複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.148 )
日時: 2019/09/13 17:08
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)

 ELEVEN同士の戦いがどうなるか。それを考えるだけ野暮というものだ。ELEVEN同士の間には、相性も序列もあったものではない。ただお互いにお互いが絶対的な存在として君臨する。超耐性は相手が同じ位階であったとしても適用される以上、お互いに能力で干渉しあうことが不可能だ。
 となれば結論は二つに一つ。能力が通じない以上肉弾戦に発展するか、あるいは周囲の人間、環境にしわ寄せが見られるか。本来であればラックハッカー率いるシェヘラザードであれば、片手間に一言呟くだけで、その場全員の息の根を止めることも不可能ではない。しかしそれはしようと判断する前に遮られる。知君が周囲の人間の生殺与奪の権利を独占したため、シェヘラザードにさえ死の運命を刻み付けることはできなくなった。
 無関係の人間に危害を加えれば、知君の心は簡単に傷つき、折れるだろう。それはラックハッカーも理解してはいたが、それを許す知君ではなかった。これまで、能力の使用を禁止され続けてきたラックハッカーと違い、このフェアリーテイル騒動で知君は戦い慣れしている。何やら能力を発動しようとストーリーテラーは企てるも、暴君の洗礼に阻まれる。
 一度距離を取ろうとした瞬間を見切り、跳び退こうとするラックハッカーの肩を知君は掴んだ。後ろに退こうとしていた勢いも利用し、そのまま地面へと叩きつける。背中から勢いよく叩きつけられた男だったが、彼とて異界の王をその身に宿す者。衝撃に咽たものの、大したことは無いと即座に反撃に転じた。
 ELEVENに対して唯一例外的に、普遍的に超耐性をすり抜けて影響を及ぼす能力が存在する。それは自分自身の能力だった。琴割がジャンヌダルクの能力で自身の寿命を先延ばしにしているのも、自分の能力だけはこの超耐性の影響を受けないためである。
 それと同様にラックハッカーは、シェヘラザードの能力により、己の肉体を地上の誰よりも強靭なものであるという運命に書き換えていた。それだけではない、体捌きさえ一流の格闘家と同等以上の技にまで磨かれている。彼自身、格闘技などかじったこともないというのに。
 ただひたすら、肉のぶつけ合う音だけがこだまする。蹴りを腕で受け止め、空いている側の腕で拳を正面の敵に叩きこむ。だが目の前の小柄な少年も反射的にそれを避け、咄嗟に伸びた腕を素早くつかんだ。身体全体を使って持ち上げ、一本背負いで再び地に叩きつけようとするも、今度はラックハッカーもびくともしなかった。

「無駄だとも、私の肉体は今この瞬間、世界の誰より優れている。君がより強くなるなら、それをさらに私が超えるだけだとも」
「なら、それをもう一度超えるだけです」

 歯を食いしばり、さらなる力を足腰に込める。ふわりと、重力を体が忘れて浮き上がる感覚。今、知君は既に戦う気力の尽きた捜査官とその守護神から、守護神アクセス時に本来付属する身体能力強化の強化分を奪い取る形で己を強化していた。当然、再びラックハッカーに追い抜かれる可能性があるため、余裕を残して。
 ラックハッカーは確かに今この場において、個としては最強なのかもしれない。しかし、個々の力でどうにもならずとも、群の力で立ち向かえばよいだけの話だ。ずしりとまた、鈍く大地が揺れる。
 皮肉にも、人類最強の能力を持った二人だと言うのに、その闘争の様子は原始的な姿を示していた。

「やるじゃないか少年。すまない、大人気なくも、紳士的でもなく、初めて能力を活用し、同等の好敵手と相見えることができて、ヤングのように高揚しているところだ」
「僕は気分が最悪ですけどね」
「つれないな、日本人は奥ゆかしいと言うが、それかね」
「お戯れは結構です」

 お互いに、より一層強化された肉体と肉体のぶつかり合い。もはや肉弾戦と称するよりもむしろ、重戦車や空母そのものが衝突しているようなものだった。

「それより構わないのか、琴割の飼い犬」
「……その言い方はとびきり不快ですね」
「失礼。だが、シンデレラを桃太郎一人に任せるのは力不足が過ぎるのではないかと思ってな」
「別に一人に任せるつもりなんてありません」

 ほうと感嘆を漏らし、面白いと男は呟いた。増援が入るということなのだろうが、それもろくな戦力では無いだろう。絶対的な力を持つシンデレラの前では、有象無象などまさにいてもいなくても変わらない。
 実質的に、かつてラックハッカー自身が雇った傭兵一人に任せるしかない。そして桃太郎とシンデレラには覆そうと思っても容易く覆せないだけの大きな差が存在する。彼女が琴割にヘッドハンティングされ、より大きな額で買い取られたことは想定外ではあったが、仕方のないことだと割り切った。初めから期待はそれほどしていなかった。せめて人魚姫の契約者程度は始末しておいてほしかったものだが、ネロルキウスに妨げられたのなら仕方が無い。

「君は私の足止めをしているつもりかもしれない。けれどね、真に足止めで充分というのは私の立場なのだよ。シンデレラを野放しにしておけばいずれ琴割 月光が必要となる。その時に暴くのだ。あの男は自らが定めた契約さえ守れない愚か者の為政者気取りだとね」

 それを耳にしても、知君の表情は崩れなかった。まるで自分が駆け付けるまで、持ち堪えることは不可能ではないと確信しているように思えた。シンデレラ単身ならまだしも、契約者と守護神アクセスしている状態で、五分に渡り合う増援が今更現れるとは思えない。もしいるとしたら、かぐや姫が囚われていた際に出し惜しみをしていた理由がまるで分からないためだ。
 そしてもう一つ、ラックハッカーが気にかかったことがある。むしろ、その片割れの方が余程彼を刺激したことだろう。奥歯を噛み、苛立ちのせいか苦渋に満ちる。彼が駆け付けるとはすなわち、この自分自身が敗北することを意味する。自分こそは神に選ばれた存在に違いない。そう自負しているのがラックハッカーという男、シェヘラザードの契約者だ。
 むしろ逆に、知君の自尊心を折ってやらねばならない。怒りに衝き動かされ、顕示欲と膂力とがさらなる肥大化を遂げる。

「シェヘラザードはかつて暴君を飼いならした。ネロルキウスとて掌の上だ」
「もし仮にそうだとしても、王としての器がまるで違うかもしれませんよ?」

 両者共に退くことを知らず、際限なくぶつかり合う火花は戦場を彩っていた。

 その頃、ラックハッカーに意識の向けられた二人はと言うと、絶えず生死を彷徨うような鍔迫り合いを繰り広げていた。ガラスの靴と鋼鉄の刃、つま先と切っ先とがお互いに、立ちはだかる敵を貫かんとぎらぎらと瞬いている。
 ただ、圧倒的に桃太郎の方が不利であり、シンデレラ側が優勢であることは誰よりも張本人の彼女らが理解していた。町のイルミネーションのように落ち着きなく移り変わるドレスの色彩、それに応じて炎が雪が、さらには風までもが星羅 ソフィアを援護する。炎を裂かねばこの身が焼け朽ちる、雪を払わねば骨の髄まで凍てついてしまう。風を断たねば四肢の自由が利かない。故にクーニャンはソフィアに向けてのみならず、幾度となく虚空を斬らねばならなかった。
 ちりちりと肌の焦げる熱に反応し、咄嗟に紅蓮に瞬く劫火を刀身で振り払う。散り散りになった火の粉の向こう、お色直しの済んだ姫君と目が合った。ニッと不敵な笑みを浮かべるソフィア。そのドレスは今度は、南国の毒蛾を想起させる、鮮やかなヴァイオレットに仕立てられていた。

「やっべ」

 先ほど王子が喰らったものだ。危険を重々承知しつつ、目を閉じ、空気が鼻の中に入ってこないよう息を吐きながら刃を天に向け、空に昇った満月を裂く勢いで瞬時に振り上げた。無理やり上への気流を起こし、刺激性の毒ガスを上空に逃がす。肌がピリつく嫌な感覚が無くなって、ようやく再び開眼した。
 だがそれでは当然、出遅れてしまう。

「前から来とるぞ!」
「わーってる!」

 先ほどまで瞑目していた彼女に代わり、実体を失った状態の桃太郎が、背後霊さながらにソフィアの接近を早口に告げる。だが、その瞬間にはとうに刮目しているため、怨嗟に満ちたような黒のドレスがはためくのを確認していた。別次元の肉体活性、流石にこれ以上、この状態の足蹴りは受け止められない。紙一重で躱し、懐に入り込むも、それにさえ動じない。優雅に、華麗に、大胆に、ただ舞踊に打ち込んでいるとしか見えないほど美しい所作で、その場でソフィアは回転した。裏拳の要領で今度はヒールが眼前に迫る。まともに喰らってたまるかと、即座に真下へしゃがみこむ。一拍遅れたクーニャンの長い髪がばさりと後を追う。拍子が一つ遅れただけあり、ヒールに髪先の一部が引っ掛かる。音も無く裁断された黒髪がハラハラと舞い、その鋭利さを示唆していた。
 ここで仕留める。そう転じるべくクーニャンはしゃがみこんだまま剣を引き、切っ先をソフィアに突き付けるよう構えた。弓も持たぬまま矢をつがえるように、狙いを定めて引き絞る。次の瞬間、しゃがんだ体勢を利用し、全身のバネでその刃を解き放った。
 風を切る音が空を裂くより遅れているように感じる。自身の身体を砲身と見立て、初速からして最速となるように放たれた、突きという弾丸。
 だが、それでも。世界一の傾城には届かない。
 ソフィアのドレスは、既に純白の薔薇のコサージュが目立つ、新雪のような柔らかな衣装へ変化していた。薄氷が砕ける小気味よい音が何重にも響き渡った後に、金属同士がぶつかったかと錯覚するような鈍い音。反響する氷の砕ける音が鳴り止むと同時に、届かない刃へ向けて放ったクーニャンの舌打ちが虚しくこだました。
 氷雪こそが一人でに、ソフィアを斬り裂き、貫こうとする刀を無理やり妨げたのだ。押し固められた雪の結晶こそが頑強な氷の盾となり、身を賭して刀の猛進を食い止めていた。

「孤軍奮闘、の割には随分としぶとく、そして美しく踊ったものね。褒めてあげる」
「ありがとよ、魔王様」
「でも、もう邪魔だから休んでくれるかしら?」

 盾となり壁となり立ち塞がっていた氷と雪が途端に北国の吹雪のように荒れ狂う。砕けた氷は礫となって褐色の少女の全身を打ち、微細な雪の結晶はさながら粒子サイズのナイフとなって北風に乗り降り注いだ。
 吹き飛ばされ、地面を転がる。まだキビ団子でスタミナ回復はできるとはいえ、それをすると今度は鬼化してしまう。三つ目の団子は、王子からもっと離れてからでなくてはならない。万事休すかと、取れる選択肢の狭さを把握したその瞬間だった。閉鎖し、永らく膠着していたその情勢を掻っ攫うように破ったのは。

「全弾装填……用意はいいっすか、猟師さん」

 聞き覚えのある声音に、シンデレラおよびソフィアは表情を一変させる。そんな馬鹿なと、途端に余裕は消えて表情は強張った。
 なぜ捜査官達は『彼女たち』を使うという選択肢を取ろうと思えたのか。そんな事をすれば、守護神ジャックなどしてしまえば、彼女らが能力を使うためのエネルギーを供給する、別の人間の寿命が削れるだろうに。
 正義の組織が聞いてあきれる。次の瞬間、驚愕は、動揺は、全て憤りで塗り潰されていた。
 しかしそれより、まずは防御だ。あの弾幕は、さしものシンデレラとて回避は不可能である。
 流石は元フェアリーテイル、最多数の死傷者を生み出した、世界が愛する田舎の村娘。
 シンデレラは、ソフィアの背後から旧知の親友の謀反を憎々しげに見つめていた。

「じゃあいくっすよ、発射(ファイア)!」

 鼓膜を劈くような、火薬の炸裂する轟音が空間を埋める。そこには、夕日と同じ、真っ赤な頭巾を被った少女の姿。
 否、彼女一人だけではない。これまでフェアリーテイルとして人間世界に反旗を翻した守護神の面々が、幾人も並んでいた。

「おせーっての。もっと早く来てくれよな」
「かぐや姫さんが本当にもう大丈夫か確認する手間があったからしゃあないんすよ。でもギリギリセーフなら、万事オッケーってことで一つ頼むっす」

 整列したお伽噺の主人公たち、その中でも特筆して腕白な少女、赤ずきんはクーニャンに得意げな笑みを見せつけた。

Re: 守護神アクセス ( No.149 )
日時: 2019/09/26 18:07
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


「誰かと思えば赤ずきん……どういうつもりかしら?」
「どうもこうも無いっすよもうあたしは正気に戻ったんす。だったら、これまでかけた迷惑を返さなきゃ終わるに終われないってもんすよ」
「何? 偽善者ぶっているつもりなの? あなた、その状態で能力を使っているということは、契約者を見つけていないんでしょう? つまり守護神ジャックしている状態に過ぎない。貴女は今、誰かの命を啜ってようやく人助けをしているの。何て言う矛盾かしらね、誰か一人を犠牲にして、勝ち目のない敵へ向かっていく。はっきり言うわ。そんなものただの徒労に過ぎない。僅かな足止めのために、貴女がジャックした何処かの馬の骨は犬死してしまう」

 それとも開き直りのつもりなのかと、歪んだ笑みを彼女は浮かべた。表情は笑っているのに瞳に湛えた光は一欠けらとして愉悦を持たなかった。赤い瘴気に精神を侵された状態の彼女には、目の前の者を傷つけることしか考えられない。それが肉体的なのか、精神的なものかは問わない。

「そうよね、貴女はもう何万人と殺してきたものね」

 今更巻き添えで、たったの一人二人増えたところで、罪悪感など何も変わらない。ならば自分も助太刀できたという、幾何かの自己満足を得たくなったとしても無理もない。
 けれどもそれは滑稽な話だとソフィアは言う。簡単な理屈だ。そんなもの、彼女を傷つける意志など無くても分かるだろう。自己満足のために誰かの生命力を犠牲にする。辻褄の合わない行動によって肯定されるのは、彼女がただ己は人の役に立ったのだと、少なくとも立とうとしたのだという証拠だけだ。

「ねえ赤ずきん、間違いなく楽しんでいたでしょう? 炸裂する火薬と、地面を叩く薬莢と、死に行く人間の悲鳴のオーケストラを。あんなに笑っていたじゃない、恍惚そうに壊していたじゃない」

 誰より鮮烈な血を浴びていたのはお前だと、かつての過ちをまざまざと思い起こさせるように突き付ける。それは決して覆せない事実だった。当時の自分のことを、赤ずきん自身よく覚えていた。断末魔の絶叫が何より心地よくて、撃って撃って撃ちまくり、戦火で街を包んで、飢えた狼の牙で引き裂き、喰らい尽くした無垢な骨肉。
 この子だけはと、身を盾にして我が子を庇った母親の腕の隙間から息子を狙撃したこともあった。泣き崩れた背中を恍惚とした表情で撃ち抜いた瞬間まで鮮明に覚えている。もしおばあさんの前で自分が先に狼に引き裂かれる様な物語だったら、家族はどう思うだろうか。それが想起できる分余計に、フェアリーテイルと化していた頃の罪がべったりと彼女に影を差している。
 守護神に死は無い。永遠にその過ちを抱えたまま生きる外無い。むしろ、忘れてはならない。剥き出しの傷を抉るような言葉に、言い返すことなどできなかった。
 だが、そこで悲しみに浸っている場合ではない。それこそただ罪悪感に浸っているだけだ。何のため今ここに居るのか。それを忘れなければ、立つ力も足に入ろうというものだ。

「そうっすよ。あたしら全員間違ったんすよ。だからこうして、最後に一人ぼっちで取り残された親友を、助けに来たんじゃないすか」
「だから、私が嘲った事実をまず直視しなさい。貴女がそうしている間にも、誰かにその皺寄せが来て……」

 侮蔑をこめて赤ずきんを否定し続けるソフィアだったが、不意にその顔色が変わる。意識が完全に、議論で少女を打ち負かすことに向けられた瞬間のことだった。何という嗅覚だろうか、その一瞬の隙を逃さない獣が居た。手負いだと言うのに、決して狩る側に居る事実を譲ろうとしない、生粋の野生児。
 目を離していた隙に、突如その肌に発現していた真っ黒な痣はまるで炎が揺らめいているようだった。全身に怒りの痣が浮かぶと同時に、爆発的に飛躍する身体能力。既に人間離れしたものであったが、より深い境地へと踏み込んでいる。白刃に月光が煌いた、そのわずかな瞬きに何とか気が付くことができた。
 初めに反応したのは、意識よりも身体よりも先、シンデレラの能力だった。白雪のごとく穢れないドレスを纏った彼女を護るべく、一人でに冷気が迫りくる凶刃から姫君を護るべく氷の壁を展開した。分厚い透明な壁が、騎士のごとく立ちはだかる。その奥、盾の向こう側で好戦的な猛虎が一人、その咆哮を轟かせた。
 まるで別人。先刻まで自分が圧倒的な優位に立っていたというのに、シンデレラと桃太郎の格の違いを明らかに埋めていた。此度の剣閃はまるで見えなかった。視界の中に光の線が走ったかと思えば、とうに斬撃が走った後だった。袈裟斬りにされた氷塊がその場で斜めに滑り落ちる。
 猛々しい黒色のオーラを身に纏い、溢れたエネルギーを頭部に角として蓄えた禍々しい島を統べる鬼。鬼の穢れた血統を、三つ目のキビ団子を引き金として開放する、桃太郎の最上位能力。自分が理性を飛ばしても、王子を護れる援軍が現れた。であればもう、出し惜しみは必要ない。

「おらぁっ!」

 振り回す腕が風を生む。薙いだ右腕に押し付けられた大気が、ソフィアの体勢を崩した。刀はもう重いだけで邪魔だと、クーニャンはかなぐり捨てる。精密にその刃を振るうだけの理性を残していなければ、その刀身は己をも傷つけかねない。人ならざる悪鬼羅刹の腕力があれば得物など要らず。退避のためにステップを踏もうとしたソフィアの裾を掴み、強引に引き寄せた。

「シンデレラ、黒羽根のドレスコードに」
「理解しているわ」

 半紙に墨汁を垂らすように、再び暗い闇へと沈む。堕ちていく、衝動の波に。己の欲望を叶えるため、他人の力で万人を魅了する所作を体得する。世界は彼女のために回っているのだから、魔法の力だって彼女の背を押すのだ。

「理解したわ。貴女が初め、ここに居なかった理由を」

 次の剣戟が予測できる。その活性化した鬼の運動量についていけるようになる。どこに刃が振り下ろされるか、次に自分がどう踏み出せばよいのか、手に取るように分かった。その場にいない誰かに手を引かれるように、すいと一歩、歩を進める。桃太郎の刀はその脇を素通りし、虚空のみを捉えた。
 ガラスの靴が、不気味に瞬いた。月の淡い光がソフィアの影を強調させる。槍のごとく鋭い蹴りを、躱すでなくクーニャンは足首を掴んで受け止めた。そこらのなまくらよりも遥かに殺傷力の高いつま先が眼前にてぴたりと制止する。受け止められた事実から、桃太郎をいつまでも格下だと侮る訳には行かないとソフィアもシンデレラも認知した。

「貴女が今宵すべきだったことは、第一に彼女たち元フェアリーテイルをここまで連れてくることだった訳ね」
「そうそう。輸送車の護衛は結局退屈だったけどな」

 シンデレラ及びかぐや姫に対抗するためには、捜査官だけでは人手が足りない可能性がある。それゆえに、より強力な守護神の援軍を必要としたのだが、そう簡単に戦力は整わない。民間人から公募すると言うのも名折れのように感じた。知君が前線に立つ事さえいい顔をしなかった組織なのだから、それは当然と言えた。
 しかしそうなると、どこから兵を調達したものだろうか。考えあぐねた捜査官一同だったが、彼らを牛耳る琴割は何一つたじろぐことは無かった。何のためにこれまで、確保したフェアリーテイル共を厳重に飼いならしていたと言うのか。彼は保全という建前で、来る日のために武器を蓄えていた。シンデレラに対抗する術を考えた際、それが最も妥当だと思えたためだ。
 狂犬には同じように狂犬をぶつければよい。シンデレラに対抗するならばアリスや赤ずきんが不可欠。それを動かすためのエネルギー課題は存在していたものの、問題が生じている事実に怖気づいて秘策の手配を怠るのもあり得ない。

「だけど、どういうつもり? 赤ずきんが直接能力を使ったということは、これは守護神ジャックによる能力の行使。誰かの生体エネルギー……寿命を犠牲にしなければ成立しない戦力よ」

 忌々し気に彼女は、別段罪のないはずのクーニャンを睨みつける。その先にいるであろう、雇い主の琴割を見据え、代わりに剣となって盤上に現れた彼女を。何を言っているんだかと、睨まれた少女は嘲笑を浮かべた。初めから、ソフィアがこんな事をしでかさなければ犠牲など在る筈も無かったのに。

「何正義の味方ぶってんだぁ、お前。先におっぱじめたのはお前ら親子とロバートだろが。あたしらがそれで文句言われる筋合いはねーぞ?」
「黙りなさい!」

 いつもそうだ。琴割 月光というのは秩序のため、平和のためを謳いながら、微細な犠牲に目もくれないでいる。大局的な平和の実現のために、個人の不幸は切り捨てられる、機械の如き冷淡な取捨選択を躊躇せずに行える。
 今度もどうせそうなのだろう。このままでは多くの日本人に被害が出る。だからこそ、赤ずきん達が稼働するための電池として消耗する少人数の命のバッテリーなど、いとも容易く捨て駒にできるのだ。

「私のお母さんだってそうだった。あいつは、あいつが欲するものを作るためにその遺伝子を欲しがった! そのくせに、そのくせに助けを求めた私達を切り捨てた、自分の要求が叶った後は用済みだって、病気のお母さんを見捨てたんだ!」
「いや、その話はあたしも聞いたけどよー……しゃあなくね? 大体治らねー病気だったんだろ、受け容れたかーちゃんが立派だって認めた方が良いぜ?」
「親も愛も知らない駄犬の分際で……悟ったようなことを言わないで!」

 疲弊しきった周囲の捜査官かたすれば、ソフィアの体捌きは最早目で追いきれない。歌姫という肩書に隠されがちだが、彼女自身は万能の才人だ。守護神アクセスも、己に作用する能力さえも、二か月の鍛錬で完璧に体得している。元々舞踊に関してはかじっていたため余計にシンデレラの能力への順応性は高かった。ふわりと舞うドレスの裾が織り成す軌跡は、ただそれだけで芸術品の輪郭をなぞっているようだった。
 文化財に少しでも関心のある人間であれば、瞬時に見惚れてもおかしくはない。だが、今のクーニャンには関係のない話だった。少しの雑談さえも退屈に感じ、握りしめた刀を振るう衝動に囚われた今、見据えるはソフィアの美ではなく、殺意と破壊衝動のみだ。
 邪魔するのは野暮。赤ずきんはわざわざクーニャンを護るため能力を使わなかった。鮮やかな火花が散る。打ち鳴らす鋼と硝子とが、またもや夜を彩るように光っては消える。お互いに致命傷には至らない、身体よりも精神を削る戦い。
 ただしその負担は当然、ソフィアの方がより大きなものとなる。クーニャンは眼前の一人に焦点を当てていれば良い。しかし、彼女の側は対照的にクーニャンを含む全てのフェアリーガーデンの守護神への警戒を怠ってはならない。今はクーニャンが邪魔で誰も能力を使えずにいるとはいえ、不用意に距離を取ろうものならば赤ずきんの狼や弾丸、白雪姫の毒に晒される可能性が高い。毒であれば紫毒のドレスへと衣装を整えれば向こうから自ずと避けていくだろうが、弾丸や狼はそうもいかない。
 毒を従えさせる装束に着替えようものなら、今度はこの桃太郎の剣術についていけない。多勢に無勢、個々の能力の優秀さのみならず、柔軟な能力の切り替えが武器であるシンデレラだ。それぞれが一芸に秀でた一個師団との戦いは不得手であることは間違いない。ある時は緋薔薇のドレス、ある瞬間には黒羽根のドレス、それを交互に、相手に合わせて瞬時に切り替えるのはこれだけの手練れ揃いだと不可能だ。
 ピクリと危機を察知する褐色の少女の嗅覚が働いた。鼻先に痺れるような痒み。刃先をガラスのヒールと打ち付け合っていた最中、途端に身を翻す。外敵を察知した猫と同じ動き。俊敏に、体勢を整えながら脚のバネで這うような姿勢だったにも関わらず瞬時に加速し、歌姫一人を取り残した。
 大地が喰らい尽くされる野蛮で粗野な咀嚼音。ソフィアが上方に目をやれば、肥大化した狼の頭部が大口を開けて迫って来ていた。そのシルエットが月影を隠し、ソフィアも闇に覆われた。血濡れた鋭い牙が眼前へ迫る。間違いない、赤ずきん最大規模の攻撃能力。人一人を容易に丸呑みにし、岩石さえ胃の中に収めても体が重いと感じるだけの強靭な体躯。
 確か彼女自身は、こう呼んでいたろうか。

「グランフェンリルまで……」

 誰かの余生を三年は喰らわなければ撃てはしない力だ。自分一人を止めるためだけに、どれだけ命を粗末にしようというのか。怒りがさらに彼女を焚きつける。憎悪が、復讐の業火が、破壊衝動が彼女の思考を真紅に塗り上げる。辛苦に満たされていく。
 次の瞬間、巨頭を掲げた狼は吹き飛んだ。その巨影の裏から現れたのは、蹴り上げた爪先を天へと掲げたソフィアの姿だった。羽ばたいた鳥の羽が宙を舞い落ちるように、風に揺れたドレスは乱れていた。

「どこまで、貴方達は他者を蔑ろにできるのかしらね……」
「勘違いしないで欲しいっすね、何もあたしたちは犠牲になんてしてないっすよ」
「ぬけぬけとよくもまあ……」
「狼さん蹴っ飛ばしたくらいで余裕ぶっこいてんじゃないすよ、アシュリー! 猟師さん、構え!」

 弾が装填される金属音。それが四方から重なり合う。銃の用意が整ったその合唱は、まるで四面楚歌を再現しているようにも思えた。

「もう一回、全弾装填! 一瞬で蜂の巣になりな、フルバースト・ロンド!」

 だから気が抜けるんだよなと、鬼化した状態のクーニャンは一瞬我に返りながら溜息を吐き出した。身体の疲労度合いを確認する。まだ、もうしばしの猶予はある。知君はまだかと、知君とラックハッカーとの交戦に一瞥をくれた。
 まだもう少し手こずりそうな気配がある。ここが正念場かと、赤ずきんの掛け声一つで一斉掃射された弾丸と、重なり合う銃声とに意識を向けた。
 その渦中に佇むは星羅 ソフィア一人。全方位からの一斉掃射故、如何に身体能力が高かろうと回避は不可能。防ぐ手立てがあるとするならば、氷雪や火炎、風の力で消し飛ばし、護り、吹き飛ばすものだろうが、その一手は読んでいる。
 何か別の能力に切り替えたら、その瞬間踏み込んで斬り伏せる。極限に研ぎ澄まされた神経、スローモーションで再生される世界の中で、紅蓮の炎が彼女を守るように包み込んだことを確認した。奥歯を噛み締め、それをスイッチとする。今までオフにしていた機動力を、いきなりトップまで引きずり上げた。音さえも置いていくような勢いで、足跡を残す程の強さで大地を蹴る。
 弾丸の雨が燃え尽きるその瞬間、懐へと踏み込んだクーニャンは炎の壁を一息に切り裂いた。瞬時に剣を消し、組み伏せられるよう体勢を整える。命まで取る必要は無い。そう指示されているため彼女は、組技で取り押さえて締め落とすのが一番だと断じた。舞うことを封じてしまえば、ソフィアは能力を使えないのだから。
 鬼特有の鋼のような皮膚が痛みも熱さも遮断していた。それゆえ後は飛び掛かるのみ、そう思っていた。彼女が身に纏っている新たなドレスを見るまでは。
 炎を操っている。そのため、情報通り薔薇のように紅い衣をしていた。風にさらされる様子が焔の揺らめきのようだと言うのは、先刻も感じた通りだ。
 だが、しかし。完璧に朱に染まってはいなかった。部分的に真紅の装いへと変わっただけだというのに、炎を完璧に飼いならしていた。こんなものまで隠していたとは。反撃が容易に察せられたため、咄嗟に回避防御に努めようとするも、その暇は充分には与えられなかった。
 左の上腕二頭筋に繰り出された半透明なヒールが突き刺さった。痛みにやや顔を顰め、致命傷ではないとすぐさま真顔に戻る。傷口は軽い火傷にもなっているようで、むしろ止血になって丁度良いと前向きに受け取った。
 しかし、この服装は何だ。黒と赤のコントラストが美しい、これまでに前例のない姿に目を丸くする。後ろの面々を見る限り、赤ずきんや白雪姫でさえも唖然としていた。
 要するにこれは、守護神アクセス時、シンデレラが最も自由に能力を行使できる状況でのみ初めて観測できた力ということなのだろう。黒と赤、二つの愛を一身に受けたソフィアはというと、やはり不気味なほどに美しい笑顔で、ほほ笑んでいた。目だけは、底なしの沼のように淀んだまま。

「貴女って本当に、限界なんてないのね。シンデレラ」

 それは知君と対峙した時以来に感じた、決して勝てないと察したが故の戦慄と悪寒。これはもはや、時間稼ぎさえも一大事だ。左腕が使いにくくなった今、より強くそう思う。

「黒薔薇のドレス。最高ね、今宵の舞踏会は。次はどんな衣装になるのかしら」

 愉しんでいるのは、もはや彼女独りだった。

Re: 守護神アクセス ( No.150 )
日時: 2019/10/04 17:14
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


 お互いの能力を読んだ上での大立ち回り。圧倒的な力の差を埋めるべく多勢でシンデレラ一人に対処している局面とは対照的に、そこより少し離れた場では。

「ハハ、何ともつまらぬじゃれ合いだ。特別である我々が、よもや素手での殴り合いしかできないなどと」
「派手に能力を使えたところで、笑えないと思いますけどね」

 ELEVENは能力を自分自身にかけることは可能である。それゆえラックハッカーは格闘技の天才だったという風に運命を書き換えた。対して知君は武術の知識を、技術を今は前線を退いた王子の父から奪い取ることで体捌きを会得していた。
 どちらも競技、スポーツとしての型ではなく目の前に聳えた敵を圧倒するための武器としての技だ。美しくない、公団胃の人間と比べると雑味のある動きではあるだろう。かたや研鑽を積んだ警官であり、その道のプロではない洋介の戦闘経験。かたや唐突に得た才能だけで一切の修練なく拳を放つラックハッカー。
 当然両者共に初めての経験だ。これまで彼らは障害らしい障害を全て、能力一つで乗り越えてきた人間だ。時としてフェアリーテイルとの戦いで知君は体術で応戦した経験はあれども、それは対等な相手とみなすには些か力不足が過ぎる。
 現在、彼らは対等な人間との平等な戦いを初めてのものとして経験していた。痛みがある、上手く事が運ばないもどかしさがある。これまで何もかも手玉にとるように、望みのままに戦局を御し続けてきたネロルキウスといえど、相手が同じ異世界の王であれば話は別。シェヘラザードから奪えるものなど一つとして無く、彼女が身勝手にネロルキウスの運命を決めつけることも不可能。
 お互いに能力を無効化する膠着状態。過程も結果も放棄し、演算負荷のフリーズ状態に陥ると思っていた。しかし、張本人たちは迷わなかった。お互いに理解していた。自分がELEVENだからこそ、相手を打ちのめす唯一の方法を。
 守護神に死の概念はない。しかし契約者にとっては話が別だ。銃で頭を撃ち抜かれれば、常時ジャンヌダルクの能力を行使可能な琴割でもない限り死ぬほかない。これまで超耐性の前に屈した数多のフェアリーテイルの行動はどうであったか。能力を放棄した肉弾戦しかない。それは桃太郎やシンドバッドといった、元来身体能力に秀でた守護神にとって当然の抵抗だった。
 今度はそれを我が身に当てはめるだけ。異界の王は王と呼ばれるだけはある。その能力を有効に応用するだけでいくらでも望み通りの効果が得られる。そして今、鋼の肉体と後天的な格闘センスをそれぞれ得た両者は、人外の領域での殴り合いに耽っていた。
 相手への不干渉。それが前提であるため両者共に自己強化を繰り返す形となっていた。ロバート・ラックハッカーは世界で最も強靭な体を持つという自己暗示にも似た運命操作。それによりラックハッカーは通常の守護神アクセス時に得られる身体強化の副産物以上の膂力を獲得し続けていた。その要因となっているのが知君だった。個々人の力としては決してラックハッカーを追い抜けない。そのため、辛うじて余力を残している捜査官達から筋力を借り受ける形で自分の肉体に集約させていた。秒を追うごとに一つに束ねる力を強くする知君と、それを毎秒追い抜き孤高な個として最強の道を歩むラックハッカー。
 インフレーションは留まるところを知らず永遠に続きかねない。もはやただの取っ組み合いは災害と呼ぶに相応しい様相を示し始めていた。最高峰の守護神が、容赦なく牙を向けば『こう』なる。それをまざまざと突き付けられた人々は冷や汗を流し戦慄することしかできない。
 これだけの力を持っていてなお、悪用しようとは微塵も考えず、報われないままにその力を行使し続けた。そんな知君という存在の偉大さを改めて突き付けられている心持だった。実際に私利私欲のため悪用しているラックハッカーと対比できるのはより強くリアリティを持って迫って来ていた。そうやって自分の感情を制御できるようになるまでに、どんな犠牲を払ってきたと言うのか。彼の過去を知らない捜査官でさえ、異常とも思える程行き届けられた躾を感じ取るほどだった。
 腕を薙ぐだけで嵐を呼ぶ。地を踏みしめるだけで地割れが走る。雲は散り散りに星は苦悶を上げる。知君は何とか押さえつけようと尽力するが、それ以上にラックハッカーの抵抗は激しかった。周囲への影響など欠片として省みず、力を存分に振るう事の出来る状況に感謝をし、持てあましたエネルギーを発散する。

「どうした少年、このままでは時間が過ぎるだけだ」
「…………」

 挑発に乗らず、思考をめぐらす。この傲慢な男が、どうして自分の足止めに徹しているのかを理解しあぐねていた。この男の性格であれば、是が非でも圧倒し、己の優れたところを誇示せんとするはずだ。
 それなのに、いつになっても強引に攻め入ってこようとはしない、まるで何かを待っているように、眈々と風に揺れる柳葉のごとくのらりくらりとやり過ごすのみ。難点をあげるとすれば、何気ないその動作で周囲に悪影響が出ていることだろう。

「それにしても、赤ずきんたちをリサイクルするという発想は恐れ入った。燃料タンクは何を使っているんだ? 罪人や死刑囚かね?」
「2070年に、この国でも死刑制度は撤廃されましたが」
「おやすまない。私が若かった頃のブラックジョークだったんだよ、この国の刑罰は」
「別に……誰の命も粗末に使っていません」

 面白い事を言う。うっかり感情が漏れ出たらしく、そのような旨を英語の感嘆符でラックハッカーはこぼした。乾いた笑いがくつくつと響く。
「分かっているだろう? たった一人しかいない契約者候補を見つけない限り、やつらは低燃費の兵器にしかならん。やつら自身が実体化しているのが証拠だ。間違いなく契約者は見つかっていない」
 それは言葉にするまでも無く、赤ずきんたちが守護神ジャックの状態で戦っている状態を示唆していた。ならば、『誰かの寿命をガソリンとしている』というラックハッカーの皮肉は実話であるべきだ。そうでなければ彼女らの能力は使えない。

「守護神の能力に必要なエネルギーは物理学的なエネルギーでは賄えん。それは精神的なものであり物質では抽出できないものだ。phoneの発達のせいで誤解されがちだが、その端末の働きは守護神と人間の間に行き来できる道を用意しているだけ。契約自体は世界の理という非物質的な規則によってのみ支えられているのだよ」

 それなのに、どうやってその動力源を供給しているというのか。与太話に心をくすぐられ、ラックハッカーの意識はそちらに向いてしまった。そもそも時間を稼ぐだけという今の役割が退屈過ぎたというのも本音だ。仕事柄老熟した食わせ物としか会談しない彼にとって、賢いとはいえ青さの残る少年と言葉を交わす経験が物珍しかったことも大きい。

「日本には、こういう言葉があります。災い転じて福となる、と」
「初耳だな。解説は要らないがね」
「当初は事故であり、僕が背負うべき過ちだったと思っていた出来事を有効的に活用できると気づいたんです」

 結論を急ぐと、赤ずきん達が能力を行使するためのエネルギーは王子 洋介だった。老い先が短いから、もう戦えなくなったから、せめて出汁だけは搾り取ろうとしたのか。答えは否だ。リソース供給は間違いなく王子の父が担っているが、そのエネルギーは決して彼の生命エネルギーではなかった。
 彼の身体の中には、決して代謝できない莫大なエネルギーが余っている状態だった。

「白雪姫との戦いで、暴走した僕は洋介さんからウンディーネを奪いました」

 それはあくまで、守護神の能力の行使権、言い換えれば能力そのものやエネルギー転換の回路のみを簒奪する行為である。本来ウンディーネが使うはずだったエネルギーに関しては奪う必要が無かったため、陽介の体内に留まった。結果として、人間単体では決して消費することのできない莫大な量のエネルギーを蓄えたタンク。王子 洋介は格好の守護神ジャック起爆剤となり得た。
 守護神ジャックを行うための条件は、対象の人間に契約済みの守護神が存在していない事。守護神と未接触の人間のみならず、該当者の中には洋介のような守護神を奪い取られた人間も含まれる。

「なるほど、行き場のなくなった都合のいいエネルギーがあった訳か。流石は日本人だ、限られたリソースの利用、再利用が得意なものだな」

 守護神ジャックはあくまでも仮契約。同じ一人の人間を対象に複数の守護神、赤ずきんに白雪姫、その他大勢が同時に洋介が蓄えたエネルギーを利用できる。当然限界量は存在しているが、ウンディーネというのはそもそも自然を操る行為の幻獣界の守護神だった。出力が守護神アクセス時と比較して落ち込む仮契約の条件においては、一晩で使い切るのは難しい。それゆえ寿命を減らす程の浪費はないだろうとの判断から倫理的にも許可が下りた。
 こんな身になってもまだ戦える手段があるとはと、陽介自身も容易く受け入れたのも大きい。形は違う、自分自身は戦地に赴くことはできない。それでも、息子たちのために自分に残された最後の残滓を使うことができるというのならば、誇らしいことだと。
 言うまでも無く、そうやって生き生きとした洋介を見て、知君がまた少しほっと心を和らげられた事実もある。和解の事実や、陽介自身の感謝を差し引いても、彼の中にはまだ罪の意識は植わったままであったから。
「君たちの活躍は全く大したものだったよ。正直なところ琴割がいなければ簡単に日本は落ちると信じていたからね。だが落ちなかった。それは偏に、君の尽力だと判断していいかね」

「いえ、そんなことはあり得ません」

 問われた知君は考えるまでも無く反射的にそのように答えていた。尋ねたラックハッカーの側でさえ驚いた程に、迷いのない間隙の無さだった。失言を避けるための思慮もへったくれもない。自分の成果ではないのだと断言できるだけの根拠が彼の内にれっきとして存在していたのが理由だった。

「僕だって、誰だって、一人きりで戦っていた訳じゃありませんからね」
「君にとって足枷に過ぎないと、私は考えるのだがね」
「いいえ、間違いなく支えでした。知っていますか、今となっては心強い協力者ですが、どんな難敵よりも手強い障壁と、戦う度に向き合わなければならなかったんです。勇気を奮い起こせたのは、絶対に僕自身の力と覚悟だけではありません」
「なるほど。君自身が精神的に成熟しきっていないことが原因だと推察できるがね」
「いいえ、育ちの違いですよ」

 ここ一番の絶好の機会に、知君は奏白の身体能力と体捌きをものの一瞬のみ模倣した。視認できていたはずの知君の攻撃が、その僅かな時間のみ、ラックハッカーの意識を振り切った。肘から先が消えたかと思えば、固い拳の骨が顔に叩きつけられていた。開戦以来初めての有効打がラックハッカーを襲い、後方へ吹き飛んだ。地面を擦りながら急停止するも、その一打で一挙に形勢は傾いた。
 痛みが、衝撃が、ラックハッカーから冷静な思考を奪い取る。痛みや怪我を己から取り除くように運命操作すればよいものを、何とか知君の攻撃の回避や防御へと意識を向ける。知君に対して直接能力をかけようとも無意味だということを忘れたまま。
 知君の挙動が止まらないことに舌打ちし、二打目を浴びないように守りを固めた。しかし固めたもののそれは悪手だと自ずと察せられた。がら空きになった側の脇腹に、鈍痛が走った。無理やりに肺の空気が押し上げられ、吐き出される感覚。腕を振りかぶったのは上に意識を向けるためのフェイクかと、狭まる視界の中で納得した。
 しかし、間に合った。消えたはずの暗幕がばさりと降りる。黒マントが何もない空間に現れたかと思えば、星羅ソフィアの父はフーディーニの能力で目的の人物をこの地へと連れてきた。
 日本の隠し玉はネロルキウスであるだろうとは看破していた。といっても、彼自身の発想ではなくあくまでシェヘラザードによる助言に過ぎなかったが。
 だが、それ以外の要因であれば遅れをとることはないと決めつけて構わなかった。何せ日本の所有するELEVENは表向き琴割 月光のジャンヌダルクしかいないのだから。その琴割に能力を行使させればその時点で目的は達成。そしてそれ以外の能力者に、ラックハッカーは自分が遅れをとる訳が無いと分かっている。
 であれば唯一の不確定因子、ネロルキウスを擁する素性の知れぬ少年さえ対処できれば他に警戒する者などいない。だからこそ、ある守護神を用意した。

「私の仕事はこれで終わりだ、後は……」
「ああ分かっているとも、星羅。後は娘の雄姿でも見届けておけ」
「分かった。……。Hey, I’ll leave it to you.」
「Of course.」

 彼が連れてきたのは、また新たな男だった。しかしその男には誰も見覚えが無かった。主要言語は定かではないが、西洋系の顔立ちに、くすんだ金髪をしている。男と呼ぶよりも少年と呼ぶべきだろうか。知君と比べても大して変わりの無い背丈に、まだ礼儀を完璧に理解していないような態度。膨らませた風船ガムを口の中に戻し、噛んで割った姿はどことなく幼い。
 その少年は世間的に有名な少年でも何でもない。彼にまつわるデータを少しでも得るために知君はネロルキウスの能力を行使した。彼を知るであろう人間から、その生い立ちに関する記憶を得る。最も手っ取り早かったのは目の前にいる星羅ソフィアの父であった。当然策自体彼も知っているだろうから、容易に情報が得られる。
 何を目的にして、誰を連れてきたのか。彼が契約している守護神にまつわる情報を入手したその瞬間に、知君はようやくそれを理解した。
 確かにこの少年は、金銭をちらつかせて呼んできただけの責任も持てない一般人ではあるが、ここに連れてくるだけの確かな意義が存在している契約者だった。
 それと同時に自分の存在そのもの、あるいはその可能性だけは予めラックハッカーたちに看破されていた事実を知君は自覚した。万全の布陣を組み、ただ力で圧し潰してくるだけの集団ではなく、対策に対する対抗策さえ徹底して用意できる人間であったのだと。
 少年は当然、phoneを構えていた。5桁の番号が響き渡る。この場に存在する中で、最も位階が低く、通常であればちいとも活躍しないであろう守護神。だというのに、知君に対してのみは切り札となり得る。大富豪のローカルルールで、最強のジョーカーに対抗できる最弱のカードと同じように。
 少年は名を呼んだ。それはおそらくは、ネロルキウスにとって最も苦々しい名前の一つに他ならないだろう。
 彼が呼びだした日本において無名の王は、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの後釜として皇帝の座に就いた男。四皇帝時代、始まりの男。

「Hey, Come on! My guardian “Servius-Galba” !」

Re: 守護神アクセス ( No.151 )
日時: 2019/10/07 17:58
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


 世界というのは一つの生き物のように考えられている。守護神という概念が発見され、ELEVENという存在が正確に理解され始めて以降、その俗説は学説へと昇格した。世界が平和な状態にあることを健康体だとするならば、無数の守護神はそれを維持する免疫システムに他ならない。
 そして生体内の免疫システム同様に、世界の恒常性維持にも複数の制御因子が絡み合うように相互に抑制しあっている。一人一人の守護神と、生物のリンパ球一つ一つに違いがあるとしたら、個性や意識の有無だ。属する世界への悪影響を顧みず、利己的な考えで不利益をばらまく守護神や契約者は少なからず存在する。あくまで意識が無く、偶発的に起きると言うだけで生体内でもそういった現象は時として起こる。癌だ。
 癌は処理しなければどこまでも増殖してしまう。癌細胞を殺す組織は存在こそしてはいるが完璧ではない。そのため手術の概念が生まれる。そしてその手術の執刀医こそが、この世界を維持する中でELEVENが担っている訳だ。
 だが、そのELEVENや契約者がもし牙を剥いたとしたら。果たして誰が止められるというのだろうか。その抑止力として定められた調停者こそが、ELEVENの中でも最も協調性の無いローマに君臨した皇帝、ネロルキウスだった。
 これで秩序を守るべき十一人の王の中にも統率が生まれた、とも言い切れなかった。最後の問題が、このネロルキウスをどのように抑制するかだ。ネロルキウスが他のELEVENに対し目を光らせる。そのELEVENがその他大勢の守護神を管理している。相互に制御する組織を形成するにあたって重要なのは、一方通行の管理システムにならないようにすることではないかと、自然選択が為された。故に三竦みを模す形に落ち着いた。
 その他のELEVENにとって統率できる守護神の中に、ネロルキウスにとってのアキレス腱、弁慶の泣き所を作る。ネロルキウスにとっての弱みとは何か。それに直結する者として選ばれた者こそが、ネロ亡きローマにおいて次期皇帝を務めた男、ガルバだった。

「ガルバが転生した守護神……セルウィウスの契約者ですね」
「如何にも。彼を見つけられたのは僥倖だったと言えよう」

 おそらくはシェヘラザードの能力によって必然的に見つけたのだろうに、その白々しさに嫌悪感を覚える。桃太郎の契約者を探し、クーニャンに行きついたのもおそらく彼だ。彼女が本来知君と王子を始末しようと任を受けた際、依頼者が誰であるのかは知君にも分からなかった。候補は数人に絞ることができるが、状況的に考えるとラックハッカーかソフィアの二択であると言えた。

「本来何の関係も無い民間人だというのに、よくも当然のように巻き込みましたね」
「苦し紛れの負け惜しみか? そこで毒ガスで苦しんでいるのはただの学生だろうに」

 王子を指して発された言葉がずしりと圧し掛かる。知君自身も本来は単なる学生だが、それ以上に王子はただ力を得ただけの子供に過ぎなかった。元より戦うために造られた知君よりも、もっとずっと大切に扱わねばならない人間。それなのに、護り切れなかった。おそらくは単なる子供であろうセルウィウスの契約者をこの場に呼んだことを糾弾できなくなった知君は、苦々しく口を噤んだ。
 しかし、それでも腑に落ちない点がまだ残っている。連れてこられた青年についてだ。彼の身元を洗った結果、どうやってもこの場にわざわざ現れるような人間ではないと思えた。品行方正とまでは言わないが人の迷惑になるようなことは避け、やんちゃなところに惹かれた友達も多く、こういったテロ行為に手を貸すとは思えない。
 彼の一家の銀行口座には先日莫大な寄付金が入っていた情報も得た。間違いなくラックハッカー由来の金銭と見ていいだろう。しかし彼の家は裕福でも貧乏でもない一世帯であり、そんな巨額の支援が必要とは思えなかった。
 おそらくは彼を金で雇った協力者であるという体にするための振込金だ。ただ、どうしても知君がそのセルウィウスの契約者の経歴や周辺事情を洗う限り、金だけでこのような行為に手を貸すような人物だと思えなかった。
 それさえも、シェヘラザードの能力を濫用したのだろう。自分の身勝手さで、他人の人生をも容易に左右するラックハッカーの厚顔無恥が許せない。身体の、心の芯の方から炎が燃え広がるのを感じていた。彼だけは許してはならない。彼だけにはあの能力を持たせたままにしてはならない。
 かつて報道で目にしたキングアーサーの契約者の英国女子とは対照的だった。知君を除き、最後に発見されたと言われているELEVEN。今ではオックスフォードの大学に通っているらしいが、彼女は科学の研究に不要なものであるとして、おそらくは永遠にキングアーサーの力を用いることはないだろうと超自然的な力を無用な長物であると割り切っていた。

「仕方ないだろう。私にとっては彼の存在こそが君たちを穿つ銀の弾丸なのだから」

 ここまでラックハッカーが時間稼ぎに徹するのみで構わなかった動機を理解した。彼さえここに現れれば、ネロルキウスだと考えられる知君の守護神を一方的に抑え、琴割を前線に出さねばならない事態に陥らせることを可能にする。ラックハッカーは日本が無事でも壊滅しても構わない。肝要なのは琴割の定めた国際規約を撤廃させる事。
 ならば、琴割の目の前で彼にしか解決できない絶望的なクライシスを押し付けるしかない。知君の存在というのはもはや世間に公表ができない。なぜならジャンヌダルクの能力で情報漏洩が妨げられているからだ。戸籍すら正式なものを持ち合わせていない知君は、いつでもその存在を隠蔽できる。
 彼の不正を暴くには、琴割が許可を得ずにジャンヌダルクの能力を使っている現場を、その能力によって干渉することのできないELEVENが目撃する必要がある。当然物証として映像が必要だが、それに関しては問題ない。自分が暗殺される様な有事の際に証拠を得るという建前で、彼の身体には小型のカメラとレコーダーが搭載されている。その中身を確認できるのは本人であるラックハッカーの要請時と、彼の身に何かが起きた際のみ。
 当然それを自分が有利になるよう編集してから公表することもできる。ラックハッカーにとって目の上のたんこぶであり、琴割が直々に定めた【ELEVENの能力濫用の禁止】に関する国際規範。その完全撤廃を琴割自身の防いで為し遂げる。
 シェヘラザードさえいればこの世の全ては手中にある。何せその他のELEVENなど年端もいかぬ若造に、琴割に丸め込まれた軟弱者のみだ。自分が遅れをとるわけがない。ロバートという男の地位が、その自信を裏付けしていた。シェヘラザードの力のみに頼り切らずとも一国の長へと昇りつめた。あまりに幼い選民思想を抱えているとはいえ、この男の底力は侮れない。琴割による守護神利用の支配はこれまで完璧に、蟻を通す隙間もないほどの厳重さを保っていた。協力者が自らすり寄ってきたという幸運もあるだろう。しかしその好機を逃さずつかみ取り、最悪のケースを想定しセルウィウスという守護神さえ用意した強かさは彼が生来携えていたものだ。

「さあ、我々と君との戦いはこれで終わりだ。もう疲れただろう、少年。休んでいいんだ。後は私と、琴割とに任せたまえ。君のお姉さんも喜ぶことだろう」

 私はただ邪魔と思っているだけだが、星羅ソフィアは紛れもなく琴割を怨んでいると彼は言う。琴割を殺すことは現状できない。未来永劫それは変わらない。であれば、せめて琴割が長年築き上げてきた大切なものを壊してしまわなくてはならない。奪わなくてはならない。
 母を奪われた自分自身と、同じように。
 そうやって、一人で苦しんで、見当違いの怒りを携えて、己のみを焦がし続けている。命さえもすり減らして、もはや拭いきれないほどの罪を抱えて。
 だが、それでも。構わないと知君は思ってしまった。
 たった一人、唯一遺された血の繋がり。今まで知らなかった大切な家族と、まだ言葉を交わしてもいないのだから。

「僕が責任を持ってソフィアさんに償わせます、だから……」

 その先の言葉を聞くよりも早く、ラックハッカーは溜め息を漏らした。やはり青い。子供のままだ。交渉で和平を結ぶ方がお互いのためだというのに、引き際を見失っている。
 我儘な坊やだとこぼせば、心底嬉しそうに知君は笑った。遠回しでも婉曲でもない、ただの真っ直ぐな批判を喜ぶとはとことん呆れた少年だと、蔑んだ冷たい色をその瞳に浮かべた。

「絶対に諦めません、救い出します」
「なら自ら茨の道で苦しむといいさ。Go, negotiation has already broken down. (やれ、交渉決裂だ)」

 母国語でセルウィウスの契約者の少年……運命を操られた傀儡に呼びかける。本来の彼という人間なら、受けはしない仕事だろうに。今この瞬間、その脳裏では何を考えて能力をふるっているのだろうか。
 千年来の因縁が知君に振りかかる。セルウィウスから溢れ出した漆黒の怨念が、知君の全身をネロルキウスごと包み込んだ。

Re: 守護神アクセス ( No.152 )
日時: 2020/05/14 01:48
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 セルウィウスというのは位階が低い守護神だった。理由はとても単純で、彼という皇帝はネロの後継者であるという事実に目を背ければひどく地味な存在だったせいだ。特別優秀でもなければ、特別残虐な性格だった訳でもない。よくも悪くも、性癖的な意味でもネロという皇帝が抜きんでていたのが一番の理由と言えよう。
 だが、それでもやはりセルウィウス、あるいはガルバという皇帝は目立たない存在であった。もし誰か別の皇帝が擁立された後に、その皇帝が何か失態を犯したとしよう。至らない王の凶行を嘆き、悲しんだ折りに人々は口にする。こんなことならばガルバを皇帝にしておけばよかった、と。永遠の二番手、その肩書が相応しかったのだと、歴史の上では触れられている。
 守護神として転生した後も、大きな知名度を誇る訳でもなく、位階は低いまま。守護神アクセスをしたところで淡い光のみが契約者に纏わりつく。アマデウスやメルリヌスのような、はっきりと視覚化された鎧のようなエネルギーの凝集を目にすることはできない。
 だが今、黒々とした火事場の煙がごとき流体が知君を包み込んでいるが、その影響はセルウィウスに依るものだ。中の様子がまるで見えないため、そこで知君が苦しんでいるのか何事も無く佇んでいるのかは分からない。しかしそれでも、最強の一角であるネロルキウスを無力化するための能力を備えている筈だ。それゆえに、状況が分からないこと自体は見守っている人々の不安を煽ることしかできない。未だに灼けるような痛みが口の中を、喉の奥を蝕んでいるはずの王子でさえ、知君への心配で苦悶など忘れてしまいそうになるほどだった。
 琴割は顔色一つ変えようとしない。強がりか、それとも戦略上のポーカーフェイスか。自分が優勢に立ったと認めたラックハッカーは高笑いを響かせた。自分の依頼を快諾するように運命を紡いだ少年が、計画を阻む最大の障害を無力化している。シェヘラザードの抑止力は、最早ジャンヌダルクしか存在しない。
 明日になれば今夜のことは公になるだろう。当然ラックハッカー自身と、星羅親子がテロ行為を行った事実も公開される。だがそれは問題にならず、罪にも問われない。何からも不干渉な状態であれば糾弾されるべきはラックハッカーであるはずだが、そうはならないように己の武勇伝を予め書き上げていた。
 それゆえ、ELEVENでない人々は気づくことができない。ラックハッカーが紛れもない混乱を招いた張本人である事実に。そしてそれが報道されないとなると、その他のELEVENも気が付くことはできない。
 発言力の違いと言うのは大きい。一国を統率する立場の彼の言葉は、あらゆるELEVENの中で最も影響力がある。琴割はあくまで日本という国の治安維持組織のトップかつ守護神研究の第一人者というだけ。歴史の表舞台に立つ事はそうそうなく、発言機会も得にくい。
 ペンは剣よりも強しというだけはある。剣を取り、国家に反逆し討たれたジャンヌダルクよりも、知恵と言葉とで暴君を懐柔したシェヘラザードの方が余程優れているのだ。そのようにまた、ラックハッカーは慢心する。己こそが選ばれた人間であると。振りかかる火の粉を拒絶することしかできない能力よりも、それに加えて臨んだ未来を自ら手繰り寄せる運命操作の能力の方が余程神と呼ぶに相応しい。
 長い、実に長い充電期間だった。折角この世全てを意のままにする力に恵まれたというのに、それを振るうことが許されなかった。唯一好き勝手に守護神の能力を用いるこの男が勝手に定めた、平和のためを謳った国際規約。
 そのせいで自分達ELEVENは一切守護神アクセスを行えなくなった。直接自分達に能力をかけられはしないが、その手にphoneが渡らないようにと四六時中見張られることとなる。会話は自宅に至るまでほとんど盗聴されているようなものだった。プライベートは守られたが、その代わりに自宅や別荘全てに、毎日違法なphoneが無いか捜索され、家主でもない人間が帰宅時に持ち物の確認を行う。
 息が詰まりそうだった。守護神を使えない状態の、一個人としてはどうしても武装した彼らには歯向かえない。しかしその治安維持組織が、ラックハッカーの手にphoneが渡ることを拒むため、いつになっても反逆できない。
 特に自分から、非合法な端末を入手する手段はなかった。かといって、協力者が自ら尻尾を振ってやってくるようなこともなかった。それも当然だ。ELEVENを利用するという行為には、あまりにも大きなリスクを伴う。上手く甘い汁だけ啜ろうとしようにも、ラックハッカーという人物は大統領に昇りつめるだけの手腕と頭脳を携えている。半端な悪党の企みなど簡単に看破してしまい、むしろ彼らを傀儡としてしまう。
 そもそもラックハッカーにphoneを渡した時点で、信用云々以前に、口止めや危機管理のためにシェヘラザードの能力をかけられ、ラックハッカーの意のままに操られることは容易に想像できる。それが分かり切っているため誰も彼のもとへphoneを持ってこようとはしない。
 利用されても構わないという、頑なな意志がない限りは。

「ようやくだ、ようやく悲願は為されたのだよ、琴割」
「アホ言うな、まだ終わっとらんわ」
「時間の問題だ。セルウィウスの能力は唯一ネロルキウスに干渉できる。その契約者をシェヘラザードで意のままに操っている私を止められるのは、もはやお前しかいない」

 あの少年はもはや脱出不可能の檻に捕らえられた。今頃苦しんでいるだろうが、誰もその姿を見ることはできない。

「私に残された一欠けらの良心も安堵しているところだ。琴割に操られていただけの哀れな傀儡がこれ以上苦しむ姿は見るにしのびないからね」
「はあ……分からんやっちゃなあ」

 呆れ果てたような深い溜め息。糸のように細められた琴割の眼が開き、憐れみを覚えた瞳がラックハッカーを一瞥した。この期に及んでそのような視線を向けるとは。琴割の真意を知らないままに、冷淡な眼光を彼は返した。自分が何を理解していないと言うのか。シェヘラザードの能力で先に対策を練っているだけあって、この不祥事が、テロ行為が、ラックハッカーを首魁としている事実は未来永劫暴露されることはない。琴割が訴えようと、あらゆるメディアが、世間が目と耳を背けることだろう。同じことが星羅ソフィアにも言えた。彼女が悲劇のヒロインだということも、知られないまま死んでいくことだろう。

「もうチェックメイトだと言っているんだ琴割、さあ、ジャンヌダルクでこの私を止めてみたま……」
「やっぱ欧米のあほんだらは文脈が読めんのが玉に瑕やなぁ。会話が鬱陶しくて顔がええんが持ち腐れとる。儂は言外にこう言っとるつもりなんじゃけどな。ええから早う知君を何とかした方がええんちゃうかってな」
「……何を」

 取らぬ狸の皮算用。間近で目にすればこうも滑稽なものなのか。糸目の線が、笑みを浮かべたその口が、満月の日に似つかわしくない三日月を作り出す。狡猾な狐のような、あるいは残忍な蛇のような。琴割 月光の笑みが、ロバート・ラックハッカーを捕らえた。己がネズミか蛙になったかのような緊張感。全身に鳥肌が浮かび、脊椎の中心に冷え切った水銀を流し込まれたごとき違和感。
 全身の毛穴が引き締まるのを感じた。これは一体なんだと言うのか。永らく感じていなかった、忘れてしまっていた感情。それゆえに記憶の引き出しが開かない。幼い日に機嫌の悪い父親に殴られた記憶をすっかり忘れ去った、老いさらばえた男の記憶には、自分が全能の使徒だと確信してからの思い出しか残っていない。
 まさか、この私が恐れているというのか。誰を、いや何をだ。琴割など疎ましさが勝って恐れも警戒も抱くはずがない。これまでの腹立たしさがそういった脚が竦みそうな感情を消し去ってしまうはずだ。
 では、誰か。自分が本人の意向を無視してまで連れてきたガルバの契約者だろうか。そんなはずはない。なぜなら彼の能力はあくまでもラックハッカーには届かない。
 無敵にして最高峰、手が届くはずの無い高嶺の花。それを摘むことが許されるのは唯一その契約者のみ。それがELEVENだ。世界が定めた、人でも神でもなく、何よりも優先されるべき絶対の前提が定めたそれを覆すことなど、誰にもできはしない。
 絶対であると定められた地位を奪い取るような傲慢、許される訳が無い。
 自分自身に、恐れるものは何も無いと納得させたかった。納得させられるはずだった。決して寝首などかかれるつもりも無くて。何より安堵を目的として言い聞かせていたはずだ。それなのに、彼は己で答えへと導いてしまった。彼が何を恐れているのか、まざまざと突き付けられる。姿は未だ見えない。夜さえ塗り潰すような黒い靄の向こうに潜む影。潜むという行為が似つかわしくない巨大な暴君の威光。
 略奪という概念が傲慢として認められない一つの存在。搾取する側であると定められた絶対の捕食者、カーストの頂点。異世界を束ねる王たちの中で、最も位の高い守護神たちの統率を認められた、人であるが故の傲慢さを一身に受けた元ローマ皇帝。

「ネロルキウスの弱点は儂も知っとる。せやから調べたに決まっとるやろ。セルウィウスの能力は、対象の心に語り掛ける。今なら知君やな。お前の罪は何や、ってな」

 もしそこで、自分に僅かでも罪悪感を感じたならば、自分の良心が牙を剥く。後悔が、後ろ髪を引かれる想いが、ナイフとなって突き刺さる。ある人間は、自分が手にかけてしまった人、またある人間ならば、自分が不幸にしてしまった誰か、悔やんだ対象が形を以て、ずっと耳元で囁きかける。お前のせいだ、お前のせいだと。そうして心を壊すのが一つ目の効力。
 そこで罪悪感を抱かなければ、その傲慢につけこむ。身の内に救う、自分を正当化する淀んだ心を増幅させ、痛みへと変換して対象を蝕む。耐えがたい激痛が彼の身体を襲い、自分が罰を受けるべき人間であることを思い出させる。そして最終的に、罪を心から自覚して初めて、本当の罰が下る。そう、耳元にて囁きかける声がする。やっと気づいてくれた、お前のせいで俺は、僕は私はこんな目にあんな目にそんな目に、と。
 あの黒い靄は、人が忘れたいことを思い起こさせるための舞台装置だ。暗く淀んだ闇を見ると、人は後ろめたいことを思い出してしまう。恐怖が無意識の内に胸に救い、己が恐れているイメージを脳裏に思い起こしてしまう。それがトリガーとなり、能力をしかけた対象者が過去に置き去りにしてきた公開を浮き彫りにする。

「正直奇跡やと思うわ、儂もな。ガルバの能力はその傲慢や自尊心が強い程に強く身を、心を縛り付ける。せやからネロルキウスの、欲しいものを好き勝手に奪い取る能力を抑えるのにうってつけなんや。あんな能力貰って、自己中心的にならんやつはおらんやろしなあ」

 突風が吹いた。半年早い春一番のような、冷たい風。夜の風は吹き荒れると同時に、セルウィウスが生み出した漆黒のカーテンを消し飛ばした。霧散した黒煙の中から現れたのは、何事も無く佇む一人の少年だった。いつしか、王子がかぐや姫対策に呼び寄せた雨雲さえ消え失せて、真ん丸な月が浮かぶ快晴の空が現れた。

「晴れを望んだらこうなるんですね」

 天敵であるセルウィウスの能力に囚われたと言うのに、冷静に対処した少年が信じられず、ラックハッカーは目を見開いた。唇が震え初め、指先の精細さが失われていく。
 対策は完璧に打った、そう思っていた。しかしそれは早計と呼ぶほかなかった。下調べを怠っていたせいだろうか。いや、そうではない。たとえそれが万全だったとしても、ネロルキウスの対処はセルウィウス、ガルバに任せるしかなかったはずだ。それ以外の能力者では対応できない、それがELEVENの絶対性なのだから。
 ラックハッカーの過失は一つ。『ネロルキウスの抑止力、ガルバという守護神はあくまでも抑止力に過ぎない』、それを忘れていたことだ。ネロルキウスを止める必要がある時に有用なだけで、ネロルキウスおよびその契約者が世界に牙を剥かない限りは、通じる筈がない。
「そこにいるガキはな、正義の味方になるために育てられた。傲慢もへったくれもない。自分の罪を全部認めて、背負った上でここにおる。罪を受け入れているからこそ、肉体への苦痛は無い。耳元で己の責任を尋ねられようと、『だからこそ償うために他の誰かを救う』と即断できるだけの胆力も据わっとる。分かるか、おそらく後にも先にも一人だけじゃ。私利私欲を抜きにして、他人のためだけにネロルキウスの能力を使える男。ガルバの能力が何一つ通用しないネロルキウスの契約者」

「馬鹿な……それでは対抗策が成り立たない……。そんなもの、どう突き崩せば……」
「せやからお前はアホや言うとるんじゃ。パワーバランスはゲームを盛り上げるためやのうて世界が恒常的に安定した状態を保つためにとられとる。知君が知君らしくある限り、世界も知君の味方をする。お前もしかしてまだ気づいてへんのか?」

 人間界のみならず、フェアリーガーデンへの無理やりな干渉。およびそれによる守護神と人間との次元を超えた戦争。荒廃した東京の街並み、引き起こされた大量殺戮。

「この世界に喧嘩売ったんは、間違いなくお前の方やぞ」

 世界に喧嘩を売った。そのフレーズに、心臓が一際強く跳ね上がった。どくんと、耳に届くほどに力強く。居眠りしかけた時に教師から指名された生徒のように、びくりと大げさに竦み上がった。
 それが何を意味するのか分からない程には愚かではない。特に現実をつきつけられた今ならば余計に、頭は冴え渡っている。優秀な人間だと言うのに、ラックハッカーが極めて聡明であると言い難いのはその選民思想故だった。己が神に選ばれた時代の寵児であり、自分を主役としてこの世は存在していると本気で信じていた。シェヘラザードはそのために存在していると信じて疑わなかった。
 だからこそ、セルウィウスさえ用意すればネロルキウスさえ恐れる必要が無くなる。むしろその計画準備の過程こそが、己に花道を歩ませるために必要な道筋であると考えた。そんなもの、彼のための都合でしかないというのに。
 さながら魔王討伐を目標に掲げる勇者となったつもりだったのだろう。彼は忘れていた。そのために蔑ろにされた人々がいたことを。彼がけしかけたフェアリーテイルによって笑顔を、平和を、家族を、命を奪われた善良な市民を。
 そう、世界に爪を立てたELEVENというのは今、間違いなくラックハッカーとシェヘラザードのペアに他ならない。
 反逆の翼を翻したELEVENの末路とは。それは語るに及ばず、彼がその身を以て見せることとなるだろう。

「ようやく、世界の調停から許可が下りました」

 暗闇が晴れ、現れた少年は、掌をラックハッカーに見せつけるように腕を上げた。真っすぐ伸びた腕は、正面から何かをつかみ取ろうと、一人の男に照準を定めている。
 次第に心臓は早鐘を打ち始める。それだけは許してはならない。そんなことがあってなるものか。

「何を……考えている……。私は選ばれた人間だぞ。全てが意のままになる人間だぞ。こんな、こんなところで……」
「ネロルキウスの能力を行使します」
「やめろぉっ!」

 それは悲痛な声だった。何の抵抗にもならないとは理解している。それでも体は止められない。シェヘラザードの能力で、肉体だけは強化している。ネロルキウスの略奪を許す前に、知君さえ殺してしまえば。そう、最後に一縷の望みをかけて踏み込んだ。
 しかし。

「っう!」

 膝から崩れ落ちる。全身から力は抜け、先ほどまでの肉体活性が失われていく。睡眠不足の際に、肘から先に力が入らず脱力感が襲い掛かっているのとまったく同じ感覚。力を入れようとしているのに、身体が応えない。
 原因など簡単に推察された。ネロルキウスの能力によって、筋力を奪われている。そのため立ち上がり、歩む事さえままならず、這いつくばることしかできない。

「ここまで来た……。どれほど耐えたと思っている! 協力者とはいえ貧しい血筋の馬鹿親子とも懇意にしてやったんだぞ。金と引き換えに己の卵子を研究のために譲渡する売女の家系にだぞ! その私が……私が!」
「ええ加減に黙った方がええぞ。どうせ失うもんは変わらん。そんなら品位だけは保っとけや」

 聞くに堪えない罵詈雑言。星羅ソフィアの父であり、売女扱いされた朱鷺子の妻である男がそこにいるというのにだ。かつて妻子を持っていた琴割としてもその心中は計り知れるため、せめてもの情けとして黙らせる。
 これ以上、あの男の我儘で傷ついていい人間など居はしないのだから。

「対象はロバート・ラックハッカー、奪い取るのは……その守護神のシェヘラザード!」


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。