複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.23 )
日時: 2018/03/07 14:12
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)


本編とは全く関係のない更新です。僕は寄り道アクセスと読んでます、ご注意ください。

受験生、というかもはや合格者向けです。合格者向けのお話にしつつ、ネタバレ防止にするため既存キャラをできるだけ使いました。
四月から新生活が始まる方も多いとは思いますが、そのような方々の明るい前途を応援しております。
再び告げるともはやこの寄り道は合格者向けです。それでは。





 校門付近に立ち並ぶ桜の木は、開きかけのつぼみを枝の上に並べていた。茶色くてゴツゴツした木々の上に赤い点が立ち並んで、所々薄桃色の花びらが顔を見せている。
 緊張というより、不安で心臓が暴れていた。同じように顔を強張らせた各校の中学生達が流れていく。時間はまだ十分前で、今すぐ出向いても互いにそわそわする様子を見て一層不安になるだけだ。
 昔から来たいと思っていた高校で、ずっと勉強は努力していた。けれども半年ほど前、急にこの高校を志望する人間が増えてしまった。その頃世間を騒がせたフェアリーテイル騒動、その立役者となる英雄が二人、ここの生徒として在籍しているからだ。
 二人とも、学校は公表されてしまったが、未成年だからと名前や顔は秘密になっている。活躍する様子を見た人たちがあの制服はこの高校だとSNSで呟いたのがきっとその原因だろう。よく写真など取られていなかったものだと思うが、危険なところにわざわざ踏み込む人はいない。
 校門前では、高校生向けの塾の職員が自分のところのパンフレットを文房具を添えて配布していた。袋なんて用意してない私は両腕に沢山のチラシやパンフレットを抱えていた。周りの皆も、同じ状況のようである。
 周囲には、私たちのように結果を待つ人々のみならず、その様子を見る先輩方も見かけられた。わざわざ見に来たと言うよりは、たまたま部活動の時間と重なっていたようで、学校の名前が入ったそのクラブのジャージを羽織っている。微笑ましそうにして、「私も不安だったなぁ」なんて声がして。
 私も来年、そう言える人間になりたいものだ。合格発表が行われる中庭へと早足で進む。ふと、腕と体の隙間からバサバサとうるさい音を上げて紙の山が雪崩落ちた。灰色の地面の上に鮮やかなチラシが広がる。周りの人たちは皆それどころじゃなくて、人によってはそもそも私のことが見えてない様子でそのまま歩いていってしまった。
 面倒だなぁと思いながらも、一枚一枚拾っていく。果たして何枚散らばったのだろうか。憂鬱な私の前に、一本の腕が伸びる。丁寧な仕草で拾い上げ、何枚かまとめてくれるとそれを私に差し出してくれた。視線を上げ、その顔を見る。にわかには、その人が男子なのか女子なのか分からないような、中性的な先輩だった。

「はい、どうぞ。大丈夫ですか?」

 来ている制服が、この高校の男子のものだと気がついて男の人だと分かる。穏やかで優しそうで、それでいて気の弱そうな人。

「あざっす……じゃないや、ありがとうございます」
「別に気にしなくていいですよ。話しやすいように話して下さって」

 そう言う彼の声はとても柔らかくて、何だかふと安心してしまう。先程までの不安が全部吹き飛ばされてしまったみたいに。

「合格、おめでとうございます」
「えっ……まだ、結果は出てないんじゃ」
「あはは、ちょっと僕には分かっちゃうんですよね」

 そう言って、しゃがんだままの私に手を差し出してくれて。手をとるとそのまま立ち上がらせてくれた。

「僕の友達が、ちょっと貴女に興味を持ってまして。もし王子って人に会ったら仲良くしてあげて下さい」
「はぁ……」

 王子、というのはあだ名なのだろうか。とすると随分かっこいい人だったりするのかな。そういう想像をしてしまったが、それに気がついた目の前の先輩に王子は名前ですよと教えてもらった。なるほど、王子が名字なのか。それはきっと、からかわれやすそうだ。

「それにしても、何でわざわざ気にかけてくれたんす……くれたんですか」
「少々、貴女は僕たちの知り合いと似ておりまして。まあそれも当然と言えば当然なのですが」

 意味ありげな言葉を口にするが、どういう意味なのだろうか。私が、誰かに似ている、そしてそれが当然であると。別に私に兄弟姉妹はいないから、そのことを言っているのではないだろうに。両親は教育関係者でもないから、それもあり得ない。
 そしたら、誰と似ているというのだろうか。

「新しい生活というのはとても刺激的で、毎日がとても楽しいです」
「そっすね」
「そしてこれから過ごす日々は、大人になったらもう戻ってきません」

 楽しめるのは今だけなんです。進みたい道に進むことのできた貴女は、そうでない人々の分まで楽しんでこの高校生活を送って下さい。

「貴女が、三年間楽しく過ごせることを僕も祈ってます」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。生徒会長ですから」

 王子くんによろしくお願いします。最後にそれだけ言い残して、彼は去る。生徒会長、だったのか。何となくその穏やかな態度が、上に立つ人らしくないとは想うけれど。どうしてか、あの人になら何でも任せていいような気になれた。
 今度はもうチラシを落とさないように。グラウンド脇を歩く。見ると、サッカー部が練習をしていた。
 楽しそうだな、って呑気に眺めてると、白と黒のボールが一直線に私の方へと跳んできた。シュート練習をしているようで、ゴールを僅かに上空にそれ、バーを飛び越えてしまったボールが緩やかな放物線を描いて私に向かう。急なことで対応なんてできずに、目を閉じ、ぎゅっと胸に塾のチラシを抱き締めて痛みに備えた。
 けれども、当たらない。恐る恐る目を開く。一人の先輩がそこにはいて、ボールを受け止めてくれていた。

「おいこら下手くそー、ちゃんとゴール狙えー」
「うっせーぞ王子。お前こないだ体育でオウンゴールしたくせに」
「あれはバックパスにビビった知君のせいだろ……」

 おそらく互いに知り合いなのだろう、サッカー部の主将らしき人と、ボールを止めてくれた人とが言葉を交わす。グラウンドの方にボールを投げ返して、彼はこちらを振り返った。
 王子と呼ばれていた、ということはこの人がさっきの生徒会長さんの言っていた人で間違いないだろう。振り返った彼は、人当たりがよさそうな気さくな笑みを浮かべていた。ワックスで髪は整えられており、私からするととても大人びて見える、お兄さんのように映った。

「大丈夫か、新入生」
「はい、ありがとうございます。おかげで助かったっす、じゃないや、助かりました」
「ん? お前……」

 またやってしまった。敬語というのが苦手すぎて、いつもこんな縮めた言い方をしてしまう。中学の先輩やさっきの会長さんは優しかったが、これからはちゃんと正すべきだろうなと思っているのに。
 気を悪くしたりしていないかな、と思ったけれど、どうやらそんな様子は無いようで。むしろ今度の先輩はただ目を丸くしていた。

「その口調、君が知君の言ってた新入生か」
「はい?」
「多分君さ、守護神がフェアリーガーデンにいるだろ」
「何でそんなこと知ってるんすか!?」

 確かに私の守護神は、どこかのお伽噺の主人公らしい。ただ、その正体がどれなのかまでは特定することができない。ナンバーが存在しない、例のフェアリーテイル騒動を起こした異世界の住人は、誰と契約しているのか合わなければ分からない。

「赤ずきんって子に、君はよく似てる」
「赤ずきんってあの、有名なフェアリーテイルの……」
「そうそう、あいつもよく『やってやるっすよ』とか言ってたからな」

 テレビで見た事件の中でも、最も凄惨な被害を出した中の一人が赤ずきんである。これは果たして喜んでよいものやらと私は苦笑いしか浮かべられない。
 それを汲んでくれたのか、王子さんはフォローしてくれたが、それでもやはり気分は優れない。

「一期一会ってことで仲良くしてくれよ、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします……」
「そんな緊張すんなって。単に俺は君に頼みがあるだけだから」

 頼み、とは何だろうか。私の返事も待たずして、先輩は語り続ける。

「もし赤ずきんに会ったらさ、王子があいつによろしく伝えてくれって言ってた、って伝言頼んでいいかな?」

 満面の笑みを浮かべて彼は言う。あいつとは、一体誰を指すのだろうか。それは赤ずきんなら知っているのだろうか。

「先輩にとって大事な人なんですか?」

 よし、ちゃんと敬語を作れた。これは前途も明るいだろう。

「あぁ、何より」

 そう応えた彼の顔は、笑っていながらも何かを堪えているように見えた。

「会えるかわかりませんけど……」
「会えるさ、きっと。俺が会えたくらいだ」

 そう告げる表情は確信に満ちた真剣なもので、瞳が嘘偽り無く輝いている。だったら、信じてもいいような気がした。それに今しがた助けてもらった恩もある。

「了解っす、任せて下さい」
「うす、頼んだ。最後に先輩からのありがたいお言葉だ、友達は、仲間は、好きな人は大事にしろよ。かけがえのないものだからな」

 そう言ってその先輩も去っていく。そろそろ結果が出てるぞ、って私の背中を押すように。ちょっとした歓声が私の進む先で上がった。
 黄色い声ばかりが聞こえてくるが、きっと中には泣いてる人もいるのだろう。私は、どっちだろうか。

「合格、おめでとうございます」

 生徒会長さんの声が甦る。何だかそれだけで、本当に受かっているような気になってきた。
 私も見に行こう。もう不安なんて無かった。いや、それは少し嘘か。今度は楽しい高校生活になるか不安になってきたのだから。
 けど、きっと大丈夫だ。どこか違う世界にきっと、私を見守ってくれる人がいる。例え私が彼女に会えなくとも、居てくれるというその事実が勇気をくれる。
 生きている私たちは、彼ら彼女らのおかげで、独りになることは決してない。それはまるで、魔法の言葉。強い心と繋がりたいと想う気持ち。

「守護神アクセス」

 快晴の空の下、そう呟いた。

Re: 守護神アクセス ( No.24 )
日時: 2018/03/11 09:09
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 そうあって欲しい。否、してみせる。五秒後の未来を見る。もう、その時には戦いは始まっていた。私の首元めがけて伸びる上段突き、槍を引く挙動を見た直後突き出される前に回避した。一秒前まで私がいた空間を貫き、雷光が瞬く。昨日よりも雷鳴は激しくなったとはいえ、根本的な性質は変わっていないのか、ある程度近くに居ても問題は無いようである。
 ただ、先ほどショッピングモールを焼き払った激しい雷撃。あれだけは要注意だ。おそらくはあの男最大の攻撃手段。あれを喰らうか避けられるかで全てが変わる。いや、正しくは撃たせてはならない。回避しようが代わりに街が焼き払われる。つまり、撃たせた時点で私にとっては敗北も同然。だが、先ほどの一射でエネルギーを使ったためか、昨日の邂逅時のように武器に纏った雷は弱まっている。成程、昨日と同じ状態というなら今日こそは取り押さえられる。
 怒りのせいもあってか、短絡的な思考に囚われる。一度目の戦いでこちらが優位に立っていたのは全て、相手が油断していたからだというのに。相手が地面を蹴る。次に来るのは上段蹴り。かがんで避け、そのまま相手の顔が来る位置向かって狙撃する。壊死谷の蹴りは宙をさまよい、その頭には魔力の球が衝突する。しかし、守護神による身体能力補正の影響かそれほどダメージは入っていない。
 顔に直接入れたに関わらず、鼻血すら出ないとは。もっと威力を上げたものを当てねば話にならない。刺しては引き、引いては刺される槍の猛攻をかいくぐり、次の一手を打つ。溜め込んだ魔力をより強く圧縮し、放つ。先ほど威力を見切ったと思い込んだのか、相手はガードもせずそのまま受ける。しかし、今度のものは特別性。威力も上昇していれば、さらにもう一つ仕掛けがある。
 詰め込んだ魔力が迸る。閃光を放つとともに、男の腹にめり込んだ砲弾は炸裂した。青い光と熱とに包まれたかと思うと、白い煙の中に男は消える。
 やったか、そう思ったのも束の間、すぐさま男が飛び掛かってくる未来が私には見えた。舌打ちを一つ、回避よりも迎撃だと今度は弾丸でなくてレーザーを打つ。光の線が三本走り、男がいるだろう地点を薙ぎ払う。
 そのつもりだった、しかし大きな槍に纏わせた雷鳴をさらに強く響かせて、それら三本全てを一息に奴は引き裂いた。槍に突かれ、あるいは刃に切り裂かれた魔力の三閃はそれぞれ光の粒子となって霧散するように消えた。
 武器を取り巻く雷が、まるで器から溢れ出るかのように漏れ出て、元々大きな槍をさらに巨大に見せる。もし、避けなければ。未来予知。するまでもなく予想で来ていたことを確信する。今度の一撃は掠るだけで墨となる。
 身体強化がメルリヌスでは見込めないため、自ずと本来の膂力で回避するしかない。少しでも足止めになればと弾丸を何発も打ち放し、滑り込むように跳び退いた。後方で、本物の落雷があったかのような爆音が叫ぶ。焦げ臭い臭いを振りまいて、小さなクレーターが男を中心に生まれた。大地にも強めの雷電走る。とっさに魔力のヴェールをまとうことでその二次被害をも防げた。未来予知を続けているが、まだまだ能力発動するだけの魔力量は残っている。しかし、魔力よりも先に体力が限界を迎えそうだった。先読みできるとはいえ、自身の体力と相談しながらあの体術に着いていく必要がある。
 壊死谷が散々暴れてぐちゃぐちゃになった地面に足を取られた。体勢を崩したところに数多の兵がなだれ込む。やはり相手も昨日とは異なり、油断も隙も一分も無いようで、持てるもの全てを使ってくる。その 人形一つ一つも、剣に槍、弓矢と思い思いの武器を携えているため、無視できない。近日の、アリスとの遭遇を嫌でも思い出す。もう、あんな惨めな思いをすることだけはごめんだった。その黒歴史を振り払うようにして、私はその大軍勢に立ち向かう。
 未来を見る。三十秒後の景色を見たが、素直にこの大軍勢が襲い掛かってくるだけのようだ。それならば目の前に集中するのみ。こいつらが私にかかりきりになっている間は街の破壊が進まないはずだ。何を理由に壊死谷がテロ行為を重ねるのかは、彼がまだ逮捕されていないため分からないが、楽しく過ごす人々を脅かすことに変わりはない。容赦なく取り締まる、私がすべきことはそれだけだ。
 先頭に立つ、黄色い人型の傀儡、その頭を打ち抜いた。青白い光線に頭部を貫かれたそれは、中枢を破壊された機械のように動きを止め、その場でがらくたとなった。地に伏し、後続の足元を遮る。やはり、数が多いとはいえトランプの兵士よりも一体一体はずっと弱い。
 先頭に立つものを倒しても倒しても、後から後から湧いてくる兵隊たち。その群れをまたまとめて炸裂性の魔力弾で一気に吹き飛ばす。しかし、せいぜい最前列付近に位置する五十ほどの操り人形が消し飛ぶだけ。数百数千と存在する大軍勢はまた、後方から補充要員が湧いてくる。
 挟み撃ちになると厄介なので、後方にだけは行かせないようにする。それでも、前方の百八十度はほぼ全てアレクサンダーの配下で埋め尽くされた。処理が間に合わず、眼前にまで押し寄せた大軍勢が各々得物を振り上げた。振り下ろす。斬撃と突きと矢の雨と、迫りくる猛攻を息つく間もなく避け続ける。
 未来を見る。安全地帯を探す。一秒後にはここ、二秒後にそこ、三秒後にはあそこへ。ワンシーンずつ丁寧に、安全な地点を未来予知で確認する。その安全な場所を縫うように進んでいる訳だが、まるで攻撃が自発的に私のことを避けているようでもある。
 しかし、次の瞬間未来視に映ったのは、ここら一体が火の海に包まれている光景であった。何事かと思い、未来でなく現在の様子を見る。兵隊の群れの最後方、太く強い弦をしならせて、弓を構える数十の兵。その矢には、油でも染み込ませているのか燃え盛る布が巻きつけられるようについていた。上空に放たれ、自軍に被害が出ないよう丁度飛び越えて私のいる辺りの位置に襲い掛かる。ただでさえ破壊された街並み、それをこれ以上灰と化させてたまるものか。
 眼前から迫る刃物の雨霰に自分が捉えられないよう、後退し続けながら上空の火矢を打ち落とす。自分を守るように纏っている魔力のヴェール、それと同様のものを上空に形成する。弾き返し、相手の陣形の中心に注ぎ込む。人形のくせに危機感はあるのか、兵たちは一度足を止めて、上空の槍に対処する。
 助かった。
 そう、思ってしまった。
 ざまあみろ。
 ほくそ笑んでしまった。そんな余裕も無いのに。
 そしてすっかり私は忘れ去ってしまっていたのだ。本体の存在を。
 急に私は、奴の考えていた一手のせいで目の前が真っ白になった。古代ローマの大王が従えるその軍隊にばかり対処して、なぜその間壊死谷本人が手を出してこないかなど、考えていなかった。
 未来視で見えるその光景、それが唐突に黄色一辺倒に染まった。何らかのバグでも起きたのかと、能天気なことを考えた時間すらもったいなかった。私はちゃんと見ていたのに。あの男が、自力でここいらの建造物を抉り、焼き払ったその雷を。
 光の柱が急に天へと駆け抜けた。それは積乱雲へと帰っていく稲妻のようで。壊死谷から零れるその電撃があまりに膨大だと感じたその時に、さっきの未来視の意味をようやく知った。壊死谷本人は己の兵士たちのそのさらに後方、私も含めて一直線上に並んでいる。
 まさか、数的優位に立っている現状、その兵士たちを巻き込んでまで撃ってくるという予想はしていなかった。一秒後の未来を、確認するように眺めてみる。予測が的中したことは、最悪だとしか言いようが無かった。私がここにたどり着いたその時に見た、槍から放たれた全てを焼き払う雷撃、それもさっきよりずっと強いものが放たれる光景が予知された。
 敵軍の最奥、先ほど火矢を撃ってきた兵達の体が弾け飛ぶのが辛うじて見えた。そして、私の後方にはまだまだ逃げ遅れている人々が残っているということもちゃんと把握している。だから私には、避けることすらもできなかった。
 体は正直だ。そんなこと頭で判断するより先に、私はメルリヌスから借り受けた、残存魔力全てを使う。横に這う雷撃を打ち消すための最大火力の光線、さらには背後の人々に万が一の後遺症が残らないための魔法のバリア、それら二つを最大の強度威力高度で瞬時に実行した。正面から相手の最大火力を受けきる。しかし、咄嗟に撃ち放したこちらの攻撃よりも、しっかり力を溜めた相手の方がずっと強力なことは深く考えるまでも無い。
 自身の残ったスタミナまでも全て使い切る勢いで、せめて後方のバリアだけでも強化する。じりじりと押し負け、拮抗していた力と力のぶつかり合いはこちらへと近づいてくる。
 そして。魔力のストックが完全に切れた私の反撃は掻き消える。多少威力は減退したというものの、アレクサンダーの黄色い閃光は、未だ勢いよく荒れ狂っている。
 撃ち負けたとはいえ、せめてバリアで遮らなくてはならない。後方を確認する。お年寄りもいれば、子供もいる。ショップで働いていたであろう職員さんたちもいる。顔は恐怖で引き攣っていて、煤と砂埃で服は薄汚れている。
 数秒後の未来、その時無事なのか惨事なのか、それを視るだけの力ももう無い。アスファルトの地盤を巻き込むように雷光一閃。最後に残った魔法のヴェールで受け止める。自分の正面に一つと後方に一つ、二段構えになっている、できることなら一段目、最悪でも二段目で耐えきれれば。
 めくれ上がった岩盤までも、巻き込まれたその勢いでこちらに押し寄せてくる。思っていたよりもずっと衝撃は強い。目の前の方のバリアには、もうとっくに罅が入っている。
 あと少し、後もうほんの少しの辛抱で受けきれる。だが、無情にも目の前の結界はギリギリのところで決壊してしまった。しかしすんでのところで雷光は収まり、電撃の爆ぜる音も消え去った。しかし、巻き込まれた瓦礫と、焼かれた大気が押し寄せる爆風は抑えきれなかった。決壊した魔力の障壁の穴から、強烈な風が吹き込んで、私の体を突き飛ばす。
 瓦礫と熱と、引き裂くような風とに巻き込まれ、私は一瞬気を失ってしまった。

Re: 守護神アクセス ( No.25 )
日時: 2018/03/10 16:50
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: nG1Gt/.3)

 気を失ってしまったと言っても、それはほんの一瞬の出来事で、すぐに私は全身の痛みから意識を取り戻した。守護神アクセスの、時間制限ギリギリ。一度接続を切って再接続しなければならない。

「真凜、まだ戦うの?」
「当たり前でしょ……。私以外、誰がっ」

 メルリヌスが私に問いかける。だが、愚問だと言わんがばかりに私は即答した。ここに駆けつけられる人間がいるかも分からないし、それが本当に奴を抑え込めるかなど分からない。それなら、私が絶対に抑えなければならない。

「じゃあ一度私も回復するわ。五分後に呼んでちょうだい」

 メルリヌスが貸してくれる魔力は彼女の持つ力その全てではない。彼女とは良好な関係を築けているため、極力私に協力的に振る舞ってはくれるが、だからこそこれ以上我儘は言えない。メルリヌスが回復が必要だと言うならば、きっと本当に回復が必要だからだ。
 守護神アクセスが終了し、phoneがスリープ状態になる。その間に、私は自身が置かれた状況を確認することにした。今私は瓦礫の山が積み重なった、その中心にいる。奇跡的に私を押しつぶさないようにアスファルトの地面だったものがまるで小屋のように覆ってくれていた。目立った外傷はないかと体を確認するも、打撲と擦り傷だらけで、骨折などしている様子はない。
街の様子はどうかと、自分を隠してくれているアスファルトの隙間から遠くの景色を見ている。私が無事に済んでいるだけあって、私が護ろうとした後方の人々は全員無事のようだ。壊死谷の様子はどうだろうか。見える範囲にそれらしき人影は無いが、遠くでまた爆炎が上がっているのは見える。彼の率いる軍隊は規模がやけに小さくなっており、このことからハートの兵隊のような快復能は彼の能力には存在しないと察せられる。メルリヌスの魔力のように、一度のアクセスで使用できる人形の兵隊の数に限りがあるのだろうか。
 完敗だった。ようやくここで私は、先ほどの自分が功を急ぎすぎていたと自覚した。一度戦って優位に立ったため、己の方が優位に立っていると勘違いしていた。けれども、たった20のアクセスナンバーの違いは顕著に出ていて、私はあんな男にあっさりと敗れてしまった。
 力不足、と言えばいいのだろうか。優れた能力を持っているメルリヌスだが、敵に攻撃が届かなければどうすることもできないし、それに敵が堅すぎたり速すぎたりすれば未来予知も役に立たない。
 本当に、ここが私の限界なのだろうか。ふと思う。『彼』の言葉を思い出した。
 メルリヌスとの会話が大事かもしれません。そう、言われた。メルリヌスとの対話ぐらい、普段させられている。彼女が何が好きなのか、どういう風にして欲しいだとか、そういう要望は叶えているし、充分仲良くしている。彼に言われるまでも無い。
 だが、私はそう言いつつも充分自覚していた。いつもは彼女の欲求を叶えるための会話しかしていないと言うことも。知君くんが提案していたのは、あくまで私が強くなるための手段についてだ。メルリヌスのための対話でなく、私のための会話をしろということなのだろう。
 分かっている、彼女の能力で可能なことは何なのか、私が完ぺきに把握しきっていないことは。未来予知の能力と攻撃ができる。そう言われてから私は深いことを彼女に尋ねたことは無かった。魔法の攻撃と言えば、そう思って炎や風を想起したが使うことはできなかった。けれども、魔法のエネルギーをただ弾丸やレーザーにするという発想は間違っていなかったようで、それは成功した。
 簡単な攻撃としか言っていなかったし、できるとすればこの程度のものなのだろう。警察学校時代の、そんな低次元の考察で私が燻っているのをきっと、知君くんは見通したのだろう。正直なところ、病室の知君くんに言われるまで、メルリヌスにまだ能力が眠っているだなんて考えたこともなかった。
 けれども、原始的な攻撃以外にメルリヌスに何ができると言うのだろうか。私には分からない。分からないけれども、だからこそ彼女に聞く必要があるのだろう。けれども私にとって、知君くんの助言を実行するのは癪でしか無かった。
 不意に現れただけの高校生。助けてもらったことは事実だが、私にとってはまだ気に食わない人間であることに変わりなかった。感謝はしている。けれども、それ以上に、彼には彼に似合う所で暮らしてほしい。私はもう、彼があの邪知暴虐の王みたいな姿になって欲しくない。あんな風に私達を護って倒れて欲しくない。
 ふと、泣き声が聞こえた。「怖いよ」って、小さな女の子が泣く声だった。その声は近くにいた兄に言ったものなのだろう。大丈夫だって、兄は彼自身幼いながらも言い聞かせていた。第三者の私だから、分かる。その声は震えていた。
 怖いよ。
 大丈夫だ、兄ちゃんがついてる。
 だって、さっき女の人が……。
 それは……。
 話題に上がっていたのは私だった。それもそうか。逃げて、怖がるしかできない人々にとって、唯一の救世主は私だったのだから。けれどもそんな彼らの目の前で私は、敗北を喫した。もう一度立ち上がり、向かっていくだけの勇気はある。けれども、勝てる見込みがあるかと問われると、ひどく薄い。
 もういっそ、逃げ出してしまおうかな。あの男は、おそらく私一人の手に負えない。三日の後、兄が回復してから万全の状態で迎えた方がいいに決まっている。
 そうだ、ここで私が犬死しても、それこそただ無駄なだけだ。
 遠くで、また爆発。より一層、近くにいる妹さんの泣き声が強くなる。もうその声は恐怖に取り込まれ声になっておらず、ただただ嗚咽を漏らすだけ。泣き止ませようと努めるお兄ちゃんも、次第に不安そうになっている。
 胸の奥がずきずき痛んだ。また、『彼』の言葉が蘇る。強くなれるだけの可能性を秘めた手段が一つある。それに手を伸ばしてしまえばいい。
 けれどそれは、私にとって不愉快な選択。きっとここでそれを受け入れてしまえば、これから先の捜査においても知君くんのことを頼ってしまうだろう。それは、自分の矜持に反する。例え如何ほどに彼が優秀な捜査官の素養を持っていようとも、彼の持つその肩書は、私にとって背中を預けるのではなく、背中に負ってあげるものだ。
 人々を護るのが私の仕事、だから知君くんにすがる訳にはいかない。自分の信念を曲げるような人を、兄は認めようとしないだろうか……ら。

「自分を見失うなよ」

 ふと、兄の顔を思い出すと、さらにその声が蘇る。私にとって、自分というのは何なのだろうか。そんなの決まっている、平和に済む、人々を……守ること。
 じゃあ、彼らは?
 すぐ傍で泣く二人は、守るべき対象ではないのだろうか。そんなもの言うまでも無く是だ。彼らも私にとって、大切なものに違いない。
 兄に認められるためにも、知君くんの言葉は聞かない。そんなものただの逃げだ。私の安いプライドが、私のくだらない嫉妬が、彼より自分が劣っていると認めたくなかっただけではないか。
 私よりもずっと信頼されている彼が羨ましくて仕方ない。そんなもの、当たり前じゃないか。私は彼と違ってまだ何も為していない。兄の背中を追い続けてきただけだ。彼が捜査に抜擢された理由も、おそらく兄は知っている。だからこそ信頼しているのだ。
 けれど私はまだ半人前だ。だったとしたら……たとえ誰の言葉であろうとも素直に受け入れるべきじゃないのか。
 けれどやはり、私にとっては最後の一歩が踏み出せない。ここに来ても私はまだ、知君くんに頼るのはならないと思っていた。彼すらも、守ってあげられるようになりたいと。辛く当たられても私に接そうとする彼を、いつも笑っている彼を、暴君に取り入られようとも私を助けることを優先した優しい彼を。

「誰か助けて」

 そう泣きわめく少年の声がした。気づいたら、お兄ちゃんまで泣き叫んでいた。
 私のちんけなプライドと、彼女らが笑顔で過ごせる日々。その、どちらの方が大切かなんて。

「そんな答え、初めから全部出ていたのに」

 私がここに来たのは何のためか。
 警察になったのは、捜査官になったのはなぜか。
 危険を冒して戦い続けるその理由は。
 全部、全部誰かを救うためじゃなかったのか。
 ここ一か月の私はどうだった。自分のことを認めて欲しいと、私欲のためだけの力を振るっていなかったか。
 知君くんへの態度はどうだった、遠ざけたいというよりも、近づいてほしくないからとただ邪険に扱っていただけではなかったか。
 次第に、自分の心が浮き彫りになっていく。ずっと、見たくないと蓋をしてきた汚い自分の感情が、ちょっとずつちょっとずつ浮き彫りに。

「ごめんなさい、メルリヌス。……もう一回、力を貸してくれるかしら」

 約束の刻限が来たため立ち上がる。口の中に血の味が広がる。何かと思えば唇の左の方を切ってしまっていた。
 色んな人の顔を思い浮かべる。兄さんに始まり、同じ対策課に属する王子さんのような面々。次々と仲間の顔が流れて行って、最後に知君くんが出てくる。けれどもごめん、やはり君のことはまだ守るべき人として見ていたい。その代わりと言っては何だけれど、君の助言には素直に従おうと思う。
 私の力は自己顕示欲を満たすためでなくて、護りたい人を護るために使う。昔からずっと、ずっと言い続けていたはずの目標を私は再確認する。戦う理由を思い起こす。
 右手にphoneを握りしめ、その手の親指で唇から垂れる血を拭う。決心を胸にphoneを起動して、再起する。
 もう二度と、道は違えない。

「守護神アクセス」

 今度こそ。

Re: 守護神アクセス ( No.26 )
日時: 2018/03/28 09:45
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「守護神アクセス」

 今度こそ。それは己への誓い。間違えたりしない。見失ったりしない。負けたりなんかしないし、取り逃がしたりなんかしない。
 もう二度と、誰かを泣かせたりなんかしない。

「メルリヌス」
「どうしたの、真凜?」
「教えて、貴方の事」

 変わるなら、きっと今だ。


 瓦礫が折り重なったその天蓋、一筋の閃光が貫いた。青い光が空へと走って消えていく。どこまでも澄んだ青い空と同じ色、そのまま遥か彼方へと消えていく。
 西を見る。数百メートルの先、都心だった残骸のその向こうに奴は立っていた。唯一彼に救いを見出すとしたら、人を殺さなかったことだろうか。おそらく、生きて恐怖で泣き叫ぶ声が好きなのだろう。あるいは、殺せない小物だと言うことだろうか。だが、死者を出そうとはしていないそのスタンスに助けられた。私は、誰も見殺しになんかしていない。
 亜空間から、予備のスノーボードを取り出した。その上に立って、遠く先の壊死谷を見据える。三度目の正直、もう逃がしはしない。

「真凜、私の教えたこと忘れないようにね」
「ええ、ありがとうメルリヌス。成長は、これから見せるわ」
「あら、頼もしい」
「あなたに見合う私になるためよ」

 空を切り、一直線に現場へ急行する。悲鳴の波を眼下に走らせ、燃える炎を目に焼き付け、今まさに粉塵巻き上げ破壊されるその場へと向かう。
 もっと、もっと早く。例の軍勢の、その最後尾が見えた。壊死谷自身が私との戦いでその軍隊の大多数を焼き払ったがために、初めに見た時と比べると随分と可愛らしい集団になっていた。それでも、残る兵はまだ数百、気を抜いている好きなどあったものではない。
 これにより、あの男は崩壊した兵隊を補充する能力を持ち合わせていないことが確定した。それができるなら、こんなに兵の数を減らす必要などない。もう厄介な障害は片づけたと、そう思っているのだろうか。兵は火矢と弓とを携えた者しか残っていない。これ以降のイレギュラーは、全て自分で対応できると言う自信の表われなのだろう。
 その驕りを粉々に打ち砕く。そして己の過ちを悔いさせる。壊された街が戻るにはまた時間がかかるだろうが、もう第二の破壊者は生み出させない。それほどまでに完膚無く、善なる者が勝つのだと知らしめる。
 街を炎で包みながらゆっくりと行進するその一団に私はようやく追いついた。そして上空から砲弾の雨霰、行く手を阻むように狙撃し、発破。爆炎に巻き込まれまた人形達は砕け散る。振り向いた壊死谷は、不機嫌を隠そうとはしなかった。

「あ? またかよお前。飽きねえな」
「生憎、飽きるという次元の話じゃないの」

 人々との間に立ちはだかるように私は地表付近へと降りる。でないと彼は私を無視してまた人々に牙を向けるだろうから。ただ、さっきまでと一つ違うことがあるとすれば今度の私はスノーボードから降りなかった。
 メルリヌスに身体能力の向上は無い。そのため、今回の敵や兄のような、身体能力の向上著しい相手に生身だと後手にしか回れない。移動速度は緩慢、殴ろうが蹴ろうがダメージは無い。ならば初めから肉弾戦など捨てればいい。足での移動が遅いのなら、魔法で空を飛べばいい。
 ボードに乗って空を飛ぶこの状態が、アクセス中の私にとって最も素早く動ける。相手の攻撃を回避するだけならばそれで十分だ。なまじ、学校で学んでいたころに体術の成績が良かっただけに生身で戦うことに意識を向けすぎていた。そのため、こうやって移動手段に乗ったまま戦うと言う発想は無かった。恥ずかしいから早くボードから降りたいという意志も多分あったんだと思う。
 私と奴との間に問答は要らない。互いに一つだけ確信している。互いに対する敵意、闘争の理由なんてそれだけで充分。彼は壊すため、私は守るため、相容れぬ意見を持つ以上衝突なんて当たり前だ。
 数百の兵隊がお互いにタイミングをずらしあって火矢を撃ち放す。途絶えることのない火の雨が私に向かって降りかかる。第一陣の一射から、第五陣の一射が終わるころには再び第一陣は矢をつがえている。間隙など与えない、そういうことなのだろう。さっきまでの私ならどうしようも無かっただろう、だが。
 ここにたどり着いたのと同じ速度、一陣の風と見まがうような速度で戦場の空気を切る。動きだした時には矢の雨が頭上遥か遠く、落ちる頃には後方遥か遠く。私のことなどまるで捉えもせずに地へ落ちる。炎が広がるその前に、燃え盛るその炎を矢ごと消し飛ばす。
 この速度であれば、雑兵では追いつけない。彼の判断はとても速かった。火矢がまるで効かないとなると、槍を掲げすぐにこちらへ向かってきた。相手の攻撃を事前に読む。鋭い突き、身を捻った私のすぐ隣を駆け抜けた。砲弾を生成し、撃ち出す。それごとかき消すような鋭い蹴りが迫ってきた。だがそれももう視た、ボードを操作して後方へ。紙一重でかわし切れなかったその一閃が私の髪にかする。だが、それだけだ。
 片足も上げて無防備なその姿に四方から撃ちまくる。青い球体がいくつもいくつも、全方位から襲い掛かった。ただ、男は舌打ちを一つして。

「うざいからもうすっこんでろってんだ」

 その身の丈ほどの大きな槍を自由自在に回転させて、そのまま自分の周囲を薙ぎ払った。胴金の部分を中心とし、扇風機のように回転、真円の壁が彼の周囲を防護して、私の作った弾丸全て叩き落す。地に堕ち、空をさまよい、あらぬ方向に弾かれたそれらは標的を捉えることなく炸裂する。
 私が彼自身にかかずらっているその隙、街への攻撃の手を緩めない兵たちの姿を捉える。させるものかと、一本の細い光線を放つ。

「そんなんで止められるかよ」

 あざ笑うような溜め息を漏らし、壊死谷は槍を構える。私が撃ったその一筋の閃光、あまりに細いその一閃では一体止めるのがやっと。そう、思ってしまったのだろう。残念ながら、そんな訳はない。
 この偉大なる大魔導士が、ちんけなレーザーと大砲だけで終わるものですか。教師然のメルリヌスの様子を思い出す。魔術のステッキを、スライドを指す棒のようにして、彼女は私に手短に能力を教えてくれた。
 これが、その内の一つ。
 撃ちだした一本の光は空中で折れ曲がる。鏡にあたった光のように、壁に当たったボールのように。そしてその回数は一度ではない。右へ左へ上へ下へ、次々と絶え間なくその進路を変える。宙を駆ける光の残光が描くその檻に、閉じ込められた兵は慌てふためく。あまりに縦横無尽に走り回るそのレーザーに、全ての矢は空中で射抜かれて地へと落ちる。そのまま炎は射った本人達へと降りかかり、多くの兵達は街を焼いた同じ炎に包まれて。
 その様子を見て壊死谷は驚愕する。たったの一手であの数を抑え込んだというその事実に。そして次の瞬間、行く手を遮る檻止まりだったその光の道筋は、次々と人形を貫いた。細く研ぎ澄ました高威力のレーザーは少しも貫通力の劣らぬまま兵士だったがらくたを生み出す。
 全ての兵を貫いたその閃光は最後に壊死谷へと襲い掛かる。とっさに槍の刃を横に向けて、平たい面で受ける。それは腐っても上位の守護神の契約者、持ち前の軍隊を一挙に屠ったものといっても、何とか受けきった。

「何しやがっ……」

 激昂し、こちらへ一歩踏み出した。その瞬間彼の口は遮られる。まるでバネを踏み抜いたかのように、差し出した右足は跳ねあがって体勢を崩す。今なら槍も振るえまい。そうなることを事前に予知していた私は、再び、四方から高威力の弾丸で狙撃する。頭、腹、背中、左腕。次々衝突した弾は抉るように奴の肉へと減り込んで、光と熱とを炸裂させた。青白い閃光が彼の全身を包み込む。
 その足元には、虹色の板のようなものがあった。
 魔力のヴェールは、衝撃をそのまま跳ね返すような性質に変化させることができる。それを空中に何百と配置させることで、まるで生きて意思を持っているかのように光線を走らせることが可能だ。反射角に関しては鏡に当てた光と同じく、正確に反射するらしい。そのおかげで配置の際に計算すれば自由自在に光を走らせることが可能になる。
 未来を視れる能力と滅法相性がよく、最大限の効率を発揮する弾道を選択すれば、先のように一撃で標的を壊滅状態に追いやれる。
 一応反射できる威力にも限界があるので格上相手に乱用はできない。しかし、さっきのように地面に置いておけば走る相手への罠としても使うことができる。

「理由なんてどうでもいい」

 彼は己の頭でわざわざ理解するのはそれだけ時間の無駄だと、何が起きたか納得するのを放棄した。その様子は潔く、むしろ彼は聡いと察せられる。いやむしろ、野生の勘が働くタイプと言った方が正しいだろうか。
 むしろ、ここからが本番と言うべきか。もう油断しないと決めた私は、一直線に本体である奴へと視線を向ける。雑兵が全て消し飛び、余計なことに意識を向けなくてよくなったのは私だけではない、彼だって同じだ。
 ここから先は、一層彼の攻撃も激しくなる。未来と現在両方を完璧に把握しなければならない。きっと私のスタミナが先に切れるため、短期決戦は必須だ。不意を突いてでも決めなければならない。
 あの槍に段々また雷撃が溜められていく。私が下手に上空へ逃げようものなら、あれはいつの間にか撃ち放されることだろう。だから私は彼から遠ざかりすぎないようにせねばならない。
 それと、最大まで溜められる訳にも行かない。五分、予知の結果タイムリミットはそれだった。
 彼の一跳躍、目の前に現れた壊死谷と対峙する。突きか、そう思ったが違う。槍を手にしていない手の指が、私の顔へと走る。目潰し、貰う訳にいかず即避ける。反撃の暇なくかがんだ私の眼前に膝が迫る。反射板を目の前に作り出し、膝蹴りを逸らした。
 大気が焦げて、爆ぜる音。駆け抜ける電流がほんの少し槍から漏れだした。これは受けきれない。追撃が他に無いのを確認し、すぐさま空を泳いで逃げる。瓦礫に魔力を注いで、ボード同様に浮き上がらせた。瓦礫の束を念動力で放る。石の壁が圧し掛かるように彼に雪崩かかる。
 だが。

「ちゃっちいんだよ」

 戦場に、雷鳴轟く。壁を貫いて槍が現る。周りの瓦礫を巻き込み、電熱で消し飛ばす。丁度、彼を避けるように穴をあけて瓦礫の山は地へと墜落する。
 けど、それも読んでる。
 墜落したかと思った礫は跳ねた。不自然に、壊死谷へと収束するように。避けたと思った石の塊が、奴の四肢を、胴を抉り頭部を強打する。地面を覆うように生成した反射板が石塊を跳ね返し、奴に襲い掛かった。
 最大火力の高密度の光線を放つ。一本ではない、また放って、もう一度放って、さらに撃ち抜く。まだまだ足りない、撃って、撃って、さらに放射する。七つの閃光が戦場を駆け抜ける。確実に避けられない速度、次の瞬間には満身創痍の彼の体を貫こうとする。四肢さえ動けなくしてしまえばもう、こちらのものだ。
 だが、何とか立て直した彼はと言うとすぐさま、蓄積が不十分とはいえ溜め込んだ雷撃を一気に解き放った。おそらくは、これまでの人生で鍛え上げられたのだろう。よろめいた体勢からでも、腕を振るって得物を突き出したその所作はあまりに見事で、私に撃ち抜かれるよりも先に三度目の雷は晴天の下に轟いた。まともに衝突すれば、私が放った閃光などかき消した上でここら一帯を飲み込むであろう。私にとって、万事休す。きっとこの局面は、そう見えているのだろう。

「残念ね、教えてあげる」

 空中に設置された虹色のリフレクター、それにぶつかった青い光の矢は軌道を変え、呑み込もうとするその雷の奔流から逃れた。再び空中で反射したかと思うと、撃ち出された黄色い電流に当たらないように壊死谷へと迫る。
 七本の光の線は彼の四肢を貫いた。手傷を負った彼はその場に伏すように倒れこむ。だが、私の眼前にも迫る稲光。大きな口を開けて、喰らいつくしてやろうとうなりを上げる龍のようだった。引き裂かれた空気は耳を劈く悲鳴をあげ、迫る。眩しい光が目の前を包み込んだが、怖くなんて無かった。

「あなたの打つ手は、とっくの昔に視てるから」

 私の正面に斜めに設置されたリフレクターに雷撃がぶつかる。ほんの少し、角度を逸らしてやるだけでいい。坂道を登るようにその雷光一閃は天空へ向かって飛び立つ。当然私にも、他の人々にも被害など無い。
 詰まるところ、彼だけが地に伏して、私は立っている。勝者は目に見えて明らかだった。

「はは、降参だなこれは」

 地に伏したまま彼は笑う。その表情は見えないが、何となくその声は浮かれていた。もう必要ないと判断して、未来予知を中断する。
 それにしても、随分暴れられたものだなと、渋谷だった街を眺める。炎に焼かれ、雷に貫かれ、進軍する兵に踏み荒らされた街は災害の後のように思われた。
 後ろで砂を踏む音。振り返る。見れば残った僅かな気力で立ち上がった壊死谷の姿。そのままこちらに走りかかって来て————。

「死ねっ」

 弱弱しく呟いて、その槍の穂先を突き出した。私の心臓目掛けて一直線に刃は走って、もう後一寸でたどり着こうとしたその時、ふとその槍は姿を消した。壊死谷の守護神アクセスが強制的に中断される。彼のphoneは一発の弾丸に撃ち抜かれ、原形を留めぬほどに破壊されたためだ。
 狙っていたタイミング、狙っていた地点。そこを私は撃ち抜いた。狙いは彼の右ポケット。そこにphoneを入れていたのは、ポケットの膨らみで分かっていた。身体能力補助も無くなり、いよいよ痛みに耐えきれなくなった彼は、身悶えるようにまた転がる。
 声にならない悲痛な呻き声を上げ、痛みに顔を歪める。ここまでしておかないと抵抗されるだろうからと、できるだけ手負いの状態にしたのだが、少々やりすぎただろうか。
 仕方は無い。せめて彼には、他人の痛みをちょっとでも知ってもらおう。

「ごめんなさいね」

 私は告げる。勝ち誇った笑みと共に。

「あなたが裏切(そうす)ることなんて、十秒前にはもう視たの」

 そう言い終えるや否や、男はまた笑った。さっきみたいに「油断してるところを背後から仕留めよう」などと企むようなものでなくて、情けない自分をあざ笑うような声だった。
 これで私は、成長したと言えるだろうか。それは分からない、たまたま討ち倒すことができただけなのかもしれない。
 誰かに認めてもらえないのかもしれない。でも、それでいいと思えた。誰かの評価なんてどうでもよくて、自分は自分の信念のために戦えばいいんだって分かった。あの時泣いていた兄と妹は、この勝利を喜んでくれるだろうか。
 気が抜けると疲れと痛みとがどっと押し寄せてくる。もう抵抗の気力も無いだろう壊死谷に手錠をかけて。疲れ切った双眸で私は廃墟と化した周囲を眺めた。

「何で一昨日といい、私の相手は街を壊すのかしらね」

 また復興作業かと、今後を憂う溜め息を一つ。一昨日と一緒で、馬鹿みたいな快晴が私を笑ってるみたいだった。



File3 奏白真凜・hanged up

Re: 守護神アクセス ( No.27 )
日時: 2018/03/20 11:13
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

File4 セイラ


「その、話があるんだ……」
「はい、どうしましたか?」

 無垢な笑顔で尋ねる、緑色の髪をたなびかせた人魚姫。彼女は目の前の少年を真っすぐと見つめていたが、そちらの少年はと言うと気恥ずかしそうに目線を泳がせていた。街を流れる河川、その河川敷をずっと北に向かって進んだところ、ランニングをする人も通らぬような場所に二人は居た。
 二人、という表現は果たして正しいのだろうか。人魚姫はその名の通り、下半身が魚という面妖な姿をしていた。この世ならざる異世界の住人、通称守護神。西日を受けて煌く彼女の黄金の瞳はとても幻想的で、ただでさえ美しい彼女をより一層引き立てていた。
 人の気配が近づいている。誰かが歩み寄る空気を察知できるのか、人魚姫はそう少年に伝えた。話があると切り出した少年は、本題に入ることができぬままに、人魚姫を匿うために手を伸ばす。彼女が常人に見られないようにすることなど、二人にとってはもう朝飯前の事だった。とはいっても、ほんの十分程度誤魔化すのが限界だが。
 二人そろって相手に向かって手を伸ばす。躊躇うように空中で止めた少年の手を、怪訝そうに人魚姫は掴んだ。柔らかい手に包まれて、無意識のうちに心臓が飛び跳ねる。決して顔色に表れないように注意して、彼は人魚姫と声を重ねた。

「守護神アクセス」

 彼の目に映る人魚姫の姿が、半透明に薄らいで、彼の中にそのエネルギーが満たされる。まだ少し、この身体能力の変化には慣れられそうにないと、手を握ったり開いたりした感触を確かめた。
 歩み寄ってきたのは、一人の女性だった。女性とはいっても、胸部の膨らみと長い髪が女性的だと判断しただけで、その出で立ちは奇妙、あるいはダサいと言えた。顔を隠したいのか、マスクとサングラスをつけているのはこの時期にしては非常に暑苦しそうだし、長袖長ズボン、それも真緑のジャージを着ている。少年としては参考にしたくない出で立ち。髪の毛が明るいブラウンで、歩く度に揺れる。
 まるで何かから隠れて逃げるように、こそこそと歩く。ふと彼女が少年たちの方を振り向いて少しの間足を止めた。彼女からはきっと、彼が一人で夕暮れの河川敷に黄昏ているように見えることだろう。そりゃ少しは人目を引くのは仕方ないか。彼女がその顔を隠しているサングラスを外し、ほんの少し素顔を覗かせる。
 煌びやかな黄金の瞳。それは彼の契約する守護神、人魚姫の目とよく似ていた。ぱっちりと大きく開いたその瞳、長い睫毛、ほんの少し除いただけでも分かる、堀の深そうな目鼻立ち。ハーフか、外国人か。そのいずれかであると察せられた。その肌の色は夏の日本人にしては驚くほど白く、欧州の人間だろうかなどと考える。
 どこかで、彼女を見たことがあるような。少年も、人魚姫も同じことを考えた。それが誰なのか分からないうちに、彼女は再びサングラスをかけて。元のような不審者らしい人相に戻ったところで、思い出したようにそそくさと散歩を再開した。
 散歩というより誰かから隠れ、逃げているようにも見えた。

「どうしたんでしょうね、彼女。……王子くん、聞いてますか?」
「あ、ああ! うん、聞いてるさ」
「ほんとですか? さっきの人、美人さんだったから見惚れてたんじゃないですか?」

 ほんの少し不機嫌そうな彼女が、少年を詰問するように呼び掛ける。王子 光葉、彼が人魚姫と出会ってから、もうすぐ一週間が経とうとしていた。にも関わらず、彼ら二人が会って言葉を交わせるのは、平日の放課後一時間程度と言ったところだ。それ以上は、家族が訝しむことだろう。
 昔からずっと嬉しいことであり、今だって誇らしいことなのだが、今回に限っては家族に二人も捜査官がいることが少々疎ましかった。それも、二人ともフェアリーテイルの対策課。

「まあ別に、王子様が他の子見てるのなんて慣れてますから構いませんけどね」

 投げやりな態度で人魚姫は王子を見下ろすように宙を泳ぐ。アクセスしてしまうと彼女は実体のほとんどを失うようで、まるで幽霊のように自在に空中に浮かぶことができた。ただ、契約者である王子から離れることはできない。精一杯の抵抗と言えば、上の方から睨むように険のある目を向けるくらいだ。
 悪かったよと、王子は謝る。

「ほら、やっぱり」
「違うって、あんな変な格好のやつ見たら驚くだろ」

 半分は本当だった。常日頃、苗字に負けないように身だしなみに気を配る彼にとって、あんな奇天烈な格好、関心が奪われてならなかった。だから初め、我を忘れそちらを凝視してしまった。
 もう半分は嘘だった。見惚れてしまっていたのは事実だ。けれども、その続きだけは絶対に口にすることができず、目を奪われた事実を認める訳にはいかなかった。
 何せ黄金の瞳に、整った目鼻立ちである。目の前にいる彼女とよく似たその容姿に目を奪われた。彼女と似ていなければ、先ほどの女性が如何に美人でもあんなに興味を覚えなかっただろうとは王子も思う。

「謝るよ、だから機嫌直してくれ、セイラ」

 セイラ、それが人魚姫の本名であった。あくまでも人魚たちの姫だからそう呼ばれているだけで、それそのものが名前ではない。単なる称号だ。出会って翌日、何と呼んだものか分からず、人魚姫と何度か口にしたところで、彼女が自ら王子にセイラと呼んでくれと頼んだ。
 それにしても、わざわざここまで人目を忍んで逢瀬せねばならないというのが煩わしくて仕方がなかった。王子自身は、セイラと会えるため苦にも思っていないが、それでももっと自由に会いたいと願ってならなかった。
 頬を小さく膨らませた彼女と目が合う。やっと目が合ったと、王子の意気地なさを指摘する。今まで、こんな風に女性と接したことがないため王子にはこれがいっぱいいっぱいだった。というのも、今まではずっと夢を追いかけ、夢だったものを考えないようにして、自分を磨くことだけを考えて生きてきた。こうやって、人を好くこと自体が彼にとっては新鮮なことで、ままならない感情に、揺さぶられる。
 ずっと諦めていた目指す自分にたどり着く希望、それを与えてくれた彼女に惹かれたのは至極当然のことで。さらにはそれより早く、気恥ずかしいセリフをいくつも彼女に告げてしまったという事もあり、もう恋慕の情が高まって仕方がない。その顔を見るだけで、全身が火照る。心臓がいやに強く跳ねる。全くの未知の経験が、こそばゆいながらも心地よかった。

「それで王子君、言いたいことって何ですか?」
「あ、ああそれは……」

 急に変な人が来たから忘れてしまっていたと、冷や汗を浮かべる。さっきは彼女にある提案をするだけの覚悟を決めていたため、何とか切り出せたが、その勇気も仕切り直しだ。また、自分の意気地ない性格が、ピンと真っすぐ背筋を伸ばすまで待たねばならない。
 けれど、既に一度機嫌を損ねてしまった彼女に、これ以上情けない姿は見せられない。震える手を握りしめて、彼は緊張で裏返りそうな声を、河原に響かせた。

「今度の休み! 何とか一緒に、出掛けられない、かな?」

 無理だろう、とは彼も察していた。自分たちの接続は持って十分。激しく動くほど早くアクセスは中断される。ここから目的地に向かう途中で、下半身が魚類の、異形の美人が唐突に街中に現れることになる。
 かといって、最初から堂々と引きつれるわけにもいかない。何せ世間ではフェアリーテイルが暴れている。先日問題になったのは、アレクサンダーという普通の守護神とその契約者が渋谷を焼け野原にした事件だったが、それでも世間の注目はフェアリーテイルに戻っている。そんな情勢で人魚姫を大衆の前に連れ出したらどう思われることだろうか。必ず、悪さをすると思われることだろう。
 そんなはず、絶対に無いのに。
 だから、彼女のためを想うなら連れまわさない方がいいだろう。けれども、王子の本心として、彼女と共に過ごす時間をもっと得たいというものがあった。
 断られても構わない。もしそうなら、いつも通り人気のない水辺で人目を忍んで会うだけだ。しかし、意外にも人魚姫はあっさりとその申し出を受け入れた。

「いいですよ。というより、私も王子君の隣で歩きたいです」

 両手を胸の前で合わせて、小首を傾げてほほ笑んだ。教室のクラスメイトがそんな仕草をすれば、あざといとしか思えないのに。目の前にいる幻想の国の住人は、その振る舞いが誰よりも似合っていた。

「えっ、大丈夫なのか」
「ええ、一応足を生やす手段ありますし」
「生やす? 生やすって……?」

 足を生やす。そんな言葉は全く予想だにしていなかった。セイラは、王子の混乱を何とか鎮めるために、説明を続けた。

「絵本にも出てきますよ。ほら、魔女との取引です」
「あっ……」

 そう言われて、彼はようやく人魚姫が言っている事実に思い至った。かつて読んだ人魚姫の物語を思い出す。王子様と出会うため、人間のような足が欲しいと魔女に縋った人魚姫。彼女が対価として差し出すよう要求されたのは、その美しい声だった。苦渋の選択、しかし彼女は足をとった。願いを聞き入れた魔女は、己のしわがれた声と彼女の艶やかな声とを引き換えに、彼女に足を生やしてみせたのだ。

「ただ、その姿だと、声が出せなくなってしまうんですけどね」

 そんなところまで原作を再現しなくてもいいのにと、彼女は唇の隙間から舌先を覗かせる。その姿も、何だかとても愛おしくて。いつも彼女と会う時は、夕焼けが眩しくて本当によかったと思う。夕日が赤く照らしてくれないと、その顔が常に火照っていることがばれてしまいそうで。
 かくして、二人は週末の約束を取り付ける。人影から逃げるように行った守護神アクセスもとけて、人魚姫は再び川の中に潜り込む。とぷんと音を立てて水柱が一つ。

「それじゃ、また明日も会いましょうね」

 笑顔と共に王子を家へと送り出す。その眩しい笑みを全身に浴びて王子は家へと進み始めた。誰もいないように見える、オレンジ色に染まった河川敷に、彼らの影が伸びていた。しかし、その場にいる部外者は一人もいないと思っていたのはこの二人だけで、去ったと思った彼女はまだ残っていた。
 変装用のサングラス、マスクを外して素顔を晒す。自分を追う影も見えないのでもういいだろうと暑苦しいそれらをポケットにしまった。腕をまくり、真っ白な肌を露わにする。
 金色の瞳が、帰路につく王子の背中を追う。紫のルージュが染める唇が、そっと動いた。

「あれが、人魚姫の契約者」

 その声は、誰に届くことも無いまま、景色に溶けいるように消えていった。


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