複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス【File7・開幕】 ( No.48 )
日時: 2018/04/22 19:19
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 強化している肉体を以てしても、あの女性捜査官には簡単に対処されてしまう。かつてスリを咎められた時と言い、あの女、ただものでは無いなと爪を噛んだ。先ほどからの防御、自分が動こうと思ったその瞬間には迎撃態勢に入っていた。こちらの思考でも読んでいるのだろうか。厄介極まりない能力。何をしかけようとも肉弾戦主体の自分に、彼女を揺さぶる手段はほとんど無いと言われているようなものだ。
 そもそも桃太郎の能力だと残された手立てはほとんど無い。これは正直に一度退くべきかと思案する。
 だが、そんな彼女の思案葛藤など見透かしたように、背後に立つ桃太郎が耳打ちした。まだ、手立てはあるのだと。

「んー、どうすんだよちびっこ」
「キビ団子を既に一つ食べたじゃろ」
「もう一個食えってか。確かに多少強くなるけど、多分五分五分になるだけだぞ」
「いや二つ食え。汚れた血統を解放するんじゃ」

 それがこの肉体における最大の強化状態。そう彼は説明する。前には教えてくれなかったなと、クーニャンは相棒であるその少年を咎めた。仕方がないじゃろうと頭を掻いて悪びれぬ桃太郎。何せあの状態に入ると反動が大きすぎるとのことだった。

「今以上の殺戮衝動に呑まれるぞ。やりすぎれば目をつけられてすぐさまとっ捕まる。引き際を間違える危険性が高まるぞ」
「まー、このまんまだったらどのみち捕まっちゃうからな、仕方ねえよ」

 奇術師のように、彼女が左手を手首から揺らしてみせると、人差し指と中指の間、そして中指と薬指との間にキビ団子が現れた。これ以上余計なことをさせてなるものかと、王子達は二人がかりで畳みかける。四方から降り注ぐ水の刃に光の弾丸、ひいては何をも貫くような光線。
 だが、慌てない。一つ一つ着実に回避する。右へ、左へ、跳躍、雨樋を掴んで跳躍の方向をずらす。壁を駆け上がりまた上方へ、まだまだ追撃の嵐が止む気配はない。パイプを蹴り、一気に地上へ。いっそこちらから仕掛けるかと前方へと踏み込めば待ってましたと格子状のレーザーの壁。後方へ退避、同時に人魚姫による蛇のような細い水流が手足を絡めとろうと息つく暇もなく、また。
 舐めんなよ。右手に握る刀を振るう。舞い散る飛沫が煌き、虹がかかる。まだまだその水流はこちらへと手を伸ばす。目にも止まらぬ早業で次々と眼前に迫る相手の能力にとる数多の水流を引き裂いた。一瞬の間隙、ここしかないと彼女は手に持つ二つの団子を丸呑みした。
 変化が起こったのは一瞬だった。立ち止まった彼女の様子を見て、何かがおかしいと王子と真凜とは手を止めた。

「何が起きているの……」
「キビ団子を食べたら身体能力が上がるみたいですけどね」

 試しに真凜はその能力の正体を確かめるべく、未来を視た。あの能力の正体について何か分からないものかと、一分後の彼女の姿を目に焼き付ける。その姿を見るに、彼女にとって最後の切り札、過剰なドーピングの行きつく先にあるものを確信した。

「でも、相手に残されているのは、原作を考える限り雉くらいのもんじゃないですか?」
「いいえ、まだあるわ。……彼らフェアリーテイルは、主人公でなく原作全体をモチーフにした能力を持っているの」
「だからそれが、犬猿雉なんじゃないですか?」

 得心の言っていない様子の王子に、真凜はそうでは無いと突き付けた。それだけではまだ見えていない、見ていない部分があるのだと。
 王子は頭を唸らせる。だが、答えが出てきそうにない。それもそうだ、真凜と比べると王子はフェアリーテイルとの遭遇事例があまりにも少ない。それゆえ、知らないのだろう。フェアリーテイル達は原作内における、「敵をモチーフとした」能力をも使えるという事を。
 彼女にまとわりつく黒色のオーラ、それがより一層強い勢いで迸る。褐色だった彼女の肌に段々と赤みが帯びる。それは思春期の学生が頬を赤らめるような可愛らしいものでは無く、激昂した人間が顔を紅潮させるようなもので。
 燃え盛る火炎のような痣が彼女の身体を走った。悪魔に魂でも売り渡したのかと、王子はその風貌を見た途端に悪寒が走った。だが、それには少し語弊があるとすぐに気づいた。彼は見たのだ、その頭の上では、黒色のオーラが集約し、一本の角を形成している様子を。
 白目がどす黒く塗りつぶされて、先ほどまでと同様の赤黒い瞳が怪しくギョロリと輝いている。あれは悪魔などではない。犬歯も伸びて、より凶悪な顔つきへ。あの姿は、桃太郎が討つべき仇敵の姿に他ならない。

「いいな、ちびっこ! この感覚、血が滾って仕方ない」

 鬼の血統を解放する、桃太郎はそのように言っていた。彼と契約を交わして後、彼女は立ち寄った本屋で大まかにそのストーリーを把握した。流石は小さな子供向けというべきか、日本語を軽くしか学ばされていなかったクーニャンにも理解しやすい文章だった。敵の力まで使えるのか、中々に貪欲だなと彼女は桃太郎のことを評した。貪欲という言葉が、本来誉め言葉でないことはさておき、その渇望とも言える態度に彼女は好感を持った。
 それよりも何より、彼女は胸の内からふつふつと沸きあがる、これまで以上の破壊と殺戮の高揚に呑まれていた。あまりに自分の身体が軽い。あまりに自分の膂力が恐ろしい。それなのに、それゆえに引き起こされる惨事が何より楽しみで笑みが漏れて仕方ない。
 どれ、試しにと右腕を振るう。刀が空間を裂き、真空の刃が生じる。右側に立ちそびえていた壁一面に斬り傷が走った。左上方から右下方にかけて走り抜けた切創。
 そのあまりに過剰な身体強化に、歪な笑みを彼女は浮かべた。軽く振り抜いただけでこの力。これならば、動きなど読まれたところで問題ない。壁に刻まれた傷跡を目にして、呆気にとられた二人を目にして、より一層可笑しくて堪らなくなる。確かにこれは、正気を中々保てそうにない。
 膝を屈伸、跳びかかる準備。と同時に叫ぶ捜査官。

「王子くん! なんでもいいから身を護って!」

 軽く地面を蹴った。駆け足で駆け抜けるように、視界がぶれることなど何もない。それなのに、世界の姿がスローモーションに映る。私はこんなにもゆっくり走っているのに、彼女らが態勢を整えるのがひどくゆっくりに思えてならない。しかし、それでも充分彼女らは間に合いそうではあるが。
 王子の方はあまり怖くないなと、クーニャンは理解していた。彼はフェアリーテイルを鎮静化できると言う、他の者にはできない能力を持っているが故に一番厄介だとはいえるのだろう。しかし、その鎮静能力も歌に乗せている以上それほど即効性は無いようだ。歌っている間に殺せば終わり。今までは眠り姫の時のように身動きを封じてから慎重に行っていたのだろう。だが、自分はそのような醜態を晒すつもりは無い。先ほどまでで既に、彼がこちらの身動きを止める手立ては克服した。
 守護神アクセスの許容時間も、元々の才能故かまだまだ余裕がある。この局面において、負けることは無いと思えた。
 またしても、行く手を阻む格子状の青白い熱線。これ以上進めばサイコロステーキにでもなるってか、と軽口を叩く。それが目の前で怯える二人の耳に届いていたかはさておき。
 剣すら振るう必要など無かった。闇色の闘気を纏った左手で、キープアウトのパーテーションを押しのけるように、振り払い、押しのける。足止めにもならなかったことがいたく驚いたようで、スーツを着た彼女は両目を見開いた。刀を振るう。だが、彼女が踏むスノーボードが滑空した。後方へ退き、さらには上空へ。ただ、飛び過ぎると王子が危険と慮ってか、適当な位置で彼女は上昇を止めた。
 ただ、現状クーニャンが放ってはいけないと思っているのは真凜だ。防御を固める王子の隣を素通りし、左右の壁を交互に蹴りつけて上へと駆けあがる。再び真凜と対面する。またしても剣を一振り。しかし、今度は振るより早くに魔力の砲撃により弾かれた。爆風により腕が押し戻される。ならば仕方ないと、鍛え抜かれた体幹を用いて、足を振り上げ、打ちおろした。何とか反射板の能力により跳ね返そうとする。しかし、壊死谷の雷撃でさえ軌道を逸らしたそのリフレクターでさえ、受け止めきれない。そのまま直撃しかけたところを、通常のバリアを何重にも張り、威力を和らげる。噛み砕かれるシリアルみたいに簡単にその防壁が破られ、威力を多少殺されたその踵落としが直撃した。
 衝撃にボードから足を滑らせ、地面へと落下する。何とか王子がクッションとなるべく水泡を広げたところに受け止められたので、落下による外傷は無い。それでも、今の一撃による被害は尋常ではない。肩を脱臼でもしてしまったかと、動かない左手を見て顔を顰めた。
 迫る追撃の前に王子が立ちはだかる。これ以上足を引っ張れるかと、助けに現れた救世主を逆に庇おうと。しかし、その覚悟も強すぎる力の前では簡単にあしらわれる。

「邪ぁ魔っ!」

 王子の手前の何も無い空間を丸腰の左腕で薙ぎ払う。それだけで天狗の団扇のような突風が巻き起こる。体が浮き上がり、後方へ。次の瞬間には壁に叩きつけられた。
 障害も何一つなくなり、立ち塞がるクーニャンの姿。それを見ても、真凜はまるで動じようともしなかった。その様子を目にした彼女は、詰まらないなと思ってしまった。今の彼女の思考では、相手がもがけばもがくほど、楽しくて仕方がない。怯え、苦しみ、絶望した様子が見たいというのに、何の反応も示さない彼女の態度が面白くなかった。
 とはいえ真凜も、悔しいとは感じていた。結局、己の誓いは果たせなかったということが。頼りたくないと思っていた彼に結局は頼らねばならないというその事実が。
 けど、それ以上に……。どうしてこんなにも安心してしまうんだろうなあ。彼女は、クーニャンの意向にそぐわないような笑みを浮かべた。決してそれは意図して挑発したつもりは無かったが、欠片も怯える様子の無い彼女の様子にクーニャンの神経が逆撫でられる。

「何がおかしい?」
「ごめんなさいね。充分時間は稼げたかと思うと、安心しちゃって」
「時間稼ぎ?」
「貴方が絶対に勝てない子が来るまでのよ」

 敵意などまるで感じられず、むしろ憐れみすら浮かべるような口調。ふざけるなと、刀を振り上げ、クーニャンは怒りを露わにした。その声には強がりなど一つも籠っておらず、淡々と事実を読み上げただけのような落ち着いたものだった。
 全力で、周囲の空間ごと切り裂くような勢いで剣を振り下ろす。あまりに頭に血が昇っていて、その手に剣が握られていないことになど気が付かなかった。
 腕を振り下ろした勢いで暴風こそ舞い上がったものの、それは真凜が魔力のヴェールを用いて自分の身も王子の身も守ってみせた。真っ二つになっていない彼女の様子に、桃太郎達は目を丸くする。どうしてだ、そう思って右手を見たその瞬間、ようやく刀が『略奪』されたその事実に気が付いた。
 一体、誰が。そう困惑していると、背後に何かが突き刺さる音。振り返れば先ほどまで自分が握りしめていた刀が地面に突き刺さっていた。
 誰だかは知らないが甘い事をするなと、鼻で笑う。そのまま心臓まで刺していればその時点で勝敗は決したと言うに。

「全く、乱入が多くて嫌んなるね。警察って多勢に無勢じゃないと何もできんか?」
「黙って剣を取れ。さっさとだ」

 低く、だが澄んだ声。二人目の乱入者に彼女は視線を注いだ。その顔には見覚えがあった。そもそも彼を追うようにして彼女は日本へ行けと言われたのだから。しかし写真で見た分とはその印象が異なっていた。予め見せられた画像による印象は、何だか頼りない小動物といったところだった。自分より低そうな背丈で、高くなよなよした声でへらへら笑っているだけの優男。
 しかし現物はどうだ。そのイメージに合っているのは背丈だけではないか。その眼光は小動物などではなく、獅子と呼ぶに似つかわしかった。自分が纏っているのと同じような、守護神の黒いオーラ。しかし桃太郎のオーラよりも、彼が纏っているその闘気の方がよほど禍々しく、どす黒く淀んでいた。
 自分がこの世で一番偉いと主張するような傲岸不遜。己の意に背くものは一切認めないと言う誰より我儘な心。そして何よりも、自分の望みは全て叶えて見せると言うその力。一体、この小柄な少年の正体は何者だ。
 剣を抜いたクーニャンに彼は呼びかける。自分が何をしたか分かっているな、と。それに対して彼女は、一切悪びれずに分かっているさと答えて見せた。だから何だと問い返す勢いである。

「そうか、ならば準備はいいな……」
「何だ、お前殺す準備か」

 見下すような笑みを浮かぶ彼女に、そうではないと現れた少年、知君は首を横に振る。

「己の愚行を恥じ入り詫びる、その準備ができたかという話だ!」

 暴君による、制裁が始まる。

Re: 守護神アクセス ( No.49 )
日時: 2018/09/11 16:47
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「己の愚行を恥じ入り詫びる、その準備ができたかという話だ!」

 暴君による、制裁が始まる。それを知ってか知らずか、彼女の脳裏に冷や汗走る。これまでは相手の側に冷や汗を浮かばせる側であったと言うのに、今度は自分がそちらに。嫌な緊張感だと、彼女は唇を舐めた。乾いているような気がしたが、別段そんな様子は無い。焦り故の錯覚かと、己のコンディションを理解した。
 この自分よりも少し小柄な青年が、何より強い存在感を放っている。それが不可解でならない。これまでも死や敗退の緊迫感を潜り抜けてきてはいたが、それは歴戦の兵や屈強な男相手だった。それとは正反対の、年端もいかぬ少年。聞くところ自分よりは年上のようではあるが、それでも彼の背中が小さく見えることに変わりはない。
 いや、これは存在感と言ってもいいのだろうか。殺気、とでもいえばいいのだろうか。いや、それほど憎悪のこもったものではなかった。自分たちが軽んじられているのだとここで、ようやくクーニャンは悟った。激しい怒りこそ向いているものの、憎悪には繋がらない。憎むとは、対等な関係において成立するとでも思っているようだった。格下に対する激情は、苛立ちにしかなり得ない。
 舐めやがって。平和なビニールハウスで、のうのうと生きてきたお前が、この私を侮るなと、母国語で彼女は罵った。ネロルキウスの力によりその意味は知君にも伝わった。しかし、怒っているのはこちらの方だとその反駁を切り捨てる。

「先に俺の友へ手をかけようとしたのは誰だ」
「あん? 文句あるかよ」
「同じだ。文句があるのか、俺の振る舞いに」

 傲慢な割に案外理屈をこねたものだと、彼女はその言葉から読み取る。あまり調子には乗っていないようである。厄介だなと、爪を噛む。せめて慢心があれば付け入る隙になったかもしれないのに。
 付け入る隙になったかもしれない、その言葉に彼女は、自分でもひどく驚いた。まだ彼とは邂逅したばかり、にも関わらず自分が明確に相手を格上と捉えてしまったことに。なぜ自分が、わざわざ。そう思った時に気づく、相手が放つこの存在感の正体に。自分を雇ってくれたある富豪の姿に重なったのだ。これはそうだ、上に立つ者の威厳と言うものだ。だからこそ、自分を拾い、育てた男に感じる支配者たる威圧感を感じてしまった。
 気持ちで負ける訳にはいかない。これまでも、絶望的な戦況は何度も経験してきている。その度に何とか切り抜けてきたのは、決して気圧されず立ち向かい続けたからだ。だからこそ、ここでも退く訳にはいかない。
 膝が笑っている。だがそんなもの振り切って、形の無い拘束を振りほどくようにして彼女は、地面を蹴った。知君は確かに厄介そうではあるが、最低限もう一人の方は仕留めておくべきだと、まずは王子の方へと飛び掛かる。一直線に向かうのでなく、縦横無尽に壁をも使って駆けまわり、知君の傍を通らず迂回するように、王子のもとへ。


 だが。

「出し抜けると思ったか?」

 それを過信と言わずして何と表現するつもりなのか。実力差をまざまざと見せつけるように目の前に小柄な少年の姿。上方から人魚姫の契約者の方へと一息に飛び込もうとした矢先のことである。この動きについて来られたことに彼女は激しく動揺した。依頼してきたELEVENの男が辛うじて知っている彼の情報の一つに、本人の運動能力およびその守護神の身体能力幇助は、取り立てて目立つほどではないというものがあった。どこがだよと、拙い発音の日本語で彼女は悪態をついた。
 斜め下へと突き進もうとする彼女の背中に、少年は肘を振り下ろす。前向きの速度など全て殺されて、真下に向かってその身体が叩きつけられた。迫る大地に受け身も取れない。だが、強化した肉体は痛みと衝撃こそ突き抜けども、まだ動けると強がっていた。
 判断の誤りを自覚し、目標を修正した。「あれ」は無視を決め込んで構わない代物ではない。目的を完全に達成するためにも、先に倒しておかねばならない。目を離すな。自分が立ち上がっている間に着地した彼と目が合った。その目には未だ、友を、仲間を傷つけられた強い怒りが。
 全く嫌になる。正義面したその表情が、ぶれることのないその瞳が。自分のことなんて誰も救ってもくれなかったのに、ぬるま湯に浸った英雄が、甘ったるい世の中で人助けしたつもりになっているのが。もっと過酷な中で生き延びている者もいるのに、どうしてわざわざ。どうせヒーローなど、声の大きい一部の愚図しか助けない。その方が己の名声を広く世に伝えられるのだから。
 なら自分たちは、自分の手で平穏をつかみ取るしかない。例えその背に、踏み歩いた道の上に、どれだけの不幸が積み重なろうとも。
 走る、立ち止まってしまいそうな弱さを振り切るために。真正面から知君へと。走る最中、得物の刀をその胸元へ全霊の力で投げつけた。あまりの速さと鋭さに、雷が地に落ちる時のように空気を引き裂く。大気の軋むような唸り声。銃弾のごとき一本の刃が、少年の心臓めがけ一直線に。
 避けれるものならば避けてみろ。回避などできぬような速度、少年が避けられるはずはないと彼女は踏んでいた。もし立場が逆ならば、自分でも避けること能わない。それでも、万が一を考えて彼女は、追撃を畳みかけられるよう、その鍔を追うようにして走る。
 事実、彼にはそれを避けることができなかった。だがしかし、それ以上にあり得ない光景を彼女は見届けることとなった。迫る凶刃、あろうことか彼はそれを、やすやすと素手で受け止めた。刃が如何に鋭利であろうと関係なく、一直線に向かってくるその日本刀の刀身を、右手で握りしめるようにして受け止めたのだ。
 そんなことあってなるものかと、クーニャンは目を見開く。しかし、血の一滴すら流すことも無く、知君はその一投をすんなりと防いで見せた。そのまま、握りしめる力を強める。手にかすり傷が入るよりも先に、刀に罅が入った。目の錯覚かと疑った矢先に、音も無く粉々に砕け散る刀剣。鍔より下だけが無傷なその姿は無残としか言いようがなく、カランコロンと泣くように地面を転がる。

「この俺を前に棒立ちか」

 我に返ったその瞬間に、ようやく足を止めた事実に気が付いた。それも、相手に言われてようやく我に返ったことに動揺を隠しきれない。それほどの事だった。仕留めきる自信があった。手負いにさせるつもりで放った。それなのに、傷一つ負わないどころか、埋めようのない実力の差を見せつけられた。
 何だこれは。どうすればいい。何をすれば。もう逃げるべきか。いやどこへ、どうやって。思考回路がオーバーヒートする。疑問符が目の前を飛び交っている。網膜のスクリーンが、数え切れないハテナで埋め尽くされそうだ。
 彼が現れるよりも前、一人で二人分の相手をしていた頃、あんなにもゆっくりに思えた世界の流れが急にその速度を上げ始めた。段々と、元の速さに戻っていくように加速する。
 知君が動く。自分の動きにも差し迫るような俊敏さに、何とか反応できた。宙に弧を描く延髄へ向かう蹴りを受ける。前腕に、勢いよく音を立てて足の甲が叩きつけられた。防ぎきれないほどでもない。しかし、反撃するどころか、立て直す間も無く次々と襲い来る猛攻。
 ガードすら突き抜けそうな拳の乱打を、回避するのがやっとな回し蹴りを、鉄の板さえ叩き割りそうな手刀を、捕らえられたらもう逃げられないような締め技を、受け、避け、捌いて、何とかやり過ごす。次はどう動けばいいか、などというものではない。もう知君は動いているため、今からどう凌げばいいのか以外に頭を使うことができない。
 不意に、彼に腕を掴まれたかと思うと、体がぐるりと回る感覚。三半規管によりその感覚を察知すれども、もう天地は逆さまだ。合気ってやつか。背中から落ちる、吐き出された息、飛んだ涎は透明で、幸い体内には負傷の無い様子だ。あの小柄で痩せた体の、どこからこんな力が。
 眼前に突き付けられた拳、止まってくれる気配はない。反射的に彼女は地面を転がった。
 頭の後ろで地盤に罅の入る音。あれを受けていたら今度こそ気絶はしていただろうに思う。
 跳び起き、身構えるもやはりもうすぐ傍に彼の姿。またしても、拳打蹴脚の弾幕。目にも止まらないそれらは、降り注ぐ雨のようで、腕なのか脚なのかもう、判断なんてしていられなかった。次々に迫る、止む気配の無いラッシュ。余計な事を考えるなと、彼女は自身に言い聞かせた。
 何かが鼻先に迫る気配。防御など間に合いそうもなく身をよじる。顔の真横を通り過ぎた拍子に、頬を靴紐が掠めて、ようやくそれが蹴りと知る。やり過ごしたと同時に迫る安堵。まだ、始まったばかりだと言うに。
 片足で立った少年が、ぶれずにそのまま軸として、浮かせた側の足で次々蹴りかかる。股関節と膝関節を器用に使い、折りたたんではまた弾き出すように鋭いつま先での突きを繰り出す。引いて突いてを、何度も、何度も。
 何度も何度も何度も何度も。
 上体を逸らして回避して、腹へと迫る足を腕で受けて、脛を狙った蹴りを跳び跨ぐ。その択が、コンマ一秒ごとに訪れる。次はどうすればいい。ただその問いだけが第一問から第百問までを埋め尽くす。全問正解しなければ、逃げ延びることすらできない。
 焦りのせいだろうかと、彼女は困惑していた。世界はもう、スローモーションでなんて流れてくれなかった。視界に映るのは、次々迫る少年の膝から先のみ。
 避けて躱して防いで跳ねて、受けて躱して跳んでしゃがむ。踏み下ろすようにして迫る足裏、後ろに退くもまた一歩で詰められる。そのまま再び択へと引き寄せられ、追試の時間。躱して受けて避けて防いで、避けて躱して防いで躱し、防いで守って受けて身を捻り、もつれた脚に少年のつま先が刺さった。走る衝撃に顔を顰めど、テストは終わってなどくれない。
 防いで防いで防いで防いで、受けて守って防いで受けて。足を殺されたも同然だった。骨は? 自問。問題無いと、自答。しかし力を加えれば痛いと泣く。弁慶の泣き所、そうこの国には言うんだっけかと、もはや回避という選択肢を失った彼女は毎秒毎秒何発もの打撃をその腕に直撃させながら思い出した。
 そしてとうとう、護りなどこじ開けられる。胴体と頭とを防ぐようにして、カーテンのように閉ざしていた腕の隙間が開いた。

「女と言うなら、せめてもの情けだ」

 額に少年の人差し指と薬指とが当たる。まるでその中間に照準を定めているようだった。あまりに近く、目の焦点が合わない位置に親指で押さえつけた中指。グッと力を込めるようにして、中指を弾いた。
 舐めやがって、そう愚痴をこぼしても、優に数メートル宙を舞う。何とか着地するも、体が音を上げ始めていた。朦朧とする意識の中で目にした知君、その体を覆う黒い闘気は、さっき見た時よりもずっと膨れ上がっていた。

「おい……待てよ、それ」

 その頭頂部を目にし、クーニャンは確信する。そして忌々しげな視線を浴びせる。このコソ泥野郎と、精一杯の負け惜しみを吐き出した。

「人聞きが悪いな、これは年貢とでも呼べ」
「はっ、日本語難しくて分かんないな? てんぐか? そいつぁ今のお前だよ」

 強がりでしかなかった。なぜ戦うにつれて、周囲の景色が加速していったのか、情報に反して知君の動きが自分と同等以上に発揮されていたのかすぐに分かった。知君の頭部には、自分が鬼の血統を解放した時と同じ、闇に染まったエネルギーが凝集した角があった。

「お前、何したんだよ」
「説明する義理は無いな」

 ネロルキウスの能力は略奪。その対象は何も形ある物体だけにとどまらない。能力によって強化された腕力、脚力、それに耐えうる肉体の強靭さ、動体視力。ありとあらゆる、キビ団子の摂食によって彼女が得た肉体活性を、そのまま奪い取ってその身に宿したのだ。奪うと言うだけあって、その分クーニャンの身体は元の膂力へと近づいていく。時間が経つにつれて力の差が埋まるどころか、逆に知君の側が突き放していたのだ。

「雉、呼んだところであれだろ?」
「その翼をもぎ取るだけだ」
「はーあ、どうしようもないなこれは」

 せめてもの情けをくれと、クーニャンは王子を指さす。無駄な抵抗はやめておくべきだと判断したのだ。そろそろ守護神アクセス継続も限界だ。解除されたところで、桃太郎を押さえられたら勝ち目などどこにも無い。
 無駄な抵抗は止めて命乞いしたら許してもらえるかな、などと考えて王子とセイラに彼女は懇願した。

「お前らもこの赤い毒ガスみたいなの無効化できんだろ? この俺様男じゃなくてお前らに頼むわ、まだ優しそうだし」

 あまりにもあっさりとした敗北宣言に、一同は皆拍子抜けをする。きっとアクセス中の桃太郎は抗議していることだろう。クーニャンは虚空に向かって「だってしゃあないだろ、落ち着けちびっこ」と呼びかけている。
 その後、数十秒ほどクーニャンと桃太郎とは、激痛に頭を抱えたと言う話だ。ただその最中、桃太郎一人だけが疑念を感じていた。
 なぜ、自分の復讐は達成されなかったのかと。自分にとって復讐とは、自分に膝をつけさせたあの二人を完膚なきまでに打ちのめし、人魚姫の前で契約者を殺してしまうつもりだったはずだ。そしてその復讐を達成できると、ELEVENの能力により運命づけられたはずだ。
 ELEVENの能力を、看破することは、どんな守護神にもできないはずだ。先に拒絶しているならジャンヌダルクには防げるかもしれないが、先にシェヘラザードが物語を紡いだなら、それが絶対の運命になるはずであるのに。
 結局、この少年は一体誰であると言うのか。あの男でさえ正体を知らぬこの少年に、桃太郎ですら関心と言うよりむしろ、恐怖を感じ取っていた。


File7 交差する軌跡・hanged up

Re: 守護神アクセス【File7・完】 ( No.50 )
日時: 2018/04/28 00:44
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「体が重い……くっそ……」
「そう言えば、昨日練習試合でしたっけ。お疲れ様です」

 制服を着た二人の高校生が、談話室にて二人、自販機で買った缶コーヒーを啜っていた。背の高い少年は背伸びをしているのかブラックのコーヒー、小柄な彼はミルクと砂糖とがたっぷり入ってそうな茶色い塗装のカフェオレ。
 フェアリーテイル対策課が出来て一月、その頃に背がスラリと伸びた少年、王子 光葉は人魚姫と出会った。その後一月は独力で力をつけつつ何件か事件を解決していたのだが、桃太郎との二度目の邂逅において、身を取り巻く環境が一変した。今まで日陰からひっそりと活躍していた彼であったが、知君同様に警察に助っ人として参戦することになった訳である。
 これに関しても内部からはいくらかの反対意見が上がった。しかし、初めて知君がやって来た時と比べると、ずっとその声は小さく、少ないものであった。大きな理由としては、知君の時には前例がなく、王子の時にはその彼、知君 泰良が前例として存在していたからだ。一人も二人も変わらない、これが何よりも大きな理由だった。
 しかし、知君は二か月かけても全く受け入れて等もらえていなかったというに、王子はと言うと三日も経つ頃には彼らから受け入れられてしまった。というのもやはり、父と兄とがフェアリーテイルの対策課に存在したからであろう。当初、父と兄は怒ればよいものか喜べばよいものか複雑な顔をしていた。というのも、昔から光葉が警察を目指していたことを知っており、なることができないと絶望していた過去も知っているからだ。子供の分際で、危険なことに首を突っ込んでと怒ることもできなかった。息子の、あるいは弟の立場になれば、そうしたくなる気持ちなど容易に想像がついたためだ。
 これまで、守護神アクセスなんて自分にはできず、ヒーローになんてなれないと思い込んでいたという話が広まり、同情を覚えた捜査官や、人魚姫との出会いに感動した捜査官などが多数見受けられた。それゆえ、敵らしい敵を誰一人作らなかったと言えるのだろう。
 そして三つ目の理由。今まで知君しかいなかった、『フェアリーテイルを解放できる人材』が増えることにも意味があった。初めてシンデレラが現れ、王子が対策課に加わるまで、ずっと知君、つまりはネロルキウスにしかできなかったことが他の者にできると分かれば、猫の手も借りたくなる。そういった、人間臭い理由や機能的な理由から、王子は、人魚姫はすんなりと心を許して貰えたのだ。人魚姫が自力でフェアリーテイル化を振り払い、誰にも被害を出さなかったということもいい方向に働いていたのだろう。
 しかし、皮肉なことに許されたのは王子一人だけであった。王子が加入してさらに一月、彼らにとっては夏休みの終わりごろ、といった時期である。最も暑苦しい時期ではあるが、日の落ちる時刻がちょっとずつ六時に近づいていく。もういくつ寝れば二学期だな、そのようなシーズン、知君が初めて警察と顔合わせをした日から、約三か月が経過していた。だというのに彼は、未だにあまりいい顔をされなかった。
 言うなれば、可愛げが無いからだろうなと、彼は自身のことをそう評価していた。王子は、特別な治癒能力を持ってこそいれど、戦闘能力が著しく高いというほどではない。経験値の問題もあるのだろうが、奏白兄弟を筆頭に、彼を正面から組み伏すことのできる対策課員は何人か存在している。そういった理由からまだ彼は、やはりまだ子供だと、護ってやらねばと大人たちに思い起こさせることができるのだ。
 だが、ネロルキウスと言えばどうだ。持っている能力は『略奪』ただ一つ、身体能力もそれ自身の力ではろくに補正も入らないと言うに、誰にも負けないだけの性能を持っている。奏白と真凜、二人のエースが束になっても敵わなかったアリスを、たった一人で手玉にとったという辺りから、劣等感が多くの捜査官の胸中に渦巻いていた。
 その後、多くの場合知君は暴走した守護神から瘴気を奪い取る、デトックス作業にのみ当てられていたが、時折単独で出動することもあった。そう言った場合、全てのケースにおいて、どこかの班が二つ三つ束になっても敵わなかったような守護神、アラジンやシンドバッドといった連中をたった一人で倒してきた。一人だけでも何だってこなせるスペックの高さ、体の貧弱そうな優男がそれを見せつけるものだから、鬱陶しくて仕方が無いのだろう。彼本人にそんなつもりは欠片ほどにもありはしないのに、見下されているように見える。
 幸い、王子と友人であるため、最近はその風当たりは弱くなってきていた。ただそれもやはり、自分の力というよりはむしろ、王子の人徳である。
 王子君は本当に、すごい人ですね。
 口に出せば否定されてしまうだろうから、彼は胸の内にそのコンプレックスをこぼした。どれだけ努力しても、笑顔に努めても、成果を挙げたって自分には得ることのできなかった信頼を、目の前の少年は一足飛びに追い越すように勝ち取っていた。むしろそれを自分にも分け与えてくれている。
 砂糖も甘味料も入っていないその味に慣れているのか、涼し気な顔で王子は残っていたコーヒーを一息に飲み干した。空き缶を机に置き、真っすぐに知君の顔を見る。どうしたのだろうかと、見つめられた彼が小首を傾げてみると、王子は小さくありがとな、と零した。

「昨日の試合、今後のスタメン決める大事な試合だったからさ、出られなかったら来年試合出させてもらえるか分からない、って感じだったんだ。急に仕事変わってもらっちゃって、ほんとごめん」
「構いませんよ、気にしないでください」

 本来昨日は王子が所属するよう言いつけられた第4班、すなわち王子一家三人がそろい踏みしている班こそ全員入っていたが、第7班は奏白達元々捜査官である二人以外、つまり知君は入っていなかった。昨日奏白達は、壊死谷(File3参照)のような、フェアリーテイルに乗じた人間の引き起こす犯罪に当たっていたのだが、王子の代わりに知君が入ることとなり、第4班とそのまま役目を交代することとなった。
 発案者は奏白だった。太陽とは最近また以前のように交流できるようになったと喜んでいた彼が、王子と知君が代わったのならそのまま自分たちも役割を交換しないかと持ち掛けたのだ。性質上、知君がフェアリーテイル側の対処に追われることは絶対なので、そのままだと太陽や洋介と一緒に働くこととなる。彼らは光葉の一家だけあって比較的理解あるとはいえ、それでももう一人の高校生のことはあまり好く思っていない。
 むしろ警察署内での全面的な知君の味方は奏白だけ、そう思った彼だからこそ、ゲストである知君が辛い目に合わぬよう働きかけたのである。真凜すらもあまり、知君のことをまだ認め切れていないように見える。
 実際のところ真凜は知君のことを決して嫌っておらず、むしろ好く思っているのだが、如何せん対話をしようとしないだけあってその本心が伝わっていない。

「ま、今日は俺たち結構気が楽だよな。普段は周りに大人しかいねえし」
「しかも僕たちあまり重要な部屋に入れませんからね。ほんとに、戦う時だけ駆り出されて、後はずっとここに置いてけぼり。勉強と読書くらいですね、できることなんて」
「ほんと、ソシャゲのフレンドかよって話だよな。でも最近はジム使わせてもらってるな、筋トレに」
「確かに、何もしてないと部活動に支障が出ちゃいますね、王子君は」
「お、ちきみんにぷりんすじゃん。おっつー」

 談笑していたところ、名前を呼ばれたので振り返る。だから「ぷりんす」は止めろってと、声をした方向に王子は呼びかけた。会う度に日本語が達者になっていく褐色肌の少女。背丈しかりスタイルしかり、その発育の良さに自分たちより一つ年下という事実に、二人は初めて知った時は驚いたようである。
 桃太郎の検挙、解放後、琴割 月光が戦力になるからと中国の大富豪に大枚はたいて私兵として買い取った傭兵。彼女こそ、多くの警官達から疎まれている存在ではあるが、民間人でなく琴割の私兵であるため、文句も言えない。その大富豪の犯罪じみた行いに関しては、国を跨いでいるため言及できないので特に黙る必要も無ければ話す必要も無い。それゆえクーニャンは次々グレーゾーンな彼の行いを教えてくれるが、だからといって大富豪に不利益は生じなかった。クーニャン自身に彼が投資しただけの額は琴割が払った上に、これまでクーニャンが請け負った殺しなどの依頼、それを頼んだ人物に関してのみ秘匿する。そういった条件をつけた上で彼は彼女のことを一傭兵として買い取ったのである。これまで戸籍が母国にも無かったため、まず初めに日本人として戸籍を作った。転入手続きが面倒なので、学校には行かせていないらしい。
 これまでは殺し屋みたいに働いてたのに今度は急に政府の犬かと、クーニャン自身はあっけらかんと笑っていた。そうして溢した笑みからは年相応のあどけなさが窺えた。この子もきっと、不条理な世界の犠牲者なんだろうな。そう思えば、王子も知君も彼女を嫌うことができなかった。たとえこれまで敵対していたとしても、である。

「あーん? 苗字がおーじならプリンスであっとるやろがいっ!」
「何で今度はそんな口調なんだ……」
「ここ最近、琴割さんとくらいしか話さないせいじゃないですかね」
「話し方が胡散臭すぎる……。それとお前、ちきみんってゆるキャラみたいに言われてるけどいいのかよ」
「あだ名って友達みたいで、何だか新鮮で嬉しくないですか?」

 顔を綻ばせ、白い歯を見せる知君。照れ臭いのか顔を紅潮させて小首を傾げる。そんな彼の様子と言葉尻を捉え、残る二人は声を重ねた。

「うわ、あざと」
「二人して言わないでくださいよ!」

 そんな三人に気を引き締めろと言わんがばかりに鐘の音が鳴り響いた。聞き慣れた音、これは正体が判明しているフェアリーテイルがまた現れた際に署内に鳴り響くものだ。今回現れたのはどのフェアリーテイルだろうかと知君は考える。
 この一か月でまた、数々のフェアリーテイルが出現し、そのほとんど全てが捕らえられてきた。残っている確認済みのフェアリーテイルと言えば、未だ最強の座に収まり続けるシンデレラ、日を追うごとに被害者を山のように積み上げていく赤ずきん、死者こそ少ないものの犠牲者の数は限りなく赤ずきんに近い白雪姫の三体だ。反応こそあれど正体を特定しきれていないものはまだまだ存在するが、現状明らかに強大な壁として残っているのはその三つのみ。

「そういや、この事件の元凶って誰なんだ?」
「特定には至っていませんね」
「ネロみんモードでも分からんか?」
「ええ。逆に調べられないという情報から、ある程度特定はできているのですが……」

 言い淀む知君。情報は得られていないと言う割に、特定の進んでいるという言葉に、残る二人は流石だなと感心する。しかしだ、彼に分からないと言わせるとは一体どういうことだろうかと疑問にも思う。

「ネロルキウスにも分からない事ってあるんだな」
「ほんそれだな。ネロみんなら何でもお見通しと思ってたぞ私」

 いいえと、申し訳なさそうに知君は首を横に振った。二人の質問に答えながら、震えたphoneを開く。他者とは違った一世代前の、旧式の端末。どうして後生大事にそれを使い続けているのかと気にはなれど、訊いてみたためしは無かった。

Re: 守護神アクセス【File7・完】 ( No.51 )
日時: 2018/05/07 15:20
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「もうすぐここに奏白さん達が来るそうです。4班と7班の合同任務みたいですね」
「じゃあまだ少し時間あるな。だったら教えてくれよ、ネロルキウスって一応何でも奪えるんだろ? どんな情報だって。だったら真犯人みたいなのも分かるんじゃないのか?」

 そうでもないんですよねと、否定した彼はかぶりを振る。

「そもそも情報を奪うと言うだけあって、誰かが知っている情報しか知ることができないんですよ。未開拓の情報、例えばそうですね。「未来のクーニャンの旦那が誰か」とかは分かりません」
「私多分結婚できなさそーだけどな」

 あんま男とか恋とか興味ないしと、事も無さげに彼女は言う。その話題はさておきと、閑話休題して彼は元の議題に戻る。

「とりあえず、今回のフェアリーテイルというものが、自然発生した災害のようなものであれば、誰もその原因を知らないことになります。それゆえ、何も分からないということになりますね」
「あぁ、なるほどな。情報を誰も持っていないなら奪い取るのは不可能なのか」
「そういうことです」

 誰も知り得ない情報を知る術は無い。それゆえ、人間が不老不死になる薬の作り方なども模索できない。

「じゃあ、自然災害で決定か」
「いや、そうでも無いんですよ……」

 知っている人はごく少数しかいないので無理もありませんが、と前置きして、丁寧な言葉遣いは崩さずに彼は話を続けた。そもそもこれに関しては奏白も知らない様子だったので無理も無いとも言い添え、彼は少女と級友とに説明を続ける。

「守護神同士には、実は位階だけでなく相性が存在します」
「というと?」
「そうですね、例を挙げるとクロウホウガンと、鬼武者の二人の守護神ですね」

 それぞれ、義経と頼朝をモチーフにした守護神で、前者は四桁のアクセスナンバー、後者は五桁のアクセスナンバーを有している。それも、その数字の比は約十倍ほど。誰の目から見てもクロウホウガンの方が優秀な守護神だと言うのに、彼の能力は鬼武者と呼ばれる守護神には敵わないらしい。

「生前の出来事や、伝承されている話の中で明確に相性が存在する場合、守護神となった際にも強い影響が現れます。それを相性と僕らは呼んでいます」

 先ほどの例で言うと、義経は歴史上頼朝に討ち取られてしまったがゆえに、その史実が守護神となってからも深い爪痕を残し、能力の一切が通用しなくなる。そういった関係がいたるところにあるのだとか。孫悟空が三蔵法師に勝てないことも決まっていれば、信長と秀吉と明智光秀が三すくみの関係になっている。

「ネロルキウスにも同じ感じで弱みがあるのか?」
「ええ、ネロルキウスに限りませんが、王や皇帝の特質を持っている守護神は、傾城の特質を持っている守護神に対して不利なんですよ」

 傾城とは何であるのかと、王子が質問を挟むより先に、知君は「それと超耐性も問題がありますね」と述べる。超耐性、流石にその単語は有名であるので、王子も反応する。

「あれだろ、琴割さん達」
「そうです。ELEVENとまとめられる方々は、そもそも他の守護神からの能力を受け付けないんですよね」

 そもそもあまりに能力が強大すぎて、相手の能力を完全に無力化できることも理由の一つだ。琴割 月光であれば能力は無効化できるし、ナイチンゲールの契約者であればどのような攻撃を受けてもすぐに体が修復される。同様に、シェヘラザードと呼ばれる守護神は、相手の能力が自分に干渉しない物語を紡ぐだけでしのぐことができる。
 ただそれ以上に、能力同士がぶつかった際に怒る矛盾を取り去るために、世界の絶対的なルールとして決められたものがある。ELEVENおよび、その能力が及ぼした影響に対しては、如何なる守護神の能力でも干渉することができない。それは同じELEVENであっても同じである。

「それでも、一応ELEVENにも不利な相手はいるんですよね」
「例えば?」
「ジャンヌダルクですね。彼女自身キリストを信仰していたので、キリストに弱いです」

 最上人の界にいるので、誰とも契約はしておりませんがと彼は言う。誰とも契約していないのにどうして知っているのかと尋ねてみると、イエスという守護神が知っているからだと彼は答えた。彼自身はELEVENでないため情報を奪ってくることが可能なのだとか。

「そういや知君さ、ネロルキウスって何番なんだよ」
「それは確かに私も気になるなー、ちびっこも気にしてたぞ。あいつは何者だ? って」

 その昔、太陽よりも小さい数字であるとだけ教えられ、うやむやにされてしまった問いをもう一度。少し難しそうな顔をして、問われた彼は言葉を選んでいるようだった。教えるか、教えないかどうか、思案しているのかと思えば実のところ彼は、どのように断るのか言葉を選んでいるだけだった。

「……正直に答えるなら、僕のことはあまり簡単に人には教えられないんですよ」
「あー……そうなのか」
「おっ、二人とも揃ってんな」

 話が一段落したタイミングを見計らったように奏白と真凜とが現れた。準備は出来ているかと尋ねる。

「大丈夫です」
「じゃあ行くわよ、私と兄さんは先行するから、二人は人魚姫と合流してから三人で来て」
「はい」

 基本的に知君は守護神アクセスせず後ろに控えておけと真凜はすかさず言い添える。体よくすっこんでいろと告げられた知君は、了承しながらもその表情を曇らせた。そんな様子を見て王子は違和感を覚えた。あの人は、こんなに冷たい言い方をする人だっただろうか、と。
 その背中を見送って、人魚姫を迎えに行きながら、王子は知君に対して呼びかけた。

「奏白さんってさ、あ、音也さんじゃなくて妹さんの方なんだけど……あんな人だっけ?」

 あんな風に、突き放すような言い方をする人だったかと疑問に思う。これまで何度か彼女が人と接するところを見てきたが、むしろもっと人のことを助け、気を配るような人物では無かっただろうかと、これまで一か月という短い期間だけだが、兄や父、あるいは他の捜査官だったり、自分と対話しているところは何度も見てきた。知君と話しているところも見たはずだ。それなのになぜか彼女は、今この瞬間において、明らかに距離を置くような声音をしていた。
 まるで、知君に近くにいて欲しくないみたいに。王子とて、知君が多くの捜査官から疎まれがちではあると知っていた。だから、自分が受け入れてもらえたことをいい事に、知君も受け入れてもらえるようにと、多くの人に働きかけた。兄の方も奏白も、ずっと昔から知君のことを一人支えてきたという話だった。
 だから信じていた、もう一人の知君のチームメイト、真凜も知君のことを仲間として認めて、受け入れて、背中を預けている者だと。正義感の強い彼女であれば、知君を預けてもきっと大切にしてくれるのだろうなと思っていたのに、どうして。

「ずっと、なんですよね」
「奏白さんが冷たいのがか?」
「そうですね……初めて会った日から、ずっと……僕が戦場に立つ事にいい顔をしないんですよ」

 知ってますかと彼は続ける。王子くんがここに来てから、自分はほとんどフェアリーテイルのデトックス作業を回されないようになったのだと。基本、どうしても王子の都合が合わない時に代わりに駆り出される程度。あるいは、知君でしか対処できなかった強大過ぎる守護神を倒したついでにしかその作業を行わない。
 王子が合流する前の一か月は、毎日のようにネロルキウスを呼び、毎日のように数時間昏睡していたものだが、今月はその回数も著しく減った。確かにそれは嬉しいことだと言えるのだが、それ以上に、頼られなくなった疎外感が彼に押し寄せてきた。以前は彼にしかできないことであったため、たとえどれだけ嫌悪していても頼らなければならなかったのに、そこに代替案、それも知君より受け入れやすい人材の登場である。もうあいつお払い箱でもいいな、なんて知君のすぐ傍で口にする捜査官も増えていた。
 ちょっと強いだけなら奏白の二人でいいじゃないか、なんて笑って貶して。気にするなと数少ない味方からフォローされても、日に日に彼の顔に差す陰は強くなっていた。それでも、それでも同じ班員のあの二人だけは、味方だろうと信じていたのに。

「何で知君がそんな目に合わなきゃいけないんだよ」
「分かりません。あの人はきっと……僕たちみたいな子供が、遊び半分に戦地に立つのが嫌なんじゃないですかね」
「そんな事ねえよ、何か、別の意味があるはずだよ。だってあの人……」

 初めて会って、桃太郎と戦った時、俺に手を貸してくれって言ったんだぜ。何の気無しに彼は言った。真凜が悪い人間でないと信じたかったのだろう。それを通じていつか知君にも優しくなる日がくると、伝えたくてそう口にした、はずだった。



 そんな事、僕には一度だって言ってくれなかったのに。



「そうですね。真凜さんはいつだって、誰かのために戦ってますから」

 一瞬の硬直の後に、すぐさま彼はその言葉を肯定するように、いつもの笑みを漏らした。その様子に王子もどうにか胸を撫でおろし、早いところ現場に向かうかと急き立てる。まずはセイラが待っている所まで出向かなければならない。
 存在が公になったため、セイラが川に隠れる必要など無くなっていた。今では王子の家に間借りして、彼から見て義姉に当たる、太陽の嫁の部屋で寝泊まりしていた。義姉本人はというと臨月であるため、最近は祖父の病院に入っているので、特に問題は無かった。今はというと、人型よりも本来の姿の方が安心するらしく、地下の捜査官が訓練するためのプールに泳ぐ形で待機している。
 そちらへ向かいながら、知君は自然に王子の背後へと回り込んだ。廊下が狭いから、などという理由では無くて、その横顔を見られたくなかったからだ。前を見ないと危ないなどと百も承知だが、顔を伏せる。その顔を、誰かに見られてしまわないように。
 頑張っているのにな。拳を強く握りしめた。握力は女子よりも弱っちいので、爪の痕が掌にちょっとつくだけだったが。
 ずっと一緒に戦ってきたのにな。学生にとっての、三か月。部活動も許されていない彼にとっては、それは心を許すにはあまりに十分すぎる時間。それでも、相手は大人だから、まだ受け入れるには時間がかかるのだろうなと、何とか宥めすかしてきた。
 胸の奥からせり上がる感情は、己の守護神のようにどす黒い。強く噛み合わせた歯はギリギリと唸り声を上げている。目の奥がやけに熱いのに、涙なんて流れなかった。今の自分はどんな顔をしているのだろうか、そう思っても、鏡を見るのがやけに怖い。
 今回現れたのは白雪姫。すっこんでいろと遠回しに告げた真凜の言葉と、先ほど王子に告げた守護神の相性、それらを共に思い返す。
 そんなこと、長い間したこと、しようと思ったことも無い彼だったが、自嘲気味な笑みを漏らした。確かに、今回僕の出番は無いかもしれませんね。何て、考えたりなんかして。
 白雪姫は、眠って何一つ口を利くことも能わない状態だというのに、その美貌だけで王子を惚れさせ、結婚、ハッピーエンドを迎えた主人公。すなわち、王族をも容易に虜にしてみせたのだ。
 それはすなわち、シンデレラと同様に、ネロルキウスの天敵。国をも傾かせるほどの容姿端麗な女性……傾城の特質を持った守護神である。

Re: 守護神アクセス【File7・完】 ( No.52 )
日時: 2018/04/30 15:37
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: XgzuKyCp)

 白雪姫とはすなわち、シンデレラと同様に、ネロルキウスの天敵。国をも傾かせるほどの容姿端麗な女性……傾城の特質を持った守護神である。
 屋内に設置されたプールに出る。地下にあり、かなりの広さを誇っている。勿論娯楽のためのものではないので、各種訓練ができるようにと設計がされている。水深が学校とは比べられないほど深く、プールサイドに沢山のウエイトが置いてあったり、そういった様子からそれが窺えた。
 二人の駆け付ける気配、それを察した人魚姫も、慌てた様子で飛び出した。彼女は一度自分も赤い瘴気に呑まれかけたからか、フェアリーテイルの気配を察することができた。それゆえ彼女も、気づいていたのだろう。先ほど王子達には伝えなかったが、メールには今回現れた守護神の名前が出ていた。
 白雪姫、それは人魚姫から見て、大切な友人の一人だった。先に挙げた、未だに猛威を振るっている三人のフェアリーテイル、シンデレラ、赤ずきん、白雪姫こそが、人魚姫にとって最も正気に戻って欲しい三人の守護神である。シンデレラは最近目撃事例がそれほど無いが、残る二人による被害は甚大だった。
 赤ずきんが初めて観測された日、それだけで彼女からの被害は百人に達した。死人に限れども、三十人には達している。そして三か月、日を追うごとに赤ずきんへの対処、その理解が進んだために被害者は減って来ていた。しかし、それでも塵が積もれば山となるよう、利子が重なって元の借金を追い抜くよう、その犠牲者の人数はついに死者が五百人に達してしまった。
 白雪姫はというと、死亡者は今のところいない。しかし彼女が操る様々な毒に当てられた人々が、何万人という数に達していた。昏睡したまま意識を戻さない人、四肢のいずれかが麻痺している者、咳が止まらない人、幻覚を見続ける者、多種多様な症状が現れている。捜査官も既に十人以上被害を受けており、彼らは人によっては治ったが、人によっては未だに戦線を離れて苛まされている。
 何とか人魚姫の歌声による治癒が有効と分かったが、それも相手によって効果がまちまちであった。というのも、白雪姫と人魚姫とでは守護神としての位階が異なるらしい。唇を少し噛みながら、セイラは自責を込めて二人に話した。フェアリーガーデンの守護神は、世界的に知られている作品、あるいは多くの人に知られている作品、桃太郎のように一部の地域だけとはいえ多くの人に愛されている作品の主人公程位階が強くなる。一方で、バッドエンドの物語は人々の負の感情を浴びるが故に、例え人気がある作品であろうとも弱体化してしまう。
 それゆえ、人魚姫という守護神はあの世界の守護神の中でもかなり弱い部類に入っていた。それゆえ、毒があまりに強すぎると浄化しきれない。向こうが守護神ジャックで、こちらが守護神アクセス、その差を差し引いても無毒化できない患者はあまりに多かった。

「近くと言っていましたけど、具体的にはどの辺りですか?」
「さっき本部に確認を取りましたが、本当にここからすぐ、の所ですね」
「よくもまあ敵の本陣のすぐ近くに出てきたよな。余裕ぶってんのか?」

 多分違うと思いますと、かぶりを振る知君。なら何なんだと王子は彼に投げかける。

「このフェアリーテイルという事件は、もう終息に向かいつつあります。斉天大聖やシンドバッドといった強力な守護神さえも、僕が無力化しましたから」
「あー、まあ確かに」
「だからこそ、相手も焦っているのだと思います。残る向こうの勢力で有力な候補は……四人ですから」
「四人? 三人じゃないのか?」

 残っている連中の中で、こちらに甚大な被害をもたらした守護神と言えば、赤ずきん、白雪姫、シンデレラの三人だけではないか。そう思った王子は首を傾げる。

「そう言えば、王子君はあの映像を見たことがありませんでしたね」

 フェアリーテイルの対策課が結成された当日、捜査官と知君とが見せられた映像の一つ。赤ずきんが車だった鉄塊の向こうで宣戦布告を叩きつけた映像。
 あの時の言葉と、フェアリーテイル化を広めた原因がネロルキウスにも特定しきれていないこと、以上二つの理由から知君は、四人目の、未だ姿を現さないフェアリーテイルの存在を推測していた。直感が正しければ、その人物と、首領であるシンデレラ、この二人は王子がいなければ、人魚姫の能力でなければ抑制できない。
 そしてそれは、今回の白雪姫に至っても同じだった。白雪姫にしても、傾城の特質を持っている。それゆえ、暴君とはいえ王族の一人である彼には傾城のフェアリーテイルからはあの赤い瘴気を奪い取ることができない。

「とりあえずその話は後だ」
「ええ、今考えるべきは白雪姫ですからね」

 白雪姫に関して分かっている能力は、毒を操る能力くらいである。本来ならばその毒を浮けるのは彼女自身であるはずだが、当然他のフェアリーテイル同様に、そんなことお構いなしに我が物顔で使ってくる。ただ予備動作として、紫色の林檎をかざす必要があるため、気を付けてさえいれば別段恐ろしいというほどでもない。
 それよりも、他に能力を持っているかの方が重要だ。ほとんど確実に、七人の小人を使役する能力を持っているだろうと踏んでいる。

「小人自身は傾城ではありませんので、おそらく僕が何とかできます」
「てかよ、さっきも言ってたけど結局傾城って何なんだ?」
「白雪姫を筆頭に、僕の能力が通用しない連中だと思っていてください」
「なるほど、分かりやすくていいな」

 にしても不味いなと王子は理解する。これまでどんな敵が相手でも大丈夫だと思えていたのは、最後には知君が控えていると言う安心感ゆえのものだったろう。しかし、その前提が崩れるとなると、自分が倒れては白雪姫を正気に戻すことができなくなる。

「でもよ、相手から能力奪えない時、ネロルキウスってどう戦うんだ」
「収容中のアリスの能力を一時的に奪います。今、彼女は誰とも契約をしていませんので」
「それなら、白雪姫とも戦えるのか?」
「いえ、本来アリスの能力だったものをネロルキウスの能力として使っているので無理ですね。だから、小人の無力化だったり、ハートのジャックによる回復能力が主となります」

 今回の戦いで鍵となるのは王子だと彼は言う。いざ彼にそう言われてみると、プレッシャーがずしりと圧し掛かってくる。しかし心配するなと言う知君の声。

「王子くんのことは必ず守ります。たとえこの身が朽ちようと」
「はぁ……怖いこと言うなよ。全員無事に帰るんだよ、いいな」
「はい。では行きましょうか。早いところcallingの準備をしてください」

 ポケットからphoneを取り出す。まだ、守護神アクセスの許可は下りていないため、後ろで控えることになるだろう。しかし、王子は最初から出動することになるだろう。知君は守護神を呼ぶまでも無く最低限の安全が確保されている身だが、王子はそうではない。早いところ人魚姫とアクセスしておく必要がある。
 繋いだ手を見て思う。彼らは文字通り、手を取り合って戦っているのだなということを。僕はどうだろうかと考える。暴れる彼の手綱を握りながら、必死に抗いながら力を振りかざす僕は、果たして誰かのために戦っていると言えるのだろうか。結果だけを見れば確かにそうだろう。けれども、あの姿は本当にそんなこと考えながら戦えているだろうか。
 ネロルキウスをその身に降ろしている時、常にこちらの意識を乗っ取ろうとする彼と争う必要がある。それゆえ、周囲への気遣いなどできず、ただ出鱈目に目の前の敵を力任せに押しつぶすような戦いしかできない。
 初めてアリスの前でcallingした姿を見せた時、真凜は一体どんな顔をしていたか。怯えた瞳が、瞼の裏に焼き付いて離れない。知っている、彼女はずっと、戦う知君の姿を恐れているということを。気を許せば次は自分が手にかけられるのではないかとでも思っているような眼差し。そんな事、したい訳ないのに。する訳ないのに。不信感を突き付けられているみたいで、見えない棘が心に突き刺さってくる。
 だからきっと、あの人は自分を嫌っているんだ。いつ敵となってもおかしくない不安定なネロルキウスの契約者、だからこそ僕の事は信用できない。いつかの会食の際は、朗らかにしていた。あの人は、戦わない僕のことはいくらでも受け入れてくれる。
 だからこそ、信じてもらえないこの身が歯がゆかった。自分の心がもっと強ければ、ネロルキウスに揺さぶられないくらいの人間だったならば。そう思っても、伴わない実情が歯がゆかった。


 僕はただ、彼がこの世に顕現する器として、それだけの理由で生まれてきたのだから。戦えない自分がこの世に存在する意味なんて、何一つ無いのだから。だから戦わなくてはならない。例え誰から疎まれようとも、その誰かが自分にとって大切な人なのだから。その人を護らなくてはならない。


 そうだ、ネロルキウスがいなければ僕なんていないも同然。誰からも愛されず、認められず、ただそこで息を吸って、吐いているだけ。そもそも、最初からここにいるのかさえも怪しい。
 走る。そんなネガティブな思考回路から逃げてしまいたかった。それは奇しくも、人魚姫を探し続けたあの日の王子とよく似ていた。夢が叶わないと決めつけて、でも、縋るように街を駆けたあの日の少年と。
 しかし、あの日の彼とは状況が違っていた。あの日の王子は察していた。自分にしか聞こえない歌声に、自分だけが目にしたプールの水面を跳ねる影に、あれは俺の事を呼んでいるのだと。無意識のうちに、本能の確信を以てして追いかけたあの日の王子とは違う。誰からも認めてもらえない、そう自覚する少年は、何の救いも無い戦場に、存在意義を確かめるために向かっている。戦えば戦う程、嫌悪の目を、嫉妬の目を向けられると言うのに。
 いつか病室で、王子に向けて投げかけた言葉を、知君は思い返していた。「僕は王子くんのことが羨ましいです」と。

 こんな強すぎる、身に余る力なんて必要なかった。
 王子に向けられる、温かい応援の瞳を眺める自分の姿が脳裏を過る。
 瞬きをすればその姿は、白い眼を向けられる自分自身の姿に切り替わる。
 ただ、人から愛される人間に、なりたかった。
 無条件に自分を愛してくれる父も母もいない。
 僕には、手を取ってくれる人もいない、ましてや、抱きしめてくれる人なんて。
 他人の温もりなんてろくにしりやしない。薄暗い部屋の中、芽生えた自我。
 学生服と無菌の真っ白な布しか身に纏った事がない。
 流動体の完全栄養食しか、口にしたことが無かった。奏白と共に食べたファストフードの脂っこい、舌の上に残る味を思い返す。あれは、とても美味しかったなあ。
 マウスを見るみたいな、無機質な視線ばかり浴びて育った。今にして思うと、悪意が無いだけあれは良かったなぁ。
「お前のせいで私はぁぁっ!」そう言われたこともあったなぁ。
 自分が人並みの生活送れるとか思っとんちゃうぞ。琴割の言葉が、鼓膜よりさらに奥から反響。そんなこと、言われなくたって分かってる。
 お前はただの入れモンにすぎひん。
 愚図が。生まれた理由考えろや。
 また暴走ですね。電源を落としてphoneを強制終了します。
 はあ、いつになったら一人前になんねん。
 もうええわ、しばらく人間の真似事でもしとけや。

 あの、白衣の人々と、白髪にまみれた狐のような大人は、僕のことをどのように見ていたのだろうか。
 ああ、そう言えば一度だけ褒められたっけなあ。初めて奏白さんと出会った時、数年ぶりにphoneを握りしめたあの日。自我を失うことなくネロルキウスをこの身に呼び出すことができた時、あの時だけは琴割さんも優しかったなぁと、張り詰めた表情をほんの少し緩めた。
 考え事をしている間にいつしか、喧騒が近づいてきた。蜘蛛の子を散らすように四方へと逃げ惑うように走る人の流れ。逆走するように二人はその中心へと近づいていく。間違いない、あちらの方角に、白雪姫がいる。

「先に行った方がいいかな、知君?」
「いえ、もう少し待ってください。僕もこれから準備します」

 他の誰かから着信があった際とは、一際違った着信音。Phoneの背面のモニターには、その発信者である琴割の名前。発信者が琴割であれば、そのメールの中身は確認するまでもない。
 存在証明を始めよう。すぐさま彼はその真っ黒なphoneを開いて、手早く3桁の番号を入力し、発信する。

「来てください、ネロルキウス」

 彼にとって、最も過酷な時間が、始まろうとしていた。


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