです。
だから主人公だし優遇されるんですけど彼の次なる活躍は割と後なので、それ以外のメインキャラたちのご活躍をぜひぜひ見て頂けたら嬉しいです。
>>12-13 や >>36-37 辺りがキャラクター紹介的なノリで進む序盤の中では作者の思う自分的に好きなところなのでおーじとかかなしろニキと僕が呼んでいる子達にも注目して頂けると幸いです〜。

では本編も投稿しなければなのでこのあたりで失礼します。
ECの方も更新頑張ってください!

Re: 守護神アクセス ( No.155 )
日時: 2019/10/21 16:45
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


「対象はロバート・ラックハッカー、奪い取るのは……その守護神のシェヘラザード!」

 本来であればラックハッカーに対してはネロルキウスの能力さえ通用しない。しかし法と規則、理の中には、時として例外的な事象が存在するのもまた事実だ。各守護神が独断で暴走し、この世界に牙を剥かないようにと定められた最低限の統治システム、それこそが十一人の絶対的な強者。しかし、そのELEVENこそが暴走した時の答えを持ち合わせていなかった、それゆえに定められたELEVENのための断罪人。
 それこそがネロルキウスという最上人の界を統べる王。傲慢と顕示欲の塊であり、相手がたとえ神やそれを強く信奉する者であろうとも、欲のためには刃を突き立てる。
 彼こそが相応しいと決めたのだろう。英国開闢の王、過去最高峰のストーリーテラー、悪魔の王に天使を統べる物。化け物だらけのELEVENに混じっても臆することなくその喉元を裂く機会を待ち続けられる者などそうはいない。
 だからこそ、世界に反旗を翻したELEVENを刑に処すために彼がその地位についたのだ。自我も強くプライドも高い、最上人の界の神々を束ねるための胆力を持ち合わせていたのも大きい。
 しかし、就いたはいいものの、その役目を全うすることはこれまで無かった。想定以上にELEVENには理知的な人間、あるいは人間性を持った者が揃う事となった。そもそも有事の際の最後の砦のような立ち位置だ。己に仕事が来ないままの方がよほど世界にとっては居心地がいいのだろうなと数百年の後にネロルキウスも理解し、その後また数百年その退屈を甘んじて受け入れることとしていた。
「待てと言っているだろう少年! 貴様が何をしようとしているのか分かっているのか? 神に選ばれたこの私を、凡人のステージへと突き落とそうとしているのだぞ! 私は、私は決してイカロスではないというのに……こんな事……こんな事っ!」
 必死の形相で抵抗しようとしているのだろう、ラックハッカーは知君の同情を引くためにか、ひたすら吠え続けていた。だがおそらくはそうではないと知君は理解できた。あの物言い、自分以外の人間を蔑ろにする行動理念。あれは本気で、自分に認められた権利が剥奪されることを憂いているだけだと分かる。
 それに伴い生じる憤りを、火山のごとく爆発させているようだがネロルキウスが屈する訳もない。散々他人の顔色を窺い、頂点へと昇りつめた男を警戒するほど、ネロという皇帝は臆病ではない。さんざん待ちぼうけだった、本来の役目を全うする、その日をどれだけ待っていた事か。
 理由など当然一つ、己が他のELEVENを圧倒する王の中の王である証明。ただ、それだけだ。もし彼の人間性がわずかでも知君の中に入り込んでいれば、間違いなくガルバの能力に囚われていたことであろう。しかし彼という武器をとって戦地に立つ知君は、いつだって、今夜にしても、誰かのために立ち上がっていた。
 故にセルウィウスの能力は効果が無かった。だからこそ知君 泰良はラックハッカーを止めるに値する人間になれた。過去未来において、彼以上の適役が居ただろうか。ネロルキウスの能力を借り受けるに相応しい人間が。
 きっと居なかった。そしてこれからも存在しない。
 終着は静かに訪れた。誰もが固唾を呑み、身動きさえできなかった。頬を伝う冷や汗が喉元から垂れて、地面に落ちていくことさえのんびりと感じられる。足元の水溜まりに汗が溶け入り、波紋が広がった。それでも、誰一人として喋ろうとはしなかった。
 ぐらりと、一つの影が揺れた。月明かりが照らす水面に、鏡映しになった自分が迫ってくる。何とか反射的に手を突いて地面にキスすることは避けたものの、言いようのない倦怠感が全身を襲った。膝は笑い、体重を支えている両腕は今にも悲鳴を上げそうな程に。これが、全てを失った反動なのか。まだその現実が受け入れられない彼は、絶望するよりも先に自嘲気味に笑ってみせた。
 地に接したところから、人魚姫の能力で呼び寄せ、降らせた雨が服に沁み込んでいった。秋の夜、冷たい感触が全身をじわじわと蝕んでいく気配を感じた。全てが潰えた、燃え尽きた自分には相応の末路だ。そう、ラックハッカーは自覚した。

「ハハハ……。負けたね。そうか、対策も用意したのだがな……」

 湿っぽさを感じさせない乾いた嘲笑。自棄になっているという言葉が似あうであろう。哀れな末路だと言える。それで構わないとも思える。ただ、そんな様子を目にしたからこそ、尚更にやるせなさを感じてしまう勝者が居た。

「一体貴方は、どうして笑えるんですか」

 水溜まりを踏みしめる足音に、そして息遣いに、ラックハッカーは顔を上げさせられた。この自分を屈させたというのに、その表情は勝者の示すそれでは無かった。悲しんでいる訳ではない。ただ単純にその少年からはやり場のない怒りを感じた。

「大方、セルウィウスの契約者の扱いに憤っているのだろう。自分のことなど構いもせず。これだから、正義の味方ってものにはへどが出るんだ」
「……シェヘラザードの居ない今、急に正気に戻った彼が自分が何の片棒を担ごうとしたのか察して悲しむ可能性もあると考えました。その前に意識を奪うことでいったんそこで眠ってもらうことにしました」

 先ほど戦っている折りにラックハッカーは、一般人である王子 光葉を戦線に投入している捜査官一同と自分は何も変わらないと口にした。確かに表面的な理屈で言えばそれは覆しようのない事実だ。知君の存在自体もグレーどころか国際規約的には真っ黒なものだ。
 それゆえ押し黙ったが、琴割とラックハッカーが同一のステージに立っているとは考えられなかった。目的とする理想が天と地ほどの違いがある。琴割はあくまで、多数の幸福のために少数を切り捨てることを是としているだけであり、自身の将来性よりむしろ安穏とした社会の維持を目標としている。それに対しラックハッカーは、たとえ誰を、何を利用して切り捨てようとも、自分にとって理想的な世界になるのならば、どんな犠牲をも厭わない。
 利己的か否か、ではない。というよりもむしろ世界に害悪を為したか否かでその者の処遇は容易く覆る。今のラックハッカーの末路がそうだと言える。世界に仇を為した者であると判断され、彼はELEVEN特有の超耐性を失った。そしてネロルキウスにより守護神の能力を行使する権利を剥奪された。

「それで、シェヘラザードの能力でも使って星羅ソフィアを救うか? 何とも他愛ない決着だな」
「それが出来たら、よかったのですけどね」

 超耐性を没収されたのはあくまでラックハッカー一人。能力を悪用したのがあくまで彼であるからだ。シェヘラザードには相変わらずELEVENであるステータスが残っている。そして人の身には、二人のELEVENをその身に宿すだけのキャパシティが用意されていない。

「僕とシェヘラザードの契約は、貴方から行使権を奪い取った次の瞬間には破棄されています。人の身体で同時に扱えるのは、ELEVENともう一人、通常の守護神がいいところです」

 結局のところネロルキウスの能力しか彼には使えない。『傾城に対してネロルキウスの能力は通じない』、その世界の理が壁となって正面に立ち塞がっていた。これまで現れた強敵、赤ずきんや不思議の国のアリスは知君だけでどうとでも対処できた。しかし今度のシンデレラは話が別、白雪姫と同じように、取り押さえた後に人魚姫の能力で浄化しなくてはならない。
 しかし今、王子はそのシンデレラの能力により予め喉を潰されていた。歌を媒介にして治癒能力を発揮する以上、その歌声が封じられた現局面においてはその手段さえ断たれていた。

「知君、どうするつもりなんや」
「……取り押さえるしかありませんね。先ほど、まだ超耐性を得ている時期にシェヘラザードの能力で王子君は明け方までは絶対に負傷が治らないと運命づけられました。とすると……どなたの能力であっても明日の朝までは治癒できませんし、どれほど強力な毒であったとしても、何の処置をしなかったとしても明朝には完治することでしょう」
「なるほどな。シンデレラが逃げられへんように抑えといて、夜が明けてから救うって算段か」
「ええ、それならシンデレラもソフィアさんも無事に……」
「いいや、済まない」

 知君の下へ近づいてきていた琴割と、この後の策を講じる。十二時になった途端に姿を消す習性があるため、逃げられる可能性は否定できないが、それでも知君の策が最も現実的であると思えた。快復した王子に解決を託し、それまでは自分が繋ぎ止めると。シンデレラとネロルキウスが交戦した場合、軍配が上がるのは結局のところネロルキウスだ。お互いに能力が通じないとなると、お互いフィジカルのみで戦う必要がある。ただしネロルキウスは本来の肉体活性のみならず、他者から筋力、脚力、腕力、膂力といった概念を借り受けることが可能であるため、実質その身体能力は青天井だ。
 何とか星羅 ソフィアを取り押さえる手立ては整った。クーニャンや赤ずきんの疲弊もそろそろ無視できないだろう。先ほど奏白たちが合流したらしく、戦局は幾分かましになったようだが、その奏白や真凜も既に満身創痍だった。万全どころか、本来以上の力を発揮しているようなシンデレラ相手に、いつ崩されてもおかしくはない。
 そしてその思案を実行に移そうとしたところだった。水を差したのは静かに歩み寄って来ていた星羅 ソフィアの父親だった。感情も温度も感じられない、ひどく冷淡な声。しかし眼光だけはぎらぎらと、ただ一人を睨みつけている。琴割はその男に同情を感じずにはいられなかった。今でこそ全てを失ったものの、彼自身妻子に深い愛を注いでいた過去がある人間だ。協力者であったはずのラックハッカーに、謂れのない侮蔑を散々ぶつけられたその男が、怒りを感じないはずがない。なぜなら死した妻のかたき討ちのためだけに、彼という下衆にさえ協力を頼んだ男なのだから。
 もはや遠慮など必要も無いだろう。今後この男の権威が地に落ちることも確定している以上、躊躇うことも無くそのどす黒い怨嗟をぶつけるために、父は政治家の腹に蹴りを入れた。別段鍛えている訳でもない痩身の男の蹴りだ。ラックハッカーも苦悶に呻いたものの、必要以上の怪我を負っているようには見えなかった。

「止めて下さい、もうその人とは決着がついています」
「すまない。品の無い話だが、一度だけはやり返しておかないと気が済まなくてな」
「……その怒りを否定はできないので今は見なかったことにします。ところで、無事では済まないと、さっきの言葉は意味していると思うのですが、それはどういう……」
「ハハハ、先ほどの失言のせめてもの罪滅ぼしだ、私から説明しようか」
「黙れ。私達家族の問題だ、私の口から説明する」

 私達が何を想ってこの復讐を企てたか、それは以前送った映像でも語っていることから察しはつくだろうと彼は言う。だからそれについては語らないと。旧姓をロウンドラス、今は星羅 トーマスと名乗る彼は、詳細な過去が知りたければネロルキウスの能力を使えと口にした。
 知君が遠慮するということは分かっていたらしい。とんでもないと首を左右に振ろうとする少年を制するように、いいんだと彼は許可した。君の出生にも多少は関わる話なのだと。それに、ソフィアを止めるならば私達家族のことを知っていなくてはならないのだと。

「……貴方は今更自分たちの復讐が止められて構わないのですか?」
「そこの男がELEVEN、いや、超耐性を失った時点で失敗しているから問題ない」

Re: 守護神アクセス ( No.156 )
日時: 2019/10/21 16:47
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


「……貴方は今更自分たちの復讐が止められて構わないのですか?」
「そこの男がELEVEN、いや、超耐性を失った時点で失敗しているから問題ない」

 計画に必要な条件の一つは、ラックハッカーではなくELEVENの存在だった。これも語るまでもないことだと話を省略する。

「簡潔に必要な情報のみ抜き出していこうと思う。君はドルフコーストの能力をどれだけ知っている?」

 おそらく、見るだけで察しがある程度つくため、ネロルキウスで調べようともしなかっただろうと彼は推測していた。実際、何でも勝手気ままに情報を仕入れることをよしとしていない知君だ。誰かにとって知られたくない情報にどういった経路でいきつくかもわからない。そのため、彼の推測通り知君はドルフコーストの能力についてほとんど知り得なかった。

「それによって、フェアリーテイル化と呼ばれる現象が起きている程度です」
「それは間違っていない。ドルフコーストは二つの能力を持ち合わせている。一つは生前の彼が持っていた類稀なる求心力に由来する、洗脳の能力だ」
「ええ、その能力を用いて守護神の理性を奪い、フェアリーテイル化させ……」
「いや、それが読み違いなんだ」

 フェアリーガーデンの守護神をフェアリーテイル化させたのは決して、意のままに洗脳する能力ではないのだと彼は言う。それができたならば、もっと複雑な命令をいくらでも下せたものを、ただ破壊衝動を煽るだけの結果になっていたことが裏付けだと言う話だ。
 本当に洗脳で意のままに操れるのならば、全勢力をまとめて東京にぶつけて、嫌が応にも琴割を初日から引きずり出せたと。

「洗脳能力はもしかして、赤い瘴気による能力ではなく、黒い靄が特徴的な能力だった……」
「よく知っているな、その通りだ」
「この目で見ましたから、よく知っています」
「そうか。あのハイエストスカイリンクをジャックした事件を解決した場に君もいたのか」
「ええ。そこで奏白さんと二人で、洗脳されたであろう沢山の人々に追われ、赤い瘴気に毒された人にも囲まれました」

 身体だけは成長した知君が、長い年月を隔てて再びネロルキウスにcallingした日の出来事。守護神が発見されて以来、日本で起きた中で最大のテロだったもの。人為的に引き起こされたものだと分かった以上、その記録は今回のフェアリーテイルで塗り替えられるだろうが、あの大量の人質を抱えていた電波塔ジャックを日本が琴割抜きに乗り越えたのは奇跡としかいいようがない。しかしそれも、知君が解決したというなら話は別だ。

「そう、その赤い瘴気というものが、ドルフコーストの持つ二つ目の能力だ」

 すなわち、今回の事件の元凶となった能力。それは決して洗脳の力ではないと星羅の父は口にした。

「先ほど君は赤い瘴気に毒されたと口にしたな。まさにそうだとも」
「まさにそう。ということはあの力は単なる毒だと言いたいのですか」
「あれは端的に表すと精神を蝕む毒だ。ドルフコーストが生前率いていた組織ナチスは、毒ガスによって迫害したユダヤ人を迷い犬のごとく始末した。それゆえ、毒ガスを己が力として操ることなど造作も無いのだろう」

 精神を蝕む、そう言いはしたが実際には中枢神経に働きかけるといった方が正しいだろう。誰しも、自分の中に衝動や憎悪を抱えているものだ。しかし、理性は冷静に蓋をし、自分の行いが暴走しないように制御している。そしてその思考を司るうち、理知的な部分を麻痺させることで、己の内に救う破壊衝動を鎮静させることができず、むしろ延々と肥大して膨れ上がってしまう。
 脳の中のごく一部を麻痺させる。死の概念のない守護神たちとは言えども、死に至らない毒劇物や怪我の影響は体に現れる。しかもドルフコーストの産生した毒ガスは消えることなく体内に残留し続ける。知君がそれを除去しない限り、あるいは王子がその毒を浄化してやらない限り、フェアリーテイルはフェアリーテイルとして暴れ続けていた、という事実にも充分沿っている。

「フェアリーテイルというのは、理性のリミッターを外し、自発的な暴走を促した状態という訳だ」

 身体に蝕む毒を無理に取り除こうとすると、その毒に汚染された体に激痛、拒絶反応とでも表現すべきリアクションが起きる。そして守護神自身の治癒、あるいは自己修復能力は人間のそれよりもずっと高度なものであるため、直前まで毒ガスに侵されていたとしても、それを取り除いたらたちまち元の姿に戻るという訳だ。

「無邪気な少女のアクセルの踏み具合で、人を何人も丸呑みする狼の残忍さを発揮するが故赤ずきんはあれだけ多くの人間を殺した。酷な話だとは思うが、ああいった行為は良心的な判断力が欠如した各守護神が、自分の欲求を満たすために行った行為なんだよ」
「……否定は、しきれませんね」

 これまでのフェアリーテイルの中にも、およそ破壊活動とは縁のない行為に走る者も含まれていた。自分にとってお気に入りの男性を捕え、ずっと愛でようと考えていたであろうアリス。敵対した相手を殺すことは幾度かあったものの、戦う価値のある者だけを選り好みしていた桃太郎。
 人の世を壊そうと初めは息巻いていたが、最後は王子とセイラを引き裂くことに拘泥したせいで敗北を喫したかぐや姫もこの類に含まれるだろう。確かに、破壊衝動というのは気に入らないものへの苛立ちを直接的に発散しているだけの行為と思うと、理性のタガを外す毒ガスの作用だと言っても頷けるのは事実だ。

「ドルフコーストの能力については理解しました。ですがその事とソフィアさんを助けられないことが、どう結びつくのですか」
「いや、察しついとるやろ知君。毒ガスや言われとんねんぞ」

 突き付けられたくない事実を琴割に肯定される。否定して欲しいと縋るようにソフィアの父の方へ目線をやるも、瞑目し、ゆっくりと顔を縦に動かした。そう、瘴気のせいで理性を失った守護神達が、休むことも死ぬことも無く暴れ続けられるのは、あくまで彼ら彼女らが守護神だからだ。そこには死の概念がない以上、その毒ガスより受ける干渉には上限が定められている。
 しかしそれが、ヒトの身であればどうだろうか。中枢神経を蝕む毒が、果たして長期的に人間に働きかけた場合、その人は無事でいられるのか。いられる訳が無い。それこそが、答えだ。

「ドルフコーストの能力が人に作用した場合、段々とその人間から思考や判断力が奪われ、自我の欲求に忠実となる。生き方は刹那的に、さらには衝動的に。そして最後には死に至る。ドルフコーストのアクセスナンバーは666、それに合わせてか期限は、66日であると定められている」

 今日の日付は九月の丁度真ん中頃だった。それを把握したと同時に知君は、その話が真実ならば彼女の寿命はいつまでなのかの推定を始める。必要な情報はまず一つ、ソフィアが初めて赤い瘴気に汚染されたのがいつであるか。

「考えろ、可能性がありそうな節目の日付を……。シンデレラは長らく姿を見せなかった。とするとその期間は、ソフィアさんが能力を使いこなせるよう、それと守護神アクセスの許容時間を伸ばすためにあてられていたと考えられるべき。それまで契約を温存していたと考えるなら、シンデレラが消息を絶つその時が初めてシンデレラと繋がった時と考えられる」

 守護神アクセスを行えば守護神から契約者へ、まるでウイルスの感染のように汚染が広がるのはクーニャンのかつての経験から分かることだった。

「アリスを捕えたのは六月の下旬……その頃はまだシンデレラは活動していた。そして王子くんと人魚姫の出会い。そして……」
「七月の上旬だよ」

 その日は日本で公演がある日だった。マネージャーでもある父親は、ソフィアのスケジュールは完全に把握している。それに、このまま順当に事が進んだ場合、ソフィアの寿命がいつ無くなるかも当然把握していたが故に、すぐに分かる。
 そしてあの日にはもう一つ特別な出来事があった。王子 光葉との、あるいは人魚姫との出会いだ。七月の上旬に毒され、今日という日を迎えている。細かい日付は分からないままだが、丸二か月を少し超えていることだけは分かる。
 ソフィアにはもう未来が無い。その言葉でもう、星羅 ソフィアの寿命は確定したと言って差し支えなかった。

「私の娘は、今日の24時に朱鷺子の下へ旅立つ。これは決定事項だ」
「でも、その瞬間までにソフィアさんからドルフコーストの毒ガスを除けばまだ可能性が……!」
「どうやってだ?」

 冷淡に事実を突きつけるその父親の様子がそら恐ろしかった。己の娘の死を何とも思っていない訳では無い。しかし悲しんでいる訳でもない。避けられない事として、違和感なく受け入れていた。おそらく彼は娘のことも愛しているのだろう。だからこそ、彼女の決断を止められなかった。自分が死ぬことになっても復讐だけは果たす。その意思を、覚悟を持って受け入れたのだ。
 とすると、彼自身が取りかねない次の行動も察せられる。衣服に忍ばせていた小型の拳銃を手早く握り、自分自身のこめかみに銃口を向けた。咄嗟の出来事にその場の人間は目を白黒させる。だが、肝を冷やしたことを自覚した途端にその意図は瞬時に理解できた。最愛の妻を失い、世界に絶望し。そして愛した女性との間にもうけた我が子さえも命を絶つのだ。そんな世界で彼一人が生き永らえようとするだろうか。

「私達は取り返しのつかないことを引き起こした自覚がある。だからせめて、この命を以て償おうと決めている」
「無駄ですよ」
「何? ……! 引き金が動かない」

 忘れましたかと知君は問う。ラックハッカーと戦い始める前に、生殺与奪の権利を彼は奪い取っていた。自分の目の前で、ラックハッカーがその能力で全捜査官を皆殺しにしないように。おそらくその対処をしなければ目の前で数十人の若者が心臓麻痺で死んでいたところだ。
 そして同時に、このようにソフィアの父が自決する可能性も考えていた。彼はソフィアと違い、ドルフコーストの能力にかかっていない冷静なまま、ラックハッカーとは異なり罪の意識を持っている。最後は己の命さえ絶つだけの覚悟があると察するのも難しくはなかった。それを見込んで、予め彼を含み、自分に可能な範囲で人命を救えるようにネロルキウスの能力を行使した。
 ただし、それでも星羅ソフィアだけは助けられない。彼女の契約した守護神は傾城の性質を持っている。そのため、王であるネロルキウスの能力では干渉できない。生殺与奪の権利は彼女自身の手中にある。そのため、文字通り決死の覚悟を止めることはできなかった。

「貴方達親子には必ず、この事件を引き起こした張本人として贖罪の責任が生じています。でも、だからこそ僕の前で死ぬことで償わせませんよ。ソフィアさんの歌声は、間違いなく世界中の人々を虜にしてきました。それだけの天性の魅力があるはずなんです。だから、不幸にした人の何倍もの人を、幸せにするまでは許さない」

 今まで、肉親というものを知らなかった。いないものだと信じこんできた。だが知ってしまった、一人だけ、半分とはいえ、血の繋がった家族が生き残っているのだと。王子一家を見て、知君自身彼らの輪に入って、その温もりに触れてしまった。これが幸せな形なのだと、信じるに値すると感じてしまった。
 たまには我儘を言っても構わないと教えてもらえた。誰かのためになることしか考えていなかった自分を心配してくれる人がいた。君が死んだら悲しいと伝えてくれた人が。だからこそ、今度は自分の番だと知君は理解していた。

「僕にとって、やっと見つけたお姉さんが死ぬのは嫌だ。十六、十七年、家族なんて知らずに育ってきた。もうソフィアさんしかいないって教わった。大切な友達も想い人も、今となってはちゃんといるけれど、生まれつきの家族だけは、もうあの人しかいないんだ。だから助けるよ、今日中じゃないといけないのなら、ちゃんと今日中に」

 彼が誰にでも敬意を払うのは、今も昔も変わらない。誰であろうとその人は、尊厳と自我を持った尊敬に値する人間だからだ。それは悪人でも同じことで、止めはすれども、心の底から憎むことは少ない。自分が凶行を阻止すれば、いつか心変わりして善人となるやもしれないのだから。そんな彼がこのように砕けた言葉で問いかけ、語り掛けるのはいつだって一人だけ。他ならぬ、自分自身だ。
 自分の力では彼女を助けられる可能性はゼロに等しい。なぜなら彼女を蝕む毒を取り除こうとしても、世界の理に阻まれるせいだ。根本的に治療するためには人魚姫の能力が必要だが、その契約者の王子は今夜の内には再起不能だと決められている。琴割の能力を使う訳にはいかないとは知君も分かっており、琴割はリスクが不明なこの状況ではソフィアの命くらい容易く切り捨てるだろうとも理解できた。そのため、頼むだけ時間の無駄だ。
 解決策があるかも分からない。それでも誰かが止めなければ、彼女を何とか力で抑えているクーニャンも奏白も、真凜も怪我では済まない。そして一しきり、琴割への鬱憤を晴らすべく暴れ回った後に、元凶となった彼女は死ぬ。そんな事、誰が許したとしても自分だけは許しはしない。
 怨嗟の炎からも、凍てつくような寂しさからも、命を蝕む毒からも、絶対に、絶対に救い出してみせると、強く、強く心に誓うように、彼はタイムリミットを再確認した。
 今日から明日に、日付が変わるまで。すなわち。




「十二時の鐘が鳴る前に」

Re: 守護神アクセス ( No.157 )
日時: 2020/01/30 18:04
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9ccxKzNf)


 時が経てば経つほどに、シンデレラの、あるいはソフィアの攻勢はより苛烈になっていく。鋭い蹴りを握った剣の刀身で受けとめようと、衝撃が両腕を突き抜ける。骨まで痺れるような重い衝撃に、顔を顰めることしかできない。
 黒薔薇のドレス。赤と黒、破壊衝動と憎悪、二つの炎が絡み合うようなコントラストが美しい衣装を身に纏い、手を取る相手もいないまま、灰被りの女性は踊る。
 守ってばかりでいられるかと、攻勢を転じるべくクーニャンは地面に刀を突き刺し、そのまま振り上げ瓦礫を巻き上げた。目潰しになればよし、最悪隙を生めればよし、切り崩すとっかかりを掴むための一手。
 だが通じない。ソフィアの意志さえ関係なく、彼女に魅了された炎が、焔自身の意志で彼女を守る。どこからともなく現れた業火が、飛び交うアスファルトの礫の呑み込み、灰と化す。シンデレラの尊顔を汚さぬようにと、煤さえ残さず跡形もなく消し飛ばす。

「くっそが!」

 その紅蓮の炎膜を突き破り、ソフィアの腕がクーニャンめがけて伸びた。その絶世の美女に惚れこんでしまった炎が、彼女の身を焼くことは無い。整えられたネイルが一直線に己の眼球を狙っていると察知した褐色の少女は間一髪で首を逸らした。躱しきれず、頬を掠った爪の先端が肌を裂いた。クーニャンの頬から顎へと、生暖かい体液が伝っていく。悪態の一つも大声で叫びたくなったのも仕方ないというものだ。
 また、黒薔薇のドレスは舞い上がる。炎が勢いを強めて隆起するように、突然黒い布がクーニャンの鼻先目掛けて飛び出してきた。呆けている場合かと、今にも疲弊で滲みそうな視界に目を凝らし、防御態勢を取る。何とか両手で、ソフィアの放つ膝蹴りを受け止めた。
 だが、その勢いは殺しきれない。胴体への直撃を避けられただけで、蹴られた威力はそのまま、猫のような彼女の華奢な体を容易く吹き飛ばした。あまりの威力に掌が麻痺し、感覚を持っていかれる。日本一の銘刀、桃太郎の刀は中空に弾き飛ばされてしまった。
 地面を転がると、ところどころ皮膚が砂利で抉られるのを感じた。だがそこにもはや痛みはない。長きに渡るこの戦闘の高揚で、脳内麻薬の分泌がピークに達していた。口の中を切っていることさえ、口腔内に鉄の臭いが広がっていないと気が付かない。
 追撃はくるだろうか、すぐさま体勢を立て直すも、すぐにはソフィアも追ってこなかった。元より多対一の局面だ、クーニャンが伏していればその分他の者がカバーする状況はできている。
 先ほどまでは自分が肉薄していたせいで本領を発揮できていなかった赤ずきんが、猟師の込めた弾倉を撃ち放しているところだった。無限にも思える程の大量の銃弾による波状攻撃。生半可な守りなら貫き通し、逃げ場も無いため常人ならば蜂の巣になるに違いない。相手が、シンデレラでさえなければ。
 さっきの瓦礫を投げつけた時と同じだ。煉獄の炎が絡めとり、鉄の弾丸を蒸発させている。彼女の復讐心をそのまま反映しているように、一秒ごとにその勢いは強まっていく。時間が経てば怨嗟は風化することもある。しかし、仇だと信じ込んでいる琴割が目の前にいる今、風化などありえない。むしろ研ぎすまされていくのみだった。
 耳の奥に残響を残す程に激しい銃声に、内臓さえ揺らされている心地だった。だが、渦中に佇むシンデレラは微動だにしない。彼女の眼に映るのは、琴割 月光と行く手を阻むものだけだ。クーニャンへの追撃が無かったのは、味方のカバーによるものだけではないとこの時勘付いた。道を塞がぬ限り、今やソフィアの眼に敵とも映っていないらしい。
 効率を考えるならば、陽動や脅迫としての意味を考えるのであれば、ここで他の者を嬲る方が余程効率がいい。しかし、そう徹するだけの冷静さを自ずと捨てていた彼女にその判断はできない。瞳孔の開き切った瞳で、堂々と断りのいる方へ歩んでいく。
 豆鉄砲では弾幕にもなりやしないと気づいた赤ずきんは、縦横無尽に銃弾を撒き散らすのをやめた。意味が無い。彼女を止めるには、一発に全ての力を乗せるしかない。マシンガンや機関銃ではない、戦車さえ穿つ狩人としての一矢。

「猟師さん! 狼さんにお婆さん! 一気に行くっすよ!」

 体力全てを使い果たすつもりで放て。ウンディーネが遺したという王子 洋介に残したエネルギーもそろそろ底をつく時が来ている。それは守護神ジャックにより一時的にリンクしているせいかカレットも察せていた。
 穿つは絶命の一矢。殺す気でかからなければ、正式な契約者を得ているシンデレラに鏃が届くことは決してない。ここで自分たちが戦力として機能しなくなるというのは背水の陣をしくようなものだが、消耗戦の方が余程勝機が薄い。
 だからこそ、譲り受けた力は全て次の一瞬に乗せる。最悪ここで自分が離脱しても、音楽家の守護神と魔法使いの守護神を宿した二人の強力な契約者が入れ替わり参戦できるはずだ。

「技名なんてもう要らないっす! 全力で……叩き潰す気で!」

 グランフェンリル、これまではそう呼んでいた形態で、狼は周囲の空間ごとシンデレラを丸呑みにしようと襲い掛かる。守護神と、その守護神に由来する能力によって生み出された擬似生命に死の概念はない。それゆえ、丸呑みにしたまま狼ごと猟師の弾丸で撃ち抜き、最後に剛腕で磨り潰す。
 本当に完璧に成功すれば、確かにソフィアは死んでしまうだろう。しかし、確実に失敗する予感があった。足止めが精いっぱいだという自信があった。何も自分を卑下している訳では無い。目の前で暴れる灰被りの御姫様は、まさに災害と呼ぶに相応しいだけの獰猛さを秘めているからだ。
 事実、次の瞬間に牙で引き裂かれ、弾丸に抉られ、大いなる鉄槌で圧し潰されようとしていた瞬間に、翡翠色の旋風は巻き起こった。旋風、などという生易しいものではないと否定する。かまいたちまじりのこの突風は、竜巻が巨大な剣になったようなものだ。
 撃ち放した銀の弾丸は中空にて塵と消える。炎の混じった爆風に吹き飛ばされた狼は、苦悶の鳴き声を上げていた。シンデレラのドレスを細めた目で確認する。先ほどまでは紅と黒のコントラストがまだ美しいと思えた。だがそこに今は、風を示しているであろうエメラルドグリーンのフリルまで付け足されている。これでは歪だ。美しいとは到底言い難く、数多の感情が入り乱れて正気を取り戻せない彼女たちの心情を示しているかのごとく。
「早くあの男を殺さなくちゃ……殺す殺す殺す殺す。いいや、駄目ね。生かさなくちゃ。殺すならこの子達。琴割に認めさせるの、間違ってたって、傲慢だったって。自分の作った平和なんて見せかけだけのまやかしだったんだって。あいつがお母さんを殺したんだって。お母さんは本当は助かったのに許可しなかった殺人犯なんだって。お母さんが何も言えないからって駄目無理却下の一点張り。生きたいって思ってたはず。死にたくないって言えなかっただけ。そうだよね、お母さん、私は分かってるよ。憎いよね、残念だったよね。だから復讐するんだ。お母さんを認めない世界なんて、独裁者なんて、全部ぶっ壊れちゃえばいいの」
 言語の体を為しているだけ。ソフィアの言葉に耳を傾けると、てんで支離滅裂だということが容易に分かる。琴割への憎悪にそれは見て取れる。殺すべきだと彼女は言うが、すぐさま殺すよりも達成すべきことがあると言いなおす。そして最後にまた、殺してしまうべきだと。

「おい赤いの! 何ボサッとしてる、終わってねえぞ!」
「ごめんなさいす、もうガス欠ってか弾切れっつーか」
「はあ? ……ま、王子のおやっさん見殺しにもできねえししゃあねえか……。くそっ、マジでやっべえな」

 他の捜査官ではもはやシンデレラの相手は務まらない。焼け付きそうなその場に適応できないせいだ。何とかクーニャンだけは耐えているが、元フェアリーテイルであった援軍は使用できる生体エネルギーが枯渇してしまった。後は人間の力で対応せねばならない。
 ただ、九死に一生という言葉もある。赤ずきんたちの援護が無くなると同時に、駆け付けた一陣の風、嵐のようにその男は、音に乗ってやってきた。
 音と同時に、衝撃も着弾。飛来した一人の伊達男が、理性を失ったソフィアを突き飛ばす。よろめき、数歩後ずさった隙に褐色の少女を守るよう立ちはだかった。標的を突如現れた男、奏白に切り替えたソフィアの瞳が赤々と輝く。
 だが、案ずることは無い。次の瞬間にはまた新たな助太刀。光線の雨が降り注いだ。牽制の意図を込め、奏白たちとソフィアを分断するように降り注ぐ。

「真凜、状況は!?」
「……これから視るわ。……! 数十秒、それだけでいいみたい」
「了解。……世界一長そうな数十秒だ」

 尋ねたのは未来の戦局。一体どれほど持ち堪えさせれば有利に物事が働くのか、その確認をメルリヌスの能力に託した。
 知君が来るまで後数十秒。きっと、彼が現れたところで解決には結びつかないだろうとは分かっている。何せネロルキウスを無効化する傾城の特質をソフィアとシンデレラは有しているのだから。これまでのフェアリーテイルとは訳が違う。絶対に、王子の力で無ければならない。
 だが。横目で彼方に避難した王子の姿を追う。せめて声だけでもと考え、アマデウスの能力で該当する方角に耳を傾けるものの、しわがれた咳と心配する人魚姫の悲痛な声しかしない。
 シンデレラの急襲に気が付くにはあまりに遅すぎた。かぐや姫の従者達との戦闘で消耗していたため、仕方の無い休息の時間ではあったが、まさかそのかぐや姫を捨て石にしてまでも王子を無力化してくるとは思っていなかった。
 救いがあるとすれば、ソフィアが琴割以外の人間の生死に無頓着なおかげで、殺されずに済んだことだ。ここに現れた時はおそらく、理性をきちんと保っていたのだろう。今のソフィアであれば、おそらく王子は一息に殺されていた。

「アナタは誰。答えろ答えろ答えろ答えろ! いや、聞くまでも無かったかしら。犬よね、そうよね、そうなのよね? あの卑しい偽善を掲げたペテン師に飼われた哀れな犬、捜査官だってことは変わりないわよね」

 ならば殺す。殺して殺して殺して殺す。警察の拡張として、守護神犯罪の抑止力として、体よく大義名分を掲げて作り上げた軍隊など壊してしまえ。琴割が生み出したものなど、一つとして存在を許してはいけないのだ。

「おいおい、舞踏会なんだからもう少し優雅にいこうぜ」
「なら潔く死ねばいいじゃない!」
「死んでたまるかっつーの」

 何なら王子様にでもなってやろうかと、せめてもの強がりで奏白は囁く。勿論、聞く耳など持ってはくれないのだが。
 地を蹴ったソフィアは、瞬く間に奏白に詰め寄っていた。常人であれば反応できない瞬発力。だが、速度に関して奏白が劣ることはそうあり得る話ではない。正確に、その蹴りが放たれる軌跡さえ捉えている。
 空気の振動を一定の座標に留め、盾のように展開してシンデレラの蹴りを弾く。危ない危ないと、小さく口笛が上がった。

「はしたないぜ、お嬢ちゃん」
「誰を口説いているか分かっているの? 身の程を知りなさい!」

 舞踏会は、まだ終わらない。
 時計の針が頂点にて重なるまで、残るは四半刻。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。